自然愛好家は巡る   作:コロガス・フンコロガシ

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ヘッケラン:アインズによろしく
アインズ:ぶちっ!



第22話 第六階層闘技場

 第六階層の闘技場にガウンを纏った骸骨の怒声が響く。

 

「クゥ、クズがぁああああああ!! 俺が、俺と仲間っ、仲間たちが、共にっ!! 共に作り上げた俺達の、俺たちのナザリックにっ!! ナザリックに土足でぇ! 土足で入り込みぃ! 友のっ、俺のもっ、最も大切な、大切な仲間の名を騙ろうとするぅう!」

 

 狂人の叫びだった。

 怒りのあまり途切れ途切れに吐き出される言葉は猛毒を帯びた粘液の塊の様にヘッケラン達に叩きつけられる。

 

「許せるものかぁあああ!!」

 

 そして突然、アインズと名乗る骸骨の動きがカクリと糸が切れた人形のように止まった。

 

「――などと激怒したが、お前たちが悪いわけではない。生き残るための必死の嘘だろうからな」

 

 次にアインズの口から出たものは、意外にも冷静な声だった。しかし、アインズから怒りが消えたわけではなく、深い憎しみを込めた言葉であることはその口調から推測できる。

 

 ヘッケラン達“フォーサイト”には何故アインズがこれほどまでに激怒したのか、そしてなぜ急に冷静さを取り戻したのか、見当がつかない。アインズが反応した言葉に応じて、仲間の化け物が侵入を認めていたという物語を作ろうとしただけだ。

 だが、ヘッケランの取引は最悪の失敗に終わった――それだけは確かだ。

 

 部下に愚痴を聞かれたくなかったのだろう。少年と美女に耳を塞ぐよう指示した後でアインズの独白は続く。

 

「だから嫌だったんだ……こんな奴らをナザリックに招き入れるなんて。まあ、これが最善だと……仕方ないから承認したんだが……」

 

 先ほどまでの支配者然としたものでも、狂人のものでもない。ただの孤独な男が零す愚痴だ。

 

「くそっ、それにしてもこんな奴らだったとは。もういい、薄汚い盗賊として始末してやる」

 

 骸骨が身に纏っていたガウンを投げ捨てる。

 

「おおっ!」

 

 奥の貴賓席から銀髪の少女が身を乗り出し、奇声を上げた。だが、それは一瞬のことで、すぐに後ろから青いガントレットを嵌めた腕が伸びて、その少女を引き戻す。

 

「この3人だけじゃないってことね」

 

 目ざとく貴賓席の少女を目にとめたイミーナが隣のヘッケランに囁く。

 観客席の無数のゴーレム、そして、異常な身体能力をもつ闇妖精の少年、角と翼をもつ妖艶な美女……この闘技場に来てから出会った異形の者達は、いずれも並々ならぬ力を秘めていることはすぐに分かった。

 それに加えて、少なくとも2名が貴賓席にいることが分かった。その正体は不明だが、尋常ならざる存在であることは明らかだ。

 そして、目の前のアインズと名乗った骸骨……その力量は不明だが、貴賓席に目を逸らされた一瞬の間に剣と盾とを装備している。材質不明の黒い片刃の剣と円盾、一瞬の内に現れたことを考えれば魔法の力を有していると考えた方が良い。アインズが戦士であるのか、それとも魔法武器を召還する魔法詠唱者かは不明だが。

 

「お前たち、もういいぞ」

 

 アインズが言葉をかけると、耳を塞いでいた少年と美女が耳から手を放し、侵入者たちに向き直る。ヘッケラン達を見つめる彼らの目には、侵入者に対する怒り――愛する主人を憤らせた者達への憎しみが満ちている。特に美女からの視線には物理的圧力すらも感じさせる殺気が宿っていた。

 

 アインズは冷ややかに宣告する。

 

「お前たちは、この場では殺さん。お前たちが死を懇願しても、罰として苦しみ抜いてもらう」

 

 ヘッケラン達はこれ以上の交渉は無駄だと諦め、戦闘準備に入る。ヘッケランを先頭に、ロバーデイクとイミーナ、そしてアルシェと、距離を取ってアインズに相対する。少年と美女は睨んではいるが、こちらに対して戦闘態勢を取ってはいない。ならば、当面の敵はアインズだけだ。

 

(どうしてこんなことに……)

 

 アルシェは杖を構えながら唇を噛む。帝都で出会った薬師の不吉な予言を思い出し、胸に苦いものが湧き上がる。おそらく、ヘッケラン達、他の仲間も同じ思いだろう。

 この化け物たちの余裕、それは決してこちらの力を見くびっているわけではない。

 逆だ。彼らの冷たい視線は、彼らが正確に見抜いた上で確実に殺せると「知っている」ことを物語っている。

 

 やはり来るべきではなかった――そう思い、アルシェは厚手の服に隠した首輪を手繰って「お守り」を握りしめた。

 

「アルシェ、逃げなさい。あたしたちが時間を稼ぐから助けを呼んで」

 

 イミーナが目の前の骸骨を睨み、矢をつがえながら鋭く言葉を吐く。自分たちが罠にかかった獲物であることを理解して。そして、罠にかかった獲物を前にした敵が、すぐには手を出さないであろうと考えて。

 

「ここは外だ。お前なら飛んで逃げられる。ここは任せろ!」

 

 ヘッケランも剣でアインズを牽制しながら言い放つ。

 

「で、でも……」

 

 アルシェは躊躇する。助けを呼ぶ――それが可能でも、自分が抜けたら戦力は大幅に減る。それだけ残された仲間が殺される可能性が高くなるのだ。

 

「行きなさい。妹さんがいるのでしょう?」

 

 ロバーデイクも優しく微笑む。視線をアインズに向けたまま。

 その言葉を聞いてアルシェの眼に涙が浮かんだ。

 

「外ねぇ……お前たち、勘違いしているようだが……いや、いいか。そこの女が逃げるというならそれも面白い。遊んでやっても――」

 

 アインズがポリポリと頭蓋骨を骨の指で掻きながら呆れたような声を出す。

 そして、アルシェを剣で指し示し……その動作が止まった。

 

「――まて、お前、その人形はどこで手に入れた?」

 

 アインズが剣で示したのはアルシェの首輪、彼女が握り締めている小さな木彫りの人形だった。

 

「それは……ユグドラシルの……?」

 

 魔法詠唱者が操作しようとした胸元のアイテム――<飛行>か<次元の移動>かと目を遣ったアインズは、そのアイテムがどちらのものでもないことに気付く。

 

 少女の小さな手から覗く木彫りの人形の頭部。間違いない。強化されたアインズの視覚が捉えたのは、彼が良く知るアイテムだ。

 何の効果もないゴミアイテム――それを何故、こんな時にワーカーが身に着けているのか?

 ありえない。無価値なものを装備し、この局面で取り出すなど。

 

 アインズはアルベドとの会話を思い出す。

 

『魔法で作られた霧、あるいは何らかのアイテムによる干渉という可能性はないのか?』

 

 ワーカーの侵入と合わせて発生した霧に感じた違和感。そして、ユグドラシルのアイテム。

 ユグドラシルでの経験が囁く。これは偶然ではない、プレイヤーの干渉の可能性がある、と。

 

「<時間停止(タイム・ストップ)>」

 

 咄嗟にアインズは無詠唱化した魔法によって時の流れを制止させる。

 そして、安堵する――この侵入者たちが時間対策をしていないことに。

 

「アインズ様、いかがなさいましたか?」

「この侵入者たちはユグドラシルのアイテムを持っていた。しかも只の人形でしかない物を」

 

 止まった時の中、心配そうに問いかけたアルベドにアインズは苛立った声を返す。

 

「殺しますか?」

 

 アウラが鞭を構える。主人の苛立ちを止めるために。

 

「やめろ、攻撃や死亡で発動するカウンターという可能性もある。ともかく……侵入者たちにアイテムを使わせるな」

 

 闘技場に響く声で守護者達に命令を下しながらもアインズは焦っていた。

 

――あれは地雷に仕掛けられた玩具だ。無害なフリで手に取った者を殺すための。

 間もなく時が動き出す。完全な対策をとるには時間が足りない。

 

(逃げるか? 馬鹿な! ここはナザリックだぞ)

 

 アインズの脳裏に幾つもの選択肢が浮かんでは否定されていく。

 シャルティアを襲った敵がワールドアイテムによる攻撃を仕掛けて来た可能性がある。

 身の安全を確保するために逃走することは出来ない。友と築いたナザリックの階層を犠牲にする可能性――それも嫌だが、ここの転移門を塞がれたらシステム・アリアドネが発動してナザリック自体が崩壊する危険もある。それが敵の狙いかもしれない。

 

 では、転移によってナザリックから放り出すか?

 それも良い手ではない。その場しのぎに過ぎず、解決にならない。折角目に前に現れた敵の手掛かりを逃し、新たな侵入者に脅えることになる。

 何とかしてこの場でアイテムの発動を阻止し、侵入者を捕らえて情報を集めるべきだ。

 

 魔法詠唱者を麻痺させて奪い取るか? 

 これしかない。だが、無理やり奪うのも危険すぎる。既に踏んでしまった地雷、指が掛かった手りゅう弾のピンだ。迂闊に動くことは出来ない。

 

――アインズは先ほどまでの余裕を恨めしく思う。

 未知の敵がいる段階で外部の者を招き入れるとは愚かだったと反省しながら、まずは幾重もの防御魔法を準備し、爆発や属性攻撃に備えていく。

 

 そして、アルシェの背後に回り――

 

 時間停止の効果が切れる。

 

――アインズはアルシェの首筋に手を伸ばし、<不死者の接触>を発動させる。

 

「ぅ……」

 

 アルシェが小さく呻き、人形を握り締めたまま硬直した。指一本動かせず、言葉も出ない。

 アルシェの前に回り込み、視線すら動かない状態であることを確認したアインズは一歩下がって首輪の人形に手を伸ばしかけ、躊躇する。

 

「アルシェから離れろ、化け物!」

 

 突如として目の前から消えたアンデッド――それを見つけたイミーナが叫び、アインズに向かって矢を放つ。スケルトン対策に矢尻を潰して殴打属性をもたせた特注の矢だ。この距離で外すはずがない。

 しかし、イミーナの目の前で一瞬銀色の光が走り、放たれた矢は空中で砕け散った。

 

 イミーナはいつの間にか目の前にいた闇妖精の少年に気付く。低い姿勢で鞭を構えた小さな身体――しかし、先ほど貴賓席から飛び降りた身体能力は、この少年も化け物であることを示している。

 その少年は左右で色の異なる瞳でイミーナを睨み、その目は少しでも動いたら首を弾き飛ばすと語っている。

 

 ヘッケランとロバーデイクがアルシェの方に駆けだそうとした。仲間の心臓に手を伸ばしつつあるアンデッドを倒すため。そして、麻痺している仲間を治癒するために。

 

 一陣の風と共に、巨大な青い影が2人の前に現れる。

 それは昆虫を悪夢で歪めたような魔物だった。その魔物は鋭い剣をヘッケランに突き付けて無機質な声で警告する。

 

「オ前タチ、命ガ惜シクバ動カヌコトダ!」

 

――動いたら殺される。

 突如現れた魔物の剣を前にヘッケラン、そしてすぐ後ろに付いたロバーデイクの本能がそう叫ぶ。

 自分たちに向けられる感情の読めない幾つもの目……視認することすら困難な速度で立ち塞がった巨大な魔物を見上げた2人の背筋が凍りついた。

 

「アルベド、完全装備だ。それに、麻痺解除のアイテムを用意しろ」

「はっ! アインズ様、しばしお待ちを!」

 

 自分で人形を取ることを諦め、アインズは数歩下がって振り返り、アルベドに命令を下す。

 アルベドは素早く頭を下げて了承の意を示し、その姿が消える。代わりに、いつの間にか現れた闇妖精の少女と銀髪の少女がアインズの壁となるよう身構えて、アルシェを睨んだ。

 

 そして、アインズは眼窩に赤い炎を揺らめかせながらヘッケランを見つめ、矢継ぎ早に質問する。

 

「お前たち……あの人形は誰に貰った? 何と言われて貰ったのだ? 貰ったのはあれだけか?」

 

 ヘッケランは必死に頭を回転させ、この事態を有利に持っていく方法を考える。

 

「これは……『幸運のお守り』だと……薬屋で……」

 

――時間を稼ぐために、とりあえず当たり障りのない事実からだ。

 しかし、アインズは大きく息を吐いて苛立たし気に吐き捨てる。

 

「お前……もう、嘘はいい。あれはこの世界の物じゃないと分かってるんだ。馬鹿な奴だな。自分がどれほど危険な立場にいるかも理解できずに嘘で切り抜けるつもりか」

 

 所詮は薄汚い盗賊か――そう考え、アインズはアルシェに向き直る。

 

「おい、お前は少しは魔法のことが分かるだろう? お前はとんでもない爆弾を仕込まれていたかもしれんのだぞ。お前たちにそれを持たせ、使わせようとした奴は誰だ?」

 

 瞬きひとつできぬままそれを聞き、アルシェは心の中を冷たいものが満たすのを感じる。

 確かにあの薬師――ブルプラの技術は帝国にはありえないものだったことを思い出して。

 だが、確か鑑定では危険な物では無かったはずだが……

 

 その時、悪魔を思い起こさせる刺々しい黒い甲冑で身を包んだ騎士が闘技場に現れ、アインズに歩み寄る。

 

「アインズ様、お待たせいたしました」

「うむ、今からその女の麻痺を解き、人形を譲り受けろ。スキルを使い、不測の事態に備えろ」

 

 アルシェは動かない身体で目の前の魔物の会話を聞く。アインズと黒騎士――声からするとアルベドと呼ばれた女悪魔だ。

 

「いいか? 何も喋るな。ゆっくりと手を開いてアルベドに人形を渡せ。それがお前たちが生き残る道だ」

 

 アインズの声を背に、鎧に身を固めたアルベドが近づいてアルシェに「麻痺解除」のポーションを振りかける。

 ぷはぁ……身体の自由を取り戻したアルシェが大きく息を吐き、瞬きをすると、アルベドが手を差し出した。

 

「さあ、その首輪を寄こしなさい」

 

 涼やかな、それでいて悪意に黒く滑る声……黒いガントレットがアルシェに向かって差し出された。

 断れるはずもない――アルシェは震えながら無言で首輪を外し、アルベドに向かって差し出す。

 アルベドはアインズを背にして慎重に首輪を受け取り、紐を調べ、人形を眺め、それを裏返す。

 

「こ、これ……」

 

 アインズは一瞬、アルベドの身体から黒いオーラが噴き出す様を幻視した。

 アルベドは顔を覆う兜のバイザーを上げ、アルシェに顔を近づけて微笑み、ゆっくりと問いかける。

 

「あなた……これをどこで手に入れたの?」

 

 アルベドの口が大きく横に裂け、その隙間から白い歯が覗く。涎を垂らさんばかりの笑顔だが、その金色の瞳は鋭くアルシェの眼を、そして魂の奥底まで射貫く。

 大好物の獲物を前にした捕食者の笑みだった。

 

「どうした、アルベド!? 何があった!?」

 

 アインズが焦れてアルベドを急かし、近づく。すでにアイテムはアルベドの手にあり、アルベドも警戒心を解いていることが分かった。ならば安全だろうとの判断だ。

 

「アインズ様、ご安心ください。これは危険なものではありませんでした」

「そうか……では、何だったのだ?」

 

 振り返ったアルベドは兜を外し、聖女のごとく清らかな喜びを湛えた笑みで主人に報告する。

 それを聞いたアインズは明らかに安堵した声で先を促した。

 

「お喜びください。これは――」

「ぶ、ぶるーぷらねっと様、です」

 

 ゆっくりと報告するアルベドが言い終える前に、アルシェが叫ぶ。

 アルベドが自分に向けた殺気によってアルシェの抵抗は打ち砕かれていた。

 この状態を今すぐ終わらせたい――アルシェの心の中には、もはやそれしかなかった。

 

「……なに?」

 

 アインズの歩みが止まり、赤い炎の視線がアルシェに向けられる。

 アルベドの金色の瞳が再びアルシェを憎々しげに見つめる。

 そして、その2体の魔物の視線を浴びてアルシェは再び力の限り叫ぶ。

 

「『ぶるーぷらねっと』というお守りです!」

 

 その叫びが第六階層の闘技場を覆う空気を一瞬の内に変えた。

 

「うっそ……」

「オオオ……」

 

 イミーナを牽制していた闇妖精の耳がヘニャリと垂れる。

 ヘッケランに向けられていた剣の切っ先が力なく地面につく。

 “フォーサイト”を牽制していた少年と青い魔物は呆然としてアルシェを見つめた。

 

「なに? なんでありんすかっ?」

「あの、あの……」

 

 アインズの盾となっていた2人の美少女が同時に狼狽え、助けを求めるようにアインズの顔を見上げる。

 そのアインズの顎はカパッと音を立てて開き、下顎が今にも外れそうにブラブラと揺れていた。その手に持っていた剣と盾が地面に滑り落ち、音も無く消えた。

 

 チャンスだ――ヘッケラン達は目配せをする。

 自分達をけん制していた魔物たちの注意は完全に逸れている。

 だが、その注意はアルシェに集中している。逃げ出すわけにはいかない。

 それに、隙をついて目の前の魔物を倒せたとしても、骸骨と女悪魔、それに銀髪の美少女――赤い目から吸血鬼だろう――と新たな闇妖精の少女が残っている。未だ勝ち目はない

 

 だが、「ブルー・プラネット」という精霊の名を出したところ、この墳墓の魔物たちは明らかに狼狽した。

 

「……神の名を恐れたのかもしれません」

 

 ロバーデイクがヘッケランに向かって囁き、アインズ達の様子を注意深く観察する。

 ヘッケランも頷く。力では敵わずとも、神の名を聞いて恐れたならば交渉の機会があると考えて。

 

 アインズからは先ほどまでの支配者の威厳が抜け落ちている。

 ソワソワと落ち着かず、目の奥の紅い光が大きく、小さく、盛んに変化している。だが、自分から手を伸ばして人形を取る勇気が無いようだ。

 

「ちょ、ちょっと見せてくれ」

「はっ、アインズ様、ご覧ください」

 

 アインズの言葉にアルベドは人形を捧げ持ち、裏面を上にしてアインズに差し出した。

 アインズはその人形を躊躇いがちに受け取ると、裏面に書かれた文字を見て無言になる。

 

『ブルー・プラネット』――そこには確かに日本語で懐かしい仲間の名が記されていた。

 

 アインズはその人形を両手で包み、胸に抱きしめて俯く。周囲に集まった者たちもアインズを見つめ、沈黙を守っている。

 

「お守り……だと言ったな? これは……お前たちが信仰する神か?」

 

 ようやく顔を上げたアインズは、絞り出すようにアルシェに尋ねた。

 

「は、はい! そうです! 私たちはブルー・プラネット様の祝福を受けた者です!」

 

 咄嗟に声が出ないアルシェに代わって、アインズの後ろから叫んだのはヘッケランだった。

 その隣でロバーデイクが何か言いたげに口を開きかけるが、止める。

 アルベドはアインズに向けていた顔をグルリと動かし、ヘッケランを見つめた。

 

「お前たちの神か……話してくれ。『ブルー・プラネット』はどんな神で、何をしたのか」

 

 アインズはヘッケランを見つめて問いかける。

 アインズの心によぎるのは、自分たちがこれまでにこの世界で為してきたことだ。

 

(俺がリザードマンの神となったように、ブルー・プラネットさんも崇められているのか?)

(何よりも……まだ生きている神なのか?)

(もし生きているのなら、なぜ今まで……なぜこの者達に……?)

 

 アインズの思考の中で幾つもの問いが渦巻き、答えを求める炎の視線がヘッケランを射すくめた。

 

「どうした! なぜ答えん!」

 

 答えに詰まるヘッケランに向かって、アインズは苛立って叫び、指を突き付ける。

 

「ブルー・プラネットさんは、どこに居るのかと聞いている!」

 

 ヘッケランに周囲の魔物たちの視線が集中する。

 だが、ヘッケランは答えられない。答えられるはずがない。迂闊な答はこの化け物を激高させると、先ほどの失敗で身に染みて分かっている。

 

「どんな神で、何をしたのか?」――知るはずがない。

「神はどこに居る?」――あまりにも理不尽な質問だ。

 

 言葉に詰まりロバーデイクに助けを求めるヘッケランを見て、アインズが低い声で唸った。

 

「クソッ、信徒というのも嘘か! どこでこれを手に入れたんだ?」

「神殿で……」

 

 人形を握り締めた拳を突き付け、アインズはヘッケランに問う。

 ヘッケランが目を宙に迷わせながら、ようやく言葉を振り絞る。

 

「神殿? どこにある? 案内してくれるな!?」

「はい、町の中央に……」

 

 矢のように飛んでくるアインズの質問に対して、ヘッケランの答はあやふやだ。

 

「……正直に答えるつもりがないのだな? ならば、お前の心に直接聞くだけだ」

 

 骸骨の目が赤みを増し、アインズがヘッケランに向かって歩き出す。

 

「本当のことを言います! それは、アーウィンタールの薬屋でもらった『お守り』です!」

 

 自分から視線が逸れたことで幾分か冷静さを取り戻したアルシェが叫んだ。

 これを交渉に使おうなどという考えはとっくに抜け落ちている。ただ、あの恐ろしい魔物から仲間を救おうと、全てを話すことにしたのだ。

 アインズはヘッケランを睨むと、アルシェに向き直り、顔を覗き込むようにして質問を続ける。

 

「薬屋? 神殿ではないのだな?」

「はい、私も初めて聞いた名前です。ドルイドの薬師の一族が信仰していると聞きました」

 

 アインズは「ドルイドの薬師」という言葉に何度も深く頷き、空を見上げて大きく息を吐いた。

 

「わ、分かった。その薬屋に連れて行ってくれ。お前たちの誰か1人、残りは人質として……」

 

 アインズの震える声にアルシェが応えようとしたときだった。

 

「行く必要はありませんよ、モモンガさん」

 

 軋むような声がした。

 誰だ――アインズが、懐かしい名前を呼ぶ声に振り向く。

 

 いつの間にか闘技場の隅に浮かんでいた一塊の霧が滑るように闘技場を這ってくる。

 その霧は緑色に変わり、立ち上がって小柄なイビルツリー――ブルー・プラネットの姿となった。

 アインズにとって、それは最後に見たの同じ姿――神器級の王笏をもち、エメラルドに金の糸が光るローブと冠を装備した懐かしいブルー・プラネットの姿だった。

 

 輝かしいギルド黄金期の断片がそこにあった。アインズは無言で両手を広げ、それを見つめる。

 ブルー・プラネットはゆっくりとアインズに歩み寄り、胸に手を当てて深く会釈する。

 

「モモンガさん、お久しぶりです」

 

 新たに登場した巨大な樹の化け物がアインズの――アルシェの方に向かって歩いてくる。

 

「ああああああああああ……」

「オオオオオオオオオオ……」

「あの、あの、あの、あの……」

「ええええええええええ……」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……」

 

 新たに現れた樹の化け物がズシリと足音を立て近づき、それに応えるようにアルシェの近くで魔物たちが一斉に叫び声をあげた。

 化け物たちの叫びの中で、アルシェも喉が裂けんばかりの悲鳴を上げ、その心はついに限界を超えた。実家で待つ妹の笑顔が一瞬浮かび、その意識は闇に飲み込まれる。瞳がグルリと上を向き、下腹部からアンモニアの臭気を放ちながら、アルシェは地面に崩れ落ちた。

 

「ア、アルシェ! あんたたち、何をしたの!?」

 

 イミーナが半狂乱になって叫ぶ。だが、狂喜する化け物達から返事は帰ってこない。彼らはただ、樹の化け物を見つめ、それに向かって叫んでいる。

 

 そして、イミーナも他の“フォーサイト”のメンバーも、一歩も足を動かすことは出来ない。この魔物の狂宴に足を踏み入れたら、即座に自分たちは皆殺しになるだろうことを理解しているからだ。

 

「ブルー・プラネットさん……来ていたんですね……」

 

 アインズの声が震える。骸骨の両手がブルー・プラネットの蔦で作られた手を包み込み、それを胸骨に押し当てる。頭蓋骨を俯かせて樹の幹に押し当てると、カツリと堅い音が響いた。

 

「すみません、この体では泣くこともできません。でも、でも、本当に……」

 

 樹の幹に顔を当てて体を震わせるアインズの肩を、ブルー・プラネットは上からそっと押さえる。

 アインズの体の震えが伝わってくる。それは収まったと思うとすぐに始まり、止む気配が無い。

 

「こっちこそ、本当にすみませんでした……モモンガさん」

 

 ブルー・プラネットには、それ以外の言葉が見当たらない。

 しばらく、2体の化け物は抱き合ったまま身動きせずに立ち尽くす。

 

 2人の闇妖精の子供もお互いに抱き合って膝を地につけ、辺りを憚らず大泣きしている。

 銀髪の美少女はドレスの裾を食いちぎらんばかりに噛みしめて涙と鼻水を垂れ流している。

 巨大な昆虫の魔物は涙こそ流さないが体を震わせ、4本の腕を広げて無言で天を仰いでいる。

 角の生えた美女は無表情で立ち尽くし、骸骨と樹の化け物を見つめている。

 気を失ったアルシェを除く“フォーサイト”も身動きできず、立ち尽くす。

 誰も一言も発しない。子供たちの泣き声だけが第六階層の闘技場に響いている。

 

 やがて、アインズは顔を上げ、支配者然とした声で周囲に控える魔物たちに宣言する。

 

「ナザリックの者たちよ! 至高の41人の1人、ブルー・プラネットさんが戻られた! 直ちに宴の準備をせよ!」

 

 厳めしいが、一片の曇りもない弾むような声だ。

 周囲の化け物も歓声を上げる。無表情で立ち尽くす角の生えた美女を除いて。

 

「ん? アルベド、どうした? お前が動かないと宴の準備が始まらないぞ?」

 

 アインズが美女――アルベドに不思議そうに声を掛ける。

 アルベドはハッとしたような表情を一瞬見せて、アインズに向かって天使のように微笑みかける。

 

「失礼いたしました。アインズ様。ブルー・プラネット様の突然のご帰還に呆然としてしまいました」

 

 そして、アルベドはブルー・プラネットに対して目を見開き、大輪の花のような笑顔を向ける。

 絶世の美女の満開の笑みに押され、ブルー・プラネットは思わず一歩退いた。

 そして、アインズに向かい、慌てたように話しかける。

 

「ああ、あの……ありがとうございます、モモンガさん。でも、申し訳ないですが、先に風呂に入らせてもらいますか?」

「え? 風呂ですか?」

 

 アインズは驚いてブルー・プラネットの身体を見る。

 ブルー・プラネットの身体は絡み合った太い蔦の集合体だ。よく見ると、その隙間に落ち葉や煮えた小魚が挟まっている。

 

「ほら、こんな身体ですし……どうも挟まっちゃうと『装備品』として認識されるようで、霧になっても転移しても付いてくるんですよね……」

 

 困ったようなブルー・プラネットの声を聞き、アインズは吹き出す。

 

「あは……あはははは……魚が装備品に! それは大変ですね! ええ、風呂に行きましょう! アルベド、すまんが宴は後だ。予定は、私たちが風呂から上がったら改めて伝える」

「了解しました。それで……この人間たちはいかがいたしましょう?」

 

 完全に冷静さを取り戻したアルベドは、聖女の微笑みでアインズに“フォーサイト”のことを思い出させる。

 彼らはいまだアルシェを救うことも、逃げ出すことも出来ずに立ち尽くしていた。

 

「ん、ああ、そいつらのことはもう良い。そうだな、どこかに捕虜として置いておいてくれ」

 

 どうでもいいと言うようにアインズは手を顔の前で振り、アルベドは黒い髪を前に垂らして無言で頷いた。

 

「モモンガさん……アインズさんと呼んだ方が良いですか?」

「あ、え? いや、モモンガで良いですよ。モモンガと呼んでください」

 

 ブルー・プラネットの質問にアインズ――モモンガは振り向いて答える。

 

「では、モモンガさん。この“フォーサイト”の人達、どうするつもりだったんですか?」

「いやぁ、この神官は実験に使おうかと思っていたんですけどね、あとは、まあ、適当に」

 

 目の前の友人の問いに、モモンガは笑って答える。

 それを聞き、ブルー・プラネットは考えながら提案する。

 

「うーん、なるほど……うん、そうですか……それじゃあ、後の3人は貰っていいですか?」

「ええ、良いですよ。もちろん。ブルー・プラネットさんの好きに使ってください」

「ありがとうございます」

 

 ブルー・プラネットはモモンガに礼をして“フォーサイト”の3人に顔を向ける。

 

「ということで、皆さんは私が頂きます。あと、念のために言いますが、脱出は無理ですからね? ここもまた地下深くの迷宮なんですよ。大人しく捕まっていてください」

 

 ブルー・プラネットの言葉にヘッケラン達は「何を言ってるんだ」と顔を顰める。

 夜空を見れば、ここが地下であるなど……この化け物どもが自分たちを容易く全滅させることが出来ることは理解した。しかし、先ほどからのこの空気は何なのだ、と。

 

 殺気が完全に消えうせた化け物たちに、ヘッケランが口を開きかける。

 だが、その前にブルー・プラネットは手にした王笏を掲げた。

 

「この空を創造したのは私ですからね」

 

 そう言ってブルー・プラネットは夜空を見上げ、その手にした王笏を振る。

 王笏の動きに合わせてグルリと夜空が回転し、夜と昼が入れ替わった。

 

「オオ、スバラシイ! コレガ、ブルー・プラネット様ノ御チカラカ」

「うっひゃぁ! 目が回るね! すごいよね、マーレ、すごいよね!」

「う、うん、お姉ちゃん、す、すごい……」

「さすがは至高の御方でありんす。まさか空をも自在に動かすとは!」

 

 NPCたちは口々に驚きと称賛の声を上げた。

 ただ一人、唇を噛み、言葉もなく第六階層の空を見つめているアルベドを除いて。

 

 夜空を見上げていたヘッケラン達は、その回転に自らが立つ地面すら揺れ動く錯覚を覚えてへたり込み、ただ唖然として昼となった空を見上げる。

 

(空を創造する? 地下に世界を? 夜と昼を入れ替える?)

 

 樹の化け物の発した言葉、行為は彼らの理解を越えていた。

 そんな“フォーサイト”に向かい、モモンガは骨の手でカチャカチャと拍手をしながら得意げに説明する。

 

「お前たち、見たか? これがこの第六階層の支配者、ブループラネットさんの力だ」

「夜と昼を逆転させるなんて、まるで神話の――」

 

 イミーナの呟きは途中で消える。

 ロバーデイクも、自分の信じる神ですら為し得ないであろう奇跡を目にして言葉が無い。もはや如何なる抵抗も無駄だと悟り、虚ろな目でブルー・プラネットという樹の化け物を見つめる。

 この化け物は四大神の従属神などではない――何か全く異質なものだと理解してしまったとき、彼の信仰は失われた。

 

「……ということで、大人しく捕まってくださいね」

 

 手にした王笏を弄っていたブルー・プラネットは顔を上げ、三重化した<蔓の檻>(ウィッカー・ケージ)を唱える。

 地べたに座り込んだヘッケラン、イミーナ、ロバーデイクの足元から蔦が伸び、組み合わさり、あっという間に3人をそれぞれ囲む檻となる。

 

「あなたたちの力ではこの檻は壊せないし、あまり暴れると檻が燃えますよ」

 

 ブルー・プラネットが事実を忠告する。しかし、囚われた3人は忠告されるまでもなく暴れる気配はない。鳥籠に押し込められた鳥……そんな表現がピッタリ当てはまる。

 

「うん、良し。あー、それにしても楽だわぁ」

 

 無事に捕獲できたことを確認し、ブルー・プラネットは思わず安堵の声を漏らす。

 高位階のドルイド魔法<蔓の檻>を三重化するには王笏によるMPの増強が必要であり、これまで使用したくても出来なかった。それが大した精神的疲労もなく使えるようになったのだ。

 

「では、風呂に入ってる間、この檻をそれぞれ運んでおいてもらいましょう。私はこの神官を『真実の部屋』に持っていくつもりですけど、ブルー・プラネットさんはどうします?」

「そうですね……とりあえず、私の部屋の前の廊下に置いてもらおうかな」

 

 モモンガの質問にブルー・プラネットは少し考えて答え、モモンガは頷いて何もない所からデス・ナイトを2体召還する。

 

「これは『真実の部屋』に。そして、この2つはブルー・プラネットさんの個室前に置いておけ」

 

 巨大な体躯をもつ漆黒のアンデッド、デス・ナイトたちは命令を受けて咆哮を上げ、言われたように檻を抱え上げて運び始める。1体はロバーデイクの檻を背に担ぎ、もう1体はヘッケランとイミーナの2つの檻を天秤のように両手にぶら下げて。

 

「あ、ブルー・プラネットさん、どうでもいいことですけど……」

「はい?」

 

 呆けた顔で運ばれていくワーカーたちを見送りながら、モモンガがブルー・プラネットに問いかけた。

 

「ブルー・プラネットさんが『入ってよい』と、あいつらに許可を出して……ないですよね?」

 

 モモンガは首を傾げながら、目の前の「なかなか大きな化け物」を見上げる。エメラルドに金の糸が巡らされたローブは「てかてかしている」と言えなくもない。

 

「え……ああ!」

 

 ブルー・プラネットには何のことか分からなかったが、「許可」という言葉でヘッケランのハッタリのことだと思い当たった。

 

「ははは、あれは偶然ですよ。だって、彼らを誘き寄せたのは“漆黒”(そっち)でしょ?」

「ですよねー。いやぁ、あいつら、いきなり『許可があったら?』なんて言うもんだから……」

「ですよー……でも、あの時の反応で『あっ、モモンガさんだ』と確信が持てたんで……」

「ああ、あの嘘つき男についキレちゃって……恥ずかしいところ見せちゃいましたね」

「いえいえ……でも、本当にナザリックを守っていてくれて有難うございました」

「いやぁ、ギルド長として当然の務めですから……」

 

 ブルー・プラネットはモモンガの肩を、そしてモモンガはブルー・プラネットの脇腹を、お互いにポンポンと叩きあって笑う。

 

「それで、この女はどうするんですか?」

 

 モモンガは、地面に倒れている少女――アルシェを指さした。依然として意識は戻っていないが、白目を剥いて失禁している割には、どこか幸せそうな笑みが浮かんでいる。

 

「ええ、ちょっと汚れてますし……目が覚めて暴れると<蔓の檻>は燃えちゃいますから――」

 

 ブルー・プラネットが肩をすくめ、モモンガの周囲に控えるNPCに目を向ける。

 

「――NPCを使わせてもらって良いですか?」

 

 モモンガに向かってブルー・プラネットは遠慮がちに問いかける。何年も放っておいて、帰還早々いきなりNPCを使役するのはあまりにも無遠慮だと心配して。

 

「もちろん! ここはブルー・プラネットさんのギルドですよ!」

 

 モモンガが即答する。そして、周囲のNPCもキラキラとした目でブルー・プラネットを見つめ、その言葉を待っている。微笑みながらも顔を伏せているアルベド以外は。

 

「えーと、じゃあ、シャルティアが適任かな?」

 

 ブルー・プラネットはNPCを見回しながら呟いた。

 コキュートスでは見た目が怖い。アルベドは自室を持っていないはずだ。アウラとマーレは……悪くはないが、彼らの幼い外見を侮ってアルシェが抵抗したら危険すぎる。

 シャルティアならば同年代の女の子だし、ペロロンチーノの趣味で着替えも持っているだろう。

――そう考えて、ブルー・プラネットは世話係を決める。

 

「ゴホン……シャルティアよ。この娘に合う服を貸してやってくれないか? ついでに、私の方で用意が出来るまで、お前の所でしばらく預かっておいてくれればありがたいのだが」

 

 自分が作り出したシモベに対するように、支配者然とした口調で命ずる。この数ヶ月の経験から、そのような態度こそが支配下のNPCが望むものであると知っているのだ。

 

「は、はいっ! 私の方で預からせていただくでありんす!」

 

 声を掛けられたシャルティアは嬉しそうに答える。

 任務を与えられたブルプラたちと同じ反応だ――ブルー・プラネットは安堵の息を吐く。

 

「ああ、それと、その娘は魔法詠唱者だからな。しばらく眠らせておくから、<伝言>を使えないように魔法を封じておいてくれ。確か、呪いの指輪でそういう効果のものがあったな?」

 

 ブルー・プラネットは洗浄液をアルシェに振りかけ、その首筋に蔦を突き刺して「睡眠」と「魔法封じ」のポーションを注入しながら、シャルティアに追加の命令を出す。

 

「了解でありんす。至高の御方がご帰還されて最初のご命令をいただけるとは、まっこと光栄の極みでありんす」

 

 他のNPCからの羨望の眼差しを浴びて、誇らしげにシャルティアが胸を張り、口元に手を当てて笑う。

 

「ああ、期待しているぞ。それで、預かっている間に此処のマナーとか色々と教えてやってくれると助かるな。その娘も私が後で使う予定だから」

「……っ! それは、その、この娘を私なりに教育して良いということでありんしょうか?」

 

 シャルティアが驚いて目を見開き、頬に赤みがさした。チロリ……と舌が唇を舐める。

 

「ああ、女の子同士の方が色々とやり易いと思ってな。精々仲良く、可愛がってやってくれ。ただ、殺さないように! 血を吸ってバンパイアにするのも無しだ」

「はいっ! 必ずやご期待以上に仕上げてご覧にいただくでありんすっ!」

 

 弾けそうなシャルティアの笑顔を見て、ブルー・プラネットは己の選択が間違っていなかったと安堵する。素直で優しそうな娘だ、きっとアルシェと良い友人になるに違いないと考えて。

 その背後では、モモンガが口を大きく開け、眼窩の奥で赤い光を明滅させているが。

 

 話が一段落したところで風呂の話に戻ろうと、モモンガの方を振り向いたブルー・プラネットは、その視線に気が付く。

 

「ん、モモンガさん、何か?」

「いえ、その、ほう……あれぇ? ブルー・プラネットさんってそっちの趣味が?……いや、良いんですよ。問題ないです。ええ、全く」

「何ですか、趣味って? 気になるなあ」

「いや、良いんです。そうかー、いやぁ、ちょっと記憶違いかなって。ハハハ……それより、そうだ、風呂でしたね。さあ、風呂に行きましょう! いろいろ話を聞かせてください!」

「そうですね。私の方こそ、モモンガさんに色々と聞きたいことが……」

 

 ナザリックの王たちは転移の指輪を使い、闘技場から姿を消した。

 

 後に残されたNPCたちは、口々に喜びを語り合う。

 シャルティアは配下のバンパイアブライドを呼び出し、眠っているアルシェを自室に運んで、身体を洗って着替えさせるように命じた。

 

「おんしら、この人間は・わ・た・し・がブルー・プラネット様から頂いたご褒美でありんす。く・れ・ぐ・れ・も・傷をつけたりしないように。暴れたら麻痺させるのは良いでありんすが、万が一、殺したり傷をつけたりしたら、おんしら、ぶちのめした後で皆殺しでありんすよ!」

 

 残虐な主人の言葉にバンパイアブライドは震えあがり、主人の新しい玩具を丁寧に運んでいった。

 

「んー? アルベド、どうしたの? さっきから何かブスーとしちゃって何も喋らないけど?」

「お、おねえちゃん……」

 

 弟との話が一段落したアウラが不思議そうにアルベドに問いかけ、ほんの一瞬だがアルベドが返した鋭い視線に気が付いたマーレがアウラの服の裾を引っ張る。

 

「……ええ、色々と考えることがありすぎて……そうね、宴の準備はどうしましょうとか、ブルー・プラネット様をお迎えして、これからのナザリックの運営について色々と……」

 

 アルベドはいつものように優しい笑みを浮かべ、首を傾げながらアウラに答える。

 

「ウム、コレカラノコトカ……デミウルゴスモ呼ンデ話シ合ワネバ」

 

 コキュートスは、この瞬間に友人が同席していなかったことを残念がる。至高の御方の1人が帰還したことを知ったら誰よりも喜び安堵するであろう悪魔を思いやって。

 

「そうね、ならばセバスも呼んで……そうそう、プレアデスたちにも連絡しなくては!」

 

 アルベドが慌てだす。

 やるべきことは幾らでもあるのだ。愛する主人が風呂から上がる前に準備を整えておかねばならない――アイテムを取り出して忙し気に各部署に連絡を始める。

 

「あはは、そうだよね。ナザリックの皆に知らせなくっちゃ! 大ニュースだって!」

 

 慌ただしいアルベドを見て、アウラの快活な笑い声が第六階層の澄んだ青空に吸い込まれた。

 




パンドラズアクター「アインズ様、どうしてるかなー」
ナーベラル「ですねー」(気の抜けたハニワ顔で)

ようやく戻ってきましたが……「もうちっとだけ続くんじゃ」

10/26
ちょっと修正。アルベドの鎧形態って、腰の翼は収納されるんですかね?
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