昼になる。アウラとマーレはまだ帰ってきていない。
計画では、帝都で皇帝の居城に乗り込んで今回の侵入者の件で話をつけた後、付近の森まで飛び、そこからシャルティアの魔法で帰還することになっている。
ブルー・プラネットはモモンガの仕事の手伝い、切りが良いところで、実験室に移した捕虜たちの世話をすると言って出ていった。人間には昼飯を食わせなければならないのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
実験室のドアをノックすると、中からデス・ナイトがドアを開ける。
「ん、ご苦労」
「オオオァァァアアアアアアーーー!!」
ブルー・プラネットの労いに咆哮で応えたデス・ナイトが退き、至高者は室内に入る。
何もない部屋の中では、ヘッケランとイミーナが身を寄せ合うように壁際に座っていた。2人はブルー・プラネットを見ると、慌てて跪き、首を垂れる。
「ああ、楽にしていい。食事の手配をしようと思ってな」
ブルー・プラネットの声に、捕虜たちはホッとした顔になる。
「<伝言>……料理長よ、ブルー・プラネットだ。人間の捕虜が2人いるのだが、その食事を誰かに運んできてもらいたいのだが……」
『はっ! ブルー・プラネット様! 直ちにご用意いたします。メイドを1人お送りいたしますが、場所はどちらでしょうか?』
「ああ、第九階層の我々の部屋の並びと娯楽エリアの間にある部屋だ。そうだな、ドアに実験室と書いておくから分かるだろう」
『はっ! 至高の御方々のお部屋と娯楽エリアの間、実験室と書かれた部屋でございますね』
「ああ、そうだ。よろしく頼む。それと、献立を書いたものを添えてくれないか?」
『はっ! 承知いたしました』
住所でもあれば分かりやすいのだがな――ブルー・プラネットは元の世界のアーコロジーを思い出す。何しろナザリックは広大なダンジョンだ。第九階層ではアーコロジーをモデルとして大浴場をはじめ無数の娯楽施設や部屋がある。転移の指輪を使えば迷うことはないが、今回のように誰かに場所を指定する場合はややこしい。
モモンガさんに提案してみるかと考えながら、ブルー・プラネットは廊下に出て<署名>の魔法でドアの上に「ブルー・プラネット」と書く。そして、ペンキを合成してドアに「実験室」と大きく書き込む。筆代わりにしたのは自分の枝先だ。書き終わった後は洗浄液で枝先を洗い流す。
こんなものかな? と腰に手を当ててドアを眺めていると、自分の名を呼ぶ声が聞こえる。
周囲を見渡すと、長い廊下の向こうからメイドが1人、何やらワゴンを押して来ていた。
「あー、ここだ」
ブルー・プラネットは枝でドアを指さし、もう片手で手を振ってメイドを呼ぶ。
「……ブルー・プラネット様……お料理をお持ちいたしました」
「ご苦労様。では、頼むよ」
至高の御方に手を振られ、急いで駆けてきたのだろう。メイドは少し息が上がっている。それでも笑顔を絶やさない彼女を労りながらブルー・プラネットはドアを開けた。
「失礼いたします」
メイドは恭しく頭を下げ、部屋の中にワゴンを押してはいる。
そして、部屋の中に何もないことに戸惑って、ブルー・プラネットを見上げる。
「も、申し訳ございません……あの、お料理はどこに置けばよろしいでしょうか?」
メイドが戸惑うのも当然だ。何しろとりあえず余ったスペースに作られ、用途も決まらないまま放置されていた部屋だ。料理を乗せるべきテーブルなどあるはずもない。
「あ、あー……そうだな、今日の所は床に置いてくれ」
「は、はい、そうですね。それが当然です」
メイドはサービスワゴンから簡素な食器に盛られた食事を下ろし、床に並べる。
「献立はこれか?」
ブルー・プラネットがワゴンに掛けられたメモを見つけ、それを手に取ってみる。
『鶏もも肉とブロッコリーのホイル蒸し:2皿
バターロール:4個
クラムチャウダー:2皿
アップルパイ:2個』
そう書かれている。
「お前達、これが昼食だが……足りるか?」
ヘッケラン達に尋ねると、2人はコクコクと頭を縦に振る。それはこの世界――少なくとも帝国では了承を表す仕草であり、ブルー・プラネットも頷く。
「それでは、テーブルを用意するまで床で食べてもらうことになるが、辛抱してくれ」
「はい、大丈夫です。俺たちワーカーは野宿することも多いですから」
ブルー・プラネットの喋り方に気を許し始めたのだろう。ヘッケランは笑顔を作って答える。
「おお、そうか。ワーカーならばそうだろうな」
とりあえずテーブルの問題は片付いた――ブルー・プラネットが次にイミーナに目を遣ると、イミーナは興味深げに料理を見ていた。
「ふむ、お前たちはこのような料理や食材を見たことがあるか?」
「い、いえ、ブルー・プラネット様。このパンは分かりますが、この野菜やスープの具は見たことがありません」
声を掛けられたイミーナが慌ててブルー・プラネットを見上げ、答える。
「ほう……なるほど。それではお前達、今日から料理についてのレポートを付けてくれ。料理や食材について知っているか知らないか、そしてその味や感想を。あと、体調の変化だな。何か発疹が出たり腹を壊したりなどだ」
「はい、分かりました。あの、それで何に書けばよいでしょうか?」
「ああ、ノートとペンを後で渡そう」
実験を上手く始められたことで、ブルー・プラネットは機嫌が良くなる。
「アルシェは……あの子も食事出来ているでしょうか?」
イミーナが心配そうにブルー・プラネットに問いかける。それを聞き、ヘッケランもブルー・プラネットを見上げる。アルシェは2人にとって――ここに居ないロバーデイクにとっても――妹の様な存在だ。
「あ……それはどうだろうな? シャルティアに預けていたが……今は任務中だしな」
その存在をすっかり忘れていたブルー・プラネットが首を傾げると、傍らで控えていたメイドが控えめだがしっかりした口調で口を挟む。
「ブルー・プラネット様、それでしたら、シャルティア様がすでに手配をなさっておいでです。私の仲間の一人、シクススが第二階層のシャルティア様の居室まで料理を運ぶことになっております。先ほど、これと同じメニューを持って行ったところでございます」
「ほう、気が利くな! ……というわけだ、アルシェのことも心配はないようだな」
メイドとブルー・プラネットの話を聞き、イミーナたちは微笑みを浮かべる。
至高の御方に褒められて嬉しかったのだろう。メイドも微笑んだ顔に赤みがさす。
そのとき、モモンガから<伝言>が入ってきた。
『ブルー・プラネットさん、アウラ達が戻ってきたらしいです。今、私の部屋に呼びますので、都合のよい時に来てください』
「はーい、ありがとうございます」
<伝言>が切れる。
そして、突然「ありがとう」と言い出した樹の化け物をキョトンとした表情で見上げるヘッケラン達に気が付き、ブルー・プラネットは少々気恥ずかしさを感じて弁明する。
「いや、すまない。今、モモンガさんから連絡があってな……第六階層……お前たちが飛ばされた闘技場のある階層だが、その調査をする準備ができたということだ」
ヘッケラン達は身震いする。昨夜、あの闘技場で見た光景を思い出して。
目の前の化け物――気さくに食事について語る樹の魔物――は、あの夜空を一瞬で昼に変えた超越者なのだと思い出して。
「お前たちは、アルシェもだが、いずれ第六階層に移そうと思っている。だが、お前たち外の世界の者をむやみに私の森に入れるのは心配でな。そのための調査だ」
「……本当に申し訳ございませんでした。まさかこの墳墓にあなたたちが住んでいらっしゃるとは夢にも思いませんでしたから……」
ヘッケランが神妙な顔で謝罪する。それを聞き、イミーナもその横で頷く。
「ん……まあ、な……モモンガさんはこのナザリックを長年守ってこられたのだから、侵入者には厳しいな……」
ブルー・プラネットは、少々的外れなヘッケラン達の謝罪を受け流す。
「それでは、モモンガさんがお待ちだから私はもう行くが……えーと、お前は確か――」
「インクリメントでございます」
ブルー・プラネットの視線を受け、物静かなメイドはお辞儀をして名乗る。
「よし、インクリメント、この部屋の家具を適当に見繕って運ばせてくれ。テーブルとイス、ベッド……それにトイレは……奥に『無限収納箱』と『無限の水差し』、あと柔らかな紙を多く置いてくれ。寝室やトイレの間仕切りも必要か――」
ユグドラシルにおいて「排泄」という行為はなかったため、トイレに相当するアイテムや設備は無い。そんなものがあったら、ゲーム中に部屋を汚すプレイヤーが続出するからだ。アダプターによって自動的に処理するシステムはあったが、それはあくまで「自動的」なものであり、意識的に「する」ためのものではない。
適当なアイテムの組み合わせで簡易トイレを作るしかない――そう考えて、ブルー・プラネットはとりあえず思いつくままに並べる。
お前たちはどうしてるのだ――そんな質問が喉まで出かかったが、それを若い女性にいきなり聞くのはセクハラにもほどがあるとブルー・プラネットは自重し、口を噤む。
インクリメントは頷き、メモ帳にブルー・プラネットの言葉を書き留めていく。魔法で無限にページが供給されるメモ帳――理論的には四十二億九千四百九十六万七千二百九十五ページで終わるはずだが、早捲りチャレンジで完遂したプレイヤーはいない――と、同じく幾ら書いてもインク切れを起こさないボールペンだ。
「――あと、そうだな、そのメモ帳とペン、予備があったはずだな? それを料理のレポート用に置いてくれ。料理は毎回献立をつけ、それと一緒にメモを書くようにすれば良いだろう」
「かしこまりました。それでは、家具類は部署に連絡して運び込ませることといたします。メモ帳は、私達の予備の物をお持ちいたします」
インクリメントの言葉にブルー・プラネットは頷き、最後の指示を与える。
「よし、それではインクリメント、この2人の世話係はお前だ。デス・ナイトと協力してくれ」
至高の御方の命令に、インクリメントは微かに顔を引きつらせる。しかし、完璧主義の彼女はすぐに冷静さを取り戻し、恭しく頭を下げた。
「承知いたしました。この者達のお世話は私が承ります。ご安心くださいませ」
「うむ、それでは頼むぞ」
ブルー・プラネットはインクリメントの頭に枝を伸ばし、撫でる。
インクリメントは思わず顔をグニャグニャに蕩かしそうになるが、必死に耐えて「クールな私」を保った。
ブルー・プラネットがドアに向かうとデス・ナイトが恭しくそれを開け、ブルー・プラネットは軽く手を上げてデス・ナイトの忠義に答える。そして部屋を出て指輪を起動させ、モモンガの居室前まで転移する。歩いて数分の距離ではあるが、急いだほうが良いだろうとの判断からだ。
至高の御方が去ったことを確認し、緊張が解けたデス・ナイトとインクリメントは顔を見合わせ、微笑みあう。デス・ナイトの表情を読み取れたら、であるが。
「あの……インクリメントさん、あなたはこの墳墓で働いている人間なのですか?」
ヘッケランがインクリメントに声をかける。
戦闘職であるヘッケランの目から見て、デス・ナイトと呼ばれるこのアンデッドは強大であり到底勝ち目はない。だが、このメイドは危険な存在ではなさそうだ。
戦うわけにはいかないが、人間であれば情に訴えてこの状況を切り抜けることが出来るかもしれない――そんな希望を込めてヘッケランはインクリメントの顔を見つめる。
「何を言ってるんですか? 私が人間であるわけがないでしょう? 私は至高の御方々の御手によって創造されたホムンクルスです。さあ、早く食事を済ませていただけませんか? 私も忙しいのですよ」
インクリメントは眼鏡を直しながら、呆れた顔で冷たい視線を2人の捕虜に投げかける。
微妙にデス・ナイトの後ろに隠れている彼女が発した声は、あくまで無機質で冷たかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
モモンガの居室前に転移したブルー・プラネットはドアをノックする。
「はーい……あっ、ブルー・プラネット様!」
元気の良い声を上げてドアを開け、輝く笑顔で迎えてくれたのはアウラだった。
開かれたドアから部屋を覗くと、奥にはマーレがちょこんと立っており、その後ろにモモンガが執務机から手を振っている。
「お待たせしました、モモンガさん」
ブルー・プラネットは部屋に入り、ドアから付いてきたアウラと奥で待っていたマーレの頭を撫でながら机の対面に立つ。
「いえいえ、先ほど2人が帰ってきたので報告を受けていたところです……皇帝が10日ほどでナザリックに来ることになりましたが、ブルー・プラネットさんはどうします?」
「遠慮しますよ。私はそんな柄ではありませんからね。裏方に徹します」
悪戯っぽく投げかけられたモモンガの問いに、ブルー・プラネットも手を振って笑って答える。
「ははは……ですよねー」
2人の至高の御方々が笑いあう様を見て、アウラとマーレは感心したように溜息を漏らす。
「では、アウラとマーレよ、ブルー・プラネットさんを第六階層に案内せよ。この世界に来てからの変更点をお見せするのだ」
「はいっ! お任せください、モモンガ様、ブルー・プラネット様!」
「は、はいっ……あの、その、ブルー・プラネット様、よ、よろしくお願いします」
モモンガの威厳ある指令に、双子の姉弟はそろって声を上げる。
「うむ、それでは任せることにしよう。よろしく頼むぞ」
ブルー・プラネットはモモンガに礼をして、その居室を後にする。そして、双子を抱えて転移の指輪を発動させようとし――マーレも同じ指輪をしていることに気付いた。
「おや、マーレ、お前も転移の指輪をしているのか?」
「は、はい。モモンガ様からい、頂いたのですが、あ、あの……いけなかったでしょうか?」
マーレは狼狽えて、左手の薬指に嵌めた指輪を隠すように、そっと右手で覆う。
「いや……そうか、良かったな」
「は、はい……えへへ」
嬉しそうに笑うマーレを見て、ブルー・プラネットは一抹の不安を覚える。この少女の装いをした美しい闇妖精の少年に対してモモンガがどんな感情を抱いているのか……
(まさかとは思うが、モモンガさん……ペロやぷにに毒されたりしてないだろうな?)
モモンガが跪いて幼い闇妖精の薬指にそっと指輪を嵌める姿を幻視し、ブルー・プラネットは顔をブンブンと横に振る。
「それじゃ、あたしはマーレの指輪で転移します。場所は、巨大樹のあたし達の住居前でよろしいですか?」
マーレの指輪に気付いたブルー・プラネットの微妙な表情に気を利かせ、少し残念そうな表情でアウラはブルー・プラネットの脇から身を離す。
「ああ、巨大樹だね。分かったよ」
ブルー・プラネットは頷く。第六階層でも一際目立つ巨大樹ならばよく覚えている。引退後に改変がなされていないとしたらの話だが。
手をつないだアウラとマーレの姿が掻き消え、ブルー・プラネットもそれに続く。
一瞬の揺らめきの後、ブルー・プラネットは第六階層の巨大樹の前に立っていた。
「……ふふっ」
巨大樹を見上げてブルー・プラネットは笑いを漏らした。ギルド<シャーウッズ>の巨木たち、<アインズ・ウール・ゴウン>に加入してからの冒険……今となっては懐かしく、楽しい思い出だ。
そんなブルー・プラネットを不思議そうに双子は見上げ、その視線を感じてブルー・プラネットは現実に引き戻される。
「それでは、この樹を起点にして調査を始めたいのだが、何かその前にあったら教えてくれ」
ブルー・プラネットの言葉に、アウラがモジモジとしながら答える。
「あの、ブルー・プラネット様……よろしければ昼と夜を元に戻していただきたいのですが……いえ、あたし達は良いんですけど、シモベたちの睡眠のリズムがちょっと……」
アウラの言葉に、ブルー・プラネットは空を見上げる。巨大樹の枝に隠れて空は見えない。
後ろを振り返る。美しい夜空が広がっている。
ブルー・プラネットは自分の顔を枝でピシャリと叩いた。
(あちゃー、元に戻すの忘れてたわ)
生態系がどうのこうのとモモンガさんに偉そうなことを言った傍からこれだ、とブルー・プラネットは恥じる。自分で生態系を乱していたら世話がないと。
「すまない……すぐに戻る」
ブルー・プラネットは自分の居室に戻り、部屋に保管しておいた王笏を装備する。
そして、再び巨大樹の前に転移するとアウラとマーレに微笑みかけ、王笏を空に掲げる。
グルリと天球が回転し、夜が昼に変わる。
「今は1時すぎだな?」
自分でも時計を確認し、王笏で天球の設定を弄りながらブルー・プラネットは2人に聞く。
「はい、えっと、今は1時28分です」
「いちじ にじゅう はちふん です」
時計を弄るアウラの声に懐かしい声が重なる。双子の創造者、ぶくぶく茶釜さんの
「おおっ……アウラ、その時計はモモンガさんから貰ったのか?」
「はいっ! モモンガ様から頂きましたっ!」
創造主の声に耳を垂らし顔を蕩かせていたアウラが驚いたように声を張り上げる。
「そうか、お前たち、色々と良いものを貰っているな」
「はいっ!」
アウラが嬉しそうに答える。その横でマーレもコクコクと頷いて指輪をさする。
ブルー・プラネットは幸せそうな幼い双子を眺め、モモンガを羨ましく――そして尊敬の念を抱く。自分の意志をもったNPC達……彼らに自分が出来ることは何なのだろうかと考えて。
「お前達……私もお前たちに何かやれれば良いのだがな」
ブルー・プラネットは枝を伸ばし、双子の体を抱きしめる。
「ブルー・プラネット様……そんなお気遣いは……私たちは至高の御方々のお側にいられるだけで幸せなんですから」
「あ、あの……そうです、お姉ちゃんの言うように、ブルー・プラネット様がいらっしゃるだけで僕たちは幸せです」
抱きしめられた双子は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにトロンとした表情に変わり、口々に自分たちは幸福であると述べる。
「ありがとう……お前達のようなシモベがいてくれて、私も幸せだ」
ブルー・プラネットはそう言うと気恥ずかしくなり、2人を放して言う。
「それでは、調査を始めようか。まず、最初に――」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「アウラ、マーレ……樹に入っている状態で私の居場所が分かるか?」
第六階層の巡回を始めるにあたり、ブルー・プラネットは樹の中に融け入って見せた。
「は、はい。僕もそのスキルは使えますから……で、でも、どこにいるかというと、その……」
「あたしも……『何かがいる』ことは分かりますし、スキルを使って集中すればブルー・プラネットの気配は感じることが出来ます。でも、どの樹を特定するまでは難しいですね」
マーレとアウラの声を巨大樹に付けたアイテムによって聞き、ブルー・プラネットは近くの一本の樹に意識を集中する。
その瞬間、双子は同時に声を上げる。
「あっ、そこです! 今、分かりました」
双子が指さした樹の中からブルー・プラネットが現れる。
「なるほど、高位のドルイドとレンジャーであれば、私の存在を察知することが出来るのだな」
ブルー・プラネットは疑問の1つが解け、満足そうに頷く。
そして、アウラにアイテムをもたせ、自分は樹の中を進むので先導を頼むと伝える。
アウラはお気に入りのペット――フェンリルを呼び出し、マーレと共にそれに乗って第六階層の森の中を滑るように移動し始める。フェンリルのスキル「土地渡り」によって鬱蒼と茂った森の中を、一本の草木も損なうことなく。
ブルー・プラネットは樹に融け入り、双子の後を追う。樹の中であれば周辺の森の状態が手に取るように分かる。どの樹が病気なのか、水分を欲しているか――幸いなことに、巨大樹周辺の森は極めて良好な状態に保たれていた。
双子の位置、そして周辺の視覚情報もアウラに持たせたアイテムによって手に取るように分かる。このアイテムは双子がもともと装備している通信用アイテムの原型であり、ブルプラ達に持たせていたものだ。しかし、感覚器として持つ者が違うためだろうか、得られる情報はブルプラ達に使っていたときよりも遥かに多く、ブルー・プラネットが直接視認するのとさほど変わらない。
「御視察のルートは、あたしがいつも巡回するルートでよろしいですか?」
「ああ、そうだな。そうしてくれ」
「はい! それでは飛ばします。フェン、いくよ!」
アウラが元気よくフェンリルに声をかける。
フェンリルは一声吠えて了承の意を示すと、飛ぶような速度で走り出す。
アウラの視界を通じて木々がブルー・プラネットの目の前をすり抜けていく。
スキルによって木の枝は自然にアウラ達を避け、その身に傷を負わせることはない。もっとも、100レベルの肉体をもつアウラ達には、たとえ太い枝がその眼にぶつかったところで何の痛痒も感じないだろうが。
アウラの視界には全くブレは無い。本人も恐怖を感じていないのだろう。
ブルー・プラネットも猛スピードで飛んでくる小枝の一つ一つまではっきり視認できる。それでいて全く恐怖を感じない。本能で今の身体の性能と魔法の効果を理解しているのだ。今のブルー・プラネットは100レベルの植物系モンスターなのだから。
(怖い……はずなのだがなあ)
ブルー・プラネットは違和感を感じる。
ユグドラシル時代は「仮想現実ではダメージを負わない」と分かっていても、やはり目の前に木が迫ると反射的に避けていた。その記憶とのギャップに戸惑う。
設定上は超人的能力をもつモンスターでも、中身は平凡な人間であり恐怖を感じる――それがゲームとしての楽しみだったのだ。
「アウラはこの道でケガをしたり、怖い思いをしたことはないのか?」
「もちろん無いですよ!」
あたしはこの階層の守護者ですから――そんな自信と誇りを浮かべた笑顔でアウラは即答し、ブルー・プラネットは愚問だったと思う。
「そうか、そうだな」
それが当然なのだろう。いかに幼く見えても、アウラはそう創られた存在なのだから。
「すごいな、アウラは」
「とんでもないですよ。これが私に命じられたお仕事ですから」
超常的な能力を自然に受け入れて疑問にも思わないアウラをブルー・プラネットは羨ましく思い、そんなブルー・プラネットにアウラは無邪気な顔を向けて笑う。
仕事の出来を褒められたのだと思ったのだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇
やがて、やや開けた場所――10軒ほどのログハウスと畑のようなものがある場所に着く。
近くには見慣れない果樹が赤い実をつけている。果樹園なのだろう。
それらの樹が地上の――この世界のものであることはすぐに分かった。何というか……ブルー・プラネットには上手く説明できなかったが、感覚的に「濁っている」のだ。地上の森を転移していたときは気が付かなかったが、第六階層のユグドラシル由来の樹々と比べるとその違いは明らかだ。
地上の樹には、第六階層の森には無い何か不純物のようなものが含まれている。
(この世界の本来の成分なのかもしれないな)
この世界にはユグドラシルとそうでないものが混在している。魔法の性質も異なる。ナザリックの原料でこの世界の回復ポーションを作ると紫色になるらしい。
――モザイク状に入り混じったこの世界についてブルー・プラネットはあらためて首を捻る。
「アウラよ、お前はこの果物を食べたことはあるか?」
ブルー・プラネットは樹から実体化して果樹を指さし、アウラに問いかけた。
「はい、でもあまり美味しくありませんね。味が薄いし、何かこう……舌に残るんです」
アウラが舌を出し、顔を顰めて答える。
それを聞き、ブルー・プラネットは帝都でナーベラルが言っていた言葉を思い出した。
(雑味が除けていないとか言っていたな。それはこの世界の成分に因るのかも……)
ヘッケラン達はナザリックの食事を美味いと言っていた。調理の技術に因るところも大きいだろうが、ひょっとしたら素材の違いが影響しているのかも知れない。
ナザリックの食事は元の世界の食材をモデルとしてユグドラシルの魔法によって作られているが、それはこの世界の人間の栄養になるのだろうか?
それとも、この世界の人間にはやはりこの世界の本来の成分が必要だろうか?
捕虜たちが痩せてきたら地上の食材も混ぜてみるべきだろうな。
――ブルー・プラネットは頭を悩ませる。
「ブルー・プラネット様、ここでリザードマン達が暮らしているんですよ。あ、来ました」
ブルー・プラネットの思考をアウラの明るい声が破った。
目を遣ると、何匹かのリザードマン――直立したトカゲのような生物が小屋から出てきたところだった。リザードマン達は皆、尻尾を地面に引きずり、眠たそうにしている。
「あ……アウラ様、マーレ様、おはようございます」
「おはようじゃないわよ! 今何時だと思ってんの!?」
アウラがリザードマンを叱り飛ばす。
「も、申し訳ございません! 先ほどまで夜だったのですが、突然明るくなって朝になったのかと……」
リザードマン達は青空高く昇っている太陽を見て、しどろもどろに弁解をする。
「あーもう! ハムスケは? ブルー・プラネット様がいらしたのよ!」
「は、はいっ! 今起こしてきます!」
リザードマンが慌てて小屋に戻り、やがて眠そうな巨大ハムスターを連れて戻ってきた。
「おおっ! ブルー・プラネット殿ではござらんか! お越しくださり光栄でござる!」
ブルー・プラネットの姿を認め、丸くなり縮こまるハムスケの言葉に、リザードマンたちはざわめく。言われてみればアウラ達の後ろに小さなトレントが立っているが、何か偉い存在なのだろうかと。
「そうよ、あんたたち、至高の御方の前で見苦しい様子を見せないように!」
アウラがブルー・プラネットを手で示し、リザードマン達はようやくその緑色の膜を羽織った奇妙な樹の魔物がこの墳墓の最高位の存在だと気が付く。
「は、ははー! ぶるーぷらねっと様! お見苦しいところ、失礼いたしました!」
「ああ、良い。楽にするがいい。私はブルー・プラネットという。モモンガさんの友人だ」
平伏するリザードマンとハムスケに向かってブルー・プラネットは枝を振り、それに応じて第六階層の住人たちは身を起こす。
「本日はどのようなご用件でブルー・プラネット様がお越しになられたのでしょうか?」
訳が分からないといった顔でリザードマンたちは質問をする。
「ああ、私は長らくこの階層を留守にしていたので、その点検にな……お前達が最近この階層に入植してきたリザードマンか?」
事態をまだ呑み込めないでいるリザードマンが答えようとする前に、ブルー・プラネットの質問にアウラが答える。
「はいっ! この者達は湖の近くの村から連れてきた者達です。コキュートスが見所のある者達だと言ってました!」
「ほう、コキュートスが……ちょっとその経緯を話してくれるか?」
ブルー・プラネットの質問に応え、アウラが説明する。森の中の湖のほとりでリザードマンの集落を発見したこと、コキュートスを中心として戦い、その中で何匹かのリザードマンを復活させて第六階層に住まわせていること、等々を。
「ほう、なるほど……そうか。それで、リザードマンの食事は……その果物なのか?」
「いえ、主食は魚らしく、ダグザの大釜で作った魚をあたしが配ってます」
「なるほど。しかし、あれは安いとはいえコストが掛かるのではないか?」
「ええ、それでリザードマンの村で魚を養殖中です」
「ほう、養殖まで……それはすごいな。そのリザードマンの村も見てみたいものだ」
「はいっ! お命じいただければご案内いたします!」
ブルー・プラネットの感心した呟きにアウラが元気よく返事をする。
周囲のリザードマン達は話についていけず、口を開いて事態の推移を見守っている。
「ふむ、頼めるか?」
「はいっ、もちろんです! いつもはコキュートスが管理していますけど」
「そうか……いや、モモンガさんにまず話を聞いてみよう」
勝手に外部にNPCを連れ出すのは気が引ける。コキュートスに管理させているというなら尚更、勝手なことをするわけにはいかない。
――そう考えてブルー・プラネットはモモンガに<伝言>を繋ぐ。
「もしもし、モモンガさん?」
『はい、ブルー・プラネットさん、なんですか?』
「今ですねぇ、第六階層のリザードマンの話を聞いているんですが、外の世界のリザードマンの村も見てみたいんですけど」
『あ……』
<伝言>で頭の中に響くモモンガの声が途切れた。
「もしもし? モモンガさん?」
『あ、あのですね……リザードマンの村、ちょっと後回しにしてもらっていいですか?』
「はい? ええ、構わないですけど、何か問題があるんですか?」
『いえ……そう……ちょっと問題があるんです』
「手伝えることでしたら手伝いますけど?」
『いやぁ……あの、そうです、コキュートスに任せているので、彼がどこまで管理できるか様子を見ているところで……』
「あー、なるほど。そういうことですか。分かりました。それではリザードマンの村は落ち着いた後で見に行きますね」
今度こそ<伝言>が切れる。
「モモンガさんの話では、今はちょっと都合が悪いらしいな」
ブルー・プラネットが残念そうに言うと、アウラとマーレは申し訳なさそうな顔をする。
「そうですか。モモンガ様の仰ることでしたら仕方がありませんね」
「そ、そうですね。お、おねぇちゃんの言うとおりだと思います」
ブルー・プラネット様との外出の機会が潰れたのは残念だ。しかし、ナザリックの最高支配者、至高の御方々の長であるモモンガ様が許可しないのでは仕方がない――そんな顔をしてアウラとマーレも諦める。
「ま、仕方がないさ。また今度にしよう」
ブルー・プラネットは耳を垂らして俯いた双子の頭をポンポンと叩いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
モモンガは、居室で独り大きく安堵の息を吐く。
「ああ、良かった……リザードマンの村に行かれたら――」
モモンガの脳裏にリザードマンの村の光景が浮かぶ。花で飾られ、杖を天に振りかざす、モモンガの雄々しい立像を。
机の書類の山に突っ伏して両手で頭蓋骨を押さえ、骸骨は独り悶える。
「――あんなの見られたら死んでしまう!」
NPC達の前では支配者気取りを恥ずかしいと思う感情も薄れてきたが、かつては人間同士だった仲間の前でそれは恥ずかしすぎる。
(神様気取りかよって……実際そうなんだけどさ!)
力を崇拝するリザードマンを支配するには、その力の象徴を置くのが最も効果的だ。
超越的な魔法を放つ絶対の支配者――その姿を象った神像が、リザードマンの村には置かれている。そして、敬虔な信者となったリザードマン達は毎日それに魚や果物を捧げ、花で飾り付けているらしい。
「どうするか……あの像を片付けたら、リザードマン達の忠誠心に影響があるかもしれない。何かあったのだろうかと勘ぐる者がでれば、コキュートスによる統治にも影響があるかもしれないな……」
悩むモモンガは部屋をうろつきまわり、やがて一つの結論に達する。
「こうなりゃ、ブルー・プラネットさんの像も立てちまえ! ふっふっふ……『恥は道連れ』ですよ!」
「恥は道連れ、余の情け」
「モモンガ様、それはどのような意味でございましょう?」
「うむ、昔、徳のある王が部下の失敗に自分も失敗して見せた、とかだな」
※捏造設定
ナザリックのNPC達はトイレになんか行きませんよ!