みなさんクリスマスはどうお過ごしだったでしょうか。
私は久しぶりに新米ハンターになりました。水辺の次は砂場が拠点か……。
お久しぶりなのに申し訳ありませんが、シリアス回です。
『……お母さん?』
朝起きてみたら、お母さんがいませんでした。
お母さんが出かけるのは別に珍しいことでもなんでもないんですけど、私に何も言わずに出かけていくのは珍しいです。ありがたいことにお母さんはいつも出かける際に私に律儀に何をしに行くのかを言ってから出かけていきます。まあ今回は私が寝ていたから起こさないように、と思って言えなかったみたいですけど。
たぶん、朝ご飯を獲りに行ったんでしょう。私は血液だけで足りるけれど、お母さんはお肉を食べないといけませんし。通常のギギネブラはこの凍土の気温を利用して冷凍保存しておくんですけど、お母さんはその場で一飲みがデフォルトだからわざわざ持ち帰らないんですよね……。半分くらいは保存しておいたほうが良いと思うんだけどな。
さて、そうなると困ったことが出てきます。私の朝ご飯がありません。
本当は焦らなくてもよかったんです。だって今は
もしかしたらボルアさんは人間姿になって麓にでも行ったのかもしれない。そう勝手に結論付けたところで、さて、私の朝ご飯について話を戻しましょう。
私のお腹を満たすには血液が必要不可欠です。つまり私は他の生き物を見つけなければいけません(ただし人間は除く)。この時点で私には二つの選択肢が与えられます。まず一つ、“いつ戻るか分からない”お母さんが戻るまで待つか。次に一つ、私が“偶然”知り合いに出会うことを信じて出かけるか。なんとも極端な選択肢です。
お母さんが戻らないというのは相当な事態でない限りあり得ませんが、今は私のお腹が危険なのです。すぐにでもお腹を満たしたい、待ってなどいられない! そういうわけで私は知り合いのモンスターを探しに行くことにしました。
『それにしても、静かだね……?』
薄気味悪いくらい、音がありません。今日は天気も良く吹雪いていないので視界も良好、なのですが、これはこれでちょっと寂しいですね。せめて雪の音があったらよかったのに。
いつも感じるポポさんの気配も、バギィさんたちの足音も、メラルーさんたちの鳴き声もありません。さすがにここまで何もないって、ちょっとおかしくないですかね。異常事態に思わず身体が震えました。嵐の前の静けさ、ってやつじゃないといいんですが……。
早く誰かのところに行かないと、と思って、そういえば私は知り合いの家を一つも知らないことに気が付きました。あれ、これって出かけた意味がないんじゃ……。途方もないこの凍土をうろつくって、それこそ自殺行為ですね。どうしよう、これは帰るべきですかね。
最近は小さな足ができて四足歩行が可能になったので前よりは移動が楽ですが、まだ慣れていないのでそんなに速くは歩けません。折角洞窟から出てきたので、今更戻るのは惜しいです。というか私、擬人化してくればよかったね。そうしたらもっと行動範囲が広がったのにね……。空腹で思考が参っているんでしょうか。
どこかの誰かは言っていました。「空腹は最高のスパイス」だと。スパイスとかそういう食べられない言葉なんかはどうでもいいので誰か私に血液をください。別に辛い味とかは全然いらないので。空腹さえ満たせればオッケーなので。
『うむむ……。行く場所を絞ったほうがよさそうだね』
ただでさえ行動範囲が狭いんだから、最初から目的地を決めよう。そこに誰も居なくとも!
で、どこに行こうか。みんなの寝床があるところ……。やっぱり私とお母さんみたいにどこかの洞窟、が普通なんだろうか。でも洞窟がどこにあるのかもわからない。私が知っている洞窟はゲーム内マップとして表示されている場所とミラさんの洞窟しか知りません。他にも探せばあるのかも知れないけれどね。
考えてみれば私は知り合いのモンスターに会う時、ほとんど向こうからこちらを訪ねてくれる形です。だから私は家を知らないんだ。今度お母さんに教えてもらって自宅訪問をしよう。今決めました。どうせなら突然押しかけてみるのもいいですよね。これが人間同士のできごとなら「今部屋汚いからちょっと待って!」みたいなイベントも発生するんですけど、モンスター同士だとどうなるんでしょうか。
とと、話が逸れましたね。とりあえず私はゲーム内マップ、それから泉に続く森くらいしか凍土の地理を頭に入れていません。森に行くのは最終手段として、まずはゲーム内マップをぐるりと回ってみましょうか。
久しぶりの一人ぼっちで内心涙をボロボロ流している状態だけど、私挫けないよ!
――そんな気持ちは、私の横に勢いよく突き刺さったたった一本の矢にぶち抜かれました。
……ちょっと、待ってください。今、何が起きたんですか。
矢じりは地面の中にあるので見えませんが、それが逆にしっかりと威力をもって射られたことの証明に思えて、ゾッとしました。これ、ひょっとして、ひょっとしなくても、私に向かって射られた矢ですよね。で、それが私の横にあるってことは……。
「おいおい、外すなよ……」
「わざとだわざと! 今しばらく俺の練習にお付き合いくださーい」
ハンターさんがいるってことですよね。
熱視覚を持っているのに、今の今まで接近に気づきませんでした! といってもかなり距離があるようです。むしろ小さな私の姿をよく見つけられましたね、って感じです。
そんなことは置いておいて、どうしましょう。二人組ということは、弓使いともう一人は恐らく近距離の人です。遠距離と近距離のタッグは基本ですが、今は最悪です。私が逃亡の意思を見せて矢を避けることができても、たぶん近距離の人から逃げ切ることはできません。私の足はまだそれくらい遅いのです。つまり、私の人生詰みました。ゲームオーバーです。……随分、第二の人生……じゃなかった、モンスター生は呆気ないですね。私はまだ、前世の半分も生きていません。
そこまで考えて、随分楽観的すぎやしないだろうかと首を傾げたくなりました。だけどできませんでした。身体が自分の思うように動きません。小さく震えています。小動物のようにぷるぷるしていて、四肢から力が抜けてぺちゃっと地面に身体を預けました。何が起こっているのでしょうか。
『……あぁ』
なるほど、どうやら私は自分で思っていた以上にハンターさんが怖かったらしいです。
私の隣にある、私よりも質量の小さい一本の矢がとても大きな存在であるように思えます。死はいつだって突然やってくる。前世もそうでした。それなのにどうしてか、トラックよりもこの矢のほうが怖いのです。死は決定付けられました。私はそれを理解し、命を他者に握られました。だからこそ、でしょうか。いつ再び矢が飛んでくるのか分からず、不安で仕方がないんだと思います。明確に感じる死の恐怖に堪えられないから脱力してしまうんです。
そして同時に、悲しくも思いました。私は確かに武器を向けられていますが、そこに“殺意”は感じられません。要するに、戯れなのです。歩いていたら雑草を踏み潰してしまった、それくらいの気持ちなのです。そこに
当然と言えば当然かもしれません。私はギィギ。大型モンスターではありません。ハンターさん的に言えば私という存在は“美味しくない”のです。素材を剥いでも、あまり良い値はつきません。だって小型ですから。繁殖力命のギィギですから。所詮、その程度でしかない。暇潰しの類いにしかなれない。もう少し成長すれば、私だってギギネブラになれるんですけどね。
で、結局のところ何を言いたいのかと言うと、私はたぶん死にたくないみたいです。
この身体になって不満も愚痴も今までたくさん溢してきました。それでも私は私なりにこの第二の生活を満喫していたのです。ゲームでは行くことのできなかった場所、イレギュラーな大型モンスター同士の交流、私と同じ転生したモンスターの存在。
どうして私ばっかりこんな目に遭わなきゃいけないんでしょうか。一回くらい寿命で死なせてくれてもいいじゃないですか。私、悪いことなんて何もしてないのに。新しい出会いもしたばかりなんですよ。アグニャンさんのお話が聞きたいです。ミキさんとティーおじさんの新婚旅行も話してもらう予定でした。ミラさんとどんちゃん騒ぎしたいです。ジョーおじさんともっと仲良くなりたいですし、ウルさんをもふもふしたいです。ベリィさんの背中に乗せてもらって空を飛んでみたいし、リオとも喧嘩したいです。それからサヤさんたちのところにまた遊びに行きたいですし……。
何より、お母さんに会いたいです。
なんだか目が無いのに泣けてきました。こういうときばかりは泣いていいはず。泣くことも許されないとか最期まで不便な身体です。どうせ、どうせギィギなんて……。
『きゃんっ! 痛いじゃないのぉ!』
『――えっ?』
最近聞いていなかった声が聞こえたな、と思った時には既に私はもふもふしたものに包まれていました。何が起こったのかよく分かりませんでしたが、漠然と助かったんだということだけは分かりました。ぽかぽかの体温が私に安心感をもたらしてくれます。
『ええと、ウルさん、ですか?』
『そうよぉ。あんた一体で出歩いて何してるのよぉ』
『ちょっと誰かにご飯を分けてもらおうと思って……』
『……ギギィは何してるわけぇ? ってちょ、射らないでよ危ないじゃないのぉ!』
私を助けてくれたのは、ウルさんでした。
ウルさんは私を右腕で抱えながら滑ってハンターさんの矢を避けているようです。左手だけで向きを変えたりするなんて可能なんでしょうか。とりあえずお荷物になってしまって本当にすみません。
でもこのままじゃジリ貧ですよね。ハンターさんは二人組ですし、ウルさんは私と言うお荷物を抱えているし。このままじゃ逃げ切れないんじゃないでしょうか。私、巻き添えにしてしまうくらいなら捨ててもらった方がありがたいんですけど……。何もできない歯痒さと情けなさにオロオロしていると『大丈夫よぉ』とウルさんが声をかけてくれました。
その時、
『行動が遅いのよぉ』
『狙いを絞っていたから遅くなったのよ』
この声はベリィさんですね。ということはさっきの風の音はベリィさんのブレスでしょうか。矢が飛んでくる音がなくなりましたし、たぶんベリィさんがブレスで私たちのところに来ないようハンターさんたちの進路を断ってくれたようです。
ベリィさんが作ってくれた時間でさっさとハンターさんの見えないところに行ってしまおう、ということで私たちはウルさんの家にお邪魔することになりました。ウルさんの家は森の中にありました。私がよく行く泉の更に奥、そこにウルさんはかまくらを作って暮らしているそうです。ウルさんがかまくらを作っている姿を想像してちょっとだけ癒されました。
『さて、お腹空いてるぅ? 血液分けるわよぉ?』
『その前にあんたは右腕の矢傷を処置したほうが良いと思うわよ』
『こんなもの唾つけとけば治るわよぉ』
『その、ありがたいんですけど、何故か食欲がなくてですね』
そうなんです。あんなにお腹が減っていたはずなのに急に食欲がなくなってしまっていました。あんなことが起こった後だからですかね。人間さんに会ったのは今回が初めてではないですが、武器を向けられたのは今回が初めてでした。改めて自分がモンスターであるということ、人間ではないということを再認識させられてしまいました。……当然ですよね。可愛いウルクススや勇ましいベリオロスならまだいいですけど、なんといってもギィギですからね。そのうちギギネブラになる個体ですからね。
いずれは自分もハンターさんたちと戦うことになるということは、理解していたはずでした。未だに私は戦闘の場所には連れて行ってもらえないけど、そんなに遠い未来ではないということは自分の身体の成長を見ていて思っていました。それがこんなにも怖いものだと、今回初めて知りました。毎回毎回、お母さんたちは死にに行く覚悟で戦闘に赴いている。だけど私の前では楽しい話をしてくれたり、明るい雰囲気を保ってくれている。
私を不安にさせたくなかったのかもしれませんが、それが逆に私に戦闘を想像できないものにしていたのかもしれません。私、モンスター向いてないんじゃないでしょうか。
『……とりあえず、しばらくここにいなさいな。私もいるから』
『あんたは帰っていいわよぉ。頭だけ入口に突っ込まれても邪魔なだけだしぃ』
『この巣が小さいんだから仕方ないじゃない。サヤを生き埋めにできないもの』
ウルさんにもふもふされ、ベリィさんにすりすりされ。まだ震えが止まらないことに気付いた私は二体の厚意に甘えてしばらくそのままでいることにしたのでした。