帝都アーウィンタールに“漆黒”が来た。
憧れの英雄が間近に現れたことで冒険者たちは軽い興奮状態で噂しあっている。
曰く、中央市場で見かけた。
曰く、帝都でも最高級の宿に泊まっているらしい。
曰く、やっぱりすげぇ美人だった。
「その……“漆黒”はいつまで帝都にいらっしゃるのでしょうか?」
「ああ? この数日は帝都を見て回るつもりだって言ってたらしいぜ」
平静なブルプラの質問に冒険者は不満げな視線を向ける。「人類最強の英雄が来たのに何を呑気な」と言いたげな表情だ。
しかし、ブルプラは安堵の息を吐く。折角やって来た大切な情報源を逃していないことに。
“漆黒”が来たという話を聞き、ブルー・プラネットに2つの考えが浮かんだ。
1つは、熟練の冒険者であるアダマンタイト級の称号をもつ彼らから情報を得ること。これまで彼らがこなしてきた冒険、討伐したという「強力なモンスター」を詳しく教えてもらおうという考えだ。森を焼いたことについては一言注意したいが。
そしてもう1つは、何故この帝都までやってきたのか、という疑問だ。
冒険者には拠点となる都市があるらしい。特に、高レベルの冒険者になればそうだ。
例えばもう1つのアダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”は王都リ・エスティーゼを中心として活動していると聞く。高度な武具や強力なマジックアイテムなどを修理するには専門の職人が必要であり、馴染みの店が出来る。そして、そのような店は一般に大都市に存在する。
また、彼らを必要とする地元の有力者とのコネもある。アダマンタイト級冒険者を雇うとなると、その金額は庶民が払えるものではない。そして、地元の有力者はあえてその拠点から出ることは無く、依頼を受けるためには拠点に戻らなくてはならない。その結果、冒険者は「王都リ・エスティーゼの“蒼の薔薇”」という様に拠点と合わせて一括りで考えられがちだ。
社会においては強者といえども有形無形の縛りが存在する。有名な存在になると、おいそれと自由には活動できないものなのだ。たとえそれが「国境はない」という建前の冒険者であっても。
“漆黒”はリ・エスティーゼ王国のエ・ランテルという町を拠点としているらしい。それは先日の王都でおきた悪魔騒動では「助っ人」としてやってきたという情報とも符合する。
王国最強の存在が何故、帝国に――それも帝都に現れたのか。
ただの物見遊山とは考えにくい。それならば“漆黒”として来る必要はないし、来るべきではない。“漆黒”として現れたからには、そうである目的と大義名分が存在するはずだ。
最近の王国で起きた大きな事件には“漆黒”が必ずと言っていいほど絡んでいる。ならば、“漆黒”は帝国で近い内に起きる――ひょっとしたら、すでに始まっている――大事件に関してやって来たのだろうか?
ブルー・プラネットは冒険者に話を聞く。何故“漆黒”が来たのかと。
「いやぁ、知らねえよ。本人たちも言わねぇしな」
他の冒険者たちが理由を知らない――つまり、組合の公募に応じたのではない。
当然だ。公募されるような案件にアダマンタイト級冒険者が動くはずがない。やはり秘密の……
――ブルー・プラネットの疑問をよそに、冒険者たちは噂を続ける。
やはり、“漆黒”はこの周辺の宿には泊まっていないらしい。この周辺には冒険者組合の紹介や補助を必要とする比較的低級の冒険者たちが多く、王侯貴族や大商人から直接依頼を受けることの多いアダマンタイト級ともなれば行動範囲はおのずと違ったものになるのだ。
最高級の宿がある地区――ブルー・プラネットは場所を聞いて歯噛みする。樹が少ない商業地区で、アイテムをまだ仕掛けていない所だ。広い帝都を巡回するのに忙しく、後回しにしていたことを悔やむ。
アイテムは今夜のうちに仕掛けるが、“漆黒”がその樹の前を通らなければ意味がない。まずは、ブルプラたちを使って宿まで“漆黒”に会いに行った方が確実だ。
だが、今から出かけても“漆黒”の宿に着くのは夕方になる。有名人なのだから、会食などで忙しいかも知れない。人類最強と言われる存在に、一介の薬師が会いに行くのだ。何か手土産や話のネタ……前準備が必要だろう。
(会う前に、冒険者組合にも行って何か情報が無いか聞いてみるか)
ブルー・プラネットは、久しぶりに状況が動くことに軽い興奮を覚えていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
そして翌日、ブルプラとネットはまず冒険者組合に向かう。“漆黒”の現状を知るためだ。
「はい、確かに“漆黒”は帝都にご滞在中です。ご用件は……申し訳ございませんが、公開の案件ではございませんので……」
受付嬢は台帳を調べることもせず、“漆黒”の来訪を誇らしげに認める。元よりそれは秘密ではない。胸元に付けたプレートは、その冒険者の存在を公表するためのものだ。
ただし、何の目的で帝都に来たのかは話せないという。これも当然だ。公募案件と違い、特定の冒険者を指名した案件は関係者の承認がない限り守秘義務が課される。特にアダマンタイト級の冒険者ともなれば依頼者は社会の上層部に限られる。そのような依頼者の要求をむやみに公にするわけにもいかないのだ。
「そうですか。では、一度お目にかかりたいのですが、今はどちらにご滞在中でしょう? あと、何かお好きな物とかご存知ですか?」
受付嬢は快く“漆黒”が滞在している宿を教えてくれた。だが、彼らが好きな食べ物などの情報は持っていないようだった。
「特にお好みの食べ物などは伺っておりませんが……モモン様はどなたとも気軽にお話しくださるそうですよ。ご旅行の最中ですから、贈り物などはかえってご迷惑では?」
その言葉を信じて、ブルプラ達は最小限の手荷物――話のタネになりそうなポーション等だけで宿屋に向かう。
小便臭い街路樹が並ぶ町はずれの冒険者通りとは違い、帝都の中心――皇帝の居城から放射状に延びる大通りの一つに面する最高級の宿屋だ。
「おっ、ブルプラさんも来たね!」
そう声をかけてきたのは帝都で知り合った商売仲間の薬師だ。彼もまた、“漆黒”に会うことを目的に来ていたらしい。薬師は他にも1人いた。
彼らの話では、残念ながら“漆黒”は外出中らしい。帰ってくるのを待っているのだという。
宿の前には英雄に会いに来た冒険者や武芸者も多いが、商人も大勢来ているようだ。
商人たちが集まる目的は、高名なアダマンタイト級冒険者に商品を購入してもらうこと――
『あの“漆黒”が私の店のポーションを使っています』
――その宣伝文句のために、彼らは朝早くから張り込んでいたという。
「ところがさ、あの美姫ナーベに『道を開けろ、ヒメマルカツオブシムシ』の一言で追い払われちまってな」
やれやれと両手を広げて自嘲する商売仲間の言葉に、ブルー・プラネットは衝撃を受ける。
(ヒメマルカツオブシムシ、だと? それは元の世界における昆虫の種名だ……)
かつて友人の弐式炎雷に渡した生物図鑑に載っているはずの名だ。
そして、この世界ではその昆虫を見ていない。
念のために、その商人に聞いてみる。
「はは……ヒメマルカツオブシムシって、何ですかね?」
「さぁて、ね。何かの魔獣かね? ブルプラさんでも知らないの?」
商人と言っても薬師として研鑽を積んだ男たちだ。当然、この世界の動物種、動物性素材の保管には詳しい。その彼らが知らないとは――
(他人の空似なんかじゃない! 美姫ナーベは、ナザリックのナーベラル・ガンマだ!)
それは確信だった。
ならば、そのナーベが着き従うという「戦士モモン」とは……
『弐式炎雷さん、聞こえますか? ブルー・プラネットです』
先日と同じく<伝言>で呼びかけるが、魔力の糸は空しく宙に消え、応答はない。ならば……
『モモンガさん? 聞こえますか?』
モモン、という名から連想したギルド長に呼びかける。
しかし、応答はない。魔力の糸が何か滑った感覚を残して消える。
『えーと……おい、ベルリバー、いるんやろ?』
『もしもーし、ペロロンチーノさーん?』
『もしもし? ぷにっと萌さん、いてますか?』
『やっほー! ヘロヘロ、元気かぁ?』
『あの、すんません、たっち・みーさん、いらっしゃいますか?』
『おい、ウルベルトォ……いるんなら返事してくれ……』
『タブラさん、タブラさん……聞こえたら返事してください……』
『源次郎さん、源次郎さん……いないですか、やはり……』
『るし☆ふぁー、この際お前でもいいから。悪ふざけしてないで出てこい。怒らないから』
思いつくままに仲間の姿を思い浮かべ、<伝言>で呼びかける。
だが、返事はない。魔力の糸は空振りするばかりだ。
何事かブツブツ言いながら肩を落とすブルプラを、仲間の商人たちが慰める。
「まあ、モモンさんは気さくな人でね、昼には戻ってきて、午後から北の市場を回るっつーこった。その時に会って話せるチャンスもあるだろうよ」
「だが、あのナーベってのは誰でもキツイって噂だからな。ブルプラさんも気ぃつけなよ?」
「昼には戻ってくるのですか?」――商人たちに確認し、世間話をしながら昼を待つことにした。
彼らの店は若い者に任せているらしい。ブルプラの店も今日は休業としている。
ネット1人に任せるのは流石に不安で、ネットを荷物持ちとして2人で来ているのだ。
最高級の宿だけあって警備が厳しく、入り口に陣取るわけにもいかない。道を挟んでやや離れた店に入り、商人たちは茶を飲みながら宿に目を光らせる。呑気にお喋りをしながら“漆黒”を待つ商人の横で、ブルプラは――ブルー・プラネットは上の空だ。しきりに辺りを見回し、“漆黒”が来ないか見張る。
「ブルプラさん、あなたらしくもない。早いもん勝ちってわけでもないんだからさ」
「そうだよ。抜け駆けは無しで、品質勝負で行きましょ?」
キョロキョロと周囲を見回すブルプラを、商人たちは笑って諫めた。ブルプラは笑って頷き、それでも落ち着かない。ブルプラの身体を支配しているブルー・プラネットの認識は、宿の樹とブルプラ――自分の目であり耳でもある2つの傀儡の間を飛び交っているのだ。
そして、昼になる。
「あ、来ましたよ」
ブルプラの背後の方向から宿に戻ってくる“漆黒”を目ざとく捉えたのは商人だった。
「では、行きましょうか。勝負は正々堂々と、ね」
「ええ、それでは行きましょうか」
茶の代金を支払い、商人たちはテーブルを立つ。いや、立ちかけた姿勢でブルプラは硬直する。
「ん? どうしました、ブルプラさん?」
心配する商人の声もブルプラの耳に入らない。
ブルー・プラネットはブルプラの肉体を操りながら、その感覚は宿の近くにある樹に集中していた。“漆黒”がそのすぐ横を通ったとき、その姿、そして交わされる会話が、ブルー・プラネットの精神を直撃した。
『モモンさん、“キャプシノ”の味はカフェラテによく似ております。あれよりももっと苦みが強く、雑味が除けていない上に、甘みや円やかさが足りないのですが』
『ほう、そうか、あの白いモコモコがなぁ……カフェラテに近いのであれば、シクスス達が気に入るかもしれんな。どうだ?』
『恐れながら、アインズ様……いえ、モモンさーん、ナザリックで提供されるものに比べましたら……』
『ははは、そうか、それもそうだな。この世界の料理一般に言えることだが――』
アダマンタイト級冒険者“漆黒”の「美姫ナーベ」は、まさしくナーベラル・ガンマであった。
しかし、ユグドラシルでは能面のように動かなかったその美しい顔は、まるで生きているかのように目や口を動かし、言葉を発している。
そして、機嫌よくナーベラルと話している黒い甲冑に身を包んだ男の声は――ブルー・プラネットの記憶にない。ナーベラル・ガンマがその男に呼びかけた名は「あいんずさま」――多分、「アインズ様」なのだろう。「モモン」という名は偽名だったのだ。
(アインズ様……アインズ・ウール・ゴウンを名乗る戦士……ギルドメンバーではない……)
ブルー・プラネットの脳裏には、彼のトラウマとなっている幼少期の童謡が早回しで繰り返し鳴り響いていた。あの忌まわしい曲――タブラ・スマラグディナのホラー映画コレクションで掘り起こされた悪夢……
『夜中に皆が寝静まったころ、オモチャが箱を飛び出して、子供の枕元で踊り狂う』
そんな歌詞がチャチャチャという奇怪な擬音とともに流れるその曲は、ユグドラシルの友人たちも多くが「あの曲、苦手で布団かぶって泣きながら寝た」「そうそう、布団の隙間から人形が来ないかみてたりね」と語り合ったものだ。
その話題で盛り上がった後、ウルベルトは自分の創造したNPC、デミウルゴスの配下に「おかしな話し方をする道化師」を加えようと提案し、タブラのコレクション鑑賞会が始まった。
ホラー映画マニア、タブラ・スマラグディナが見せてくれたクラシック映画は
「人形に悪霊が乗り移り、殺人事件を繰り返す」もの、
「意思を持つ人形の集団が人を襲う」もの、
「家が邪悪な意思を持ち、休暇に訪れた家族を惨殺する」もの等々であった。
人形達が自分の意志をもって動き出す。邪悪な家が来客を食い殺す――悪夢。
「どうしました、ブルプラさん? 先に行きますよ?」
「ふふ……ふひっ……ふひぃぃぃぃぃ……」
「おい、ブルプラさん! あんた今日、おかしいよ?」
心配そうな商人たちの声にも応えず、ブルプラは泣きながら逃げ出した。慌ててネットもそれに続く。
あとに残された商人たちは、何が起きたのか分からないという風で顔を見合わせる。
ブルプラさんは今日は何か変だったね。先ほどは何かブツブツと「聞こえるか」と繰り返していたし、いきなり泣き笑いで駆けだすし……
「天才と何とかは髪一筋の違いって言うしな」
「まあ、落ち着いたときに、お茶代建て替えた分を返してもらわなきゃいけませんね」
そんなことを言い合いながら店を出て、“漆黒”に自分たちのポーションを売り込みに行く。
その“漆黒”は、いきなり道を泣きながら駆けていく狂人に驚いて足を止めていた。
「モモンさん、うちのポーションを使ってみてはもらえませんか? お安くしときますよ!」
「邪魔だ。道を開けろ、このスベスベマンジュウガニ」
モモンが何かを言う前に、立ち塞がった美姫ナーベの一言で再び商人たちは撃退された。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ブルプラは暫く走り、何度も角を曲がってようやく立ち止まる。
「ブ、ブルー・プラネット様、い、如何なされ、なされました?」
追いついたネットが息を切らして問いかける。ブルプラの肉体は、本人の意思とは関係なく全速力で走り続けたために心臓は早鐘を打ち、喉が焼けるように熱い。足は、立っているのもやっとというように、ふらついている。
運動不足が祟って太り気味だったブルプラには苛酷な逃走だった。
「……すまん。少し思う所があってな」
ブルプラの状態を見て、ブルー・プラネットは冷静さを取り戻す。カバンに入れていたポーションを飲み、体力を回復させると、ブルプラ――ブルー・プラネットはシモベ達に謝罪し、誤魔化した。
失態だ――シモベたちの前で取り乱してしまったことへの後悔と反省はある。
だが、そんなことよりもブルー・プラネットの心を占めているのは、恐ろしい予想――
(まさか、ナザリック地下大墳墓が意思をもち、自分で動き始めたというのか!?)
これが現実世界であれば一笑に付すべき妄想だ。だが、この世界ではブルー・プラネットの予想を超えた超自然的現象が次々と起きている。
魔法だって存在しているのだ。
シモベも――ユグドラシルではただの案山子だったものが、こうして自分の意志で動いている。
ならば、ナザリックのNPCたちが自分の意思をもち、世界を狙うこともあり得ない話ではない。
(では、「アインズ様」とは何者だ?)
昔のギルドの名をもつ彼がナザリックのリーダーである確証はない。
同じように「ナザリック様」がいるのかもしれないし、「アインズ様」は他の「ウール様」、「ゴウン様」と合わせた大幹部三人衆の一人、という可能性もある。ギルド<アインズ・ウール・ゴウン>がナザリック地下大墳墓を征服する前にいたボスキャラが操作する傀儡、王国や帝国を調査するために送り込まれた斥候かもしれないのだ。
(分からん……だが、ナザリックのあれらが意思をもち、この世界に現れることを目論んでいるのであれば……この世界は確実に崩壊する!)
ようやく馴染み、愛着が生まれたこの世界。
生命にあふれ、これからの可能性を秘めた人間たちが必死に生きているこの世界。
それが滅ぼされる可能性がある。
ブルー・プラネットは必死になって考える。これはもう、自分一人の問題ではないと知って。
ナザリックの現状を何としても探り、可能ならばその野心を止めねばならない。
(“漆黒”を追っていけば、ナザリックに辿りつくことが出来るだろう。しかし、彼らの正体が分からないまま近づくのは危険だ)
意思をもったナザリックから来た“漆黒”は、この世界の冒険者たちよりも遥かに強力であることは間違いない。異常な速さでアダマンタイト級に昇級したという彼らの実力は、到底“アダマンタイト級”という言葉で括れる範疇にないはずだ。
どうするか――ブルー・プラネットが考えあぐねたその時、帝都の樹々に仕掛けたアイテムの1つがキーワードを感知する。
反応したキーワードは【遺跡】。場所は帝都の中央近く。情報を期待してアイテムを仕掛けていた商店街の一角だ。
ブルプラがいるここからそう遠くない。だが、歩いていくには時間がかかる。
ブルー・プラネットは慌ててブルプラから意識を移し、キーワードを感知した場所に向かう。
これまでも【遺跡】というキーワードは偶に拾うことがあったが、それらの多くは昔話に関わるものだった。
だが、“漆黒”が現れたこのタイミングでキーワードを感知したということは……
続いて、その樹が更に2つのキーワードを探知したことを知る。
【遺跡】 【地下墳墓】
まもなく、その樹と意識を共有できる範囲に入る――入った。
ブルー・プラネットは、耳を澄ます。その樹は「歌う林檎亭」のマスコットとなっている鉢植えの林檎の樹だ。カウンターの横に置かれたそれは、ブルー・プラネットが意識を入れるには小さすぎるが、アイテムを仕掛けているので音は聞こえる。その周辺には、実体化できるほど大きな樹は見当たらないので直接の知覚は出来ない。
『――が高いという非常に珍しい契約で、かつ、かなり高額な金額だな。さらに――』
男の声が聞こえる。相槌などから男2人に女2人の計4人のチームであることが分かる。
『――そこが未発見の墳墓らしいということだ』
当たりだ。大当たりだ。
ブルー・プラネットは“漆黒”とは別の手掛かりに興奮する。そして、アイテムを通じてシモベたちの場所を確認し、彼らに呼びかける。
『お前たち、すぐに来い。場所は『歌う林檎亭』。分かるか? 誘導する。お前たちの目や耳が必要だ』
そして、冒険者――いや、ワーカーと呼ばれる裏家業に近い者達らしい4人の話に耳を傾ける。
フェメール伯爵が依頼者である、王国の領内にある、周辺に小さな村がある……重要な情報が次々に集まってくる。
場所はトブの大森林近くだという。紙を開く音――地図のようだが、音では分からない。
シモベが来てくれれば、彼らに盗み見させることも出来るのだが……まだ来ない。
『――それはエ・ランテル近郊のこの【遺跡】には直接――』
ブルー・プラネットは場所を聞きながら心の中で地図を組み立てながら、「やはり」と思う。
なぜ「アインズ様」のチーム“漆黒”がこの帝都に現れたのか、その理由が分かったのだ。
(まず間違いない。こいつらは「アインズ様」がこの世界の戦力を測るための生贄だ)
様々な事件を起こし、この世界の対応を調べる。そして“漆黒”がその後片付けをする。証拠隠滅も兼ねて。
王国の戦力が明らかになったため、今度は帝国において事件を起こして帝国の実力を見るのだろう。
帝国軍との衝突の前に、こういう小規模な「消えても問題ない」、それでいて腕の立つ者を誘い込み、ナザリックの防衛機能を確認する計画だ。
――それで辻褄が合う。
“漆黒”は、冒険者組合で適当なチームを「共同調査」の名目で集めに来たのだろう。そして、白羽の矢が立ったのが、このワーカーチームなのだ。
(明らかに「アインズ様」は……ナザリックは、この世界を支配する準備を重ねている)
ブルー・プラネットの心に焦りが生じる。
シモベはまだ来ないのか――シモベの首輪に埋め込んだポインターがその位置を知らせる。
近い、もうすぐ来る。
やがて、ブルプラとネットが『歌う林檎亭』の前に辿り着いた。
急いできたため、少々息が上がっている――これでは怪しまれるに違いない。
ブルー・プラネットはブルプラに乗り移り、少し息を整えてから店に入る。
「ん? あんたたち、何か用事でもあんの? あいにく主人は買い物中で留守よ」
店にいた4人の客のうち、眼つきの悪い女が2人に声を掛けてきた。
何故か機嫌が悪そうで、ブルプラのことをジロジロと見つめている。下手なことを言ったら殴りかかってきそうな雰囲気だ。
「え、ええ……お客さんたち、ワーカーだね? うちのポーションを試してみないかい……と思って……来たんですが……はい……」
女の目つきの悪さ、そして勢いに気圧されたブルプラが、しどろもどろで答える。
「ん、あんたたち、ポーション売り? ひょっとして『ドルイドのポーション売り』かい?」
「ええ、そうですよ。えーと、お客さんたちはうちの店に来てくれたことが……?」
短く髭を刈りこんだ男が問いかけ、それに答えたブルプラに「なんだ」とでも言いたげな表情を向けて、目つきの悪い女は席に座りなおした。
「いや、まだ寄らせてもらってないよ。でも、ほら、そんな上等の服を着た薬売りなんてあまりいないからさ……噂になってるよ。値段の割に良いモノを売ってるってね」
「はは、ありがとうございます」
「で、そのドルイドさんたちが何で? 店はどうしたんだね?」
「良いものでも宣伝しないと売れませんからね。今日は店を休んで宣伝です」
髭の男がブルプラ達と会話をしている間に、小柄な女――少女と言ってもいいその女は、そそくさと地図をカバンに仕舞う。
「おっと、お仕事の打ち合わせ中でしたか? すみませんね」
「いや、いい。もう終わった」
ブルプラがそちらに目を向けて声をかけると、素っ気ない口調で少女が答えた。
打ち合わせの邪魔をされた4人は、それでも不快な表情を見せない。むしろ、何か助かったという表情を浮かべている。
ブルー・プラネットは、その理由を知っている。
シモベたちが到着する直前に、すでに仕事の打ち合わせは終わっていたのだ。
今の話題は、その少女の事情について――どうやら多額の借金を抱えており、妹を連れて家を出るとか、そういった話だ。聞いていて心地の良い話ではなく、少女の仲間たちの表情も複雑だった。
そういう雰囲気を吹き払ってくれたブルプラたちの登場は、むしろ彼らにとって話題を転換する良い機会となったのだ。
「ふーん、宣伝なの。じゃあ、そのポーション、ちょっと見せてくれる?」
痩せた、眼つきの悪い女がブルプラに声を掛ける。
「ええ、これは試供品です。無料ですのでどうぞ」
「へぇ、黄緑色のポーションなんて初めて見るな……って、無料で?」
一癖ありそうな、それでも不思議に人を惹きつける若い男が横から口を出した。
「はい、従来の錬金溶液と魔法からなる回復ポーションと同等の効果をもちながら、薬草由来の成分を使って安く製造可能ですので、ぜひ、お試しいただきたいと。それでお気に召しましたら、次回から……」
「なるほどね……そうだな、お宅の店じゃ回復や解毒以外の、例えば行動阻害系のポーションとかも置いてあるのかい?」
「ええ、置いてありますよ。他所よりお安くなっていますが、効果は確かです」
「へぇ、そりゃ良いな。今度、寄らせてもらうよ。俺はヘッケラン。“フォーサイト”のヘッケランだ」
若い男――ヘッケランは人懐こい笑顔を浮かべ、自己紹介する。
「お金を貯めなきゃなりませんからね……私はロバーデイクです。よろしく」
短い髭の男が悪戯っぽい笑みを向けてヘッケランに軽口を飛ばし、続いて名乗る。
「私は、イミーナ」――眼つきの悪い女。
「アルシェ」――素っ気ない少女。
それぞれが名乗り、ブルプラたちを見る。
「ええ、“フォーサイト”の皆さんですね。私はブルプラ、こちらはネットです。よろしく」
ブルプラたちも、あらためて挨拶をする。
「ちょっと見せてもらっても良い?」
アルシェが黄緑色のポーションをイミーナから受け取り、魔法で鑑定する。
「……確かに回復効果がある。でも錬金溶液の<軽症治癒>とは違う。高純度だけど……」
アルシェは効果を認めながらも首を捻った。このようなポーションは見たことが無いと言いたげに。そして、それを製造したブルプラたちに目を遣り、再び首を傾げる。
「はは、分かりますか? 珍しい魔法植物の抽出液ですよ」
「でも、あなたは『薬草が原料だから安い』と言った」
アルシェがすかさず突っ込む。
賢い子だな、とブルー・プラネットは感心する。もし薬草の研究の道に進んでいたら優秀な研究者となっただろう。
「ええ、安い魔法植物の薬効とドルイド魔法との相乗効果により、値段の割に効くんです」
「安い魔法植物……?」
アルシェは、なおも不思議そうにポーションとブルプラたちを交互に眺めている。
「お気に召しましたら、どうぞお使いください。何か疑問があれば、いつでも私の店に来てくださっても構いませんよ」
ブルプラが再度勧め、アルシェは頷いて何か言いたそうに仲間を見回す。
「いいんじゃないか? アルシェが持っておけば。俺たちには魔法のことはよく分からん」
「ありがとう。そうさせてもらう」
ヘッケランが頷いて言い、他のメンバーも同意を示す。アルシェは礼を言って、黄緑色のポーションを大事そうにカバンに仕舞いこんだ。
「それで、皆さんはこの宿にお泊りなんですか?」
「ああ、俺はな。近所から来てる奴もいるが」
「そうですか……それでは皆さん、お邪魔しました。またいつでも店にお越しください」
ブルプラの質問に、ヘッケランが頷いた。
それを見てブルプラとネットは一礼し「歌う林檎亭」から出ようとする。
「おや、ブルプラさん達じゃねーか。今日もポーションの売り込みなのかい?」
「ええ、お留守でしたので、こちらの方々が……それでは、お邪魔しました」
ちょうど帰ってきた宿の主人にも挨拶し、あらためて“フォーサイト”にも会釈をしてブルプラたちは出ていく。そんな2人を“フォーサイト”の面々も軽く手を上げて見送った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
『――で、どうなの?』
ブルプラたちが扉から出て行ったのを見送り、イミーナがアルシェに問いかける。
『なにが?』
『何か不思議そうにあいつらを見てたじゃない』
2人の会話は鉢植えに残されたアイテムから伝わっている。
『あの人たちからは、それほど強い魔力を感じなかった。何かの魔力を帯びているのは確かだけど、ハッキリしない。確かにこのポーションには<軽傷治癒>の魔法効果があるけれど――』
アルシェが違和感を説明する。
『そりゃ、ドルイドだからじゃねーの?』
『そうですね、私の魔法も信仰系ですから、アルシェには見えないのでしょう?』
ヘッケランが、何が問題なのか今一つ分からないという口調で割り込んだ。
ロバーデイクの声が続いた。彼もヘッケランと同じ口調だ。
『そう……だけど、あの2人にはどうも不思議な雰囲気がある。それに、このポーションは物凄く純度が高い魔力で作られている。普通は魔法生物から不純物を分解して魔力を結晶化して、錬金溶液としてから位階魔法の性質を与えるのだけれど、魔法植物から直接となると純度が……』
『アルシェにも、魔法のことで分からないことがあるんだね』
アルシェが首を傾げながらポーションの作成法を説明し、少し驚いたようなイミーナの声がした。だが、その声にはどこか……嬉し気な、安心したような響きがある。
『いいじゃねーか。明日、正式に仕事を請け負うんだ。その後に準備をするとき、あいつらの店に行ってみたらもっと分かるんじゃねーの? アルシェが興味あるんならさ……それに、安いって話だし』
ヘッケランの鶴の一声に皆が了承の声を上げ、“フォーサイト”の集まりは解散となった。
捏造設定:ポーションの作り方
この世界の生物は魔力を帯びており、その魔力を分離したものが「錬金溶液」。
”生”の魔力の塊である錬金溶液に位階魔法を固定して目的のポーションを作る。
原料から魔力を分離して錬金溶液にするには幾つかの方法あるが、いずれの方法でも「この世界のオリジナルな成分」をできるだけ取り除いて「ユグドラシルの成分」を純粋に取り出すことで高品質な錬金溶液となる。
得られる「魔力の結晶」はユグドラシルにおける「データクリスタル」と同等で、様々なマジックアイテムの作成に使われる。