ショートショート、4378文字
オウ氏とその部下を乗せた宇宙船は、人類が適応できる星を探索するという、果てしない使命を負っていた。それもこれも増えすぎた人類が地球と言う農場に芽生えうる全ての食料を食い尽くそうとしているからだった。今はまだ味気ない粉を固めた固形食糧を大量生産することで何とか均衡を保っているが、人類の移住先を地球以外の星に求めなければならないのは明らかだった。
「隊長、星です! 新しい星を確認しました!」
つまらなさそうに固形食糧を齧っていたオウ氏は、部下の知らせ飛び上がって、半ば部下から奪い取るようにスコープを覗いた。まだ少し遠くに見えるその星は、地球と同じように青と緑が豊かだった。これまで碌な星を見つけていなかったオウ氏は喜びの声を上げた。
「無人の偵察機を送ったところ、信じられない事ですが、水と植物が豊富で、気温も地球と差ほど変わりは無いようです。酸素濃度も地球とさほど変わりはありません」
「素晴らしい! 早速上陸しよう」
近づけば近づくほど、その星は地球に酷似していた。勿論大陸の形は地球とは似ても似つかなかったが。
大気圏を抜けて、空気の層に突入した頃に、隊長、と部下が慌てて叫んだ。
「何かがこちらに近づいてきます! しかも複数です」
「うむ、これだけの星だ、我々と同じように高知能生物が居たとしても不思議では無い、もう少し様子を見るのだ」
それらは複数の小型飛行機であった。攻撃を? と問う部下をオウ氏は叱責する。
「馬鹿者、我々は戦争をしにきたわけでは無いのだ、ここは何もせずにこちらに敵意がない事を示すべきだ」
「それではせめてバリアーでも」
「いいや、相手に明確な攻撃姿勢が見られるまではバリアーもダメだ。相手を信頼している事を行動で伝えなければならん」
現れた三機の小型飛行機は、ゆっくりと宇宙船の周りを旋回した。
「隊長、これはどう言う事でしょうか?」
「少なくとも攻撃する意志は無いと見える。何処かに船をつけよう、あの大陸の端当たりが良いだろう」
オウ氏の指示によって大陸の端に目標を定めた宇宙船がグググッと軌道を変えたその時、一機の小型飛行機がそれまでとは比べ物にならないスピードで宇宙船の傍を横切った。
「あぶない! 隊長、バリアを貼るべきです」
「妙だな、攻撃する意志があるのならもっと前にやっているべきなのかも試練が、いやまて、私に考えがある」
オウ氏は宇宙船の操縦を自動から主導に切り替えると、目標を大陸の端から外し、探るように旋回を始めた。
その間も小型飛行機は何度か宇宙船を横切ったがオウ氏達に危害を加える事はなかった、先回を続け、小型飛行機の挙動をチェックして行くと、オウ氏はある結論に至った。
「なるほど、どうやら彼らは我々をあの半島に着陸させたいらしい」
オウ氏が指差したのは、大陸の中央辺りに存在する半島だった。半島といっても陸との繋ぎ目はぐっと括れていた。
「隊長、罠では?」
「確かにその可能性は否定できないな、しかし、やはり彼らからは敵意を感じないし、ここで引き返す事は我々の存在意義に関わる」
万が一を考えて手動操縦のままオウ氏半島を目標に高度を下げ続けたが、それ以上小型飛行機が干渉してくる事は無かった。
随分と高度が下がって大陸の様子が判る様になると、オウ氏と部下は納得した。大陸にはまだ緑が多いが、半島には緑が少なく、その中央にはどうやら飛行場のような物が存在していたからだ。
「なるほど、あそこに着陸すれば我々にも彼らにも都合がいいというわけか」
「どうやら敵意があるわけでは無いようですね」
「そうだな、むしろ我々に対して好意的なようにも思える」
もっと地表に近づくと、レーザーポインタのような光で地表から宇宙船を誘導する生命体が見えた。オウ氏とその部下はそれを見て驚いた。
「驚いた、この星の生物は殆ど人間と変わらないじゃあないか」
「ええ、細かな部分まで観察すれば違いはあるでしょうが、少なくともここから見る限り人間と大差ないように見えますね」
「これなら意思疎通もスムーズに行なえるかもしれん、言語翻訳機を用意しよう」
軌道を安定させ、宇宙船を着陸させた二人は、言語翻訳機と、念のために小型の光線銃を忍ばせて、宇宙船の扉を開いた。
二人を出迎えたのは宇宙船を取り囲む歓迎の拍手だった。オウ氏が感傷に浸りきる前に、そのうちの一人が彼らに近寄り、右腕を差し出す。
「ようこそピゴ星へ、私達は貴方達を歓迎します」
オウ氏は驚いて彼の手を取った。
「これは驚いた、私達の言語翻訳機よりもよっぽど高性能な物をお持ちらしい」
「なに、無人の偵察機を確認したので用意していただけですよ」
ピゴ星人はそう言うと、そばについて来ていた小さな紫色の生物から何かを受け取りそれを口に入れた。
その光景を見て初めてオウ氏は小さな紫色の生物の存在に気付いて、思わず顔をしかめてしまった、その生物は小さいだけではなく所々しみのような茶色の模様が付いており、全身シワまみれであった。子供の頃に見た魔法使いの物語の惨めで汚らしい使い魔に色こそ違えどそっくりだった。よく見ると、ピゴ星人の一人ひとりのすぐ傍にはその小さな紫色の生物が居る、きっと召使か何かだろうとオウ氏は思った。
オウ氏の次にピゴ星人の手を取った部下は、着陸態勢を取ろうとしている三機の小型飛行機を指差して「所で、あれはなんなのでしょうか?」と聞いた。
「彼らは斥候と誘導を兼ねている部隊でして、貴方達も気付かれたでしょうが、この半島に貴方達を誘導するのが目的でした。勿論最新の武器を搭載していますから、少しでも敵意を見せたら攻撃するように命令していますがね」
部下は先程の考えを思い出してブルリと体を震わせた。
三機の小型飛行機が宇宙船のすぐ傍に着陸した、それらに乗っていた三人のピゴ星人それぞれはやはり同じように歓迎の拍手を受けると、彼らのすぐ傍に居た小さな紫色の生物から何かを受け取り、それを口に入れた。
「彼らは一体何を?」
「ああ、固形の食料ですよ」
その言葉を聞いてオウ氏はゲンナリとした、もう固形食糧なんて見たくもなかったし、もしかしたらこの星も食糧問題を抱えているのかもしれないと考えた。
「固形食糧とは、まさかこの星は食糧問題をお抱えで?」
ピゴ星人は不思議そうに首をかしげた。
「いいえどうして? 食料は余るほど貯蓄がありますよ」
「いえ、実は我々も固形食糧を持っているのですが、恥ずかしながらそれは食糧問題から生まれたものでして」
ポケットからその固形食糧を取り出したオウ氏は、それをピゴ星人の前に掲げた。
「ははあなるほど、それで宇宙探索をしているわけですな。よろしければそれを一ついただけないでしょうか?」
「ええ構いませんよ、まだ宇宙船の中に腐るほどありますから」
ピゴ星人は十分に臭いを嗅いでからそれを半分ほど齧った、しかし、二、三回ほど粗食した後にオウ氏から顔を背けてそれを涎ごと地面に吐き出した。
「臭いもさることながら、何て酷い味だ。貴方達はこれを好んで食べているので?」
「まさか、そのほかに食べる物があったらこんな物食べやしませんよ」
なるほど、とピゴ星人は紫色の生物から固形食糧を一つ受け取り、オウ氏に差し出した。
「よろしければどうぞ、口に合うかどうかはわかりませんが、少なくともそれよりかはましなはずです」
オウ氏はそれを受け取り、ピゴ星人がやったようにそれを嗅いでみた。何とも食欲をそそる香りで、それに心許したのかさして警戒する事も無くそれを半分齧った。
オウ氏は飛び上がった。それの味は宇宙に出る前に国に振舞われた高級料理をはるかに凌駕していた。
私も、と部下が催促するので、オウ氏は渋々もう半分を部下に差し出した。部下もオウ氏と同じように飛び上がった。
「なんて美味いんだ。これに比べれば私達が食べていた物は泥よりも酷い、まるで土くれだ」
「いや、地球でもこんな物は食べられないぞ」
二人で盛り上がるオウ氏と部下にピゴ星人は笑って答えた。
「我々は固形食糧以外のものを食べようなどと思っていも居ません。その固形食糧こそがこの宇宙で最も美味しい食べ物だからです。考えてもみてください、わざわざ土を耕し種をまいて何日も何日も待って出来た物をまた再び手間をかけて料理したところでこれよりまずい物ができるのです。馬鹿馬鹿しくてやってられないでしょう」
「ううむ確かにこれを食べた後では筋が通っている。それほどまでに美味かった。ぜひともレシピを」
「それはなりません、これのレシピは重要機密です。私だって知らないのですよ」
ううむとオウ氏は唸った。その様子を見てピゴ星人は問う。
「貴方達の星は食糧問題を抱えているそうですね」
「恥ずかしながらそうです、我々は増えすぎて自ら住んでいる星を食いつぶしそうなのです」
「それは大変だ、どうでしょう? この星にその星の住民の何割かを移住させてはどうでしょうか?」
オウ氏は驚いて答える。
「なんと! そちらからそう言ってくれるのであれば私達にとってそれほどありがたいことは無い」
「この星にはまだ土地が余っているのでね。それにこの固形食糧さえあれば食料問題が起きることも無いでしょう」
「ありがたい! 早速星に帰って報告したいと思います」
「固形食糧を幾つか船に積んではいかがでしょう? ピゴ星を知るいい材料になると思いますが」
「なんとそこまでしてもらって! このご恩は一生忘れる事は無いでしょう、私だけでは無く地球の全住人がそう思うでしょう」
小型飛行機に見送られ、大気圏を突破しようとしているオウ氏の乗った宇宙船を半島から眺めながら、ピゴ星人の傍に居た二匹の紫色の生物はピゴ星の言葉で言った。
「しかし驚いた、あいつ等にそっくりな奴らがこの宇宙にまだいたとはな」
「全くだ、しかも話によると結構な数の奴らが移住してくる計画らしい」
「そうか、それなら好都合だな、どうせ奴らもあの固形食糧に夢中になって喜んで労働するだろう」
「全くだ、基本的に地下に住んでいる我々にとって地上にどれだけ奴等が増えようと知った事では無いからな」
「あれを与えておけば反乱する事も無いだろうし。まあ最も、奴らの科学力などこの固形食糧すら自分達で作れないレベルなのだがな」
オウ氏達を出迎えていたピゴ星人が、宇宙船が完全に見えなくなったのを確認すると、紫色の生物に向かって右手を差し出した。同時に恐らくトイレから出てきたであろうまた別のピゴ星人も、紫色の生物を見つけるや否や右手を差し出した。
紫色の生物が彼らそれぞれに固形食糧を手渡すと、彼らはとても嬉しそうにそれを口に含んだ。
「しかしだ、良くもまああんな不味いもんのためにあんなめんどくさい事ができるもんだ、まあ最も、そうなる様に作ったんだがな」
本当のピゴ星人の哀れみの目に彼らは気付くことなく、ピゴ星の言葉ではっきりと「ワン」と。