『ふふ、久しぶりに来ましたわ……』
それは妖しく笑ってみせた。
吹雪もない冷え切って澄んだ凍土の夜、開けたその場所にそのモンスターは君臨していた。優しく降り注がれる月明かりはモンスターの身体についた氷に反射し、美しく輝いてみせた。
『ついにこのときがやってきたわ!! 今度こそしくじらないんですから!!』
優雅な佇まいのモンスターは声高らかに宣言する。
モンスターの脳裏に浮かぶのは憎いあいつの姿だった。
『おーっほっほっほ!! おーっほ、げふっ、げほっごほっ……』
『ママー、変なモンスターがいるー』
『見ちゃいけません』
ちょうどそこを通りかかったポポの親子。母ポポは必死に子ポポを目の前にいたモンスターからその身体で隠すとさっさとその場を後にした。子ポポは暢気に『なんでー?』と母ポポに尋ねるが、ついに母ポポが子ポポの疑問に答えることはなかった。
『ぐっ……、待っていなさい! 目に物見せてあげますわ!』
にやりと笑ったモンスターはまた高笑いをし、やはり咳き込んだのだった。
――――――――――
平和だなあ……。
今日も元気にこんにちは。ギィギのサヤです。
お母さんが食事に出かけているので、今は私一人でお留守番です。……本当は、ボルアさんもいるはずなんですが、ボルアさんは朝早くから何処かへと出かけてしまったようで洞窟にはいません。どこに行っちゃったんでしょう。ボルアさんは私より抜けていることがあるのでちょっと心配です。
さて、そういうわけで私はとても暇なのです。
『……そういえば、私は今、ギィギなんでしょうか? それとも、ギギネブラ?』
自分で自分のことがよく分からないこの頃です。
だってゲームの中で羽が生えたギィギは描かれていません。ギィギはハンターさんの血を吸うことでその身体を大きくすることはできますが、羽は生やしていませんでした。でも今の私は羽を生やしているギギネブラとはまだまだ言えません。
そんな中途半端な私は、どっちなんでしょうか。やっぱりまだギギネブラの域には至っていないわけだから、ギィギなんでしょうか? でもゲームの基準で言うとギィギとは言えなくて……なかなかに判断しづらい問題ですね。
『あ……サヤちゃん、ただいまー……』
『お帰りなさい、ボルアさん。今の私ってギィギですかね、ギギネブラですかね』
『わあ、唐突なうえに俺の状態は完全に無視なんだね』
これは失敬。
ええと今のボルアさんの状態、ですか……。ふむ、鉄の臭いがしますね。お前鼻もないだろってツッコミはなしでお願いしますね。こういうのは感覚なんです、か・ん・か・く!
どうやらボルアさんは怪我をしている様子、って、怪我ですか!?
『だだだだ、大丈夫ですか!?』
『慌てすぎ。ちょっと落ち着こう? 左肩撃ち抜かれただけだから』
『撃ち抜かれた!?』
それはつまり狙撃されたという解釈でよろしいのでしょうか。
……ん? それってちょっとおかしいです。だって今のボルアさん、人間の状態です。人間が人間を狙撃したりしますかね。さすがに遠目から見ても人間をモンスターだとは間違えないと思うんですけど。
『ボルアさん、何してたんですか?』
『麓で売るための鉱石探し。人間状態の方が効率良くてねー』
『ええと、モンスターには戻らないんですか?』
『ここに人は来ないと信じて、戻らない。この姿の方がエネルギー使わなくていいんだ』
つまり回復に専念したいって事ですかね。ボルアさんの左腕はダラン、と力なく垂れています。……もしかしてあれ、骨やられてませんかね。
『ボルアさん、人里に行ったほうが良いですそれ』
『あ、大丈夫。経験から言ってこれは薬草つけとけば治るよ』
『怪我の症状に比べて態度が軽すぎやしませんか』
『そんなことないよ。それより説得してよ、いくらいないって言っても聞かないんだ』
壁に背を預ける形で腰を下ろしたボルアさんは右手を洞窟の入り口へと指し示す。と、タイミングを図ったように何かのシルエットが浮かびあがりました。……なんか、ほっそいですね。見たことがないシルエットですけど、誰でしょうか。もしかして新しいモンスター?
『おーほっほっほ! ご機嫌麗しゅう、ギギィ! わたくしが来て差し上げ……あら?』
『だからいないんだってば……俺の話も聞いてよー……』
『何よもうっ、ギギィったら本当にタイミングが悪いんだから!』
『むしろタイミングが悪いのはそっちだと思うのは俺だけ?』
おや、お初のモンスターさんですね。ええと……なんか長いから、アグナコトルですね。凍土だから、亜種。私あのモンスター嫌いなんですよ。いちいち潜って逃げるから面倒くさいですし。それにまた避けるのも面倒くさくて……。
このアグナコトル亜種さんはいいとこの出なんでしょうか。モンスターのいいこと出ってどういうことなんでしょう。自分で言ってみて訳が分からなくなりました。……特に不自由をしなかった? いやいや、命のやり取りをしている場所でそれはちょっと。まあ確かに平和なんですけど。
『あら? そのちっこいのは何ですの?』
『あ、私はサヤって言います』
『へえ、ギギィの子供……。よく今まで生き残ってこれたわねえ?』
『まあ皆さんに支えられて、と言ったところです。それで、貴女の名前は?』
『ふふ、そうね。名乗るのが遅れてしまいましたわ!』
よくぞ聞いてくれました! そう言いたげに尻尾を振り振りするアグナコトル亜種さんがすごく可愛いです。でもなんとなくこのモンスターはトラブルメイカーな気がするんですよね。例に漏れず濃そうな雰囲気がムンムンしてますよ。
『わたくしはアグニャコト……こほん!』
『アグニャンって言うんだよ』
『ちょっと変な名前つけないでくださる!?』
『いつも個体名から噛むからみんなそう呼んでるじゃないか……』
『えっ……みんな……? 嘘でしょう……?』
『ああ、そっか。ずっと下にいたから知らなかったんだよね』
どうやらアグニャンさんは凍土の中でも比較的麓に近いところにいたようです。そんなところにいたら結構、というかかなり問題のような気がするんですけど大丈夫なんでしょうか。むしろここにいるモンスターよりも積極的にハンティングされちゃうような気がするんだけど。
と思い聞いてみると、実は平気らしい。なんかどこぞのダンジョンの様に洞窟を迷路みたいに拡張しているんだって。これで土を掘った時にモンスターが生み出されたらそれこそ完璧……ゲフンゲフン。
『私はなんと呼べば……アグニャンさん? ニャンさん?』
『前者はともかく、後者は猫じゃない!』
『えー、でも名前がなんかもう渾名みたいで……』
『わたくしにはコトという名前がありましてよ!』
『誰も呼んでないけどね』
『ムキィー! 一言多くてよ!!』
不機嫌そうにぶすーっとしているアグニャンさんは可愛いと思う。
あ、そういえばアグニャンさんはどういう用事でここに来たんでしょうか? どうやらお母さんに用事があるようですけれど。
『お母さんに何か用ですか?』
『ギギィには少し会いたかっただけですわ。……さあ、ボルア、真打ちを出しなさいな』
『だからそっちもいないんだってばー……』
どうやらお母さんには顔見せしたかっただけの様です。確かにボルアさん同様私が産まれてからはこの洞窟に来ていなかったみたいですし。友達なら久しぶりにお話とかしたいですもんね。
ところでその真打ちとやらはどなたなのでしょう。私の知っているモンスターでしょうか。それともまだ私が知らないモンスターでしょうか。……いやでも、私が知る限り、凍土のモンスターはもうアグニャンさんで出切ってしまったんですよね。新しいソフトが出ていなければ、ですが。
『真打ち、とは?』
『無論、ティガのことですわ! あいつ、今度こそぶちのめす!』
『ちょ、ティーおじさん何やらかしたんですか』
『……ん? 待って、何か、音しない?』
ボルアさんに言われて大人しく物音を立てずに耳を澄ませていると、なるほど、確かに音が聞こえます。これは羽を動かしてる音ですね。バッサバッサ言ってます。もしかしてお母さんがお食事から帰ってきたんでしょうか。あわよくばおこぼれ貰えないでしょうか。
『よーっす! みんなたっだいまー!』
『いたーーー!!』
『うおっ、いきなりビームとか手厚い歓迎……ってこれ歓迎されてねえな』
懐かしい声が狭い洞窟に響きました。というかアグニャンさんいきなりビームとか容赦ないですね。本当に何をしたのか気になる。……もしかして、ボルアさんの負傷ってこのビームでしょうか。ということはビームを圧縮して限りなく細くして放つことが出来る……? それなんて凶器。
新婚旅行からたった今帰宅したと思われるティーおじさんは疲れを感じさせない軽い動きで易々とビームを避けて見せました。確かにアグナコトルのビームは怖いですけど、予備動作もありますし今回は距離もあったから避けるの容易かったんでしょうね。
『どうして避けるの!? 素直に当たりなさいな!』
『いやお前の当たったら普通に死ねるからな』
『ムキィー! ムカつく、ムカつく! どうして簡単に避けちゃうのよぉーーー!!』
あ、泣いた。微妙なお嬢様言葉が完全に崩れました。メンタル弱いんですかね。
ティーおじさんはと言うと洞窟内をキョロキョロと見回して他のモンスターがいないか確認しているようです。さすがにアグナコトル亜種もいるのにこれ以上は入りきりません。ボルアさんとミラさんの洞窟じゃあるまいし。
『おお、サヤ! 大きくなったな? ……今のお前、ギィギか? ギギネブラか?』
『それが私にもよく分からないんですよ』
『じゃあ間を取ってギィギネブラとでもしとくか!』
『ティーおじさんにしてはなかなか面白いですね』
ギィギネブラ……。ちょっと笑えたから今度から名乗る時はそう言うことにします。
あれ? そういえばティーおじさんが帰って来たならもう一体、いなきゃいけないモンスターがこの場にいないような気がするんですけど……。
『――僕の大事な旦那様を傷付けようとした
その場に居たモンスター全体の体温がサッと下がりました。なんでティーおじさんまで怯えてるんですか、あなたのお嫁さんでしょう。果たして旅行中に何があったんでしょうか。
洞窟入口に立っていたティーおじさんが壁際に移動すると、ユラリと身体を揺らしながらティガレックス亜種……ミキさんが姿を現しました。なんかちょっとヤンデレっぽくなってません? いや、私はヤンデレの定義分かってませんけど。なんというか……鬼嫁?
『ヒッ……』
『どうしたの? 誰なの? この場にいる全部? じゃあこの洞窟潰して埋めちゃおっか』
『ストォォォォップ!! ミキさんやめて! 私の家が無くなる!』
『あ、サヤちゃん久しぶりー。今度お土産話聞かせてあげるね?』
ニコニコとしているはずのミキさんが、ニコニコしているように見えません。たぶん状況が状況だからでしょうね。目が笑ってない、ってやつなんでしょう。
アグニャンさんはさっきの態度とは一変してがたがたと身体を震わせています。そんなにミキさん怖かったですか……。ティガレックスって強面ですしね。今回ばかりは目が見えなくてよかった、うん。
『うーん、見たことがない子が震えてるなあ。君なのかな?』
『ごめんなさああああい!!』
『逃がさないよー?』
脱兎のごとく洞窟から逃げて行ったアグニャンさんの後ろを、ミキさんは不気味に笑いながら追いかけていきました。これが食物連鎖ってやつなんですね。……え、違う?
騒ぎの種がいなくなった洞窟内は途端にしん、と静まり返りました。誰もが今まで起こっていた事態に気を取られ過ぎて発言する気になれません。今度ミキさんにお話を聞く必要がありそうです。
それにしてもアグニャンさん、初めて会えたのにあっというまでした。お話を聞く余裕というか時間すらなかったです。ん? 確かこれ、ベリィさんの時も同じ感じでしたね。ということはアグニャンさんはティーおじさんに惚れ……ているわけじゃなさそうですね、どう見ても。
『あれ? ティガがいるー! お帰りー!』
そんな私たちの事情を知らずに帰ってきたお母さんがなんだか救世主のように見えました。
これで残すところあと一体ですね!
ちなみにもうキャラは決まってるんですよ。あとは頃合いを見計らって……。
○ギィギネブラ
サヤの現状。ティガが命名。
○アグナコトル亜種
ギギィの友達。アグニャンと呼ばれる事が多いが、名前はコト。
どうやらティガに恨みを抱いているらしいが、どうせ大したことはない。
家がダンジョンみたいになっているせいで冒険と称して入ってくる人間が後を絶たないことが悩み。奥に辿り着いた人間は未だいないが、辿り着いた人間はもれなく餌になる権利を貰える。