【完結】恋と友情の狭間で―逸見エリカの独白―   作:青ヤギ

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⑤真実

 結果を語ろう。

 私は完敗した。

 勝利したのは伝統を重んじる黒森峰(私たち)ではなく、絆を力にした大洗(みほたち)だった。

 寄せ集めのチームで、初心者だらけのチームで、性能差バラバラの戦車で、どう見ても戦車道に喧嘩を売っているとしか思えない集団。

 それがたった一人の『軍神』が加わったことで、豹変した。

 天下を取った。

 

 まったく、笑い話にもならない。

 まるで何者かの筋書きによって演出された都合のいいドラマのようだ。

 でも現実、勝利したのは彼女たちだ。

 常識を覆した。

 戦車道の歴史を変えた。

 いくつもの奇跡が重なったとしか言いようがない。

 ……いや、本当はわかっている。奇跡だなんて言葉はただの負け惜しみだ。

 戦車道にまぐれはない。

 私たちは負けた。

 戦車の性能差ではこちらが上回っていた。戦略戦術だって問題はなかった。

 でも負けた。

 実力差とかそういう次元の話ではないのだ。

 

 私たちは、大洗の結束した精神に負けたのだ。

 母校を廃校から守るため。

 皆の居場所を守るため。

 そして……みほの思いに報いるため。

 彼女たちの心はひとつだった。

 だから、勝った。

 チーム全員が一心同体となって勝利を目指す。

 理想的な部隊の在り方だ。

 

 もちろん私たちだってそうだった。

 勝ちたい気持ちは当然、全員同じのはずだった。

 ……ただ、勝利に向ける思いが違った。

 私たちは伝統に従って、王者として再臨するため、優勝しなければならなかった。

 それは当然の義務だった。

 

 でも大洗は違う。

 彼女たちはただ、大洗という場所が好きだった。

 そしてなによりも、仲間と一緒にやる戦車道が純粋に楽しかったのだろう。

 その日々を守りたいから、終わりにしたくないから、彼女たちは戦った。

 ただ、それだけのことだったのだ──そしてそれはきっと、黒森峰には決してなかったもの。

 私にもいつしか欠けていたもの。

 

 もうすっかり忘れていた。

 戦車道を楽しむ心なんて。

 私にとって戦車道はもはや己の価値を証明するものだった。

 人生そのものだった。

 それを遊び心で満喫するだなんて、黒森峰の理念からも反している。

 ……でも、最初はそうではなかったはずだ。

 幼い頃の私。初めて戦車に乗ったときの私。

 そこには、歳相応にはしゃいで、ワクワクしている子どもがいるだけだった。

 そう。私はただ戦車に乗ることが好きだった。

 勝つことばかりに拘って、負けるたび悔しい思いをしていたけど、それも含めて私は戦車道が好きだったのだ。

 

 大洗の連中は在りし日の私たちだった。

 だから多くの学園も、彼女たちと戦った者も、大洗に惹かれた。

 ああ、そうだ。自分たちも最初は、彼女たちのようにただ無心に、時間も忘れて、無邪気に、精一杯に、戦車に乗ることを全力で楽しんでいたな、と。

 

 ──これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。

 

 愛読している『論語』の一説を思い出す。

 自分に対して渇いた笑いが込み上げてくる。

 やれやれ。『上知と下愚とは移らず』を座右の銘にしておきながら、私はいったい何を学んでいたのだろう。

 

 結局のところ、最後には純粋なものが勝つ。

 不純物のない、まっさらで真っ直ぐな思いをいだく者に、勝利の女神は微笑んだ。

 ただ、それだけの話なのだろう。

 本当に、ただそれだけの単純な話。

 

 ──優勝! 大洗女子学園!

 

 祝福と喝采。

 栄光と希望。

 彼女たちの笑顔は光に満ち溢れていた。

 でも私は……

 

 鬱屈した感情など知らんとばかりに、運命は大きく流転していく。

 私の見ていた世界が、大きく変わっていく。

 

 

 

 結論を語ろう。

 私は、何ひとつ成長していなかった。

 勝利に執着し、名誉と絶賛を求めていたあの頃とまったく。

 

 でも、みほはどんどん先を進んでいく。

 この先も、私なんかよりもずっと、明るい笑顔で、仲間たちと楽しく戦車道を続けるだろう。

 そこにこそ、みほの幸せがあるのだから。

 そのことをとっくに理解しているから、私は……

 

──────

 

 

 

 気づいたら、隊長に笑顔が戻っていた。

 いままで見てきた中で、一番素敵な笑顔だった。

 

「心配をかけたな、エリカ」

 

 隊長はそう言った。

 私は、隊長を心配していたのだろうか。

 感情がごちゃごちゃになっていたので、その辺りがよくわからない。

 だが隊長が言うならそうだったのだろう。

 私は恥ずかしくなって隊長に頭を下げる。

 私ごときの人間に心配されるなんて、心外だろうから。

 

「すみません。別に隊長を信頼していなかったわけじゃなくて……」

 

「わかっている。ただ不安な思いにさせただろうって思ってな。お前だけにじゃない。チーム全員に過度な重圧をかけてしまったと、反省しているんだ」

 

 確かに、今年のまほ隊長の厳しさは尋常ではなかった。

 新入生は随分と怯えながら訓練に参加していた。

 別に大声を荒げて理不尽なことをしたわけじゃない。むしろその逆で、氷のように冷たく、刃のように鋭かったのだ。

 指示ひとつに、態度の隅々から、流派を背負う者の覇気が感じられた。

 少しでも黒森峰の生徒らしくない振る舞いを見せればタダじゃ済まない。

 そう本能で察せられるほどの重圧だった。

 上級生たちにとってはその姿勢はありがたかったようだけど、堪えられない者は何人か辞めていった。

 けれどいまの隊長には、その凄みはない。

 雪のように静かな落ち着きと、包み込むような優しさばかりが滲んでいる。

 思わず子どものように抱き着いて甘えてしまいたくなるような、暖かい母性まで感じる。

 

「必要以上に厳しく部隊を統制しなければ、また同じ過ちを踏んでしまうと思ったんだ」

 

 まほ隊長は切なげに打ち明ける。

 

「あの日の試合……すべては私の未熟が招いた結果だ。天候による事故を考慮せず予定どおりのルートに赤星たちを進軍させたこと。みほの行動を止められなかったこと。そして各隊員に自己判断をさせなかったこと……己の甘さを痛感するよ」

 

 そんなことは……と言いそうになる口を閉じた。

 隊長の気持ちを考えたら、そんな安っぽい気休めなど口にできるはずがない。

 

「だがなによりも……みほのような思いをする子を二度も出したくなかった」

 

 きっとそれが、とつぜん厳格になった一番の理由だったのろう。

 黒森峰の戦犯として扱われたあの子への仕打ち。

 騒いでいたのは主に西住流の関係者や黒森峰のOGばかりだったが、その波は学園中に浸透した。

 止めようがなかった。

 どうしても上を納得させるための生贄が必要だった。

 わかっている。理屈では、そんなこと。

 批判をかわすため、西住流の名を落とさないためには、それしか方法がなかったことを。

 だから誰も止めなかった。止められなかった。

 わかっている。しょうがなかったのは。

 

(……でも、それでも)

 

 それでも私は、戦って欲しかった。

 心ない声なんかに振り回されず、見返してやる勢いで立ち上がって欲しかった。

 

 そうすれば、私だって本気で彼女の隣で……

 

「だが、みほが教えてくれた。それよりも、もっと大切なことがある」

 

 私は込み上がる感情に蓋をした。

 

「私が最後に黒森峰に残せるもの……その答えを大洗の戦車道で見出せる気がする」

 

 隊長は変わった。

 大洗との試合で、見失っていた何かを、知りえなかった世界を、手にしようとしている。

 

「だからエリカ。悔いることはない。私はこれでよかったのだと思う。あの試合がなければ、我々はいつまでも過去を引きずっていただろう。だから、これでいいんだ」

 

 これでいい。

 隊長はすでにあの日のことを吹っ切れたのだ。

 だから笑える。

 彼女の中ではもう、覚悟が決まっているから。

 

「西住の名は私一人が背負う。みほには、大洗での戦車道こそが相応しい」

 

「……」

 

 初めてかもしれなかった。

 まほ隊長の言葉に反論したくなったのは。

 でも何も言えなかった。

 

「あの子には西住流とは関係なく、自由であってほしい。だから、私はこれからもっとしっかりあらねばならない。次期家元として」

 

 変わっていく。

 まほ隊長も、みほも、なにかもがすべて。

 

「そして、これからの黒森峰のために、私は最後の務めを果たそう」

 

 それから黒森峰の訓練内容も変わった。

 これまでになかった『訓令戦術』を取り入れた。

 作戦成功のため、各自が判断し行動する。

 これまでの私たちは、西住姉妹の『手足』に過ぎなかった。

 彼女たちの戦術どおりに動くだけの存在。

 それが敗因となったのは、もうイヤというほど学んだ。

 それが私たちの最大の弱点だったのだから。

 わかりきっている弱点を克服しないのは愚かだ。

 だから変わっていかなくちゃいけない。

 黒森峰も。……そして私も。

 

 ──エリカ。次の隊長はお前だ。

 

 まほ隊長の期待に応えるためにも。

 

──────

 

 誰もが前に進んでいる。

 過去に囚われず未来へと。

 私だけだった。

 いつまでも昔のことに囚われているのは。

 ……でも、正直のところわからない。

 なぜ私はここまであの日のことを引きずっているのだろう。

 自分のことなのにわからなかった。

 

 次期隊長として選ばれた。

 これほど名誉なことはない。

 

 まほ隊長に笑顔が戻った。

 祝福すべきことだ。

 

 そして……みほは自分の戦車道を見つけた。

 

 一度は離れた戦車道に、彼女は再び戻った。

 一緒にやりたいと思える仲間と出会った。

 みほにとって相応しい場所が大洗だった。

 結構なことではないか。

 やりたいなら好きにすればいい。

 彼女がどこで戦車道をやっていようが、私にはもう関係のないことだ。

 

 彼女は仲間から対戦相手になった。

 それだけのこと。

 次こそは負かしてやろう。

 真の王者は黒森峰だということを思い知らせてやろう。

 私はそのつもりで今日も訓練に励んでいた。

 それがあるべき姿だと信じて。

 

 ……なのに感情が悲鳴を上げている。

 それでは納得できないと騒いでいる。

 

 何が気に入らないというのだ。

 私は私自身に問いかける。

 でも答えは見つからなかった。

 

 私だって、まほ隊長のように清々しい顔で前に進みたいのだ。

 なのに、過去の亡霊は私に囁き続ける。

 正体不明の後悔が、私の心を苛み続ける。

 どうして、こんなにも胸が痛いのか。

 ……その痛みは、大洗の連中と笑い合うみほを見るたびに膨れ上がる。

 信頼で繋がり合った彼女たちを見れば見るほど、言いようのない感情が燃え上がる。

 それはただ単に、大洗の連中が気に入らないからだと、そう思っていた。

 でも、本当は……

 

 確信めいたものに近づくたび、私は思考をストップする。

 その先は思い浮かべてはいけないと、本能的にストップがかかる。

 だから結局わからない。

 自身の感情でありながら、その実体を掴めないまま、私は今日も床に就く。

 

 時間は無慈悲に過ぎていく。

 だから余計なことに意識を向けている暇はないのだ。

 私の周りは大きく変わっていく。

 でも世界そのものは代わり映えすることなく、『明日』というものが必ず訪れる。

 

 

 

 

 

 

 ──エリカさん、起きて!

 

 誰かが私を呼んでいる。

 私は微睡みから目を覚ます。

 目の前にはよく見てきた童顔があった。

 

 ──エリカさん、もうすぐ文化祭始まるよ?

 

 文化祭?

 そんな季節だったろうか。

 でも現に目の前の少女はいつもとは違う服装をしていた。

 緑色を基調にしたディアンドル。

 催し物があるときだけ着る衣装だ。

 スタイルのいい彼女が着ると、憎らしいほどに似合っている。

 よく見ると、自分も同じ衣装を着ていた。

 私のは赤を基調にしたディアンドル。

 剥き出しの肩と胸の谷間が少し恥ずかしい。

 

 ──今日は一緒にお店見て回る約束したでしょ?

 

 彼女はそう言って私の手を取る。

 

 ──どうしたのエリカさん? ほっぺ赤くしたりして。あはは、もしかして恥ずかしいの?

 

 慣れない恰好に動揺している私を、彼女はクスクス微笑んでからかう。

 何よ生意気ね、と私は言い返す。

 

 ──ふふ。ごめんごめん。恥ずかしがってるエリカさんって新鮮だから、なんかカワイイなって。

 

 私はますます身体を火照らせた。

 美人綺麗とはよく言われてきたけど、かわいいと言われるのはなんだか慣れない。

 

 ──その衣装、すごく似合ってるよエリカさん! わたしが男の子だったらきっと恋しちゃうな。

 

 屈託のない笑顔で彼女は……みほはそう言った。

 

 ああ、これは夢だ。

 みほとこんなやり取りなんてなかったのだから。

 彼女と文化祭を見て回った日なんて、一度だって、なかったのだから。

 

 ──ほら、行こうエリカさん! 楽しい思い出作ろ!

 

 悪い夢だ。

 さっさと覚めて欲しい。

 

 ──見てエリカさん! あれおいしそうだよ!

 

 意味のない夢だ。

 だから早く覚めてしまえばいい。

 

 ──うわぁああっ! 景品にボコのヌイグルミがあるぅ! エリカさん! わたしちょっと挑戦してみるね!

 

 早く、覚めて。

 

 ──あうぅ。全然取れないよぉ……

 

 いまさら、どうしろっていうのよ。

 こんなの、見せられたところで……。

 

 ──すごい! 一発で当てちゃった! さすがエリカさん! えへへ新しいボコの仲間が増えたよ~♪ ありがとうエリカさん!

 

 やめて。

 お願いだから。

 

 ──エリカさん、やっぱり優しいね!

 

 もうやめて。

 

 ──今度はエリカさんの行きたいところに行こう! どこがいい?

 

 どうして……

 

 ──ねえエリカさん。楽しい? わたしはね、すごく楽しい。エリカさんと一緒だから!

 

 なんで、こんなに……

 

 ──……ずっと夢だったんだ。こんな風に普通に、友達と遊んで回ること。

 

 なんで、こんなに胸が苦しくなるの?

 

 ──エリカさんが友達になってくれて、本当によかった。わたし今すごく幸せだよ?

 

 私は……私はあなたを……

 

 ──ねえ、来年もきっとこんな風に二人で文化祭を回ろうね? ううん。どんなときだって、二人一緒に……ねっ? エリカさん。

 

 ああ。私は……

 

 ──大好きだよ、エリカさん。わたしの、たった一人の友達……これからも、一緒に……

 

 

 

 私たちの友情はニセモノだった。

 所詮は形を真似ただけのゴッコ遊び。

 ……でも、誰よりもそれを真実にしたかったのは、

 

 私だったんだ。

 

──────

 

 気づくと、ベッドの上で嗚咽を上げている自分に気づく。

 溢れ出るものが止まらなかった。どうしようもなかった。

 

 やっと、わかった。

 気づいてしまったら、いまみたいに自分を抑えられなくなってしまうから、ずっと気づかないようにしていた。

 

 優勝したいとか、リベンジしたいとか、そんなのは些細なことだった。

 もっと、もっとずっと欲しいものがあった。

 

 黒森峰の優勝。でも本当は……

 

 ──やった……やったねエリカさん! わたしたち勝てたよ!

 

 誉れある勝利への喜び。でも本当は……

 

 ──……約束、覚えてる? わたし、エリカさんに認めてもらえたかな?

 

 築かれる実績と地位。でも本当は……

 

 ──大丈夫だよ。わたしたちは負けない。エリカさんがいてくれる限り……二人一緒なら、絶対に。

 

 私たちが手にするはずだったもの。

 それらはすべて、大洗が手にした。

 

 もう手にすることは叶わない。

 そんな未来は、もう訪れない。

 ありえたかもしれないあの光景も、二度と実現することはない。

 

「うぅ……うわああああああああああああっ!!」

 

 零れ落ちていく可能性の断片の数々。

 拾い集めようとしても、すべては溶けて消えていく。

 元に戻ることは決してない。

 

 

 何もかも変わっていく。

 誰もが明日に向かって進んでいる。

 だから私も、進むしかないのだ。

 変わりゆくこの黒森峰で。

 まほ隊長が去るこの黒森峰で。

 ……みほのいない、この黒森峰で。

 

 

 

 

 

 







『MC☆あくしず』掲載のみほとエリカのツーショットを見てみると、もういろいろと切ない思いが溢れてきます。
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