自然愛好家は巡る   作:コロガス・フンコロガシ

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第26話 宴の後で

 玉座の間――至高者達が退席した後、NPCやその眷属たちも各々の部署に戻っていく。

 彼らの顔に浮かぶのは、至高者の帰還への喜びと、ナザリックの繁栄を信じる希望に溢れる表情――表情を浮かべられる者達に限るが。しかし、表情をもたない者達、骨や甲殻類の姿をとる者達もまた口々に至高の御方々を讃え、お互いに一層の献身を誓いあって部署に帰っていく。

 そんな彼らを暖かい目で見送るのは、玉座から最も近い場所にいた最高位のNPCたち――階層守護者たちだ。

 

「さて、我々も戻りましょうか」

 

 微笑みを浮かべてデミウルゴスが口を開く。

 

「ウム、ソウダナ。アウラ、マーレ、オ前タチハ、ソロソロ行カネバナラヌノダロウ?」

 

 コキュートスが声をかけると、アウラが元気よく片手を上げて応え、マーレはコクコクと首を振る。

 

「ああ、その件だがね。変更は先ほど伝えた通りだが、皇帝の返事……どれだけの日数が掛かるかについてだが、それはそれほど急かす必要はないよ」

 

 デミウルゴスは片手で眼鏡を掛け直しながら双子の闇妖精に作戦の変更を伝える。

 

「やはり、モモンガ様とブルー・プラネット様は今回の件で未知なる敵を炙り出す御積りのようだ。であるならば、敵にも十分な時間を与える必要があるだろうからね」

「え、えっと、デミウルゴスさんはこの前『4,5日だろうね』って言ってましたけど、あの、も、もっと長くても良いってことですか?」

 

 デミウルゴスの言葉におどおどと確認を押したのは双子の弟、マーレだ。

 

「ああ、あまり長くなっても困るが、皇帝もそれほど愚かではないだろう。ドラゴンの侵入経路を探るなど……色々と理由をつけて伸ばすとしても10日くらいかな?」

 

 微笑んでデミウルゴスは推測を述べ、マーレはそれを聞いてフンフンと頷く。

 

「うん、分かった。じゃあ、シャルティア、お願いするね」

 

 明るい声でマーレがシェルティアに声をかける。この場には連れてこなかった騎乗用のドラゴンと共に今からシャルティアの魔法で帝都近辺の森まで送ってもらうことになっているのだ。

 

 そのシャルティアは、賞状を誇らしげにヒラヒラと翳すアルベドを羨ましそうに見つめており、アウラの声に気付いていないようだった。

 アウラはハァと息を吐き、シャルティアに声を掛け直す。

 

「シャ・ル・ティ・ア! お願いするねっ!」

「あ、出かけるでありんすか? それではアルベド、わたしも手柄を立ててくるでありんす」

 

 声を掛けられたシャルティアは我に返り、振り返ってアウラに微笑みかける。

 そしてアルベドに手を振って<転移門>を開き、アウラとマーレを連れて第六階層へと転移した。

 

「それでは、私共も巡回に戻らせていただきます」

 

 セバスと戦闘メイドたちも、アルベドをはじめとする守護者たちに挨拶をして玉座の間から出ていく。

 これで残っているのはアルベド、デミウルゴス、そしてコキュートスだけとなった。

 

「それで……統括殿は何を浮かない顔をしていらっしゃったのですか?」

 

 デミウルゴスがアルベドに問う。その声には先ほどまでの柔らかさはなく、棘が含まれていた。

 

「あら? 私、浮かない顔をしていたかしら?」

「ええ、どうも式典の最中、あなたは何か気にかかることがあるように見受けられましたが」

 

 デミウルゴスの口から出たのは質問ではない。至高の御方々への不敬を咎める声だ。

 だが、アルベドはそれを気にする風でもなく涼やかな笑顔で答える。

 

「それはそうでしょう? だって、ブルー・プラネット様がご帰還され、それを祝う式典ですもの。不手際が無いか、気の休まる間がないのは当然ではなくて?」

「あなたらしくもない……我々の統括として最高の地位にあるあなたが、この喜ばしい時に小難しい顔をして水を差すことこそ、不手際――無作法ではないのですか?」

「そうかも知れないわね。でも、デミウルゴス……結果としてモモンガ様はご機嫌麗しくあられたのよ? モモンガ様がご満足していらっしゃるのに、あなたが『問題がある』と水を差すことはどうかしら?」

「確かにモモンガ様からはあなたの顔が見えなかったでしょう。しかし、私からはハッキリと見えましたよ。他にも気が付いた者がいたかもしれません」

「では、気が付いた者が私の不手際――あなたの言う不手際を胸に秘めておいてくれれば、それで済むことでしょう」

「なるほど……それはそうですね。では、私はこの件に関して不問にいたしましょう。しかし、アルベド。今度からは気を付けてください。折角の美貌が仏頂面で損なわれては、モモンガ様のご不興を買うことにもなりかねませんよ」

「ありがとう、デミウルゴス。それではこの件はおしまいね。私たちも仕事に戻りましょう?」

 

 優しい微笑みを浮かべるアルベドに、デミウルゴスは不機嫌な表情で捨て台詞を吐いて踵を返す。コキュートスは首を横に振り、デミウルゴスと共に玉座の間を後にする。

 

 玉座の間の扉が閉まり、2人を見送ったアルベドの顔から表情が消えた。だが、それは一瞬のことだ。すぐにアルベドは艶やかな笑みを取り戻し、無人となった玉座の間で独り呟く。

 

「さあ、私もモモンガ様のお部屋に行って報告をしないといけないわ」

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 飲みなおさないか?――先ほどとは逆に、デミウルゴスがコキュートスを誘い、2人は玉座の間を出て第九階層のバーに向かう。

 

「おや、デミウルゴス様にコキュートス様!」

 

 昼前だというのにバーのカウンター席には何人かの客がおり、2人に気が付いて手を振った。

 こんな時間にバーが開いているのには理由がある。客もそれが目当てだ。

 帰還された至高の御方、ブルー・プラネット様が作りだされたというカクテル――その存在を知る者達は多くはないが、彼らのために副料理長はバーを開けているのだ。

 

「御二人も『青い惑星』ですかな?」

 

 デミウルゴスに声をかけた小柄なペンギンのバードマンは「青い惑星」を飲んでいたのだろう。彼が口を開くたびに火を噴く反動で飛びそうになり、黒ずくめの部下が背中を抑えている。他の先客たちも皆、口を開くごとに火を噴きだして後ろに仰け反っていた。

 マスター――副料理長のマイコニドは、いつもならそんな騒がしい客には顔を顰めていただろう。しかし、今日は彼も上機嫌で赤い粘液で飾られた茸状の頭をリズミカルに揺らしていた。カクテルを作る手はいつにも増して軽やかに踊り、頼みもしない高級な菓子までおつまみに付けてくる。

 

「いや、私たちはこの後で仕事があるからね。『青い惑星』はまた夜にするよ」

 

 デミウルゴスは笑顔で答える。アルコールが問題なのではない。カクテル「青い惑星」の特殊効果は毒への耐性では防げないのだ。

 この分では夜になればカウンター席は火の海かもしれませんね――マスターはそんな冗談を飛ばしつつも、頷く。彼は至高の御方の来訪を楽しみにしているようだった。

 

 そしてデミウルゴスたちは先客たちに軽く挨拶をして奥の個室に向かう。

 やがて運ばれてきたグラスを前に、デミウルゴスの表情は決して明るいものではない。

 中々話を切り出そうとしないデミウルゴスに、コキュートスは自分から話を振る。

 

「ソレデ、デミウルゴス、先ホドノアルベドトノ話ダガ……」

「ああ、そうだね……」

 

 魔法の膜が張られ、外の喧騒が消えてデミウルゴスは口を開く。

 

「統括殿は少々お疲れのようだったね」

「ソレダケデハナイダロウ? 私ニモソレ位ハ分カル」

 

 友人に見透かされ、デミウルゴスは苦笑する。

 

「ああ、これで我々がお仕えする至高の御方々は2人となられたわけだ。アルベドもその件について心配があるのだろうよ」

「何ガ言イタイノダ、デミウルゴス? 喜バシイコトデハナイカ」

 

 デミウルゴスの話が呑み込めないコキュートスは話の先を急かす。

 

「つまりだね。命令系統が2つになった。最終的にはアインズ様のお名前の下に統一されるとはいえ……考えたくないことだが、もしモモンガ様とブループラネット様の御二方がそれぞれのお名前において下されたご命令が相反するものであった場合、我々はどうあるべきかということだよ」

「デミウルゴスヨ。ソノ考エハ不敬デハナイノカ?」

 

 テーブルに肘をつき、顔の前で手を組んで深刻な声で語るデミウルゴスに、コキュートスがその言を咎める。

 

「いや、もちろん我々はその全てをもって至高の御方々にお仕えすることが存在意義。その思いは揺るがないよ。だからこそ、だ。モモンガ様が右に行けと命じられ、ブルー・プラネット様が左に進めとお命じになったとき、我々はその身を二つに裂かねばならぬ、ということさ」

 

 デミウルゴスの言葉を受けてコキュートスは4本の腕を組み、少し考えて判断を下す。

 

「ウムゥ、ナルホド……ダガ、モモンガ様ハ至高ノ御方々ヲ統ベル立場ニアルノダロウ? ナラバ……恐レ多イコトダガ、ブルー・プラネット様ヨリ、モモンガ様ノ御言葉ヲ優先セザルヲ得ナイノデハナイカ?」

「ああ、私もそう考えるよ。ただし、ナザリック全体で考えた場合、必ずしもそうは考えない者もいるかもしれないと心配でね。アルベドも同じ心配していたのだろう」

 

 デミウルゴスは僅かに顔を歪めながらも微笑んで答える。

 

「ソノヨウナ者ガイルダロウカ?」

「例えば、パンドラズ・アクターはどうすると思うかね?」

「彼ハモモンガ様ニ創造サレタ者ダ。ヤハリ、モモンガ様ニ従ウダロウナ」

 

 デミウルゴスは無言で深く頷く。シモベたちにとって自分の創造主が特別な存在であるのは当然だ。

 

「では、それ以外の者……シャルティアはどうだろうか?」

「アノ者ハ、モモンガ様ヲ最優先サセルダロウナ」

「統括殿は?」

「言ウマデモナイナ」

 

 コキュートスは、やれやれというように首を振る。

 

「そうだろうね。彼ら3人は何の迷いもなくモモンガ様に従うだろう。理由はそれぞれとしても」

「ダガ、アウラトマーレハ……アノ2人ハ弁エテイルト思ウガ」

「そうだね。あの子たちは至高の御方々を統べるモモンガ様に従うだろう。我々と同じく」

「ムム……ドウイウコトダ? デミウルゴス。スマナイガ説明シテクレナイカ?」

 

 コキュートスはデミウルゴスの真意を測りかね、唸る。

 結局、主だったものは皆、モモンガ様を優先させるということではないか、それは自分としても同じことだ。そこに何の問題があるのか、と。

 

「つまりだね、階層守護者の中では私と君、そしてアウラとマーレは『至高の御方々の長』としての御言葉を優先させるだろう。しかし、シャルティアとアルベドは『モモンガ様』としてのご意思を最優先させるだろう」

「我々ノ忠義ニ差ガアルトイウコトカ……?」

「私は誰の忠義も疑ってはいないよ、コキュートス。ただし、その考え方には違いが生じるだろうということさ」

「……セバスノコトカ?」

 

 短いコキュートスの言葉にデミウルゴスは苦笑する。人間の女を拾ったことでセバスを疑った件は、デミウルゴスにとっても苦い思い出だ。

 だが、デミウルゴスが今懸念しているのはセバスの行動についてではない。

 

「確かに……セバスの件はその一例だった。しかし、これはあくまで一般的な話だよ」

「ナルホド、理解シタ。……ソウダナ、各人ニハ各人ノ考エガアルダロウ」

 

 コキュートスはデミウルゴスの答に頷いて力を抜き、グラスを持ち上げる。

 

「いや、まだ続きがある。シャルティアとアルベドの忠義は、いささか偏りすぎていると思わないかね? 彼女たちは些細なことで、それがモモンガ様のご本意ではなくとも、勝手に解釈してブルー・プラネット様のご意思に反する行動をとりかねない」

「ソレガオ前ノ心配カ」

「そうだ。そして、アルベドの心配もそこにある。聡明な彼女のことだ、私が今ここで話したことくらい、彼女も先刻承知の上だろう。だからこそ、彼女は我々守護者の中でお互いに疑いあうこと……自分が疑われることを理解して、あのように浮かない顔をしていたのだよ」

 

 コキュートスはグラスを下ろし、無言で腕を組み考える。モモンガに盲目的に従うであろう3人のことを。パンドラズ・アクター、シャルティア、そしてアルベド――あの3人は、疑われると知ってもなお盲目的にならざるを得ないのだ。

 

「ダガ……モモンガ様トブルー・プラネット様ハ……御二人ハ、ドウオ考エナノダロウカ?」

「そう……御二方もそれをご心配成されていらっしゃるご様子だった。それは我々に対して各々の創造主の信頼と愛をお伝えくださり、その上で我々の成長を求めていたことからも窺える」

「我々自身ガ創ラレタ意義ヲ考エ、ソノ忠義ヲ磨キ上ゲルベシ……トイウコトカ。厳シイオ言葉ダガ、我々ヲ信ジテクダサッテコソノオ言葉ナノダナ」

 

 コキュートスの言葉にデミウルゴスは深く頷き、力強く語りかける。

 

「そうとも、コキュートス。我々はその御信頼に応えなければならない。御方々が失望され、この地を去られることがあってはならないのだ。だから、彼女たちの暴走を止めるよう協力してほしい。私だけでは、いかにせよ力不足なものだからね」

「分カッタ……協力シヨウ」

 

 コキュートスは頷く。

 デミウルゴスは知力に優れるが戦闘力では他の守護者に劣る。アルベドとシャルティアが暴走したときに止めるためには他の守護者の力を借りるしかない。

 尊敬する友人が他の誰よりも自分を頼ったことをコキュートスは喜び、グラスの酒を啜る。

 その様子を見てデミウルゴスも微笑み、自分のグラスに口を付けた。

 

「……デハ、パンドラズ・アクターハドウスル? アレハ、シャルティア以上ニ厄介ダゾ」

 

 戦闘に長けたコキュートスは息を深く吐くと、早速、戦闘をシミュレートする

 アルベドやシャルティア――暴走の危険を指摘された者達との戦闘は想像がつく。一人では勝てない相手であろうと、誰の協力を仰げばよいのかを考える。

 だが、デミウルゴスが名を挙げたもう一人の強敵――多彩なスキルをもつパンドラズ・アクターとの戦いは難しい。

 

 もしパンドラズ・アクターが暴走し、ブルー・プラネット様に無礼を働くことがあったらどう止めたらよいのだろうか。

――コキュートスは首を捻る。

 パンドラズ・アクターはドッペルゲンガーとして至高の御方々の能力を真似ることが出来る。そして、至高の御方々の姿をとってシモベたちを撹乱することも可能であり、何よりもそれを利用する高い知能をもっているのだ、と。

 

「彼については心配いらないだろうね。彼はモモンガ様のご意思を正確に把握し行動するだろう。そして、私が考えるに……モモンガ様がブルー・プラネット様と袂を分かつとは思えないのだよ」

 

 デミウルゴスは笑ってコキュートスの懸念を否定する。

 

「フム……オ前ガソウ言ウノナラバ……ソウ願イタイモノダ。我々ガ互イニ剣ヲ向ケルコトナド、モウ起キナイデ欲シイノダガ」

「同感だね。我々がお互いに剣を向けあうこと……それもまた、モモンガ様をはじめとする至高の御方々を失望させることになりかねない。だから、この話は君の胸の内にしまっておいてくれ。君の力が必要になったら私が連絡する」

 

 デミウルゴスは懸念が消えたという様に微笑んで、グラスを掲げた。

 

「理解シタ。デミウルゴスよ、彼女達ノ監視ヲ頼ムゾ」

「ありがとう。助かるよ」

 

 コキュートスは大顎をカチカチと鳴らしながら頷き、誓いを立てるようにグラスを持ち上げ、デミウルゴスのグラスと軽く合わせる。

 

 だが、デミウルゴスの心にはコキュートスにも告げていないことがある。

 アルベドが式典の最中に見せた表情を見て抱いた懸念だ。

 

 あれは不手際を心配したからなどという軽い理由ではない。下手な言い訳は、それだけ大きな秘密を隠しているということなのだろう。

――デミウルゴスはアルベドの秘密に思いを巡らしながらグラスを空ける。ナザリック随一の知者であるデミウルゴスといえどもアルベドの心を見抜くのは困難だ。

 

 アルベドは「不手際を胸に秘めておいてくれれば、それで済む」と言った。その論理自身は正しい。殊更に吊し上げて組織の調和を乱すのは愚かなことだ。組織には隠し事も必要である。

 デミウルゴス自身、他の守護者たちに伝えていないこともある。だが、それは人間に対して好意的な感情をもつ仲間たちとの無用な対立を避けるためだ。今この場でコキュートスに真実を告げないのも、出来るだけ穏便に事を進めるためだ。

 

 デミウルゴスは常にナザリックのことを考えて行動する。

 だが、アルベドは違う。彼女は自身の欲望による失態を隠すために組織に沈黙を強いた。

 

(先ほどの式典……あれがアルベドの采配であったことは間違いない。至高の御方々はそのような些末事には一々関わらないでしょう)

 

 アルベドは自らのために表彰式を――あの茶番を計画したのだ。愛する主人から褒められるために自分で作った賞状を主人に渡し、その主人から手渡しさせたのだ。

 

(彼女は自らの欲望に正直すぎる……これは必ずや至高の御方々を悲しませることになる)

 デミウルゴスは、先ほどのアルベドの返答を思い出して顔を顰める。

 

 失態を咎められ、アルベドは「モモンガ様のご機嫌」のみを訴えてブルー・プラネット様への配慮を欠いた。さらに、彼女はそれがブルー・プラネット様への不敬にあたるということすら気が付いていないようだった。

――デミウルゴスは目を細め、表情を悟られないようグラスを呷るふりをして友人を眺める。

 

 至高の御方々に取り返しのつかない不敬を働く前にアルベドを滅ぼすべきだろうか。 

 アルベド亡き後のナザリックをどうやって運営していくべきか――そう考えながら。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 モモンガへの報告が終わり、居室に戻ったアルベドは椅子に座り、小さな丸いテーブルの上に手を組んで目を瞑っていた。

 うっとりとした微笑みを浮かべている。愛する主人の言葉を反芻しているのだ。

 

『まず、アルベド、こちらに来るが良い』

『栄誉を称える。よくやった』

 

 それはアルベドの凍り付いた心を癒す。たとえ自らが描いた茶番であっても。

 

 だが、突如としてアルベドの美しい顔が憎々し気に歪む。先ほどの屈辱が蘇ったのだ。

 

 先ほどまでアルベドはモモンガの居室にいた。

 式典にかかった費用などを報告する、愛するモモンガの傍に立てる至福の時間だった。

 だが、それを邪魔するもの――ブルー・プラネットからの連絡が入った。どうやら捕虜の処遇に関することらしい。居室の隣がどうとかいう、そんな相談がアルベドには聞こえた。

 そして突然モモンガは立ち上がり、いそいそとデス・ナイトを呼び出して、出ていった。

 

 アルベドは放置されたのだ。

 モモンガはすぐに帰ってきたが、アルベドの心に残る黒いものは消えない。

 

「なぜっ! 何故、今さら戻ってこられたのですかっ!」

 

 アルベドは絶叫する。敬愛すべき至高者の姿を思い浮かべて。

 あらん限りの力で叩きつけられた拳によってテーブルが砕ける。

 

 私はナザリックの誰よりも誇り高い存在だ。そうあれと創られ、守護者統括の地位もいただけた。

 私は被造物の頂点であり、誰よりも心を込めて創造され、誰よりも至高の御方々に愛される存在だ。

――アルベドはそう信じていた。そう信じて常に微笑みを絶やさなかった。

 

 しかし、創造主は自分を見捨てて去っていってしまった。

 

 他の守護者達と同様に、ただ見捨てられたと嘆くことが出来れば、どれだけ楽だっただろうか。

 自らの不甲斐無さを嘆き、至高者の帰還を祈る、ただの矮小な存在であることを受け入れることができれば……

 しかし、創造主は「気高くあれ」と命じた。だから自分を卑しむことは出来ない。

 

 アルベドは創造主に与えられた矛盾を憎む。

 気高くあれと命じられた自分、捨てられた自分――どちらが真であるべきかと。

 

 身を引き裂くような矛盾から救ってくれたのが、唯一残ってくれたモモンガだった。

 モモンガから「我を愛せよ」と求められ、至高者に求められる気高いアルベドは存在しえた。

 

「モモンガさま……」

 

 砕けたテーブルを前に、椅子に座ったアルベドは愛しいその名を何度も繰り返し呟く。創造主に見捨てられたという事実から目を背けるように。

 

『アルベド、こちらに来るが良い』

『栄誉を称える。よくやった』

 

 心の中に響く主人の言葉にアルベドの顔が蕩ける。そして憎々しげに歪む。

 先ほどの式典を思い出し、心臓が切り裂かれるような痛みにアルベドは悶える。

 

 ブルー・プラネットは、他の階層守護者たちの創造主の思い出を語った。如何に創造主が守護者たちを愛していたかを。そして、それを告げられた守護者たちは幸福そうだった。

 創造主のために死ねた。創造主がその死を悲しみ、お前が必要なのだと蘇らせてくれた。

 シモベにとってそれに勝る喜びがあるだろうか?

 

 では、私はどうか? ――アルベドは自らを呪う。

 

 過去の大侵攻の時もアルベドは最下層にいた。他の守護者たちが自分の全てを懸けて戦うことが出来たとき、彼女は独りで第十階層の玉座の間で待っていた。

 至高の御方々が第八階層の切り札を動かして侵入者たちを殲滅したとき、アルベドは独り取り残されていた。

 

 私は……私だけが必要とされていない……

 

 ブルー・プラネットが他の守護者達に思い出を語りかけていたとき、アルベドの心は凍った。

 デミウルゴスにそれを見抜かれ、何とか誤魔化したとき、アルベドの心はデミウルゴスたち――何の疑いもなく至高の御方々への敬愛を口にする者達への憎しみで満ちた。

 

 何故、お前たちが私より愛されるのだ、と。

 

 私を愛してくれない至高の御方など要らない。モモンガ様だけがいれば良い。

 ナザリックも要らない。仲間たちも要らない。至高の御方々の遺した何もかも……

 この世界を破壊しよう。モモンガ様と私の2人だけの世界にしよう――そう心に決める。

 

『アルベド、こちらに来るが良い』

 

 最愛の主人の声が命じる。

 その声に応えて創造主から与えられた破壊の力(ギンヌンガガプ)を握り締めたとき、アルベドの部屋をノックする者がいた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 その少し前、ブルー・プラネットは、ヘッケランとイミーナを即席の実験室に移し、再びモモンガの居室を訪れていた。

 

「あ、ブルー・プラネットさん、何か御用ですか? アウラ達はまだ帰っていませんけど……?」

「いえね、アルベドの件でやっぱり気になるんですよ」

「はい? 何がですか?」

 

 モモンガの声の気楽さに、ブルー・プラネットは少し躊躇って告げる。

 

「アルベドが私に嫉妬しているっぽいって話ですよ」

「ああ、風呂場で聞きましたね」

「それで、さっきの式の間も……なんか、ずっと嫉妬を向けられていたんですよ」

「そうなんですか?」

「いやもう、居心地悪いったらありゃしない」

 

 モモンガとブルー・プラネットは笑いあう。アルベドの見当違いの嫉妬を。

 

「それじゃ、早速、話し合ってきたらどうです? さっきまで仕事の打ち合わせしてましたけど、今なら居室に戻ってるはずですから」

「そうしますかね……モモンガさんも付いてきてくれます?」

「断固、お断りします!」

「ですか?」

「です!」

 

 そして、ブルー・プラネットはアルベドの居室のドアをノックする。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「はい……え? うぉっ! ブ、ブルー・プラネット様!? も、申し訳ございません。まだ準備が……いえ、多少部屋が散らかっておりますので少々お待ちいただけないでしょうか……」

 

 ドアを開けるなり取り乱したアルベドをみて、ブルー・プラネットは罪悪感を抱く。

 

「ああ、いいよ。急にやってきて済まなかった。では、ここで待たせてもらおう」

 

 ペコペコと何度もお辞儀をするアルベドをなだめ、ブルー・プラネットはドアの前で待つ。

 待つ、というほどでもなかった。すぐにドアは再び開かれ、息を切らせたアルベドが美しい笑顔をのぞかせる。

 

「お待たせいたしました。お入りください」

 

 女の子の部屋って初めてだなあ、良い匂いがするなあ、でも、思ってたより殺風景だなあ……

――ぼんやり考えながら、ブルー・プラネットは部屋に入る。

 

 急いで片づけたのだろう。部屋の隅には何か色々なものを無理やり詰め込んで隠した箱が見えるが、ブルー・プラネットはあえて目を逸らす。女性の部屋の粗を探さないのが紳士だろうと考えて。

 

「どうぞ、ブルー・プラネット様、お座りください。その椅子はサイズ可変になっておりますから」

 

 アルベドは少しソワソワしながら来客用の豪奢なテーブルにブルー・プラネットを案内する。

 角度的に先ほどの箱が見えないように、という心遣いだろうか?

 部屋に漂う香りを嗅ぐのをやめ、支配者の威厳を取り戻したブルー・プラネットは、アルベドに向かって姿勢を正し、礼をする。

 

「私の不在の間、モモンガさんを支えてくれてありがとう。改めて礼を言う」

「お礼など……とんでもございません。私どもは至高の御方々に仕えるためにこそ存在するのですから」

 

 頭を下げるブルー・プラネットに向かい、アルベドは無垢な微笑みを浮かべて頭を下げる。

 

「いや、私がユグドラシルに来なくなってから他のメンバーも抜けていたとはなあ……お前たちには随分と寂しい思いをさせてしまったなあ」

 

 ブルー・プラネットは自分の思いをしみじみと語る。

 

「お前を創造したタブラさん、彼も来なくなってしまっていたのだなあ……モモンガさんから、お前の設定が変更された話は聞いたよ」

 

 アルベドは俯く。長い髪がはらりと前に垂れ、その表情を隠す。

 白い手袋に覆われた手が椅子の肘掛をきつく握りしめる。

 

「モモンガさんがお前の設定を『愛している』と変更したのは、我々の不在の寂しさを埋めるためにお前の愛を求めていたのだろうなぁ……私もお前に願うよ。これからもモモンガさんの隣に立ち、彼を支えてやってくれ。モモンガさんを慰めるのは、お前しかいないんだ」

 

 バキバキバキッ

 

 何かが壊れる音がした。

 テーブルを見つめながら話していたブルー・プラネットが視線を上げると、俯いて話を聞いているアルベドが肘掛を握り潰していた。

 

(え? 怒ってる怒ってる……俺、何かヤバイこと言ってしまった?)

 

 やがてアルベドがゆっくりと顔を上げる。その顔を見て、ブルー・プラネットは凍りつく。

 

 目が挑むように開かれ、縦に切れた黄金の瞳が怪しい光を放っている。

 口は肉体的限界を超え、ありえない角度で吊り上がっている。

 

 般若が笑っていた。

 

「あ、あるべど……?」

 

 数秒間の間だったが、般若と化したアルベドは微動だにしない。ブルー・プラネットも動けない。

 そして沈黙の支配が解け、アルベドは元の優しい笑顔――絶世の美女の姿を取り戻す。

 

「はい、何でございましょう?」

 

 何事もなかったかのように微笑むアルベドに、ブルー・プラネットは絶句する。

 言えるわけがない。淑女に向かって般若そっくりだったなどと言えるわけがない。

 

「い、いや、なんでもない」

 

 ようやく返事をしたブルー・プラネットに、アルベドはゆっくりと問いかける。

 

「ブルー・プラネット様は、モモンガ様と私の愛を、お認めくださるのですね?」

「もちろんだ。私はそのために来たんだ」

 

 アルベドの顔は喜びに輝く――敵意など微塵も感じられない。感知のスキルも反応しない。

 

「至高の御方々のご公認、ということでよろしいのですね?」

 

 アルベドが身体を乗り出して念を押し、ブルー・プラネットはただ何度も肯く。

 

「ありがとうございます。なんとお礼を言えばよいのか!」

「いや、アルベドよ。お前の役目、そして私達がお前達にしてきたことを考えれば当然のことだ」

「ああ! なんと偉大なお言葉! さすがは至高の御方でございます」

 

 アルベドは椅子から立ち上がり、両手を胸の前に組んで体全体をうねらせ、腰の黒翼をパタパタと羽ばたかせて喜びを表す。うっとりと顔を蕩かせ、その視線は天井の辺りを彷徨い何かの幻影を追っているようだ。

 

「いや、えーと、そういうことで、これからもよろしく頼むぞ?」

 

 もう限界だ――そう思ってブルー・プラネットは逃げるように席を立つ。

 なにかこう、どっと疲れが出る。モモンガがアルベドを避ける気持ちが分かる気がする、と。

 

「もちろんでございます。ブルー・プラネット様もよろしくお願いいたします」

 

 今まで見せたことのない明るい笑顔でアルベドは答える。

 敵意は全く感じられない、嫉妬もない。毒気が抜けた笑顔だ。

 何をお願いされたのかよく分からないが、深く聞く気にもならない。大方、結婚式の仲人役とか、そんなところなのだろう。

 

(思ってたのとはちょっと違うけど、とりあえず勘違いから来る嫉妬は消えたっぽいな)

 

 くふふ……と気持ち悪い笑いを続けるアルベドをみて、ブルー・プラネットは思う。

 

「えと、では、そろそろ帰ろうと思う……はい」

 

 こちらを見つめるアルベドの全開の笑顔から目を逸らすことが出来ず、ブルー・プラネットは後ずさりして部屋を出る。そして、防音仕様の分厚いドアが閉まる直前――

 

「うぉっしゃ!」

 

――そんな叫びと共に何かの砕ける音が聞こえたが、聞こえなかったことにして転移する。

 転移先はモモンガの居室だ。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「アルベドの様子、どうでした?」

 

 ブルー・プラネットの身を案じつつ、修羅場に踏み込むのを躊躇っていたモモンガが心配そうに問いかける。

 

「ええ、なんか……誤解は解けたんだと思います」

 

 枝を振り、疲れた声でブループラネットは答える。

 

「そうですか、よかった」

 

 ふぅ、と重すぎる愛に悩んでいたモモンガが椅子からずり落ちるような体勢で安堵の息を吐いた。

 

「あー、『モモンガさんにはお前しかいないんだ』って言ったら一発でしたよ。この色男!」

 

 ブルー・プラネットがモモンガの肩を枝でつつく。少しばかりの嫉妬も込めて。

 

「やめてくださいよぉ。ほんと、アルベドって大変なんですから」

「なんだか、結婚式の仲人までお願いされちゃいましたよ?」

「え、えーっ! 結婚式って、なんですか、それっ!?」

「冗談です……けど、なんかそんな事企んでるっぽいですよぉぉぉお!」

「やめてくださいよ、もう……」

 

 樹の枝を広げて大袈裟に叫ぶブルー・プラネットに、モモンガは首をすくめてお道化て笑う。他人の気も知らないで、と。

 

 そう――人間の心をもつ2人には、被造物であるアルベドの心は理解できない。

 

 アルベドは許したのではない。

 至高の御方々を許す――そんなことは考えることすら許されない不敬である。

 NPCはただひたすら至高者に従い、至高者の意思を遂行するために創造された存在だ。

 

 アルベドの敵意が消えたのは、ブルー・プラネット自身の言葉によって彼女を苦しめていた悩み、矛盾が解けたためだ。

 

 アルベドは、その居室で至高者の聖なる宣言を何度も反芻する。

 

『モモンガさんの隣に立ち、彼を支えてやってくれ。モモンガさんを慰めるのは、お前しかいない』

 

――モモンガ様と私との愛を認める神聖な行為。これこそが創造者であるタブラ・スマラグディナ様に代わってブルー・プラネット様がこの地に帰還した理由なのだ。被造物の設定を変えること、そして至高の御方々との愛を取り決めることは、至高の御方々にしか為しえない行為なのだから。

 

『私はそのために来た』

 

――ブルー・プラネット様は、至高の御方々を代表して愛される私の誇りを取り戻してくださった。

 そして、モモンガ様には私さえ居れば良いと認めてくださった。

 そして――何よりも大切なことは、この神聖な取り決めを永遠のものとするため、自らは消えるお積りなのだ。

 

『モモンガさんの隣に立ち、支えてやってくれ。お前しかいない』

 

――玉座の間におけるモモンガ様の隣席を私に譲るということだ。ブルー・プラネット様は、自身が消えることで永遠に「アルベドをモモンガの妻と認めた存在」となる。至高の御方々が消えたならば、その宣言を取り消す者はいない。

 

 神は、その死によって新しい世界を創造する――至高の41人によって創られた世界に代わり、モモンガ様と私を頂点とする新しい世界を。

 それを為すことがブルー・プラネット様の望みであり、守護者統括である私に課された使命なのだ。

 

『私はそのために来た』――ならば、それを全力で遂行するのが守護者としての私の務め。

 

 アルベドは目も眩む歓喜の中でそう理解した。

 

「ああ、なんとありがたいことなのでしょう。まさに至高の御方です」

 

 アルベドの目から涙が尽きることなく溢れ出す。至高者への敬意と愛と、輝かしい未来への歓喜をもって。

 

 アルベドの中にはもはや迷いも憎しみも無い。

 至高の御方々に向けていた許されざる殺意は許されたのだ。いや、正しかったのだ。

 この殺意は敵意ではない。至高者が望まれるものを捧げるだけだ。

 やはり私は最高の被造物である――アルベドはそれを確信できた。

 

「ブルー・プラネット様! 必ずや貴方を殺し、モモンガ様の御代を永遠のものといたします」

 

 祈るように手を組み、心の底からの敬意をもってアルベドは独り宣言する。

 そしてこの上なく幸せな笑みを浮かべ、神聖な使命を滞りなく果たすための計画を練る。

 この神聖な計画を告げられたのは自分だけだ。他の誰にも理解出来ないだろうし、理解させるつもりもない。だが、絶対に邪魔はさせない――と。

 

「しかし、ブルー・プラネット様の死を永遠のものとするためには何が必要かしら? モモンガ様は復活を試みられるでしょうけど……復活なんてブルー・プラネット様もお望みではないわよね?」

 

 可愛らしく頬に指をあてて首を傾げ、そして頷く。

 

『お前しかいない』

『よろしく頼むぞ』

 

 アルベドの心の中で至高者の命令が何度も繰り返されていた。

 




アルベド「ひとり上手と呼ばないで」

捏造設定:大侵攻の時、アルベドは第十階層にいた。
「ここまで攻めてきた敵のためにおいとこうぜ。悪の女幹部って感じでさ」
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