自然愛好家は巡る   作:コロガス・フンコロガシ

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辺境の小さな町にも剣士の一人ぐらいは。


第15話 町の英雄

 受付の女たちが教えてくれたように、広場の反対側には酒場がある。

 昔は兵士たちの為に設けられ、今は一般にも開放されている食堂だ。冒険者組合の待機所を2つ合わせた程の広さで、数十人の客を収容できる。

 昼時とあって、中では十数人の男たちが幾つかのテーブルに分かれて食事をとっていた。男たちは主に普段着ではあるが、中には皮鎧を着け剣を帯びた者もいる。また、衛兵たちも何人か中に混じって世間話をしていた。

 

 酒場に入ったブルプラたちに男たちは皆顔を向け、来客を一瞥するとすぐに興味を無くしたように食事を続ける。冴えない農民を相手にするつもりはない様だ。

 だが、その中の1人は声をかけてきた。からかうような口調で。

 

「よう、どうだ? 魔神の迷宮は見つかったか?」

 

 昨日、冒険者組合で冗談を飛ばしていた若い男だ。

 

「んー? なんだそりゃ、魔神の迷宮って?」

 

 同じテーブルについていた若い男が怪訝そうな顔をして問う。

 

「いやな、こいつら昨日、組合で『第6位階以上の魔法を使える人はいないか』と聞いてたんだ」

「ははっ、第6位階以上! それで魔神を倒すのか。そりゃすげぇ」

 

 酒場の男たちはニヤニヤと笑ってブルプラたちを見つめている。いい暇つぶしが見つかったと。

 下手に相手にしても面倒なことになりそうなので、ブルプラたちは彼らを相手にせずに、酒場の冒険者たちを品定めする。話が通じそうな冒険者はいないかと。

 

 多くは鍛えた身体をした男たちだが、学者風の者も何人かいる。魔法詠唱者なのだろう。

 どれも大して強そうには見えない――第3位階の魔法を使う奴が最高なのだから仕方がないが。

 ドングリの背比べの中では、5人で固まって食事をしているグループが目についた。彼らはほぼ同年代とみられる壮年の男たちで、冗談を飛ばしている男たちがまだ若く未熟さを漂わせているのとは対照的に、苦労を重ねてきた人生を示す深く落ち着いた雰囲気を漂わせている。服装や武具もそれ相応に上等なもので、周囲の若手とは明らかにモノが違う――ドングリの中では。

 

「初めまして。ブルプラと申します。あなた方は――」

「ええ、“砦の牙”です。初めまして」

 

 髪を後ろになでつけた細身の男が静かに微笑み、ブルプラたちに会釈をする。それとともに、首に掛かっている白金のプレートが揺れた。その会釈の間、柔らかくも鋭い視線はブルプラから外れない。戦士としての長い経験による癖だろう。姿勢も正しく、動きに無駄がない。

 この男が”砦の牙”のリーダーなのだろうと、ブルー・プラネットは推測する。

 

「ああ、“砦の牙”さんですね。噂は伺っております。この町最高の冒険者であると」

「ははは……私はイハエグリストと申します。こちらはノルンベリア、ともに戦士です」

 

 イハエグリストの隣――紹介された大柄な男が手を挙げて笑顔を向ける。こちらに向けられた掌の皮膚は分厚く、古い傷跡が走っている。イハエグリストが磨かれた剣技で戦うならば、こちらは力で押すタイプか。横に置かれた大きな戦斧もそれを示している。

 

「神官のナエグニーベン、魔法詠唱者のホルスァペス、罠の専門家のミグミーエです」

 

 イハエグリストに紹介され、対面に座っていた男たちは順に手を上げて挨拶をする。酒を飲んで管を巻いている下級の冒険者とは違って、やはり落ち着いたものだ。この町の最上位冒険者と話し合っている最中に余計な茶々を入れてくる者もおらず、静かに話が出来る。

 

「して、ブルプラさん、今日はどのようなご用件で?」

 

 罠の専門家と紹介されたミグミーエ――体も指も細く器用そうな男は、神経質そうな大きな目を動かし、ブルプラの顔を、体を、足元を、興味深げに見つめる。

 

「今、話が聞こえましたが、第6位階以上の魔法に興味をお持ちですかな?」

 

 縮れた顎ひげを蓄え黒いローブに身を包んだ、典型的な魔法詠唱者といった風貌の痩せた男――ホルスァペスが続いた。鋭い視線を送る戦士たちと違い、子供のように無邪気な瞳で、胸元に下げた何かのアイテムをしきりに弄びながら問いかけてくる。

 

「はは……その話は……私たちは旅の薬師ですが、古代の叡智を求めておりまして」

「ほう……古代の叡智……うむ、うむ……それは興味深いですなあ」

 

 ブルプラが笑って答え、ホルスァペスは顎髭をしごきながら肯く。

 

「第6位階より上……四大神や魔神たち、それに竜王や八欲王の遺産をお探しですかな?」

「ええ、そうですね……そのようなものです」

「ううむ、神々の遺産ですか……そういうものは、私たちよりも上の……帝都のアダマンタイト級でなければ詳しいことは分かりませんな」

「ああ、この辺りじゃ聞いたことはねぇなぁ」

 

 ホルスァペスとの会話に、イハエグリストとノルンベリアが首を傾げて口を挟んだ。

 

 どうやらその四大紳とやらが信仰の対象なのだろう。それに魔神や竜王……よく分からない「八欲王」とやらも神話にあるようだとブルー・プラネットは推測する。

 

「そうですな。神々への信仰ならば人後に落ちないつもりですが、叡智となると……」

 

 髪も髭も短く刈りこんだ、人のよさそうな神官、ナエグニーベンが日に焼けた顔をしかめて腕を組む。

 

「ええ、雲をつかむような話であることは分かっています。しかし――」

 

 ブルプラは微笑んで、“砦の牙”に言う。

 

「――その秘術も一部では伝わっていることはご存知でしょう?」

 

 白金級冒険者の5人はそろって頷き、この農民の姿の男――ブルプラの次の言葉を待つ。

 

「私も特殊なポーションの作り方を受け継いでおりまして」

「ほう、特殊なポーションですか。それはどのような?」

 

 身を乗り出したのは、神官のナエグニーベンだ。魔法詠唱者のホルスァペスもアイテムを弄っていた手を止める。他のメンバーも「ポーション」と聞いて真剣な面持ちになった。

 やはり、冒険者たちはこういった話に食いつく――ブルー・プラネットはほくそ笑む。

 

「第2位階相当の治癒に加えて、病気治癒と解毒の効果を併せもつものです」

「複合的な魔法効果をもつポーションですか? それは初めて聞くなあ!」

 

 ホルスァペスが弾んだ声を出し、ナエグニーベンに目を遣る。その視線を受けた神官も、私も聞いたことが無いですね、と首を振った。

 

「それは、今お持ちですか?」

 

 イハエグリストがブルプラの眼を見ながら尋ねた。

 ブルプラは首を振って答える。

 

「昨日、薬師組合でお見せして、とりあえずは使い切ってしまいました」

「薬師組合ですか。ネステリム……薬師の組合長ですが、彼のところで?」

 

 ブルプラは黙って頷き、“砦の牙”に登録証を見せる。

 

「ああ、ネステリムの署名ですね。病気治癒ついては書かれていませんが……それにしても、回復と解毒の複合効果とは凄いな」

 

 登録証を見て男たちが頷き、神官と魔法詠唱者は軽く感嘆の声を漏らす。

 

「はい、組合の……ネステリムさんも驚かれていましたよ。病気治癒については、あいにく未だ証明は頂いていませんが……」

「そんなポーションがあれば、そりゃ便利だが、幾らになるのかい?」

 

 ミグミーエが早口で聞いてくる。

 

「そうですね、金貨30枚ですが、どのように思われますか?」

「安い!」

 

 大声で即断したのは、戦士ノルンベリアだった。

 

「確かに。毒を塗った刃で切られたときに1本で済めば、それは助かりますね」

 

 神官ナエグニーベンも目を瞑って何度も頷く。

 

「回復に解毒、それで病気治癒まで付くなら、金貨50枚くらいが相場じゃないのかなあ?」

 

 魔法詠唱者ホルスァペスは腕を組んで天井を見ながら、しきりに体を揺らして呟く。

 

「ほう、金貨50枚で売れますかね?」

「強い魔物ほど毒や病気をもってるからなあ。傷を負ってふらついたとき、毒か病気か判断せずに傷と一緒に治せるなら、そりゃ取って置きの切り札になる。売れると思うよ」

 

 ブルプラの言葉にホルスァペスが答えると、イハエグリストがその横腹をつついた。

 イハエグリストは笑いながらブルプラに尋ねる。

 

「金貨30枚というのは、ネステリムが言ったのですかな?」

「ええ、3つの効果があるから足してその値段……そんな感じだと」

 

 イハエグリスト達“砦の牙”は顔を見合わせて苦笑する。

 

「やあ、ネスタリムの商売を邪魔しちまったかな? すまないね。あの人は自分でモンスターを討伐したことが無いから、あんたのポーションの価値が分からないんだよ」

「ああ、この辺にはそういったモンスターもいないからな……だが、ブルプラさん、あなたのそのポーションは、危険な敵と出会ったときの命綱となりますから、金貨50枚でも売れるのは確かですよ」

 

 バツが悪そうにノルンベリアが説明し、イハエグリストがそれを補足した。

 

「そう言っていただくと嬉しいですね。いまは準備中ですので、1週間したら完成します」

「おお、完成したら是非見せてください」

 

 これならば買ってくれそうだ――ブルプラはイハエグリストの言葉に微笑んで頷き、ネットを連れて酒場を後にする。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

『イハエグリストさん……あんな農民のことを信じるんですか?』

 

 若い男の声がする。若い冒険者だろう。

 

『人は見かけによらないものだよ。あれはただの農民ではない。もっと……学問を修めた者だ。魔法やポーションについての話は嘘ではないだろう』

 

 イハエグリストが答える声が聞こえ、続いて『うむ』と、ホルスァペスの声もする。

 

『目を見りゃわかるよ。姿勢や歩き方……ありゃ、農民じゃない。彼があの【ブルプラ】だろ。ケラナック村の。高い身分の者がお忍びで来てるって噂もあるぜ』

 

 かん高い早口はミグミーエのものだ。

 

『え? 村で何か?』

『常に耳をそばだてておきなさい。先日、村の疫病をあっという間に治した【ブルプラ】とネットの2人組は、町の神官や薬師の間で噂になっていますよ』

 

 ナエグニーベンが若い男を優しく窘めている。

 

『ほぇー、あの冴えない男が?』

『見かけで判断するな。痛い目を見ることになる』

 

 厳しい声を出したのはノルンベリアだ。

 

 ブルー・プラネットは、昨夜張り巡らせた情報網を使い、酒場の入り口の横に生えている樹を通じて噂話を聞いている。アイテムを通じて【ブルプラ】というキーワードが何度も直接頭に響くことも確認できた。

 

 話を聞きながら、ブルー・プラネットは”砦の牙”の評価を上げる。この町の若い冒険者の教育係も兼ねているらしい。立派なものだ、と。

 そして、村での出来事が予想外に大事になっていることが分かり、少々焦る。

 ケラナック村の村長が薬草の注文を取り消すためにエドレインタールの薬師組合に連絡を送ったのは知っていた。衛兵や薬師組合に名前が伝わっていたのは仕方がない。

 神官たちにも噂が広がっているのは、彼らの治癒魔法を考えれば当然かもしれない。

 しかし、それが冒険者たちの間にまで広まりつつあるということは――

 

――好都合か。

 

 下手に騒がれるのは避けたいが、宣伝して回る手間が省けたわけだ。

 薬師組合の者が何やら企んでいるようだが、ポーションの噂が広まれば下手に手を出してくることも難しくなるだろう。この町における強者らしい“砦の牙”がポーションの完成を待っているなら、ブルプラたちを誘拐して製法を聞き出すといった非合法活動も思いとどまるだろう。

 薬師の服を着てポーションを売り出すまでの安全確保という点で、上手くいった。

 ブルー・プラネットは、そう楽観的にとらえることとする。

 

 それに、万一ポーションが悪目立ちして調査に支障をきたすようになっても、シモベたちを獣に戻して森に放ってしまえば証拠は何も残らない。

 別なシモベを作り出して、次はもっと目立たないようにやるだけだ――

 

――そう考えて、横目でネットを見る。

 果物を齧っていたネットはブルプラの視線に気付き、その場で跪いた。

 広場には何人かの通行人がおり、いきなり跪いたネットを見て怪訝な顔をしてブルプラとネットを見比べる。

 

「いや、いいから。立ち上がれ」

 

 ブルー・プラネットは自分に忠誠を尽くすシモベを見て溜息をつく。

 随分と経験は積んだはずだが、未だに街中での行動には不安がある。

 だが、これを獣に戻して別なシモベを作り出したら、また経験の積みなおしだ。ここまで懐かれれば情も移る。歪んだ忠誠心を与えた後ろめたさはあるが、他の獣まで同じように歪めてしまっていいものかという思いもある。

 

『ペットは責任もって飼いましょう』

 

 狭いアーコロジーの環境を守るため、富裕層向けに生態系研究所が繰り返し主張したことだ。

 シツケ――明日からは<知力向上>で「街中でむやみに跪くな」という知識を与えよう。

 ブルー・プラネットはそんなことを考えながら、ブルプラの身体で果物を齧る。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 そして、1週間が経つ。

 ブルプラたちは仕立て屋に行き、新しい服を手に入れる。ポケットも多く、丈夫な布を使ったしっかりした作りだ。頼みもしないのに、何やら襟や肘、袖口にはヒラヒラした飾りまでついている――何の意味があるのだろう? ズボンも厚手の布で裏打ちされており、簡単に穴が開いたりしなさそうだ。

 試着したシモベたちを見て、仕立て屋の主人は「よくお似合いですよ」と言ってくれたが、なるほど、真っ新なシャツを着こむと何やらシモベ2人が立派な薬師に思えてくる。

 

 「馬子にも衣裳」とはよく言ったものだ――ブルー・プラネットは古い諺を思い出す。

 形から入るのも悪くない。その認識が行動に繋がり、やがて性格となることもある。シモベ達がどこまで自分の姿を認識してくれるか疑問だが、少なくともブルー・プラネットは「薬師」として自信をもってシモベ達を動かせる。そうなれば、シモベたちも薬師としての振る舞いが分かるだろう。

 

 宿に戻り昼食をとりながら今後の予定を考えていると、冒険者組合からの連絡が来た。

 小さく切られた羊皮紙に書かれた報告書ではあったが、それを読めないブルー・プラネットは冒険者組合の使いに内容を読み上げてもらう。

 

『エ・ランテル地下墓地で大規模なアンデッドの発生。魔法詠唱者と剣士の2名が首謀者と推定されるが死亡。銅級冒険者2名で討伐完了。詳細は調査中』

 

 簡単な報告を読み上げた連絡人は「追加情報をご希望ですか?」と質問してくる。

 

「随分と簡単だね」

「ええ、<伝言>では魔力の限界がありますから、どうしても短くなりますね」

 

 ブルー・プラネットは、そんなものか、と納得する。ユグドラシルでは無かった制限だ。

 

 そして、先日の情報を思い出す。エ・ランテルの地下墓地は、この世界で作られたものだった。それに、銅級冒険者2名で片付く案件ならば大した事件でもないのだろう、と。

 

「いや、詳細はいらない。そのメッセージはこちらで保管しておいていいかな?」

 

 ブルプラの言葉に組合の使いは頷いて羊皮紙を渡し、帰っていった。

 

 ブルプラは、羊皮紙の裏に「エ・ランテルでアンデッド大量発生、銅級冒険者2名によって討伐済み」とメモ書きをして、それを鞄に仕舞いこむ。

 モンスターの発生がどの程度の規模で発生し、どの程度の強さの冒険者が、どのように退治したのか――この世界の状況を知るためには必要な情報だ。

 しかし、ポーションが売れておらず金銭的な不安を抱える現状では有料で集めるほどの情報ではない。

 

「何はともあれ、ポーションを売るのが先決だよな」

 

 ブルプラは財布代わりの布袋を指で挟んで振り、呟く。随分と軽くなってしまった。

 新しい衣装で“砦の牙”にポーションを見せ、何とか買い取ってもらう必要がある。この町最高の冒険者がどう判断するか――それによって下級の冒険者たちの態度も変わるだろう。

 

 この一週間、この世界の薬瓶にポーションを作り、使用する実験を繰り返した。

 強力な破壊作用をもつ秘術系ポーションを入れたときは容器が耐えられず1本を無駄にしてしまったが、回復系ポーションならば再利用も可能だ。

 これならば”砦の牙”に売っても問題は無いだろう。

 

 薬師組合を刺激することを避け、今日持っていくポーションは1本のみ。

 あれから薬師組合から何の行動もなく、何を考えているのか不気味だが、今のうちに“砦の牙”にポーションを買い取ってもらえれば、薬師組合は手を出しにくくなるだろう。

 

 そう考えて、ブルー・プラネットは冒険者組合に向かう。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 久しぶりに来た冒険者組合では、やはりカウンターにあの女たちが座っていた。この時間帯はこの女たちが当番なのだろう。

 女たちもブルプラたちに気が付いたようで、その表情が複雑なものに変わる。それは先日の貧しい身なりをした世間知らずの農民が、真新しい服装で「立派な薬師」の姿をしていることへの驚きだった。

 

「こんにちは、ブルプラさま、ネットさま。先ほど使いの者がご報告にあがりましたが……」

「ええ、報告書をいただきました。ありがとうございました。あいにく求めている情報とは少し違いましたが、今後もよろしくお願いします」

 

 受付の女たちの態度は、先日よりも丁寧なものになっている。彼女たちの中でブルプラは『常識しらずのオノボリさん』から『身なりの良い、金払いも良い依頼者』に格上げされたのだろう。

 

「それで、“砦の牙”の皆さんに会いに来たのですが……」

 

 前回ならば、白金級の冒険者に会いたいと言っても笑われただけだろう。オノボリさんが何を言うのかと。だが、今回は受付の女は真面目に応対してくれる。

 

「“砦の牙”は現在、検問所で山岳地帯の調査結果を報告している所です。間もなく戻ってこられると思いますが」

「そうですか。それでは待たせてもらいますね」

 

 ブルプラとネットはカウンターの前のテーブル席につき、彼らを待つ。事前に“砦の牙”の声を探していたのだが、酒場の周辺からは彼らの声が聞こえなかった。それで組合に来たのだが、この広場を出ているのでは仕方がない。冒険者もなかなか忙しい様だ。

 

 やがて、“砦の牙”が戻ってくる。そして、ブルプラたちを認めると微笑んで手を上げ、近寄ってきた。1週間前に1度会っただけだが、顔を覚えてくれていたらしい。ケラナック村の話から、ブルプラを気に掛けてくれていたのだろう。

 

「お久しぶりですね。ブルプラさん、ネットさん。ここ数日、お姿を見かけませんでしたが」

「ええ、新市街地を見学したり、町の周辺に出て薬草を調べていたものですから」

 

 これは事実だ。あまり頻繁に冒険者組合に顔を出していたら、それだけ薬師組合の男たちに見つかる確率も高くなる。森のシェルターに帰って息抜きをしたり――この数日間はあえて広場に来ることを避けていたのだ。

 

「そうですか。それにしても素晴らしいお召し物ですね。見違えましたよ」

 

 イハエグリストは微笑んで言う。お世辞ではないとブルー・プラネットには分かる。

 

「それで、今日は……?」

「はい、ポーションが出来ましたので、“砦の牙”の皆さんに見ていただきたいと」

「おお、治癒と解毒を同時に行ったというポーションですか」

「ええ、こちらがそのポーションです」

 

 ブルプラはカバンから薬瓶を1本取り出して“砦の牙”に見せる。冒険者たちはその透明な緑色のポーションを慎重に手に取り、興味深げに光に透かしたり瓶を振ったりして確かめる。

 

「これは……見たことが無いポーションですが、本当に?」

 

 ナエグニーベンが目を細めて瓶の底に沈殿物が無いかを調べながら疑問を口に出す。

 

「ネステリムが保証してるんだ。間違いはないだろう」

 

 イハエグリストが腕組みして首を縦に振り、断言する。

 

「あいつが言うなら確かだろうね。じゃあ、病気治癒も調べさせてもらえるかな?」

 

 魔法詠唱者ホルスァペスがポーションを受け取って、ブルプラを見る。ブルプラは「調べる」という言葉の意味が良く分からなかったが、特に問題は無いと判断して頷く。

 

「それでは……<付与魔法探知>(ディテクト・エンチャント)……ほう、確かに強い魔力が込められているね。えっと、ドルイド魔法だったかな? 位階までは分からないが……では……」

 

 魔法詠唱者はブルー・プラネットも良く知るユグドラシルの魔法を唱え、何度も頷いて、次の鑑定魔法を唱える。

 

<道具鑑定>(アプレーザル・マジックアイテム)……っと、これはっ!」

 

 魔法詠唱者の声が上ずり、目が大きく見開かれる。

 

「すごいな、これは! 回復、解毒、病気治癒、それに麻痺まで治るじゃないか! これをどうやって?」

 

 ホルスァペスはポーションとブルプラの顔を交互に見やり、興奮を隠さずに大声で叫ぶ。その叫びに、組合に来ていた他の冒険者たちも顔を向けた。

 

「ええ、ドルイドの秘術……としか言えませんが」

「だけど……これをね、アーウィンタールの魔法学院にもって行けば、奴らひっくり返るよ!」

 

 大声で宣伝してくれるのはありがたいが――気圧されるブルプラに、ホルスァペスはなおも詰め寄って唾を飛ばしながら満面の笑みで叫ぶ。

 

「中央の連中の、あの馬鹿どもに、奴らが知らないこともあるってのを突きつけてやらなきゃ!」

 

 子供のように捲し立てるホルスァペスの肩を、後ろから苦笑いしたイハエグリストが掴んで引き戻す。

 

「いい加減にしろよ、ホルス。ブルプラさんが困ってるじゃないか」

 

 イハエグリストはホルスァペスを窘めると、ブルプラに向かって謝罪する。

 

「すまないね。なにせ私たちは『異端の民』だから……中央の連中には思う所もあるのさ」

「中央……とは何かあったのですか?」

 

 ブルプラにはこの世界の事情が良く分からない。だが、なにかこの「異端」という言葉が彼らのコンプレックスになっていることが感じ取れる。

 

「ああ、旅の人には分からないかもしれないが……この一帯は昔は独立王国で、帝国に編入されてからも私たちは田舎者扱いなんだ」

「そうなんですよ……同じ水神を崇拝しているのに、帝国では我々の信仰は異端だとされていまして――」

 

 イハエグリストとナエグニーベンが事情を説明してくれた。

 

「――しかし、私達からすれば、この町には水神の恵みがある。私達はその奇跡の証しの下で生まれ育ってきたのですから、今更信仰を変えろと言われても無理ですよ」

 

 ナエグニーベンは微笑んで、組合の入り口から見える広場の噴水を誇らし気に指し示した。

 イハエグリストは肩をすくめ、軽く首を傾げてブルプラ達の顔を探るように見る。

 

「あなた方も、随分珍しい名前だが……嫌な思いとかしないのかね?」

 

 ブルプラが首を横に振ると、イハエグリストはフッと息を吐き、そして、なおも何か言いたげなホルスァペスに向き直って念を押す。

 

「中央に知らせるのは、私は反対だよ。フールーダが調べに来たらどうするんだ?」

 

 それを聞き、ホルスァペスは冷水を掛けられたように黙り込む。おそらく、中央から強力な者――フールーダとやらは第6位階が使えるという話は聞いている――が視察にやってきて「異端」の魔法詠唱者に圧力をかける可能性に思い当たり、それを恐れたのだろう。

 

 そして、イハエグリストはブルプラに向き直り、提案する。

 

「このポーションは私達で買い取りますよ。それで……申し訳ないが、あまりこれを広めないで欲しいのですが……?」

 

 ブルプラは頷く。頷くしかない。この町の最高位冒険者からの圧力だ。

 ブルー・プラネットからすれば危機感は全く無いが、この町で暮らす上で逆らっても良いことは無いだろうと計算が働く。

 それに、彼らの事情は何となく理解した。強力な中央集権国家において、地方の突出した存在はあまり歓迎されないらしい。

 

「分かってくれて有難い。それでは、金貨50枚で良かったかな?」

 

 イハエグリストは懐から革袋を取り出し、無造作に金貨を掴み出す。そして、60枚を丁寧に机の上に並べて「受け取ってくれ」とブルプラの方に押しやった。

 

「いえ、お気遣いは……そういう事情でしたらここでは売りませんから」

「いや、受け取っておきな。もともと1本金貨50枚でも安すぎだしな」

 

 遠慮するブルプラをみてノルンベリアが豪快に笑い、ブルプラの肩を叩いた。

 組合には何人かの若い冒険者たちもいる。彼らの中には金貨の山に視線を這わせ「ほうっ」と息をもらす者もいた。しかし、その者たちはミグミーエの鋭い視線を受けて顔を背け、何事もなかったかのように振る舞う。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ブルプラとネットは宿に戻り、ベッドに腰を掛けて休む。彼らシモベたちの表情は暗い。

 彼らの創造主、ブルー・プラネットが頭を抱えているのだ。

 

 当初の計画であった「ポーションを売って金を入手する」という計画は達成されたものの、今後はこれ以上の商売が出来そうにない――失敗したとブルー・プラネットは呻く。

 

『あまりこれを広めないでくれ』

 

 この町の冒険者の頂点である“砦の牙”にそう言われてしまったのだ。

 金貨60枚は当面困らないだけの金額だが、これで今後の調査に十分かというと、今一つ不安が残る。イハエグリスト達にとって数十枚の金貨は大した出費ではないようだったが、つまり、“砦の牙”程度の人材を雇うだけでその程度の出費が必要ということだ。

 

 もっとポーションを作り、その都度“砦の牙”に買い取ってもらうというのも駄目だろう。清廉そうな彼らのことだ。何度も金を集るような行為には厳しく当たってくるに違いない。

 今更、薬師組合に行って病院か何かの伝手を頼むのも無理だ。「製法を教えろ」と言ってくることは間違いないし、病院であれどこであれ新しいポーションが使われるならば、それは“砦の牙”との約束を破ることになる。薬師組合と同時に冒険者組合まで敵に回すことになってしまう。

 

 冒険者にポーションを売ってコネを作る計画は最初の1本で躓いてしまった。さらに、冒険者以外への商売も釘を刺されてしまったのだ。

 

「アーウィンタールならば、問題ないかな?」

 

 この町が辺境で異端信仰だから目をつけられる。辺境の町で得られる情報は限られる一方、帝都ならば「アダマンタイト級」もいて情報があるらしい。ならば、いっそ帝国中央に移って売ったらどうか――この考えは悪くないと思えた。

 手持ちの金貨は60枚以上ある。路銀としては十分だろう――旅の安全のために冒険者を雇うとなったら足りないかもしれないが、この辺の冒険者を雇うくらいなら陰からブルー・プラネットが戦ってシモベを守った方がよほど心強い。

 

 この町の冒険者――“砦の牙”からはポーションの話は広まらないだろう。

 薬師組合の男たちは帝都にそれをもって行く気だったが、現物は入手していない。見ただけだ。

 ケラナック村を救った特殊なポーションの存在は、あくまで噂の域でしかない。

 ならば、「村を救ったポーション」が辺境の噂話に留まっている間に、この町を引き払って帝都に拠点を移した方が良いだろう。

 

(森での暮らしが恋しいよ……)

 

 帝都に移ることの問題は、煩わしい人間関係だ。大都市では自然も少なくなるだろう。

 何だか、どんどん「聖なる森の守護者」という設定から離れている気がする――元々それはユグドラシルの設定を引き摺った勝手な思い込み、ブルー・プラネットの願望だったのかもしれないが。

 ブルー・プラネットは首を振る。ナザリックを探し出し、自分が自分であったことを確認すると決めたら、それに向かって頑張るしかない。

 

 覚悟を決めて、ブルプラは再び冒険者組合に向かう。

 明日、この町を発って帝都アーウィンタールに向かう――そう告げて、今後の調査結果の報告を帝都の冒険者組合に引き継ぐ手続きをするために。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 夕暮れ時、ブルプラたちは明日の旅立ちに備えて準備をしていた。

 ポーションが売れたおかげで様々なアイテムを購入する余裕も出来た。旅は楽になるはずだ。

 

 荷物をカバンや手提げに詰めていると、宿の主人がドアをノックし、来客を告げる。

 誰かと訝りながらドアを開けると、宿の主人と共に3人の衛兵が立っていた。

 明日の出立前に薬師組合に顔を出してほしいと組合長から依頼があったことを衛兵が告げる。

 

「何かあったのですか?」

 

 ブルプラが訊くと、衛兵たちも首を傾げて答える。

 

「いえ、特に何かの嫌疑が掛かっているわけではないそうなのですが」

「組合長が『ぜひ』というものですから……お願いできますか?」

 

 呼び出される理由は不明だが、断ることは出来ないようだ。

 これが半ば強制的な要請であることは、衛兵たちの申し訳なさそうな、こわばった表情から読み取れる。宿の主人は先に「関わりたくない」というように下の階に降りてしまった。

 

「お断りするわけには、いかないのでしょうね……」

「ええ、その場合、ちょっと難しいことになります……」

 

 衛兵たちは室内に置かれた旅の荷物に視線を送る。言い辛そうに声を低め、しかし、任務であればそれを遂行すると、彼らの生真面目な顔が語っている。

 

「分かりました。では、明日の朝、9時に薬師組合に伺いますとお伝えください」

 

 やむを得ず、ブルプラはそう衛兵たちに告げる。何が起きたのかを訝りながらも、それは明日聞いてみるしかない。

 衛兵たちは下の階に降り、宿の主人に状況を伝える。そして、衛兵3人のうち1人は連絡に戻り、あとの2人が宿の1階でテーブルに着き、食事を始めた。

 おそらく、彼らはここで夜を徹してブルプラたちを見張るのだろう。

 




ネスタ第二形態(村とは別人)
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