須賀京太郎の麻雀日記   作:ACS

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百四頁目

百四日目 勝負師の条件

 

 

平山の放銃から始まったこの対局、俺は二人の手が読み切れてしまう為に一人沈みで対局が終わってしまった。

 

俺が狙いなのか一回戦、二回戦、三回戦と放銃していないにも関わらずツモで点棒を削られ続けて一人沈み、平山は一号の差し込みや鳴きによるツモずらしで振り込みスタートにしてはオーラスでクビが繋がった状態で生かされている。

 

アリス等の祝儀を含めると既に一千万以上は溶けた、しかし未だ一号から御無礼が出ていないし二号から緑一色も出ていない、つまりまだ本気じゃないと言う事だ。

 

点棒を支払う度に研ぎ澄まされていくのが分かる、その度に俺の中にある勝負事に不要な部分が削ぎ落とされていった筈だ。

 

 

なのに何故か、今日に限ってはツモにノリが無い、好ツモ好配牌に恵まれていながら後一歩のところで危険牌を掴んでしまい、降ろされる。

 

そしてその降りを、誘導された手の平山に和了られる、奴も馬鹿じゃないのだろう、二回戦目辺りから一号に手役を作らされている事を察しているが抗うことが出来ずに駒のまま。

五回戦を始める頃には持参した金が十分の一程に目減りし、最終的には先生一号が平山を喰った後に二人まとめて二号の三倍満でトバされた。

 

御無礼も、緑一色も無しのまま、俺は負けた、平山は順位的には俺に勝っては居たが実質先生一号の操り人形だったから勝ったと言う気持ちは無い様に見えた。

 

先生達が居なくなり、一方的にやられるだけだった今回の対局は自分がニセモノである証拠をまざまざと見せ付けられてしまった気がして、敗北感以上にショックだった。

 

…………中学に上がった辺りから薄々は気が付いていたさ、見て見ぬ振りをしてたのも本当は分かっているんだ。

 

普段から負け続けだったはずなのに、なんで今日に限ってはこんなにも堪えたんだろうな。

 

 

プライドを完璧に粉砕され、雀卓の上に拳を叩きつけながら悔しがる平山を見ながら、あぁ奴は俺と似たような人種なんだと憐れみを覚えてしまった。

 

本物になりきれない偽物、奴はきっと俺と同じく先生達の様な本物には勝てない生涯を送るんだろうな……。

 

俺にもいつかきっと、その決定的な瞬間が来るのだろう、認めるしかない完璧な敗北をする日が、このショックはその未来が目の前に居たからなんだろう。

 

俺はポケットに入れていた金庫代わりに使っていた駅前のコインロッカーの鍵を餞別代わりに平山へ投げ渡し、帰路へと着いた。

 

 

 

マンションから外へと出ると大雨が降っていた。

 

そういえば、丁度これくらいの時間に雨が降るって天気予報が言ってたっけか、思ったよりも早く金が尽きちまったから傘、持ってきてねーや……。

 

土砂降りの中で傘も差さずに家に向かう、近くにコンビニがあるのに傘を買う気にはならず、叩きつけるような雨粒に打たれながら頭を冷やしつつ半ば放心状態で人混みの中を歩いていった。

 

『風邪引くよ、京ちゃん?』

 

 

そんな時、買い物籠を下げた咲と偶然出くわし、こいつはそう言って俺を自分の傘の中へと入れてくれた、雨に打たれて下を向く俺に、何時も通り何も聞かずに。

 

…………本当は、何で俺がホンモノになれないのか、その原因も、理由も、全部知ってるんだよ。

 

咲は絶対に何も言わない、俺が負けて荒れてても絶対に何も言わないし何も聞かない、ただそこに居場所を作ってくれるんだよ、須賀京太郎に、帰る場所を。

 

その暖かさが、どうしようもないくらいに日常へ俺を引き上げる、幾ら裏に入り浸り死の危険があるような代打ちを引き受けても、そこに俺の帰る場所があるだけで日常に戻れるんだ。

 

咲や憧をからかったり、マホに麻雀教えたり、色んな知り合いにちょっかいをかけに行く俺に戻れるんだ。

 

 

––––それさえ無ければ、俺はひとでなし(ホンモノ)になれるのに。

 

勝負師は孤独じゃなけりゃならないのに、咲はそうさせてくれないんだよ。

 

今、俺と咲は無言のまま信号待ちをしている、話す事は無いし彼女も聞く気が無いのだから当然だ。

 

水飛沫が上がるほどの雨だけど、帰宅ラッシュだから交通量は多い、そして同じように信号待ちをしている人も。

 

 

––––––––今、咲の背中を押して車道に放り込んだら、俺の帰る場所を無くせるんじゃないか?

 

––––––––そうすれば、俺はひとでなし(ホンモノ)になれるんじゃないか?

 

––––––––何もかもを捨てて、勝ち負けだけに生きる事が出来るんじゃないか?

 

 

そんな考えが自然と浮かんで、そのまま俺の手が咲の背中へと伸びて行った瞬間だった。

 

 

『押して良いよ、京ちゃんが後悔しないなら』

 

 

いつの間にか咲は俺の顔を見上げていた、何時もの様に優しい顔で俺を見つめながら。

 

…………この目が俺をひとでなしの一線を越えさせてくれないんだよ。

 

結局、俺は咲の背中を押せなかった。

 

目が合ったからじゃない、咲が俺の凶行に気付いてくれたから押さずに済んだ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

––––なぁ、咲。

 

––––なに? 京ちゃん。

 

––––俺は……お前が側に居てくれて良かったと思ってる。

 

––––うん。

 

––––けど、それと同じくらいお前が居なけりゃ良かったって思ってる……。

 

––––……うん、知ってる。

 

 

 

咲、俺はお前が大好き(大嫌い)だ。

 

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