圧縮された空気が抜ける音と金属同士が噛み合う音、それを掻き消すように人々の喧騒が聞こえる。
「魔導機関車、名前通りの見た目だな」
………その割にペンタグラムと電線が付いてるのだが、煙突もある。
《火魔法で動力を得ていますが、ロスが大きく、電線と思われる箇所から魔力を供給し、煙突から熱を放出します。こちらの住人が見よう見真似て作ったものです》
ノウハウも無いのによく動く物まで完成させたな。魔力は相当使うみたいで、煙突を避けて両サイドに電線(供給しているのは魔力)が通ってる。
「ご主人殿〜!荷物積みました!」
「ありがとう、っとアリア武器はちゃんと使えそうか?」
「はいっす!………弓と琴はまだ自信ないっすけど」
返事は良かったんだけど、尻すぼみに小さくなったな、後半、
「銃なら私が教えられるんですが、すみませんマスター」
「いや、クロエが謝る事じゃないだろう………」
「「ご主人様、ご主人様」」
「ん?」
「「昔こういうポーズが流行ってたらしいんですけど、知ってます?」」
………うん、知ってる。世代じゃないけど、だっちゅーの
「おい!誰だ教えた奴!」
と思ったら、NGOから連れてきた通訳係と付近数名が鼻血出して倒れてた、漫画か!
「………お前らか」
「わが生涯に………」
「一片の………」
「………雛ポーズ」
「意味わからんわ」
中年三人借りてきたのは失敗だったかもな、まあ、書類や引き継ぎは出来てるし、問題ないか、隔離を介してお帰り頂いた。用があれば呼ぶのだが、
「そろそろ出発するし、乗るぞ」
列車、飛行機、客船………元の世界だとテロ対策や密入国、密輸防止とかで厳正なチェックを行う訳だが、こっちだと更に厳しいチェックを行うが、
「根本的に意味ないんだよなぁ、これ」
無数の問題点がある。まず収納や魔法等、取り上げようも無ければ、隠して持ち込み放題、テロもある程度腕に覚えがあれば誰でも出来てしまう。飛行機でも外から侵入してくる奴がいるほど、………もっとも乗り込む所まで成功するのは稀だが、中には離陸から着地まで翼に掴まり続けた強者もいる。ここで分かって貰えると思うが、乗る側の知識の不足、元の世界でやったら確実に死ぬし、大体の人がそのことを知っている。それ以外にも法整備も出来てないのでトラブルも多発してるし………
「マスター、紅茶はいかがですか?」
「いただくよ」
そのティーセット何処から出したとかそんな野暮な事はつっこまない。クロエが淹れてくれた紅茶に視線を落とす。………この一杯を飲み終わる頃には来るだろうな、香りを楽しみ、一息に飲み干す。
「もう一杯いかがですか?」
「そうしたいところだけど、後にするよ」
ティーセットを隔離に仕舞い、刀を手に取る。後はそれぞれの持ち場に移動を開始する。
暫くすると異音と共に魔導機関車が停止する。それに合わせて左側の斜面から右側の茂みから如何にも盗賊な方々が飛び出してくる。
「フレイムエンチャント〜サンダーエンハンス!フレイムジェイル〜シャドウバインド!………それから〜、アイスエディット・ランス!」
各々付与魔法の効果を受け取り、敵に拘束を掛ける朝日、
「襲撃するところが分かってるなら待ち伏せできますものねー、えげつない手ですねー、流石は旦那様〜」
パン!パン!パパパパパパン!
「あらー、弾切れですね〜」
「い、今だ!抑え込めぇ!」
彼らの攻撃は届かない。地面から飛び出した赤い刃によって貫かれる。
「罠でした〜」
悠々とリロードをすると、レアは目に付いた敵に向けて気まぐれに引き金を引く。
パチバチィ!バリッ!
僅かに聞こえる電気の走る音の後、周囲の敵が絶命する。ある者は首を拗じられ、ある者は感電死、喉を喰い千切られた跡のある者や、ただの血溜まりになった者や骨と僅かな肉片だけになった物まで様々、
「にゃ〜………ちょっと速すぎたにゃ」
袋を担いだ緑の猫耳、袋の中では何かが蠢いている。それが突然何もない場所に現れる。
「この女は俺が貰うぜぇ!」
整った顔立ちと屈託の無い笑顔が魅力的で豊満な胸にしなやかな胴、両手のひらで抱えることができそうな細いくびれに折れそうな程華奢な手足、街中で見かければ誰でも印象に残るだろう。しかしここは山の中で戦場になりつつり、戦えない者に成す術はない。そして弱い者は強い者に淘汰される。クロシェットは袋を担ぎなおす。
「ペレットショットにゃ!」
袋の口が開き弾丸の様に白い物体が男の体に突き刺さる。そこまで勢いは無いので即座に死ぬようなものでは無いが、飛んできた白い物に空気が凍る。細かくなった物は判別が付かないが、一際大きな物は刺さった方の反対が膨らんでおり、青紫の血管のような物が数本貼り付いている。
「………骨、?」
骨だ。そう、………では何の?
山の中で活動していると持ち込んだ食料とかだけでは足りない事だってある。その分は狩りをするなりして調達する。しかしそのままでは食べられないため精肉する。解体も街に持ち込むのは時間の無駄になるので自分でする。そんな彼らも見たことの無い物、
「うにゃ?………そういえば排出が主目的だから威力は期待するなぁー、ってお兄ちゃんが言ってたような気がするにゃ…………そうにゃ!一回全部出せばいいにゃ!」
そう言うとクロシェットは地面に袋を叩き付ける。
「
それと同時に袋から勢い良く大量の物が空に向かって打ち上げられる。
「お、お菓子が!デザートがー!やっちゃたにゃぁー!」
シュッ!
クロシェットの姿が一瞬消えるが、すぐに戻ってきた。違いは口元や頬に生クリームや粉砂糖が付いている事だ。
「もしもの時の為の練習としてやっておいた方がいいかもしれないしやっておくかにゃ〜ぺろっ、………バトルモード起動」
頬に付いたクリームを指で、口の周りの粉砂糖を舌で舐め取ると、電気を身体に纏い、左手に鋭い爪の篭手、右手に細剣を作り出した。見た目の変化としては僅かだか、髪が少し伸び、生え際から金色になり毛先が元の緑をしている。
「まずは剣から………」
手近な三人のみが目の前の彼女を認識することができた。だが認識できたとしても動けないし、残像だ。攻撃の瞬間、つまりここに留まっている時間を切り取った刹那、脳が彼等に起きた事実を補完した。幻、何故なら彼等はそれぞれ目の前にいるクロシェットに同じ瞬間に攻撃を受けているのだがら。
ドサ、ボテボトボト、
バケツに溜めた生ゴミをひっくり返した音にも似た水音を立てて、人の形を失う三つの影、
「爪………………」
一言呟くと細剣は爪に形を変える。
「う、ああぁー!!」
「お、俺はもう辞める!」
何人かが逃げ出すのに合わせて我先に逃げ出そうとする盗賊、
「逃亡阻止………役目」
落ちていた袋を盗賊の逃げる方に蹴り飛ばす。飛んで行った袋からは無数の首が飛び出す。
ヘカトンケイルとは百本の腕という意味だ。だが、ただ腕が百本なのでは無い。五十頭百手の巨人だ。
それぞれの頭がそれぞれの獲物に喰らいつく。目も鼻も耳も皮膚も無いのっぺりとした顔に口だけだが、獲物を認識して追い掛けていた。そして森の前に降り立った時に全体が袋から出た。百本の腕は植物の葉の様に袋を中心に花が咲くように死角を埋める。そしてその上にゼンマイを思わせるように複数の頭がさっき捉えた獲物を咀嚼している。
「「「カ、カダィィシイ、グザイジィィ、………マズ、ィィィィ!」」」
それぞれの頭が同じ事を言う耳障りな合唱。と何かが砕ける音が混じり合う。それに必要最低限の言葉で答える。
「異議却下、命令優先」
「「「ハラ、ヘッダァァ!グッデモ!グッデモ!ダリナィィィ!」」」
手を足の代わりに使い、体を持ち上げ、時折手を滑らせながら獲物を求めて這い回る。もし逃げてもクロシェットに速度で逃げ切る事はできない。
「盗賊の死体は〜、お金になりませんからー撃退した事実だけあればいいので死体はあれにあげていいですか〜?………あっ、弾だけは戻してくださいねぇ〜?」
もっとも生きたままあれに収まるか、生ゴミとして処理されるかのくらいの違いしかないが、