この世界、あと5年で文明が滅びます。   作:白紫 黒緑

73 / 86
(ツキ)を反転させる方法と適度な掃除(節制)の仕方

リベラース共和国、二ヶ月前に建国されたこの国は、とある異世界人が王になっている。町並みを行き交う人から悲壮感のようなものは無く活気さえ感じるが、お先は真っ暗だ。白鷺充は七年ほど前に冒険者になり、半年程でSランクに上がった実力者で現共和国領を転々とし、街の防衛や凶暴な魔物の討伐をこなし、国民からの人望もある。当然そんな人物を放っておく訳もなく国も勧誘していたのだが、白鷺は応じなかった。それに腹を立てた木っ端の貴族が暗殺者を差し向けたのだが………

「返り討ちにする所までは良かったが、斬る相手を選べよな、国の土台たる文官や外交を一手に担っていた伯爵、果ては屋台骨たる宰相(さいしょう)まで、………残ったのは国の運営から外され、廃れるのを待つだけの無能貴族共、はぁ」

事ここに至って気付いた彼は何とか問題の先延ばしとも言える侵略を開始、政治関係の特例法案も通しやすい、何より自分が離れられるからな、王であると同時に最大戦力なのだから、銃の弾倉を引き抜き、スライドを引いて装填されている弾を出して、まとめて隔離に仕舞って別の弾丸を装填する。

「マスター、今回は生け捕りですか?」

「半分正解だな」

「わかりましたわ!半殺………」

「はい、そこ!口に出すんじゃない」

「………小生としては、やらないと否定する場面なのではないですか?」

「やることはさほど変わらんよ、ただ戦場に飛び込んで横槍が入らないように補助してもらえばいい」

対生物ならホローポイント弾の拡張型を装填するが殺すことが目的ではないのと見極める目的もあるため今回はゴム弾を装填したのだが、きっちり罰の意味もある、取り敢えず相手のステータスとかを説明しておこう。

 

名前 白鷺 充

種族 人

 

パーソナルスキル 遠距離恋愛

スキル 剣術8 体術6 格闘術3 隠密1 重力魔法2 激龍強化ー 鑑定3

耐性 衝撃耐性3 痛覚鈍化4 龍鱗

称号 龍殺し 巨人殺し

 

遠距離恋愛 内約

想いは傍に 想い人の距離によって効果が変わる。近いと攻撃力と防御力、遠いと移動速度が強化される。

 

………前ドラゴン倒したけどあれはノーカンですか?飛竜じゃ駄目なのか?

 

《龍限定です》

 

別に種族特攻だし、いらんか、………まあ、それは置いとくがこのスキルが厄介だ。問題点は二つある、一つは常時発動(パッシブ)でノーリスクの強化、彼の想い人は元の世界にいるのでスピードが振り切れている。もう一つが想い人の対象人数が一人と限定されてないと言うこと、近い方は限度が分かりやすい。

 

《検証の結果、三十メートルを堺に変化、距離✕身体能力✕想い人の数、なお、これは移動速度の例です。攻撃力と防御力の場合は三十メートルで2倍となり、一メートル圏内から大きく倍率が変化、最大80倍になります》

 

接触がある場合はそうなるのか、手を繋いだりとか、まあ、勝てんことないけど、速度より力がある方が厄介だ。ちなみに人数は6人。

「さて、そろそろ頃合いかな」

俺が使える四つの魔法を意識しながら結界の端から飛び降りる。最初は氷と火、彼らに当たらないように巨大な氷の柱を落とす。これで外側に白鷺を誘導して距離を離す。

次に火で彼女たちの周辺広範囲を火を絶やさず焼く。これで三十メートル以内には近づけない。それと風で彼女たちを熱気から守るのは忘れない。

最後に土で俺の着地地点と誘導した白鷺を囲う様に壁を作る。もちろん燃やしてあるのて駆け上がる事はできない。熱は換気してあるし、遠赤外線でこんがりってことも無い。直接触ったりしなければ、な、

「リーベラス国王陛下………って呼んだほうがいいか?」

「あなたは?」

「剣を携えた吟遊詩人、真実の語り部、ただの剣客、短い付き合いですのでご自由にどーうぞ」

「………魔道士では無いのですか?」

「さあ、どうでしょうね。俺は説明をしに来ただけだ、剣を交えてな」

隔離から刀と銃を取り出し、刀は鞘から抜き、銃はスライドを引いて安全装置を解除、

「ヒートエッジ、ウインドアシスト、フレイムブースト、インパクトカウンタ」

適当に既製の魔法とオリジナルの魔法を掛けて自分に効果をつける。ウインドアシストは動きの補助、ロイのよく使ってる風魔法を少し改造して初動を速める仕様にしてある。フレイムブーストはその加速、インパクトカウンタは一回限りの使い捨てで、体に触れた物に衝撃を与える。攻撃をくらったときの保険だ。

「準備はいいか?」

「何とか話し合いで解決できないものですか?」

「手遅れですね………殺す気は無いので、あしからず、………いつでもいいですよ?」

「では………行かせてもらいます!」

 

白鷺は真正面から来た。俺はそれを受け止め押し返す。次の瞬間に来た背後の攻撃を跳ね上げ、左手の銃を振り返らず後方に三発撃つ、当たったのは一発、次に左、右、上の順に斬りかかってきた剣を弾く、

「すごいですね、最後のは今の最高速度なんですけ……」

隙を見逃さず距離を詰めて一閃、腹部を掠める。追撃に残弾を撃ち尽くし、次の弾倉を入れる。命中ゼロ、

「あなたも速度を……」

牽制に一発発砲、正面から来た攻撃を受け流し、カウンター、左腿に有効確認、眉間に突き、左耳を掠める。距離を取るところに二発牽制、

「い、今の確実に殺す気だったでしょ!」

距離を詰めて銃口を眉間に押し当てる。

「殺す気ならとっくにやってる」

………ふぅ、反射迎撃静自動戦闘(カウンターフルオートモード・ディフェンス)は余計な思考を廃し、脳を介さぬ反射を使い、最速最善の防御を行う。間合いに入ってきた攻撃を迎撃するが何分全身から余分な力を抜き、あまり何も考えていない。目に見えない攻撃もいつの間にか迎撃していることもあるので、不可抗力や事故にも容赦が無い。常備この状態はよろしくない、一意専心というのがこのスタイルに最も合う言葉だろう。

銃口をずらして肩に接射する。殺傷力のある弾丸と言われると硬く重いスナイパーライフル用の弾なんかを想像するだろうが、あれは徹甲弾や対物ライフル(アンチマテリアルライフル)のようなヘルメットや防弾装備を貫く貫通力だ。なので正確に急所や重要器官を狙う腕が無ければ致命傷には繋がり難い、殺傷力が高い弾、それは柔らかい弾なのだ。ホローポイント弾、ソフトポイント弾のような先端が潰れた、または潰れる砕ける弾丸は貫通力や、射程が少ない代わりに衝撃を余す事なく伝えるし、特に治療や手術の際に違いが出る。傷口を大きく穿つ物やバラバラになり体中に散る物、貫通していない物は摘出しなければならないため。先が丸いタイプの物でも骨などで体内で跳弾すればその軌道上にある臓器に少なくない損傷を与える。(前提として不幸中の幸いだが)急所を逸れて弾丸が身体を抜けるのは銃弾を受ける中では最も運がいいと言えるだろう。

「ゴム弾は別だけどな」

当たりどころが悪いと死ぬが、肩なら骨折と多少肉に食い込むぐらいだろうな、戦闘継続は難しいと思う。さて………反射迎撃静自動戦闘(カウンターフルオートモード・ディフェンス)は相手の攻撃に反応する防御向きのスタンスだ。真逆のスタンスに|合理退捨動先読戦闘《コールドリーディングノーガード・オフェンス》がある。

「まだ戦う気みたいだな………は!」

「ぶっ!」

右から来る。分かった瞬間に銃を上に投げて一撃、左後方上段からの振り下ろしを半歩下がり腰を落として肘を叩き込む。そこから回り込んで背後への振り下ろしを真っ直ぐ正面が開いたと同時に拳を握り、剣を受けない様に一直線に顔面を殴り、その一撃を引っ張って殴り飛ばす。なかなか戦意が削げないので、追撃に目の下、涙袋にあたる位置に刃を入れ、落ちてきた銃で両手の甲、両腿をゴム弾で撃ち砕く。

 

カラン、

 

「ぐあぁぁぁ!」

 

地面に剣が落ちた直後に叫び声を挙げる。ゴム弾はめっちゃ痛いと思う。が、涙袋の下は長期的に見ればほぼ詰みだ。特に汗をかくと染みて痛い上、まばたき1つするたびに意識を割かれる。ストレス等で技からは精細を無くしていくし、集中も出来ない。常識外れの速度で動き回る白鷺にとっては致命傷に等しい傷になる。

「人が全力で集中できる時間は十分程度、速度を上げて感覚を鋭くする上に、ストレスで体感時間も長く感じるだろうから………」

銃を軽く投げ、迫る拳を躱して袖口を掴んで投げる。今までより遅い上に思考も纏まりにくくなった為か動きも直線的で読みやすい、正面から来た攻撃にフェイントを入れて真正面から迎撃する。

「勝利に妄執するな、目的をよく見ろ、気付いた時にお前の手の中の大事な物が無くなったり握り潰してたり、虚しく黄昏たいのか?そろそろやめと………」

正面から発砲されたゴム弾を刀の腹を使って逸らす、銃が落ちてくるタイミングできたのはその為か、だが、

「使い方次第だぞ」

残り一発が発砲される前に距離を詰めて、焦って発砲したのを確認、弾切れに戸惑った一瞬をついて思いっきり殴る。………あっ、二本歯が折れた。

「お前が戦う理由はなんだ?俺には逃げてるようにしか見えない」

「………で…、あがっ……ぐぅ!」

………この不穏な空気の流れ、魔力か、となると重力魔法、ただ、ここまでの量は制御が怪しいな、歪みが生じている。仕方ないか暴走してブラックホールみたいになってるし、

「取り返しがつかないなら謝れ、辞する事は責任を取ることじゃない。国単位になれば…………尚更な!」

重力の塊から剥がすように蹴り込み、冒涜で握り潰す。少し抵抗があったが更に力を込めて両手を合わせて潰した。あっちは………指を数本を逝かれたか、魔力切れで青い顔をしてのびてる。魔力供給を断ち、周囲の火等の魔法を消す。

暫くするとテストラの兵士と作戦の為に作った汎用型、王無き兵団(ポーンオンーリ)が走ってくる。十六体一組でチェスのコマ以外の形態を追加した物だ。なんでこんなもん作ったかって言うとカイザーの形態を見て、二体合体以外にも四体合体とかもっと細かく分けられないのか?と聞かれたのだ。あっちは大きな括りでは八十体一組だ。それを指揮権四つに分けて運用できることを含めて考えると、多様性に富んでいるとは言えそうになかった。カイザーに至っては一体欠けるだけで使えなくなるし、分隊してる時もだ。なので追加可能で更に多様性に富んだ物を作ったのだ。形態はモンスターを模した物が多いのと、指示ワードをチェスの駒をプロモーション、モンスターの方をディグレィディッドを頭に着けて形態を指示する。前の汎用型も対応出来るように改造してある。それと今回は白鷺を誘き寄せる際に犠牲が出ないように配置したのだ、壊れず残っているものは寄付する文言を着けて協力してもらった。周囲の火は温度はたいしたものじゃないが、内側からどれだけの範囲が燃えてるのか分かりはしない。その内に生物では無い王無き兵団(ポーンオンーリー)を火の中に逃がせばタイマンに持ち込める。もし追い詰められても俺自身火の中に逃げるなり、火で体を覆うように燃やせば身は守れる。取り敢えず、拘束した白鷺を使って婚約者やらも捕虜として、テストラの兵に引き渡す。

「さてと、お前は国をどうしたい?」

「………」

「随分と暇な国人だな、お前は選ばなければならない………この一分一秒の間にすり潰される命を俺なら数えられるぞ?」

「………何が、言いたいのですか?」

手足を同じロープで縛られて海老反り状態で床に転がっている白鷺は白目を剥く限界まで上、こちらを見上げている。

「お前は国王でもあるが一番大きな戦力でもある。………指揮も最大戦力も失った国土の兵がどこまで戦える?」

「この!………うっ!」

動こうとするも兵士に棒で抑えられる。

「ヒントをやろう………為政者の仕事は選ぶ事だ。多を活かす為に少を殺す事も、国の行く末を見守る事も、そして、その血や灰を負う事もな、お前が取れる選択はなんだ?どうしたいのかすぐに答えろ、己の手で守るのか、誰かに託すのか、この戦争に降伏するか、交戦するか、負けたなら条約を結ぶか、属国になるかとか、………衝突まで10秒ある」

「そんな事急に……………」

「9……8……7……」

「ま、待って!……」

「6……5……4……3……2」

「こ、降伏する!」

「………何とか衝突は免れた、というか止めたが、………ここで俺から提案があるんだけど」

そこから暫く誰かに押さえられた訳でもないのに白鷺は頭を地面に擦りつけたまま、一切動かなくなった。

 

「はぁーあ、っと、一仕事終わった。っん、ああー………、おお、これ返しとくな」

背伸びをした時にふと思い出した。ハルトに懐中時計、ロイに銀の首飾り、キリエに棒(縮小可)、ウィルに籠手と鉢巻き、キングに盾を返した。魔法の道具はサイズ調整もあるので便利だ。ただ元のサイズより大きな人が着ると少し性能が下がるらしい。装飾品や武器はあまり関係ないが、防具は影響が大きい。

「元々先生に貰った物だし気にしなくてもいいよ」

「主より賜っ………」

「はいはい」

「ウィルもこれが無ければ………」

「武器くれよ、盾じゃなくてよー」

「それぞれ欲しい物とか無かったか?」

待ってもらう間小遣い握らせて、テストラに居てもらったのだが、ハルトとキングは買い食い(ハルトは一部)、キリエは洋服を見たり、ロイは兵士の鍛錬の見学(無料)、ウィルは貧しそうな兄弟に貰った小遣いをあげた。

「また帰ったら特訓だけど、ちょっと忘れてた事があるからもうちょっと時間潰してくれるか?」

「えー、特訓まだかよ」

「はい、もう少し見ていたいので」

「構いません」

「御心のままに」

「俺昼寝したいから帰っていい?」

「………分かった。じゃあ走り込みから始め………」

「やっぱりもうちょっといようかなー!」

露骨に焦った様に掌を返すキング。呆れた目を向ける四人、それとさっきの小遣いと同額をウィルに握らせる。

今度は自分のことに使えよ?

 

移植とは臓器を移し替えて終わりではない。どれだけ正常に移植してもその臓器が機能しなければ意味がない。技術の進歩によって減ってはいるが無くなってはいない。元々自分の臓器では無いのだし、時間の制約は冷凍技術に支えられる部分が大きい。腹腔鏡手術で出来る手術では無い、開腹すれば負担も時間も掛かる。様々な戦いを乗り越え、また変わらぬ日常を送れるのは正しく奇跡と言えるだろう。最も人体の神秘に比べれば、国の運営はまだ楽なものだろう。

「どっから金を持ってくるか、説明をどうするか、罰は?………やっぱ面倒くさいわ」

金に関してだけではないが無から有は生まれない。あるだけで上手くやりくりするしかない。説明は多くの時間を要するはずだ。ルールを破ったものをどう効率的に罰するか。体制は?税は?前の基盤をどれだけうまく使えるか、それが新しい体制や政策を作る上で重要になってくる。………代行者の草案に目を通して、修正を加えて白鷺に渡したが、俺自身もリベラース国内で噂を流したりとか、サクラ(一番目のお試し)になったり、やれることはやった。指示は定期的に出すようにしているので舵取りを間違える事は恐らくはないだろう。………簡単に傀儡国家に収まったな、

「さてと………」

ゴム弾の入った弾倉を取り除き、硬い弾丸を詰める。当然弾丸に合わせてバレルは交換してあるので問題無く撃てる。

 

パン、パン、パパン!

 

石や地面、木に当たった弾丸が跳弾して、敵の急所に吸い込まれる。千里眼と未来視を併せて、代行者に跳弾が当たる着弾地点を可視化させ、その箇所に撃てば俺自身の目で直視してなくても敵に当たる。見晴らしが効く平地なら狙撃も有利なのだが、この辺り一帯山だ。なので山頂から森の外に出た敵はクロエの狙撃で仕留めてもらう。初撃はロザリーの災禍柩匣・666で一番逃げられると面倒なところを更地にしてもらい、それぞれこっちに誘き出してもらった。逃走経路の多さも去ることながら数も多い。

魔法と言うものはかくも偉大な物だが、土系魔法を使う英雄は街を囲い込むほどの壁を築く、では盗賊は?というのがこの地下の隠れ家だ。………しかし逃走経路がやたら多いし、待ち伏せをしようにも頭数が足りずに使えない。なので森の中で戦う組と逃げて来たのを倒すグループに分けている。で、俺は隠れてやり過ごそうとする奴や近くの敵を適当に間引く。全滅させられそうならやるが、

「こういうの虱潰しっていうだろうな」

そこら中を彷徨うフェイマリーステップを見ながら、次の敵を探す。

 

「斥候職の方は捕まりにくいですねー」

レアは山中に罠を仕掛けながら戦っていた。レアには魔法を使うための魔石が仕込まれていない。もっとも生きた人形は成長出来るので頑張れば習得できるのだが、レアの目は魔石では無く記憶水晶、魔法全般にあまり適正がないのが相まって勉強はしているものの全く使えるようにならなかった。しかし、レアは悲観してなかった。

「さて、っとー………ここからは〜、ノルンとアリスに任せますねー?」

「何をするんですの?」

「………何故わかんないの?馬鹿なの?」

「な!誰か馬鹿ですって!」

黙って指を指すノルン、左袖で口元を隠しているが、目を見る限り確実に馬鹿にしてる。

「まあまあまあー、アリスさんが馬鹿かどうかはこの際置いといて〜、私が下準備を整えた作戦を実行して貰いたいのですー!」

否定はしないレア、そして誤魔化されるアリス、二人がアリスが馬鹿なのを改めて認識すると暫く謎の間をおいてちょっと面倒くさそうに作戦の説明に入るレア、多分ノルンは何をするか知っているのだろうが、確認の意味もあってかしっかり聞いていた。

 

逃げ惑う多くの足音がバタバタと響く。道と言えなくもない細い獣道を我先にと言わんばかりに走る彼らの跡には、皮肉にもしっかり道と言えるものができていた。

そんな絶賛舗装中の彼等の前に人の背中が見えた。

「お、おい!無事か?」

先陣を切る男が話しかける。しかし彼は背を向けたまま黙っている。

「先がどうなってるか知らないか?敵は?」

「お………おい!」

振り向かせる為に男は肩に手を置いたとき気付いた。服の上からでもわかる程冷たく、固い。少し見えた肌も土気色をしていて、肌も心無しかザラザラしているような気がする。滑らかではないと言うか………まるで生きていない様な、そこまで気付いたその瞬間、いきなり肩に置いていた手にガバッと齧り付いた。慌てて引っ張ったが、薬指はぎりぎり繋がっているものの小指は口の中に、ゆっくりと咀嚼するように動く口元を呆けた様子で尻もちついたまま小指を食い千切られた事も忘れてその後ろ姿を見る。男に続いていた者達は後退る。この距離が男と彼等の明暗を分けた。

 

ゴクン、

 

飲み込んだ。それが分かった後に間をおいて何かが地面に落ちた。だが、彼等はそれに気付かない。何故ならその人物が振り返ろうとしていたからだ、

肌は生気を失ったように土気色、目は濁り、虚ろで何かを恨んでいるかのようにも見える。腹は縦に大きく切り開かれ、その暗闇の中心には薄っすらと白い背骨や肋骨が見えた。

「ひいぃぃぃ!」

誰からとも無く出た悲鳴に弾かれるように走り出す、

「「「助けてくれぇ!」」」

悲痛な叫びが反響して、後ろと前からしている様な気がする。だがそれが大きな勘違いだ。

 

「頼むぅ………」

 

我先にと逃げていた彼等の耳元で一瞬だが誰かがあげたうめき声を耳にした、背中に氷を詰められたように動けなくなった彼等は辛うじて動く首で声のする方を見た。もう殆ど木に飲み込まれた人の顔が泣いていた。これが彼らが見た最期の記憶だ。ヒュンという空を切ると同時にした下顎から上が吹き飛んだ。

 

「………めでたしめでたし〜、パチパチー」

 

パラパラ……

 

紙芝居を持つレア、その目の前にいるのは小指の無い男と体中に古傷のある大男とその周りを複数の顔が付いた人面樹がレアの方を除いて半円に囲んでいる。

「………なんなんだ、何なんだお前らは!滅茶苦茶過ぎるだろう!」

「もう〜、大きな声出さないでくださーい」

ヒュン、と風を切る音がすると男の左手の肘から下が消える。

「あ、あぁぁ!やめろ!やめ……」

声がした方を見ると無くなった男の腕は一本の幹に絡め取られて、人面樹の顔の一つの口に押し込まれている最中だった。今にも吐きそうな呻き声あげ、顎の骨の弾けるような音を最後に腕は綺麗に口の中に収まった。

「………化物が」

「化物じゃないですよー、寄植・合成百草樹(ミストルティン)の本来の力ですよ〜?」

神話に出てくる武器は文献によって形が違うものがあるのだが、ミストルテインはヤドリギ(槍とも)言われている。冒涜を使って作られたこの植物は魔力で成長の方向性を示すことで様々な形になるのだが、ベースとなるヤドリギは血や養分、魔力、果ては電力等も吸収して成長する度を超えた魔改造が施されており、どんな物にも植え付けて操る事ができる。

ただ命令は口頭でしか出来ないのと、あまり複雑な指示はできないのが難点だ。さっきのも予め手を一本もぎ取ることを指示してあったからだ。ただもぎ取った後は指示していないので、吸収効率のいい人の身体から吸収する為に細かくする事なく口に押し込んだのだ。

「叫ぶともう一本行きますよ〜?」

「………ッ!わかった、………俺達はどうなる、こいつ等は生きてるのか?」

「………待ってる間暇ですし〜、お話しても良いですよー、まあ、あんまりお勧めしませんけどねぇー」

一つ咳払いをして牛乳瓶の底のような眼鏡をかける。

「ミストルテインは遺伝子弄った種が本体でー、それを敵、地面なんかに撃ち込んだり、発芽させて刺したりして、エネルギーを吸収させて成長させます〜。ただ成長はエネルギーのある限りしか出来ないので予め魔力を込めないと地面とかではあんまり成長しないんですよねー、生物に刺した場合は対象のエネルギーを吸い尽くす事もー、神経をハックしてそのまま操る事もー、植物に取り込む事もー、対象の体を作り変えることもできますよー?例えばあれとか〜」

さっき腕を収めた口から白い煙が上がり、ボコボコと湯の湧く様な音がする。

「さっきの顔はウツボカズラとかの遺伝子を使って改造してー、普通は胃袋で溶かせない骨もなんでも溶かせるよー?」

最も、改造と言うより強度を顧みない使い捨て改修に当たる。それを証明するように唇は小さくなりながら爛れて罅割れ、白目を剥いて小刻みに顔を震わせている。

「あともう一回は使えそうですねー………あ、そろそろ旦那様がいらしゃいますね、このあたりを掃除してください〜………あ」

レアの背中にどこからともなく集まってきた赤い水滴が鎌と死神を作り上げる。そんな死神の頭上にはThe Bloody Death(血塗られた死を)という血で作られた文字が漂っている。鎌が振られるとしばらく間があってから、レアの手の中に大男の首が落ち、それを確認する様に残された体から勢い良く血を噴き出す。

「あとそれは首から下はもう要らないので好きにしていいですよー?」

 

「………で、レア、お前は何をしてるんだ?」

「あのあの〜………お、降ろしてくださ〜い」

蔦に絡まり逆さ吊りにされているレア、レアはメイド服を二種類持っている。外向きにはオーソドックスな飾り気の無い紺色の物を着るが、動き回ったり、私的な予定や俺の所に来る時等は、丈の短い物を着ている(今はこれ)。………作業中だとツナギ、白衣、エプロン等が混沌とした組み合わせの着こなしとなるが、

「覗いてもー………いいですよ〜

内股でモジモジしながら頬を紅くして視線を彷徨わせる。

 

カチン

 

「………あだっ!」

………さっさと蔦を斬る。頭から落ちたレアが悲鳴をあげると、頭頂部を押さえながら不機嫌そうな、避難するような視線をこちらに向けている。

「………悪かったよ、でどうだった?」

「物証は無かったですねー」

「………それだけか、やっぱり」

レアの足元の生首を一瞥して隔離に仕舞う。

「………逃げた奴をクロシェットとノルンにやってもらうか、帰るぞ」




キャッチしていたら?

覗いてもー………いいですよ〜
内股でモジモジしながら頬を紅くして視線を彷徨わせる。

カチン

落ちてきたレアを受け止める。
「………………」
「………なんか言えや」
えへへ、とニマニマ笑うレア、………おい、鼻血垂れてるぞ、
「………そろそろ降りてくれないか?」
「もう少し甘えます〜、旦那様はあんまり甘えさせてくれませんしー、最近私を見る目がお笑い芸に……、ひゃあ!………ググヴゥ」
時間を稼ぐつもりなのがわかったので、(その上首に手を回して顔を近づけてきている)お姫様抱っこ状態から手を離したところ、首に回していた手を使って体を支え、手があった時の姿勢を維持している。それどころかこっちを引き寄せてキスしようとしている。必死の形相で、
「マスター、ショットガンを使う機会があまり無いので狩りの練習と言うことで、この元気なウサギを貰って行ってもいいでしょうか?」
レアの唇に当たったのは冷たい銃口だった。
「あ、あははは………」

ー後日、虚ろな目をしたボロボロのレアがクロエに引き摺られながら帰ってきた。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。