自然愛好家は巡る   作:コロガス・フンコロガシ

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森を離れて町にGO。


第12話 辺境の町

 朝早く、ブルー・プラネットはシモベたちを連れてシェルターを出る。

 第3の故郷と考えた森ではあったが、ナザリックを探すために町に行くと今夜は帰れない。

 近い距離とはいえ、人間社会に潜入するのだ。しばらく帰れない可能性もある。

 ブルー・プラネットは周辺の樹を「トレントもどき」に変え、それを引き連れてシェルターの周辺に列を作る。そして、「トレントもどき」を元の樹に戻すと、それはもう自然の樹が密に――人間が通れないほど隙間なく生えた生垣となる。

 樹を通り抜けることが出来るブルー・プラネット以外にシェルターに入ることが出来る者はいないだろう。

 

「……行こうか」

 

 完全に隠されたシェルターを眺めていたブルー・プラネットはシモベたちに声をかけ、樹の中に溶け入って森の端を目指す。それに誘導され、霧となったシモベたちは村へと飛ぶ。

 少し急いで飛んだため、1時間もしないで森の端に着いた。

 

「おはようございます。あなたがブルプラさんとネットさんですか? 薬を頂き、本当にありがとうございました」

 

 村に入ると、仕事の準備をしている村人が声をかけてくる。まだ8時前だが、この村ではとっくに生活が始まっているのだ。家畜小屋に餌や水を運んで残っている家畜の世話をする者、畑で作物の成長を確認して水や肥料を撒いている者――忙しく働く村人たちの姿が見える。この村に来たときに感じた死の影はすでに拭い去られ、活気がよみがえっている。

 現実世界の灰褐色の空の下に蠢く不機嫌な人々と違い、村の人々は朝日の下で柔和な笑顔を浮かべ、お互いに明るい声を掛け合っている。その目に溢れるのは生きている喜びであり、明日があることを信じる力強さだ。

 この光景に、ブルー・プラネットは人間本来の生き方を見た思いがした。

 

「おお、あなたが……」

 

 誰かが口にしたブルプラという名を聞きつけ、他の村人たちが集まってくる。そして、口々に感謝の声を上げる。その村人たちに阻まれ、ブルプラとネットは村長の家への道を塞がれ、しばらく動けない。

 

(感謝されるのは嬉しいが、これはちょっとやりすぎでは……?)

 

 揉みくちゃにされるブルプラの感覚を通じてブルー・プラネットはそう思いかけ、それが自分の失敗だと気が付く。昨日の村長たちの態度から、あらかじめ2人のシモベに「人類種誘因物質(フェロモン・フォア・ヒューマン)」を注入しておいたのだが、その所為だ。

 この手の誘因系ポーションは、自分の魅力度を上げて交渉を有利にするのにも使えるが、モンスターを呼び寄せたり、敵プレイヤーにモンスターやNPCを集める嫌がらせ・足止めにも使える。ユグドラシルのNPCには非人間キャラクターが多いため、例えばギルド<猫さま大王国>に対する「マタタビスペシャル」といった組み合わせは良く研究されていた。ブルー・プラネット自身、それを使って大量の猫型NPCに包まれてモフモフと楽しんだことがある。

 今起きているのは、その人間版だ。

 

「あの、村長さんの家に行きたいので……すみません、通していただけますか?」

 

 説得は効果がないようだ。村人たちは仕事を放りだし、もはや村中総出でシモベを囲む状態となっている。この人混みの中では「人類種誘因物質(フェロモン・フォア・ヒューマン)」を中和することもできない。

 仕方がなく、ブルプラとネットは陶酔した顔で集ってくる村人たちを掻き分けて村の中を進む。

 もうやめて、と叫びそうになったころ、ようやく村長の家に辿り着いた。

 村長は騒ぎを聞きつけて、呆れた顔で家の前で待っていた。

 

「おはようございます、ブルプラさん、ネットさん。もうお発ちですか? ……おい、お前たち、ちょっと放して差し上げろ」

 

 村長はにこやかに挨拶し、そして、少し声を荒げて村人たちに注意する。さすがに村人たちも村長に言われてブルプラたちから離れ、それでも遠巻きにブルプラたちを取り囲んでいる。

 

「おはようございます。今からエドレインタールに向かいますが……あの、奥様に差し上げたポーションの空瓶と、あと、昨日使った空の瓶を幾つかいただきたいのですが」

 

 村長は頷いてポーションの空瓶を取りに家に戻る。そして、他の村人もブルプラの話を聞いて一斉に各人の家に空き瓶を取りに帰っていく。

 

 ほどなくして、村長の家の前には空き瓶の山が築かれた。

 

「ありがとうございます……全部は持っていけないので、これらを頂きますね」

 

 ポーションの空き瓶をカバンに仕舞い、売り物として使えそうな酒瓶を選びながらブルプラは村人たちに礼を言う。そして、ネットにも瓶をもたせ、あらためて村長に別れを告げる。

 

「いやぁ、大変お世話になりました。それでは失礼します」

「いえいえ、こちらこそ大変お世話になりました。途中までお見送りいたしましょう」

 

 村長がブルプラとネットを先導し、更に村人たちが後ろに続く。

 村の門から伸びる細い道を少し進むと整地された街道に合流する。街道はそこから一方にのみ伸びている。現在のところケラナック村の前が街道の終点なのだ。

 村長は街道の端に立ち、街道が伸びる方向を指さす。地上からでは遥か地平の彼方で見えないが、昨夜確認したエドレインタールがある方角だ。

 

「この道をまっすぐ行ってくださればエドレインタールに着きますから」

 

 何度もブルプラは頭を下げ、村長もそれに応えて頭を下げる。そして、名残惜しそうな村人たちを背に、ブルプラとネットは逃げるように道を進んでいった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 昨夜上空から確認したが、ケラナック村から最寄りの都市エドレインタールまでは一本道で迷う心配は無い。

 昨日の村長の話では、近年、町や村を繋ぐ街道が急速に整備されているということだ。街道といってもこの周辺では荷馬車が通りやすい様に道が均されている程度だが、その脇には街路樹が植えられて、旅人を日差しから守っている。その街路樹は、ブルー・プラネットが転移するのに好都合な大きさだ。

 ブルー・プラネットは街路樹に身を潜めながら、時折、顔を出して周囲を窺い、誰も見ている者が居なければ実体化して周辺を確認しながら道を進む。

 空を飛べば1時間も掛からず往復できた道程だが、馬では半日、徒歩で行くならば丸1日の旅。

 シモベには中和剤を打った。誰か人間の旅人と出会うことがあっても、もう大丈夫だ。

 特筆すべきモンスターもおらず、途中には簡易な休息所もあり、武器を持たないシモベたちでもまずは安心して旅することが出来るだろう――いざとなればブルー・プラネットが戦うつもりだが。

 

 ブルー・プラネットは数十メートルおきに植えられた街路樹の間を一瞬で転移する。シモベたちはそれを追ってゆっくりと歩いてくる。ブルー・プラネットはシモベを待ちながら、昨日の会話を思い出す。

 

「モンスターは居ないのですか?」

 

 ブルプラが村長に問うと、村長は深く肯いた。

 

「今は定期的に町から騎士団が巡回してくれますからね。大昔はエドレインタール……当時は別の名だったそうですが、その砦が山からの亜人どもを防いでたらしいのです。南の竜王国やスレイン法国、13英雄とも協力して、この辺りからは亜人どもが粗方駆逐されたのですよ」

 

 この周辺から亜人やモンスターが駆逐されたおかげで、辺境の開拓が進んでいるらしい。

 森に危険な動物がいなかったのはそういうわけか、とブルー・プラネットは納得した。

 どんな動物がいたのだろうか。見ることが出来なかったのは少し残念だが、人間がその版図を広げるためには危険な生物の駆逐は必要なことでもある。また、村の家畜たちや街道沿いの街路樹のように、人間の保護下で繁栄する生物もいる。要はバランスであり、現実世界のように環境破壊が行き過ぎなければ良いのだ。

 森の中には人間に荒らされた形跡はなかった。この世界ではまだ大規模な森林破壊を起こすほどには文明は進んでおらず、モンスターの駆除は小規模な戦闘集団によって行われているためだろう。

――そう納得すると、ブルー・プラネットは楽しくなってくる。

 まだ人類が間違いを犯していない世界にいるのだから。

 

 ブルー・プラネットは、明るい日差しの中、鼻歌でも歌いたい気分で街路樹を伝って移動する。シモベたちの様子も確認するが、特に問題はなさそうだ。時折、袋に入った木の実を取り出して食べながら、空き瓶で膨れたカバンを背負って黙々と歩いている。

 空き瓶などの嵩張る物はブルー・プラネットのアイテムボックスに収納して運ぶことも考えた。しかし、それを迂闊に取り出したら「どこで入手したのか、どうやって運んできたのか」と問題になることは間違いない。町に着いたら改めて必要な物を調達することにして、空き瓶は当面の分だけに絞ってシモベに運ばせている。

 薬師であることを示すため、ポーションは1本だけ用意してある。

 

 今のところは順調だ。現実世界に戻れないという1点を除いて、だが。

 

 ブルー・プラネットは、この世界の現実性を半ば信じる気持ちになっていた。論理的には全く非合理だが、実際に「人間たち」と出会い、その話を聞くにしたがって、この世界が自分の妄想であるという考えが揺らいでくる。あまりにも自分の意識とはかけ離れたモノでこの世界は溢れているのだ。

 そして何より、この美しい世界の実在を信じたいという感情が強い。

 現実世界に未練があるわけでもない。気になることと言ったら、研究所で培養中のサンプルだが……誰かが仕事を引き継ぐだろうし、どのみちアレには先がないことは見えている。

 

「死んで、植物系リッチに転生しました」――そんなファンタジーを受け入れたくなる。

 

 ブルー・プラネットは「死後の世界」など信じていなかった。死ぬのが怖いのは「自分」という存在が消えてしまう喪失感からだ。だが、「自分」は確かにここにいる。ならば、現実に死んでいようがいまいが、それは大した問題ではないと割り切れる。

 

 問題――というより疑問は、なぜ今の自分がこの姿なのかということだ。

 記憶にある限り、この姿はユグドラシルというゲームで作り上げたものだ。それが何故この世界――仮に死後の世界として――に引き継がれているのかが分からない。

 あの夜、ナザリックから飛んだ記憶はある。しかし、その場所からナザリックは消えていた。

 この世界にナザリックは存在するのだろうか? この世界はユグドラシルの延長なのか?

 あるいはトレントとして生まれ変わった「自分」が見た夢なのだろうか?

 現実世界とこの世界の接点となるナザリックを求め、ブルー・プラネットはこの世界を旅することにした。この世界が何なのか、自分なぜ此処にいるのか――真実(こたえ)を求めて。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 やがて、辺境の村と町を繋ぐ街道の休憩所が見えてくる。屋根があるだけ野営よりはマシといった簡素な建物だ。天気は良いし、人通りも少ない。道中誰とも会わなかったし、休憩所にも誰もいない。

 

「お前たち、少し休んでいくか?」

 

 ブルー・プラネットはアイテムを通じてシモベたちの心に問いかける。自分は樹の中にいて意識を動かすだけなので疲労は感じない。水分も不足しない。しかし、シモベたちは朝から荷物を持って歩きどおしなのだ。町で行動してもらうのだから、体力は残すべきだし、今後のことを打ち合わせるためにも、一旦、休んでいくのが良いだろう。

 

「はっ、それでは、この場で休ませていただきます」

 

 異口同音に2人のシモベたちは答え、休憩所の屋根の下に入り、荷物を下ろす。そして、瓶に入れてきた水を飲み、ふうっと息を吐く。ホッとしたような表情を浮かべている所を見ると、かなり疲労がたまっていたのだろう。

 

「少し疲れたようだな。遠慮なく言っていいぞ」

 

 ブルー・プラネットは休憩所の脇の樹から姿を現し、そう言って2人に枝を伸ばすと疲労回復の効果がある樹液を注入する。シモベはチクリと刺す痛みに一瞬顔をしかめるが、その表情が明るくなり、彼らはブルー・プラネットに対して丁重過ぎる感謝の意を述べる。

 

「かまわんよ。楽にするがいい。それで、町に入る時のことだが――」

 

 シモベのカバンを開け、村長からもらった紹介状を取り出す。

 

「――これを検問の役人に渡す。分かるか?」

 

 シモベたちの反応を見て、ブルー・プラネットは再び<知力向上>(ウィズダム・オブ・アウル)を彼らに掛ける。シモベたちは目が覚めたような顔で頷くが、ブルー・プラネットは、ここはやはり「人間」としての常識が備わっている自分が出た方が良いかと思い直す。

 

「いや、町が見えたら、私が対応しよう。タイミングは前と同じ『ゲフンゲフン』だ」

「はっ、承知いたしました」

 

 シモベたちはその場で跪いた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 歩き続け、住宅が集まる街に着いたのは夕方遅く、もうすぐ日が隠れる頃だった。

 街道は住宅や商店の間を抜けて町の中央の広い道路へ丁字路で繋がる。その目抜き通りは町外れと山側の区画を結んでおり、山側には高い壁で囲まれた区画がある。その壁に設けられた門が検問所となっているようで、何人かの衛兵が立っている。

 すでに夕日は夕闇へと変わりつつあるが、街灯が明るく照らすため街並みははっきり確認できる。壁の外側は一般的な住民の家がほとんどで、門から覗く壁の内側には何やら重厚な石造りの建築物が収まっていた。

 昨日上空から観察した様子と合致する。地上から見ても平凡な、平和な町だ。

 

「ん、お前たちは?」

 

 町の住民たちが大したチェックも無しに検問所を行き来する中、詰めている衛兵たちがブルプラとネットのシモベ2人を見咎めた。

 

「ゲフン、ゲフン……はい、私たちは旅の薬師です。こちらに伺うようにとケラナック村の村長に聞いてきました」

 

 ブルプラがカバンから紹介状を取り出し、衛兵の1人に渡す。

 

「ほう……ケラナック村で疫病があったのは聞いているが、お前たちが治したのか?」

 

 その衛兵は紹介状を受け取ったものの、農民にしか見えない2人の姿を訝し気に眺める。

 

「はい、このようなポーションで治療しました」

 

 ブルプラは、カバンからユグドラシルのポーションを取り出して衛兵たちに見せた。

 

「うむ……初めて見るが、確かにポーションらしいな……私は詳しくないが……」

 

 衛兵たちは首を捻り、その中の1人がシモベたちを壁の内側にある部屋に誘導する。そこには数人の衛兵がテーブルに着いて何かを飲みながら休んでおり、シモベたちに怪訝そうな目を向ける。

 

「おい、この旅の薬師たちがケラナック村の疫病を治したらしいってよ」

 

 外にいた衛兵が詰所の衛兵たちにシモベたちのことを告げると、ほう、と感心する声が上がり、雰囲気が和らいだ。

 

「……まあ、座ってくれ。名前と職業は? それで、どうしてこの町に?」

「はい、ブルプラ・ワンとネット・ツーです。薬師の修行で旅をしています。この町に来たのは見聞を広めるためと、出来ればポーションを売って路銀を稼ぎたいと思いまして」

 

 衛兵の質問にブルプラは淀みなく答え、それを聞いて別の衛兵が書類に色々と記入していく。

 

「ああ、それなら、この区画に薬師組合があるからそこで登録するといい」

「この区画は、昔、砦だったそうですが……?」

「ああ、亜人どもが攻めて来ていたころはな。今はこの町の役所や組合が入っている」

 

 衛兵たちは旅人にエドレインタールの構造を説明する。

 この壁の内側は「旧砦」と呼ばれる区画で、行政機関や組合などが集中しておかれている。今では滅多にあることではないが、山を越えた遥か遠くに住むという亜人たちや他国との戦争になった場合に帝国中央から援軍が着くまでの住民の避難区域にもなっているらしい。

 

「最近では戦争は無いのですか?」

「ああ、帝国軍が強化されたから今では奴らは南に……竜王国は大変らしいがな……」

 

 争いに巻き込まれることを懸念したブルー・プラネットの質問に、衛兵は複雑な表情を浮かべて答えた。竜王国――ドラゴンの国が何で亜人ごときにとブルー・プラネットは疑問に思うが、ここは口を挟まないでおく。

 

「そうですか……それで、この町には『冒険者』は居ませんか?」

 

 ブルー・プラネットは単なる情報集めのつもりだったが、これが衛兵の琴線に触れたらしい。

 

「そうよ、それ、冒険者! 帝国として兵士を送れないのなら冒険者を送ればいい、と俺は思っているんだがな。実際そうだろ? 昔は英雄たちが亜人どもを駆逐したっていうじゃねーか。それが今では……なんだよ、あいつら仕事がねーからって飲んだくれやがって……」

 

 自分たちの不甲斐無さを揶揄されたと思ったのだろう。衛兵の1人が一気に捲し立て、その肩を仲間の衛兵が叩いて黙らせる。だが、その衛兵も不満が溜まっているようだ。

 

「すまないね。俺たちも出来ることなら竜王国を助けたいとは思ってるんだよ。そりゃ亜人に女子供まで食われてるって聞きゃ、国は違えど同じ人間、そう思うだろ? だが、俺たちはこの町から動くことは許されてなくてな……」

「送るって言ってもな、この町の冒険者は最高で『白金』だ。『アダマンタイト』とは言わないが、せめて『オリハルコン』なら戦力になるだろうが……」

「軍に人材採られているからな。皆、帝都に行っちまう」

 

 衛兵たちは口々にブルプラに向かって思いをぶつける。だが、それを聞くブルー・プラネットは新たな情報に混乱するばかりだ。

 

(え? 竜王国を『同じ人間』? 白金とかアダマンタイトとかオリハルコンとか、金属が何で出てくるんだ? 何かのランクだろうが……)

 

 ひょっとしたらこの町の人間は竜人なのかも知れないし、冒険者とは金属製のゴーレムなのかも知れない。この世界では自分の常識が通じるとは限らないのだ。ともかく、話を聞くしかない。

 

「そ、そうですね。……あとで冒険者の方とも会ってみたいのですが」

「ああ、冒険者組合に行けばいい。魔術師組合、薬師組合の並びにあるからすぐ分かるだろう」

 

 この世界では常識らしい事柄についていけず苦し紛れに返事をしたが、どうにか欲しい情報は手に入れた。

 日ごろのうっ憤をぶちまけた衛兵たちも落ち着いて、本来の職務に戻る。

 

「それでは、皆さん、私たちはこれで……」

「おっと、すまないが、税として銅貨2枚を払ってくれ。今後はこれが許可証となる」

 

 ブルプラは銅貨を取り出して衛兵に渡す。衛兵はそれと引き換えに何かが書かれた羊皮紙をブルプラに手渡す。内容は相変わらず読めないが、一種の通行手形なのだろう。

 

「ありがとうございます。今日はもう遅いので、明日、組合に行って登録しますね」

「ああ、それがいい。この区画の宿は高いが、外の大通り沿いに安い宿が幾つかあるぞ」

 

 ブルプラが頭を下げてネットと一緒に退席しようとすると、衛兵たちが声をかける。

 

「ケラナック村の件、ありがとうな」

「いえいえ、薬師として当然のことをしたまでですよ」

 

 衛兵たちはその言葉を聞いて顔を見合わせ、苦笑いをする。そして、ブルプラたちに向かって笑顔で手を振る。

 

「ようこそ、エドレインタールに。何か問題があれば遠慮なく言ってくれ」

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ブルプラとネットは「旧砦」の外にある街を歩く。すでに日が暮れているが、大通りの脇には街灯が立っており、散策するのに支障はない。それなりに人通りもあり、店もまだ開いている。

 

(この明かりは火を使っていないし、電気でもない。<永続光>(コンティニュアル・ライト)のようだな)

 

 ブルー・プラネットはシモベの目を通してそう判断する。辺境の村とは違い、日の出・日の入りで生活の周期が決まるわけではなさそうだ。町でユグドラシルの魔法が普通に使われているのならば、ユグドラシルと同じポーションも存在しているのだろう。

 

 大通り沿いの店には各種の看板が掲げられているが、その文字は読めない。しかし、その絵と店先の様子を見ているうちに、その絵が何を意味しているのか分かってくる。食料品ならばパンの絵が、靴屋ならば靴の絵が、そして酒場には瓶の絵というようにパターンがある。

 明日以降、購入する物を考えながら大通りを一通り眺め、その端で引き返して何件かあった宿屋らしき店の1つを選び、そこに入る。

 広い部屋には幾つかのテーブルが置かれ、その奥の机に1人、髭の男が座っていた。

 

「2人分、空いてますか?」

「はいはい、2人部屋なら1晩で銀貨1枚と銅貨5枚になります」

 

 あの髭の男が宿の主人だと見たのは正解だったようだ。ブルプラは頷き、机の上に銀貨を2枚並べる。男は銅貨8枚を机に並べ、釣銭としてブルプラの方に戻してくる。

 

「お名前は?」

 

 ブルプラが2人の名を告げて許可書を見せる。髭の男は台帳を取り出し、許可証の一部を指でなぞりながらそれを台帳に記入していく。おそらくはその部分がブルプラたちの名前なのだろう。

 そして、髭の男は机に台帳を仕舞うと、ランタンと鍵の束をとり、その手で奥の階段を示す。

 

「それではご案内します」

 

 ブルプラとネットは男について階段を上る。階上には5つの部屋が並んでいるが、人の気配はない。

 

「他の客はいます?」

 

 ブルプラが訊く。

 

「いえ、この時季ですからね。あなた方だけですよ。どの部屋か、ご指定ですか?」

「ああ、では、一番奥の左手の部屋が良いですね」

 

 男は頭を下げ、指定されたドアを開ける。そして、ランタンを掲げてブルプラに部屋を見せて尋ねる。

 

「それでは、この部屋でよろしいですか?」

 

 ブルプラが頷くと、男は部屋に入り、天井から吊り下げられたランタンの覆いを除ける。男が持つランタンと同じ、魔法によって作られた光が部屋を明るく照らしだす。

 

「ここでは<永続光>(コンティニュアル・ライト)を使っているんですね」

 

 ブルプラが問いかけると、男は嬉しそうに顔を緩ませて答える。

 

「ええ、そうなんですよ。最近改装しましてね。油より手間も掛からないし、明るいですからね」

「そうですね。他に魔法の設備はありますか?」

「いやあ、ここにあるのは、ランタンだけですね。何かご希望の物がございますか?」

「いや、防犯はどうかなと思いまして」

「ご希望でしたら金庫を用意いたしますが、それ以外はお客様ご自身でお願いいたします」

「<施錠(ロック)>出来る金庫ですか?」

「いえ、普通のものです。魔法で施錠するものは何分にも高価なものですから……」

 

 宿の男は丁寧に答えながらもブルプラたちの服装に素早く視線を走らせる。どうみても普通の農民であり、魔法の金庫を必要とするほどの物を持っているとは思えない――そう、その表情が語っている。

 ブルプラは鞄からポーションのビンを取り出し、男に見せる。繊細な細工が施された容器に入ったポーションを見て、男は驚きの表情を見せ、そして納得した顔になる。

 

「いえね、私たちは薬師で、壊れ物があるので……」

「ああ、失礼いたしました。……これは私共の金庫でお預かりできますが、万一割れますと……」

「いや、いいですよ。私たちで持ち運ぶことにします」

「はい、そうしていただけますか? では、こちらが部屋のカギです。外出の際にはお返しください。それから、明日の朝、お食事はいかがいたしましょうか? 別料金で銅貨2枚からパンとスープをお出しできますが」

「いえ、朝食はいりません」

「左様ですか。それでは、ごゆっくり」

 

 ポーションを見せた効果があったようで、宿の男の態度は若干の尊敬を滲ませたものに変わった。そして、ブルプラとネットに会釈をして部屋を出ていく。

 

 男が階下に降りる音を確認し、ブルプラとネットは荷物を床に降ろす。そして、ブルプラは窓に近寄り、目隠しとなっている木の板を外して窓を開ける。窓には格子が嵌められており、そこからは宿の裏手に生えている樹が見える。

 その樹から霧が立ち昇り、霧の塊は窓の格子を抜けて部屋に流れ込んでくる。

 

「ふう……思ったよりは良い部屋だな」

 

 霧の塊は部屋の中央で木と人間の中間のような形をとり、トレントとして実体化する。ただし、ブルー・プラネットにとっては天井が低すぎるため中腰の状態で。

 突然の荷重がかかった宿の床がミシリと音を立てた。

 

(魔法の警戒システムは導入されていないんだな)

 

 ブルー・プラネットは各種の魔法で目立たないようにしたつもりだが、魔法の照明器具が普及している町ならば侵入者を感知する防犯用の魔法もあるだろうと警戒を緩めない――結局のところ、それは杞憂に終わったようだ。周囲からは何の敵意も警戒心も伝わってこない。

 

 ブルー・プラネットは天井に気を付けながらベッドに腰かけ、シモベたちはその前に跪く。

 

 その時だった。

 ベッドがミシミシと不吉な音を立てたかと思うと、ボキッという音とともに2つに折れる。樹高3メートルに達するブルー・プラネットの、数百キロに達するであろう体重に耐えられなかったのだ。

 意表を突かれたブルー・プラネットは尻もちを搗き、その巨体がベッドの残骸とともに床を激しく打ち鳴らす。

 

「お、お客様! どうなされましたか!?」

 

 ズシンと響いた尻もちの音は階下でも聞こえたようだ。宿の主人の叫び声とともに階段を昇ってくる足音がする。ブルー・プラネットは慌てて体を霧に戻し、擬態して天井に張り付いた。

 

「ゲフンゲフン、ああ、すまない。今開けます」

 

 部屋の扉を激しくノックする音に答えて、ブルプラが扉の鍵を開ける。

 宿の主人は部屋に入ると、折れたベッドを見て絶句した。

 

「……すみませんね、2人で腰を掛けたらいきなり……虫が喰っていたのかな?」

「しかし、あれはまだ新しく入れたばかりで……」

「大丈夫、大丈夫、私たちで直しますから!」

 

 宿の主人は狼狽えて、ブルプラ達に「何をしてくれたんだ」という視線を向ける。

 その視線に応えて、ブルプラは魔法でベッドを修復することを約束する。

 

「お客様が? しかし……」

「私たちはドルイドだから、魔法で直しますよ。はい、ええ、大丈夫です」

「そうですか……? あの、見せていただいてよろしいですか?」

「ええ……<修復>(リペア)……」

 

 ブルプラの声が発せられ、少し時間をおいて折れたベッドが時間を巻き戻すように元の姿を取り戻す。それを見て、宿の主人はベッドに駆け寄り、その脚や床板を確認する。

 

「おお! 直りましたね!」

「はい」

「あの、お客様、申し訳ございませんが、家具類はご丁寧にお取り扱い願います」

「はい……ごめんなさい」

 

 宿の主人が階段を下りたことを確認し、ブルー・プラネットは意識を本体に戻して天井から降りる。しかし、今度は実体化せずに霧のまま樹人の形をとり、宙に浮かんだ状態でブルプラとネットに話しかける。

 

「すまない。これは私の失態だ」

「いえ、ブルー・プラネット様にご失態などあろうはずがございません。この寝台が御身を支えるに相応しくなかっただけでございます」

「まさに。ブルー・プラネット様がこのような貧弱なものに御身を預けられるのは、私共の配慮が足りなかったためでございます」

 

 ネットが、そしてブルプラが跪いて真顔で答える。その言葉に嘘は含まれていない。

 ブルー・プラネットは、忠誠心溢れるシモベの話を気まずい思いで聞きながら、先ほどの失態を反省する。そして、魔法の効果を改めて考える。

 最初はシモベを通じて修復魔法を詠唱したのだが、それは発動しなかった。それで、天井から無詠唱化した魔法を掛けなおしてベッドを修復したのだ。

 

(もっと早く確認しておくべきだったな)

 

 シモベとは感覚を共有し、その肉体を操って喋ることも可能だが、それで魔法を詠唱しても無効のようだ。魔法は自分自身で掛けなければならない。

 面倒だが、これはユグドラシルでも同じだった。

 間接的に魔法を発動することが可能だったら、戦いは圧倒的に魔法詠唱者が有利になる。自分は安全なところにいて、デコイを通じて攻撃を掛けることが出来るからだ。不公平にならないよう、地雷や誘導弾を除き、瞬間的に発動するタイプの魔法は直接その射程内に術者が居なければならない――つまり、魔法詠唱者は戦士に相対する必要がある仕組みだった。

 そのルールはこの世界でも生きているらしい。

 

 ならば、逆に魔法を看破することはどうか?

 ユグドラシルの遠隔視系アイテムでは、例えば透明化した敵を見破ることはできなかった。安全な場所から見破られるのでは罠や伏兵の意味がないからだ。

 だが、村では<真意看破>のスキルがシモベの目を通して機能した。

 スキルと魔法では異なる可能性はあるが、遠隔視系アイテムとは違い、その場に実体を置くシモベの目を通じてならば特殊な知覚も効くようだ。あるいは、シモベの目を通じて得た情報をブルー・プラネットの脳が処理したためなのかもしれない。

 

 いわば、遠隔視系アイテムが望遠鏡としたら、シモベは探査機だ。シモベ自身にはMPが無いため魔法を発動させることはできないが、精神的な繋がりによって知覚は可能なのだろう。

 ドルイドや薬師として活動するためには、魔法でどこまで可能か確認する必要はある。

 

 いずれにせよ、この場は切り抜けられた――そう思い直し、ブルー・プラネットは話を変える。

 

「ところで、食料と水はまだ残っているか?」

「はっ、明日の朝の分がやや心許ないかと」

「では、今のうちに買っておくか。まだ開いていた果物屋があったな」

「はい、では……」

 

 ブルー・プラネットは目を瞑り、意識をブルプラに移す。

 

「ゲフン、ゲフン、では、買い出しに行こうか。ああ、荷物はそのままでいい」

 

 2人のシモベは立ち上がり、ドアを開けようとして――ブルプラは立ち止まる。

 

「待て。宿の人が来たらこの状態では困るな」

 

 天井につかえた巨大な樹の化け物が、部屋の中央に霧の塊として浮いている。

 先ほどの大騒ぎの後だ。留守中に宿の主人が再び様子を見に来ることも考えられる。

 宿の主人が部屋で霧の化け物を見つけたら――確実に騒ぎになる。衛兵を呼ばれるだろう。

 

 ブルー・プラネットは意識を本体に戻し、窓から外に出て樹の中に戻る。

 そして、再びブルプラに意識を戻し、窓に覆いを被せる。

 面倒だが、仕方がない。

 

「これでよし。じゃあ、行こう」

 

 ブルプラはネットに声をかけ、一緒に部屋を出て階段を下りる。

 

「少し買い物に行ってきます」

「はい、行ってらっしゃいませ」

 

 宿の主人はこわばった笑顔で部屋のカギを受け取り、ブルプラたちを見送った。

 




ブルー・プラネットはコミュ障気味。
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