学戦都市アスタリスク【六花に浮かぶ月と幻想】   作:観月(旧はくろ〜)

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四ヶ月超、ホントにお待たせしました(白目

スイッチ買って遊び呆けてたバカは私です。スマブラとポケモンをやり過ぎてました、誠に申し訳ございませんでしたm(_ _)m





第二十三話〜月影聖夜は謎だらけ〜

「お嬢様!?」

 

今までクールな態度を貫いていた少女が、ここにきて始めて明確に表情を崩した。襲い掛かってきていた剣達が聖夜達の目前でピタリと止まる。

 

それを見て、聖夜は心の中で独りごちた。

 

(なるほど……かなり忠誠心の強い従者、か)

 

先程は変に疑ったが、結局のところはそれで合っていたらしい。襲撃の原因は、従者の勘違いと主人愛からだったようだ。

 

戦闘続行の意思は無いということの表明に、聖夜は構えていた紙剣を下ろして苦笑した。

 

「えーっと……なんか勘違いしてらっしゃるみたいだから一応言っておくけど、この子とはちょっとした立ち話をしてただけだよ」

 

鏡子と呼ばれていた少女は、それを聞いて自分の主へと向き直る。

 

「……そうなのですか?」

「ええ。元はと言えば私の能力のせいなんだけどね―――」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「本当に申し訳ございませんでしたっ!」

 

そうして、大方の経緯を聞いた鏡子は聖夜に深く頭を下げた。

 

その横で、主である少女も同じように謝罪する。

 

「私からも、誠に申し訳ございませんでした。ですが、鏡子もこの通り反省しておりますので、どうかお許しいただけないでしょうか……?」

 

しかし、美少女二人から頭を下げられている聖夜は困った様子で呟いた。

 

「あー、いや……どうすっかなこの状況」

 

何と言えばいいのか、ともかく聖夜としては特に気にしていない。殺気じみたものを向けられこそしたものの別に殺されたわけでもなし、少女がそれだけ従者に慕われていると分かった今では微笑ましさすら感じられるくらいだ。

 

彼女達が変に萎縮しないよう、彼は努めて声色を柔らかくして。

 

「まあ、そんなに気にしなくても大丈夫だよ。それよりも、そちらさんこそ怪我は無いか?」

 

そして、声と同じくらい柔らかい微笑みを向ける。それが功を奏したのか、彼女達の表情も少し緩んだ。

 

……しかし、実を言うと、聖夜の良心は痛みっぱなしだった。

 

(俺も人のこと言えないというか……まだ名前言えてないからなあ)

 

元はと言えば、聖夜が名乗れなかったことが原因だと言えないこともない。あの時、さらりとその場で言えていれば、こういう状況にならなかったかもしれない。そう考えれば、聖夜にも非があったと言える。

 

だが、こんな状況になってしまった以上、ますます名乗りづらくなってしまったのも確かである。さてどうしたものかと聖夜が考えていると、鏡子がおずおずと顔を上げて言った。

 

「私は大丈夫ですが……その、こちらこそお怪我をさせてしまって」

「へっ? ……あ、これのことか」

 

どこか気が引けているように感じられるかと思えば、どうやら聖夜に負わせてしまった腕の傷を気にしているようだった。切れている制服の袖をまくって今一度見てみれば、確かに傷口は深く割れており、血液がそれなりの勢いで腕を流れ、そして地面に小さな血溜まりを形成していた。

 

しかし、彼女には悪いが、当の聖夜はほとんど気にしていなかった。能力で水を生成して腕と地面を洗い流し、そして取り出した包帯で傷口を荒く縛りながら彼は言う。

 

「平気平気。こんな傷、縛って寝とけば一日で塞がるから」

 

実際、オリヴィアの時も一晩で止血したのだ。ハンター由来の再生能力の賜物である。

 

「一日で……?」

 

鏡子が信じられないといったような表情をしているが、聖夜は気にしなかった。その気持ちは聖夜本人にもよく分かる。彼だって、ハンターになったばかりの頃は自分の治癒能力に軽く引いたものだ。

 

と、聖夜は自分の傷を見て、鏡子が展開したままにしている剣の一本に自分の血が付いていることを思い出した。

 

「君は、序列三位の神城(かみしろ)鏡子さん……で合ってるかな?」

「ええ、そうですが……」

 

突然そう問われ、鏡子は訝しげにしながらも答える。

 

「ってことは、その武器が『輝跡の召剣(クエント=レヴィル)』か」

 

輝跡の召剣(クエント=レヴィル)』。「その主に仇なす者、剣自ら斬り刻まん」と謳われる、星導館学園所有の純星煌式武装の一つ。鈍い銀色に輝く剣身、そしてそこに埋め込まれた白銀のコアは、自身が主と認めた使い手に忠誠を誓い、敵対する者を無慈悲に殲滅するといわれている。

 

ここで特筆すべきことは、『輝跡の召剣』には自我らしきものがあるということだ。程度の差こそあれ、基本的にはどの純星煌式武装にも意思のようなものはあるが、『輝跡の召剣』のそれは他とは比べ物にならないほど強い。例え使い手の判断が間に合わなくとも、『輝跡の召剣』は自ら攻撃したり使い手を守ったりする。先程の闘いで聖夜が不意を突かれたのもこの力によるものだ。

 

 

ともあれ、聖夜には『輝跡の召剣』が気高いものに感じられた。そして、そんな気高いものが自分の血で汚れていることが、彼には何となく気になったのだ。懐から綺麗なハンカチを取り出し、血の付着している一本に近付いていく。

 

「えっ……?」

 

鏡子は聖夜の意図に気付いていたが、しかし思わず声を溢してしまった。わざわざ剣を――しかも他人の、そして自分を傷付けた剣を、どうして綺麗にしようと思うのか。それが分からなかった。

 

『輝跡の召剣』も同じ感触を抱いていたのだろう。聖夜が近付くと、まるで身構えるように切っ先を僅かに彼の方へと向ける。

 

「………」

 

だが、聖夜は全く動じなかった。剣に触れるその一歩前で立ち止まり、貴婦人に挨拶するかのように片膝を付いて。

 

「どうか、触れることを許してはもらえないか?」

 

それを見て、鏡子は絶句した。確かに純星煌式武装はただの武器ではないし、『輝跡の召剣』はその中でも特に気難しいほうだが、それにしたってこうも人間が相手のような態度で接するとは。

 

しかし、さらに驚くべきことが起きた。『輝跡の召剣』は、聖夜に刃を向けたまましばらく微動だにしなかったが――ついに切っ先を下ろし、聖夜が触れることのできる位置まで移動したのだ。

 

「うそ、でしょ……」

「わあ……」

 

これには、鏡子だけでなくその主も声をあげた。二人には、聖夜が『輝跡の召剣』をダンスかデートにでも誘うかのような、まるでそんな映画の一幕を表しているように感じられたのだ。

 

もっとも、無事に『輝跡の召剣』から許しを得られた聖夜は内心で冷や汗をかいていた。

 

(こっわ……つーか、しくじったら首飛んでたな)

 

こういう時に限って後先考えない自分の性格はどうにかしなければ、と聖夜は自分に誓いつつゆっくりと立ち上がり、そっと剣に触れる。『輝跡の召剣』の戸惑いらしきものが手を介して伝わってきたが、反発はされなかった。

 

そして、丁寧な手つきで剣に付いた自らの血を拭き取っていく。白とも黒とも違う、しかし何物にも染まらないような銀色が自分の手によって輝きを取り戻していくのは、聖夜に不思議な達成感をもたらしていた。

 

 

―――もしかしたら、『輝跡の召剣』も悪い心地ではなかったのかもしれない。聖夜が拭いている間は決して動くことはなく、のみならず拭き終わった後も自分から離れようとはしなかった。

 

「おや、お気に召していただけたのかな」

 

困ったようにも嬉しいようにも取れるような微笑みを浮かべ、聖夜は指で『輝跡の召剣』を撫で始める。それはもはや武器に対する態度ではなく、まさしく聖夜が少女に向ける態度そのものであった。

 

撫でられること数十秒。満足したのかどうなのか、ようやく『輝跡の召剣』は聖夜から離れ、再び鏡子の元へ戻った。

 

「あっ、やっと帰ってきた……」

「ふふっ……あの人のこと、随分気に入ったのね」

 

戸惑いを見せる従者をよそに、少女が微笑みながら『輝跡の召剣』へ手を置く。……そういえば彼女の名前をまだ聞いていなかった、と聖夜は今更ながらに気付いた。

 

「それはそうと、主様のお名前を伺っていなかったな。その無礼をお許し願いたい」

 

若干芝居がかった仕草で腰を折る。すると少女も何かを感じ取ったのか、同じように頭を下げて言った。

 

「いえ、家の者がご迷惑をおかけしたのに、こちらこそ名乗りもせず申し訳ありません。―――改めて、私は緋結(ひむすび)家の次期当主候補、(あや)と申します。こちらは、貴方もご存知の通り、神城鏡子と『輝跡の召剣』です」

 

改めて紹介され、鏡子が再び丁寧に頭を下げる。

 

(へえ……完璧なくらいに教養が染み付いている。若いのに凄いな、この子)

 

少し見ただけで聖夜がそう思うほどに、鏡子の所作には非の打ち所が無かった。従者としては超が付くほど優秀なのがよく分かる。

 

もっとも、『輝跡の召剣』を含めた戦闘技術もまた、とんでもなく優秀なのだが。中等部という若さで星導館学園の序列三位にいられるのだからその実力は本物。ついさっき剣を向けられた聖夜はそれを身に沁みて理解している。

 

そして、綾と名乗った少女の所作も完璧だった。それもそのはずで、『緋結家』というのは、月影家や風鳴家ほとではないにしろ遥か昔からずっと続いている由緒正しき家系だ。

 

(緋結家、か……結構前の文献にもその名前があったな。確か、忍と神職のどちらもが伝わっている家だったような)

 

聖夜こそほとんど接点は無いものの、今までに見た文献によれば何世代も前から月影家と緋結家は交流を重ねていたらしい。戦国の世などでは両家の関係はそれこそ主従のそれにも近かった、といったようなこともどこかに書かれていたはずだ。

 

 

――と、そんな風に思案していると、ついに綾が聖夜の聞かれたくないことに言及した。

 

「もしよろしければ、貴方のお名前もお聞かせ願えないでしょうか? 後日、改めてお詫びをさせていただきたいと思いますので……」

 

あちゃー、と聖夜は表情を変えずに、しかし半ば諦めたような気持ちで思考を巡らせた。

 

(やっぱこうなるよな……いや、完全に自業自得なんですけども)

 

ここまできてしまった以上、本音を言えば名乗らず去ってしまいたい。ただし、それをやった場合、確実に面倒なことになると聖夜の直感が叫んでいる。やはり、ここは話が拗れる前に名乗り、同時に謝るのがこの場においては一番良いのかもしれない。罪悪感は増しそうだが。

 

 

――などと長々と考えずに、もしくは考えるにしても高速思考(スピードオペレイト)を使っていれば、名乗るにせよ名乗らないにせよ、この後のようなことにはならなかっただろう。

 

「あら……? お嬢様は、月影さんに会うために抜け出したんですよね?」

「ええ、そうだけど……その言い方だと何か含むものを感じるから止めて頂戴な。ちゃんと許可は取ったわよ」

「でも、私の護衛は完全に無視して行きましたよね? 逢瀬の邪魔はされたくなかったのでしょうけど」

「うっ、それは……もう、意地悪ね」

 

すみません、と微かな笑みを浮かべながら鏡子は続けた。

 

「しかし、そうであればこの方のお名前は当然知っているはずでは……?」

「えっ……待って待って、どういうこと?」

 

首を傾げる綾と、それを怪訝な目で見る鏡子。鏡子の中では、聖夜はとっくに自己紹介を終えているはずだった。

 

やっべー、とついに聖夜が表情を崩してしまったのには全く気付かず、鏡子は決定的な一言を口にする。

 

「どういうことも何も……この方こそが、」

 

 

〜〜♪〜♪

 

 

「……あっ、俺のか」

 

否、口にしようとしたその時、聖夜の端末が(彼アレンジの)昔懐かしいゲーム調の曲で着信を知らせた。

 

名前を言われなくて幸運だったと思うべきか、また先延ばしになってしまったと嘆くべきか。ともかく、聖夜は彼女達に身振りで断りを入れ、空間ウインドウを展開して通話に出る。

 

「って、セレナ?」

 

そこに映ったのは、約束を違えられてしかめっ面――ではなく、心配そうな顔をしているセレナだった。

 

『聖夜!? 良かったわ……なかなか来ないから、何かあったんじゃないかって』

「ん、ああ……悪い、心配かけて」

 

『セレナ・リースフェルト』という名前がウインドウに表示されたのを見たとき、聖夜は思わず冷や汗が流れるのを感じていたのだが、予想に反して彼女は聖夜を責めることなく、それどころか彼の身を案じていた。

 

「っていうか、本当にごめん。まさかそんなに心配してくれているとは思ってなくて……感動と申し訳なさで死にそう」

 

思っていることをそのままに、表情も取り繕うことなく聖夜がそう言うと、セレナは画面の向こうで柔らかく笑った。

 

『ふふっ、大袈裟ね。大切なパートナーなんだもの、心配しないわけがないでしょ?』

 

この時、聖夜は本気でセレナが女神か何かに見えた。

 

「やばい、感動で涙が……あんなに冷たかったセレナがここまで優しさを見せてくれるなんて」

 

すると、セレナはちょっと頬を膨らませて見せて、

 

『それは忘れて。……まあ、アンタなら理由も無く約束は破らない、っていう信頼もあるから。今だって、ただ単に生徒会関係で遅れただけじゃないんでしょ?』

「あはは、ご明察。……っと、詳しい説明をする前に」

 

言葉を切って、聖夜は顔を上げる。こうなってしまった以上は仕方ない、と。

 

 

愕然とした表情で聖夜を見ている綾が、そこには居た。

 

「まさか―――月影聖夜さん、なのですか?」

 

セレナが真っ先に『聖夜』と言ったこと、そしてセレナと親しくできる男子など聖夜以外には考えられないということ。それはつまり、綾の目の前に居る男子生徒こそが、彼女が「とてもカッコいい」などと言ってしまったその本人である、ということであって。

 

「―――っ!?」

 

声なき悲鳴と共に頭を抱えてうずくまってしまった。事情を知らない鏡子と、同じく画面の向こうのセレナが驚いた様子で綾に声をかける。

 

「どうされたのですか!?」

『ちょっと、大丈夫?』

 

聖夜もなんとなく綾の心境を察して、彼女の元へと歩み寄った。

 

「……俺が説明しようか?」

 

聖夜の顔が近付き、綾は反射的にバッと顔を背けてしまう。が、それでもか細い声でやっと、

 

「お、お願いします……」

 

そして、再び俯いてしまった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

聖夜からおおよその話を聞くと、鏡子は顎に手を添えて言った。

 

「なるほど……しかし、それでは、お嬢様の方にも非がおありなのですね」

 

綾がこくりと頷く。対して、聖夜とセレナは驚いたような表情を鏡子に向けた。

 

「そうかな――?」

『……意外ね。自分の主を擁護するとばかり思ってたわ』

 

鏡子は軽く首を振って答える。

 

「従者たる者、正しい事を言う必要がありますから。主を思えばこそ、時には厳しい事だって言います」

 

それを聞いたセレナは一瞬、呆けたような表情を見せ――感心したように顔を綻ばせた。

 

『従者の鑑――ってことか。若いのに、星導館の生徒としても一人の人間としても強いだなんて、ちょっと羨ましいかも』

 

「う、羨ましい……ですか?」

 

今度は鏡子の方が意表を突かれる番だった。無愛想とまで噂されているセレナが見せた可憐な微笑みに、鏡子は柄にもなく動揺していた。

 

『ええ。聖夜もそう思うでしょ?』

「そうだな。……しっかし、『若いのに』って言葉選びだけはどうかと思うよ。そんなに年が離れてるわけでもないんだからさ」

 

聖夜が若干呆れたように言うと、セレナはまるで遠くを見るかのような眼差しをしてみせた。

 

『……私からすれば、中等部の子達はみんな若く見えるのよ』

「行き遅れたOLみたいなこと言うじゃん」

『なんですって?』

 

冗談だよ、と聖夜は小さく笑って、

 

「しかしまあ、それなら、俺にとってはセレナも若く見えるけどな」

 

今でこそ星導館学園高等部の一年生である聖夜だが、彼は本来、高校二年生なのである。実年齢で見れば、彼と時雨と茜は同級生達よりも年が一つ上。セレナの見解を借りるなら、聖夜から見た彼女もまた「若い」の内に入る。

 

『……? よく分からないんだけど』

「ああ、独り言だから気にしなくて良いよ」

『随分と意味深な独り言ね』

 

ふふ、と互いに顔を見合わせ笑う。その様子を、綾と鏡子は愕然とした目で見ていた。

 

「リースフェルトさんって、そんな性格だったんですか……?」

「……失礼なお話ですけど、もっと冷たい人だと思い込んでました」

 

なるほどね、と聖夜は少し嬉しそうに頷き、

 

「大丈夫大丈夫、俺も最初は相当冷たく当たられたから。思えば、かなり丸くなったよなあ」

 

すると、画面越しにも関わらず、セレナは慌てて聖夜の口を塞ごうとした。

 

『ちょっと、余計なこと言わないの!』

「へえー、後輩の前ではキャラを崩したくない感じ?」

『アンタ後で覚悟しておきなさいよ!?』

 

しかし、そんな性格だと思わなかった、というのは聖夜に対しても同じだった。聖夜について出回っている噂は、『冒頭の十二人(ページ・ワン)』であるセレナよりも圧倒的に少なく、辛うじて広まっているのも決闘や純星煌式武装に関するものがほとんどで、性格的なことは全くと言っていいほど知られていない。今目の前で、画面越しにセレナをからかっているのが彼の本当の性格なのか、綾と鏡子には分からなかった。

 

「やー、ごめんごめん。セレナは決して冷たくないんだってことが知ってもらえて、つい調子に乗っちゃってな」

『やっ、その、それはありがたいというか、だけど……』

 

しかし、このやり取りだけでも二人がすぐに分かったことがある。

 

「ふふっ、なんだか息がぴったりです」

 

まず、彼らの仲が非常に良いということ。そして、

 

「リースフェルトさんってかなり可愛い人だったのですね……」

『へっ!?』

 

――後輩の鏡子がそう零してしまうくらいには、セレナが噂とは違って非常に少女らしい少女だったということ。

 

「あっはっは! 良かったじゃん、こんな美少女に『可愛い』って言ってもらえるなんてさ」

『うぅ……他人事だからって』

 

顔を赤らめて俯くセレナに、聖夜は微笑みながら追い打ちをかける。

 

「……ま、セレナが可愛いのは当たり前のことなんだけど」

『かっ、』

 

セレナは限界を迎えた。

 

『そういうの、本当にズルいと思う……』

「そういうところが可愛いって言われる原因なんじゃないかなー」

 

微笑みをまるで隠そうともしない聖夜は「それに」と続けて、

 

「他人事、ってわけでもない。俺だってこっちの美少女に『カッコいい』とか言われてんだからな? マジで恥ずか死ぬかと思ったわ」

 

とんだ不意打ちだった。その発言のみならず、その前に聖夜に抱きとめられたことなども同時に思い出してしまい、今度は綾が赤面する番だった。

 

「つ、月影先輩……」

「ん? ……ああ、ごめん!」

 

しかし、この不意打ち()聖夜の意図していたものではなかった。珍しく慌てた様子を見せ、綾に謝罪する。

 

その様子を見て、セレナはまだ頬を染めつつも膨れっ面をして言った。

 

『……なんか、私の時とは態度が違う』

 

自分はからかわれたのに、綾には誠意のある反応をされた。自分が軽く見られているようで、それがセレナには少しばかり不満だった。

 

もちろん、それはただの勘違いなのだが。聖夜が困ったように呟く。

 

「いや……そりゃ、あんまり親しくない子をからかったりはできないって、普通。仲が良いからこそだよ」

 

色々と非常識に巻き込まれてこそいるが、聖夜とて常識はきちんと持ち合わせている。仲が良くなれば自分の本性だって多少はさらけ出すし、逆にそこまで親しくなければ基本的に『良い人』を演じてみせる。

 

ともかくとして、この場で彼が言えることといえば、自分が特別扱いしているのはむしろセレナの方だ、ということであった。

 

「ま、この学園でそれくらいに親しいやつなんて限られてるけどさ。もし嫌だったら言ってくれ」

『や、その、別に嫌ってわけじゃないけど……』

 

なら良かった、と聖夜は微笑む。

 

 

――しかし、この一連のやり取りは、綾と鏡子にはとてもとても甘く感じた。

 

「なんかこっちも恥ずかしくなってきた……」

「……お嬢様、私も同じですのでご安心ください」

 

微かに赤くなりながら、気まずそうに顔を見合わせる二人。そうして、所在なさげに彷徨った綾の視線が、鏡子が首から下げている懐中時計をふと捉えたとき。

 

「――あっ、時間!」

 

具体的な時刻こそ見えなかったが、門限が近付いているのではないかと気付いて、彼女は思わず叫んだ。

 

その声に反応し、鏡子は自分の時計を、聖夜とセレナはそれぞれ空間ウインドウの右上を見つめて。

 

「あっ、」

「あれ、これは……」

『……過ぎてる、わね』

 

三者三様の声が、いつしか照らすものが見えなくなってしまった薄暗い空間に、虚しく響いた。

 

 

 

「――えっ? いやこれどうしたら良いんだ?」

 

しかし、聖夜は素早く復帰した。取るべき行動はまったく分かっていないままではあったが。

 

『さあ、私も門限を超えたことはないし……』

 

セレナもまた、困ったように首を傾げる。どうでも良いというわけでは決してなく、彼女自身にも分からないのだ。

 

「やっ、どうしよう鏡子!?」

「お嬢様、落ち着いてください。……とは言っても、確かにどうすれば良いのか分かりませんが」

 

取り乱す綾と、反対に落ち着いた様子を見せる鏡子。主が慌てていても冷静でいられるのは優れた従者の証か。

 

だが、四人がそうしていたところで、有効な手立てがすぐに思いつくはずもなく。

 

「……うん。俺らじゃどうにもならんな、これ」

 

諦めたような表情とともに、聖夜は空間ウインドウをもう一つ展開した。

 

「出るといいけど」

 

そして、どこかへ電話をかけ始める。果たしてその相手とは。

 

『はい、もしもし?』

「もしもし、時雨か? 忙しいときに悪いな」

『ふふ、そんなことは気にしないで』

 

ほどなくして電話に出たのは、鈴の鳴るような透き通る声。星導館学園序列八位にして、生徒会副会長たる風鳴時雨の声だ。

 

『それで、どうしたの? 緊急の用事?』

「まあ、緊急っちゃ緊急だな……」

 

答えの代わりに聖夜は空間ウインドウを移動させ、時雨にも綾と鏡子が見えるようにした。

 

『あれ、中等部の子? もう門限は過ぎてるけど……』

「まさにそれだよ、相談事ってのは」

 

その時点で早くも察したらしく、時雨は頭痛でも起きているかのようにこめかみを押さえ、

 

『……もしかして、私に対処して欲しいってこと?』

「もしかしなくてもその通り。……いやいや、何の対価も無しに、なんて虫の良い話はしないって」

 

ジト目を向けてくる時雨に、聖夜は慌てて言葉を付け足した。

 

「とりあえず、それは後で話すとして……この子達のことなんだけど」

『……まあ、良いか。それで? この子達は一体どこの、』

 

と、彼女は突然言葉を切り、改めて二人の少女を見つめる。そしてため息を一つ。

 

『……やっぱり言わなくて良いわ。まさか『銀迅の冷従(サーヴルテージュ)』とその主、だったとはね』

 

序列三位の生徒を、副会長である時雨が知らないわけがなかった。しかしまあ、と彼女は続けて、

 

『それなら、却って簡単かな』

「ん、どういうことだ?」

 

ちら、と彼女は鏡子を見て言った。

 

『序列三位なら大目に見てくれるってこと。……それこそ、研鑽のためとでも言っておけば何の問題も無いでしょう?』

「はー、なるほど……前例はあるのか?」

 

即答、

 

『ええ。ついさっき、ほんの十数分前にね』

 

悪戯っぽく笑う時雨に、セレナが『あっ』と反応する。

 

『古河君達のことかしら。さっき連絡があったけど』

「へっ、あの子達今日も来るのか。飽きないな……」

『それだけ強さに貪欲なんじゃない?』

 

ほぼ毎日のように聖夜達の元を訪れる勝海とオリヴィアは、この短期間で見違えるほどに強さを増している。もう鳳凰星武祭(フェニクス)出ちゃっても良いんじゃないかな、と聖夜は内心で思っているくらいだ。間違いなく強敵にしかならないので特別勧めてはいないが。

 

それはさておき。

 

「にしても、そんな簡単に許可って出せるのか?」

『もちろん条件付きよ。寮監さんにも話は通っているけど、その子達が帰るときには必ず上級生が送ってあげること』

 

ふむ、と聖夜は一つ頷き。

 

「……となると、今回は俺とセレナが送っていけばいいのか」

『そう。……まあつまり、そこのお二人さんもそういうやり方で誤魔化せるってことね。どう?』

 

問われ、綾と鏡子は答えに窮した。時雨の提案は、綾の『聖夜と会う』という目的をさらに進展させ、門限を過ぎてしまったことも解決してくれる。なるほど、彼女達にとっては確かに都合が良い。

 

だが、都合が良すぎるのだ。そもそも、綾がこんな時間にこっそり抜け出したりしなければ何も問題は無かったし、鏡子が聖夜に問答無用で攻撃を仕掛けなければ、いくらなんでもここまで遅くならなかった。つまり、こうなってしまったのは彼女達の自業自得ということ。

 

それなのに、ある意味被害者である聖夜も、無関係であるはずの時雨やセレナも揃って力になろうとしてくれた。迷惑を掛けた側である自分達が、そんな提案を甘んじて受け入れても良いのだろうか。

 

 

 

――それが表情にも出ていたのだろう、聖夜は不意に微笑んで言った。

 

「……ま、なんであれ、この提案には乗るしかないんじゃないかな。このまま帰って怒られるのは嫌だろう?」

「うっ、それは、そうですけど……」

 

彼は畳み掛けるように続ける。

 

「なら、遠慮なく甘えてしまえばいい。先輩が力になってくれるんだったら、それを当たり前のように受け取れるのが後輩の特権だ」

 

もしかすると、それは彼の気遣いだったのかもしれない。暗に「気にするな」と、そう言ってくれているようで。

 

「さて、随分日が落ちたね。ずっと立ち話しているのもなんだし、そろそろ行こうか?」

 

有無を言わせないかのように差し出されたその両手は、その言葉は、しかし。

 

「ほら、おいで」

 

 

とても、優しかった。


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