学戦都市アスタリスク【六花に浮かぶ月と幻想】 作:観月(旧はくろ〜)
ちなみに、この先5話くらいは、今の時点でかなり書き進められているので、すぐにお届けできると思います。また、投稿できていなかった期間中にも、今までの話にいくつか加筆修正を加えておりましたので、よければ思い出しがてら読み直していただけれたらとても嬉しいです。
授業の合間にある休み時間。聖夜は次の授業の準備もそこそこに、今日から始まる生徒会業務の確認のため風紀室まで足を運び、他のメンバーにも教えてもらいながら最終確認を行っていた。
「―――流れとしてはこんな感じかな! 月影君、いきなりだけどいけそう?」
「はい、大丈夫だと思います。……確認なのですが、何か問題が起きた時はこちらの自己判断で動いていいということでよろしかったですか?」
「うん。ただ、無理だけはしないこと! 月影君は無茶しがちだから気をつけて、って副会長さんにも言われてるからね」
そう言って悪戯っぽく微笑むのは、星導館学園の風紀委員長である、気さくな言動とハイソックスで強調された絶対領域が眩しい高等部三年の女生徒だ。あんにゃろ、と聖夜は心の中でここには居ない時雨に悪態をつきつつも、先輩の手前それは見せず、代わりに苦笑を返す。
「ええ、よく肝に銘じておきます。風紀委員の方々に迷惑はかけられませんから」
「なら良かった。まあ、月影君はしっかりしてそうだし、実力も副会長さんのお墨付きだから、あんまり心配はしてないけどね!」
そう言ってニコッと笑い、彼女は聖夜の他にも集まっていた三人に向けて口を開いた。
「みんなも、無理のない範囲で月影君を助けてあげてね」
はい、という三人分の返事に、聖夜も「よろしくお願いします」と頭を下げる。今回のメンバーには聖夜以外に一年生がおらず、したがって上級生への礼儀は大前提だ。少なくとも、風紀委員長を含めたこの場にいるメンバーは、聖夜のその態度を好意的に受け取った。
そして、風紀委員長の女生徒はぽん、と手を叩いて、朗らかに笑いながら。
「うん。それじゃあ、今日も頑張ろう!」
風紀委員の腕章を手にしたメンバーの、それぞれの「はい!」と返事が、風紀室に力強く響いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして昼休み。いよいよ聖夜の生徒会初業務がスタートする。
「ああ、そういやお前さん、今日から生徒会役員だったな。仕事か?」
「おうよ。っても、今日は巡回だけだからな。そんな頻繁に何かが起きるわけでもないだろうし、まあ気楽にやってくるよ」
財布を持ちながら話しかけてきた、恐らく昼食を食べに行くのであろう錬に、聖夜は自分の服装に乱れがないかをさっと確認しながら言葉を返した。ちなみに、生徒会業務のため、聖夜は先程の休み時間には既に昼食をとり終わっている。本来は昼食をとってからでもいいらしいのだが、慣れないうちは早めに仕事に入っておきたいという気持ちが彼にはあった。
そうして刀の具合を確認しながら、思い出したかのように聖夜は声を小さくして言う。
「てか、別にわざわざ『お前さん』なんて呼ばなくてもいいぞ。こっちは本性知ってるんだから、もっと適当に呼んでくれ」
「うっわ、お前性格悪っ……まあ、それじゃあ遠慮なく呼ばせてもらうけどよー」
「うんうん。その方がこっちも落ち着くわ」
出発のついでに軽口も済ませたところで、聖夜は苦笑しながらも見送ってくれる錬にひらひらと手を振り、腕章を着けながら教室を後にする。生徒会役員として初仕事ということもあり、もちろん多少の緊張こそあるが。
(ま、そう気負う必要もないよな。さすがに問題を起こしそうな奴らくらい軽くいなせる……はずだし)
必要以上に肩肘を張ることはない、と自分に言い聞かせるように気合を入れ直し、聖夜は打ち合わせ通りのルートで巡回に入った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
巡回を始めて間もなく聖夜がその騒ぎの火種を見つけることができたのは、果たして初仕事中の生徒会役員として喜ぶべきか嘆くべきか。鍛えられた感覚が騒ぎの気配を敏感に感じ取り、彼がそちらに意識を向ければ、その先には一人の少女と、彼女に罵声を浴びせる壮年の男性がいた。もっとも会話の詳しい内容までは集中しないと聞こえない距離で、一体何事だと聖夜が対応に悩んでいると、不意に男性の平手打ちが少女の頬を襲う。乾いた音と共に、少女の顔が大きく揺れた。
(っ、おいおいマジか……!)
驚きしかなかった。年の差を見るに親子か、そうでなくとも、学園内で一緒にいるということから身内同士であるという線が強いか。まさか関係のない他人であるということはないだろうが、それにしたって人前でいきなり子供を殴る大人があるだろうか。しかもここは学園、周囲にいるのは当然学生であり、教育的にも非常によろしくない。止めなければ、と反射的に飛び出そうとして、しかし聖夜は自分より先にその少女の元へ駆け寄り、続く平手打ちを受け止めた人物に気付いた。
「――はい、そこまで」
見覚えのあるその男子生徒の言葉は、不思議と周囲によく響いた。青みがかった黒髪と同じように煌めく夜色の瞳が、確かな意志をもって男を真っ直ぐ見据えている。
(綾斗か!)
聖夜は飛び出す寸前で踏みとどまり、そして周囲に気付かれないよう素知らぬ顔で腕章を外して、集まりつつあるギャラリーに気配ごと紛れ込む。この場でいきなり立場を利用して首を突っ込むよりは、一旦は綾斗に任せた方が良いのではないかと判断したからだ。
しばし見守りの態勢をとり、改めて視線を戻せば、腕を止められた男が不愉快な表情を浮かべているのが見えた。
「……なんだ、貴様は」
その言葉からは綾斗に対する侮蔑がありありと見てとれる。しかし彼は動じることなく、静かに返した。
「どんな事情かは知りませんけど、無抵抗の女の子に手を上げるのはどうかと思いますよ」
正論だ。しかし、男はその言葉に嘲笑を浮かべる。
「ふん、笑わせるな。自分の欲のために争っている貴様らが、今さらどの口でそんな綺麗事をほざくんだ?」
「俺達がやっているのは競い合いです。一方的な暴力と一緒にしないでください」
大の大人相手でも毅然と返す綾斗に、聖夜は素直に感心した。もとより正義感の強い人だとは思っていたが、こういった面倒事に対しても正面切って立ち向かうというのは、並の人間にできることではない。もっとも、それが災いしてしまうことも稀にあるが。
(さて、これは綾斗にとって吉と出るか凶とでるか……)
願わくば悪い結果にはならないで欲しいが、と一抹の不安を感じて、聖夜は心の中で友人を案じつつも、引き続き状況を見守ることにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
どうやら、聖夜の祈りはまるで届かなかったらしい。
「貴様と闘うのは、
綾斗との会話の中で刀藤鋼一郎と名乗ったその男が、傍らの少女を指してそう告げる。「今後一切、少女へと手を出さないと約束できるか」と綾斗が提案し、構わない、と男が躊躇なく答えた矢先の出来事だった。
(言いたいことがあるなら聞いてやろう、って偉そうに言ったかと思えば……)
結局は「決闘で勝ったらの話だがな」ときた。男の言動にほとほと呆れ果てる聖夜だったが、この場では傍聴人の一人に過ぎない彼のことなど、渦中の本人達が気にするはずもない。
思いもよらない言葉に絶句する綾斗だったが、それは傍らの少女も同じだったらしい。
「叔父様、それは……!」
「――綺凛。私に逆らうつもりか?」
しかし、鋼一郎の冷たい視線に射抜かれ、綺凛と呼ばれた少女はびくっと体を震わせた。
「いえ、そういうわけでは……」
「ならいい。それに、あの『
彼女が口を噤んだことに満足したのか、小気味よく鼻を鳴らして、鋼一郎は綾斗へふてぶてしく告げる。
「安心しろ。こちらが勝ったからといって、要求することは何もない」
綾斗はそれを聞き、微かに顔を顰めた。そして何かに気付いたように、慌てた様子で綺凛に視線を向けながら口を開く。
「待ってください、彼女の意思は――」
「……ごめんなさいです」
しかし彼女は、何故か、俯いたまま震える声で謝罪の言葉を口にした。
「えっ?」
「わたしは――天霧綾斗先輩に決闘を申請します」
そして、顔を上げてはっきりと宣言する。観衆がざわつき、決闘申請を受けた双方の校章がにわかに光りだすが、綾斗にとってはそれどころではなかった。
「えっ……いや、なんで君と闘わなきゃならないのさ!?」
「私だって闘いたくはありません。ですが――仕方ないのです」
どこか諦めたような、小声。傍で聞き耳を立てていた聖夜もおや、と疑問を感じたし、それは綾斗も同じだった。
「仕方ない……?」
「私には叶えたい望みがあります。そのためには……叔父様の言うとおりにするしかないのです」
そうするしかない。その言葉の割には、彼女の表情は明らかに無理をしていると分かるものだった。
たまらず、綾斗が口を開く。
「だったら、なんで……?」
「――お願いします。先輩が引いてくだされば、それで終わります」
少女の方は、一貫して変わらない。引いてくれればすべて収まるという姿勢のままだ。
しかし、綾斗のことを多少なりとも知っている聖夜には分かる。綾斗は、困っている人をそのままにして、素直に引くような人間ではない。綾斗の表情が変わるのを、聖夜は確かに捉えた。
「………そういうことなら、こっちも引き下がるわけにはいかないな」
そうして、聖夜の耳にも彼の覚悟が届く。綾斗が腰のホルダーから『黒炉の魔剣』を取り出し、ゆっくりと宣言した。
「――決闘を受諾する」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そうして、目の前で繰り広げられる剣戟の応酬を、聖夜は感嘆の面持ちで見守っていた。
(これ、は……想像以上にとんでもないものだな、序列一位ってのは)
その視線の先には、何の変哲もない日本刀の刃をただの一度も合わせることなく、それでいて綾斗を押してみせている綺凛の姿があった。
もっとも、この前起きた一連の襲撃事件で、聖夜も間近で見た通り、『黒炉の魔剣』には触れたものすべてを等しく切断する力がある。そんな純星煌式武装を相手に、ただの日本刀が打ち合おうとすれば、寸刻の間すらなく刀が使い物にならなくなるのは想像に難くない。であれば、対策として、刃同士が触れ合わないようにするというのは、理に適っていると言える。――ただし、それができるだけの技量があることが大前提だ。
「ふっ!」
「くっ……!」
なんとも恐ろしいことに、この少女はそんな馬鹿げた芸当ができてしまうだけの実力者だったらしい。彼女の刀は、確かに、『黒炉の魔剣』と触れ合う直前にその都度軌道を変え、刀身が触れ合わないように避けている。
もちろん、押されているとはいえ、綾斗が弱いわけではない。今もそうだが、本気を出したときの彼の実力が『冒頭の十二人』に勝るとも劣らないということは、聖夜も日々の鍛錬で、身をもってよく知っている。なのに何故、ここまで一方的なのか。
(得物の取り回しやすさの違いや、流派の相性が悪いってこともあるだろうが……)
――ひとえに、綺凛の剣術がずば抜けている。それが事実だ。様々な要因はあれど、その事実は今も揺るぎなく綾斗へ立ちはだかっている。
(キツいだろうな……)
突発的に闘うことになって、元より綾斗側はろくな対策も取れていない状態からのスタートだ。作戦が立てられるような状況だったならば、あるいはもっと善戦できるのかもしれなかったが。
ふと、後ろから人混みを掻き分けて迫る気配を感じて、聖夜は目の前の光景から視線を外さずに半歩右へずれる。そこから半ば押し退けるようにして前へ出てきたのは、聖夜の見知った後ろ姿だった。
「まったく、この時期に何を……!」
怒りと心配がない混ぜになった表情でそう溢したのは、正式に綾斗の鳳凰星武祭におけるパートナーとなったユリスだ。ちらと様子を伺ってみれば、ここまで慌ててやってきたのだろうか、わずかに息を切らしているのが分かる。
間もなく、彼女の怒りは、哀れにも近くにいた男子生徒へ向けられることとなった。
「夜吹、これは一体どういうことだ!」
「ちょっ、お姫様!? いや俺に聞かれても……!」
突然の襲来に困惑しながら、それでも自身の端末での動画撮影を継続する男子生徒の顔と、ユリスが呼んだ「夜吹」という名前に、聖夜は既視感を覚えた。ややあって、思い出す。
(――ああ、影星の)
練と同じく新聞部所属であり、かつ同様に特務機関『影星』所属エージェントでもある男子生徒だった。そういえば、クローディアが「綾斗と同じクラスでもある」と言っていたか。
幸いにもユリスの視野に自分は入っていないようだと、聖夜は意識を綾斗の方へ戻す。直後、どよめきが走った。
「……って、おお!?」
夜吹もまた、驚きの声をあげる。これまでよりも深く、綺凛の刀が綾斗に迫ったからだ。それはつまり、いよいよ綾斗が窮地に立たされ始めたことを意味する。
「っ……!」
「やっぱり得物の差がでかいのかもな。天霧のやつも持て余しているみたいだし……あいつの流派も、あれくらいのサイズは想定してないんじゃねーかな」
「持て余している……?」
怪訝そうに呟くユリスとは対象的に、それを漏れ聞いた聖夜は内心で頷いた。
(さすがエージェント、よく見えている)
夜吹の見立て通り、綾斗の振るう『黒炉の魔剣』のサイズは大きめの両手剣ほどもある。もっとも綾斗の方も、それをうまく扱っているように見せているし、そもそもその特殊能力が極めて強力なものであるため、サイズに関しては同格以下との闘いならあまり問題にはならない。少なくとも、特訓を含めた今までの戦闘ではそうだっただろう。
だが、格上相手であればそうもいかなくなる。そのうえ、月影流しかり、古流派はその成り立ちから、実用的な大きさ以上の得物は想定されていないことが多い。聖夜も天霧辰明流を詳しく知っているわけではないが、それでもいくつか技を受けてみた印象から、彼の流派でも『黒炉の魔剣』ほどの大きさは考慮されていないのだろうと思える。
それに、少女の使う剣技は現代流派のものだ。戦場での集団戦を想定した古流派と、成り立ちからして個人戦を想定している現代流派の決闘となれば、流派の相性一つを取ってみても綾斗側が不利なのは一目瞭然。いくら綾斗でも、格上相手にそれだけ重ねられた不利を覆すには相応の準備が必要だ。
「おっ、どうやら覚悟を決めたみたいだな」
その夜吹の言葉通り、綾斗の間合いが変わった。見てそれと分かるほど、先程よりも明らかに近付いている。勝負を決めに行った証拠だ。
もっとも、諸々の差を考えれば、こうして近付くことは一種の賭けに近い。それでも、綾斗は自身の刃で確実に捉えようとすることを選んだ。
――果たして、どのような結末が訪れるのか。綾斗の『黒炉の魔剣』の軌跡が先程までよりも鋭く綺凛へと迫るが、彼女の刀もまた、同様に間合い内へ深く切り込まれてゆく。もはや観衆の誰にも予測できない幕切れは、激しさを増す剣戟の中で、もうすぐそこまで迫っていた。
矢吹がふと零す。
「しっかし、天霧のやつ……大丈夫なのか?」
「どういうことだ……?」
ここにいる大半の生徒は、目の前の光景に夢中だ。故に、この言葉に反応を返したのはユリスだけ。
彼はなおも続けた。
「あいつ、決闘の経験なんてほとんどないだろ?」
「確かにそうだが……それが一体なんだと」
後ろで聞き耳を立てていた聖夜にも、矢吹の言わんとすることがいまいち理解できていなかった。『黒炉の魔剣』の全力を引き出した場合、事によっては残虐行為に相当してしまうということを言っているのかと思ったが、まさか矢吹も綾斗がそんなことをするとは思っていないだろう。だとしたら、あとは何があるだろうか。
その答えは、程無くして彼らの目の前に晒されることになった。もう幾度目かになるかも分からない剣戟の応酬、その末に、切り込んだ綺凛の刃を防ぎきれなかった綾斗が回避行動を起こす。ほとんど紙一重の差で、綾斗が自身の胸元目掛けて切り上げられた刀を避けて――。
『
――からん、という音とともに、機械音声が決闘の終了を告げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
聖夜も、ユリスも、驚愕に固まっていた。あの綾斗が、こうもあっさりと負けたのか、と。
ギャラリーもまた、目の前で繰り広げられていた熱戦の余韻にあてられていたのか、小さなざわめきが広がるに留まっていた。ただ一人、矢吹が「あちゃー」と端末から顔をあげて、独り言のように呟く。
「やっぱり校章のことを忘れてたか……決闘に慣れてない最初の頃にやらかすやつ、ホントに多いんだよなー」
それが敗北の答えだった。つまり綾斗は、決闘の勝敗に関わる校章の、わずか数ミリの厚みを考慮しないまま回避運動を取ってしまったのだ。
回避後の体勢のまま、機械音声を聞いて呆然と立ち尽くしている綾斗は、果たして今起こったことを完全に理解できているのだろうか。そんな彼に対して、綺凛は振り抜いた刀を素早く鞘に戻し、伏し目がちに綾斗へ一礼。
「……すみませんでした、先輩」
そうして、相変わらず仏頂面を浮かべている鋼一郎の元へと戻ろうとする。その一連の動きにすら一切の無駄がなく、綾斗も、ギャラリーも、それに置いていかれそうになって――。
(綾斗の勇気、無駄にするものか)
しかし、これで終わることを、聖夜は許さなかった。ギャラリーの壁から威風堂々と踏み出し、凛と声を張り上げた。
「―――これは一体、何事だ?」