デミウルゴスの牧場からナザリックに戻り、ブルー・プラネットはモモンガの居室に向かう。帝都に残してきたブルー・プラネットの店とシモベたちについて相談するためだ。
「ブルー・プラネットさん、牧場はいかがでした?」
「ええ……勉強になりました。デミウルゴスは今後の実験にも協力してくれるらしいです」
「よかったですね。じゃあ、牧場関係はお任せします。俺は羊の世話とか分からないですし」
モモンガは明るく笑う。
ブルー・プラネットはそんなモモンガの呑気そうな口調に疑問を抱く。本当に牧場で飼われているのが人間であると知っているのかと。
だが、あえて確認はしない。
羊が人間だったからといって、それがどうかしたのか。
――そんな思いがある。そしてモモンガも同じように考えるだろうと。
目の前のモモンガも自分も元は人間だ。人間相手に同類として同情心を抱くのが当然ではないか。
――そう考えもする。だが、牧場で確認したこの世界の人間の身体は、元の世界の人間のそれと微妙に違った。その事実が同情心の欠落を正当化する。
本能的に「同種ではない」と察しているのか、と。
一方で、目の前のモモンガには「同種」としての親しみを感じる。森の樹々に感じるのとは違った親近感だ。元・人間同士なのだからと思えばそうなのだが、ナザリックのNPCたちに対しても近い感情はあるのだ。
元の世界やユグドラシルの残滓がフェロモンか何かのように作用している。あるいは逆に、この世界の「不純物」が忌避剤のように働いているのかも知れない。
――そう考えてブルー・プラネットは納得する。
「それで……モモンガさん。私、帝都に戻って店に置いてきた資料を回収しようと思うんですが」
「は? ……ああ、薬師として開いた店のことですか?」
「ええ、もっとこの世界の薬学について研究したいんですよ」
更に詳しく言えば、この世界の不純物の影響を探るためだ。
ブルー・プラネットはモモンガに帝都への旅を提案する。今となっては旅というほどのものではないが、勝手にふらりと出かけて行っていいものでもない。相手がモモンガだけならば<伝言>で事後承諾という手もあるが、トブの要塞でアウラが見せた表情を思い出すとNPCたちに余計な心配をかけるのも可哀想な気がする。
「うーん、まあ、それなりに名の通った薬師がいつまでも行方知れずってのも拙いですけど……」
モモンガの食いつきは悪い。モモンガとしては、ナザリックの防衛を固めるのが先ではないかという思いがあるのだ。
ブルー・プラネットは捕虜を実験で壊してしまったことについても報告する。この世界のポーションとの違いを研究するべきだと。
「貴重な資料もありますし、やはり忠誠を誓ったシモベも回収したいんですよ」
シモベ――その言葉にモモンガは反応し、頷く。
「なるほど、シモベですか。ブルー・プラネットさんの作った『人間』を見てみたいですね」
「でしょ? モモンガさんだってナーベラルと行動してるじゃないですか。そんな感じで、私も人間社会で行動するのに人間型のシモベが必要ですし、社会的な基盤をもつシモベはナザリックの今後のためにも重要ですよ」
帝都で店を開いていた実績をもつブルプラとネットの2匹のシモベを活用する。それは今後、アインズ・ウール・ゴウンが人間社会で工作活動をするために役に立つだろう。
――ブルー・プラネットはそう主張し、モモンガも大きく頷いた。
「分かりました。では……俺も皇帝の来訪の下準備しますんで、一緒に行きましょう!」
帝国が放ったワーカーたちが帰還しなかったことは“漆黒”のモモンとして既に報告済みだ。アウラとマーレが皇帝の居城に乗り付けてナザリックへの来訪を約束させた件も、内通者から帝国内部の動きについて報告を受けている。
現時点で帝国に向かう理由は、モモンガには無い。
だが……皇帝の来訪が当初の計画より遅くなった。あらためて内通者達と根回しをしておいた方が良いだろう。それに、帝都に向かうブルー・プラネットの安全も図りたい。シャルティアを洗脳した敵が何処に潜むかわからない以上、ブルー・プラネットを一人にはしたくない。
――そう判断してモモンガは同行を主張する。それは、ようやく見つけた仲間への執着の表れでもあった。
「では、シモベを森で回収し、そこから“漆黒”と一緒に帝都に向かいましょう」
ブルー・プラネットもモモンガの同行に喜んで同意する。
自分のシモベが“漆黒”と同行すれば帝都における名声が高まるというメリットがあるのだ。
2人は頷きあい、さらに予定を調整していく。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の午後、モモンガとナーベラル、そしてブルー・プラネットはナザリックを出て不可視化し、帝都近郊の森まで転移した。そしてブルー・プラネットはシモベたちの場所を探し始める。
シモベたちの居場所はすぐに判明した。シモベたちに付けておいた首輪とマーカーの効果だ。
森の奥で気楽に餌を食んでいた3匹の動物はブルー・プラネットの枝に絡めとられ、集められ、順に<獣類人化>の魔法を掛けられる。
森の中の開けた場所にブルプラ・ワン、ネット・ツー、そしてブルー・スリーの3人の姿が現れて臣下の礼をとる。
「へえ! ブルー・プラネットさん、これは便利ですね」
「お見事でございます、ブルー・プラネット様!」
初めてみる魔法にモモンガとナーベラルから驚嘆の声が漏れる。
ナザリックがあったヘルヘイムは異形種のホームグランドであり、ブルー・プラネットが低レベルの人間種を作る機会は無かったのだ。
だが、この世界では人間が中心となっている。
人間の形で動けるシモベが限られているナザリックでは、ブルー・プラネットが使ったこの魔法は文字通り「人材不足」を解決する可能性がある。
(これは使えるなあ……)
モモンガは人間として創られたシモベをしげしげと眺め、その視線にブルプラたちは戸惑う。
「ブルー・プラネット様、こちらの方は一体……」
創造主に呼ばれて気がついたら見慣れぬ骸骨と美貌の女魔法使いに見つめられている。
――この状態についていけないブルプラは、ブルー・プラネットを見上げて質問する。
「ああ……今、教える」
口で説明するのは面倒だと、ブルー・プラネットは3人のシモベたちに順に<知力向上>の魔法を掛け、情報を共有する。
「偉大なるモモンガ様、お目にかかれ光栄です! そしてナーベラル様、宜しくお願いいたします」
はっと気が付いたように敬意を示し、恭しく跪く3人のシモベは――しかし、全裸だ。
ナーベラルは興味が無いようで無表情だったが、モモンガとブルー・プラネットは互いに顔を見合わせる。
「……人型になったのは良いですけど、この状態じゃ連れていけませんよね? どうします?」
「ええ……今、服を出します」
ブルー・プラネットは枝で頭を掻きながらアイテムボックスを開け、保管していた衣類を取り出してシモベたちに服を着せる。
「さて、行きますか」
シモベたちの準備が出来たのを見て、モモンガが音頭をとる。
魔法によって“漆黒”の姿となったモモンガ、そしてナーベラル、それに遅れてブルプラ達3人のシモベが続いて森を出ていき、帝都への街道を歩き始める。
人間の姿を取れないブルー・プラネットは樹の中に入り込み、意識をブルプラと繋ぐ。
「ははは、ブルー・プラネットさんは不便ですねー。どうです? <縮小化>で小さくなって鎧着て人間に擬態するのは?」
「いや、身長合わせても体形的に無理でしょ? だから、こうしてシモベが必要なんですよ」
“漆黒”のモモンの軽口に、笑って答えるのはブルプラの肉体だ。その様子に不敬ではないかとナーベラルが気色ばんだが、モモンから説明を受けてブルプラに向かい非礼を詫びる。
「し、失礼いたしました。あの、今はブルプラさん、いや、ブルプラ様がブルー・プラネット様なのですね」
「そうだ。だが、ナーベよ……帝都ではブルー・プラネットさんの名を出すなよ?」
「ああ、あくまで“ブルプラさん”で頼む」
説明を受けてナーベラルはしきりに首を傾げ、事態を飲み込もうとしている。
「帝都ではブルー・プラネット様をモモンさんのご友人であるブルプラさ――ん……とお呼びすればよろしいのですね?」
「うむ……だが、私がいつもブルプラの身体を使ってるわけではないからな。急にブルプラの身体を使ったとき、慌てて私の名を出したり敬語になったりしないよう気を付けてくれということだ」
深々と頭を下げて了解の意を示した後も何やら口の中でブツブツと繰り返しているナーベラルを、モモンガ――“漆黒”のモモンは不安げに見つめる。
「あの……ブルー・プラネットさん。例の魔法、ナーベラルに掛けた方が良いですか?」
「……いや、止めときましょう。私の方で、ブルプラを使い続ければいいだけですし」
問題は対人スキルだ。<知力向上>の効果が切れてナーベラルがパニックになっても困る。
――そう判断してブルー・プラネットは少なくともナーベラルがいる間はブルプラの身体を使い続けることを決めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
帝都アーウィンタール――帝国の中枢である大都市に、アダマンタイトのプレートをもつ“漆黒”は歓迎される。帝都で店を構えていたブルプラ達にも問題はない。
日が傾きかけた街の様子にブルプラは目を細める。相変わらず騒がしく、混沌とした街だと。
この世界は若々しく、愛おしい。だからこそ、その可能性を留め置くために進歩の芽を摘むのだ。
この世界の人間たちは明日の繁栄を夢みて、昨日と変わらぬ今日を永遠に楽しめることだろう。
――そう考えてブルー・プラネットの口元に微笑みが浮かぶ。
「おや、ブルプラさん! いつの間に“漆黒”と知り合ったのかね!?」
ブルプラ達が微笑みながら自分の店に向かう途中、知り合いの店主たちが声をかけてくる。そして、自分も紹介してもらおうと“漆黒”の元へと愛想笑いを浮かべて群がってくる。
「ああ、うちのポーションを気に入ってもらえてね」
ブルプラは“漆黒”の前に立ち、同じく愛想笑いで商人達をあしらう。
モモンも機嫌よさそうに笑いながら手を振って町の人々に挨拶をする。そして、かつてのギルドで商人として活躍した仲間を思い出し、ブルプラの耳元に小声で話しかける。
「ブルー……プラさん、なんだか雰囲気が音改さんっぽいですね」
「あはは、商人スキルが付いたんですかね」
ブルプラは笑って答え、同行する他のシモベも笑う。
やがて一行は「冒険者通り」に着く。ブルプラ達が店を構えていた区画、低級冒険者たちのたむろする界隈だ。目立つ姿の“漆黒”は、たちまち彼らを崇拝する冒険者たちに取り囲まれる。
「じゃあ、大家に会って店じまいの手続きをしてもらいますね」
冒険者の群れに囲まれて握手攻めにあっているモモンに声をかけ、ブルプラは店の裏に回って大家を呼びに行く。
「しかしまあ、アダマンタイト級の冒険者とお知り合いになるとはね」
しばらくしてブルプラと共に戻ってきた大家は、店の前の喧騒をみて感慨深げに言う。
小さな辺境の町から流れてきた薬師――それが見る間に成功し、人類最高峰の存在であるアダマンタイト級冒険者を店に呼ぶほどにまでなったのだ。
「それで、ブルプラさん……この後はどこに行きなさるんだね?」
「はい、またしばらく旅を続けようかと思ってます」
「そうかい……寂しくなるねえ」
目を瞬かせて問いかける大家に、ブルプラは笑って答えた。
そして、ブルプラと大家は業者を手配し、荷物を運び出す準備をする。
もう夕方だが、残っているポーションは「店じまいセール」として通常の半額で処分することとした。この世界では異質な「ドルイド特製ポーション」は“漆黒”のモモンが全て買い取った。
店の中にある原料や2階の鉢植えは、リ・エスティーゼ王国の商人が買い取ることになっている。残念ながらその商人はエ・ランテルにおり、今日明日には間に合わない。荷物は一旦は帝都の倉庫に保管して、後日引き取ってもらうことにした。
急な話だが、アダマンタイト級冒険者“漆黒”の口添えもあり、すぐに倉庫が用意された。
ブルプラとネット、ブルーの3人が店の番をしている間、“漆黒”は別の要件で帝都を回る。
帝国中枢の内通者と今後の予定を打ち合わせに行くのだ。
その留守の間、店じまいの情報を聞きつけたのだろうか、いつかの上客――ポーションを全種類買ってくれた紳士――が現れてブルプラに問いかけた。
「あの、ブルプラさん、この店を閉めて旅に出られるそうですが、どちらに行かれるのですか?」
「いやあ、そうですね……スレイン法国にでも行ってみようかと。良く知らないのですが、噂では変わった信仰と魔法技術が残されているそうですし」
当たり障りのない返答だが、その言葉を聞いて紳士の顔がパッと明るくなった。
「ああ、スレイン法国に! ええ、あの国は進んだ技術があるらしいですし、ブルプラさんのような優れた技術をもった方は優遇されるそうですよ」
「ほう、それは楽しみですね。お客様はスレイン法国に行かれたことが?」
「ええ、以前に冒険者として依頼を受けて何回か町に泊まった程度ですが」
紳士の笑顔は自然であり、口調にも不自然さはない。
しかし、ブルー・プラネットのスキルは、この紳士が嘘をついていると伝えてくる。敵意も嫉妬も何らかの悪意も感じ取れないが、何かを隠しているようだ。
冒険者には言いたくないこともあるんだろう。――そう考えてブルプラは紳士に微笑む。
「そうですか。スレイン法国への旅が楽しみになりましたよ」
「はい、それではブルプラさん、良い旅を。いつかまたお会いできるのを楽しみにしていますよ」
そう言い残して紳士は帰っていった。
そして、夜になる。
半額セール、そして更なる出血大サービスでブルプラの店は商品はほとんど売り切れた。
店の奥の物品も貸倉庫に移され、残っているのは半分ほどだ。
ブルプラ達が食事をしていると、モモンガ達“漆黒”から<伝言>が来た。
“漆黒”は帝都の中央の豪華な旅館に泊まるという連絡だ。
『そっちの状態はどうですか?』
「ええ、大分片付きました。明日の昼までに残りも全て引き払うことになっています」
店の2階で実体化したブルー・プラネットはモモンガと情報を交換し、明日の相談をする。
外に話が漏れる心配はない。この倉庫も、旅館の部屋も、ブルー・プラネットとモモンガが何重にも魔法障壁を重ねてあり、その障壁自体にも気が付かれないよう迷彩を施してあるのだ。
「セバスたちが来れなかったのは残念でしたね」
『いえ……俺は逆に良かったと思います。“漆黒”とブルプラ、さらにセバスまで繋がりを示すのは拙いですから』
セバスは王国と帝国を行き来する裕福な商人としての顔を持っている。今回は急な話で都合がつかず、引っ越しにセバスを使えなかったが、それを残念がるブルー・プラネットにモモンガは説明する。
ブルー・プラネットが集めたこの世界のポーションの原料――それはナザリックでの研究にも、カルネ村に移住させた薬師たちに使わせることもできる。しかし、そこに至るまでは何段階もこの世界の業者やダミーを挟み、経路を追えないように手配している、と。
“漆黒”とブルプラの関係も必要以上に晒すことはせず、あくまで「優れたポーションの噂を聞いて知り合った」程度の関係としているらしい。旅館を離したのもそのためだ。
「慎重ですね」
『はい』
モモンガの返事は短く力強い。ブルー・プラネットもその言葉を聞いて気を引き締める。
今や自分の一挙手一投足にナザリックに生きる者達すべての運命が掛かっているのだと。
「それでは、明日、ここが片付いたら私はシモベたちを連れて帝都を出ます。そして頃合いを見てナザリックに<帰還>しますが……」
『はい。では、また会えるのは明日の夕方くらいですね。一緒に行けないのが心配ですが――』
帝都内で居場所が分かっていれば、モモンガはすぐ駆けつけることができる。また、敵が何であれ、人通りの多いところで仕掛けては来ないだろうとも考えられる。
未知の敵がいるとして、危険なのは帝都から出て街道を行く間だ。
『――気を付けてくださいね』
「はい、お互いに気を付けましょう」
<伝言>を切り、モモンガとブルー・プラネットはそれぞれ自分の仕事に戻る。
モモンガはナザリックに<転移>して仕事をするらしい。
だが、ブルー・プラネットはモモンガと違って転移の魔法に制限がある。<帰還>では拠点間の移動しかできないのだ。ナザリックと帝都の店を簡単に往復できないため、店の中から<伝言>でナザリックのNPCたちと連絡をとり、指示を下す。
「インクリメントよ、ヘッケラン達の様子はどうだ?」
『はっ、先ほど夕食を持って行ったときの様子では、依然として理性を取り戻しておりません』
「そうか……食事は済ませたのだな?」
『はい、食器をひっくり返してしまうので床で食べさせていますが、食欲は旺盛です』
「床か……そういえばトイレはどうなってる? 床を汚してないか?」
『はい、トイレを使う知能はないようですが、今のところ床を汚してはおりません』
「ふむ……便秘かな? 体調不良でなければよいが……分かった。明日も世話を頼む」
帰ったらデミウルゴスに連絡して牧場に引き取ってもらうか。――そう考えて<伝言>を切る。
そして、別な対象に<伝言>を繋ぐ。
「ツアレ、アルシェの様子はどうだ?」
『は、はいっ! お食事の時にご一緒させていただいてますが、大分と打ち解けてくださったご様子で、色々とお話をしております』
「そうか。やはり人間同士だと気安く話せるものかも知れんな。……痙攣はしていないか?」
『はい、特に変わったご様子はございません』
「うむ……症状が安定しているのなら、第六階層に移して様子を見ても良いかもな」
『そうですか……アルシェ様が第六階層に移られるのでしたら、お世話はいかがいたしましょう?』
「ああ、そうだな……それも考えておこう。それから……悪いが、余っている服があればアルシェにやってくれないか?」
『服でございますか? ……はい、探してみます』
頼んだぞと言って<伝言>を切る。
アルシェを第六階層に移すと聞いたとき、ツアレの口調に残念そうな感情が混じった。
ナザリックで出来た人間の友人――しかも歳が近い同性の――と会えなくなることを惜しんでいたのだろう。
(ツアレを第六階層で働かせる……いや、ただのメイドにあの森林での仕事は大変だな。だが、友人として行き来できるようにしてみるか。女同士なら子供が出来る問題はないだろうしな)
そして、ブルー・プラネットは第六階層の守護者、アウラとマーレにそれぞれ了解を得るために<伝言>を繋ぐ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日の昼、ブルプラは最後の荷物を運び出し、大家の立会いのもと店をたたむ。大家は「先払いした家賃の返却は出来ない」と言ったが、今となってはその程度の金額で争うこともない。
鍵を返して3人は大家に別れを告げ、薬師組合や冒険者組合にも回り、再び旅に出ることを告げる。
薬師組合は優れた技術をもつ薬師が帝都を離れることを惜しみ、また帝都に立ち寄ることがあれば歓迎すると言った。
冒険者組合は金払いの良い客が離れることを惜しみ、再び情報が必要になればいつでも寄って欲しいと言った。
これは今後も帝国で活動する際に便利だ。――ブルー・プラネットはブルプラの肉体を通じて笑顔で挨拶した。
帝都の検問を抜けてブルプラ達は街道を行く。
数時間歩き、人通りが絶えた所で3人は街道の脇の樹々の下に寄り……突如として姿を消す。
ブルー・プラネットがその樹から実体化し、3人を抱えて<帰還>の魔法を唱えたのだ。
そして、ブルー・プラネットと3人のシモベはナザリック地下大墳墓の入り口に立っている。
「さあ、ここがお前たちの本拠地となるナザリックだ」
ブルー・プラネットは転移の指輪をユリ・アルファたちから受け取り、3人と共に第九階層の居室前に転移する。
ドアを開け、3人のシモベを連れて部屋に入ると、アルシェが跪いて主人を迎えてくれた。
ツアレが探してくれたのだろう。何やらヒラヒラの付いた白っぽい可愛らしい服を着ている。サイズが少し大きいようにも思えるが、ブルー・プラネットには良く分からない。ツアレの趣味……いや、セバスの趣味なのだろうと考えて、それ以上は追及しないことにした。
ともかく、まともな服が手に入った。これでこの部屋から出しても変態とは思われないだろう。
――手遅れのような気もするが、ブルー・プラネットはその可能性をあえて無視する。
アルシェは顔を上げ、後ろに付いてきた3人に気が付くと目を丸くする。
「あ、あの……ブルー・プラネット様、後ろの方達は……あっ!」
帝都で会った偉大な薬師とその弟子――ブルプラを思い出し、アルシェは全てを悟る。
「ああ、アルシェも知っているだろうが、ブルプラ・ワン、ネット・ツー、そしてブルー・スリー……3人とも私が創り出したシモベだ」
3人のシモベは順に頭を下げ、アルシェにお久しぶりですと挨拶をする。
「おっと、ブルプラとネットは覚えているだろうが、ブルーの顔は知らないだろうな。お前を道で突き倒してカバンを奪った男だ」
「ああ……」
アルシェは蒼ざめる。“フォーサイト”の破滅――その全てがこの化け物の掌の上であったことを今更ながら思い知らされて。
その様子を見てブルー・プラネットは不思議に思う。随分と血色が良くなったと思ったが、またこの娘は蒼い顔をして震えている、と。
「そうだ、ツアレはどうだ? 色々と話をしていると聞いているが」
「は、はい……ツアレさんは大変お優しい方で……色々と教えてくださいました」
アルシェはようやく出来た友人の名を出され、視線を宙に彷徨わせる。
ツアレまでブルー・プラネットの創り出したシモベだったと言われたらどうしようかと。
「ああ、この世界の人間同士で仲良くやれるのではないかと思っていたが、馬が合うようならよかったな」
ブルー・プラネットの言葉を聞き、アルシェは涙ぐむ。あのツアレの笑顔は偽りではなかったと知って。
だが、次の言葉はアルシェを戸惑わせた。
「それで、お前を今日から第六階層に移そうと思うが、良いか?」
男が3人来たのだから、お前も居づらいだろう。――そう、ブルー・プラネットは説得する。
「あ、あの……第六階層とは……」
「ああ、緑豊かな良いところだぞ。ツアレも呼べるようにしよう。他に、アウラとマーレもいるし……ドライアードたちも、見た目はお前と同じ年頃だから話も合うかもしれないな」
アルシェにとって、記憶にあるその場所は巨大な闘技場――“フォーサイト”の破滅の地だ。
ブルー・プラネットが楽し気に語る第六階層の様相とはかけ離れた印象しかない。
だが、ここで何を言っても仕方がない。
――アルシェは混乱しつつも黙って微笑み、頷く。この地獄で学んだ処世術だ。
口を閉ざしたアルシェを促し、ブルー・プラネットは部屋の外に出る。そして指輪を発動させ、アウラとマーレの住まう巨大樹の元に転移する。
「いらっしゃいませ、ブルー・プラネット様! アルシェ様、お久しぶりです!」
「あ、あの、マーレです。アルシェ様、よろしくお願いします」
闘技場で出会った少年と少女の闇妖精――その幼い外見は偽りで、どちらも規格外の化け物――はアルシェにも丁寧に挨拶をする。
「うむ……お前たちまでアルシェに様付けか」
「はい! あたし達の世話係になったエルフ達が噂しておりましたから」
ブルー・プラネットは先日の騒動を思い出し、顔に枝を当てて溜息をつく。一体どこまで噂が広がっているのか、どんな感じに尾鰭がついているのかと。
「そうか……では、今日からアルシェを第六階層に置きたいのだが、住居はどうしたらいい?」
「あたし達の部屋もあるこの巨大樹でいかがでしょう? 外からのエルフ達も住んでますし」
「うむ……その『外からのエルフ達』というのは何だ?」
「はい、先日のナザリックを汚した愚か者どもが連れてきた奴隷で、ここで引き取っています」
「ああ、そうか」
頷きながらブルー・プラネットはアルシェを見る。アルシェが再び震えているのを感じ取って。
アルシェは知っている。
この幼く見える闇妖精が凍り付くような殺気を放ちながら憎々し気に言った「ナザリックを汚した愚か者」という言葉――それが自分たちを意味するものだと。
「ああ、お前達……このアルシェは見ての通りちょっと不安定でな……あまり外の世界の者を悪く言うな」
「はいっ! 申し訳ございません!」
「あ、あの……ご、ごめんなさい」
双子の闇妖精は素直に頭を下げ、ブルー・プラネットは2人に依頼する。
「それでは、一つ部屋を用意してやってくれ。その間に私はこの階層の者にアルシェを紹介して回るから」
◇◇◇◇◇◇◇◇
ブルー・プラネットはアルシェと共に霧となり、第六階層の森をすり抜けて飛ぶ。
そして小屋のある広場に着き、実体化する。
そこではリザードマンがハムスケやデス・ナイトと共に剣を振るい、その傍の果樹園と畑ではドライアードとトレント達が農作業をしていた。
「お前達、ちょっと集まってくれ」
ブルー・プラネットの言葉に周辺の者は手を休め、集合する。至高の御方の招きに逆らう者がいるはずもない。
「今日からこの階層に住まわせるアルシェだ。皆、仲良くやってくれ」
「アルシェ・イーブ・リイル・フルトです。よろしくお願いします」
ブルー・プラネットの紹介とアルシェの挨拶に、階層の住人は跪いて挨拶を返す。
「殿! このアルシェ殿はどのような方でござるか?」
「ああ、外の世界の人間だ。この階層で巡回や農作業の手伝いをしてもらおうかと思っている」
「ふむぅ、すると、ピニスン殿たちと同じお仕事でござるな」
まだ噂を知らないと見えるハムスケにブルー・プラネットが答え、ハムスケは頬ひげをヒクヒクと動かす。
「ええー! 人間がボク達と一緒に!?」
ハムスケのヒゲを掴みながら大声を上げたのはピニスンだ。ドライアードにしては例外的に騒々しいこの個体を、他のドライアード達がそっと手を伸ばして窘める。
「ご、ごめんなさい! でも……うん、そうですね、人間とも仲良くできるかもしれません」
ピニスンがちょっと考え込んで笑顔になり、アルシェに向かって手を伸ばす。
「はじめまして、ピニスンです。えっと、アル……シェさん? よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
アルシェも微笑んでピニスンの――同じ年頃の少女に見える、花飾りを付けた際立って美しいドライアードの手を両手で包み込む。
お喋りなドライアードと寡黙な人間か。案外、相性がいいかもな。
――ブルー・プラネットは2人の様子に満足そうに微笑み、アルシェに声を掛ける。
「ここの者は皆、外の世界からの入植者だ。ナザリックでは外の世界の常識と異なることも多いが、この階層のルールは彼らから聞いてくれ」
「はっ、はい!」
ピクリと体を震わせてアルシェが答え、その様子をピニスンは不思議そうに眺める。
やはり、人間がここで暮らすのは難しいか?
――随分とリラックスした様子のハムスケやピニスンと比べ、緊張が解けないアルシェを見てブルー・プラネットは、ふむ、と考え込む。
そして、アルシェがブルプラの店で言った言葉をふと思い出す。
(可哀想……か?)
動物実験のことを聞き、アルシェが漏らした言葉だ。
アルシェの立場に立ってみれば、檻の動物と同じ囚われの生活は確かに辛いものだろう。
――そう思いながら、ブルー・プラネットは同情心を抱いた自分に困惑する。
つい先日まで、アルシェは他の人間たちと変わらない存在だった……はずだった。
帝都の店で“フォーサイト”と話し合ったとき、ブルー・プラネットは実験動物に同情を寄せるアルシェに多少とも好意を抱いた。そして、闘技場で折角生き残った後は、自分が使役した
その程度の存在だったはずだ。
だが、帝都から帰ってきてからアルシェには何か親近感を……帝都の人間たちとは違った雰囲気を感じている。それは微かではあったが、帝都の雑踏で多くの人間を見てきた後でみると明確な違いとして認識できる。
(同じ部屋で暮らして情が移ったのかも知れないな)
そう思って頷き、あえてその同情心を抑え込む。
私情を挟むのはナザリックのためにならない。安易な「可哀想」で大局を誤ってはならない。
――そう考えてブルー・プラネットは首を振り、冷静な目でアルシェを見つめ直す。
可哀想という感想は安全な立場、優位な立場からの物言いでもある。
帝都でのアルシェも、ナザリックでのブルー・プラネットも、その立場から「可哀想」だとした。
支配者としての傲慢な考えだ。
では、圧倒的強者の支配下で生きるとき、
それを調べることが、アルシェをこの階層に置く本来の目的だ。
ブルー・プラネットは、この第六階層を将来ナザリックが支配する世界のモデルとしようと考えている。デミウルゴスに告げた世界のあるべき姿――汚れなき世界のモデルとして。
デミウルゴスの牧場が世界の危機の芽を隔離する場所である一方、この階層は無垢なる者達の楽園としたいのだ。
そして、デミウルゴスの言葉はもう一つの自覚を促した。自分も所詮は愚かな人間だったと。
人間の傲慢さは許しがたい。元の世界の失敗を繰り返すわけにはいかない。
だが、それはこの世界で強者となった自分にも言えることだ。人間の生殺与奪の権を手にしたとき、自分が傲慢であってはならないだろう、と。
ブルー・プラネットはヘッケランとイミーナを思い浮かべる。思い付きの軽はずみな実験で壊してしまった者を。
傲慢にならぬよう、ブルー・プラネットはアルシェの扱いを変えようと考えた。
「さて、アルシェよ……この樹は知っているか?」
ブルー・プラネットはアルシェに問いかける。緊張を解くため、出来るだけ優しい声で。
「はい、この実は私も食べたことがあります」
「ふむ、では、アルシェにはこの果樹園の責任者となってもらいたい。この農場で働く最初の人間となるが、ピニスンと協力して樹々を育て、我々に果実を提供してくれるか?」
アルシェは黙ったまま微笑んで頷く。ブルー・プラネットもアルシェに向かって頷く。
ブルー・プラネットが考えるアルシェとの新しい関係は「契約」である。
アルシェをこのナザリックで縛るのは、力と権威でも、気まぐれや同情心でもない。
与えられた仕事を忠実にこなす限り、アルシェを尊重しなくてはならない。
それがこの世界の至高者の1人となったブルー・プラネットが自分へ科したことである。
(この世界の人間は第六階層の生態系の中で責任ある役割を果たせるだろうか?)
了解の意を示すアルシェを見ながらブルー・プラネットは祈る。この人間が他の住人と協力でき、信頼に足る者であることを証明してくれることを。
アルシェに感じる親近感が正しいことを、アルシェがナザリックの一員として上手くやっていけることをブルー・プラネットは祈る。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ブルー・プラネットはハムスケやピニスンたちに手を振って別れを告げ、アルシェと共に再び巨大樹の元に戻ってくる。
「ブルー・プラネット様、お部屋のご用意が出来てますよ」
アウラが地上に降りてきて、ブルー・プラネットを案内する。
この巨大樹は内部が高層ビルのようになっており、幾つもの部屋が造られている。アウラ達はその一つ、なるべく地上に近いところになるべく綺麗な部屋を用意してくれたのだ。
「ああ、良い部屋だな。アルシェよ、今日からここに住んでくれ。後でツアレも呼ぼう」
アルシェは広く清潔な部屋に用意された豪奢な調度品を見て目を丸くする。
床にはぶ厚い絨毯が敷き詰められ、青い宝石をくりぬいて作られた腰の高さほどもある花瓶にはこの階層で採られたであろう花が飾られている。壁には幾重もの宝石を金と銀の糸で編み込んだ飾りが取り付けららえている。金で縁取られた姿見が取り付けられた白い化粧台、細かい細工が施された巨大なベッド、テーブルに机――ブルー・プラネットの部屋には劣るが、自分の部屋としては十分以上だ。何より、風呂が付いているのが有り難い。
皇帝の居城以上だ。
――アルシェは忘れかけた幼い頃の貴族の生活を、そして、まだ裕福だったころの幸せな家庭を思い出す。厳しいが優しく貴族の心得を教えてくれた父親、椅子に座り静かに微笑む母親を。
2人の妹はどうしているだろうか。――出来ればまた会いたいが、その思いは叶わぬ夢として心の奥に仕舞い込んだ。
「ブルー・プラネット様……ありがとうございます」
アルシェの肩から力が抜ける。張りつめていた心が緩み、目に涙が浮かぶ。口からは感謝の声が漏れる。シャルティアに教え込まれた至高の存在への媚ではなく、本心からの感謝の念だ。
目の前の樹の化け物――生贄の脳を啜る残虐な怪物であると思い込んできたこの存在は、意外にも善良な精神をもつのではないだろうか。家に帰れないのは辛いが、それはこの墳墓に押し入った自分達の落ち度であり、ワーカーとなったときに覚悟していたことだ。
――アルシェはそう思ってブルー・プラネットを見上げる。
「ああ、この程度のことは感謝には当たらない。それよりもこの階層で上手くやってくれ」
アルシェの眼差しを感じ、ブルー・プラネットが明るく笑う。
「そうですよ、アルシェ様! ブルー・プラネット様の御后となる方にこの程度の部屋しか用意できずに申し訳ないですよ!」
同じく明るく笑うアウラの言葉に、沈黙がこの部屋を包み込む。
「……あ、あのな、アウラ……それは誤解だ」
「え? そうなんですか? みんなそう噂してますよ?」
ブルー・プラネットの否定にアウラはきょとんとした顔で答える。
アルシェは再度真っ蒼になり、体をグラグラと揺らしている。意識が飛びそうになるたびに精神作用をもつアイテムが意識を引き戻すのだ。
怪物が自分に良くしてくれると思ったら、いきなり后にされていた。
樹の化け物の妻になって一体何をどうすればいいのか?
そもそも、この樹の化け物に男とか女とかあるのか?
――アルシェの脳内に無数の疑問が浮かんでは消え、その中でアルシェの思考は停止する。
『おんしをお求めになったブルー・プラネット様も、きっとおんしを愛でてくださるでありんしょう』
――シャルティアの言葉が再び脳を支配する。あの地獄の記憶と共に。
「はい、ブルー・プラネット様! 至高の御方のご寵愛にあずかり、アルシェは幸福でございます」
アルシェは蒼ざめた顔でブルー・プラネットの足元に跪き、シャルティアに叩きこまれた媚を口にする。
それを見てアウラとマーレは「やっぱりね」と言うように頷き、満足そうな笑顔を浮かべて拍手する。
「ご結婚おめでとうございます! ブルー・プラネット様!」
「あ、あの! お、おめでとうございます!」
「はぁ!?」
いきなり結婚したことにされていた。
――ブルー・プラネットは混乱し、足元に蹲るアルシェから逃れるように枝を振り回しながら後ずさりする。
そしてベッドに躓いて尻餅をつき、そのまま後ろに倒れ込む。
巨体の重量を受けてベッドはギシリと軋むが、それでも壊れることはない。
ベッドに倒れ込んで呆然と天井を見つめる至高の御方をマーレは不思議そうに眺め、アウラは満面の笑みを浮かべる。
子供は見ちゃダメ――そんなことを言ってアウラはマーレを引き摺って部屋を出て行った。
1週間、風邪で寝込んでました。これはもうヘッケランとイミーナの祟りとしか。