須賀京太郎の麻雀日記   作:ACS

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九十五頁目

九十五日目 捨て牌のキズ

 

 

俺の言う捨て牌の傷、それは五巡目までの字牌の切り順の事だ。

 

俺の捨て牌には四巡目に一枚切れの北、そして五巡目に二枚枯れの西を切っているが七対子を目指した捨て牌ならばこの切り順は無い。

 

聴牌しているならばともかく、それまでの道中では二枚枯れの西よりも一枚しか見えていない北を残すのが普通だ。

 

……まぁ俺は敢えて二枚枯れた西を残したりするから説得力は無いかもしれないが、セオリーを考えるならばこの捨て牌で七対子の待ちは無いと分かる。

 

そして更に付け加えるなら六・七・八巡目の八索・九筒・八萬のツモ切りで上の三色や全帯の可能性も薄れ、北と西の切り順から字牌の待ちも無く、逆に一番通りそうな真ん中の両面が臭いと言う事になる。

 

 

俺の様子見に乗った江崎は敢えての現物を切り、福路さんの反応を見る。

 

彼女は俺の捨て牌を見た後、ツモ牌を盲牌後に強打。

 

彼女がツモ切りしたのは東、しかも強打したと言う事は暗に『分かっているんだぞ?』と言う事を伝えているのだろう。

 

 

『あっはっはっは!! どうやら遊びは要らないと言う事ですね須賀さん!!』と江崎は大笑いし、『では私も本気でアシストに行きましょう!!』と言いながら次のツモ番で七萬を打つ。

その七萬を福路さんはチーして打中、池田さんは安牌が増えたからかそのまま中を切ってオリている。

 

チーの入った俺のツモは九萬、コレはこの局のドラだが直感的にロン牌だと分かった俺は静かに河へとそれを置く。

 

『ロン、純全帯・三色同刻・ドラ1の7700』

 

鳴きの三色に純全帯を合わせたか、しっかり三筒も抑えてるしこの人は強い、負けるレベルの相手じゃないけど食い下がってはこれる。

 

思わず口元が僅かに釣り上がり、先生一号の様な笑みを浮かべながら点棒を支払っている事を自覚する、良いだろう五戦目迄は全てくれてやる、最高の流れに乗せて真っ向から潰してやる!!

 

 

俺の含み笑いに何かを感じ取ったのか『須賀サン? 目的忘れた様な顔してますが大丈夫ですかねぇ?』と江崎が茶々を入れて来たが無視だ。

 

 

その後俺は宣言通り五戦目までを全て福路さんを流れに乗せる為に使い、六戦目へと挑む。

 

後一勝でもすれば勝数的に向こうの勝ち、しかも点棒が共通化されているので逃げるだけで良い、江崎のアシストは完璧に近く欲しい牌や急所を喰わせてくれるのは勿論、読み切れない時は安牌を開拓したりと頼りになる事がそれまでの五回戦で福路さんは理解しきっていて、江崎が既に頼れるオジ様だ。

 

だが同時にそれは彼女の腰を浮かせる結果になり、早アガリを狙えば狙うほど手は安くなり、流れに逆らう結果になる。

 

それを分かっている江崎は鳴かせず、流れに乗った麻雀をやらせたがるだろうがもう噛み合わない、一旦スタンスを崩してしまえば半端に才気のある人間ほど長く深く転がり落ちる。

 

 

俺の読み通り、六回戦目は俺が親なので福路さんの打牌に緊張感が生まれている、鳴かなくても良い所で鳴き、目の前の聴牌が優先。

 

考えたら三年間恨んでた相手だ、ハンデ付きとは言え完封できているのだから勝ち切りたいのが人情ではある。

 

そう考えた俺は彼女が張った際に溢れたドラ一索を槓、その瞬間江崎が牌を倒そうとしたが出上がりは俺からしか出来ない。

加槓なら槍槓出来ただろうが、それを見越しての大明槓だ、俺が哭いた時点で江崎に出来ることは無くなった。

 

槓ドラは無いのでそのまま王牌に手を伸ばし、嶺上牌一筒を暗槓、更にもう一枚嶺上牌一萬を暗槓して九索で自摸。

 

『牌が……閃光った?』と池田さんが呟くと同時に手を晒す、純全帯・三色同刻・三槓子・嶺上開花・ドラ4の三倍満の責任払いでトビ終了。

 

クビも繋がったし、点棒を共有している江崎の首も切れて言う事無しだ。

 

哭きによる流れの強奪が決定打となって俺の手に流れが舞い戻り、勢いのまま残りの四試合全て他家を全て飛ばし続けた俺は十回戦目に敢えて振り込み点棒をゼロにしてからオーラスに入った。

 

オーラスは俺の親、一度でも和了されれば後は無い、既に御無礼の言葉は出ているのでどんなゴミ手でも俺の手を蹴らなくてはならない。

 

しかし、俺は彼女達に一瞬の隙も与える気は無かった、と言うよりも配牌が例の麻雀競馬の時みたいな状態になっていたのでチャンスもクソも無い。

 

 

『御無礼、天和です。更に大四喜和・四暗刻・字一色も重なって80000オールですね』

 

 

対局が終わり、江崎だけは『やれやれ、儲け損ねましたねぇ』と言って普通に肩を竦めながら退店して行ったが、他二人は放心しきっていて反応が無い。

 

最後に一言『普段からこの雀荘に居ますので、再戦したければ何時でもどうぞ』と残して俺も退店したのだった。

 





対局が終わり、私が彼に抱いた物は恐怖でも魅力でも無く完全な格の違いだった。

圧倒的で理不尽的な強さ、力尽くで和了を捥ぎ取る麻雀かと思えば変則的な待ちや的確な狙い撃ちも出来る柔軟さ。

待ちを読んでもツモられ、最後の方にはまんまと焦らされた挙句読みを外されたりと本当に好き放題蹂躙された。


後輩だった明石くんを潰された私はその後の彼の苦しみを少しは知っているし、其処までして勝とうとする彼が理解出来なかった。

しかし、今回の対局で分かった、彼は勝たなくてはならないと言う気迫で麻雀を打っている、文句の言えないほど強烈な気迫で。

静かな感情で打っていると思えば内情は激しく、下手に逆撫ですれば文字通り命が無くなるほどの物だ。

明石くんは二度目の対局で色々吹っ切れたと憑き物の落ちた顔で言っていたので、私もこれ以上は須賀くんに執着する理由が無いし、何よりこれ以上下手に彼を追うとそっくりそのまま裏社会へ沈んで行きそうで怖かった。


後で華菜にも謝らないと……こんな事に付き合わせてごめんなさいって。

あ、江崎さんにもお礼とかした方が良いのかしら? 須賀くんのお知り合い見たいだったけど、今回は私を助けてくれたし……。

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