学戦都市アスタリスク【六花に浮かぶ月と幻想】   作:観月(旧はくろ〜)

28 / 33
第二十七話〜仲良しクラスメイト〜

 

「……ただいま戻りましたよーっと」

 

深夜の邂逅を終え、学園のセキュリティをも無事に乗り越えて寮の自室へ戻ってきた聖夜は、既に寝ているであろう同居人を起こしてしまわないよう静かに扉を開け、小さく呟く。

 

「おーう……随分遅かったな」

 

しかし彼の予想に反して、同居人はベッドに寝転がったまま、瞼をこすりながらそう声をかけてきた。聖夜はその声に少し驚いて、そして申し訳なさそうに。

 

「悪い、起こしたか?」

「いんやー? たまたま目が覚めたところだ」

 

嘘か真か、判断に困るその言葉に、聖夜は一応「すまん」ともう一度謝る。しかし錬は気にする様子もなく、寝返りを打って聖夜の方へと向き直り、にやりと笑った。

 

「にしても、この部屋とも今日でお別れだってのに、寝ることすらしないとはな」

「それに関しては何も言えないんだよなあ……」

 

きまり悪そうにすっと目を逸らして、聖夜は自分の机に視線を向ける。そこには今まで置いてあった荷物は何もなく、代わりに普段から学校用に使用しているカバンが一つと、そこに立て掛けてある刀が一振り。

 

「あとはそれを運ぶだけかー。思ったより荷物少なかったよな」

「そりゃまあ、まだここにきて全然経ってないし。すまんな、今日……いやもう昨日か。急だったのに運ぶの手伝ってもらっちゃって」

 

近いうちに一人部屋がもらえるだろうと楽器を購入しに行ったのが昨日の午前中。しかし、まさか帰った直後に部屋が使えるようになったとの連絡がくるとは誰が想像するだろうか。ともあれ、その日のうちに終わらせてしまおうと思い立ち、こうして深夜の約束があったにも関わらず、錬をも巻き込んで引っ越し作業を午後にやってしまった聖夜も聖夜で中々に狂っている自覚があったので、手伝ってくれたルームメイトに謝意を告げる。

 

仰向けに寝たままひらひらと手を振った錬は、引っ越しの手伝いを快諾したときと同じような、人懐っこい笑みを浮かべた。

 

「気にしなさんな。――そうそう、全然関係ないんだけど、実は『幻想の魔核(ファントム=レイ)』についてちょいとばかり聞きたいことがあるんだよなー。いやなに今回の手伝いとは本当に関係ないんだが」

「うっわ、白々しいにも程がありやがる……そんなことだろうとは思ってたけどさ」

 

聖夜としても、何か対価を払わなければならないと思っていたところだ。もっともそれがインタビューというのは、流石は新聞部というべきなのか。ともかく聖夜にとっては大した苦労にもならない。

 

「一応聞くけど、そんなものでいいのか?」

「そんなものって、お前なー……」

 

しかし、何の気無しに聖夜がそう尋ねた瞬間、錬の表情が露骨に呆れたものに変わった。まったく、と彼は体を起こして。

 

「『冒頭の十二人(ページ・ワン)』でもないのに一人部屋が貰えるほどの、新進気鋭のニューフェイスの情報なら、どんなものだって知りたいって奴は山ほどいるんだぞ? その中で独占情報を持っていることが情報屋としてどれほどのアドバンテージになるか……」

「よせやい、照れるだろ」

 

やれやれと肩を竦める錬に、聖夜は迂闊な発言を取り繕うように頬を掻きながら言った。

 

「……まあ、そういうことならインタビューで手を打ってもらうことにしようか」

「おう、よろしく。安心してくれ、変にバラしたりはしないからよ」

「それはマジで頼むぞ?」

 

もっとも、錬が不用意に人の秘密を広めたりすることはしない、ということは聖夜も知っている。もちろん、情報屋を名乗っている以上、対価があればある程度の情報は提供するだろうが、プライベートに関わることや、雑談の中でぽろっと溢してしまったようなことなど、本当に広められたくないことが今まで出回った試しはない。錬にも何かしらの線引きがあるのだろうが、何はともあれ聖夜としては、そういった意味では信頼できる友人なのである。

 

錬はベッドから出て、大きく伸びをしながら言った。

 

「お前さんもついに一人部屋か。いずれそうなるとは思っちゃいたが、随分早かったな」

「あくまで特例というか、友人達のワガママというか。『冒頭の十二人』のうち二人がゴネたからなあ……」

 

時雨と茜曰く、聖夜の実力はもっと広く知られなければならないのだそうだ。侮られるのは納得できないと、そういうことらしい。聖夜からすれば正直どちらでもよかったのだが、二人はどうしても意見を曲げてくれなかった。

 

「実力は折り紙付き、ってことだな。しかし、愛されてんねえ」

「家族みたいなもんさ、お互いに。……それに、」

 

聖夜は言葉に不自然な間を空けて、机に置いてある刀に軽く触れた後、まるで意味深な態度を作り、口元を微かに歪めて言った。

 

 

 

「―――同居人が居ない方が、そっちも好都合だろう?」

 

途端に、錬の雰囲気が変わる。目をすっと細めて、訝しげに。

 

「……どういうことだ?」

「互いに隠したいものはある。特に錬、お前には知られちゃならない秘密の任務なんかもあるだろうしな」

 

ほんの少し錬が身構えた、その様子を確認して、聖夜は刀の鞘をもてあそびながらくつくつと含み笑いをする。

 

「なあ……『影星』所属の、新羅錬さん?」

 

そして、まるで突きつけるかのように聖夜がそう言えば、錬の雰囲気はそれと分かるほど冷たいものへと変貌した。

 

「……っ、お前、それをどこで」

 

その問には答えず、聖夜は薄い笑みを崩さない。対峙する錬も、何が起きても対応できるように構えを解かず、聖夜を見据えている。放たれる気配と威圧感は、間違いなく実力者のそれだ。

 

(やっぱり、只者じゃないな。強いだろうとは最初から思ってたけど、これは結構な手練だ)

 

さて、そろそろ答え合わせをしよう、と。興味に任せてこのような雰囲気を作ってしまったのは聖夜なのだから、それを解消するのも聖夜の役割だ。

 

 

 

再び口を開く。しかし今度はあっけらかんと。

 

「いやだって、俺、明日から生徒会役員だし。誰が影星に所属しているかを知れる立場になったってだけだよ」

 

それを聞いた瞬間の錬のぽかんとした表情を、聖夜は多分忘れないだろう。数秒、互いに見つめ合う時間があり、やがて聖夜がこらえきれずに吹き出した。

 

「――あっはっは! ごめんごめん、ちょっとからかってみたくなってさ」

「はあ……?」

 

笑いが止まらない聖夜の様子に、しばらく呆気に取られていた錬だったが、事態が飲み込めたのかやがて大きな溜め息を吐いた。

 

「ったく、お前なあ……なんつー心臓に悪いことしてくれてんだ」

「あー、笑った。んで、やっぱ影星だってバレるのはまずいのか?」

「まあな……情報屋としての立場も揺らいじまうし、影星としての信頼も落ちる」

 

それより、と錬は少し身を乗り出して。

 

「明日から生徒会所属ってのは、一体どういうことだ?」

「ああ、副会長から直々にスカウトされてな。生徒会書記兼風紀担当、だそうだ」

 

生徒会の風紀担当というのは、風紀委員とはまた別に生徒会に所属して取り締まりを担う役割のことだ。風紀委員長の管轄の元、風紀委員と同じように学内の巡回を行うことはもちろん、風紀委員と生徒会の間で連絡や報告をスムーズに行うための橋渡し的な存在も兼ねていると、聖夜は時雨や他の生徒会メンバーから聞いている。

 

それを聞いた錬は興味深そうに呟いた。

 

「ほおー、兼任なんて今まで聞いたことないな。……いや、そんだけ買われてるってわけか」

「さあ? 案外、ただでこき使えるからってだけかもしれないし」

 

状態めかして聖夜は肩を竦める。もっとも、こき使われるかどうかはさておき、まさかただ事務能力だけを買われたからというわけではないだろう。聖夜をなるべく監視下に置いておきたいからという時雨の思惑があったんだろうとは、聖夜自身もなんとなく感じている。

 

(トラブル起こすなって釘刺されたしなあ……)

 

しかし、周りは誰もそう思っていないらしいが、聖夜は別に自分からトラブルに突っ込んでいっているわけではない。大体はいつの間にやら自分が何とかしなければならない状況になっているだけであって、どちらかと言えばトラブルの方からやって来ることの方が多いのだ。

 

もちろん、できることなら聖夜も平穏な生活を送りたいと思っている。しかし、こんな風に異世界にまで迷い込んでしまっている時点で、それに関しては既に諦めはついており、あとはいかに自分がこれ以上のトラブルに関わらないようにするか、なのであるが。

 

(……いや、これ以上できることないって)

 

この男、友人を始めとした他人が困っているのを放っておけない癖して、それがトラブルを呼び込む原因だということにまるで気付いていない。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

ルームメイトとしては最後となる錬とのちょっとしたやり取りを終えて、夜もすっかり明けたあと。朝のHR前の教室で、聖夜はこれからの予定を確認していた。

 

(休み時間に生徒会室に行って巡回についての最終チェックをして、巡回後は風紀委員に報告をしに行く……あと、いつなら時間が空いてるか玲姉達にメールも送らないと。文面はそんなに丁寧過ぎないほうがいいかな)

 

空間ウインドウを小さめに開き、予定を一つ一つ指差し確認する聖夜の、その肩を軽く叩いて呼びかける生徒が一人。

 

「聖夜、考え事か?」

 

彼がおもむろに振り返れば、肩を叩いた本人であろう男子生徒がニカッと笑っていた。学生の中でも比較的ガタイがよく身長も聖夜より少しばかり高いその男子生徒に、しかし誰かが近づいてきていたことはなんとなく気配で察していたので、彼はさして驚くこともなく。

 

「なんだ、颯希(さつき)か。おはよう」

「おう」

 

聖夜も挨拶を返し、空間ウインドウをさっと消して席から立ち上がる。

 

「それで、何の用だ?」

 

返す言葉で彼が手短に問えば、颯希と呼ばれた生徒は親指でちょいちょいと背後を示した。

 

「ああ、今日の放課後空いてるかってのを聞いてこいって、後ろの女子達に言われてな。どうだ?」

 

示されたほうを聖夜が颯希の肩越しに覗き込めば、確かに三人の女子生徒が談笑していた。そして、そのそばには、颯希と同じように聖夜が転入後ほどなくして仲良くなった男子生徒が一人。

 

見覚えだけは、聖夜にもあった。

 

「ん、あの人達は……たまにお前らが話してる子達だよな」

「ああ、まあ中等部からの繋がりでな」

 

ほーん、と聖夜が覗き込んでいると、その内の一人が聖夜の視線に気付き、はにかみながら手招きした。それに聖夜も頷きを返して、颯希へと向き直る。

 

「生憎、今日の放課後は空いてないんだけど……詳しいことはあっちで聞いてもいいか? 今日じゃなくていいなら空いてる日もあるから」

「そうだな。あいつらもお前と話しがってたし、ちょうどいいと思うぜ」

「お、マジか」

 

話したがってたとはどういうことだろうと思いながら、聖夜は颯希の後ろについて、クラスメイトながらほぼ初対面であるその女子達の元へ向かう。

 

「おう、連れてきたぞー」

 

すると、男子生徒が談笑を切り上げて、申し訳なさそうに聖夜に話しかけた。

 

「ごめんね、聖夜。急に呼んじゃって」

「や、気にすんな春人(はるひと)

 

颯希とは逆に、男子としてはすらっとした細身の、まるでモデルのようなその男子生徒は、聖夜の言葉を聞いて険しかった表情を少し緩める。

 

そして、その会話が終わるのを待っていたかのように、今度は彼に手招きをした、低めのシニヨンをエメラルドグリーンのバレッタでまとめた黒髪の少女が慌てて聖夜に声をかけた。

 

「ほ、ほんとにゴメンね? 何か用事があったんじゃない……?」

 

先程の春人と同じように、彼女もまた申し訳なさそうに伏し目がちで聖夜に謝る。しかし、元より女性のそういった眼差しには弱いため、聖夜の返す言葉もずっと柔らかかった。

 

「いやいや、大丈夫。そんな急ぎの用じゃなかったからさ」

 

そこまで言って、聖夜はふと横で交わされていた話し声に意識を向ける。

 

「随分と遅かったんじゃない、颯希君? てっきり、月影君とは、あなたがそう思っているだけの一方的な友人だったんじゃないかと疑っていたところだったんだけど」

「相変わらず酷えな?」

「まあまあ、ひー君も頑張ったんだから褒めてあげなくちゃ。ほーらよしよし」

「もうそんな年じゃねえから俺……」

 

聖夜としては大変興味深いやり取りだった。ぱっと見では物静かそうな、編み込みハーフアップのやや銀色がかった髪色の少女に颯希が容赦ない言葉を浴びさせられ、その傍らにいる、明るめの茶髪も言動もふわふわとした雰囲気の少女が彼の頭を撫でようとして、しかし背が届かずに悪戦苦闘している。疲れたように溜め息を吐いた颯希と目が合った聖夜は、思わずくすりと笑った。

 

「仲、良いんだな」

「これはただの弄りなんだよ……」

 

うんざりした様子の颯希につられて聖夜もちょっと苦笑し、改めて少女達の方へと視線を向ける。すると、物静かそうな少女がそれに気付いて、丁寧な所作で軽くお辞儀をした。

 

岩瀬(いわせ)穂浪(ほなみ)よ。初めまして、月影君」

「おっと、これはご丁寧に。月影聖夜だ、改めてよろしくね」

 

ええ、と顔を上げた彼女――穂浪は、素敵な笑顔を浮かべて颯希をちらと見た。

 

「早速、お見苦しいところをお見せしちゃってごめんなさいね……颯希君が」

「だからァ!?」

 

颯希の激しいツッコミに、穂浪はくすくすと笑っている。

 

「ちょっと、変な人と知り合いなんだって思われちゃうからやめて? こういうのはファーストコンタクトが大切なんだから」

「お前が言えたことじゃねえよ……」

 

――聖夜としては大変興味深いやり取りであった。

 

傍らの、先程颯希を撫でようとしていた少女が、ほわっと柔らかく笑って言った。

 

「楽しそうだねぇ。かー君とゆめちゃんも混ざる?」

「……なるほど? 樋高(ひだか)颯希だから『ひー君』、伽羅野(からの)春人だから『かー君』なのか」

 

あだ名の由来に気付いた聖夜が呟くと、んー、とその少女はおもむろに聖夜に向き直る。

 

「そうだよー。あっ、あたしは唐渡(とわたり)明日葉(あすは)っていうの」

 

そう言っておもむろに差し出された手に、聖夜も少々驚きながらも手を差し出し返して、彼女――明日葉と握手を交わす。

 

「月影聖夜だ、よろしく」

「うん、よろしくね」

 

それにしても、いきなり握手を求められるとは聖夜も思っていなかった。しかし彼が手を離すと、特に何事も無かったように明日葉は聖夜の肩越しに「おいでー」と春人達へ声をかける。もっとも、別に春人達が離れたところにいたわけではなかったのだが、彼らもそれを受けて会話の輪に加わった。

 

「あはは……自己紹介は終わったみたいだね」

 

先程のやり取りは春人にとっていつもの事なのだろう、微かに苦笑する彼の横で、最初に聖夜へ話しかけてきた少女が慌てた様子で口を開いた。

 

「待って、うちが終わってない! ……えっと、うちは藤ヶ崎(ふじがさき)夢那(ゆめな)って言います。よろしくね、月影君」

「ああ、よろしく」

 

さてこれで自己紹介を終えたわけだが、と聖夜は颯希へと再び向き直って。

 

「そんで、颯希。俺がこのグループに呼ばれたわけを教えてくれると助かる」

「ああ、そうだった。つってもそんな大したもんじゃないんだけどな」

 

そう前置きをして、颯希はまたもやニカッと良い笑顔を浮かべた。

 

「ほら、あとひと月くらいで定期テストだろ?」

「ん? ああ、確かに」

 

このアスタリスクにおいては、各学園間での順位というものがシーズンごとに決定される。全シーズンの星導館学園の順位は5位だったといつか時雨がぼやいていたのを聖夜は聞いたことがあるが、この順位が決まる要因の多くを占めているのが星武祭(フェスタ)の成績であり、各学園が生徒の育成に力を入れているのは周知の事実だ。

 

しかし、あくまでも学校である以上、学生の本分である学業と切り離して考えることはできない。故に、定期テストというものはどこでも変わらず存在し、その成績も各学園間の順位決定に多少なりとも影響するようになっている。また学内でも定期テストの順位というものが出る以上、学園の評価などというものを抜きにしても、少しでも良い成績を取りたいというのが学生の性だ。こういったことから、各学園も学業をおろそかにすることはできず、生徒達は日々授業を受けているし、定期テストも受けさせられる。

 

しかし何故テストの話なんだ、と聖夜が訝しんでいると、颯希はさも当たり前のようにこう言った。

 

「この五人で勉強会をするつもりなんだけどさ、聖夜も一緒にどうだ?」

「勉強会……」

 

それを聞いて、聖夜はただただ驚いた。ひと月前から勉強会を開くなど、もしやこの友人達はかなり真面目な生徒達なのではないか、と。

 

「いや、凄いな。こんなに早くからテスト勉強するなんて」

「あー、まあ……テスト勉強もするし、遊びもするけどってところなんだけど」

 

歯切れの悪い様子でそう呟く颯希に、なるほど、と納得。だがそれは学生として至極当然の考えだ。

 

「よかった。あんまり真面目過ぎないほうが俺も参加しやすいから」

 

何を隠そう、聖夜はテスト勉強を一週間くらい前、下手すれば3日前になってからようやく始めるような、典型的な不真面目学生である。笑いながら彼がそう言うと、颯希はあからさまに、同族を見つけたとでも言いたげな顔をして聖夜の肩をバンバン叩いた。

 

「だよな、大体そんなもんだよな! いや、穂浪のやつが早めにやれってうるさくってさー」

「あら……颯希君の成績なら、一ヶ月前とは言わず半年前には始めておかないといけないんじゃない?」

 

そして非難するような視線を穂浪の方をちらりと向けた颯希だったが、彼女はいたって涼しい顔でそれを受け流した。「うぐっ」と颯希が言葉に詰まるのを見て、聖夜は苦笑しながら一言。

 

「颯希、お前じゃ絶対岩瀬さんには敵わないな」

「やめてくれ、こいつに負けっぱなしなんてゴメンだぜ……」

「一度も私を言い負かしたことがないくせによく言えるわね?」

 

くすくすと口を軽く押さえながら笑う穂浪に、またもや言葉を詰まらせる颯希。それを見た聖夜も面白がって笑っていたが、そこへ夢那がおずおずと声をかけた。

 

「えっと、月影君……あの、今日の放課後にもやろうかなって思ってるんだけど、どうかな。空いてる?」

 

――聖夜的にはその上目遣いが大変可愛かったのだが、それはさておき。

 

「それが、さっき颯希にも言ったんだけど、今日は予定が詰まっちゃってて。明日か明後日なら空いてるんだけど……」

「あっ、そうなんだ。うちは別に今日じゃなくても大丈夫だけど……みんなは?」

 

夢那は他の四人を見渡してそれぞれの意思を確認する。穂浪が軽く手をあげて言った。

 

「私は明日でも明後日でも構わないわ」

「あたしも大丈夫〜」

「俺もだ」

「僕も、いつでも問題ないよ」

 

穂波の言葉に続くように、三人から次々と賛成の意が唱えられる。夢那は、ほっと胸を撫で下ろして。

 

「よかったあ……それじゃあ聖夜君、明日の放課後でいい?」

「了解した。……っと、どこでやるんだ?」

「カラオケ……かなあ? いつもそうだから、今回もそのつもりなんだけど」

「カラオケ、か」

 

少し、考え込んで。

 

(こっちの曲、まだあんまり知らないんだよな……十曲くらいは有名どころを覚えておこっと)

 

聖夜は頭の中で帰宅後の予定を一つ追加する。幸いにして今日からは一人部屋だ。たとえ夜中に音楽を流しながら歌っていたとしても、誰にも迷惑はかからない。

 

すると、聖夜の思案顔を違う意味に捉えたらしく、夢那は焦った様子で口を開いた。

 

「あっ、別に歌うのを強制したりはしないからね!? 歌いたくなかったらそれでも大丈夫だから……」

 

予想だにしなかったその言葉に聖夜はぽかんとしたが、すぐに微笑みを浮かべて。

 

「お気遣いありがとう。まあ、歌う事自体は好きだから安心して。上手いかどうかは保証しないけど」

「あはは、そうなんだね。実は私もそんなに自信なくて……」

 

聖夜の言葉に同調するように眉尻を下げて笑う夢那だったが、そこに颯希が待ったをかけるように口を挟む。

 

「おいおい冗談だろ? 騙されんなよ聖夜、夢那のやつ本当はめっちゃ歌上手いからな」

「ゆめちゃん、カラオケすっごく上手で凄いよねえ」

 

ほう、と聖夜が面白がるような視線を向けると、彼女はとんでもないとでも言いたげにぶんぶんと頭を振って悲鳴をあげた。

 

「ちょっ、ハードル上げるのやめてー!」

「へえ、それは楽しみだね」

「月影君もやめて!?」

 

なかなかどうして愉快なグループだ、と聖夜は思う。ここに混ざれるならば今の日々がさらに彩られるのは間違いない。もっともこれだけ仲の良いグループに途中で混ざるのは申し訳ないという気持ちが無いわけではないが、それも向こうが良いと言ってくれているのだから、気にする方が失礼だろう。

 

ふふ、と聖夜が思わず笑みを零すと、それをどう捉えたか、穂浪も微かな苦笑を浮かべながら反応した。

 

「ごめんなさいね、騒がしくて」

「いやいや、楽しくていいことじゃないか。っと、二人の歌の腕前はいかほどなのかな?」

 

ふと気になった聖夜がそう問えば、穂浪はほぼノータイムで、その横にいた春人は少し考える素振りを見せて、それぞれ答える。

 

「聞いてて不快になるようなほど酷くはない、と思うわ。夢那と明日葉には敵わないけどね」

「僕は……あんまり自信ないかな。颯希は結構上手なんだけど」

「ふむ。その言い方だと、なんだかんだみんな上手いっぽいな」

 

今の聞き方では、例えその通りでも「上手い」とは言い辛いだろう。二人の言葉からは多少の謙遜が見て取れた。

 

(こりゃ、マジで覚えないと恥ずかしいぞー……)

 

歌うのは好きだと言ってしまった以上、ある程度のクオリティは求めたい。少なくとも、五人と比べて著しく下手であるということだけは、一応はバンドマンである聖夜の小さなプライドが許さないのはもとより、雰囲気を損なわないためにも避けるべきだろう。

 

さて、と聖夜はポケットから懐中時計を取り出す。と同時に、HR開始前の予鈴が鳴って、周りの学生達がお喋りを中断し席へと戻り始める。

 

時刻の確認が必要なくなった聖夜は持ち上げかけた右手をおもむろにポケットに戻し、言った。

 

「っし、それじゃ細かいことは後で連絡もらう感じでいいか? ちょっと返信遅れるかもしれないけど」

 

今日はこれ以降まともに時間が取れないため、メッセージで連絡を取り合う方が確実だと判断しての発言だ。それに春人がすぐ反応し、取り出した携帯端末を掲げながら言う。

 

「分かった。……ああそうだ、こっちの三人にも連絡先教えちゃっていいかい?」

「ああ。頼む」

 

聖夜からすればありがたい話だ。その提案を快諾して、彼は担任の教師がゆったりとした足取りで教室に入ってくるのを視界の端で捉えつつ、足早に自分の席へと戻った。

 

 

そうして席につき、彼がさっと今日の時間割を確認していると、その横から声がかけられる。

 

「――ねえ、随分と楽しそうだったけど。さっきあの子達と何を話してたの?」

「ん? ああ、勉強会……という名の遊びに誘われたんだ。カラオケなんだってさ」

 

何気なく返事をしながらそちらに振り向けば、声をかけてきたはずのセレナはつんとそっぽを向いていた。いつもとは少々様子の違う彼女に、聖夜はちょっと訝しげに問うた。

 

「いや……どしたん?」

「別に? 仲が良いのねって、そう思っただけ」

「女性陣とはほぼ初対面だったけどな」

 

くすくすと微笑みながらも、聖夜は思う。「そう思っただけ」なんて、彼女の表情を見ればどう考えてもそれだけのはずがない。そのくらいはもう聖夜でも分かる。

 

なんだろうと、考え付くままに一言。

 

「セレナもどこか遊びに行きたいのか?」

 

言うと、彼女の眉がぴくりと動いた。正解か、と聖夜はにやりと笑って。

 

「なんだ、それじゃセレナも誘った方が良かったな。今からでも提案しようか?」

 

だが、そう彼が言った途端、セレナの表情が再び曇る。

 

「そういうことじゃないのに……」

 

目線も合わされぬままぼそりと呟かれたその言葉に、聖夜はただ面食らうしかなかった。しかしすぐに彼女は小さく首を振り、溜め息を一つ。

 

「……ごめん、ちょっと自分勝手だったわ。嫌な思いをさせちゃった」

「ああ、いや、別に気にしちゃいないけど……本当にどうした? なんか変だぞ」

 

心当たりがあるとすれば、やはり先程の会話か。しかしどこに彼女の機嫌を損ねる要素があったのかがどうしても分からない。

 

(遊びに行きたい、ってのは間違いないと思うんだけどな……)

 

だが、別にあのグループへ誘って欲しかったわけでもないようで。さてどうしたものかと彼が悩んでいるうちに担任の話が始まり、HRの時間となってしまった。

 

ふと聖夜が横を見れば、セレナは未だにどこか浮かない表情を浮かべながらも、着々と授業の準備を進めながら話に耳を傾けていた。

 

(まあ……後で聞こう。今は話す時間じゃない)

 

セレナはきっちり学業をこなす、いわば優等生タイプだ。邪魔をするのは申し訳ないし、機嫌をますます損ねてしまうことにも繋がりかねない。聖夜も筆箱を机の上に取り出しつつ、やや諦めを覗かせてそう結論付けるのだった。

 

 

 

 

 

 




今回のように、あらかじめ何となく決めている分は割と早く(なお一ヶ月)書けるんですけどねえ……速筆さんになりたい今日この頃。あと女の子の髪型の描写って、すごく楽しいんだけど難しくもあるのがまたなんとも。髪型に限らず女性のファッションにはあんまり詳しくないのですが、必死に学んでいます。

あっ、趣味についてたまに呟いているツイッターがあるので、よろしければ是非。作者の紹介ページにリンクを載っけてあります。ご質問やただ聞いてみたいことなどありましたら、ツイッターのDMにてお待ちしております。

それでは、また次回。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。