緋弾のアリア-秘密結社の殺人機-   作:ちーたら

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第5弾:決意-decision-

 話を聞けば、契にくっついている理子という少女はつい先日まで監禁されていたらしい。

「で、助けたはいいけどくっついて離れてくれなくなった、と?」

「ああ」

 小さく首を縦に振る契に、その正面の席に座っている隷示は「成程な」と納得した様子を見せる。

 おそらく、契の隣の席で縮こまっている理子という少女は疑心暗鬼になってるのだろう。長い間苦しい目に遭って、そして逃げ出したと思ったら突然こんな奇人だらけの場所に連れてこられたのだから無理も無い。

「それで、私に何の用があるの?」

 ようやく、たった今サラダの最後のミニトマトを口に運び喉に通し終わったばかりの汐織が至極真っ当な疑問を口にする。

契が人を頼ると言う行為をすることなど目を丸くしてもしきれない程度には珍しい事だ。少なくとも彼女の記憶では契が人に頼みごとをした事は片手で数えられるほどで、しかも内容は殺し合いの最中での援護である。

 なので、汐織はあまり表情に出してはいないが正直に言ってかなり驚いている。戦うわけでもないし、ましてや言わばプライベートでの頼まれごとをされると言うのは、言葉に表現することが難しい。

 逆を言うならば、契が頼みごとをするというのはよっぽどの事があるということだ。それこそ彼は基本的になんでも自分で片付けようとする性格であるし、そもそも人と一緒に行動しようとする人間では無い。毎朝誰よりも早く起きて鍛錬を積むのは人と関わらないようにしようという彼の姿そのものでもあるのだ。

「ああ」

 汐織の質問に、契は簡潔に要点をまとめて答える。あまり人と長く喋りたがらない性分である彼の特徴と言えば特徴で、結構わかりやすい男でもあるのだ。

「この子を風呂に入れてやってほしい」

 

 

 

 

 

 ……と言うわけでお風呂である。

 とは言っても、潜水艦であるボストーク号に風呂という設備があるのか否かと言えば、そこは当然否だ。元々はとある国家の超巨大型の原子力潜水艦であるボストーク号は鬼才の天才、現イ・ウーのリーダー、コードネーム『教授』によって盗まれた盗難品である。

 では、そもそもなぜ教授がボストーク号を盗んだという話になるのだが、それはイ・ウーの来歴に由来する。

 元々、イ・ウーの前身となる組織は第二次世界大戦中に戦争での勝利を目的に超人育成機関として創設された。その組織もまた、ボストーク号とは別の潜水艦を本部としており、またその初代艦長(今でいう『教授』である)は日本人とドイツ人。イ・ウーも言いかえれば『伊・U』という、日本とドイツそれぞれの潜水艦の暗号名を転用しているのだ。

 その組織は公式上存在しない。第二次世界大戦が1945年に日本の敗北で終わった後も存在し続け、時に古くなった潜水艦を乗り換え、今も存在し続けている。

 このボストーク号は1979年の進水、つまりはじめて潜水艦として海に旅立った直後にイ・ウーの一派によって奪われている。当時の乗組員もイ・ウーのメンバーか、もしくはその手先。それを先代の潜水艦から様々な備品を移し、それから二十と数年経つ現在までイ・ウーの本拠地として使われているのだ。

 閑話休題。

 組織のメンバーが現在のイ・ウーように本拠地として扱うことを前提には作られていないボストーク号なので、浴場は無い。その代わりと言えば良いのか定かではないがシャワールームはある。なんでも最初は必要最低限の数しかなかったらしいが、風呂を用意は無理だという理由でシャワールームの数を限界まで増設したらしい。

 もちろん二十年以上前の話なので、その時には生まれても無かった汐織はそんな事情を人伝に聞いただけだ。というか、そもそもシャワーを使えればそれで良いので気にする必要性も感じない。

 男と女で分けられている(当たり前だ)シャワールームの脱衣所に入る。ついさっきまで契と離れたがらなかった件の少女、理子はシャワールームの前の通路で契がずっと待っているという条件に説得されて、今は汐織から半歩離れた場所にいる。

 どうやら自分を直接助けてくれた契が直接自分を汐織に託したということはわかっているようで、誰かもわからない連中と一緒にいるくらいなら汐織と一緒にいた方が良いと判断しているらしい。

 理子が着ているのは、冬場に契が使っている長袖で厚手の寝巻だった。当然、十五歳の少年が着るサイズのそれは小柄な理子にはぶかぶかだ。手首が出ないので無造作に袖を捲くっているのは、おそらく契がやったのだろう。それでも腕を下に向ければ捲くった袖はずりおちてしまうのは必至だった。

「ほら、脱いでちょうだい」

 汐織は元より穏やかな口調で理子に近づく。少し後ずさりした理子だったが、ここで脱がずに駄々をこねたりしたらいつまで経ってもこのままだということはわかっているようだ。肩を震わしながら、口をきゅっと結んで恐怖に耐えて腕を上に挙げた。

 その姿に少し胸が痛む。本来ならもっと歳相応であるべきなのに、監禁されていたという事実が彼女の考え方を歪めてしまっているのだ。

 理子から契の寝巻を脱がすと、その下は全裸だった。契から伝え聞いた話によれば、彼女は服としてボロ布一枚を与えられていたらしい。そんな衣類に下着の概念など存在するはずもない。

(……胸糞悪いわね)

 無意識の内に歯噛みしていた。ぎり、と小さな音が鳴る。それを聞いてしまったのか、理子は不安そうな表情で汐織を見上げた。

「あ、大丈夫。決して貴女に対したわけじゃないから」

「……ほんと?」

 やっと、はじめて理子の声を聞いた気がした。か細いが、綺麗な声だ。

「もちろんよ。さ、私が体をきれいにしてあげるから入りましょう?」

 汐織は理子の手を取り、シャワールームに入る。ジーンズとブラウスの裾や袖を捲くり、理子を備えつけのバスチェアに座らせ、自分はその後ろにかがむ。

「ごめんなさいね。シャンプーハットはないから、ちゃんと目を瞑っていてね?」

「……うん」

 理子は小さく返事をした。いくつもの傷が刻まれた小さな背中を見て、再び汐織は歯を噛みしめる。今度はシャワーの音で気付かれなかったようで、それを幸運に思った。

 

 

 

「で、お前はどうすんだ?」

 シャワールームの前の通路の壁に腕を組んで背中を預けている隷示は、隣でジェリコの点検をしている契にそう訊いた。

「どうするって、なにを?」

 対する契は無関心そうで実際無関心な声色でそう返す。まるで自分は全てのことと関係ないような様子で、そして事実としてそのような考え方を持つ契は、表情一つ変えない。

「なにってそりゃ、あの子のことだよ」

 隷示の言う『あの子』が理子のことだというのは契でも分かったようだ。

「あの子が俺の近くに居たがるのは、俺しか頼れる人間がいないからだ」

「つまりは、あの子の意思でお前の傍にはいない、と?」

 首を縦に振る。

「率直に言って、あの子は俺に幻想を抱いている。自分の危機に颯爽と現れたヒーローみたいな人間だと思っているんだろう」

 契の口調は変わらない。いつものように淡々と、それこそ人間としての色を感じさせないと同時に薄ら寒いまでの無色を感じる。

「つーことはつまりあれか。お前はあの子が人と接することができるようになれば、あの子にとって自分は用済みと言いたいわけだな?」

「ああ」

 隷示は契の人間関係における淡白さを改めて痛感する。

 端的に言って、契は冷たい人間だ。人と一定以上の関わりを持つことを避ける傾向にある。

 隷示が上役の土御門(つちみかど) 蓮華(れんげ)に聞いた話だと、なんでも契の出生とその後の育ち方にかなり問題があったらしい。詳しいことは知らないし知ろうとも思わないが、とりあえずは人間らしくない育てられ方をしたのだろうということは確かなことだろう。

 彼は“殺人機”と呼ばれる人を殺す機械のような人間であり、そしてその根本的なところには人を見れば殺したいという意思に駆られる“殺人欲求”という人間としての病を患っているのだ。ここに来たばかりの頃には、何度もメンバーの命を奪いかねない事態に発展したのは印象が強すぎて一生忘れることができないだろう。

 契がイ・ウーに来て既に六年経つ。その期間で彼は“殺人欲求”をコントロールし、制御下に従える事に成功している。

 だがイ・ウーに来て、自分のしてきたことに疑問を持ち始めて自制心を聞かせることができた頃から契は人と離れて過ごすようになった。殺そうとする行為を減らそうという彼なりの決意であったであろうその行動は、九年間人ではなく機械として成長した契にとって人間になる第一歩と言えただろう。

 だが自分だけの力でほんの少しずつ人間に近付いていく契はその一人だけという特異な周囲の環境からか、なんでも一人で済ませようという人格に成長してしまった。人と交流せず、ただ淡々と一人で生きていくという孤独な精神は自立心と言えば聞こえが良いのだけれど、実際問題としてそれはコミュ障となんら変わり無いことだった。

 それからは歳の近い日本人ということで隷示と汐織の二人でつきっきりの人間勉強が始まった。人間として生きるのに最低限のことしか知らなかった“殺人機”にまともな人間としての感覚を掴ませるのには相当苦労した日々は脳に鮮明に焼き付いている。それが今から四年前。たったそれだけの時間でブランクのあった人間らしさを学ぶことができたのは、契本人の高い学習能力の賜物だろう。

 だが、それでも契には人間らしさが足りない。無機物を連想させる、彼の周りに漂う雰囲気。それは今になってもしっかりとそこに有り続けていた。

「契よぉ、超お節介な隷示お兄さんが、少しだけためになる助言をしてやろう」

 人の心をいまいち理解できていない契に、隷示は頭をガシガシ掻きながら言う。

「お前の言う幻想が、人間の傷ついた心を救うことだってあるんだぜ?」

 にやり、と悪戯めいた笑みを浮かべる。契は相も変わらず表情を変えない。

 しばしの沈黙が続く。

「……もし」

 彼としては、契としては随分と珍しいことに彼がその沈黙を破った。

「もし、あの子が心の底から本当に俺を必要とするのなら、その時は俺にできることをしてやろうとは思っている。なんというか、あの子は俺に似ている気がする……」

「そっかい」

 驚いた。人と関わることが苦手で避ける傾向にある契の口からそんな言葉を聞けるとは思わなかったので、その反応は当然の物と言うことができる。

「だったら、ちゃんとあの子のためにやってやんないとな。男に二言はねぇぜ?しっかりとな」

 返事は無かった。しかしその沈黙が肯定を示している事など、契という人間性を良く知る隷示にとって把握することなど簡単なことだった。

 

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