世界の平和を守るため GO GO Let's GO!
(行け! 贄たち!)
自分の店に戻ったブルプラたちを前に、2階で実体化したブルー・プラネットは天井を睨む。
今日、得られた情報は大きく分けて2つ――
1つ目は、冒険者チーム“漆黒”が実は正体不明の「アインズ様」とナーベラル・ガンマからなるナザリックの偵察隊で、自分の意思をもっていること。
2つ目は、“フォーサイト”というワーカーのチームがナザリックの探索を依頼されたらしいこと。依頼主はフェメール伯爵だが、それは“漆黒”が手を回したのだろう。
「ほぅっ……」
ブルー・プラネットは天井を向いて大きく息を吐く。シモベたちはそんな様子の創造主を不安げに見守るが、今のブルー・プラネットには彼らを思いやる余裕はない。
これからどうすべきか……考えをまとめているのだ。
(まさか、ナザリックが得体のしれない者に支配されているとは……)
今までは、自分が人間であった証として、ナザリック地下大墳墓を見つけることが目的だった。
転移の指輪も<帰還>も作動せず、ナザリックの座標が狂ったのだと考えて、冒険者組合などを通じて地道に場所を探し当てるつもりだった。
だが、どうやらそれは間違っていたらしい。
ナザリックのNPCが防衛のために外部からの転移機能を無効化していた可能性がある。
(転移が作動しなかったのは、むしろ幸運だったか……)
下手に転移して、いきなり謎の「アインズ様」に相対するよりは。
おかげでこうやって考える時間が出来た――その事実は、内部に潜む者の甘さを意味する。
プレイヤー仲間が「世界征服しようぜ」とナザリック内部で企んでいたならば、外部からの干渉には手痛いしっぺ返しを食らわせたはずだ。覗きには挨拶代わりに<爆裂>を仕掛けるくらいは当然だ。
転移機能をオフにして終わり、などという初心者の陥りがちな安易な方策に止まるはずがない。少なくとも何か探知を仕掛けるはずだし、凶悪な迎撃魔法を発動していただろう。いや、転移先を誘導して捕獲するか地中深くに飛ばしたか。
(奴らが未熟なことは確かだ……まだ、付け入るスキがある。奴らの罠を逆に利用してやる)
ブルー・プラネットが森で創り出したシモベは人間社会を知らなかった。ナザリックのNPCたちも同様であった可能性はある。だからこそ“漆黒”を偵察に出したのだ。
そして“漆黒”は“フォーサイト”を生贄として用意した。つまり、たとえ外部からの侵入を許しても絶対に対処できるという驕りがそこにある。この世界の力を見くびっており、そこに隙がある。
(奴らのボスを調べて……俺に対する反応を調べる必要もあるか)
世界を蹂躙する力をもつナザリックを力で止めることは難しい。だが、ブルー・プラネットが「ナザリックの一員」として認められるのであれば――贅沢を言えば、かつて自分が創造したNPCだけでもブルプラたち並みに従ってくれるのであれば、ナザリックのコントロールに成功する可能性も生まれる。
だが、直接連絡を取るのは危険すぎる。この世界で創造したシモベは絶対的な忠誠心をもっているようだが、勝手に目覚めたナザリックのNPCもそうであると考えるのは虫が良すぎる。「アインズ様」の下で行動するNPC達はホラー映画のように住人を殺す邪悪な存在かもしれないのだ。
安全な場所から何とかしてナザリックのボスキャラを調べ、元ギルドメンバーである自分への態度を調べなければならない。
正直、化け物屋敷――自分の意思で動く玩具にはトラウマがある。特に理由が無ければ「ナザリックが存在した」という事実だけで我慢し、侵入することは諦めていただろう。
だが、ナザリックを止めることが出来るのは、今や自分しかいない。
この世界を守るために――その思いがブルー・プラネットを奮い立たせる。
「よし、決まった!」
ブルー・プラネットは叫び、枝で膝のあたりを叩く。
前に控えていたブルプラとネットがピクリと体を震わせ、ブルー・プラネットを見上げた。
「まだ時間があるな。お前たち、市場に行って足の速い獣を1匹買ってきてくれ」
「はい……足の速い獣ですか?」
「ああ、もう1人、シモベを作る。素早い者が望ましいからな」
「なるほど……承知いたしました」
「ウサギのようにあまり小さいものは困るぞ。人間の子供より大きい獣だ」
「はっ!」
ブルプラとネットは市場に出る支度を始める。
「ああ、それから、昼に会った男たちを覚えているか? 薬師の格好をした商人だが」
「はい、覚えております」
「会うことは無いと思うが……万が一、彼に会ったら『いきなり駆けだして申し訳ない』とだけ言って銀貨を1枚渡しておいてくれ」
錯乱した自分を思い出し、恥ずかしげな声で言う。あの商人たちに「ブルプラさんが、ついにおかしくなった」と噂を流されるのも困るのだ。
シモベたちが買い物に出かけた後、ブルー・プラネットはアイテムの準備をする。
アイテムボックスを開き、ユグドラシルのガチャで得たハズレアイテム「木彫りの人形」を取り出す。超レアアイテムを入手するために、ギルド長であったモモンガさんが山のように引き当てたものだ。その後、やまいこさんが一発で当てたと聞き、自分も、とやってみたのだが、当然のごとく外れた。その1回で得たアイテムが役に立つとは思わなかったが……
「
ブルー・プラネットは「木彫りの人形」に向かい、自分の名前あるいはシンボルを刻み込む魔法を発動する。ユグドラシルにおいては、より上位の魔法で消去されることも書き直されることもあるため所有権の根拠にはなりえない。しかし、自分の居室用に名札を作ったり、NPCに密かに製作者名を書き込んだりする程度の楽しみには使える低位階の魔法だ。
人形の裏に日本語で「ブルー・プラネット」と文字が浮かび上がる。
それを確認し、次に、枝の先端をとがらせて人形の横に小さな穴をあける。そして、その穴に自分の指から延ばした蔦を通し、シモベたちに持たせたのと同じ「幸運の首輪」を作り出す。それにポインターとなる「紅一点」の小さな紅い花をつけて完成だ。
「うん、まあ、こんなものかな」
ブルー・プラネットは首輪の出来栄えに満足する。決して器用ではない広川がここまで上手く作業できるとは、ブルー・プラネットは自分でも驚いていた。ドルイドには木製アイテムを作り出すスキルもあるが、その恩恵もあったかもしれない。魔法もそうだが、ゲーム上で設定された能力を現実に本能的に使えるのは便利なものだ、と。
「さてと……彼らの様子を見てきますか、っと」
仕事が順調に済んで気を良くしたブルー・プラネットは、“フォーサイト”の様子を見に「歌う林檎亭」の樹に意識を移す。
彼らの声は聞こえない。既に外出したようだ。だが、夕方になれば宿に戻ってくるだろう。
獣を買いに行ったシモベが帰ってくる方が先だろうか。
――ブルー・プラネットは店の2階に戻り、シモベを待つ。計画をより詳しく練りながら。
(先回りして準備をするべきだろうが、場所は……)
ナザリックの場所は“フォーサイト”たち生贄の後を付ければすぐに分かる。
しかし、何重にも張り巡らされた罠で守られるナザリックは正面突破では1500人の軍勢ですら防ぎきる能力がある。元メンバーとして罠を熟知しているブルー・プラネットでもその警戒網を出し抜いて潜入するのは並大抵のことではない。何より引退後の改造やアップデートには対応できていない。
墳墓の外にも出歩いているNPC達もいる。現地の状況を調べ、数日かけて準備するべきだ。
先回りして準備するために、アルシェという少女が持つ地図が欲しい。宿では盗み見る間もなくカバンに仕舞われてしまったが、それを奪いとるために新たなシモベを創造しよう。
――そこまでは考えていた。
だが、奪い取ってどうするか。作った首輪を渡すため、より細かい計画が必要だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
シモベたちが帰ってきた。
大きな檻の中に鹿によく似た獣が入っており、それを2人がかりで運んできたのだ。
「おお、これは足が速いのか?」
「はい、ブルー・プラネット様。これは私がいた森の獣たちの内で最も素早いものです」
檻の獣は生きてはいるがグッタリとして動かない。捕まったときに脚を折られており、更には暴れ疲れているのだろう。
「ああ、ありがとう……しかし、可哀想なものだな」
ブルー・プラネットが獣を憐れむと、シモベたちは「そうでしょうか?」という顔をする。
一口に「森の獣」と言っても同種ではないのだから当然か――そう思いなおし、ブルー・プラネットは檻の中の獣に<獣類人化>の魔法を掛けた。
痩せて小柄な男が誕生する。金髪で青白い肌……目を閉じ、身体を丸めて眠っている。
人間となった獣を檻から出し、枝を刺して「回復」を注入する。
男は目を覚まして跪き、臣下の礼を取った。全裸で。
「……すまない、こいつに合った服と靴、そして大きめのフードを買ってきてくれ。新しいものではなく、古着の方が良い」
「はっ!」
檻を運んで疲れているであろうブルプラたちにも「回復」を掛け、再び買い物に行かせる。
「さて……」
ブルー・プラネットは、この男――3番目のシモベにも名前を付けねば、と思案する。
特に良い名が思いつかなかったので、前のシモベたちと同様に自分の名から適当に捻った。
「お前の名は……ブルー・スリーだ」
「はっ! ブルー・プラネット様のシモベとして、この命の限りお仕えいたします」
前のシモベたちと同じ何かで繋がった感覚があり、この新たなシモベも絶対服従だと分かる。
「よろしい。では、早速だが明日の計画を伝える」
ブルーに<知力向上>の魔法を掛け、自分の意図を十分に理解できるようにした上で、ブルーが為すべきことを伝える。これは、ブルプラやネットたちが知らない方が良いと考えられ、2人が買い物に行っている間に済ませておいた。
「それでは、ここでしばらく待っててくれ」
ヘッケラン達“フォーサイト”の様子も見ておかなければならない。
店の2階の樹から「歌う林檎亭」まで樹を伝って移動し、ヘッケラン達が宿に戻っていることを確かめる。ヘッケランはちょうど宿の食堂で肉入りのシチューを美味いと言いながら食べていた。
満足そうに2階に戻ったブルー・プラネットが寛いでいると、ブルプラたちが戻ってくる。
「これで良いかと思われますが」
ブルーにシャツとズボンを着せてみると、若干の不具合はあるが概ねサイズは合った。その上にフードを羽織ると何も問題は無さそうに見える。靴も――つい先ほどまで獣であった身には不慣れのようだが移動は問題なさそうで、ブルーは小刻みに飛び跳ねている。
「うん、少し歩き回ってくれ……問題は無いか?」
「はい……ですが、これは無い方が速く走れると思われます」
「そうか? 外は石畳だぞ。今のうちに慣れておいた方が良いと思うが」
「左様でございますか。では、少し外を歩いて慣れたいと思います」
「ああ、そうだな。そうしてくれ」
ブルー・プラネットとブルーの会話を聞き、ブルプラとネットは不思議そうに尋ねる。
「ブルー・プラネット様、この者は、何を為すためにお創りになられたのですか?」
「ん、それは、お前たちは知らない方が良いだろう。あと、この者の名はブルー・スリーだ」
ブルプラとネットは、若干嫉妬したような視線を新参者に浴びせたが、すぐに跪き、頷く。
創造主が秘密だというのであれば、それを尋ねるのは不敬であると納得したようだ。
「お前たちには、明日、大事な仕事がある。今日は良く休んでおくように」
実際には魔法やポーションで睡眠も休息も取らずに働かせることは出来る。だが、シモベたちの視線を感じずにゆっくりと計画を練り直したい。
――そう考えて、ブルー・プラネットは3人のシモベに夕食をとらせ、早めに寝かしつけた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日、ブルプラとネットはいつも通り店を開く。そして、新参のブルーはブルー・プラネットに誘導され、「歌う林檎亭」周辺で待機している。
やがて昼になり、ヘッケランが宿に戻ってきた。
「手続きは済んだの?」
宿の軒先で待っていたイミーナが訊く。
「ああ、“ヘビーマッシャー”以外にも何チームか正式に請け負うらしい」
「ふーん、じゃあ、請け負わなかったチームもあるんだ?」
「ああ、あるかもしれないな……どうした?」
いつにも増して機嫌の悪そうなイミーナの声に、ヘッケランの声も低くなった。
「さっきから、宿の周りでウロチョロしてるチビが居んのよ。捕まえる?」
「辞退組か……」
ヘッケランが“ヘビーマッシャー”の参加を知ったのは偶然一緒に話を聞いたからだ。しかし、他のチームにも話を持ち掛けたとは聞いている。馬鹿な依頼者が“フォーサイト”の名を他のチームにも漏らした可能性がある。複数のチームが揃って行動を起こすには時間がかかり、出し抜いて遺跡の財宝を独り占めしようと考えるチームがあってもおかしくはない。
「アルシェとロバーは……別行動か?」
「ええ、別行動。もうじき来るわ」
「やばいな」
不審者もワーカーだろう。こちらを窺っているのは「チビ」1人だけとは限らない。イミーナだけでは取り逃がすか、最悪、返り討ちに合う危険がある。だから、イミーナはヘッケランを待っていたのだ。
「どんな奴だ?」
「デカいフードを被ったチビ。さっき、そっちの角を曲がっていったのだけど……」
2人は不審者を探す。
まもなく小さな悲鳴が聞こえ、フードの男が路地の角から飛び出して、別な路地に消えた。
「アルシェだ!」
2人は悲鳴が聞こえた方向に走る。そこにはアルシェが倒れていた。
「アルシェ! 大丈夫? 怪我は……」
イミーナが助け起こす。ヘッケランはアルシェに怪我がないことを一目で確認すると、フードの男が逃げて行った方向に目を遣り、走り出した。
だが、その男は信じられないほどの速さで跳ねるように走り、驚く往来の人々を巧みによけて別な路地に曲がっていった。
「大丈夫……ごめん、いきなり後ろから突き飛ばされて、カバンを奪われた」
アルシェが体格に合わない大きな杖を使って立ち上がる。石畳で擦り傷を負ったが、大きな怪我はしていない。
「くそっ、見失った。何だ彼奴の足の速さは! あんな奴いたか?」
ヘッケランが罵りながら戻ってくる。ソードダンサーである自分よりも身軽な男に驚いて。
深追いしないのは待ち伏せを警戒してのことだ。
「あれは
「ならば、あいつ自身が魔法詠唱者か、仲間がいるか……イミーナ!」
「任せて!」
アルシェの見立てにヘッケランが判断を下し、イミーナは野伏の能力を使って襲撃者の足跡をたどり始めた。
ヘッケランとアルシェは周囲を警戒しながらその後に続く。
「<伝言>……ロバーデイク、他のワーカーが狙っている。気を付けて」
アルシェは、もう一人の仲間に簡潔に用件を伝える。ロバーデイクからは一言了解の返事がくる。それで十分だ。今は無駄な魔力は消費したくない。
アルシェを襲った者は痕跡を消す技術をもっていないようだ。人並み外れた脚力で跳ねるように走った跡は、イミーナにとっては宣伝のチラシをまき散らしながら移動しているようなものだ。熟練の猟師が獣を追い詰めるように、難なく襲撃者を追い詰める……はずだった。
「うそ……ここで足跡が途切れている」
入り組んだ路地を警戒しながら辿り着いた人気のない広場――古い井戸がある水汲み場だ。その石畳ではない地面に生えた1本の樹の前で襲撃者の痕跡は途絶えていた。
ヘッケランが井戸に小石を幾つか投げ入れて音を確かめる。
突然飛び出してくる暗殺者に警戒して剣を構えながら古井戸の中を覗き込む。
霧がこもっており底までは良く見通せないが、壁は苔むしていた。
「井戸にも隠れていない。そっちは?」
壁を舐めるように調べるヘッケランの言葉に、イミーナが屋根に飛び上がって確かめる。
誰もいない。屋根を伝って逃げたのでもない。複数の仲間と落ち合った形跡も無い。
「飛行?」
アルシェが呟き空を見上げる。待機していた魔法詠唱者が<飛行>で盗賊を抱えあげ、別の場所に移動した可能性を考えて。襲撃者が小柄だったのは軽量化のためとも考えられる。
だが、そんな熟練の<飛行>を使える魔法詠唱者が、追剥ぎのような真似をするだろうか?
今回の依頼に絡むのはワーカーだ。第3位階の魔法まで使える者がワーカーの様な半分裏社会に足を突っ込んだ仕事を選ぶのは、よほど特殊な事情があってのことだ。
樹の前には、力任せに開けられたアルシェのカバンが、その中身とともに投げ出されている。
「やっぱり、情報目当てだったようね」
乱暴に広げられた地図を拾い上げ、イミーナが断言する。
襲撃者は、今日、正式に請け負った後で受け取るはずだった情報を狙っていたのだろう。だが、この地図は事前の情報から目的の遺跡が存在するであろう場所を推測したアルシェが丸印で囲んだだけのものだ。
空振りだな、馬鹿な奴だ――ヘッケランが殺気に満ちた顔で嗤う。
金は取られていない。ただ、探検に必要な物が幾つか――魔法の巻物が無くなっており、ポーションの瓶は割られていた。幸いなことに、魔法を込めた短杖など高価なものは失われていない。
「正式な地図が見当たらないので嫌がらせ……にしては、高価なものは残すなんて変な奴らね」
「魔法のアイテムは無暗に触れると危険。それに足が付きやすいからかもしれない」
盗賊の仲間に魔法詠唱者がいるのなら当然のことを、淡々とアルシェが説明する。
いつもの感情を押し殺した態度にヘッケランは呆れたように声をかける。
「お前、もっと怒ってもいいんだぜ? 突き飛ばされて、カバンを取られて、アイテム壊されたんだから」
「怒ってもしょうがない」
「いいわよ。あのチビ、調べて捕まえて、ギューって磨り潰して捩り切ってやるから」
イミーナ流の尋問手段にアルシェは首を傾げ、その後ろでヘッケランは内股気味になった。僅かばかり恍惚の表情を浮かべて。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「で、どうやって調べるか、ですね」
「歌う林檎亭」に戻った3人を心配そうに迎えたロバーデイクは一部始終を聞き、質問する。
いつものように、昼間からこの酒場にいるのは“フォーサイト”だけだ。
「簡単。あのカバンには<
アルシェの言葉に3人は、ああ、という顔をする。
本来は金庫などに掛ける魔法で、術者以外の者が無理に開けようとすると、その者に術者の名やシンボルをマーキングするものだ。そして、そのマークは魔法以外の手段では消えない。
熟練の魔法詠唱者しか使えない魔法で、その辺の魔法詠唱者のカバンに掛かっているモノではないが、アルシェはその熟練の魔法詠唱者だ。
「今頃、必死に顔を洗ってるかもな」
ヘッケランが笑い、イミーナもつられて笑う。
「私より強い魔法詠唱者ならば消せるけど、魔法組合を通せば連絡が来る」
魔法詠唱者の持ち物を盗んだ者に、組合が好意的であるはずがない。
ただ、強力な魔法詠唱者が仲間にいる可能性もある。その場合は魔法組合に頼ることなく自力でマークを消せるだろう。だが、そのような者でワーカーに協力するような者は限られており、目星を付けるのは難しいことではない。
「しばらく待って、顔にあんたの名前が書かれた馬鹿を探すか、強力な魔法詠唱者で怪しい奴を問い詰めるか、ってことね」
「伯爵に聞いて、辞退したチーム……特に強力な魔法詠唱者がいるところだな」
「抜け駆けの可能性を言えば、伯爵も協力的になるでしょう」
「ああ、俺たちの名を漏らした、あのバカ伯爵の責任でもあるからな」
“フォーサイト”は肯きあう。
「しかし、準備の方はどうなんだ?」
「大した問題は無い。でも、巻物やポーションを買いなおす必要がある」
「そうか……出費だな……あの店に行ってみるか? 安いって言ってただろ」
「そうね。アルシェも興味あったでしょ?」
アルシェは黙って肯く。興味はあるが、新規の店のアイテムには品質面で不安もある。昨日のポーションはまだ十分に調べる前に割られてしまった。時間があればじっくり見てみたい。
だが、昨日、仲間に借金のことを知られ、今日、自分の不注意で余計な出費を強いられる――こんな状況で自分の考えを口にできるはずがない。
「伯爵に言って、その分は出してもらおうぜ?」
ヘッケランがロバーデイクに向かって、声を張り上げて笑う。
「そうですね。本当に。伯爵の所為ですからね」
ロバーデイクも大きめの声で応じ、笑う。
「よし、じゃあ店の主人が帰ってきたら行ってみるか。これからは常に一緒に行動だ」
「アルシェはどうする? 今日はここに泊まっていくか?」
「そうしたい」
アルシェも初めからそのつもりだった。実家で待つ妹たちに会えないのは辛いが、帰り難い事情もある。
「歌う林檎亭」の酒場で交わされる“フォーサイト”の会話を、その隅に置かれた林檎の樹は静かに聞いている。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「おや、昨日の……?」
午後遅く店に現れた“フォーサイト”をブルプラたちは覚えていた。
「ああ、早速来たぜ。ちょっと仕事前にポーションを揃えたくてね」
「ありがとうございます。それで、どのようなポーションをお探しでしょうか?」
“フォーサイト”はブルプラたちの顔を観察するが、何かを隠している表情ではない。
2人の顔にもマークは無い。店の中にも、見たところ小柄な男は居ない。
(アルシェが知らないドルイド魔法でって可能性も考えたが、ここは「白」だな)
“フォーサイト”は目を見合わせて、軽く肯きあう。
「<回復>と<解毒>、それと蛍光棒、あと、行動阻害系ので良いモノがあれば見たい」
アルシェが必要なものを挙げる。
「おや、結構買われるんですね。ありがとうございます」
「ちょっと必要になったもんでな」
ヘッケランの声に、店の中の冒険者たちが一斉に目を向ける。
この界隈にいる冒険者たちにしてみれば、<回復>のポーションだけでも何か月かの食費を削って買うものだ。複数のポーションやアイテムをまとめて買うのは、かなり上位の冒険者に限られる。
それを「ちょっと必要」で片づける金払いの良い客とは――
興味をもった冒険者たちは、それが“フォーサイト”だと知ると慌てて視線を逸らす。中には、そそくさと店を出る者もいる。フォーサイトだぜ、と囁く者はイミーナの鋭い目線を感じて俯く。
「ゲフンゲフン……まとめて買われるんでしたら、お茶でも用意しますよ。どうぞ奥へ」
店主のブルプラが空気を変えるようにわざとらしく咳をし、“フォーサイト”を店の奥の部屋に案内した。
ヘッケラン達にしても、ワーカーである以上は冒険者たちに煙たがられるのには慣れているし、大きな仕事を前にしてつまらない冒険者たちと揉める心算もない。
「いいのかい? それじゃ」
“フォーサイト”は店の奥の部屋に場所を移した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「うわぁ……」
部屋に入ったアルシェは、思わず声を上げる。
テーブルは1つだけ。その周辺を囲む棚にはポーションの原料や装置が所狭しと置かれている。
既知のポーションの原料ほぼ全種類が少量ずつではあるが揃っている。
実験室だろうが、それは帝国魔法学院の資料室のようでもあった。
だが、アルシェを驚かせたのは、それだけではない。
「これ、マンドレイク……生きているの? 信じられない!」
根が人間のような形に捩れた植物が何本も棚に並んでいるのを指さし、アルシェはブルプラに向かって思わず大声を出す。
魔法植物の一種であるそれは、採集されるときに採集者の命を奪いかねない悲鳴を上げ、自身も死んで干乾びてしまう。それが常識だ。
ところが、目の前に並べられたそれは、まるで眠っているように瑞々しさを保っている。そんな標本は帝国の魔法に関する知識を集約した学院でも見たことは無かった。
「ええ、特殊な方法で採集したので、生きたまま冬眠状態で保存されています」
ブルプラは事もなげに言い、アルシェはそれを聞いて目を見開き、口を閉ざす。
マンドレイクを生きたまま採集するために周辺の土ごと掘り起こした後で慎重に洗浄する手法が提案されている。しかし、その実行は極めて危険である。また、仮に成功したとしても土から離れたマンドレイクはすぐに生気を失うと考えられており、メリットが無いその方法にあえて挑戦するものも居ない。あくまで理論上のことだ。
(マンドレイクを冬眠状態で保存するなんて……それに他の種類の魔法植物も)
棚には、マンドレイクの他にもその近縁種であるアルラウネとアルルーナ、ガルゲンメンラインも揃っている。他にも明らかに魔法植物と分かるようなもの――球根に人間の体が付いたもの、幅広い葉と細長い茎の先に人間の顔を戯画化したような模様が刻まれているもの等が同じように並んで眠っている。これらは資料室でも見たことが無い種類だ。
(この薬師たちは、一体……?)
これだけの魔法植物を特殊な方法で保管している――これが「安い魔法植物」か?
数百年来の魔法の常識を何でもないように覆す目の前の薬師たちは何者なのだ?
――アルシェは考えをまとめようとするが、正解が見当たらない。
帝国の生ける伝説、魔法の歴史の体現ともいえる師――フールーダならば、この場においても冷静に彼らの正体、その技術を看破できたかもしれない。
『魔法詠唱者たるもの、驚異の前でこそ冷静に物事を見極めねばならない』
アルシェは、尊敬する師がいつも繰り返していた言葉を思い起こし、努めて冷静であろうとする。
「お茶が入りました」
ネットがテーブルの上にカップを4つ並べる。
「みなさん、どうぞ楽にしてください。えーと、何本ずつご用意すればよろしいですか?」
「そうだな、まず値段を知りたいんだが」
口を閉ざしたアルシェに代わり、ヘッケランが対応する。
「ええ、通常のポーションのお値段はご存知ですよね? 当店では、特にまとめ買いされた皆さんには、通常価格の半額で『ドルイド製』のポーションをご用意いたします。もちろん、効果は通常のものと変わりません」
破格のサービスだ。昨日の試供品と合わせてみれば、利益が出るのが不思議なほどの。
ロバーデイク――貧しい病人を救うことが出来ないしがらみに悩みワーカーの道を選んだ神官が唸る。
「いえ、これは初めてご来店いただいた皆様への特別ご奉仕価格ですから。どうぞご遠慮なく」
ブルプラが首を少し傾げ、もみ手で説明する。
「そりゃありがたいな。次からも寄らせてもらうわ」
「ほんとね。次回も安いといいのだけれど」
金が浮くことに頬を緩ませたヘッケランの横で、イミーナが釘を刺す。
「ははは、私たちは過去の失われた技術を再現しておりますからね。お安くできますよ」
「失われた技術?」
アルシェが反応し、ようやく口を開ける。
「ええ、私たちの先祖が古代の遺跡などから集めたものです」
「ほぉ、古代の遺跡……それは苦労も多かったでしょう!」
ロバーデイクが感心した声を上げる。
「ええ、苦労の連続だったと聞きますね……お客さんも古代遺跡を探検したことがおありで?」
「いや……無いな。それは冒険者たちの夢だな」
「そうですね……私たちも先祖のようにいつか遺跡を、新たな技術の発見を、と願ってますよ」
「そうだな……」
ヘッケラン達もそれ以上は口を閉ざし、テーブルの茶を啜る。
その時、2階から獣の鳴き声がした。厚い床板を通して微かな音だったが、熟練のワーカーである“フォーサイト”たちは奇妙な音に天井を見上げる。
「なんだ、今の音は?」
「……ああ、2階の実験動物ですよ。檻に閉じ込めてますので」
「実験動物?」
アルシェが再び質問する。この薬師たちには学ぶことが多いと知って。
「ええ、新しいポーションを開発したら、人間で試す前にまず、動物で安全か試すんです。夾雑物の影響……例えば<回復>の効果があっても、質が悪いものならどうなるか……それは<鑑定>の魔法でも断定できないところです」
説明を聞きながらアルシェがコクコクと頷く横で、ヘッケランが口を挟む。
「ふぅん、なるほどね。昔は奴隷を使ったって聞いたけど、最近はそうでもないのか」
「いえ、組合では未だに奴隷を使っていますね。昔ほど無理やりってわけでもないですが」
「ああ、そうですか。奴隷とはいえ、神の祝福を受けてこの世に生を受けた者ですが……」
そこまで言ってロバーデイクが目を伏せ、彼の言葉は最後まで続かずに消える。
「なんだか可哀想」
「ん、なにが? ああ、奴隷が、か?」
「違う、動物も。ずっと檻に閉じ込められて危険な物を試されるなんて」
天井を見つめながら、アルシェがポツリと呟く。
「だがよ、人間で試すよりはずっとマシだろ? ……四足の獣を使うんだったらよ」
ヘッケランは、隣のイミーナがピクリと肩を動かしたのを感じ、足りなかった言葉を付け加える。
「そうですね、人間も動物も可哀想ですよね……」
ブルプラも天井を向いて呟く。そして、首を曖昧に振った。
しばし、沈黙がその場を支配する。
「そうそう、皆さん、紅茶占いってご存知ですか?」
重くなってしまった空気を変えるように、ブルプラが明るい声を上げる。
「あ、聞いたことある。お茶のカップの底に溜まった葉っぱで占うんだったかしら?」
イミーナが応じ、他のメンバーは初めて聞いた、という顔をする。
「そうなんです。折角だから、やってみましょうか? 割と当たるんですよ」
「へぇ、あんたら、ポーションだけじゃなく占いまでやるのか? んじゃ、お願いするわ」
口火を切ったのはヘッケランだった。
ブルプラは、ヘッケラン、ロバーデイク、イミーナ、アルシェの順にカップの底を覗き込む。
「ほう……うん……そうか……」
ブルプラは、ひとしきり見終わった後、言いにくそうに“フォーサイト”の顔を見た。
「何よ、気になるじゃない」
いわくありげなブルプラの表情をイミーナが咎めた。
「いえね……この部分は過去、現在、未来を示すんですが、あまり良くない形が出てまして」
「ほう?」
声を上げたのはロバーデイクだ。
「アルシェさんは、現在悩みを抱えているようですね。他の方も、小さいけど揉め事の気がある」
アルシェは無表情のまま黙って答えない。他のメンバーも。
当たってはいるが、「悩み」や「揉め事」は人生には付きものであり、その指摘は意味が無い。
「それで、皆さんの未来は『大きな影』で覆われてるんです。なにか巨大な影が……」
“フォーサイト”たちは顔を歪ませる。
将来の漠然とした不安の指摘は、占いを使った詐欺で良く用いられる手段だ。その後に高額な商品を買わせるための。しかし、そうと分かっていても、これから未知の遺跡を探検する身としては聞いて気持ちの良いものではない。
「これを持っていきなさい。魔法のお守りですよ。先祖が遺跡の探検に使ったものです」
ブルプラは、棚から首輪のようなものを取り出す。
それを見て“フォーサイト”は「ほら来た」という表情を浮かべ、お互いに目配せをする。
「これは、売り物ではないのですが、お貸しいたします……もちろん、お代はいただきません」
ブルプラは“フォーサイト”の表情を見て付け加え、“フォーサイト”の表情がやや緩む。
「これは何ですか?」
テーブルに置かれた首輪に付いた小さな木彫りの人形を指さし、ロバーデイクが尋ねる。
「これは、『ブルー・プラネット』という精霊の像です。先祖が信仰してきた精霊です」
「鑑定してもいい?」
唐突にアルシェが口を挟んだ。だが、これは失礼には当たらない。何らかの保証を伴わない「魔法のアイテム」は、優先的にその場で鑑定されても文句は言えない慣習がある。魔法の力を帯びていなければ詐欺であり、本物であっても問題が生じることもあるからだ。うかつに魔法のアイテムを手に取ったばかりに呪われた、奴隷化された、殺されたという悲劇は魔法詠唱者ならば訓練の初歩で何度も聞かされる教訓である。
“フォーサイト”は目の前に置かれた「魔法のお守り」に手を出さず、アルシェの鑑定を待つ。
「<魔法探知>……<道具鑑定>」
アルシェは首飾りに手を触れず、魔法を唱える。
「……!」
アルシェの目が驚愕に見開かれ、貴重なマジックアイテムを目の前にした喜びに輝いた。
優れた魔法詠唱者が共通してもつ、未知に触れたときの興奮に頬が上気する。
「どうした?」
他のメンバーが声を掛けるが、アルシェにはすぐに良い言葉が見つからない。
――この首飾りには、位階は不明だが強力な<幸運>をもたらす魔法が込められている。いや、材料自体が強力な魔力を帯びている。伝説的な魔法には、使用者の腕が一定時間獣の脚に変化する副作用と引き換えに幸運をもたらすと言われるものもあり、今でもその魔法にあやかって幸運を祈るために獣の脚を首飾りにしたり、冒険者の酒場で獣に扮した女性が酒をふるまう習慣がある。この首輪は、そんな伝説の魔法効果が宿る幸運のアイテムだ。
そして、小さな紅い花も魔力を帯びた別種のアイテムだと分かった。これは魔法というよりも、周囲に魔力の信号を放つ作用がある。
ある種のモンスター、例えばドラゴンの鱗や牙は魔力を帯びていると学んだが、これらの植物は聞いたことがない。ひょっとすると、これらの植物の存在自体が大発見かもしれない――
「これは本物の幸運を呼ぶアイテム。それに、紅い花は魔力の信号を放っている」
やっとのことでアルシェは説明し、心配そうに見つめていた仲間の顔が笑顔に変わる。
「いいんですか? こんな凄いものをお借りして」
アルシェはなおも信じられないというようにブルプラに確かめる。
この首飾り――四枚の葉をもつ見たことのない魔法植物の茎を丁寧により合わせた紐の輪。このアイテムを作るには、熟練の魔法使いと錬金術師の協力による長時間の儀式を必要とするだろう。いや、材料が未知なものである以上、それですら不可能だ。
アルシェは、首輪を手に取って手触りを調べ、その細かい構造までしげしげと眺める。そして改めてブルプラを畏敬の念をもって見つめる。
「ああ、いいですよ。持って行ってください。それがあればきっと大丈夫ですから」
ブルプラは、自分のシャツの胸元――ヒラヒラが付いた――をあけ、同じ首飾りを見せる。
それを見て、アルシェの口から溜息が漏れた。
「それで、この木彫りの人形……精霊のブルー・プラネット様、でしたか? これは――」
ロバーデイクが先ほどの質問を続ける。
「――ブルプラさんの首飾りにはついておられないようですが」
「え、ええ、これは特別に願を掛けるときに着けるものです。信仰の問題ですので」
ロバーデイクの視線を受けてアルシェが肯く。この人形自体には特別な効果は無い、と。
「そうですか。では、お気持ちをありがたくいただきましょう。しかし、私は四大神を信仰する者ですが、この精霊はどのような……」
ロバーデイクの心配は敬虔な神官としてのものだ。ドルイドの魔法は信仰系に属すると聞いたことがあるが、それは四大神の信仰とは別な道を歩むものであり、特に帝国では馴染みがない。
「ええ、『青い惑星』という精霊ですが、四大神信仰とは反しないと思います」
「うーん、なるほど……『青い迷い星』ですか。流星のようなもの……なるほど、願掛けに流れ星に祈る民もいるそうですね。自然の力の体現である四大神ご自身とは反しないでしょう」
ロバーデイクが呻り、ヘッケランとイミーナは「どうでもいいじゃん」という顔で彼を見る。
「ええ、どうかお使いください。アルシェさんがお持ちになりますか? 残念ながら1つしかないのですが……」
首輪はなおもアルシェの手にある。
アルシェは気恥ずかし気に仲間たちの顔を見るが、皆は「それで良い」と目で合図して肯いた。
「ありがとうございます。貴重なアイテムと、大切な精霊像を必ずお返しします」
アルシェは上気した笑顔でブルプラに礼を言う。
「はい、では袋を……」
用意しましょうか――ブルプラが言うより早く、アルシェは嬉しそうに首輪を嵌めた。
魔法の首輪は細い首にも丁度合うように大きさを変える。
「ん? 何かまずかったか?」
ブルプラの顔を見てヘッケランが尋ねる。
「あ、いえ、袋を用意するつもりでしたが」
「いえ、このままで結構です。無くすといけませんから、肌身離さず着けておきます」
アルシェは大切そうに首輪を撫でた。
「あー、そうですか。それではその……あまり人に見せる物ではないので上着の下にでも……」
信仰に関わる物ならそういうこともあるだろう――ロバーデイクが頷き、アルシェも頷く。
「では、願を掛けましょう……動物にも慈悲深いアルシェさんが、大きな影に飲まれることなく無事に過ごせますように」
ブルプラは精霊像に向かってパンパンと手を打ち鳴らし、頭を下げる。
アルシェもそれに倣って、人形に手を当てて頭を下げた。
「おいおい、俺たちは無事じゃなくて良いのかよ」
ヘッケランが笑いながら茶々を入れ、ブルプラも笑って願を掛けなおす。
「そうですね、失礼しました。“フォーサイト”の皆さんが無事に過ごせますように」
◇◇◇◇◇◇◇◇
ブルプラの店の奥の部屋で首輪を受け取った後で、“フォーサイト”のメンバーはポーションを必要なだけ注文し、それをネットが準備した。ブルプラが言ったように破格の安値であり、さらに「おまけ」として隠蔽系のポーション「霧の壺」まで付けてくれた。霧の精霊を呼び出し、使用者の身を隠してくれるのだといって。
そして、ブルプラの「またお越しください」という丁寧な挨拶に答え、“フォーサイト”は半ば上の空で店を出る。
「いやあ、凄かったですね」
店から少し離れ、真っ先に口を開いたのはロバーデイクだ。
「ああ、俺には今一つ分からなかったが、凄い……んだろ? そのアイテムも」
ヘッケランがアルシェに問いかけた。
「凄いなんてもんじゃない。魔法の教科書が書き換えられるほどの叡智があそこには眠ってる」
上着を羽織り、その下に隠した首飾りを上から大切そうに押さえてアルシェは答える。冷静さを取り戻したのか、いつもの様に淡々と。
「それ、売ったとしたら……売らないけどさ、幾らぐらいになるの?」
今度はイミーナが質問する。
「組合か学院に持っていけば、捨て値で金貨数百枚にはなる。原料を特定できて自生地を見つけたら数千は確実」
「数千!?」
アルシェの言葉に3人は思わず大声を出した。
「それじゃ、今度の依頼を放っても、この首輪を売るだけで良いんじゃないの?」
「それは出来ません!」
イミーナの提案に、ロバーデイクが声を荒げた。温厚な彼には滅多にないことだ。
「私が凄いと言ったのは、ブルプラさんの精神です。あれほどの技術をもちながら謙虚で、信心深く、しかも、確かな品を安く売り、貴重なアイテムを惜しげもなく……インチキ占い師かと疑ってしまった自分が恥ずかしい――」
「私も反対。もし売ったとしても、ブルプラさんには分かるから」
ロバーデイクの熱弁を遮るように、アルシェが冷静に言う。
「この花は、おそらくアイテムの紛失を防ぐためのもの。魔力の信号で個体を識別するんだと思う。持ち主のブルプラさんには首輪の場所も分かるはず。だから……」
「隠しても、売っても、すぐに足が着く、か」
ヘッケランが眉をしかめながら後を続ける。
「あんな凄い薬師を敵には回せねぇな」
その言葉にアルシェは頷き、更に説明する。
「薬師としてブルプラさん達の実力は、おそらく帝国でも類を見ない。それにドルイドの魔法が加わったら……フールーダを相手にするようなもの。おとなしく返した方が安全。それに――」
ドルイド魔法を使う偉大な薬師に、かつての魔法の師匠――目を掛けてくれた大魔法使いの姿を重ね、アルシェは項垂れる。かつて夢を諦めたときに閉ざしたはずの心が痛んだのだ。
「――私も、信頼は裏切りたくない」
「いいの、元々私だって売る気なんてないわよ。あの薬師の店にはもっと凄いモノが眠ってるんでしょ? だったら、今後も仲良くして、もっと凄いモノを貰った方が良いわよ」
イミーナは呆れた顔でアルシェを見つめ、笑いかける。
「そうですね。ただ、気にかかると言えば、そのアイテムの力でブルプラさんに私たちの居場所……地下墳墓の場所も分かってしまう可能性があることですが」
「それは問題じゃないな。ブルプラさんが俺たちの居場所を知ったとしても、それが地下墳墓だとまでは分からないだろう? それに、場所を知ったとしても、その時は俺たちはすでに墳墓の中だ。今回の依頼が終わったら、今度はブルプラさんと一緒に来れば良いんじゃないか? ブルプラさんも『それが夢だ』と言ってたことだし」
ロバーデイクの心配を、ヘッケランは打ち消す。
アルシェとイミーナもその説明に同意する。
「じゃあ、そのためにも今度の依頼をサッと片付けちゃいましょ。なぁに、楽勝よ。凄いアイテム借りてるんだし。……占いは占いよ。気にする必要なんて無いって」
イミーナの明るい声に、“フォーサイト”の皆が笑顔を浮かべた。
フォーサイト「俺たちの名前……他所に知らせた?」
バカ伯爵「い、いや知らんよ? 手続きはすべて執事が……」
執事「私も知りませんな」