あ、待ちなって!少しぐらい聞いていったっていいだろ?
・・・ふぅ、あんまり年寄りを無碍に扱うもんじゃない。
え?年寄りってツラじゃないだろ?
・・・・・・まぁ、良いだろう。話をしてもいいかい?
・・・ありがとう。なら、始まりはこうだ――――
俺はなぜ俺なのか。そんな自分でもよく分からない事を高校の時、ふと自問自答してた。
答えはもちろん【んなもん知るか】といった具合。それをやってるより就職ダー進学ダーと忙しいのが俺と、俺の回りの環境だった。考えてる暇なんてありゃしない。
大学を出て、会社に就職した後もそうだ。毎日が忙しい日々。俺がなぜ俺なのか、なんて言う厨二病じみた事を考えてるよりも、どうやって睡眠を取って起きようかって事に頭を使っていた。
・・・あ?転生とかはどうしたって??
まぁ待てって。昔の話ぐらいさせてくれたっていいだろ?
まぁ就職してから10年。俺は会社を辞めた。
なんでかってーと、正直飽きていたからだ。
親には悪いが、俺は明日に急かされるのが嫌だったんだ。
良い職場ではあったし、給料も悪くなかった。でもそれだけじゃあ俺は嫌だった。
ただのんびりと、旅をするように生きてる方が俺には気が合っていた。好きな女も、誰かに求められるようなことも無く、ただ楽しく毎日が過ごせればよかった。
仕事を辞めてから俺は、すぐに旅に出た。
何かに急かされることなく、ただ好きなように生きて。好きなように死ぬ人生の為に。
いろんな所に行って、いろんなものをいろんな奴にもらった。
酒、楽器、飯。後は友達だとか、恩だとか、そんなもん。
言葉は通じなくても、それなりになんとかなった。
まぁ旅の中では、それだけじゃあどーにもならん事もあったが。
・・・旅の途中で親父がヤバイって話を手紙で聞かされて。急いで帰った。
仕事を辞める事に猛反対した親父。俺を想っての反対だってのは知ってた。
安定した仕事、安定した給金、安定した人生。なにも悪い事は無いじゃないか。
でもな親父、『俺は知らない事を知らないままでいるのは嫌だったんだ』って、辞める時に言ったら、親父は鳩が豆鉄砲食らったみて―な顔して。笑って居やがったんだ。
お前は確かに俺も息子だーとか言っちまってよ。何言ってんだ当たり前だろが。って思いながら、俺も一緒になって笑ってた。
あんな親父がさ、死ぬ前に俺に言いやがったんだ。
『旅はどうだった』ってさ。
そりゃ楽しかったよ。あんたが行かしてくれた旅は、楽しい毎日だったよ。
最後に親父が最近楽器を練習したんだとか言ってよ、ギターをケースから取りだして演奏しだしたんだ。
でもそれが下手っクソでさ。聞くに堪えらんねーんだよ。
分かってんだよ。
それは俺と一緒にやりたかったから、最後一緒にやりたくて必死こいて練習した事も。
死にかけなのを我慢して一人で練習してたんだって。
死にかけなくせして、ほんとにこいつ死ぬのかよとか思いながら俺もフィドルで一緒になって演奏してさ、母さんと叔父さんも入ってきてさ。病院の中なのに煩い音を立ててさ、医者に迷惑だからやめてくれって言われてもお構いなしだった。
それで、満面の笑みを浮かべて。親父は笑って逝った。
しかめっ面の、なにも変わらない毎日が大好きだった親父の最後は、それだった。
それから俺は旅もせずに、母さんの面倒をみる事にした。
金の事に関してはなんとかなった。
親父がこの事も考えていたのか、かなりの量の金が貯まっていた。
そして親父が死んで2年、母さんも身体の調子が急変して、病院に入る事になった。母さんは『好きにしなさい』って言ってさ。
その言葉がきっかけで、また旅をする事にした。叔父さんに母さんと家の事を任せて、帰ってくる事のない旅をする事になった。
旅を始めて1年で母さんが死んだ事を知り、更に旅を続けて30年。俺は誰に看取られる事なく、死んだ。
さーて、これまでの話はここで終わりだ。
これから始める話は、これから俺が体験していく、俺だけの、俺の旅の物語。
【それは、語られなかった他なる結末。】
――――これより語られるのは、人の可能性の物語。
【とてもちいさな】
――――しかしそれは集まれば強大な力だ
【とてもおおきな】
――――しかしそれは大きすぎる力に相対するには、小さすぎた背中だった
【とてもたいせつな】
――――しかしそれは俺の旅には初めてのもの。
【あいとゆうきのおとぎばなし】
――――しかしそれは俺の旅の物語
では友人諸君、君らと俺が友人になる第一歩を・・・。