Fate/History noise   作:朝人

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※Fate/stay night(原作)とは別の世界の話です。
※基本オリキャラだけで原作キャラはでません(ただしサーヴァントは除く)。
※オリジナル聖杯戦争物です。


プロローグ

 ――人が住まう街には有名な名所が一つや二つはあるものだ。

 星が見える丘、桜の花で覆われた山、取り壊される予定だった廃病院。

 前者二つはともかく、異色の最後のに進んでいくのは興味本意のキモ試しをしたい物好きが主だろう。特に曰く付きだったりした場合は更にそれが強くなる。

 だからと言って、そこに一人で行くことはまずありえない。何故なら、彼らから言えば“それ”はあくまでレクリエーション……つまりはイベント事の一つに過ぎないからだ。

 しかしながら、少年――日渡 燎は声に出して言いたい……。

 

「なにやってるんだろ……俺」

 

 月明かりと懐中電灯の光しかない薄暗い院内、恐らく他のメンバーには聞こえないであろう小言でそう呟いた。

 季節は六月。まだ梅雨が明けぬ日の夜。じめじめと湿った空気が肌に張り付く感触が日常になりつつある時期。そんな日に何を思ってついて行こうとしたのか、数時間前の自分を殴りたくなった。

 

 

 ――事の発端は今日の放課後。

 いつものように授業を終え、帰り支度をしていた燎の元に何人かクラスメイトが寄ってきた。

 なんでも、少し早いがキモ試しをしようという。どうやら前から決まっていたらしく、それに誘われたようだ。

 幽霊とかあまり信じていない燎だが、期末テストが終わり特に予定もなく、おまけに明日は休み、更に言えば最近暇を持て余していた為二つ返事でそれを了承。結果、彼は『少し時期の早いキモ試し』に参加することになったのだが……。

 

 

「思った以上に何もないな……」

 

 街から離れた丘。その上に建つ、見るからに曰くありげな廃病院。だがいざ入ってみれば、そこはただ埃っぽいだけの古い建物だった。

 ただいまの時刻は夜の八時を回った所。時間が時間だからか、暗く不気味に見え、埃とカビの臭いがより一層不快感と恐怖心を煽る。

 しかし、逆に言えばそれしかない。不気味な人影を見たとか、呻き声を聴いたといった、俗に言う『心霊現象』には未だにあっていない。

 心霊スポットの定番としてか、この病院にもそれなりの噂は幾つかある。

 

 ――曰く、ある一室が深夜零時に血で赤く染まる。

 

 ――曰く、かつて猟奇殺人が起きた現場であり、今尚死に切れない霊が仲間を求めさまよっている。

 

 ――曰く、人を切ることに快楽を魅い出した医者の霊が手術室でメスを研ぎながら患者が来るのを待っている。

 

 何処かで聞いた様な話が幾つもあり、『ありきたりなよくある話』だと切り捨てるのは簡単だ。だが、同時にその胡散臭い噂こそが心霊スポットを心霊スポットたらしめる要因であり、人を引き寄せる起因にもなっているのは事実。経緯はともかく、現に燎は此処に来てしまったのだから……。

 

「つまらないな……」

 

 だが期待した程のものはなく、本当にただのキモ試しになったことに肩透かしを喰らった燎は、興が冷めたのか早く帰りたくなってしまった。別に本当に出てきてほしいと思っていた訳ではない、友人達とわいわいがやがやと騒ぐのは意外と楽しい。だが、今ではどうやら皆も飽きたらしく口々に「帰ろうか」と言い出す始末。

 そんな雰囲気がおよそ五分前から続いているのだ。楽しいはずもなく、もうキモ試しという気分でもないだろう。

 結果、誰が言い出した訳もなく次々と踵を返す友人達に習い、燎も帰ろうとして体の向きを変える。言い出しっぺがあれでは続行は無理だし、燎自身周りのテンションに感化されたのか既にやる気がなくなっていた。

 

「――あれ?」

 

 だが、振り返るとどうした事か、さっきまで後ろにいたはずの友人達の姿が“何処にもなかった”。

 置いて行かれたかとも思ったが、此処は三階で下に続く階段は奥にある。燎が振り返るのに有した時間は数秒にも満たない。どう考えてもその短時間で階段に辿り着けるはずがないのだ。仮に燎を怖がらせようと友人達が密かに話し合い、皆が階段まで駆けていったのであれば、燎だけが一人寂しくいるのはある意味納得がいく。だが、こんな音がよく響く空間で走ったら普通は気付くだろう。しかも、相手は一人ではなく複数人なのだから音は更に大きくなる。流石にそれに気付けない程燎は呆けてはいなかった。

 

「何処に行ったんだよ……」

 

 どうやっていなくなったのかは分からない。悪戯かもしれないし、もしかしたら本当に……。

 

「――――ッ」

 

 ゴクリと息を呑む、嫌な汗が背中を伝う。さっきまでとは違う意味で居心地が悪くなった燎の脳裏に過る最悪の予想(ビジョン)

 

 ――ありえない、あるはずがない!

 

 それを否定する様に頭を振った彼の視線は自然と懐中電灯を持った右手に注がれた。包帯を薄く、ただ巻いただけのそれは、友人達には『怪我をしたから』と言っていたが、本当はもっと別の理由があった。

 それは不思議(ミステリー)の粋を超えたある種の恐怖(ホラー)だった。医者に診て貰おうかとも思ったが、“朝目覚めたら出来ていた正体不明の痣”をどう説明したらいいのか……第一言った所で信じてもらえる訳もない。結果、この数日の間『怪我』という名目で、常に右手は包帯に包まれることになっていた。

 

「――ッ!? なんだ!」

 

 突然、右手に痛みが走る。まるで右腕のみが血管に熱湯を注がれたように熱い。沸騰していると言われたら納得してしまいそうに、熱が籠っている。今日まで悩まされた種が、待っていたと言わんばかりに芽吹いたように燎は熱に犯される。

 目が霞み、頭がぼやける。息が絶え絶えに、呼吸すら苦しくなった。ふらつきながらも倒れないように、壁に手を当て、なんとか進む。

 友人達の事は気になるが、今は著しいまでに崩れた体調をどうにかしなくてはいけない。

 そう思い、足を踏み出した瞬間。

 

「――え……?」

 

 トンと、まるで小突くような軽い音が聴こえる。

 それは、言うならば小石を蹴ったような、ペンを落としてしまったような軽い音。

 それが耳から脳へと伝わる刹那に燎の意識は黒に染まった。

 

 

 ――――――――――

 

 ――冷たい何かが頬を伝い、落ちていく。

 

 意識が浮上する。僅かに指が動き、視界が開く。

 そこは黒く、暗い空間。人工の光はなく、窓とひび割れた天井から差し込む小さな月明かりだけが照らしていた。

 

 ――此処は……?

 

 見覚えのない部屋だ。しかし壁の不朽具合や湿気・埃っぽさ、カビの臭いから今までいた廃病院の何処かだと思われる。何故こんな所にいるのか分からない、意識が途切れた後誰かが運んだのだろう。意図に関しては不明だが、そうだと仮定しよう。

 軽い状況把握が終わると同時に、再び冷たい何かが頬に当たり弾けた。恐らく倒れているのだろう。体に力が入らず、起き上がる事が出来ない。

 先程から頬に当たる水滴は、たぶん天井から落ちてるのだろう。院内に入る前、下調べをしたクラスメイトが言っていたのだが……この病院は昭和初期に建てられた為、現在ではいたるところにガタがきており、雨漏りなどはざらにあるらしい。

 

 首が動かず、視線だけを泳がすと黒いモノが見えた。それは小岩程の大きさで、水を含んだナニカが巻き付いていた。近くには何らかの液体をぶち撒けたのか、水溜まりが出来ている。

 錆びた鉄の様な臭いが鼻を突く。鉄臭いそれに何故か今日は凄まじい不快感を覚えた。

 暗闇に目が慣れていく、月明かりによって一度狂った鮮度が調整されていく。

 これでやっと見えると安堵する。人は本能的に暗闇を怖がる、先が見えないそれを恐怖する。だから視界が慣れ、見え始めた燎が安心したのは仕方ない事だ――。

 

 ――例えその光の所為で、岩だと思っていたモノが人間の生首だったという現実を突き付けられても……。

 

 それを見た燎は、非情な現実を否定する為に叫んだ訳でも、無惨な姿になってしまった友に涙した訳でもなかった。

 ただ……ただ呆然と“理解できなかった”のだ。

 

 ――何だアレは?

 

 頭の中に疑問の声が浮かぶ――混乱している自分がいる。

 

 ――首だ、生首だ。

 

 続けて、それに応える声が頭に響く――一方で冷静な自分もいる。

 

 ――誰だ、あれは?

 

 血を多分に含んだ髪、恐らく背中まであったと思わしき特徴から女子ということだけはわかったが、肝心な顔が髪に隠れている為“誰か”までは判断出来ない。

 だが、そこまで理解出来れば、あとは単純で簡潔な処理が勝手にされていく。氷が溶ける様に思考の麻痺は消え、そこから更に現実を認識していく。

 

「ッッッ――――――!!」

 

 恐怖で叫んだはずだ、この現実に嘆いたはずだ、助けを求めて声を上げたはずだ。

 だが実際はどうだ、彼の耳は自分の声を拾わなかった――否、拾えなかった。何故なら彼は声を発していないから。

 喉から声が出ない。その異常に気付き、すぐに起き上がろうとする。しかし体は言う事を聞かない、力が入らないのだ。

 

「――無駄だ、少し強力な薬を使ったからな、あと半日はまともに動けない」

 

 俗にソプラノボイスと呼ばれる高い声が聴こえた。女性のと思わしきそれは、木霊する様に静かな室内に響く。

 次いで、間を置かず砂利を踏む音が聴こえた、カツカツと一定の間隔で音が近付いてくる。

 足が動かない、手が動かない、首すら動かない。ただ恐怖だけが体と心を支配(満た)していく。

 

 足音が止み、近くにその気配を感じると恐怖で体が冷えた。まるで冷水でも掛けられたかの様に震える。あまりに恐ろしく失神するかと……いや、こんなに怖いのなら失神した方が数十倍マシだろう。

 頭がまともに回らない燎の右手を、誰かが掴む。『誰か』といったが正体は分かっている、先程声を掛けた“彼女”だ。

 彼女は燎の右手を不自然なまで“優しく”握る。そしてそのまま巻かれた包帯を解いていく。

 

「チッ、やっぱりか」

 

 露になった痣――燎は知らないが、『令呪』と呼ばれるそれを少女は忌々しく睨み付ける。

 

「この様子だと、サーヴァントも召喚していないな。……アサシン」

 

 仮に召喚していたらこんな事態にはならないだろう、一人納得した女性は誰もいないはずの暗闇に向け声を掛けた。

 

 ――それは、幽鬼の如く忽然と闇の中から現れた。

 

 巻き付く様に身体を覆う黒い衣。至るところが裂けズタボロになったそれは、年老いた烏の翼を連想させた。

 頭も同様の布と思わしき物で包まれている――覆面だ。顔を隠す為にあるはずなのに、暗闇の中、しかし眼だけははっきり見えた。

 無鮮明で光がなく、まるで機械を思わせる“それ”は断じて人のモノではなかった。まるで兵器に搭載されてるレンズやカメラだ。生き物なら必ず持つ個の意志というモノが宿っていない。

 その“黒い何か”は歪で、不気味で、何より不可解な存在……少なくとも燎はそう感じた。

 

「この間捕まえた魔術師いただろ、連れてこい」

 

「――御意」

 

 少女の放った言葉にアサシンと呼ばれたモノは低い声で応える。声と判断するのも難しい程掠れていたが、しっかりと了承の意を表すと彼は再び暗闇の中へと溶けていく。

 

 それから僅か十秒も経たない内に一人の男が暗闇から放り出された。

 

「ぐ……」

 

 無造作に投げられた彼は肩を打ち、一瞬顔を歪ませる。だがすぐに立ち上がると、服についた埃を払いながら少女を睨んだ。

 

「……一体、僕に何の用だ……」

 

 見た目、極普通のサラリーマン姿の青年はしかしその実、魔術師と呼ばれる神秘と奇蹟を起こす存在だ。だが彼自身めぼしい才能はなく、おまけに彼の一族が保有する魔術はお世辞にも使い勝手がいい代物ではなかった。己が才能、落ちぶれた一族の貧弱ぶりに嘆いた彼はつい一月前まで普通の会社で働いていた。未来がない魔術師としての道を行くより、安月給でも安定した生活を選んだ。

 だが、魔術師とは元来プライドが高い傾向にある。それは彼も例外ではなく、例え九割方諦めても残り一割は絶対に諦めない。もしチャンスがあるなら必ず返り咲いて見せる、そう心の何処かで思っていたのだ。

 だからだろう、ある日仕事回りで外に出ていた時、ある少女が目に入った。それは一見普通の少女だった、だが彼は見逃さなかった……少女の手の甲に浮かび上がった痣を。元々勤勉家であった彼はそれが『聖杯戦争』と呼ばれるモノの参加資格である事を知っていた。

 『聖杯』――万能の願望機と称されるそれを手に入れたら、その戦争を勝ち抜き覇者となれば、返り咲く所か圧倒的勝者になる事も夢ではなかった。

 此処で彼の中の小さな野心目覚めた……目覚めてしまったのだ……。

 今思っても後悔しかない……彼女を罠に嵌めた、そこまではよかった。だが、彼女がアサシンに命じた、ただ「倒せ」という単純な命令により、形勢は一瞬にして逆転。

 結果、彼は捕まり、今に至るまで少女の気まぐれで生かされていた。

 

 

 そんな自分に一体何の用があるというのか、疑問を浮かべる青年を他所に、少女は燎を指差す。

 

「どうやら彼は一般人らしく未だにサーヴァントを召喚していないみたいだからな。手伝ってやれ」

 

「何を……」

 

 馬鹿な事を、と思った。

 何故ミスミス敵の手助けをしなくてはいけないのか、青年は理解に苦しんだ。

 サーヴァントとは大雑把に言えば、使い魔だ。ただしその質は最高峰のもので、本来人間では使役する事は不可能な存在だ。

 だが、この戦争の最中は聖杯のバックアップにより、どんなに微力なマスターにも必ず一騎のサーヴァントが召喚される。そして、そのサーヴァント達と共に勝ち抜くのが聖杯戦争の絶対ルールである。

 

 ――しかしだ、今回の聖杯戦争は少し特殊で制限時間(タイムリミット)が存在してる。刻限は今から二ヶ月だ。

 本来“聖杯戦争”はその名に示す通り、戦争だ。七人のマスターと七騎のサーヴァントによる問答無用の殺し合い。人数的に規模は小さいが、最期の一人になるまで行われるそれは、歴とした戦争なのだ。

 故に参加者は皆死力を、知略を、自分の持ち得る力を出し尽くす。刻限などなくとも彼らは最後の一人になるまで戦い続けるだろう――自らの悲願を果たす為に。

 ……だというのに、今回は予めそれが用意されていた……これは何か裏があると考えるのが妥当だろう。

 あの男の思惑に乗るのは癪だが、七騎揃わなければ正式に始まらないのは事実。なら、例え敵に塩を送る行為だとしてもやらない訳にはいかない。時間を無駄には出来ないからだ。

 少女の説明を聞き、男は渋々納得した。気になる点は多々あったが、それを追求した所でこの少女が素直に応えるとは思えない。寧ろ機嫌を損ね、すぐに殺される可能性すらある。

 暗闇に意識を向ける。暗殺者(アサシン)だけあって気配は感じられないが、確実にいる。下手に抵抗しようものなら一瞬で首が飛び、ゴロゴロと辺りに転がっている彼らの仲間入りする事になるだろう……それだけは絶対にごめんだ。

 

 ――男に選択の余地はない、故にただ覚悟を決めるだけだった。

 

 ――――――――――

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。

降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 冷たく、静かな空間に声が響く。

 呪文としか言いようのない言葉の羅列が冷め切った部屋を満たす。それに合わせてるのか、人血によって作られた赤い魔法陣が脈打つ様に点滅する。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 声の主は二人。

 一人はサラリーマン風の魔術師の青年。もう一人は、ただの一学生だったはずの日渡 燎。どちらも寸分の狂いなく、“同時に”詠唱を唱える。

 身体の自由を奪われたはずの燎が立ち上がり、しかも声を発する事が出来る理由は単純、青年の魔術がそれに特化したものだからだ。

 

「――告げる。

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 他人の身体を操る魔術。聞いただけなら強いだろう、しかし現実は非情であり、無情だ。何しろこの魔術は意識をなくした者、もしくは今回の様に薬で身体の自由を奪われた者にしか使えない。おまけに青年の実力では一人しか対象に出来ない上、十分も操る事は出来ないだろう。

 

「――誓いを此処に」

 

 だから青年は燎の魔力も使い、召喚を行なう事にした。伊達にマスターに選ばれた訳ではないらしく、悔しい事に燎の魔術回路の本数は、青年の優に倍はあったのだ。

 

「我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

 初めての魔力行使と、青年の嫉妬混じりの粗い行使に、燎は声にならない悲鳴を上げる。

 令呪が宿る右手を始点に熱が体を駆け巡る。先も味わった感覚……熱に犯される感覚は正直苦しい。今すぐ意識を手放したいが青年の魔術がそれを許さない。

 

 ――何かがカチカチと音を立てる。

 それはまるで歯車が噛み合う様に、次々と嵌まっていく。その度に熱が、痛みが燎を襲う。

 怖い、助けてと無様に祈る事しか出来ない自分が酷く情けなかった。熱と痛みで体が、恐怖と惨めな気持ちで心が壊れそうだった。

 燎の心身は限界に近い。だからだろう、彼は聞こえないはずの声を聞いた。

 

 ――そんなことないよ。

 

 その声は元気に、優しく、諭す様に燎の耳に届いた。

 

「――汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 詠唱が終わると同時に、燎の中の歯車も全て嵌まった。

 “ついに”正常に作動した令呪と魔法陣の共鳴がピークに達し、魔法陣から目も眩む赤い光と破天荒な風が一陣。それもとびきり強いのが、部屋一帯を襲った。

 老朽化が進んだ廃病院の壁にそれは痛手だった。結果、天井の一部が崩れるという惨事を招いてしまった。

 

「あ、あああ――!!」

 

 逃げる暇もなく、二人の上に瓦礫の山が落ちてくる。

 青年も燎もサーヴァントの召喚という一大イベントを終えた後で、逃げる余力などない。燎にいたっては薬と初めての魔力行使が祟り、完全に足に力が入らない、声すら出ない。

 

 ――ああ、そうか……これで終わりか。

 

 自らの死期を悟ったからか、やけに瓦礫の落ちるスピードが遅く感じた。これもある種の走馬灯かな、と思えるゆとりすらある。

 一時間にも満たない間に、一生分の恐怖と激痛を味わったのだ。もう、解放されてもいいだろう……。

 穏やかに覚悟を決めると燎は静かに目を閉じる。

 これから彼は大小様々な瓦礫に当たり、苦しみながら死ぬかもしれない。大きな瓦礫に頭を割られ即死するかもしれない。どの道死ぬなら後者の様に一撃の下でいきたいな。流石にもう痛いのは嫌だから。

 

 ――それは困るよ、マスター

 

 本日二度目の幻聴が聴こえた。それは先程の声と同じ、燎に向けられたもの。誰の声かと考える暇もなく、再び強風が吹いた。

 それは勢い余って燎を拐って行く。もう一人の方には目もくれず燎だけ連れ去ったものだから、青年は一人寂しく瓦礫の下敷きになってしまった。

 

「…………あ」

 

 天井に空いた穴から月が見えた。場違いにも、此処は最上階(四階)だったんだなと思い、小さな声が口から漏れた。

 

「さて、最終確認だよ」

 

 風は優しく燎を地面に降ろすと、彼に向き直る。

 月明かりに映える綺麗な長い髪は三つ編みとなっており風に靡いている。まるで絵本の登場人物を思わせる着飾った衣装は何故か“らしく”思えた。

 

「キミが、ボクのマスターだね」

 

 『確認』と言いながらも、『確信』を持って差し出された手。

 その手は、籠手を着けていたとはいえ、一見華奢に見えた。だが不思議と力強く、そして暖かい感じがした。

 令呪を宿した右手が不意に動く。薬の効果はまだ切れていないはずなのに、導かれる様に右手は動いた。

 そして、燎自身も無意識の内に理解した。

 

 ――きっとこの手を取れば引き返す事は出来なくなる、と……。

 

 もう普通には戻れない、第六感ともいうべきものでそれを悟った。だが、例えそうなろうとも……今はただ、問いに応えるべく、その手を掴む。

 

「よろしくね、マスター!」

 

 差し出された手を握った。ただそれだけなのに、目の前の者は嬉しそうに笑顔を浮かべる。

 その姿に安堵したのか、燎の意識はそこで途切れた。

 

「おっと」

 

 倒れそうになった自らのマスターを大事そうに抱え、騎兵――ライダーのサーヴァントは立ち去ろうと足を一歩踏み出す。だが、その直後何かを思い出した様に暗闇に向かって振り返った。

 

「じゃ、マスターは貰っていくからね」

 

 投げ掛けた言葉を受け取ったのは、アサシンのマスターである少女。事の成り行きを見守っていた彼女はライダーからの言葉を聞くと、心底機嫌の悪そうな顔で睨み返した。

 その姿を見たライダーは「怖いなぁ」と思いながらもバイバイと軽く手を振りながら、その場を後にした。

 

 

――――――――――

 

 ライダーの立ち去った後には小さな砂煙が残っていた。恐らく、穴の空いた屋上から逃げたのだろう。

 とはいえ、元々逃がすつもりだったから然したる問題はない。寧ろ、あの魔術師(面倒事)を片付けてくれたのだから助かった程だ。如何に弱い魔術師でも油断は出来なかったから、対処に困っていたのだ。

 視線を向けると、瓦礫の下から青年の腕と思わしきものが這い出ていた。

 恐らくまだ生きている。ちゃんと治療してやれば一年もしない内にまともに動ける様になるだろう――だが、彼の役目は既に終わった。

 

「――喰え」

 

 単純且つ簡潔な命令をアサシンに下す。そして彼は、それを遂行する。肉や皮は勿論、臓器や骨、血の一滴も残さず喰らい尽くす。その姿は正に悪鬼そのものだった。

 

 元より燎がマスターである目星は付いていた上、こんなふざけた戦争に巻き込まれる事等想定済みだ。だから彼女は彼を守る為に敢えてサーヴァント召喚の手助けをしたのだから。

 尤も、真っ当な魔術師ですらない彼女だけなら出来なかっただろう……そういった点では青年に感謝しているが、それだけだ。

 寒い日に扇風機が要らない様に、暑い日にカイロが要らない様に、彼の役目は終わった。旬を逃した道具は処分するのが道理。最期にサーヴァントを維持する餌として役目を与えられただけでも感謝して欲しいものだ。

 

 それにしても、だ。どうにも解せないのはあのサーヴァントだ。少女は彼を守る騎士を求めたのであって、間違ってもお姫様などお呼びではない。なのにも関わらず、召喚されたサーヴァントは何処からどう見ても美少女だった――それも自分などよりとびきり上質の……。

 これには流石に頭にきた、感情が表に出てしまった。使い魔と主という関係が成立している以上、間違ってもそんな事態にはならないだろう。何より鈍感で奥手な彼ならその事態を招く事はないはずだ。

 ……だが、しかし、もし、万が一にもそんな事態になった場合は、

 

「――殺す」

 

 全身全霊を持ってなぶり殺す。腕を切って、足を切って、腹を裂いて、臓物を引き摺り出して、皮を剥いで、肉を抉って、あの美貌がおぞましい何かに変貌を遂げてから、アサシンの餌にしてくれる。

 彼に触れていいのは自分だけ、彼は自分だけのモノだ。

 行き過ぎた愛――狂気と呼ぶにふさわしいモノに執り憑かれた彼女の口が端が釣り上がる。

 

 ――まあいい、どの道聖杯に到る為に殺すのだから。

 

 フードの下に隠れ、見えない素顔。だがこの瞬間、彼女は確かに笑っていた。

 狂気を孕み、憎しみで染まってしまった歪な愛情を注ぐ相手はただ一人――()だけなのだから。

 




短編にしようか迷ったけれど、とりあえず連載という形にしました。
リハビリがてら書いた為ちょっと不安……。
ネーミングセンスないからタイトル決まらなかった……誰かタスケテ。
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