自然愛好家は巡る   作:コロガス・フンコロガシ

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Endその1 注)「ナザリック崩壊」や主要キャラの死を含みます


後日譚:永劫の蛇

 ブルー・プラネットは宝物庫に向かった。

 通常、この場所へは2人以上で来ることになっている。指輪をもって入るとトラップが作動するため、指輪を預かる者が必要なのだ。

 

 だが、ブルー・プラネットは入り口まで転移すると指輪をその場で投げ捨てた。

 ギミックによって部屋一杯の金貨や宝石が雪崩を起こし、指輪は埋もれて見えなくなる。ブルー・プラネットはそれに目を遣ることもなく独りで宝物庫の奥に進む。

 

 宝物庫の奥にはモモンガ――に化けたままのパンドラズ・アクターが居た。

 

「これはこれはブルー・プラネット様、お知らせくださればお迎えに上がりましたのに……それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

 変身を解いて軍服姿に戻ったパンドラズ・アクターは、いつもの様に片手を胸に当て、大げさな身振りで至高者を迎える。

 だが、いつもなら同じように大袈裟な身振りで「今日はだな」と返してくれるはずのブルー・プラネットは沈んだ声で一言答えるだけだった。

 

「ああ、ウロボロスを借りたい」

 

 パンドラズ・アクターは驚いたように天を仰ぎ、片手を額に当てて問い返す。

 

「ウロボロス! おお、竜王の宝物庫で見出された新たなワールドアイテム! 世界を創りかえる秘宝を!」

「ああ、そうだ。それを出してくれ」

「承知いたしました! しかし、あのような強力なアイテムを何故……?」

「お前が知る必要はない」

 

 不機嫌そうにブルー・プラネットは答える。

 パンドラズ・アクターはいつもと様子の異なることに不思議そうに首を傾げたが、帽子を目深にかぶり直すと深く腰をかがめた。

 

Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)

 

 そう言ってパンドラズ・アクターは宝物庫の最奥に入り、無数のアイテムの中から指示された物を持ち出してきた。尻尾を銜えた蛇の輪――世界を取り巻く大蛇を象った「永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)」だ。

 

「ブルー・プラネット様、ウロボロスでございます」

「ああ、ありがとう」

 

 力なく笑うブルー・プラネットを見てパンドラズ・アクターは再度質問を考えたが、思いとどまった。それは領域守護者の分を超えていると判断したのだ。

 己を滅し、ひたすらに忠誠を尽くす――それが被造物たる自分の役割であると。

 

 ブルー・プラネットは傍に跪いたパンドラズ・アクターには目もくれず、ウロボロスを手に取って眺めながら考えた。

 

(果たしてこれで効くのだろうか? ワールドアイテムを所持している者にはワールドアイテムの効果は……)

 

 以前、これを使って一部地域を立ち入り禁止にしたとき、他のワールドアイテム所有者はその禁を破ることが出来た。だが、別なワールドアイテム“五行相克”で魔法の体系が変更されたときはワールドアイテム所有者にもその変更が適用されてしまったのだ。

 

(俺もワールドアイテムを装備しているんだ。仮にウロボロスが効かなければ、生き残った者たちを俺が……)

 

 そう考えながらブルー・プラネットはウロボロスを腕に嵌め、頭上に掲げる。

 

 全能感が満ち溢れてくる。どんな願いでも叶えられる。

――その確信とともに、このアイテムの詳細な効果範囲が頭の中に流れ込んできた。

 

(ああ、大丈夫だ。この願いはワールドアイテム所持者にも効く)

 

 暖かな安心感に包まれ、ブルー・プラネットは願いを口にする。

 

「この世界からユグドラシルに由来する全てを……そう、全てを消し去ってくれ! この世界をあるべき元の姿に戻してくれ」

 

 ユグドラシルの全て――ブルー・プラネットの脳裏をかつての仲間との記憶がよぎる。

 肩を並べて戦ったこと、つまらない勘違いで起きた喧嘩、苦労の果てに得たアイテム――

 

 楽しかったなあ……

 

 その記憶がコピーに過ぎないとしても、ブルー・プラネットの口元が緩んだ。歪んだ樹の魔物の顔に、全ての義務から解放され安堵に満ちた子供の様な笑顔が浮かんだ。

 そして、その笑顔はウロボロスから発せられる白い光に飲み込まれて消えた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ウロボロスから発せられた白い光は、ほんの瞬きの間であったが世界を覆った。

 

 魔導国首都エ・ランテル、「黄金の輝き」亭の特別室でバハルス帝国皇帝ジルクニフはフールーダと話し合っていた。短い謁見では伝えきれなかった要望について。

 

「――というわけで、帝国と竜王国の境界について私はぜひアインズ陛下と……」

「分かりました、陛下。わが師にはそのようにお伝えし――」

 

 白い光が部屋を満たした。

 

「な、なんだ、今の光は? ……おい、爺、これも……アインズ……陛下のお力……か?」

 

 身体から血が抜き取られたような異常な脱力感に椅子から崩れ落ちたジルクニフは、床を這うようにもがきながらフールーダに問いかけた。

 だが、その問いに返答はなかった。

 荒い息をついてようやく椅子に這いあがったジルクニフは、先ほどまでフールーダが座っていた椅子を見た。

 一塊の灰が乗っているだけだった。

 

「おい、爺! 転移してしまったのか? おい、爺……誰か……誰か来てくれ」

 

 油じみた冷汗で額にベッタリと髪を貼り付かせたジルクニフが叫ぶ。その声に護衛たちが駆け寄ってくる。帝国の誇る騎士達も一様に蒼ざめ、その足取りは覚束なかった。強力な騎士ほどその影響は強く、高位の騎士には床に崩れおちてそのまま息を引き取っていた者もいた。彼らの死体は、まるでミイラのように干乾びていた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 皇帝ジルクニフの身に起きた事件と時を同じくし、その帝国でも異変が起きていた。

 帝都の空を警護する魔法詠唱者達は白い光を浴びた後、やはり異常な脱力と共に全ての魔法の効力が消え失せていることに気付いた。

 

「な……お、落ちる……助けてくれぇっ」

 

 「降臨節」の祭りで賑わう帝都の上空数十メートルを旋回していた者達は次々と墜落し、家々の屋根や道路に身を激しく打ち付けて血と肉片の染みを広げた。

 祭りの広場を囲む商店――三階建てのレンガ造りの古い建屋に魔法詠唱者の身体が砲弾のように衝突した。歴史ある建屋を補強していた<修復>の魔力は消えており、レンガの壁は脆くも崩れ落ちる。すぐに崩壊は建屋全体に広がり、買い物客や広場の人々を巻き込んで瓦礫の山と化した。

 やがて崩れた瓦礫から炎が上がった。炎は家々の残骸を飲み込んで街を舐めるように広がっていく。

 住民は皆、異常な疲労と眩暈を感じた。逃げることもままならない彼らは炎に巻かれ、瓦礫に圧し潰され、助けを求める悲鳴と呻き声が帝都を覆った。

 

 帝都から遥か遠くの辺境の町でも異変が起きた。

 一夜明けて異常な脱力からようやく立ち直った住民は、喉の渇きを癒そうとし、そこで生活用水が来ていないことに気付いた。

 役所の並ぶ広場に集まった住民たちは、町の象徴であった噴水が枯れたことを知った。

 

「神の泉が枯れるとは……」

 

 魔導国の生ける神々を知ってもなお異端の信仰を続けていた住民たちは口々に不安を叫ぶ。

 しかし、都市長も神官たちもこの異変に頭を抱えるばかりで何も出来なかった。神託の水晶球は失われ、高位の司祭は倒れたままだ。

 誰にも原因を説明することが出来ない中、ただ1つ明確なことがあった。命の支えとなる水が無ければ人は生きていけないということだ。

 残された泉の水を巡る争いが起きた。革袋や食器――あらゆるものを持ち出し、人々は先を争って僅かな水を集めた。泉は枯れたが、井戸の水は残っていたのが救いだった。

 やがて彼らはそれぞれの家に帰ると荷物をまとめた。

 何かとても不吉なことが起きたに違いない。この街は神の恩寵を失ったのだ、と囁き合って。

 これから何が起きるのか――不安に駆られた人々は町を捨てて帝都を目指した。強力な軍が守っているであろう帝都を。

 だが、その帝都が今や炎と瓦礫の町と化していることは辺境の地には伝わっていなかった。

 魔法詠唱者達による情報網も途絶していたのだ。

 

 バハルス帝国だけではない。スレイン、聖王国、リ・エスティーゼ……

 この大陸で人間が暮らす全ての地域が同様の混乱の極みにあった。

 食糧庫の穀物は半ば以上灰と化し、住民と難民あるいは難民同士で争いがおこった。

 軍が崩壊した。異種族が攻めてくる――そう叫ぶ者もいた。

 だが、魔物たちの侵攻は無かった。既に滅ぼされた竜族以外の魔物たち――ユグドラシルによって生み出された怪異は白い光に飲み込まれて消え去り、あるいは歪められた姿から解放され元の獣に戻っていた。

 

 アベリオン丘陵――デミウルゴスの“牧場”でも異変は起きていた。

 牧場の横に設置された特別収容所。この収容所にはブルー・プラネットの命によりデミウルゴスが諸国から集めた者が収容されていた。

 

「おい、何だ? 今の光は!?」

 

 いつもの様に眠れぬ夜を過ごしていた囚人の一人が起き上がり、立ち眩みに額を押さえながら隣の囚人に尋ねた。

 

「ヴァス? ヌー……エスツ・ディス・レヒテェ?」

「は? なんだって?」

 

 声を掛けられた囚人が発した言葉に、最初の囚人は眉をひそめて聞き返す。

 

「ロ・キェセ・ホ……ポシェド? ロ・キェセ……アスタ・デュシェンデュ……アスキェ……」

「シャーマ!? ニィ……テュン・ボゥ・ドゥ、ジィア・ショー・シェミィ!」

「おい、なんだ!? 誰かまともに喋れる奴はいないのか!?」

 

 収容所の中で様々な言葉が飛び交い、お互いがお互いを理解できないままに混乱が起きた。

 囚人たちは疲労を感じながらも、話が通じる者を求めて大声で呼び合った。

 

「おい、あんたは言葉が通じるのか?」

「あ、ああ……しかし、何だこりゃ? いつもの悪魔どもの嫌がらせでもねぇみたいだが」

「分からん。さっき白い光が見えたと思ったら、いきなりこれだ」

 

 どうやら言葉の通じる者達がいるらしい――数分間の混乱の後に、人々は落ち着きを取り戻した。言葉の通じる者同士で集まり、相談を始めた。

 

「何が起きたのか……しかし、見張りの悪魔どもの姿も見えないな」

「ああ、外に出て行ったのか分からんが……おい、ちょっと! 壁が、あっちで壁が壊れてるぞ!」

 

 一人が叫び、その指す方に他の囚人たちが一斉に目を向ける。

 壁に穴が開いていた。

 崩れた壁の周りで囚人たちが騒いでいる。言葉は聞き取れなかったが、身振り手振りで凡そのことは分かった。何人かが壁にもたれかかったときに崩れたらしい。幸い怪我はしなかったようで、埃塗れになった尻や腕を擦りながら崩れたレンガを指さして叫んでいる。

 

「信じられん! 昨日までビクともしなかった壁が!」

「まて、何かの罠かも知れんぞ」

「だが、ここに居てどうするんだ?」

 

 話していても埒が明かぬと、勇敢な者が何人か壁から身を乗り出す。彼らは恐る恐る一歩を踏み出し、外に出て様子を窺い、やがて笑顔で手を振りながら戻ってきた。

 息を潜めて待っていた囚人たちの間から歓声が沸き上がる。

 

「大丈夫らしい! おい、脱出するぞ!」

「おう! ようやく……ようやく家に帰れるのか!」

「ああ、帰れるんだ……リ・エスティーゼに……」

「おお、あんたもリ・エスティーゼの出か。俺もだよ。一緒に戻ろうぜ、俺たちの故郷に!」

 

 囚人たち――技術によって世界を発展させようと試み、至高者の不興を買った者達は次々に牢を出る。疲労にも負けず目を輝かせ、踊るような足取りでそれぞれの故郷を目指し、丘陵を越えていく。

 彼らはもはや自由だ。彼らを閉じ込めていた悪魔たちは消え去った。神や英雄とともに。

 神話の時代は終わりをつげ、人間の歴史が始まったのだ。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 神がこの世界から去ったとき――宗教家たちが言う「大災厄」から長い時が流れた。多くの国々が興り、滅びていった。

 しかし、人々の営みは絶えることは無かった。

 その年の冬も人々は祭りを行い、一年の苦労を振り返るとともに、新たな春を待ち望む。

 

「――『ぶれいものめ!』 竜の王様は怒って叫び出しました。

『危ない! お姫様、俺の後ろに!』 ガガーランが叫び、ラキュース姫の前に飛び出しました。

『馬鹿な人間め、俺様の炎を喰らえ』 竜の王様が口から真っ赤な火を吐きます。

 ものすごい炎が竜のお城の広間に広がりました。

『お前の炎は効かないぞ!』 ガガーランの得意そうな声が響きました。

 カエルの王様にもらった盾がその火を防いでくれたのです。

『ばかな! 俺様の火が通じないだと!』 竜の王様は慌てました。

 すると……湖の女神さまにもらった指輪が光り出しました。

『よく頑張ったね』『もう大丈夫だよ』

 かわいい声とともに双子の妖精が指輪から飛び出してきました。

『悪い竜め! お仕置きだ!』 ゴツン! 妖精は手にした杖で竜の王様の頭を叩きました……」

 

 絵本を読み聞かせていた母親はそこで中断し、コップの水を飲んで喉を休ませる。

 

「ママ、昔は本当に竜や妖精っていたの?」

 

 幼い娘が利発そうな大きな目をクリクリと輝かせて母親に問いかける。

 絵本の話は古くから伝わる「お姫様の竜退治」だ。お転婆なラキュース姫に付き従うハンサムな剣士ガガーラン、その仲間たちが旅の途中で妖精や神様に力を貸してもらい、悪い竜を退治する――子供から大人まで、様々なバリエーションがある英雄譚だ。

 

「そうねえ、いたのかしらね……」

 

 母親は優しく笑い、娘の柔らかな金髪を撫でて絵本の続きを読む。

 

「――『アイタタタ、参った参った降参だ!』 竜の王様は泣いて謝りました。

『もう悪いことはしませんって誓う?』 ラキュース姫が尋ねました。

 双子の妖精がその後ろから竜の王様を睨んでいます。

『ほんとに、ほんとに誓うよ』 おっきなタンコブを撫でながら竜の王様は――」

 

 いつしか娘はスヤスヤと寝息を立てていた。楽し気な寝顔だ。

 きっと夢の中ではお姫様になって冒険の旅をしているのだろう――母親は微笑んで絵本を閉じ、娘の額にそっとキスをして部屋を出る。

 

「……こら、まだゲームしてるの?」

 

 母親は長男の部屋を覗く。ここ数日、息子はゲームに夢中だ。

 声をかけられた少年は、人のよさそうな笑顔を母親に向けて答える。

 

「あ、うん……今いいとこ。ドラゴンを倒してカギを手に入れたから、次のダンジョンの攻略が終わったら寝る」

「はいはい、分かったから、あまり夜更かししないようにね。それに大声を出さないこと」

 

 幼い妹を起こさないよう注意して、母親はドアを閉じる。

 もう冬休みだ。祭の日くらいは大目に見てやろう――母親は独り微笑むと下の階に降りて行った。

 

「うん? もう2人とも寝たのか?」

「まだゲームに夢中なのが1人!」

 

 居間のソファーに座っている夫が新聞から目を上げて妻に聞く。

 苦笑する妻に夫は笑顔を返す。一癖ありそうな、それでもどこか惹かれる不思議な笑顔だ。

 

「お疲れ様。そうか、あいつ……ピコピコってのまだやってんのか」

「ええ、『ドラゴンを倒してカギを手に入れた』ですって」

「そんなに面白いのかね?」

「なんでも『新世代のゲームで、グラフィック処理が前のとは段違い』らしいわよ」

「それ、前も同じこと言ってなかったか?」

 

 夫と妻は笑いあい、そして溜息を吐く。

 

「今の子供は……可哀想だな」

「そうね……私たちがあのくらいの時は外で走り回ってクタクタで、夜はすぐに寝ちゃってたわ」

 

 そして暖炉の傍の置物に目を遣る。色鮮やかなモールで飾られた大きな樹――人間の顔のような窪みが彫られた、冬至祭の定番。本物の樹ではない。プラスチックでできた置物だ。

 その天辺にはキラキラと光る星が飾られており、枝からは幾つもの人形が吊り下げられている。

 黒いマントの死神に、白いドレスの女神、カエルの王様、可愛らしい双子の妖精、すました顔の銀髪の少女に青い甲冑の騎士……昔話をモチーフにした飾り物だ。妻はその一つを指で軽く突き、人形がユラユラと揺れる。

 

「えっと……マッチは」

 

 妻はきょろきょろと辺りを見回したが、マッチが見当たらない。仕方がないと、妻は目を瞑り精神を指先に集中させ、蝋燭に火を灯した。

 蝋燭をテーブルの上の箱に入れ、部屋の電灯を消した。

 暖炉と蝋燭の炎が部屋を暖かな光で染め上げる。

 蝋燭の炎の熱で箱の仕掛けが動き出す。中の紙人形がゆっくりと回りだし、その影が箱の表面に映し出される。

 やっぱり冬至祭はこうでなくっちゃ――妻は満足げに平らな胸を張って箱を見つめた。

 

「あなたなんて、必死で逃げてたものね」

「そりゃ、お前が凄い顔して追いかけてくるからだ」

 

 夫婦はテーブルを挟んで影絵の追いかけっこを眺め、お互いを見つめて子供時代の思い出を語りだす。

 黒の死神と白の女神――冬と春を象徴する2神がお互いに追いかけ合う子供の遊び。

 追いつかれて背中にタッチされたら何か1つ言うことを聞く……そんな遊びだった。

 

「悪かったわね。どうせ、あたしは目つきが悪いですよーだ」

「おいおい、ますます怖い顔になるぞ」

 

 妻は拗ねて睨んでみせる。夫は笑って応える。幼馴染の2人の間で、このやり取りは何度交わされたことだろう。結婚してもう長いことになる2人だが、今でもお互いに相手を最高の伴侶だと思い、この幸福がいつまでも続くと信じている。

 

「あの子たちも外で遊べればねぇ……」

「ああ、空気がもうちょっと良ければ、俺も外に連れてってやるんだが……」

 

 夫婦は残念そうに顔を見合わせる。

 冬は特に空気の質が悪い。暖房や火力発電のために石炭を燃やしているからだ。事態は年々悪化していき改善の兆候は見られない。政府も「健康への影響」を警告しているのだが、産業界への配慮から抜本的な対策は取られていない。

 

「そうね……春になったら、どこか遊びに行きましょ」

「そうだな、ほら、竜の神殿の遺跡なんてどうだ?」

「あら、いいわね。あの子たち、二人とも竜が好きだし……もう一般公開されてるの?」

 

 夫は満面の笑みで頷いた。竜神信仰のあったとされる地域で新しく見つかった数千年前の神殿遺跡は自分が調査隊に参加して発見したものだ。

 考古学者である夫は、これまでにもラナ=クライム王国宮殿跡、バハロス・レイン峡谷の地下庭園など、伝説に語られる古代遺跡の調査に加わって探検家の夢とも言える様々な発見をしている。

 

「ああ、かなり面白いものが出てな。幾つもの金細工があって見ごたえあるぞ。何よりあの地域では周辺とは異なる言語を使っていたようで、竜が刻んだっていう伝説の残る石板の楔文字は――」

「それ、いいわね。私も……コホッコホッ」

 

 古代遺跡の話になると、夫の説明は長くなる――慌てて夫の説明を止めようとした妻が咽て咳をした。

 

「大丈夫か?」

「ええ……喉の調子が良くなくて。ちょっと薬飲むわ」

「気を付けろよ。医者には行ったのか?」

「ええ。やっぱり空気が悪いせいだろうって」

 

 妻はコップに水を汲み、戸棚から薬を出して飲む。そして痩せた体をソファーの隅に身体を押し込め、夫の横に座る。

 

「やったあ!」

 

 二階から息子の無邪気な叫びが聞こえた。

 

「うちの将来のお医者様も、何かお宝を見つけたようだな」

「フフフ……あまり大声出さないように注意しなくちゃ」

 

 夫婦は笑いあい、身体を寄せ合って子供たちの将来を思い浮かべる。

 子供たちはどんな大人に育ってくれるのだろう。

 子供たちが大人になったころ、どんな世の中になっているのだろうか――と。

 

 夜が更け寒さが厳しくなっていく中、妻は再び咳をした。その背中を夫が心配そうに撫でる。

 冬が再び巡ってきた――そして幾度となく繰り返される。死と誕生の終わりなき物語が。

 

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