……気になったことはないかしら? どうしてこの凍土にはジョウ以外のイビルジョーがいないのか、ってね。……え、姿が見えないだけだと思ってた? いいえ、それは違うのよ、サヤ。この凍土にはジョウ以外のイビルジョーはいないの。まあここから少し離れた所に数体いるって噂はあるけどね。
この凍土は、私が言うのもなんだけどすごく恵まれた土地だと思っているわ。私たちのせいで多少の食物連鎖の崩壊は起こっているけど、それでも私たち大型モンスターにとって天敵は少ないし食物はあるし。サヤやリオみたいな小さいモンスターでも、生き残るために気を付けるのはハンターくらいっていう事実がそれを裏付けているわね。
私たちはそれでもいいんだけど、イビルジョーは駄目なのよ。私たちにとってはのんびりできる環境でも、イビルジョー種はそれじゃ物足りないの。
イビルジョーはほとんどのモンスターにとって頂点に立つ存在。私たちよりも多くの食物を必要としているモンスターよ。それでもイビルジョー種の中ではジョウの家系は温厚なモンスターが多かったし、ジョウ自身も無駄な殺生は好んでいないわ。だからジョウはイビルジョー種の中では小食な方ね。
“ジョウの家系”って言うからには、確かにジョウのお父様方も、ここ凍土にいたわ。でもジョウが成体になってしばらくしてから、ちょっとあってね……。
――――――――――
その日はいつもと同じように、晴れ渡っていた。
この凍土では日中は晴れていることが多いが、代わりに夜間は吹雪いている。たまにこれが逆転することがあるが、凍土のモンスターたちは既にその暴風や冷気に慣れていて特に気にしていない。
『ジョウー、お父さんは?』
『狩りに出かけた』
『……ジョウのご飯は?』
『俺はまだ腹が減ってない』
『じゃあ後で一緒に行こうよー』
ジョウに話しかけるギギィ。この時二体、そしてここにいない幼馴染組は既に成体となっており、特にジョウは父親からも立派な雄として認められている。
ギギィの質問の中に「母親」の存在が無いのは、既にこの世にいないからだ。ジョウの母親は少し前に病気で亡くなっていた。その際、病気の抗体を取り入れるためにその肉を食らったことがジョウにはトラウマとして残っている。いくら自然の知恵とはいえ、それを行うのは肉親ということもあり抵抗があったのだ。
いつまでも嫌々と拒否し続けたジョウに対し、父親は他のモンスターの肉と偽り食べさせたのだが、それが更にジョウにトラウマとして根付いてしまっている。仕方ないことと割り切ってはいてもやはり譲れない部分が彼の中にはあるらしい。
『成体してから、お父さん厳しくなった?』
『そうでもない。昔からあのままだ』
『そっかー。確かにジョウのお父さん、甘やかしそうにないもんね』
『イビルジョーは強くないといけない、だそうだ』
『ジョウが強いってかっこいいもんね!』
ギギィが純粋な笑顔――と言っても実際は口しかないので、ハンターから見れば恐怖で逃げ出したことだろう――を向けてきたので、ジョウもまた笑顔――同じくイビルジョー種は強面が多いので、ハンターは死を覚悟するだろう――で返した。
二体がそんな微笑ましい会話をしていると、すいと二体の頭上を影が横ぎる。見上げれば、ティガレックスが伸び伸びとその翼を広げて空を自由に飛んでいる。どうやら相当に機嫌がいいらしい。鼻歌までもが聞こえてきそうだ。
『……ティガか』
『空をちゃんと飛べるようになってから楽しそうだよねー』
『俺には一生理解できない楽しみなんだろうな』
『大丈夫だよ! 私とティガがジョウを運んであげる!』
『そいつはかなり難しい話だな』
元々イビルジョーは体格がゴツい。小食であろうともかなりの重量であるだろう。そう思って伝えれば『大丈夫、鍛えるからー』と暢気な返答をされ、さすがに笑うしかなかった。
『じゃ、私ちょっとティガを叩き落としてくる!』
『おう、死なせない程度にな』
成体になって翼が頑丈になった最近、ようやく空を飛ぶことの楽しさを覚えたティガとギギィは相手をどちらが叩き落とすか、という謎の遊びにハマっていた。同じく空を飛ぶことのできるベリィは『子供の遊び』と言って参加している様子はない。
再び一体きりになったジョウはどうしようか、と考える。今日の予定は特に決まっていない。まあ普段から予定が決まっているわけではない。ハンターだっていつ来るか分かりはしないのだ。今でこそ誰が狙われているのかということをたまに事前に知ることが出来ているモンスターたちだが、それは偏にボルアのおかげだ。
このとき、まだボルアはミラと出会っておらず、故にこの凍土にもいない。
『ウルに出会わないよう、森にでも向かってみるか……』
『ジョウ! ああ、やっと見つけた! ジョウ!』
『げっ……ベリィ』
慌てた様子で近寄ってくるベリィの姿を視界に入れてジョウは青褪める。ジョウにとっての天敵は今のところ、雌だ。それもウルとベリィに限定される。幼いころからこうなのでジョウは既にうんざりしていた。父親に『モテモテだなあ、食っちまえよ』と言われた時は本当にどうしようかと思ったくらいだ。
ジョウはいつもと同じように逃走をしようかと足に力を入れたところで、ふとベリィの様子が尋常ではないことに気付いた。まるで初めてハンターと交戦した時のように、身体は恐怖で震えている。
普段はそれなりに気の強く、ジョウがいないところであればしっかりと“お姉さん”をやっていることを知っていたので、ジョウはすぐに頭を切り替えた。緊急事態、その言葉が脳裏に浮かび、いくらかの冷や汗を感じる。嫌な予感がした。
『じょ、ジョウのお父さんが……凍土の麓の人里で暴走してるって……!!』
『っな……!?』
一般的にハンターにとってモンスターとは“人を襲い秩序を乱す凶悪な生き物”として定着している。その証拠として度々人里を襲うモンスターがいるのも、確かに事実ではある。
しかしモンスターだって人と同じように命が惜しいと思うモンスターだっているのだ。この凍土が平和な訳は、そういった穏健派がたまたまこうして集っているからなのだ。だからこそ、ジョウは理解できない。ジョウが穏健派なのはその精神を父母から受け継いだからこそだ。
その父が人里を襲うなど、どうして信じられるか。人里以外でも食物を入手できる場所はある。それにジョウの父親は特に人間を嫌悪していて、自ら人間の住処に行くなど考えられもしないのだ。
『じょ、ジョウ!? どこ行くの!?』
『止めに行く。人間は好いていないが被害を拡大させるわけにはいかない』
『無理よ! 近隣に住んでたモンスターも根こそぎ被害に遭ってるのよ!?』
『……変貌した訳を、俺は息子として知っておかなければいけない』
よく見ればベリィにもいくつか傷が入っており、満身創痍なのが覗える。『お前は寝床に帰って傷を癒しておけ』と言い含めるとジョウは麓に向かって弾丸の勢いで駆けだした。
この背に翼があったなら、どれほどよかっただろうか。ふとそんなことを思うのだった。
阿鼻叫喚、その言葉がふさわしかった。
時刻は昼飯時を過ぎたくらい。丁度人間側も飯の準備をしていたのだろう。それに用いられるはずだったであろう火は家に燃え移っていた。中途半端に食い殺された人間の死骸、そして先程ベリィの話にあったモンスターの死骸も転がっており、地獄絵図となっている。
どこへ向かったのかは考えずとも赤の道が教えてくれた。行く先行く先に必ず死骸が横たわっており、どれもが食い千切られ絶命している。逃げ帰ってこれたベリィはかなり幸運だったのだ。
『ああ……、見損なった、父さん』
滴がこぼれるのを感じたが、ジョウは気にしない。目の前でこちらに背を向けて何かにがっついている父親の姿を見つけて、何かが壊れるのを感じ取った。冷静さを欠いた行動だけではなく、その姿もまるでこの世の生き物とは思えないものに変貌している。戻ることはできないのだと察した。
その背中に思いきりタックルをかまし、食物から距離を取らせる。獰猛に光る瞳はジョウをジョウとして認識しておらず、これほどまでの人間とモンスターを食したというのにまだ食い足らないのか涎をだらしなく垂らし続けている。
人間の息子同様、ジョウも父親に尊敬の念を抱いていた。その感情さえも木っ端みじんに破壊していった目の前の何かに無性に腹が立ってくる。
――倒さねばならない――
残酷な現実だとは思えど、容赦をすることは出来なかった。ジョウは親殺しの異名を付けられても構いやしなかった。仕方なかったとはいえ、母親も食しているのだ。“討伐”という言葉がすんなりと胸の中にすとんと落ちた。
失望したその時に、ジョウにとって目の前のモンスターは親ではなくなったのだ。
『さようなら。これは俺にとっての最大の汚点だ、忘れなどしない……』
そうしてジョウは牙を向いた。
その戦いは正しく“死闘”と称するに値した。血に物狂いの、他のどのモンスターもどのハンターであっても援護や横槍が出来ないような戦い。幼馴染組はただ手助けすることもできず、かろうじてその後ジョウが生き残った場合、討伐される事のないようにハンターを追い払うことしかできなかった。
数時間にも及ぶ壮絶な戦いは、ジョウの勝利となった。身体中に傷を負い、どちらが倒れてもおかしくない中での勝利だった。ジョウの父親の方が長い年を生きていたが冷静さを欠いたただ食らうためだけに行動していたために、若輩者のジョウに軍配が上がったのだ。
ジョウは、父親の亡骸を食らった。それは母親のように抗体を作るという意味合いではなく、ただ自分の中に父親がいたという証拠を遺す為でったように思われる。
ただ一心不乱に亡骸を食らい続けるジョウは周りから見ても異様の一言に尽きた。生き残った人間は更なる悪魔の誕生に恐れ慄いた。それでもジョウは、やはり何かに憑りつかれたように食らっていたのだ。
『ジョウ、ジョウっ。ねえ、大丈夫なのぉ!?』
一番に駆け寄ったのは、ウルだった。
いつものふざけた様子などどこかに置いてきてしまったかのようで、瞳に涙をいっぱい溜めて必死の様子で訴える。ウルも言葉が届いているという実感がないからだ。
『……ウル、お前らは怪我をしていないか』
『大丈夫よぉ、みんな無事に生きてるわぁ』
『そうか、それはよかった』
どこかぼんやりとした様子でそう告げると、ジョウはその場に倒れ伏した。戦いによるダメージと疲労がジョウの身体に深刻なまでに蝕んだ。
幸いなことにジョウは身体の何処かが不能になったわけではなかった。しかしそれから暫くこの事件のせいでイビルジョー討伐のためにハンターが凍土に赴くことが多くなり、ジョウは精神を少しばかり病んだ。幼馴染組はジョウをミラのいる洞窟に一時的に隠居させ、それらのハンターを追い払う役を進んで買って出た。
魂の抜けたような生活を送っていたジョウは、そんな支えによってようやく元の性格へと戻り、再び凍土の中腹に住まうようになったのだった。
――――――――――
これが私の知っている全てのこと。空白の部分は、きっとミラちゃんの方が詳しいのかもね。ミラちゃんは自分がその場に居なくてもいつの間にかその場で起こった情報を仕入れていることがあるから、不思議よね。
それで、ここから先は、そこにいるボルアから聞いた話なんだけど。
「ああ、そうだ。同族を食らったイビルジョー種は、ハンターの言葉で言う“怒り喰らうイビルジョー”って言う禍々しい生き物になるみたいなんだ」
……ボルアが説明してくれた通りよ。
怒り状態になればまるでたてがみの様に竜属性のエネルギーを無意識のうち放出させ、血走った目でひたすらに得物を探し求める。本当に私たちと同じモンスターであるのかも疑問に思うほどだわ。
その怒り喰らうイビルジョーは、普通のイビルジョーの怒り状態を常に維持しているみたいだけど、ジョウはいつも普通よね? ジョウ自身がそれをセーブしているからなのよ。
怒り喰らうイビルジョーはその体内から放出させるほど有り余っている竜属性のエネルギーに命を蝕まれているわ。ジョウはそのエネルギーを体内でコントロールさせる術を、ミラちゃんの元で隠居している間に死に物狂いで習得したそうよ。
それでも時々欲求が抑えきれなくなる時がある。そんな時にジョウは自らの意思でミラちゃんのところへ行くの。これはミラちゃんとも相談した結果だそうよ。一番害が少なくジョウを止めることのできるのは自分だって、前に言ってたわ。
いつもジョウと話していて楽しいでしょう? 全部、ミラちゃんのおかげよ。悲しいわよね、私たちには何もすることが出来ないんだから。こんな時ほど自分の無力を実感する時はないわ。
「ベリィも、優しいよねー。元気づけるために態と恋してるんでしょう?」
どうかしらね? 私はまだまだ恋しているかもしれないわよ? ……まあ、ウル一体が突進を仕掛けるよりはマシだと思うし。
とにかく、サヤ。私から最後に一つだけ言わせて。ジョウを見捨てないでほしいの。ジョウは強いわ。強いからこそ悲しいの。ジョウもあなたが生まれてきて会話をしているのを見ると、楽しそうに見えるわ。私たちも、貴方と話していて楽しいの。
サヤは優しいから……、なんて言うと押し付けているように見えるけど。これからも同じようにジョウと仲良くしてあげて。
ベリィさんの旦那さん、この事件で死んだことにしようと思ったら番外編でどこか行ったことになったから止めました。それはそれで後で使えそうですし。