学戦都市アスタリスク【六花に浮かぶ月と幻想】   作:観月(旧はくろ〜)

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だんだんテストが始まりだした、どうもはくろ〜です。






第二十二話〜隠密の少女と剣の少女〜

「――うわ、ごめん! 思ったより時間取っちゃってた!」

「気にしない気にしない。……けど、ちょっと急がせてもらおうかな。それじゃまた!」

 

星導館学園の生徒会室、手を振って見送る生徒会の面々に同じく手を振り返しつつ、月影聖夜はその扉から勢いよく飛び出していく。

 

(あっちゃー、間に合うかこれ……)

 

廊下の突き当りにある窓を開けてそこから飛び降り、受け身すら無く着地しつつ、飛び出し際に仕込んでおいた魔法で窓を閉め直す。誰も見ていないからこその行動だ。

 

何故、彼はここまで急ぐのか。それはセレナと約束している特訓の時間が迫っているからである。いくら生徒会に加入するにあたっての説明があったとはいえ、刻限に遅れたりすれば間違いなく彼女は不機嫌になる。そして特訓にも関わらず反則級の技が飛んでくる。

 

(それだけは勘弁願いたいねぇ……)

 

こういう時、空を飛べないというのは不便だ。全ての障害物を無視して最短距離を取れる空中とは違い、地上では回り道せざるを得ないことが多い。今回の場合にしたって、直線的にトレーニングルームのある校舎へ行こうとすれば、木々の間を縫って進まなければならないのだ。それならばきちんと舗装された道を進んだほうが早い。

 

それでも、多少の補助はあったほうが楽だろう――そう考えて、聖夜は走りながら腰のホルダーより『幻想の魔核(ファントム=レイ)』を取り出した。

 

 

だが、流れるようにそれを起動させた時、驚くべきことが起きた。

 

「なっ、」

 

ホルダーから目を上げた聖夜の目の前、わずかニ、三歩ほどのところに、突如として少女が現れたのだ。聖夜が『幻想の魔核』を起動させるのに視線を落としていたのはわずか二秒ほど。ましてや彼が走っている遊歩道は、多少曲がりくねってはいるもののある程度先が見通せる構造になっている。つまりはこの少女が脇の街路樹地帯から飛び出してきたりしていない限り間違いなく何度かは彼の視界に入っていたはずだが、しかし本当に飛び出してきたとしても、それはそれでその前に気配で気付いたはずだ。

 

「ひゃっ!」

 

聖夜に遅れて、少女の方も彼に気付いたらしい。彼女の方も急いでいたらしかったが、それにしても聖夜が気配を殺しながら走っていたのがいけなかった。

 

(やっべ、でも多少無茶すれば避けられる……)

 

しかし、聖夜の瞬発力があれば、直前に横へ回転回避すれば恐らくぶつからずに済む。ちょっとばかり足首を痛めるかもしれないが、衝突するよりは断然マシだ。

 

――と、彼は考えていたのだが。

 

「……っ!」

「っ、おい!」

 

何を思ったか、少女が大きく横っ飛びに回避する動きを見せたのだ。その反応速度は非常に素晴らしいものだが、明らかに聖夜以上の無理をしてしまう動きだ。脚を痛めるのはもちろん、飛び込んだ後の受け身すら取れないだろう。

 

(間に合え……!)

 

回避から一転、少女が倒れるその下に滑り込む。そして、勢いそのままに聖夜の上へ飛び込んでくる少女を、なるべく彼女への負担が少なくなるよう自分の体をクッションにして抱きとめる。

 

「くっ……」

 

だが、それはつまり、少女が受けるはずだった衝撃を聖夜が肩代わりするということ。例え聖夜が頑丈なハンターで、例え相手が小柄な少女だとしても、それなりに重い衝撃に襲われることになる。

 

それでも、聖夜が想定していたほどではなかった。少女の方も聖夜が受け止めようとしているのに気付いて、意識的かどうかはともかく、あえて全身から飛び込むようにしてくれたおかげだろう。衝撃が一点に集中せず分散し、結果的に互いの負担が減った。

 

「……っと、大丈夫?」

 

おかげで、聖夜も流れるような動きで立つことができた。鈍痛が少々体に響くが、こんなものは放置していればいずれ治るだろう。今は自分のことよりも少女のほうが大切だ。

 

至近距離で、聖夜の亜麻色の目が星空を思わせる紺青の目と合う。……といっても、少女の方は恥ずかしそうにすぐ目を逸らしてしまったが。

 

(うっわ……すげえ美少女)

 

しかし、気恥ずかしく感じたのは聖夜も同じだった。あどけなさを感じさせながらも、どちらかといえば美しいと思わせる細めの顔立ち。艷やかに輝くセミショートの黒髪。中等部の生徒らしいが、それにしては出るところはそこそこ出ていながら、締まるところは締まっている均整の取れたプロポーション。そして、目を合わせた者を吸い込んでしまいそうな煌めく瞳。周囲の美少女率が非常に高く、慣れているはずの聖夜でさえ、密着しているこの状況に思わず赤面しそうになってしまうくらいの美少女っぷりだ。

 

とはいえ、それを面に出すような迂闊な真似はしない。何事も無かったようにそっと少女を離し、再び問う。

 

「ん、驚かせてごめんな。怪我は無いか?」

 

すると少女はハッとして、聖夜に慌てて頭を下げた。

 

「すみませんでした! その、ご迷惑を……」

 

そして、何かに気付いたように聖夜をまじまじと見つめる。

 

「……私の存在が分かるのですか?」

 

それを聞いて、聖夜は内心で疑問に思った――というより訝しんだ。

 

(一体どういう……? この子、普段は周りから認識されていないのか?)

 

考えられるものとしては、彼女が隠密系の能力者か、そのような効果を持つ純星煌式武装の使い手であるということだ。さしずめ、その能力が発動していたために自分は聖夜から認識されていないと思い、先程のような無茶な回避をしたのだろう。

 

そして、少女自身「見えているのか」ではなく「存在が分かるのか」と言っていた通り、その能力は単に姿を消したりするものではないらしい。恐らく、相手(もしくは周囲の人々)に干渉して、自分の存在を認識させなくする類の能力。

 

そうであれば、聖夜が『幻想の魔核』を起動した瞬間に彼女が現れたのも納得できる。『幻想の魔核』起動時の聖夜は、意識して抑制しない限り幻想郷に居たときと同じように龍属性を宿している。彼女の能力が他者に干渉して発動するものならば、『幻想の魔核』起動の瞬間、龍属性に無効化されて初めて聖夜に認識できたのだろう。

 

……とまあ、半ば確信に近いものではあるものの、これらはあくまで聖夜の推測だ。本人に聞いてみなければ正しいことは分からない。

 

「あの、本当に申し訳ありませんでした……」

 

聖夜が無言で考えているのをどう捉えたか、少女が再び頭を下げた。

 

「や、別に気にしなくても……見えてなかった俺も悪いんだし」

 

聖夜もすぐに笑顔で返す。実際、特に被害など受けてはいないのだから、彼女が気に病む必要は無い。しかし、このままだと「こちらが悪かった」のいたちごっこになりかねないので、再び少女が口を開こうとするのを制して聖夜は質問をぶつけることにした。

 

「ただ、それにしては不自然だったな。もっと前に気付いていてもよかったんだけど……」

 

否、質問というよりは、独り言のような婉曲的な表現で言葉を投げかけた。下手な質問はそれこそ詰問のようにも取られてしまい、少女の罪悪感を助長させてしまうと考えたからだ。

 

「それは……私の能力のせいです。普段は気を付けて歩いているんですけど、今日はちょっと油断してて……」

 

(やっぱりな……)

 

少女の口から溢れた事実は、おおよそ聖夜の想像通りだった。

 

「なるほどね……っと、君は見たところ中等部の子みたいだけど、何か急ぎの用事でもあったのか?」

 

だが、再び少女が俯き気味になっていくのを見て、聖夜は慌てて話題を転換した。どうやら彼の気遣いはあまり効果が無かったらしい。

 

とはいえ、これもまた聞きたいことではあった。中等部の門限は高等部ほど緩くない。陽が傾き始めてそれなりに経っている今頃からでは、用事によっては急がなければならないのかもしれないのだ。

 

「いえ、急ぎの用というわけではないのですけど……ちょっと急がなければならない事情がありまして」

「なんか矛盾が起きてない?」

 

しかし、そうでもないようだった。彼女の言い方からして、時間が押していたりするというわけではない、ということは何となく分かるものの、やはり釈然としない。

 

聖夜のツッコミを受けて、少女は恥ずかしそうに言った。

 

「……高等部の方に行ってみたくて。最近噂になっている()()()()さん、という方を一目見てみたいなと」

 

それを聞いた瞬間、聖夜は自身の表情を取り繕うことしか考えなかった。

 

(………へっ? いや待てすっごいニヤけそうになるんだが!?)

 

美少女が「一目見てみたい」と言っている対象が、自分。ただそれだけのことが、聖夜にとってはとんでもない破壊力を持っていた。

 

とはいえ、ここで「月影聖夜ってのは俺のことなんだ」と爽やかにカミングアウトする胆力は、残念ながら聖夜は持ち合わせていない。――そこで、まずはどういった噂が流れているかを聞いてみることにした。

 

「ふーむ……その、どんな噂がされているんだ?」

 

すると、少女は尚も頬をほんのり染めたまま、手遊びを始めながら答えた。

 

「ここ最近転入してきたばかりで、とてもカッコいい方だとか。序列入りも、ついこの前されていて……映像で見ただけの人が大半ですけど、二つ名も三つほど付けられていて、すごく強い方だと噂されています」

 

あと、と少女は少し考えて、

 

「月影聖夜さんに直接特訓をつけてもらってる、っていう男の子がいるんですけど、彼曰く、

 

 

――先輩は、なんで『冒頭の十二人(ページ・ワン)』に入っていないのかなって疑問に思うくらい強いよ。二つ名だって、あの『影刻の魔女』と『麗水の狩人』と『雷華の魔女』がそれぞれ決めたらしいし、実際に戦ったけど手も足も出なかった――

 

 

とのことで、すごく嬉しそうに話していました」

 

(勝海君だよなー、それ言ったの……なんか過大評価されてるような気がするんですが)

 

どうやら、聖夜の噂は本人の預かり知らぬところで大きくなってしまっているらしい。こりゃ火消しが面倒だぞ、と照れくささ半分辟易とした気持ち半分で少女の話を聞いていると。

 

 

 

「―――っ!」

 

――突如、聖夜に強烈な敵意が叩き付けられた。それはもはや、殺気にも近いもの。

 

条件反射で身体が動く。振り向きざま、右手に氷の剣を創り出し、気配を頼りに背後から飛んでくる()()の迎撃を試みる。

 

(この子に怪我させるわけには……)

 

避けるという選択肢は無かった。仮にそうしたとすれば、少女の方が無事では済まない。害意を向けられていないらしい彼女の反応は鈍く、流れ弾を避けられるとは思えない。

 

振り向いた聖夜の目が捉えたそれは、夕日を紅く反射しながら迫る六本の剣と、その後ろに佇む一人の少女だった。

 

(って、まーた中等部の子かい……この子は全然友好的じゃないとはいえ、最近中等部と妙に縁があるな)

 

彼女の制服が中等部のものだと分かったとき、聖夜はそんな緊張感の無いことまで考えてしまった。

 

だが、油断はしない。聖夜が思わず反応してしまうほどの殺気じみた敵意を放つ相手だ。手練であることに間違いは無い。

 

迫る刃を叩き落とすように、咄嗟に作った氷剣を振り抜き、六本全てを弾き飛ばす。聖夜の予想よりもかなり頑強な攻撃だったが、氷剣は欠けることなく持ちこたえてくれた。

 

――しかし、聖夜が牽制のために接近しようと身を低くしたその時、その先に佇んでいる少女は口の端を軽く上げた。

 

(っ、ヤバい!)

 

彼の本能が警鐘を鳴らす。果たして、それは正しかった。

 

弾き飛ばされたはずの剣達が、まるで意思を持っているかのように再び聖夜を斬り付けてきたのだ。今度ばかりは先程のような余裕も無く、聖夜は加減ほとんど無しの回転斬りで再び全てを弾き飛ばす。少女の驚いたような顔。

 

――だが、氷剣が耐えられなかった。瞬く間にヒビが入り、澄んだ音が響く。

 

とはいえ、それは予想出来ていた。

 

(そりゃ無理だよな……次)

 

相手の武器が何であるにせよ、それが持ち主の操っているものである以上、次の攻撃までのタイムラグが存在するはず。その隙に陰陽術による紙剣を展開すれば、さっきまで使っていた即席の氷よりも遥かに丈夫な武器となり、攻勢に転じることも出来るだろう。

 

懐に隠れている札に星辰力を送り込む。札が飛び出し、空いている聖夜の左手に集まり始める。

 

微かに焦った表情を見れば分かる通り、少女はまだ反応しきれていない。このまま紙剣を展開しつつ近接戦闘に持ち込み、短期決戦を試みればどうにかなる。

 

 

――と、そんな聖夜の考えを嘲笑うかのように銀閃が煌めいた。

 

(なにっ!?)

 

気付いたときには、剣が再び――否、三度目の前に迫っている。あまりにも執拗な、そして全く予想出来ていなかった連撃を、聖夜は今度こそ防ぎ切れなかった。

 

苦し紛れに大きく跳んで回避しようとするも、剣の一本に右腕を引っかけられて深い切り傷を負ってしまう。奇しくも、そこはこの前オリヴィアのナイフに切らせた箇所だった。

 

それでも、跳んだ勢いのままどうにか距離を取る。そうして始めて分かったが、相手の武器はどうやら純星煌式武装(オーガルクス)らしい。加えて、相手の害意は百パーセント聖夜にしか向けられていない。――つまり、一先ず彼は自分の心配さえしていれば良いということだ。それでも一応、背後の少女を庇う動きは取るが。

 

向こうも仕切り直しをするつもりなのだろう。飛ばしていた剣を全て自分の周囲に集め、言った。

 

 

「――お嬢様から離れなさい、不届き者」

 

(お嬢様……?)

 

 

まさか、と聖夜は思った。この場で彼女が「お嬢様」と呼ぶような対象は聖夜の背後に居る少女だけ。

 

……だが、聖夜は疑った。いきなり襲い掛かってくるという、いくらアスタリスクといえど常識をまるきり無視した行為を働いた相手だ。それだけ主を大切に思う従者だという可能性もある(実際に聖夜はそういった従者を何人か知っている)が、得た情報をそのまま受け取るのは論外。そんな者はハンター失格である。

 

もっとも、騙そうとしているという可能性も、態度や表情を見る限り低そうだが……こういう場合は、あれこれ考えるよりも違う当事者に聞いたほうが早い。つまりは、彼が守っている少女だ。

 

 

ちら、と聖夜は後ろに目を向ける。しかし少女は彼と目を合わせなかった。彼女の目は、既に聖夜と相対している少女の方へと向いていたのだ。その目に戸惑いは無い。

 

(おっと、これは……)

 

聖夜の視線が外れた隙を突いたのか、再び剣が飛んでくる気配。だが、聖夜は動かなかった。彼が動く前に、背後の少女が駆け出していた。

 

 

鏡子(きょうこ)、ストップ!」

 

 

――少女は両手を広げ、逆に聖夜を庇うようにして叫んだ。





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