自然愛好家は巡る   作:コロガス・フンコロガシ

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裸満載――ただし骸骨と樹の


第23話 ナザリック大浴場

 第九階層の大浴場――ブルー・プラネットが実生活でも友人であったベルリバーと共に作り上げた癒しの場である。その大浴場の一角、熱帯雨林の中の滝を模した打たせ湯でブルー・プラネットは旅の間に溜まった汚れを落としていた。

 単に汚れを落とすだけならその場で洗浄液を振りかければ済むことだ。しかし、それでは心に溜まった疲れまでは落とせない。

 

「ふぁあああ……生き返るわぁ」

 

 ブルー・プラネットが声を上げるほどリラックスしているのは、湯の温かさによるものばかりではない。決死の覚悟で潜入したナザリック地下大墳墓、そこに待ち受けていたのは昔と変わらぬ友情を示して迎えてくれた友人、そして自分が作り出したシモベと同様に忠誠を誓ってくれるNPC達だった。緊張と弛緩の落差でブループラネットは湯の中で立ち尽くす。

 

「ん、もうちょっと……」

 

 滝の横にぶら下がっている蔦――丸い小さな葉で覆われたもの――を引っ張ると、今までチョロチョロと流れていた湯が一気にザブリと溢れてブルー・プラネットの身体を覆う。そして、その水は蔦の絡まった身体の汚れを隅々まで洗い流し、排水用の河に戻り、どこかに流れ去っていく。

 

 どこに流れていくのかな――ブルー・プラネットは湯の気持ち良さにぼんやりとしながら考える。

 仮想空間に過ぎなかったユグドラシルでは考えもしなかった、無意味な疑問だ。魔法が現実化したこの世界でブルー・プラネットの洗浄液が汚れと共に昇華するのと同様、魔法の空間であるナザリックで滝の水は汚れを分解して消えるのだろうと考えるしかない。

 

「失礼しまーす」

 

 明るい声を上げ、肩にタオルを引っ掛けた骸骨が入ってくる。防具類を全て取り外したモモンガだ。第六階層の闘技場で剣士としてワーカーたちを迎え撃つために通常の神器級装備を外していたのだが、それでも嵩張るアイテム類を幾つも装着していたため、ブルー・プラネットの装備――王笏とローブと冠のみ――に比べて脱ぐのに時間がかかっていたのだ。

 

「うわっ、凄いですね。それ、隠し機能ですか?」

 

 モモンガは入ってくるなり、打たせ湯の豪快さに驚嘆の声を上げる。何しろ、3メートル近いブルー・プラネットの巨体が流れる水で覆われ、その飛沫で周囲がほとんど見えなくなっているのだ。

 

「ええ、『爆流』モードです。他にも色々あるんですよ。ワニやピラニアが降ってきたり……」

 

 ベルリバーと悪ふざけで組み込んだ機能だ。ユグドラシルではジョークとして物理学を無視した様々なギミックが組み込めた。だが、この世界ではそのギミックが現実化してどのような効果をもたらすのか今一つ確証が持てない。ピラニアが降ってきたところでこの身体が傷つくとは思えないが、折角洗ったところにまた小魚が挟まるのは困る。

――そう考えて、ブルー・プラネットは何本か垂れ下がる蔦に伸ばしかけた手を止める。

 

「へー、試してみましょうよ」

 

 モモンガは余裕の声だ。この数ヶ月の間、ナザリック地下大墳墓で生活をしてきた慣れだろう。

 

「いやぁ……また今度、色々説明しますよ」

「そうですか? では、隣、いいですか?」

「はーい、どうぞ」

 

 ブルー・プラネットは先ほどの蔦を引っ張って打たせ湯の勢いを弱める。

 隣の打たせ湯でモモンガが体を洗い始めたのだ。

 

「よし……と、それじゃジャングル風呂に行きますか」

「ええ、いいですね」

 

 熱帯雨林の滝の奥に巨大な湯船がある。かつて――元の世界ではかつて熱帯雨林が広がっていたというアマゾンの河をイメージした湯船だ。大浴場の数ある風呂の中でも最大のもので、トレントや巨人が数体入っても十分なほどのスペースがある。

 

「それでは……」

「よっこらしょっと」

 

 モモンガとブルー・プラネットは、巨大な湯船の隅でゆっくりと湯に身を沈める。

 

「あー、いいっすね……いやぁ、私、こっちの世界では風呂に入ったの初めてですよ」

「そうなんですか。大変だったんですねぇ……これまでのことを聞いても良いですか?」

「そうですねぇ……じゃあ――」

 

ブルー・プラネットは、あの日のことを――ユグドラシルの最後の日に起きたことを語る。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「ああ、済みませんでした。あの日、サービス終了直前は玉座の間にいたんです」

「なるほど、それで誰も居なかったんですね。いや、こっちこそ、もっと早く来ていれば良かったんですが」

 

 骸骨と樹の魔物は、湯に浸かったまま互いにペコペコと頭を下げる。明確な「首」が無いブルー・プラネットは身体の上部を折り曲げるというべきだが。

 

「それで、しょうがないから自室に行って装備を外した後、第六階層で夜空を見てたんです。そしたら時間が来てもログアウトしないんで――」

「ええ、そうでしたね。私も驚きました。それで色々確認して第六階層に向かったんですけど……?」

「いやぁ……私……第六階層から外に転移して……夜空に夢中になって飛んじゃってまして」

「あ、それで第六階層にいなかったんですね。でも<伝言>にも誰も出なかったんですが……」

「はい……MP切れで気を失って森に落ちてたみたいです」

 

 ブルー・プラネットは恥ずかしそうに枝で頭部を掻く。

 モモンガは呆気に取られて口を開け、ブルー・プラネットを見つめる。

 

「ええー、いきなり外に出て、気を失ってたんですか?」

「お恥ずかしい限りです」

「いえいえ、そりゃ大変でしたね……でも、なんですぐにナザリックに戻らなかったんですか?」

「戻ろうとしたんですよ。でも、指輪も魔法も効かないし、空から探しても何も見当たらないし」

 

 ブルー・プラネットが枝を広げて首を振る。モモンガは首を捻って原因を考え――

 

「ああ、そうか、そうでした。最初はアルベドに命じて最高警戒態勢を取らせて……その時に外部からの転移無効にしたんでしょう。それと……すみません、私、幻術で上空からの探索を防いでました」

 

 モモンガがぺこりと頭を下げる。自分のせいで友人が何ヶ月も彷徨うことになったのだから。

 

「いえいえ……私のミスです。空から見るだけじゃなく、地上からも探索をするべきでした」

 

 ブルー・プラネットも頭を下げる。モモンガがとった行動は当然のことなのだから。

 やはりモモンガさんは俺とは違うなあ――そんなことを思いながらブルー・プラネットはモモンガを見る。

 

「しかし、あの幻術はナザリックの者には効かないはずですが……?」

 

 モモンガは首を傾げて疑問を呈した。

 アンデッドである自分には幻術は効きにくく、これまで気にしたことはなかったのだ。

 

「……それは、私がナザリックを離れていたからかもしれませんね」

 

 ブルー・プラネットが視線を落として小声で答える。「ナザリックの者」という言葉が胸に刺さったのだ。自分は引退宣言した身だ、拒絶されるのも仕方がない――と思う。

 だが、モモンガは首を横に振り、なおも言葉を続ける。

 

「でも、NPC達は今もなお創造主を慕っているようで『引退したからナザリックの者ではない』ってこともないと思うんですけど」

「そうですか? うーん……線引きが分からないですね」

「考えられるのは『その時点でナザリックに居た者』には効かない、という可能性ですね」

 

 この世界では、魔法は自分の意思を具現化する――モモンガは頭の中で魔法の理論を組み立てる。

 フレンドリーファイアが存在するこの世界では魔法の影響範囲を慎重に決定する必要がある。あのときモモンガの頭にあった「ナザリックの者」は「ナザリック内部にいる者」であったのだから、自分の意思で発動された幻術がそのように機能した可能性は高い。

 幻術、そして転移の制限――これは後で確認する必要がある。ユグドラシル時代とは異なり、NPCがナザリックの外部で活動することも多い。部下が外出中に防衛体制を一新した結果帰還できなくなっては困る。

――モモンガは頷き、心のメモ帳に書き留める。あとでアルベドに指示して確認させようと。

 

 モモンガとブルー・プラネットは顔を見合わせ、次の話に移る。

 

「それで、あとはですね……MP切れで落ちた帝国周辺の森を探索して、村を見つけて人間型のシモベを作って情報を集めて、町に行って薬師になって、帝都に行って……」

 

 ブルー・プラネットは、この数ヶ月を振り返る。

 

「その帝都で“漆黒”のモモンガさんとナーベラル・ガンマを見かけたんですよ」

「え? そうだったんですか? なんで声かけてくれなかったんです!?」

 

 モモンガが驚いて声を張り上げる。帝都で見かけた風景の記憶を辿りながら、その中にブルー・プラネットの姿を追い求めて。

 

「いやいや、シモベを通じて見たんですよ。それで<伝言>で連絡を取ろうとしたんですが……」

「通じなかったんですか?」

 

 モモンガは首を何度も捻る。仲間からの連絡は最優先で注意していたはずなのだが、と。

 

「ええ、初めは“漆黒”のモモンを弐式炎雷さんかと思って……次に、『モモン』つながりでモモンガさんに、それでも通じないから片っ端から<伝言>を掛けたんですが、それでも何もなくて……」

「ええー? なんでしょうね?」

「ちょっと試してみますか?」

 

ブルー・プラネットは、<伝言>で“モモンガ”に呼びかける。

 

「なにも来ませんね……」

 

 横で側頭部に指をあてていたモモンガが首を傾げる。

 

「じゃあ――」

 

 ブルー・プラネットは、再び<伝言>で“アインズ”に対して呼びかける。

 

『アインズさん、聞こえますか?』

 

 横からの声と、頭の中で響く声が2重になってモモンガに届いた。

 

「おっ、聞こえる、聞こえる! ええっ! なんで?」

「んんん……そもそも<伝言>……っていうか魔法全般のメカニズムが分からないですし、どうやって『モモンガ』と『アインズ』に繋ぎ分けてるのかサッパリですけど、メールアドレスが変わったようなものですかね……?」

「メールアドレスが……ああっ」

 

 モモンガは頭蓋骨を抱えて仰け反った。

 思い出したのだ。この世界にきて間もなく「アインズ・ウール・ゴウン」と名を変えると宣言したことを。

 ドヤ顔で「私は名を変える」と言って自分の――「モモンガ」の旗を燃やしたことを。

 

 私の名はアインズ・ウール・ゴウン。

 そう名乗っていた数か月で「モモンガ」の名を忘れていたのか……

 

 モモンガは風呂の湯に身体を沈める。

 いつまでたっても浮いてこないモモンガを心配して、ブルー・プラネットは骸骨の鎖骨と胸骨に蔓をひっかけて吊り上げた。

 

「モモンガさん、大丈夫ですか?」

「……大丈夫です。ちょっと落ち込んでただけです……」

 

 モモンガは空中で身体を丸め、顔を両手で覆っていた。

 仲間たちに自分の存在を伝える――その為にギルドの名を借りたのに、広まっていたのは「モモン」という偽名。そして、本来の名前まで忘れて仲間からの<伝言>をスルーしていたとは……と、モモンガは言い様のない感情に打ちひしがれていた。

 

 だが、ブルー・プラネット――ようやく見つかった仲間を放って現実逃避を続けるわけにもいかない。

 

「……そうでした。多分、こっちの世界で『名を変える』と宣言したのが効いたんだと思います」

「そうですか……さっきの幻術の効果もそうですが、魔法の効果って微妙に違ってますしね」

「ええ、昔と違ってコンソールで一々確認しないですし。自分の意志で直接使える分、自分が何者かという認識が直接影響するのかも」

「そうかもしれませんね。こっちの世界では魔法って、なんか本能的に使ってますし」

 

 再び湯に浸かった2人は天井を見上げ、ハァ……と同時に溜息をつく。

 

「モモンガ名義を使えるように、あとで玉座の間でギルド武器をもって宣言します……思い込みかも知れませんけど、ギルド武器の効果もあるかもしれませんし」

「そうですね……アインズ名義、モモンガ名義の2つとも使えた方が便利ですよね」

「……ブルー・プラネットさん、私が『アインズ・ウール・ゴウン』の名を使ってよかったですか?」

「え? もちろんですよ。やっぱり、ギルド長がギルド名のアカウントもつのが便利なんじゃないですか?」

 

 モモンガはブルー・プラネットを恐々と見上げて訊ね、ブルー・プラネットは気軽に答える。

安心したようにホッと息を吐いたモモンガは……ハッと思いついたように叫んだ。

 

「じゃ、じゃあ、他のメンバーからも<伝言>が届いてなかった可能性も……」

 

 ブルー・プラネットは気絶していたらしいが、他のメンバーだって何らかの事情で<伝言>を受け取れなかった可能性が――小さいが、ゼロではないとモモンガの脳に閃きが走った。事実、目の前のブルー・プラネットという実例があるのだから、と。

 

「それは……ありえますよね。ナザリックは広いですし」

 

 来ていたのは自分だけではない可能性はある――ブルー・プラネットも頷く。

 

「ちょ、ちょっと失礼します」

 

 そう言ってモモンガは<伝言>で他のメンバーに連絡を試み……しばらくして項垂れた。

 

「……やはり、誰も出ないですか?」

「ええ……でも……どうでしょう? 他の人も名前を変えていて、こっちから<伝言>が届かないって可能性は……?」

 

 ブルー・プラネットの心配そうな声に、縋るようにモモンガが答える。

 

「ありえないとは言えませんね。他に何かの事情で返事できない状況が続いているってことも……」

 

 何より気絶していて通信を見逃した自分という実例がある。気絶状態が続いている可能性も――否定はできない。ブルー・プラネットは、なおも諦めきれないでいるモモンガの言葉をひとまず肯定する。

 

「そう、そうですよね! それじゃ、定期的に<伝言>をします!」

 

 これまで「誰も答えてくれない」ことを恐れて<伝言>を避けていたモモンガが嬉しそうに叫ぶ。

 独りぼっち――それがモモンガが最も恐れ、目を背けていたことだ。何年もの間、ギルドを独りで維持していた記憶は心の傷となって残っている。

 だが、今は隣にブルー・プラネットがいる。独りぼっちではない――その事実がモモンガに勇気を与えた。

 

「今のところ、他のメンバーはナザリックに居ないのですか?」

「ええ……探してはいるんですが……見つかったのはブルー・プラネットさんだけです」

「そうですか……では、この数ヶ月、モモンガさんも一人で?」

「……まあ、NPC達がいてくれたので助かりましたけど」

 

 ブルー・プラネットの問いにモモンガは言葉を詰まらせ、やがて力なく笑う。

 

「……最終日の打ち上げ、何人来たんですか?」

「3人……ブルー・プラネットさん以外に3人来てくれたんですが、皆、時間前に帰ってしまって。最後がヘロヘロさんでしたね」

「そうですか……それは寂しいですね……」

「ブルプラさんが来られなくなった後、他のメンバーも引退したり来なくなったり……」

「そうですか……てっきり、もっと居るものだと」

「いえ、2年くらいかな……私だけでしたね」

「そんなに……」

 

 ブルー・プラネットは言葉を見失う。最後に「もう来ないと思います」と呟いた自分、大切なものに背を向けて逃げた自分を思い出して。

 

「モモンガさん……ナザリックを守っていただいて、本当にありがとうございました」

「いえいえ、ギルド長の務めですから」

 

 ようやく感謝の言葉を吐き出し、ブルー・プラネットは湯船の中で湯に顔が浸かるほど深くお辞儀をする。

 そんなブルー・プラネットに手を振り、モモンガは努めて明るい声で笑う。心の中にチリチリとしたものを抱えながら。

 

 少し気まずい雰囲気を振り払うように、ブルー・プラネットは話題を変える。

 

「でも、今は随分とにぎやかですね。NPC達が生きているように動いていて驚きました」

「そうなんですよ! 私も、初めにNPC達が声をかけて来て何があったんだと」

「初めは自分の頭がおかしくなったんじゃないかと思ってたんですが」

「ええ、私もですよ。でも、やはり、どうしても、この世界が現実であるとしか思えなくて」

「そうなんですよね……これは現実ですよねえ……」

 

 ユグドラシルのプレイヤーであった2人はお互いの顔をまじまじと見つめる。お互いに、相手が幻影ではないと確認するように。

 

「こうして認識を共有できてるってことは、やはり、これが現実ですよね」

「そうですよね。それで、僕らは元は人間だったんですよね……?」

「そうですよ」

「そうですよね」

 

 ブルー・プラネットとモモンガは同時に頷きあった。

 

「他の……NPC達は、その辺りの認識はどうなんですか?」

「うっすらと、ユグドラシル時代のことは覚えているようです。それに、ギルドメンバーに対しては、特に自分の製作者に対しては、神のように考えているようです」

「なるほど――」

 

 ブルー・プラネットは、自分がこの世界の獣から作り出したシモベたちを思い浮かべて頷く。

 

「――それで、やっぱり個性はあるんですか?」

「大ありです!」

 

 モモンガは大声で拳を振り下ろし、風呂の湯をバシャリと打ち、NPC達の性格を熱弁する。ブルー・プラネットも出会ったというナーベラル、ルプスレギナの2人、そして他の戦闘メイドたち、さらに階層守護者たちのことも。

 

「――というわけで、設定や製作者の性格が影響してるようです」

「ほぉぉぉぉ……」

 

 ブルー・プラネットも推測はしていたが、あらためて説明されて驚きの声が漏れる。

 シャルティアのブレない変態ぶりについてモモンガが愚痴をこぼしたとき、ブルー・プラネットは、ふと、何か忘れているような気がしたが、しかし――

 

「――ですから、ペロロンチーノさんがいたら何と言うかと」

 

――モモンガの言葉がツボにはまり、その思いは吹き飛んでしまった。

 

「あはははは、そうですね、ペロロンチーノさんがいたらもう、悶絶でしょうね、色々と!」

 

 ひとしきり笑った後で、ブルー・プラネットはコホンと咳払いをして口を開く。

 

「そうですか。しかし、そんなにハッキリした自我や記憶をもっているとなると……説明しなくちゃならないでしょうね」

 

 これから始まる帰還の宴のことだ。

 NPCたちに「なぜ今になって帰還したか」を説明し、納得してもらわねばならないだろうとブルー・プラネットは心配する。

 

 モモンガも、ああ、と言って肯く。

 ユグドラシル時代のように自我をもたない単純なAIであるならば、説明など必要ないだろう。しかし、今のNPC達にそれぞれの記憶や考え方があるのなら、辻褄のあう説明を組み立てなければならない。特に、デミウルゴスやアルベドのように優れた頭脳の持ち主には注意が必要だ、と。

 

「……簡単には誤魔化せないですからね」

「下手に誤魔化そうとしない方が良いですかね?」

「ええ……でも、彼らを失望させることは……まだ止めておくべきでしょう」

 

 モモンガは、いずれはNPC達に自分が凡庸な人間であることがばれることも覚悟している。

 しかし、出来ればそれは避けたいことであり、NPC達が抱いている幻想に見合うだけの支配者に成長しようと日々心を砕いているのだ。

 

「そうだとすると、現実を元にして、この世界に合ったストーリーにすべきですね」

「ええ、後で紙に書いてまとめましょうか」

 

 風呂場でストーリーを練るのは難しい。

 モモンガはブルー・プラネットに「ちょっと失礼」と手を上げ、アルベドに<伝言>を繋ぐ。

 

「アルベドよ、今、風呂でブルー・プラネットさんと話をしているのだが――」

『はい、アインズ様! あ、モモンガ様……とお呼びしても宜しいのでしょうか?』

「ん、ああ、構わないぞ。それでだが――」

『はい! モモンガ様! クフフ……よろしければ今からそちらに伺いますが、というか今、そちらに向かう準備をしておりますので、少しお待ちを』

「あ、いや、必要ない。必要ないぞ。ただ、風呂から上がったら少々打ち合わせがあるので宴はその後になると言っておきたかっただけだ」

『そ、そうなのですか――』

 

 心の中にアルベドの残念そうな声が響き、モモンガは慌てて<伝言>を切る。

 

「はい、これで時間は取れましたので」

「ありがとうございます……しかし、アルベド……ちょっとおかしくないですか?」

 

 ブルー・プラネットは、第六階層の闘技場で感じたアルベドの視線を思い出す。

 視線だけではない。「真意看破」によっても何か非常に奇妙な感覚を覚えたのだ。

 それは暴風のごとく、濁流のごとく荒れ狂いながら、それでいて決してブルー・プラネットには触れようとしない感情の刃だった。小さな町で冒険者から向けられた弱く、まっすぐな殺意とはまるで違う。

 

 モモンガは、ブルー・プラネットの問いにプイと目を逸らす。

 なんだ?――ブルー・プラネットは不安に駆られる。思い返せば、先ほどのモモンガの話にアルベドの性格の説明はなかった。

 

「どうしたんですか? 何か知っているのであれば教えてください!」

「えーと、その……笑わないでくださいね……」

 

 視線を合わせず、モモンガはブルー・プラネットに確約を迫る。

 

「ええ、笑いませんよ……っていうか、笑い事じゃないですし」

「えー、じつは――」

 

 モモンガは、ユグドラシル最終日のことを打ち明ける。

 アルベドの設定の最後の部分、それを「モモンガを愛している」と書き換えたことを。

 

「やっちまいましたね……」

「やっちまいました……」

 

 モモンガが消え入りそうな声で肯く一方、ブルー・プラネットは疑問に対する答えが得られたことで気分が楽になった。

 

(そうか、あの感覚は……嫉妬か)

 

 そう言われてみれば、この世界で最初に訪れたケラナック村でネスタカムという薬師が向けてきた感情によく似ている。質、量ともに比べ物にならないが。

 

(モモンガさんに対する愛情が、モモンガさんと仲が良い俺に向けての嫉妬を招いたか)

 

 ならば、特に気に病むことも無いか、とブルー・プラネットは納得する。

 アルベドの目の前で抱き合ったことは事実だ。しかし、モモンガとブルー・プラネットは男同士である――この体になって性別があるのかわからないが、少なくとも自分の認識はそうだ。お互いに恋愛感情があるわけではない。ただ、この世界に来た人間として孤独を感じていた中で、ようやく出会えた仲間に対しての親近感を示しただけなのだ。

 

「うん、お幸せに」

 

 ブルー・プラネットは、モモンガの肩をポンポンと叩く。

 

「な、なんですか?」

「だって、『愛してる』としちゃったんでしょ? だったら責任取らなくちゃ」

「ええー! でも、怖いんですよ、アルベド!」

「ええ、怖いのは分かります。でも、まあ、仕方がないですよ」

 

 あの感情が嫉妬ならアルベドの愛はさぞかし重いだろう、とブルー・プラネットは同情する。

 だが、モモンガもブルー・プラネットも、現実世界では恋愛には疎かった。モモンガが重すぎる愛情に悩んでいるとしても、ブルー・プラネットにも適切な助言が出来るわけでもない。

 

「他人事だと思って!」

「いや、他人事じゃないですよ。是非、アルベドとの愛は実らせてもらわないと」

 

 嫉妬に狂ったアルベドは、ブルー・プラネットにとっても怖い。

 モモンガとは別に恋愛関係に無いこと、自分はモモンガとアルベドの愛の成就を願っていること――この2つをアルベドに伝えなければとブルー・プラネットは心に刻む。

 

「ふぅ……しかし……色々ありましたねえ……」

 

 疑問が晴れて気分を良くしたブルー・プラネットは、ゆったりと顔の辺りまで湯に沈め、ブクブクと息を吐く。

 

「はい……色々ありました……」

 

 モモンガも同じように湯に浸る。

 

「そうそう、それで“漆黒”がワーカーを生贄に集めてるんだなって推測して、ワーカーに紛れて侵入する準備をして、侵入した後に自室に転移、装備を整えて第六階層に、となったわけですよ」

「なるほどなぁ……」

 

 ブルー・プラネットはここに至るまでの話を締めくくり、モモンガは風呂場の天井を眺めながら肯いた。

 

「しかし、こっちも防衛の準備はしてたんですけどね」

「ほら、私はナザリックの手の内は知ってますし、それに対応するドルイドのスキルもありますし」

「そうですけど……ちょっと悔しいな」

 

 モモンガは、ユグドラシルでの冒険を思い出す。

 この世界に来てからナザリックの防衛は主にアンデッド系のシモベ達に頼っている。これらのモンスターは休息も睡眠も必要とせず、生者に対する感知力に優れ、精神操作に耐性があり、幻術を看破することに長けているからだ。

 しかし、その特性を逆手に取った戦法も無数に考えられる――ユグドラシルの高レベルプレイヤーであれば。

 

 アインズ・ウール・ゴウンの仲間達が揃っていた頃は、お互いが弱点を補いあい、隙の無い防衛体制をとることが可能だったのだが……

――苦々しい思いをモモンガは飲み込む。

 1人とはいえ仲間が戻ってきてくれたのだ。今出来る限りのこと、ブルー・プラネットの防衛スキルを組み込んでナザリックの防衛網を見直す必要がある。

――そう考えて、呟く。

 

「同じドルイドのマーレ、あるいはレンジャー系のアウラなら、ブルー・プラネットさんを看破できたのかな?」

「……そうですね。あとで試してみましょう」

 

 モモンガの独り言は、もし敵としてブルー・プラネットが侵入してきたならばどうすべきだったかというシミュレーションだ。

 その言葉にブルー・プラネットが相槌を打つ。その声にモモンガはブルー・プラネットに目を向けた。

 

「ふぅ……ふふっ、ブルー・プラネットさんの霧で誤魔化されたの、これで2回目ですね」

「そうでしたっけ?」

「ええ、最初にお会いした<シャーウッズ>の広場、あそこで霧になって隠れてたでしょ」

「ああ、あれですね……そっか、今日も同じかあ」

 

 確かに、第六階層でモモンガたちに接近したのは<シャーウッズ>で多用した戦法が元となっている。自分でも忘れていた出会いをモモンガに指摘され、ブルー・プラネットは頭を掻いて頷いた。

 

「しかし、モモンガさん、よく覚えていましたね」

「いやぁ、ああいう初見殺しは、やられた方は忘れないものですよ」

「と、言ってる割には?」

「はい、また引っかかりました……って、まさかブルー・プラネットさんが、あのワーカーたちと一緒に入ってくるとは思ってもいませんでしたよ。なにしろ、今回の侵入は帝国側の内通者を使って私が計画したものですからね」

 

 自分の迂闊さを認めるモモンガの口調は、それでも嬉しそうだ。

 

「常に第三者の介入に気を付けるべし。いや、第三者ですら利用する第四第五の存在の可能性も念頭に置くべきだよ――とか、ぷにっと萌えさんなら言いそうですね」

 

 ブルー・プラネットが指を立てて振りながら昔の仲間の口調を真似て笑う。

 

「ははは、言いそう、言いそう」

 

 モモンガも湯船の水をパシャパシャ叩き、笑った。

 モモンガにとって昔の仲間の思い出話はこの上なく愉快だ。ユグドラシルの記憶は、彼の灰色の人生において眩く光るタペストリーであり、モモンガを陶酔させる。

 そして、今、目の前にいるブルー・プラネットは、その記憶が嘘ではなかったことの証明だ。

 虚ろな眼窩の奥で光る赤い炎を細め、モモンガはブルー・プラネットを見つめる。

 モモンガの脳裏には、ブルー・プラネットの背後にかつての仲間たちの姿が浮かんでいた。

 

「まあ、この世界にはそんなに気を付けるべき存在は――」

 

 モモンガの幻視を破り、ブルー・プラネットが言葉を続ける。

 

「いやぁ、進入者がブルー・プラネットさんでよかったです。実はシャルティアがワールドアイテムで支配されかかる、といった事件も起こりまして……」

「ワールドアイテムで? あのシャルティアが? たしかガチ構成の100レベルでしたよね?」

「そうなんです。ですから、他のプレイヤーも存在している可能性が高いと」

 

 寛いでいた雰囲気が一転して硬いものになる。

 モモンガの口調にはただの警戒以上に憎しみも込められていた。

 ブルー・プラネットはつい先日までの自分を思い出す。目立たぬように情報を探していた自分を。同じように身を潜めている他のプレイヤーもいる可能性が高い。いや、ワールドアイテムを使うほどの存在がいるとなれば――

 

「それで人形を見つけたとき、あれほど警戒したんですね」

「ええ、てっきり他のプレイヤーの手のものかと」

「ああ……それは、確かに警戒すべきですね」

「はい、警備を再構築します。ブルー・プラネットさんが帰ってきてくれたおかげで、随分と出来ることが増えましたから」

「ええ、防衛システムの再点検ですね」

「はい、今回の防衛計画はアルベドに作らせたもので、彼女にとって初めての経験だったのと……私がおびき寄せたワーカーを……始末する前提だったので穴が多いかと……」

 

 モモンガの声が小さくなっていく。

 これが責任転嫁の言い訳であることは、モモンガ自身にも分かっている。第三者の介入を想定せずに初心者であるアルベドに防衛を任せ、さらにはもう一人の防衛の要であるパンドラズ・アクターも自身の影武者として地上に送ってしまったのだ。さらに、探索能力に優れたアウラを第六階層に待機させておいたことも油断というしかない。

 

 全ての責任は自分が負わなくてはならない――ゲームとは違う責任がモモンガの肩を重くする。

 ゲームとは違い、自分の意志をもったシャルティアを殺してしまった記憶が胸を締め付ける。

 

「まあ、これからの経験ですね」

 

 ブルー・プラネットが呑気な声を出す。

 その声にモモンガは少し苛立ちを覚えた――NPCを殺す経験が何度もあってたまるかと。

 

「NPCたちもこれから成長していくことでしょうし」

「ええ、そうですね。それに、私たちも……」

「そうですね……『支配者』として成長しなければなりませんねぇ」

 

 モモンガが重々しく頷く横で、ブルー・プラネットは肩を回す仕草をして首を振る。

 

「しかし、私に『支配者』が務まるか……自信が無いですよ」

 

 第六階層でみた階層守護者たちの忠誠心は高い様だ。だが、いつまでその忠誠心が保たれるだろうか?

 アルベドのあの視線が――嫉妬であると分かった今も恐ろしいが――NPCの忠誠心も無限ではないと示している。失敗を繰り返せばやがては見捨てられるかもしれない。

――ブルー・プラネットの心配はそこだ。

 

「大丈夫ですよ。この数か月、私でも何とかやってこれたんですから」

 

 モモンガは笑う。だが、その声には苦い思いも混じっている。

 何とか取り返しがついたが、失敗の連続だった。意志をもつNPC達の期待に押し潰されそうになりながら何とか綱渡りでここまで――そんな思いを秘めて。

 

 そんなモモンガを見てブルー・プラネットは思う。

 モモンガは卑下しているが、非常に優秀なギルド長だったのは仲間の誰もが認めていたと。

 そして、他のメンバーが引退した後もずっとこのナザリックを維持していたのだ。

 俺とは違う。自分は「ナザリックを捨てた」身なのだ――どうしてもそう思ってしまう。

 ナザリックを守る幻術が、自分には効いてしまった。

 今は、NPCたちも自分の帰還を喜んでくれているようだが、やがては――

 

「私は……ナザリックを去ったことでNPCたちに憎まれてないでしょうか?」

 

 沈んだ声でブルー・プラネットはモモンガに問う。

 

「大丈夫ですって! みんな喜んでいたじゃないですか」

「モモンガさん、モモンガさんも許してくれますか?」

「はは、何を言っているんですか! そんなの……当たり前じゃないですか!」

「でも、私が去ってから……他の皆も来ずに、ずっと独りぼっちで……」

 

 ブルー・プラネットのその言葉を聞いて、モモンガの首がガクンと垂れた。

 

「だ、大丈夫ですか、モモンガさん?」

 

 風呂の水に顔をつけたままのモモンガに、ブルー・プラネットは心配そうな声をかける。

 

「だいじょうぶ……? だいじょうぶだって……? ふざけるなよ……」

 

 モモンガが顔を上げ、その眼窩から零れた湯が顎を伝って滴り落ちた。

 

「みんなで俺を見捨てて……去って行って……何年も……それで大丈夫かだって?」

 

 髑髏の奥に赤い火が揺らめき、かすれた声が途切れ途切れに絞り出される。

 モモンガの中に沸き上がった激しい怒りが鎮静化され、再び沸き上がることを繰り返しているのだ。

 

「本当に……申し訳なく思ってます」

 

 謝罪の言葉を聞き、モモンガはブルー・プラネットの胸を殴りつけた。

 

「クソッ! 謝って……済むかっ……この……ふざけるなっ……ちくしょう!」

 

 モモンガは何度も何度もブルー・プラネットの胴体を殴りつけ、風呂場に金属と骨がぶつかり合う硬質の音が響いた。

 ブルー・プラネットの体は“生ける鋼”で出来ており、それは中級の鎧と同程度の防御力をもつ。トレントが同レベルの魔法職アンデッドに殴られたところでダメージがあるはずもない。

 だが、モモンガが殴りつけるたび、ブルー・プラネットの顔が歪む。

 

 やがて、殴りつかれたようにモモンガが腕を下ろす。

 

「すみませんでした、ブルー・プラネットさん……」

 

 押し殺した声でモモンガは謝罪する。

 激しい怒りは去ったが、静かに煮えたぎる怒りは消えたわけではないことがブルー・プラネットには分かった。

 

「いえ、こちらこそ……恨まれて当然ですよ……」

「いえっ! そんな! ブルー・プラネットさん! 恨んでなんかいませんよ!」

 

 モモンガはブルー・プラネットを見上げ、慌てて叫んで手を振る。

 

「いえ、モモンガさん……気持ちは分かります。私の<シャーウッズ>もそうでしたし……」

「ああ……」

 

 モモンガは思い出した。荒れ果てた公園で佇んでいた巨大なトレントたちを。そして、友人の名を聞いて霧の中から立ち上がった小さなイビルツリーの笑い声を。

 

「だったら、なぜ捨てたんですかっ! 俺たちのナザリックを!」

 

 ブルー・プラネットが去ったときに投げかけた問いを、モモンガは再びぶつける。

 

「すみません……辛かったんです」

「辛かった……? 何がです?」

 

 ブルー・プラネットの言葉にモモンガは戸惑う。

 ギルド長として仲間の確執は見てきた。それで脱退した仲間もいる。ブルー・プラネットもそんな悩みを抱えていたのだろうかと。

 

「はい……第六階層の夜空……ナザリックは俺の理想でした。だから、だからこそ、それが耐えられなかったんです」

 

 ブルー・プラネットの言葉は、モモンガには理解できなかった。

 理想の場所をなぜ捨てるのか、理想の場所だからこそ守るのではないか――そう思う。

 

「……よく分かりませんが、飽きたとか、そんなんじゃないんですね?」

「当たり前じゃないですかっ!」

 

 ブルー・プラネットが水面を打って叫ぶ。

 

「俺の魂はナザリックに置いてきたんですっ! 毎晩、家に帰るとき、あの黒い空を眺めて第六階層を思い出してましたよっ! だから……だから来れなかったんですっ! もし飽きたんだったら……どうでも良かったなら……たまに遊びに来てましたよ」

 

 そして、呆気にとられて口を開けているモモンガに頭を下げる。大切なものを他人任せにして逃げた自分を恥ずかしく思って。

 「もし失っても自分のせいではない」――そんな言い訳をして逃げた自分は卑怯者であると思い知って、ブルー・プラネットにはモモンガの目を見ることが出来なかった。

 

「ごめんなさい。私が無責任でした。自分勝手に止めたことは申し訳ないと――」

「いえ……正直、俺にはよく分かりません。でも、ナザリックを、アインズ・ウール・ゴウンを忘れたわけじゃなかったんですね」

 

 モモンガは念を押す。モモンガにとって、それが――自分の輝かしい記憶を否定されないことが――最も大切なことなのだ。

 

「ええ、忘れるはずがありません……ほんとうに、維持していてくれてありがとうございます」

「そんな……皆さんの思いを込めたナザリックを守るのがギルド長の務めですから」

 

 ブルー・プラネットとモモンガはお互いに頭を下げる。

 落ち着いたモモンガは、初めてブルー・プラネットに出会ったような、奇妙な感覚に包まれていた。

 何年も一緒にユグドラシルで遊んでいながら、モモンガとブルー・プラネットは現実での接点はほとんど無かった。ギルド<アインズ・ウール・ゴウン>のメンバーは最盛期で41人、その中には自然と仲が良いグループができる。モモンガはペロロンチーノと特に仲が良く、たっち・みーには崇拝に似た尊敬と憧れの念を抱いていた。

 

 メンバーは全員が「大切な仲間」だ。だが、その中にも温度差はある。

 モモンガにとって、ブルー・プラネットは「夜空を愛し、自然を熱く語り、静かに微笑む男」だった。モモンガの青春を彩るタペストリーの紋様の1つに過ぎなかった。

 それが今、初めて実在の人間としてモモンガの前にいる――そんな気がする。

 社交辞令が剥がれ、我儘を見せつけられ、本音で怒鳴りあって、ブルー・プラネットという男の心を初めて知ったのだ。

 

 感情を暴走させたことが急に恥ずかしくなり、モモンガは額をピシャリと叩く。

 こんな時はどうすればいいのか――ふと、昔習った「身代わりになった友人のために走った男」の物語が心に浮かんだ。

 たしか、その話の最後には――

 

「ブルー・プラネットさん、さっきは取り乱して申し訳ありませんでした。お詫びに一発、俺を殴ってください」

「えぇ?」

「いえ、ほんとに。勝手な思い込みで殴ってばかりで申し訳ないですから」

 

 分かりました、とブルー・プラネットは頷く。

 男同士は殴り合って友情を深めるものなのだ、と。

 

「では……歯を食いしばれぇ!」

 

 ロマンチストなブルー・プラネットは、モモンガの顔を思い切り張り飛ばした。

 

 男同士――人間同士ならば良かっただろう。

 だが、ブルー・プラネットは怪力をもって鳴るトレントの100レベルプレイヤーである。

 素手による単純な攻撃力は人間種最高レベルのモンクをも上回る。

 

 横殴りの枝に打たれ、ロケットのごとく水飛沫の尾を引いて、骸骨が湯船から打ち上げられた。

 そして、「ぐぁー」という声とともにほぼ水平に大浴場を飛び越え、そのまま黄色い椅子をボーリングのピンのように跳ね飛ばしながら洗い場を滑る。

 

「だ、だだだ大丈夫ですか!」

「は、はハハはは! だヒしょフふてス……」

 

 慌てて叫んだブルー・プラネットに、モモンガはブラブラと揺れる下顎部を片手で押さえ、浴場の向こうからもう一方の手を振る。

 どうやら顎関節が損傷を受けたらしい。今は仲間同士でもダメージが通るのだ。

 どこから声を出してるんだろうとブルー・プラネットは思いつつ、ザバザバと風呂の湯を蹴散らしてモモンガの方に駆け寄る。

 

「いやぁ……ほんとうに、すごい力ですね。こっちに来て最高の一撃でした」

 

 無詠唱化した<大致死>でとりあえず顎を復元したモモンガが声を出す。

 実際には、シャルティアにスポイトランスで刺されたときのダメージの方が大きかったかもしれない。しかし、モモンガは友人の一撃を称える――「最高の一撃」という言葉には嘘はない。

 

<生命の精髄(ライフ・エッセンス)>……うわ、HPがすっげぇ削られてる! ほんとすみません!」

「いえ、ほんと大丈夫ですから」

 

 枝を伸ばして髑髏の顎を撫でるブルー・プラネットを、モモンガは押しとどめた。

 

「つい忘れてました。今はフレンドリーファイアが有効でしたね」

「ええ……ちょっとまだ歯が欠けてるっぽいんで、あとで魔法でしっかり治しときます」

「あ、ああ……そっか、骨でも治るんでしたね。よかった」

「ええ、これくらいなら放っといてもリジェネレートされるけど……アルベドに見つかる前に治さないと大騒ぎだろうなぁ……」

「うわっ、それは怖いですね」

 

 2人は笑いあう。「ギルドの仲間」ではなく本当の友人として、心からの笑い声で。

 

「ははは……それにしても、ブルー・プラネットさんのアレ、思い出しましたよ」

 

 モモンガがの笑い声に悪戯っぽいものが混じった。

 

「え? あ、“竹ぼうき”……」

 

 ユグドラシル時代、ペロロンチーノの提案でやまいこ作のNPCを練習台に使い、それがバレて何故かぶくぶく茶釜が泣き、やまいこがその巨拳でブルー・プラネットとペロロンチーノ、そしてぷにっと萌えを玉座の間の端から端まで吹き飛ばした事件だ。

 口の悪いメンバーが「竹ぼうきが滑ってる」と大笑いして「ぅゎぁぁぁ」と情けない音を立てて床を掃除する竹ぼうき型ゴーレムをブルー・プラネットに贈呈した。

 

「るし★ふぁーがいたら、風呂掃除用の自動モップゴーレム作られてたかもしれませんね」

「白い骸骨が逆立ちして、『ぐぁー』って叫びながら頭で床を滑るやつね」

 

 モモンガとブルプラは大笑いして、風呂場の水をバチャバチャと叩き、飛び散らかせる。

 

 噂をすれば影が差すという。

 

「マナーを守らない者、風呂に入る資格なし。これは天誅である」

 

 聞き覚えのある声がして、温泉の陰からライオン型のゴーレムが現れた。

 呆気にとられる2人に対し、そのゴーレムは銃撃を浴びせてくる。

 モモンガは咄嗟に<骸骨壁>(ウォール・オブ・スケルトン)で銃撃を防ぐ。

 壁となった無数の骸骨たちがゴーレムに剣を振るうその陰で、ブルー・プラネットはスキル「報復の剣(フラガラッハ)」で枝を自動追尾・防御力無視の剣に変え、そして骸骨壁ごとゴーレムを貫く。

 数舜、壁越しに金属と金属のぶつかり合う音が響き、そして重く硬いものがゴトリと床に落ちる音がした。

 

「倒しました」

 

 ブルー・プラネットが宣言し、モモンガが魔法の壁を消去する。

 

「んー……これ、るし★ふぁーさんの置き土産だな」

「ですねー」

 

 寸断された金属の塊――ゴーレムの残骸を前にしてモモンガとブルー・プラネットは頷き合い、ハイタッチを決めた。

 




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