モンスターハンター ~その左手が握るもの~ 作:コクワガタ@休止
*都合により、後書き、前書きのあれは休止します。
遺跡平原エリア10。アイルーが集落を作っているこの場所は、狩場にしては珍しく大型モンスターがやってくる事のない安全な場所だ。アイルーやメラルーがのんびりと毛繕いをしたり、じゃれあったり、何やら彼らの言葉で話をしていたりしている。
その一角にある小さな池に、ちゃぽんと何かが放り込まれた。ピンク色の紐のようなものがうねうねと動く。ミミズだ。一匹の魚が、すかさずミミズに食らいつく。
と、その魚がまるで何かに引っ張られたようにいきなり水面に引き寄せられた。必死に抵抗し、水底に戻ろうと泳ぐ魚の口からきらりと光る物が水面まで延びている。糸だ。
「よし……!!」
池の上では、リナが釣竿を握って踏ん張っていた。狙い通りにかかったものの引きがかなり強く、釣竿が持っていかれそうになる。何度かわざと手を緩め、泳がせて疲れさせていく。
しばらく引っ張り合いの応酬が続いた後、水面から何かが跳ね上がる。糸を手繰り寄せ、彼女の手の中に納まったそれは、立派なサシミウオだった。
手際よく持ってきていた魚かごに5匹目の獲物を入れ、大きく伸びをするリナ。
「ふひゅ~、終わったぁ~~」
そのまま、その場にぺたりと座り込んだ。
「お疲れ様ニャ、リナさん」
近くで見守っていたホワイが声をかける。
「それにしても釣りがうまいニャ」
「うん。おじいちゃんに教えてもらったんだ」
リナの祖父は竜医で、忙しい仕事の合間を見つけては幼かった彼女を釣りに連れて行っていた。川釣りが村で一番の腕だった祖父の手ほどきを受け、リナも釣りが得意になった。
祖父は食べるために釣る魚以外は、すぐに川に戻していた。時には小金魚や黄金魚といった、貴重な魚まで戻してしまうので周囲からは偏屈な人物と思われていたらしい。
その理由を、彼はよくリナに言い聞かせていた。
『人はな、ただ生きるだけで多くの生き物の命を奪うのさ。その上、自分達の都合でさらに多くの命を奪っている。だからな、必要以上に、命を奪ってはいかんのだよ』
ふと村の事を思い出す。おじいちゃんはまだ元気だろうか。あの時いっしょに川で遊んだ皆は、どうしているだろうか。そして、いっしょにハンター養成所で勉強した、皆は――――。
(この臆病者が)
(リナの愚図)
(腰抜けめ)
(残念だが貴様は――――)
「……どうしたニャ、リナさん?」
ホワイが心配そうに、俯いたリナの顔を覗き込む。
「なんか悪いこと聞いちゃったニャ……?」
とっさに笑顔を作り、ごまかす。
「う、ううん。なんでもないよ」
立ち上がり、パンパンと埃を払うリナ。
「さて、早くベースキャンプに帰んないと。行こ、ホワイ」
そう言って振り返った彼女は笑っていたが、少し表情は陰ったように見えた。
* * * * *
バルバレを出発するまであと3日。ベルクはギルドから頼まれた「未知の樹海」の探索を、リナは近所の人々から頼まれたクエストを片付けていた。
「未知の樹海」への道のりは、片道でも飛空船で一日かかる。ベルクはほとんど、キャラバンに帰ってこない。彼がいない間は討伐依頼は受ける気が起きず、しばらく納品依頼ばかりこなす日々が続いた。
今日も、雑貨屋のおかみさんから依頼されたサシミウオの納品を、ホワイと一緒にやっているところだ。
「はぁ……」
ベースキャンプに向かう道すがら、無意識にリナはため息をついた。
いつまで、こんなことを続けているんだろう。
モンスターと正面から向かい合うと、怖さで途端に体がすくんで動かなくなる。ハンターとして致命的なこの癖は、どうやっても治らなかった。
幸い、後ろから仕掛ける分には大丈夫なので、2人ならなんとか動ける。でも、1人でモンスターに立ち向かうのは、……やっぱり、無理だった。
(ベルクは、どうなんだろ)
今は樹海にいるのだろう、もう一人の“我らの団ハンター”の顔が浮かんだ。大型のモンスターを相手取っても臆することなく、正面から仕掛けてリナに切り込むスキを作ってくれる。その姿には、身に付ける防具と同じ、
(彼にも、怖いと思ったりすること、あったのかな……?)
そんな事を考えていると、ホワイが話かけてきた。
「あの~~、リナさん?」
「何?」
聞き返すと、少し間をおいて質問された。
「……正直、ご主人のことどう思うニャ?」
「どうって……狩りのときとか、私なんかよりすごい人だなー、て思うけど」
「そうじゃなくてふだんの話ニャ」
そこで一回言葉を切り、ホワイは続ける。
「……なんだかちょっと変わってるニャ。団のみんな以外に、あんまり関わろうとしないし」
「そう、かも」
“我らの団”周辺に店を構える人たちと話している内に分かったのだが、ベルクの近所付き合いは殆どないらしい。リナが団に入る前から近所で屋台を開いている雑貨屋が言うには、一度彼にサシミウオの納品を頼んだ時以来、会っていないそうだ。その他の人に聞いても、彼から話しかけられたという話は聞いたことがない。
「団長さんとは、よく話してたりするのにね」
「最初、ニャンハイが来たときもしばらくは口も聞かなかったニャ。おまけに全然笑わないし、ほんとご主人は変人ニャ」
「そこまで言わなくても……」
「それだけじゃないニャ。ご主人、一昨日の朝早くなんか、あのマル何とかとかいう虫に話しかけてたニャ」
なかなかにショッキングな発言が、ホワイの口から出る。
「え、虫……!?」
「ニャア。そいつを撫でてニヤニヤしながら『お前は正直だな』とか呟いてたニャ。アレは確実に変態ニャ」
彼とは仲の悪いホワイのこと、恐らくは少々大げさに言っているのだろうが、虫に話しかけている、というのは正直気味が悪い。
「やっぱり、ちょっと変わった人だね……」
「ニャア。……ああいうのよりは、やっぱりボクはリナさんみたいな人の 方が……」
そんな事をしゃべりつつ、ホワイとともにエリア8までやってきた時だった。
「……あれ?」
「ちょっと、人の話を……ニャ?」
行きには見かけなかった、二匹の小柄な肉食竜がいることに、1人と一匹は気づいた。
ジャギィと呼ばれる、狗竜種の若いオスである。一般的に、ひときわ大きなボスを中心とした群れで行動し、集団で獲物を襲うことで知られている。体表を覆う橙色のウロコと尻尾に生える短いトゲ、それに頭の両側にある大きな耳が一番の特徴だ。
二匹はなにかを警戒しているらしく、落ち着きなく辺りを見回している。普段とは違う様子に、ホワイが怪訝な顔をした。
「何をあんなにビクついてるニャ?まるで何かに襲われ……」
「ギャウッ!!」
「ワウ、ワウ、ギャウッ!!」
手前にいた一匹が、唐突に警戒の鳴き声をあげる。もう一匹もそれに反応し、遠吠えでもするかのように吼えた。
「見つかったニャ!」
ホワイが早速武器を構え、リナも身構える。が、彼らの反応は、リナ達に向けられたものではなかった。
「……!!」
リナの耳が、近づいてくる足音を捉えた。
エリア4の辺りから、何かが近づいてくる。
足音の主は複数いるようだった。その内の1人、いや一頭の足音は、明らかに人間の重さではない。
足音はあっという間にリナ達の近くまで迫り、止まった。
「グルルルル……オウワアアァッ!!」
前方から、敵意を孕んだ吼え声が聞こえた。その先にいたのはジャギィとよく似た、しかし何倍も大きい、成熟した一頭の竜。
「狗竜」ドスジャギィ。数種類の鳴き声を使い分け、群れを率いて狩りを行う、ジャギィ達の首領だ。紫色のウロコに覆われた肢体は攻撃には弱いものの、しなやかな筋肉が詰まっており、竜車ほどある巨体も相まってその破壊力はジャギィとは比べ物にならない。
事前の情報には、このモンスターについて何もいわれていなかっただけに、二人の緊張が高まる。
何があったのか、ドスジャギィは満身創痍だった。全身から血を流しながら、遠くの岩陰にいるリナ達を睨みすえる。
「ひっ……」
「何ビクビクしてるニャ、しっかり!」
思わず足が竦む。そんな彼女の様子を見たホワイが、慌てて彼女の足を小突く。
「グルルル…………」
だが、襲う素振りは見せず、ためらうように低く唸った後、ドスジャギィは今きた道をふり返る。
そして、それを追うように、2つの人影が現れた。
最初に姿を現したのは、金属の鎧に身を包んだ、黒毛のアイルー。両手で構えた剣には血糊がついている。それに混じって紫色の鱗がついているのを見ると、どうやら先程までドスジャギィと戦っていたようだ。
その次に続き、もう一人小柄な人影がやってきた。ガンナー用のジャギィ装備に身を包んだ、リナよりも更に若いと見られる少女だ。脇に抱えているのは、まだら模様の革に装飾された一丁のライトボウガン。身体の小さい彼女には、いささか大きいようにも見える。
「あれ?他のハンターがきてるの?」
「ギルドの手違いニャ?」
通常、互いのクエストの邪魔にならないよう、ギルドはそれぞれのクエストが同時に行われないよう狩場を管理している。自分の仲間以外にハンターを見かけることなど、普通は有り得ないはずだ。
二者から逃げるように、ドスジャギィが距離をとる。
「じゃあナッツさん、いつものでやりますよ!」
「合点ニャ!!」
短く言葉を交わすと、ナッツと呼ばれたアイルーがドスジャギィの前に、少女がやや後方に陣取った。
「ワオウッオッオッオッ…………」
ドスジャギィが鼻先を空へ向け、遠吠えが辺りにこだまする。その呼び声に応えて新たに二頭のジャギィが現れ、まずは小さいほうからとおもったのか、総勢4頭がアイルーを取り囲む。
一頭がナッツに噛みつこうとした、その時。
「それ!」
少女の構える軽弩から、大きな破裂音と共に放射状につぶてが発射され、そのジャギィが隣の一頭と共に吹き飛ばされた。対モンスター用の散弾が炸裂したのだ。
ボウガンの弾の素材として広く使われる中空の果実「カラの実」に、火薬と破裂する硬質な果実「はじけクルミ」を詰めた散弾は、撃った時の反動は強いものの、ジャギィ程度の小型モンスターを数匹まとめて仕留める威力がある。一瞬で同胞二頭を蹴散らした少女に、残る二匹の注意がそれた。
「そこニャ!!」
その一瞬をつき、ナッツがドスジャギィに肉薄。柔らかい腹側を狙い、ブーメランを投げつける。
「ギャインッ!!」
肉を割かれ、痛みにひるむドスジャギィ。
一方の少女は、攻撃対象を自分に移したジャギィ2頭の攻撃を、なんとかかわしていた。背負ったボウガンの重量に振り回され気味で、足下がおぼつかない。それでもなんとか、至近距離からの散弾射撃で二頭を吹き飛ばす。
「ギャワッ」
吹き飛ばされた一頭が、リナ達の目の前に転がった。
邪魔者がいなくなった少女が、側面から狗竜に散弾を浴びせる。無数の破片が、ドスジャギィの半身に炸裂した。
だが、今度はそれを意に介さず、ドスジャギィはトゲの生えた尻尾で、少女をなぎ払う。
「ひゃあっ」
「ウニャッ」
弾き飛ばされた少女は、そのまま宙を飛んでアイルーにぶつかった。
その隙にくるりと向きを変え、隣のエリア3へと逃げ出すドスジャギィ。かろうじて生き残った3頭のジャギィ達が、それに続く。
「あいたたた……」
「抜かったニャ……」
腰をさすりながら、立ち上がる2人。
「ごめんなさい、ちょっと焦っちゃいました」
「そうニャア。前はオレっちが引きつけるから、しっかり距離をとって頼むニャよ」
「次は気をつけます……」
「じゃ、早くあいつを追うニャよ」
「はい!」
彼女らのやり取りからすると、ナッツの方が狩りの経験は豊かなようだ。
「……あの2人、結局最後までボク達に気づかなかったニャ」
エリア3へと駆けていく2人の背中を見ながら、ホワイがぼそっと呟く。
「にしても、ほんとどうなってるのニャ?帰ったらギルドにクレームつけて……と、何してるニャ?」
リナは先ほどのジャギィの傍らにしゃがみこんでいた。その手に「薬草」が握られているを見て、ホワイが驚く。
「ちょ、何する気ニャ!?」
「この子の傷、手当てしてあげないと!」
後脚の肉が大きくえぐれ、出血がひどい。既に虫の息で、このままでは数分と経たない内に息絶えるだろう。
『必要以上に、命を奪ってはいかんのだよーー』
リナはジャギィの傷口に「薬草」を貼り付けた。異物を貼り付けられた感触に、ジャギィが小さく身じろぎをする。
「ごめんね、すぐ終わるから……」
数枚を貼り付けたところで、ジャギィがふらふらと立ち上がった。傷口の出血は止まっている。
「さ、お行き。安全なところに行って」
その言葉が通じたのだろうか、恐る恐るといった様子で、片足を引きずりながら、ジャギィはエリア9の方に逃げていった。
その姿を見送るリナに、ホワイが尋ねる。
「……なんで、あんな事したのニャ?」
「だって、まだ助けられたし、それに……」
「モンスターはペットじゃないニャ!」
少し怒り気味に言うホワイ。
「むしろ、あんな事してもさっきのあの2人の邪魔になるだけニャ」
「分かってるよ!」
リナの語気が少し強まる。
「……でもさ、あそこであの子を殺しても、何にもならないよ。私、必要以上に殺したくない」
ハンターとは、ただモンスターを殺すだけの職業ではない。人と生き物の調和を保ち、自然と人類の一層の繁栄のため活動する。それがリナの思うハンター像だった。
ただ、だからといって「傷ついたモンスターがいるから助けよう」とか、そういう考えが、ハンターとして甘いとは分かっている。先ほどのジャギィだって、あの大けがを負っている以上、余程運が良くない限り生き延びるのは難しいだろう。
「本当はこんなこと、ハンターのすることじゃないよ。でも、モンスターを殺す以外にも、何か出来ることはあるんじゃないか、って思って……」
「……言い分は分かったニャ」
でもニャ、とホワイは続ける。
「ハンターたるもの、どうしても命を奪わなきゃいけないときはあるニャ。ある程度踏ん切りはつけとくニャよ」
「うん……わかってる」
頭では理解はしている。でも、どうにも吹っ切れないのも、事実だった。
「わかってるよ……」
やるせない気持ちになって、リナはふと空を見上げる。真っ青なその空を、一頭の飛竜が、悠々と空を飛んでいった。
というわけで5話目です。ほんとはもっと明るめの話にしたかったのですが、書いてる内にどんどん重く……。文章の質もだいぶ落ちてる気が。
ライトボウガン使いの子を予定よりも早く出してしまいました。文章が続かないので無理やり登場させ、強引に続けようとした結果です。そのせいで登場時間は結構短かったのですが、割と納得いくシーンが書けたように思います。
だいぶクオリティが落ちましたが、それでも楽しんで頂けたら幸いです。
……あれ、一人忘れてるような(すっとぼけ)