私が軽い拉致(?)に遭ってから数日が経った。
どうも、サヤです。相変わらず凍土は平和な日々が続いています。
今日はお母さんたちも討伐がないらしいからのほほんとしている。人間だったころで言う休日、みたいなものかな。まあ仕事をしているわけじゃないから、いつだって休日だけど。
そうそう、報告しておかないと。ティーおじさんはしばらくミキさんと旅行に行ってくるらしいです。前に私が新婚旅行について話していたときがあったみたいで、『“しんこんりょこう”ってのに行ってくる!!』と告げてどこかへ行ってしまいました。
ティーおじさんは物事をスパッと決めるからなー、決断力のある男性……雄ってやっぱり好かれるんだろうか。あともう一つ言わせてもらうとするなら、結婚式が先だろうに。
まあここでは新婚旅行の概念も存在しなかったんだから結婚式の概念もないんだと思う。それはなんだか寂しい気もするから、旅行から帰ってきたら教えてあげようかな。あ、でもミキさんがいるか。
というかあの二体はどこに行ったんだろう。どこにでも行けちゃう気がするから怖いんだよね。まさか世界一周旅行なんて……。いやいや、さすがにそれは。
『こんにちはー。……ん? お久しぶり? 御機嫌よう? うーん』
洞窟にやってきたのは、モンスター状態のボルアさんでした。どうやら挨拶の仕方に悩んでいるみたいだけど、そんなに細かいことは気にしなくてもいいんじゃないかな。
私はボルアさんに見えるように小さく短い手を懸命に振って応える。ボルアさんも私の姿を目に入れたようで、嬉しそうに上体を揺らしていた。
そして私とともに洞窟にいたモンスター、お母さんも同じように手を振る。しかし、ベリィさんはボルアさんを見ると詰まらなさそうに鼻を鳴らしてぷいと顔を背けた。
『ベリィさん酷い! 挨拶くらい返してくれたっていいじゃないか!』
『ジョウ様以外の雄に興味はないのよ、去りなさい』
『えっ、いや、恋されても困るけど……』
『ぶちのめしましょうか?』
『遠慮します!!』
見るからに頭を垂れてしょんぼりと落ち込んだボルアさん。切実にボルアさんの前世での年齢が気になるところだ。これで社会人とか言われたら、私は驚くしかないよ。……あ、記憶がないから無理なんだっけ。
先日私をユクモ村から連れ出してくれたボルアさんは、ミラさん曰く小童くんで私がこの世界に来て出会った二体目の前世人間のボルボロス亜種だ。残念なことに前世での自分に関する知識は失っていて、間違った雑学(時は金成など)を覚えている残念極まりないモンスター。そのくせリア充とかそういう言葉は覚えているんだから、絶対前世は彼女がいなかったと思う。
『うぅ……酷いよ……。俺は何もしてないじゃないか!』
『……秘境エリア』
『うぐっ、』
『あんた、あそこを壊して行く割には元に戻していかないわよね』
『……』
ついにボルアさんが黙り込んだ。どうやらボルアさんにとってかなり痛いところを突かれたみたい。
ボルアさんはまるで土下座をするような体勢になり、『すみません!!!!』と大声で謝罪した。精一杯の謝罪なんだろうけどぐわんぐわんと反響してどうもそれどころじゃない。
ベリィさんが言っている秘境エリアって言うのは、多分一番から行ける八番九番エリアのことかな? 確か瓦礫か何かが邪魔してて、逃げ出した凍土のモンスターが壊さないと進めないところだよね。……そのモンスターの中に、ボルボロス亜種っているね。
『知ってる? あれって木をかなり運ばなきゃいけないのよ? 疲れるのよ?』
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんにゃしゃい!!』
『何噛んでんのよ馬鹿!』
『だって同じこと何度も言うと舌が絡まっちゃって……』
『じゃあ一回でいいわよ馬鹿!』
二人の相性がかなりいい……。世話焼きの先輩と、ドジな後輩ってところだろうか。
ところで結局のところ、ボルアさんは一体何をしにきたんだろう。ベリィさんの追及のおかげで大分話が逸れてしまった。
あと、あれだ。ボルアさんがもはや癒し系にしか見えない。
『それで、何をしにきたんです?』
『え? ちょっと逃げてきた』
『……洞窟の人口密度が……』
『モンスター密度じゃないかなあ?』
『そこは議論の点じゃないですね』
なんでボルアさんと話していると話すべきポイントがずれるの!? ま、まさかボルアさんの特殊能ry……。言っちゃ駄目よ、私! それ以上言うとただの痛い子よ!
ボルアさんは何かから逃げてきたみたいだ。ミラさんの洞窟からここまでは結構な道のりなんだけど、よく来ようと思ったなあ。まあミラさんも時々来るしボルアさんは人間さんのいる村に行くこともあるみたいだから、二体にとってここまでは大した距離じゃないのかもしれない。
『久しぶりに来たなー』と言いながら洞窟内を見渡すボルアさん。確かに、私がここで生まれてからは一度も見かけなかったわけだから、相当久しぶりって事になるんじゃないかな。
『この際だから言わせてもらうけどね、あんたのせいでこっちは色々迷惑してんのよ』
『えぇ!? 俺は何もしてないけど!?』
『あんたがちょくちょく目撃されてるからボルボロス亜種の討伐にハンター来たりするのよ?』
『……あ』
『あんたは奥地にいるからいないし、私たちが代わりに退散させてんだからね!』
『すみません……』
またしても頭を垂れるボルアさん。ボルアさん、雄なのにちょっと弱すぎじゃない? 私が今まで見てきた雄と言えばティーおじさんとジョーおじさんだけどどっちも強かったよ。……あ、ジョーおじさんは一部の雌に弱いか。あと、リオを忘れてた。
洞窟の隅っこでしょぼくれているボルアさんは子供にしか見えなくて、この凍土にすんでいる私から言わせてもらえばよく生きてこれたなーと思う。こんな人がハンターをやっていて、ポッケ村にいただなんて俄かに信じられない話だ。
あれでしょ? アルバトリオンとかも戦ったんでしょ? 怖くて聞けないけどさ……。
『まだ銃だっけ? 持ってんでしょ? それで威嚇したらいいじゃない』
『だから銃じゃないってば。……あれは思い出として持ってるだけだから、もう使う気はないんだ』
『あんなのモンスターで生きていくには必要ないガラクタでしょうに……』
『いいんだよ。あれはもう武器じゃなくて、思い出だから』
『はいはい。そうね』
あはは、と少し寂しそうに笑うボルアさん。そういえばボルアさんって、最初は記憶がなくて人間やってたんだよね? 自分がモンスターだってことを思い出したボルアさんってどんな気持ちだったんだろう。
前世は人間、今はモンスター。擬人化をすることができる私たち転生者組(本当の意味での転生と言えるかどうかは謎だけど、仮にそう呼ぶことにする)はその生い立ちからどちらにも加担することが出来る。モンスターと結婚することに決めたミキさん然り、一時期ハンターをやっていたボルアさん然り。
私はどうなるんだろう。今はただの力ない、この世に何体もいるギィギだけど、成体になれば私にも力がついてきて、当然ながらハンターさんたちと戦うことになる。それは避けられない。
はっきり言ってしまえば、私は人間が好きだ。確かに前世では嫌いな人もいた、そりゃあいるに決まってる。それでも、私には親友だっていたわけだし、人間の全員が全員嫌いってわけじゃない。
ユクモ村でも優しい人たちはいたし、この凍土で好きになれない人たちも見た。でもそれが人間なんだ。
この姿で生きていけば、人間は私にとっての一生の敵で在り続けるに違いないけど、もし私がモンスターであるということを捨てたら……?
なんて。そんな話は万が一にもあり得ない。モンスターを捨てるというのは私にとって、この世界での親であるお母さんを捨てるのと同じ意味を持つ。そんなことはできない。
『サヤちゃん、どうしたの? 怖い顔しちゃって……』
『いえ、考え事です。気にしないでください』
『あれー? そういえばベリィ、ジョウはいいの?』
『今ジョウ様は暴走期よ? 近付くことは死を意味するわ』
『もうそんな時期かー』
『なんかすごくサラッと言いましたけど絶対サラッと言えることじゃないですよね』
ジョーおじさんに暴走期が存在してるなんて、そんな話聞いたことないですよ!?
というかイビルジョーって暴走するものなの? 私は3rdまでしかプレイしてないから、そんなの知らないよ? ……はっ、まさかまた新作が出たのか! こっちじゃプレイできない!
この世界はどうもよく分からないことだらけだ。もしかしたらこの世界自体がゲームで、新作が出されるたびにその情報が更新されているー……ってのはちょっと馬鹿馬鹿しいかな。
――怒り喰らうイビルジョー――
……えっ?
ピコン、とまるでゲームにありがちな電球マークのように頭に一つの単語が浮かんだ。
単語と同時に一瞬、何か恐ろしい映像が浮かび上がる。それはイビルジョーであり、イビルジョーに
『サヤちゃん? どうしたの、サヤちゃん!?』
『えっ、あ?』
『凄く酷い顔色……顔色? 口しかないのに? ん?』
『ボルアの疑問は置いといて、確かに具合が悪そうね』
『どうしたのサヤー!? 大丈夫!?』
ギィギというのっぺらぼうなのによく分かったね……。それよりも、私はそんなに酷い顔をしていたんだろうか。心配させないように、のっぺらぼうながら口元だけで笑みを作ってみる。きっと悲惨だ。
先程浮かんだ単語に内心首を傾げながらも、とにかく何でもないように振る舞って見せる。私は元気が取り柄なのです、皆に心配をかけるわけにはいかないのです。
『暴走期ってなんですか?』
『え? ……ああ、サヤちゃんにはまだ言ってなかったかしら』
『暴走期は暴走期なんだよ、サヤー』
『誰かちゃんと説明できるモンスターいないんですか……』
『僕はここに途中から来たから全部を知っているわけじゃないんだよね』
『それなら、私がやるしかないみたいね』
ふう、とため息をついたベリィさんは私に向きなおる。とても真剣な空気が伝わってきて私は思わず固唾を飲む。ベリィさんの大人な雰囲気も混ざってプレッシャーが大きい……!!
『どこから話したほうがいいかしら……』とベリィさんは少し思案してから深く息を吸い込んだ。
『とりあえず、ジョウの幼少期から始めましょうか』