三十二頁目 雀鬼の所以
今日も麻雀教室で先生1号に江崎達と共に毟り取られ、三人して先生の攻略法を話しながら帰っていた矢先、この界隈で雀鬼を自称する男が現れる様になったという話を聞いた。
俺の名を騙っている訳では無いらしいけど、雀鬼と言う異名はガキに相応しくないとかなんとかのたまっては素人相手にサマを使っているとの事、刺青を入れたヤクザ崩れのオヤジらしいので探せば分かりますよ、と言って江崎達は去って行った。
別に雀鬼の異名に拘っている訳じゃ無いんだけどなぁ、と零しながらも俺の足は近くの雀荘やマンション麻雀をやっている場所に向かっていた。
自分の通り名に拘りは無い、しかしこの辺りは俺の街なので勝手な事をされては困る、特に素人相手のサマを許すなんてのは俺のプライドが許さない。
何軒かハシゴして聞き込みをしていると、如何やら最近出来た小さな雀荘に入り浸って居るとの情報が手に入った、其処は手積み式の代わりに料金が格安な場所だった筈、成る程積み芸を使うのか。
住所を教えて貰った俺はコンビニで賭け金を引き下ろし、その雀荘に居る自称雀鬼退治に出向いた、この間の連中程度の奴なら良いんだけどなぁ、と思いながら入店すると、大声で怒鳴りながら麻雀を打つ男が居た。
刺青を入れたヤクザ崩れ、江崎の言っていた男の特徴と一致する。
眼鏡をかけたロングヘアの女の子が同卓している様だけど、おっさんは女流雀士に良い印象を抱いていないのか罵倒ばかり繰り返し、その度に掏り替えや積み込みを行っている。
女の子は『……こんな男が雀鬼?…あの子の友達には相応しく無い』と呟き、失望を隠そうとはしていなかった。
サマには気が付いて居るようだけど何をされているか分からない、そんな所だと思ったので東場が終わった辺りで交代を持ちかけた。
『……大きなお世話』と袖にされてしまったけど、俺もこの三流に用が有るので退けない、品定めが終わったんなら代わってくれと頼み込み、席を代わって貰った。
ガキの次も又ガキかよと呟くおっさんの前に紙袋から札束の山をテーブルにばら撒き勝負を持ち込む、サマに気が付いていない馬鹿な学生っぽく強い人と勝負をしたいとおだてながら洗牌、おっさんが元禄を積んでいる様だったので俺は特に何もせずサイを振り、おっさんの元禄が使える出目を出す。
ポン、チーでツモをズラされても掏り替えを行えば何処からでも牌を引けるのが元禄だが、そもそも牌の位置が分かっている此方からすれば掏り替え返すなんて容易い事、俺はおっさんの積んだ牌を全て掏り替え盗って自摸和了。
清一色 自摸 三暗刻の倍満、俺の倒した牌を見たおっさんは顔を赤くしながら俺を掴んで裏路地へと引きずって行き、其処で殴り掛かられた。
暴力沙汰も甲斐やら江崎やらにいなし方を仕込まれているので足を払って投げたのだけど、ゴミの集積されている場所にぶつかり、大袈裟に痛がりだした。
三流ならこんな物かと呆れ、二度とサマをするなよーと気軽に言おうと思ったら、––––おっさんにカミソリで右手を斬りつけられた。
不意の一撃だった為傷も浅くは無く、出血が酷かった事に気を取られた俺は続け様に空き瓶で頭を殴り付けられた、幸いにも瓶が割れたので死ぬ事は無かったが、そのまま殴り飛ばされて逆に二度と顔を見せるなと怒鳴られた。
路地裏に倒れた俺を見て、さっきの眼鏡ちゃんが息を呑み救急車を呼ぼうとしてくれたけど、それを手で制して胸ポケットにしまっていたサングラスを掛けて店内へと戻る。
『打ち子はいねぇのか!!』と威張り散らして居たおっさんの対面に坐り直し『お待たせしました、続行しましょう』と言って洗牌を開始する。
ろくに手当もしないで洗牌したせいか牌が血で真っ赤に染まってしまった、コレで積み込みも掏り替えも出来なくなったので好都合、この男には命を賭けて貰う。
山を積み終えた後、周りを見ると得体の知れないモノを見るような目をしながら誰一人山を積んで居なかった、対面の親父も腰が引けていたがそのまま右手でおっさんの肩を掴んで無理矢理座らせる。
その時に思わず『貴方……人を殺した事がありますか?』と聞いてしまった所為か、はたまた甲斐のサングラスの所為か。
店内の誰かが零した『な、長野の雀鬼だ……』と言う一言でおっさんはなりふり構わず逃げ出し、店の外に飛び出した瞬間信号無視の車に跳ね飛ばされた。
鈍い音を出して道路にぶつかっていたのでアレでは致命傷だろう、人数が揃わず卓割れとなった為店内の清掃料と迷惑料を机の上に置いて退店、まだ息のあったおっさんに視線を合わせ『滑稽––––な』と言い残して帰宅した。
この後家に帰った京ちゃんは偶々遊びに来てた咲と照に速攻で病院送りにされました(白目
ともきーはこの一件普通にトラウマになってます、そしてこの後も麻雀でトラウマを……。
いやー、やっぱり雀鬼ですわ。
仮におっさんが逃げたとしても一体何人に追われる羽目になるんですかねぇ。