学戦都市アスタリスク【六花に浮かぶ月と幻想】 作:観月(旧はくろ〜)
……すみません。失踪疑惑すら持たれてるんじゃないかとヒヤヒヤしています、ハクロウ改め『はくろ〜』です。完全に自業自得ですが。
三ヶ月近く遅れたにも関わらず、文字数はちょっと長めで四話分くらいです。……本当に申し訳ございません、新生活に翻弄されてました(言い訳)。
特訓の参加者が一人増えた、その日の放課後。
勝海とオリヴィアに案内したのは、もはや聖夜にとって馴染み深いものとなった彼のトレーニングルーム。何故か、時雨も茜もセレナも自分の所を使わずに聖夜の所へ集まるようになったため、最近では来ていない日の方が少ない。ちなみに、今日もこの二人との特訓を終えた後にセレナとの練習が控えている。
入って早々、勝海が驚きの声をあげた。
「うわ、広い……序列入りしたらこんな部屋が使えるんですか?」
残念ながら、と聖夜は首を振る。
「通常、『
時雨の反感を買うようなことがあれば不利になる、と上が考えたとしても不思議ではない。時雨は優秀であり、それ以上に強いからだ。仮に統合企業財体が時雨に刺客を送る事態になったとして、彼女ならその全てを返り討ちに出来るだろうし、必要があれば命だって奪うだろう。――もっとも、それは聖夜も茜も同じであるが。
要するに、彼女の影響力は大きいのだ。月影家と並ぶ日本の名家、風鳴家の数少ない生き残りであり、星導館の生徒会副会長で序列八位。統合企業財体とて下手には扱えない。
それ以外にも、時雨は謎の多い生徒としていくつも噂が流れている。未だに本気をだしていないとか、星導館の諜報機関『影星』をも凌ぐ諜報能力を単独で有しているとか、影を操る能力を以て人すら消すことが出来るとか、そういった類の噂だ。普通なら「まさか」と思ってしまうようなものばかりだが、生憎と聖夜はそのどれもが本当だと知っている。
そんなことを考えて苦笑すると、勝海もなんとなく察したのだろう。
「やっぱり凄いんですね、『
緊張したなあ……と零した勝海に、聖夜は優しく笑った。彼にとってあの三人は未知の存在だ。しかも、茜とセレナに至っては異性と仲良くしている姿を見たことがないとまで言われるほど。その中に混じっている聖夜に話しかけるのには、それはもう勇気がいることだっただろう。
――と、オリヴィアが「あっ」と何かに気付いたように。
「そういえば、月影先輩の二つ名が広まっていましたけど……」
「あ、それ俺も聞きました。でも三つくらいあって……どれが本物なんですか?」
二つ名が三つ。冷静に考えればおかしいのだが、これは全て正しい。
「三つとも本物だよ。……うん、言いたい事はよーく分かる」
しかし、彼らからすればそうではない。何か言いたそうにする勝海を制して、聖夜は軽い準備運動をしながら説明をすることにした。
「そうだな……まず、二人が知っているのを教えてくれるか?」
聖夜に続いて準備運動を始めた二人は瞬時に視線を交わし、その結果として勝海が口を開いた。
「えーっと、確か……『
「うん。大丈夫だよ」
聖夜も頷く。やはり、あの時決めたものがちゃんと広まっているようだ。
「実は、それを作ったのも広めたのも、時雨の――うちの生徒会副会長の提案によるものでね。ちなみに『宵月を詠む魔導師』っていうのは当の時雨が、『龍征の狩人』っていうのは茜が、『幻創人』っていうのはセレナが考えてくれたんだ」
オリヴィアが口を両手で押さえて――恐らく素の行動だ――驚愕を露わにして言った。
「それはまた、豪華なメンバーと言いますか……星導館でもトップクラスの方達が名付けられたとは思いませんでした」
「俺もそう思うよ。ホント、序列三十五位にはもったいないよな」
そう言って聖夜はからからと笑ったが、しかし勝海とオリヴィアは笑わなかった。なにせ、『冒頭の十二人』のうち三人が彼に二つ名を与えたのだ。それが表すのは、つまり聖夜の実力を彼女達が認めているということ。そう考えれば、尊敬こそすれ笑えるようなものではなかった。
二人から、特にオリヴィアから向けられる視線の質が変わったのに気付き、聖夜は準備運動の締めに大きく腕を伸ばして言った。
「それじゃ、ちょっと闘ってみようか。一対一でも一対ニでも、君達の好きな方で良いよ」
これは意地の悪い質問だったかもしれない。聖夜が途轍もなく強いのではないかと気付いてしまった彼らにこの聞き方をすれば、間違いなく「二対一のほうが良いかな」と思うだろう。
しかし、二対一だからといって有利になるとは限らない。連携が未熟な状態で闘えば、むしろ一人で闘うよりも勝率は低くなる。
――と、普通ならそう聖夜が思ったようになるはずだったのだが、この二人は違った。タッグを組んで闘うリスクにちゃんと気付き、互いに目配せした上で選んだのは。
「それじゃあ、組んでもいいですか?」
聖夜にとっては意外なことに、二対一の希望だった。
(へえ……単純に考えたというわけじゃなさそうだ。何かアイデアがあるのかな、この子達には)
何を見せてくれるやら、と早速楽しみになっているのは表に出さないようにして、聖夜は頷いた。
「ん、構わないよ。準備が出来たら言ってくれ」
「いえ、こちらは大丈夫ですから、先輩の好きな時に始めてもらえれば……」
直後、勝海が急に顔を曇らせ、聖夜に頭を下げる。一体どうしたのかと訝しく思う聖夜だったが、
「……すみません。生意気な言い方をしてしまいました」
それを聞いて、彼はむしろ驚いた。
「えっ? あ、いや、別に今のが生意気だったとは全く思ってないけど……というか、先輩って言ってもたかだか二つしか変わらないんだし、そんな遠慮する必要は無いんだよ?」
このくらいで気を害するほど聖夜は狭量ではない。というよりも、あれを失礼だと思う人のほうが稀だろう。
だが、勝海にとってはそう簡単に割り切れるものでもないようで。
「いえ、そういうわけには……」
どうやら勝海は生真面目過ぎるきらいがあるようだった。こういう性格なんだろうし仕方ないか、と聖夜は苦笑し、この話題を終わらせることにした。
「ま、そうだよな。徐々に慣れてくれればいいさ」
そして、すぐに話題を変える……というより、戻す。
「それよりも、こっちの武器はどうしたらいい?
これもまた、今後彼らを教えていくのに大切なことだ。自分の力をどれだけ正確に知っているのか、自分で決めた条件だからといって油断しないで闘えるか――彼ら自身に聖夜の戦闘の条件を付けさせるというのは、聖夜の中では必要事項だった。
今度ばかりは二人も困惑した様子を見せ、相談を始める。
「えっ、と……どうしようか、勝海君?」
「うーん、こっちが二人とはいえ、先輩は相当強いし……純星煌式武装は無しにしてもらう?」
その様子を、聖夜は軽く頷きながら見ていた。
(そうそう、しっかり悩みなさい。どんなことであれ自分で考える、ということが大事なんだ)
戸惑いながらもすぐさま二人で意見を交わした彼らに、聖夜は自分の中での評価をさらに上げる。今のところ、彼らは聖夜の期待をすべて上回ってきているので、聖夜の評価は上がる一方だ。
――さて、聖夜が数パターンの戦法を考えているうちに、二人の意見も決まったようだった。
「先輩、純星煌式武装は一つでお願いします」
「はいよー、了解。……それじゃ、そろそろ始めようか」
二人から離れた場所まで歩いて行った聖夜は、そうして一つの純星煌式武装を取り出した。透き通るような青色に光るそれは、勝海とオリヴィアが見たことの無いもので。
「まさか、三つ目の……!?」
「ふふ、驚いてもらえたかな?」
聖夜が複数の純星煌式武装を所有しているという事実は、ほんの数名を除いて知られていない。そもそも二つの純星煌式武装を使えるということ自体珍しく、それだけでも所有者の実力がどれほど高いか分かるもの。だというのに、聖夜は事も無げに別のものを出してみせた。初めから聖夜の実力を非常に高いものとして見ていた勝海とオリヴィアだったが、こうなるとまでは予想できていなかった。
もっとも、聖夜にとっては、この二人の反応は狙っていたものだった。想定外の、まったく対策していないことが起きても、きちんと自分達の闘いが出来るかどうか――これも立派な確認事項だ。ちょっと驚かせてみようかな、という悪戯心があったのも否定はしないが。
「まあ、俺は君達の闘い方を知らないからね。こっちも君達が知らないであろう戦法を使わせてもらおうかと」
言って、聖夜はその純星煌式武装を起動させる。紺青の鞘に収まった太刀が、収まりきらない冷気を伴って現れる。
「『雪一文字【銀世界】』。それがこの太刀の名前だ」
彼はそれを背中へと回し、鞘の紐で固定した。
その瞬間、場の雰囲気が引き締まったのを、勝海とオリヴィアは確かに感じた。二人も自分の武器を――勝海はハンドガン型と片手剣型の
「へえ、何かの本みたいだけど、まさかただの書物ってわけでもないよな。しかも勝海君の方は一刀一丁流か。……うん、どっちも面白そうだ」
聖夜も刃を抜き、腰を軽く落として横に構える。聖夜対勝海・オリヴィアのペア。互いの準備が整った。
ふっと口端を上げ、聖夜が宣言する。
「さあ、始めようか!」
それを合図に二人は動いた。勝海はハンドガンから光弾を次々と放ち、オリヴィアは手に持つ本を開いて術の詠唱を始める。
聖夜はオリヴィアが持つそれに、彼女の詠唱という行動に、そして彼女の周りに展開されていく魔法陣に既視感を覚えた。
(あれは、まさか魔導書? まるで西洋魔術の……)
光弾を軽やかなステップで避けつつ、聖夜はオリヴィアに意識を向ける。この世界では見慣れない術に、つい興味が向いてしまう。
その隙を、勝海は見逃さなかった。
「ここだっ……!」
勝海が射撃を止め、右手に持った剣を高く掲げる。彼の周囲の
(『魔術師』か!)
勝海が剣を振り下ろす。その動きに合わせて、彼の周囲から目には見えない何かが聖夜目掛けて飛んできた。
気配を頼りに太刀を振り抜き、その何かを迎撃する。重い手応えの後に彼が感じたのは、顔の横を流れていく空気の乱れだった。
(
続々と飛んでくる空気弾を弾き飛ばしつつ、聖夜はそう分析する。――と、その全てを防ぎ、いざ攻勢に転じようとした矢先、視界の端に彼を狙う半透明の刃物が複数映った。聖夜の直感が、これを受けるのは危険だと知らせる。
(っ、なるほど……)
それが一斉に襲い掛かってくると同時に、聖夜は後方宙返りで身を躱す。それでようやく見えた刃物の全数は、およそ三十にも届こうかといった数だった。それだけの刃物が、先程まで彼が居た空間を狂いなく貫き、そして溶けるように消えていった。
(今のは恐らく、述式による生成物……やっぱり魔術にしか見えないな。となるとあの子も能力者か)
それにしても、少々本気を出し過ぎではないだろうか。聖夜としてはただの手合わせ程度のつもりなのだが、彼らはまるで正式な試合に臨むかのような真面目さだ。今の攻撃だって、まともに受けていたら聖夜でもそれなりのダメージを負っていただろう。つまり、普通の生徒が相手だったら今ので勝ちが決まっていたかもしれないということだ。
(連携が出来ている。さては練習してたな?)
明らかに着地の隙を狙っていた、足元をすくうように飛んできた空気の塊を氷の盾で防ぎつつ、聖夜はそう確信する。
事実、その通りだった。勝海が聖夜に特訓をつけてもらうことが決まってすぐ――つまりオリヴィアの参加希望はまだ聖夜に伝えられていない時から、二人は密かに練習をしていた。自分達の能力が他人にバレないよう、人目に付かないような場所や時間を選び、聖夜相手に少しでも善戦するために努力を重ねた。
オリヴィアが飛び出す。武器らしい物は持たず、しかしまるで剣でも持つかのように両手を振りかぶって。
「――断ち斬れ、『グラム』!」
彼女がそう唱えると、その手に彼女の背丈ほどもある巨大な剣が現れる。相当精緻なイメージが出来ているのだろう、細かい所にまで装飾が施された、粗が無い立派な剣だ。
その剣が道を阻む氷の盾へと振り抜かれる。自身の氷によって視界が妨げられていた聖夜の目に飛び込んできたのは、澄んだ音を響かせて砕け散る氷と、二撃目を繰り出そうと踏み込んでくるオリヴィアの姿だった。
「やぁっ!」
「させるか!」
とはいえ、聖夜は視界が利かない程度でどうにかなるような人間ではない。素早く太刀を向け、オリヴィアを迎え撃つ。
刃と刃がぶつかり合う。オリヴィアが創り出した剣は決して負けておらず、崩壊することもなく聖夜の太刀を正面から受け止めてみせた。
(おっと、一応こっちは純星煌式武装なんだけどな……)
オリヴィアの術者としての力量、及びそのイメージの強固さに、聖夜は内心で舌を巻く。しかし、いかに彼女の剣が強力でも、聖夜とオリヴィアの間には決定的な膂力の差があった。
「っ……!」
鍔迫り合いを押し切り、流れるような動きでオリヴィアを剣ごと蹴り飛ばす。そして、聖夜は間髪入れずに、次の術の準備をしている勝海へ接近戦を挑みにかかった。
だが、聖夜が近付いてくるにも関わらず、勝海は術の発動を止めようとしない。なかなか肝が据わっている、と聖夜が感心しつつ斬りかかろうとしたその時、勝海の術式が完成した。
「そこっ!」
強烈な下降気流――というより気体そのものが聖夜の頭上から吹き付けた。少しひんやりとした空気に上から押さえ付けられるような形になり、止まりこそしなかったものの、意表を突かれた聖夜の動きは少し鈍る。
勝海はまさにそれを狙っていたのだ。気体の塊を叩き付けて、ダメージを与えるのではなく相手の動きを制限し、その隙に素早く校章を破壊する。能力がよく知られていないからこそ、相手の対応も間に合わない。
――相手が聖夜でなければ、きっとそうなっていただろう。
「……それなら、こうしようか」
聖夜が微笑を浮かべてそう呟いた瞬間、彼の周囲一帯が凍りつく。もちろん、勝海が操っていた気体も、その冷気からは逃れられなかった。
『雪一文字【銀世界】』の純星煌式武装としての能力、『氷属性の顕現と操作』。今の聖夜は『
当然、勝海の思惑は外れた。操っていたはずの気体を自身の制御下から奪われ、彼は小さくない焦りを覚える。
(こんな簡単に……!)
しかし、彼は怯まなかった。例え対応されてしまったとしても、策はこれだけではないのだ。ちらと右後方に視線を向ければ、受け身を取っていたらしいオリヴィアが既に詠唱を開始している。勝海に聖夜と互角に切り結べる自信はないが、オリヴィアの援護があれば流れを取り戻すことくらいはできるはずだ。
巻き込むことは気にせず援護して、と彼女には既に伝えている。勝海は能力の関係で、周囲の物体や生物の気配を人より敏感に感じ取ることができるため、仮に接近戦になってもオリヴィアの援護は機能するからだ。
だが、それにはオリヴィアの心持ちも重要だ。大丈夫だと頭では分かっていても、いざそうなった場合、実績がなければ当然のことながら躊躇いが生まれてしまう。実際、練習を始めたばかりだった頃のオリヴィアは、巻き込みを恐れて充分な援護を行えなかった。そもそも、自信のあるなしに関わらず、激しく動く味方を遠距離から援護するのには高い技量が必要なのだ。
しかし、勝海の能力と、それを使いこなす実力を見ているうちに、彼女は信頼にも似た感情を覚えた。きっと彼は避けてくれる、むしろ臆してしまう方が助けにならないと分かり、次第に本来の動きが出来るようになっていったのだ。勝海の方も、オリヴィアが遠慮なく援護をしてくれるようになって、却って安心感が生まれた。
――今の二人は、
「いきます!」
突っ込んでくる聖夜に対し、勝海も自分から踏み込みつつハンドガンから光弾を放つ。最小限の動きでそれは躱されてしまうが、勝海が予測したとおり、そのおかげで聖夜が取れる経路は限定された。
そこへ、オリヴィアの
聖夜は驚嘆を禁じ得なかった。
(この世界に魔法みたいな技術があること自体思ってもみなかったけど、まさかここまで汎用性に富んでいるなんてな……)
これはあくまで聖夜の推測だが、もしかすると西洋にはそういった術が昔から存在していて、それを教える場所もあるのではないか。一人の能力者が努力してここまでの多様性を身に着けたというよりも、そう考えた方がよほど自然だ。大陸発祥の、主に
――とはいえ、聖夜にとっては見慣れている技術だというのも事実だ。術の発動媒体も発動プロセスも、彼が知っている魔法に酷似している。
特に注意すべきは、述式によって生成されたらしい、どこか小洒落た感じのする短剣だ。こんな小さい飛び道具の形状も凝っているあたりにオリヴィアの繊細さと少女らしさが伺えるが、その威力はおよそ似つかわしくないほどに強力なものだろう。先程見せられた剣に関してもそうだが、イメージが細部まで及んでいるということは、つまりその術が彼女の得意なものだということを表している。あの剣が聖夜の純星煌式武装を相手に打ち合うことができたのだから、同じように生成されたこの短剣だって、ハンターとして鍛えられた聖夜の肌さえ容易に切り裂くだろう。
逆に、火球と紙片は短剣と比べると危険度は下がる。紙片を操作する述式は恐らく純星煌式武装の氷属性には敵わないし、火球はそもそもハンターである聖夜との相性が良くない。威力は申し分ないと思われるが、聖夜に有効かどうかはまた別の話である。
ともあれ、聖夜は短期決戦で終わらせることにした。この二人は手強い、長引かせて色々見たい気持ちも確かにあるが、それをすると(主に星辰力が無くなってしまって)後に控えているセレナとの特訓が満足に行えなくなってしまいそうだった。
「……それじゃ、終わらせようか」
雰囲気が変わった。そう二人が気付いた時には、既にオリヴィアの操る紙片は凄まじい冷気によって速度を奪われていた。火球もまた、冷気を突破することこそ出来たものの、無駄なく星辰力が集められた聖夜の腕に弾き飛ばされてしまう。
しかし、短剣だけはオリヴィアが狙った通りに聖夜へと飛んでいった。――妨害は、一切無かった。
(えっ、どうして……!?)
聖夜がそれを警戒していることはオリヴィアも察していた。故に、何かしら対策を講じてくると思っていたし、実際に
にも関わらず、短剣は聖夜に殺到している。もっとも対応しなければならないもののはずなのに、なぜ。
――その答えは、聖夜がとった行動にあった。
「……」
短剣の群れを相手に、聖夜が太刀を向ける。避けようとする素振りは無い。それどころか、軽く笑みを浮かべてすらいる。
不意に、彼の周囲に煌めく軌跡が現れる。それが太刀の剣戟だとオリヴィアが気付いた時には、凍てつくその刃が、聖夜に直撃するもの、当たれば大きなダメージになるであろうものだけを次々と打ち落としていた。
……そう、直撃するもの
はっきりと、オリヴィアは驚愕を感じた。
(どうして全て打ち落とさないの……!?)
聖夜の剣閃の速さからすれば、短剣を一つ残らず落とすことも可能なはずだ。視線はしっかりと向けられているので、まさか気付いていないというわけでもないだろう。
オリヴィアの疑念は解消されないまま、相手にされなかった短剣達が聖夜を襲う。術者の高い技量を示すかのように、その軌道には一切の狂いもない。
それらが掠める直前、聖夜は再びふっと口角を上げた。一体何を考えているのかと、オリヴィアのみならず勝海までもが不可解な表情を浮かべた、その時。
(本当に何もしなかった……!)
いとも簡単に、聖夜の四肢を短剣が切り裂いた。一拍遅れて鮮血が飛ぶ。
はっとオリヴィアは口を覆い、心配そうな眼差しを向ける。しかし、聖夜はまるで痛みなど感じていないかのように平然としていた。
――聖夜の狙いは、まさしくこの被弾にあった。ぱっくりと裂かれた左腕の傷をちらりと見やりながら、聖夜は考える。
(やっぱりヤバいな、これは……身体の頑丈さは数少ない取り柄だったんだけど)
この短剣が相当な威力を誇っているであろうことは、もちろん頭の中では分かっていた。分かってはいたのだが、ハンターの性とでも言おうか、聖夜はその威力を自分で体験しておきたくなってしまったのだ。もっとも、直撃してしまってはどうなるか分からないので、掠めていくものだけを選ばなければならなかったが。
けれども、そんな面倒なことをした意味は確かにあった。そこらの妖怪なら生身で勝負できると言われたこともあるほど強靭な聖夜の身体に、見事としか言いようの無い綺麗な傷をあっさりと負わせたという事実は、オリヴィアがどれほど強力な術者であるかを如実に表していた。
――しかし、強いばかりではない。欠点もあった。
(だけどまあ、ちょっとばかり
受けたのが聖夜であったからまだ良かったものの、これが他の生徒であればさらに深い傷を負っていたはず。もちろん彼女とてどんな相手にも本気で挑むわけではないだろうが、どれほどの強者であっても、それがこのアスタリスクの学生レベルであったなら、この威力は明らかに過剰だ。それこそ星武祭や決闘であれば反則を取られかねないほどに。
恐らく、彼女は今まで手加減が必要な戦闘をしたことがないのだろう。決闘が日常茶飯事なこのアスタリスクに居てそれはありえないように思えるが、事実として彼女の試合や決闘の映像は一つも無い。そして彼女が術を学んだときには手加減など考えられる余裕がなかったのかもしれない。それらを総合して考えれば、彼女がどのように加減をすれば良いのか分からないというのも納得出来る。
何にせよ、オリヴィアには手加減の仕方を教えなければならない。聖夜が被弾したときの様子からも分かる通り、彼女は戦闘中でも相手を気遣える心優しい少女だ。故に、自分でもよく分からないうちに大怪我を負わせてしまうなど、彼女にとっては悪夢のような冗談でしかないだろう。
踏み込む度にあふれ出し、トレーニングウェアを赤く染めていく血液は気にも留めず、聖夜は勝海に肉薄する。予想もしなかった方法で、しかもさして苦戦することなくオリヴィアの魔術を突破されたからか、勝海の反応は少し鈍かった。
「……」
無言で振り抜かれた凍てつく刃を、勝海は辛うじて煌式武装で受け止める。――否、受け止めたのだが、想像よりも遥かに重い一撃に、慌てて剣を両手で支え直した。
(やっ、ばい……嘘だろ!?)
視線が交錯する。まるで獲物を見定めるかのような聖夜の眼差しからは、しかしまだ本気ではないということが察せられた。聖夜に『龍征の狩人』という二つ名が名付けられた所以を、勝海はこの一瞬で確かに感じ取った。
一方、聖夜は聖夜で、勝海の胆力に感心していた。
(純星煌式武装が相手だと分かっていても避けようとしなかった……無意識に身体が動いてしまいそうなものなんだけどな)
戦い慣れているのであればいざ知らず、詳細のよく分からない純星煌式武装を受け止めようとはなかなか思わないだろう。よしんばそう思ったとしても、身体は無意識に逃げる方向へと動こうとしてしまうのが普通だ。むしろ、そう動くと聖夜は踏んでいた。
しかし、そうはならなかった。勝海は、聖夜の武器が純星煌式武装だと分かった上で、無意識下の動きすら抑制してその刃を受け止めてみせた。とんだ度胸と、そして意思の強さがあってこそ成せる芸当だ。
――しかし、純星煌式武装ばかりが強力なのではない。オリヴィアと『グラム』を吹き飛ばした聖夜自身の膂力も、他に劣らぬ立派な武器だ。
「ふっ!」
「おわっ、と!」
聖夜の太刀に弾かれ、しかしすぐさま持ち直して次の一太刀を受け止め、そして再び弾かれる。聖夜の膂力は、勝海の想定を遥かに上回っていた。
そして、厄介な点がもう一つ。
(きっつい……しかも武器狙いかよ!?)
そう。聖夜は勝海の校章や身体は狙わず、手に持っている剣を標的にしているのだ。そうはさせじと勝海も左手のハンドガンと能力で牽制を試みるが、その程度では聖夜は止まらない。
オリヴィアの援護も、先程までの勢いを失っていた。聖夜を傷付けてしまったことを気負っているのか、物量は明らかに少なくなっていたし、短剣も使っていない。飛んでくるのは紙片と、そして火球や雷撃、風などの術ばかりだ。
もちろん、それらは聖夜に通用しなかった。斬撃とステップ、時には強引に弾き飛ばすことでその全てに対処し、そして流れるような動きで勝海の剣を斬り上げる。
「うわっ……!?」
何度も聖夜の重い攻撃を受け止めていた勝海の手は、とうとう耐えきれずに武器を放してしまった。打ち上げられる彼の煌式武装。
――そして、勝海の校章に突き付けられる白銀の刃。
「……!」
「ふふ、勝負ありだ」
一瞬だけ、二人の目が合う。勝海の瞳に映った聖夜の眼差しは、決して勝ち誇ったようなものではなく、ただ限りなく優しいものだった。
――と、次の瞬間には、聖夜はオリヴィアの方へと向かっていた。太刀の切っ先を地面に擦るようにして、勝海が下されたことに驚愕していた彼女へ疾走する。
だが、オリヴィアも並ではない。驚愕の中にあってもすぐに我にかえり、その目で聖夜を捉える。
「っ、『グラム』!」
勢いそのままに下段から振り抜かれた太刀を、再び顕現させた『グラム』で受ける。オリヴィアが渾身の力で振り下ろしたからか、聖夜の太刀は剣にしっかりと阻まれた。
――が、その刃がするりと『グラム』の上を滑る。あっ、とオリヴィアが気付いた時には、彼女は柔らかく力を抜いた聖夜にいなされる形となって、前にバランスを崩していた。
(上手い……!)
続けて放たれた袈裟斬りを、なんとか姿勢を立て直してその軌道を逸らしながら、オリヴィアは改めて聖夜の強さと自身の武器の弱点を実感した。
魔術の原則として、術式によって創り出された物体にも重量が与えられる。もっとも、それが短剣のように小さなものであればさほど問題にはならないのだが、オリヴィアが使うような身の丈ほどもある剣ともなれば、重量というものは到底無視できるものではなくなる。大きくなればなるほど重量は増し、取り回しが利きにくくなるからだ。
しかし、オリヴィアにとって、『グラム』を創り出す術式は一番得意なものである。そのため彼女は何年も前から使いこなせるように努力をしてきたし、『グラム』の重量を苦だと感じたことも今までなかった。
――今、この時までは。
「くぅっ……!」
聖夜もまた彼女と同じように大振りな得物を使用しているが、その熟練度は段違いだ。加えて、その形状も太刀ゆえに細長く、少なくとも『グラム』の方が軽いということはないだろう。それが聖夜の圧倒的な膂力で振るわれるのだから、彼女の剣速では追いつけない。
明らかにオリヴィアは後手へと回っていた。このままではいけないと、一歩下がりながらの横薙ぎ、続いて踏み込みながらの三連撃を辛うじて捌ききり、彼女は後ろに跳んで聖夜の間合いからの脱出を試みる。
しかし、聖夜の連撃は終わっていなかった。着地したオリヴィアの目に映ったのは、大きく踏み込みながらの回転斬りで再び間合いへと飛び込んでくる聖夜の姿。
その剣閃に、オリヴィアは反応できなかった。無意識に防御しようと動いた彼女の腕と剣を躱し、凍てつく刃の腹がオリヴィアの左脇腹を撫でる。
「ひぁっ!?」
制服越しにも関わらず襲ってきた冷たさに、オリヴィアは押し殺せなかった悲鳴をあげてへたり込んでしまった。
――直後、羞恥に顔を赤くした彼女に、太刀を納めた聖夜が苦笑しながら手を差し伸べる。
「ごめんな。寸止めにしておけば良かった」
「いえ、その、こちらこそお見苦しいところをお見せしてしまって……」
よっぽど恥ずかしかったのか、髪の間からかすかに見える耳まで真っ赤に染まっているオリヴィアは、おっかなびっくりといった様子で聖夜の手を取る。その様子に口元を綻ばせた聖夜は彼女を優しく引っ張り上げると、彼女の服に汚れが付いていないかをさっと目視で確認し、続けて勝海を手招きした。
勝海が走り寄ってくるのを待って、聖夜は口を開く。
「お疲れさん。……さて、まずは一つ文句を言いたいんだけども」
その言葉に勝海とオリヴィアは身構えるが、しかし聖夜の表情はとても文句があるとは思えない、優しく柔らかいものだった。
「二人とも、随分と連携が上手だったな?」
なおも優しい表情のままそう言われ、勝海は何となくいたたまれない気持ちになった。
「……すみません」
しかし、聖夜は驚いた様子で、
「いやいや、なにを謝る必要がある?」
そして、親しみを込めた眼差しで二人の後輩を見る。
「ごめんごめん、ちょっと意地悪だったかな。……俺はね、感心しているんだ。俺と闘うかもしれないという仮定のもと、きちんと準備していた君達二人に」
あれ、と二人は不思議に思った。てっきり「隠れて練習していたとはね」と呆れられたりするものだと思っていたのに、実際にはそうではなかった。
そんな思いが、二人の顔にも出ていたのだろう。聖夜は「良い子達だな」と呟き、二人の頭に軽く手を置いた。
「正々堂々とやろうと思うことは間違いじゃない。でも、今回の場合は俺が言い出したことなんだから、君達が気に病む必要もないよ。そもそもいくら事前に練習してたとしても、俺が闘おうかと言わなければ意味がなかったわけだし」
それに、と聖夜は首を振って、
「俺の方こそズルをしたようなものだ。君達が何かしら対策してきてるなーと察した上で、俺は誰も知らないであろう太刀を使ったんだからね」
「んぅ……月影先輩、私達が先輩対策をしていたのに気付いてたんですか?」
聖夜に頭を撫でられ、少しくすぐったそうにしながらオリヴィアが聞き返す。
「何となく、だけどな。……その反応を見るに、どうやらその予感は当たっていたみたいだけど」
それにしても、と聖夜はようやく撫でるのを止めて、
「恐ろしく強いじゃないか、二人とも。まさかどっちもが能力者だとは思ってもみなかったよ」
本当にまさかだった。彼らの強さも、その能力も。
「どんな能力か当ててみたいんだけど、良いか?」
こくりと二人が頷いたのを確認して、聖夜は自身の推測を述べる。
「まずはオリヴィアちゃん……いや、ちょっと呼びにくいな。呼び捨て、いやそれだと失礼か? あだ名、いやしかしイマイチ思い付かない……んーと、どう呼んで欲しい?」
……が、未だにオリヴィアの呼び方を定めていなかったことに気付き、どう呼ぶべきなのかとばつが悪そうにそう言った。当のオリヴィアはキョトンと聖夜を見つめ――そして、くすっと笑う。
「えっと、どうした?」
「ふふ、ちょっと可笑しくって……」
その様子に悪意はまったく感じられないので、聖夜も不思議そうな顔をしただけだった。
「……いえ、すみません。しかし、呼び方なんて些細なことなんですから、先輩の好きにしていただいて構いませんよ?」
単に、オリヴィアは面白く感じただけだ。後輩の呼び方にさえ、相手のことをきちんと考える聖夜のことを。そして、そんな些細なことでも気まずそうにした聖夜の優しさと年相応な様子を。
(本当に不思議な先輩……学生らしからぬ強さと大人らしさを持ち合わせているかと思えば、こうやって年相応の顔を見せたりするんだもの)
まざまざと見せつけられた、次元が違うといっても過言ではない戦闘力と洞察力、勝海とオリヴィアが兄のようだと思ってしまうような大人びて優しい振る舞い。そして、それに反するような学生らしい――それこそ他人の呼び方一つに悩んだり気を遣ったりするその様子。それらが合わさって見えたとき、オリヴィアはつい微笑んでしまったのだ。
しかし、まさか聖夜に彼女のそんな思考が分かるはずもない。首を傾げながらも、彼は答える。
「そうか? なら、俺はオリヴィアって呼ばせてもらおうかな。もちろん呼び捨てがダメなら変えるけど……」
「大丈夫です。……むしろ、名前で呼んでいただいてもよろしいのでしょうか」
ただ、これはオリヴィアにとって予想外だった。まさか名前を、しかも呼び捨てで呼んで
「いやいや、そんな……別に偉かったりするわけでもないんだし」
これには聖夜も苦笑い。先程見せた年相応っぷりはどこへやら、やれやれとでも言いたげなその眼差しはまさしく兄が妹に向けるようなものだった。
そして、向けられるのはまだ数回目だというのに、オリヴィアはその眼差しを心地良く感じていた。向けられる度に、この人はきちんと自分を見てくれているのだと安心できた。
もっとも、それは勝海に対しても同じなのだが。初めて話しかけられた時から、勝海はオリヴィアのことをちゃんと見ていた。聖夜と勝海、二人の眼差しは質こそ大きく異なるが、そのどちらもオリヴィアに安心感をもたらすのだった。
――と、聖夜が手を叩いて言う。
「……まあ、話を戻すとしますか。まずはオリヴィア、君の能力は恐らく『魔術の行使』。その中でも得意としているのが召喚・生成系統の術式、次点で属性・精霊系統――さて、合ってるかな?」
すらすらと述べた聖夜に、オリヴィアは本当に――それこそ言葉が出なくなるくらいに驚いた。闘いの中でも薄々思っていたことだったが、もしかすると彼は。
「『西洋魔術』を知っているのですか……?」
彼女がかつて学んだ『西洋魔術』は、時代の移り変わりによって元々高くない知名度がさらに下がっている。もっとも、確かに一般の人が知るようなものではないのだが、今となっては欧州諸国出身の星脈世代でさえその大半が魔術というものを知らないくらいだ。そして、生徒が見世物にされるこのアスタリスクには、魔術を学んだ者達は絶対に来たがらない。オリヴィアが星導館に居るのは、彼女の魔術の適正が著しく偏っているからと
そしてその可能性はオリヴィアに不安をもたらした。もし彼がEUSSのことまで詳しく知っているなら、このアスタリスクに居るオリヴィアがある意味で落ちこぼれだということまで分かってしまう。もちろん聖夜は、彼女のかつて友人だった者達のように彼女を馬鹿にしたり嘲ったりすることは絶対にないだろうが、それでも昔のことを思い出してオリヴィアは少し怖くなった。
……しかし、それは彼女の杞憂に終わった。
「いや、詳しいことは全然知らないよ。ただ
半分の嘘と半分の真実を織り交ぜて聖夜は言った。確かに彼は古式の術に詳しい。だが、『魔術』と呼ばれるものがこの世界にあることはまったく知らなかった。
――そもそもとして、もしこの場に聖夜のように古式術に詳しい者が居たとすれば、聖夜の発言がおかしいことに気付いただろう。日本が他国との交流を始めたのは、古式術の進歩がほとんど止まり始めていたような時代からだ。ということはつまり、そんな時代に古式術についての文献が記されることはないということ。当然、『魔術』というものが日本の文献に記されているわけもない。
とはいえ、彼女の複雑そうな表情を見れば、『西洋魔術』には決して良い思い出だけがあるのではないのだろう、ということくらいは想像できた。なので、彼はその話題を掘り下げるようなことはせず、しかしそうとは悟られないよう自然に勝海の方へと向き直る。
「そんじゃ、次は勝海君だな。……君の能力は『気体の操作』。風や気流ではなく、周囲に存在する気体そのものを操る能力」
これについては聖夜も自信があった。故に、勝海が不思議そうに首を傾げたのを見たとき、聖夜は思わず表情を崩してしまった。
「ありゃ、もしかして間違ってた?」
「あ、いえ、間違っているというか……」
しかし、よく見れば勝海自身もどこか要領を得ないといった様子で。
「……実は、俺も自分の能力がどこまでの規模なのか、あまりよく分かってなくて」
それを聞いて、聖夜は納得した。
(温度が上下したり成分が変わったりしてたわりに術式自体はちゃんと発動してたから、制御出来ているんだか出来ていないんだかよく分からなかったかと思えば……なるほどね、そういうことだったか)
聖夜が勝海の能力を『気体を操る』ものだと判断したのは、例え無意識によるものだったとしても温度変化や成分変化が能力使用の際に伴っていたからだ。それ故、まだ勝海が能力に慣れていないだけなのだろうと聖夜は予測していたのだが、どうやらそれは外れていたらしい。
「ふーむ……どうしたものかな。多分、というかほぼ間違いなく、君の能力は『気体操作』なんだけども」
「先輩がそう言うのでしたら、そうなんでしょうけど……」
納得していない様子の勝海。いや、聖夜の言葉は全く疑っていないのだが、その言葉を受け入れきれていないというほうが正しいか。
「――勝海君、自分の能力に気付いたのはいつ頃だ?」
そのため、聖夜は自分から話を進めやすくしようと質問を投げかけた。
「これは……その、先輩と会う少し前に」
勝海が少々答えにくそうに言う。まあ、聖夜と勝海が初めて邂逅したのは、すなわちあの襲撃の時だったのだから、言いづらくなるのも仕方ないのだが。
(だからあの時は能力を使っていなかったのか)
だから、聖夜もそれをわざわざ気にするようなことはせず、それよりも勝海に彼の能力の
「なるほどね……それじゃ、まだその能力を使いこなしてはいない感じかな。その割には上手く戦闘に組み込めてたけど」
「いえ、そんな……使えるものは最大限に利用しただけです」
「その柔軟性は誇って良いと思うよ、俺は」
それはともかく、と。
「君の能力はね、恐らく相当な可能性に富んでいるものなんだ。……俺がちょっと実践するから、参考にしてみてほしい」
壁際に歩いていき、コンソールパネルを操作する。そうして現れた練習用の的に、彼は『
「………」
『幻想の魔核』に軽く手を当て、その手をゆっくり薙ぎ払う。発動術式は『ニブルヘイム』。分子運動を減速させて作り出した超低温度の空気をぶつけ、対象を凍てつかせる魔法。
「なっ……!」
「これって……!?」
勝海とオリヴィアが、それぞれ異なった驚きの表情を浮かべる。その時には既に、的は周囲の床もろとも霜に覆われ凍りついていた。
「ふふ、驚いてくれたかな? 勝海君の能力なら、練習さえすればこれくらいのことは出来るようになるはずだよ」
聖夜が推測するに、勝海の能力は
「ま、そういうわけで……勝海君の課題はその能力に慣れることだな。俺もなんとか教えていくから、とにかく頑張ろう」
自身の能力に秘められたものを理解したのだろう、勝海はその言葉に強く頷いた。
さて、と聖夜は難しい顔をしているオリヴィアへと向き直り。
「オリヴィア、君の課題は―――」
『来客です。取り次ぎますか?』
言いかけたそれは、来客を知らせるベルと機械音声に遮られた。
突然ですが、ブログ始めました。主にクワガタのことしか書きませんが、もし興味があればぜひツイッターからどうぞ!