「――――ッ!?」
目が覚めると共に息を呑む。
嫌な夢を見た気がする。冷や汗が背中を伝い、動悸は尚も激しく脈打っている――最悪な目覚めだ。
落ち着く為深呼吸を数回、ゆっくりと酸素を身体の隅々にまで巡らす。暫く軽い頭痛と熱が支配していたが、三分程でそれも治まる。
次に瞼を開く、最初ピントがボケた様な感覚に見舞われたが、それもすぐに直り、いつも通り自室の風景が視界に入る。
――……いつも、通り……?
そう、いつも通り起きたはずだ。いつも通り俺は自室で目覚めたはずだ。
……しかし、気になる所がある。見れば服は寝間着ではなく制服のままだ、流石に家に戻って着替えないはずがない。だから制服姿で寝る事はないはずだ。……となれば……。
――一体俺は何時寝たのか?
ふとした疑問、取るに足らない違和感。けれどもどうしようもなく拭えない気持ち悪さがあった、思い出そうと記憶の軌跡を辿る。
「ぐ……!」
しかし、それはすぐに中断された。映像化された記憶にノイズが走り、砂嵐となって霧散する。引いたはずの痛みが再び頭を悩ませる、まるで“思い出すな”と訴えているかの様に……。
そして俺自身無意識の内に、その事から目を背くように努めたからか、頭痛は治まり口から安堵の息が漏れる。
……色々と気になる事は多いが体調が優れない、今考えるのはよそう。
そう思い、気を取り直して起きようと――まずは着替える為制服に手を掛けた所で、右手に巻かれていたはずの包帯がない事に気付いた。
露になったそこには今日も奇妙な痣がある。三つの翼を模した様な赤い痣が円を描くように連なっている。
突如現れてから早くも二週間が経った。もはや見慣れてしまったが、やはり気味が悪い事に変わりはない。だから、今日もまた『怪我』と称して包帯を巻く……誰にも見られたくないから。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「おはよう……」
リビングに来ると、水の流れる音が聴こえた。恐らく母さんが食器でも洗っているのだろう。
壁に備え付けてある時計に目を向ける、時刻は既に十時を軽くオーバーしていた。案の定、テーブルの上には何もない。
テレビは点いており、ニュースが流れている。BGMはなく、淡々とニュースキャスターが原稿を読み上げていた。
「おはよう。もう起きても大丈夫なの?」
個人的に興味がなかった為、チャンネルを替えようとリモコンを持つ。その時、ようやく俺の存在に気付いたのか、母さんから声を掛けられた。
「……『大丈夫』って、何が?」
振り返れば、いつも無駄に元気な母の顔に影が差していた。言葉通り心配したと思われるが、当の俺は何を心配しているのか理解できないでいた。
「何がって、もう……あの子や私がどれだけ心配したと思って……」
「いや、だからなんの――」
「あんたが倒れたって聞いて、心臓止まるかと思ったんだからね」
「――え?」
母の口から出た言葉を聞いた瞬間心臓が跳ね上がる。
先程、部屋で感じた疑問に早くも悩まされた。
「な、なに言ってるんだよ……別に俺、倒れた覚えなんて――」
「意識失ってたんだから覚えてるわけないでしょ」
「………………ごもっとも」
身に覚えがないと言おうとした所で、釘を打たれた。確かに……人間、寝てる間の事などわかるはずがない。……それに、何故か無関係だと言い切れない自分もいた。
どうしてそんな事を思ったのか、わからない。それを考えようとすると、やはり頭にノイズが走る。
「アンタが“あれ”に巻き込まれたんじゃないかって、本当に心配したのよ」
そう言った母の視線の先にはテレビがある、その画面にはニュースが流れていた。
内容は、ある猟奇殺人に関してだ。とある廃病院で三十余人もの死体が発見されたらしい。『死体』とテロップには書かれていたが、ニュースキャスターの言っている内容を聞く限り、それは寧ろ『死骸』と呼んだ方が正しいのだろう……何故なら皆、首から上しか発見されていないのだから……。
男女問わず、十代半ばから二十代前半が狙われたらしく、中には一ヶ月以上前に行方知れずになった人までいたのだとか……。
実際に起きた事件。しかし地に足の着かない、現実感のない、いつものニュース。被害者達には悪いが、自分達には関係ない、ただ感想を述べる事しかできない物――そう思っていた。
「……廃病院……首……」
だが、この二つのキーワードが妙に引っかかった。同時に頭の中で鳴っていたノイズが段々と酷くなる。鈍器で打たれた様な痛みが頭を襲い、立っていられなくなる。
母さんが心配する中、微かに廃虚の様な物を幻視した。
……それは、町外れの丘にある。地元でも有名な心霊スポット――。
「燎!?」
瞬間、身体が勝手に動いた――いや、無意識の内に動かしていた。
まとなに支度もせず、そのまま外に出る。全力で目的地に向け、走って行く。
――思い出した……思い出してしまった……昨日、何が起きたのか。
だが違う、そうじゃないと否定したい自分がいる。
夢であってくれ……例え、現実でも他の名も知らない誰かであってくれ……そんな最低な願いすら抱いて、俺は唯一持ってきたケータイから友人達に片っぱしから連絡を入れる。しかし、出るのはサービスセンターだけで本人達に繋がる気配はまるでない。
何故出ないのかと焦り、何度もコールするが結果は全て同じ。結局目的地である、あの廃病院付近に着くまで一度も応答がなかった。
廃病院に向かう途中の道。そこには多くの人だかりが出来ていた。メディアに取り上げられた為か野次馬が多く、先が見えない。
仕方なく、近くにいた人に現状を訊いてみると、どうやら警察に封鎖されてこれ以上先には行けないのだとか。
慌てて飛び出してきたが、よく考えれば殺人現場なのだから放置される事はまずあり得ない。
我ながら何て間抜けな……。軽い自己嫌悪に陥りながらも思考はどうやって廃虚に入り込むかを考えていた。……いや、入り込めずとも友人達の安否さえ取れれば、個人的に他の事などどうでもいいのだが。
とりあえず、辺りを軽く調べてみよう。直接的でなくとも、間接的に何かしらの手掛かりがあるかもしれない。
そう思い、いざ行動に移そうとした時、
「あ、いたいた」
誰かが俺の腕を引いた。
驚いたのもあるが、何処かで聴いたその声が気になり、その方向に顔を向ける。
「まったく、探したよ」
そこにいたのは桃色の三つ編みが目を引く、可愛い少女だった。
――ん? ……少女?
なんだろう、目の前にいるこの人物を、何故か少女と断定出来なかった。理由はわからない、見た目は掛け値なしの美少女のはずなのに、頭の奥底に妙な引っ掛かりを覚えた。
「それにしても驚いたよ、まさか犯人じゃなく被害者が現場に戻るなんて。まあ、ある意味ボクのマスターらしいと言えばらしいけど、流石に起きたばかりで行くのは自殺行為じゃないかな? とにかく、此処は危険だから一旦離れよう、マスター」
矢継ぎ早に、感情もコロコロと変えながら彼女(?)は俺の手を引き、宣言通りこの場から離れようとする。
「まっ……待てよ! 誰なんだお前は、俺はまだ用が――」
その姿、声に覚えはあった。だが、そんな事よりこちらの主張を一切聞かず、連れ出された事に対しての怒りの方が上回り、つい声を荒げてしまう。
しかし、そんなのは何処吹く風。まるで気にも止めず、見た目とは裏腹に強い力で引っ張っていく。最初こそ抵抗したものの予想を上回るその力に成す術なしと諦めた。
それにしても……この子に手を握られると何故か安心する。この感じ……前にもあった様な……。
不思議な感覚に見舞われるも、その正体が結局なんなのかはわからなかった。
とりあえず、ライダーとの再会までやりたかったので今回は此処で区切ります。
一話は前後編に分けます。後編は聖杯戦争の説明会のような事をする予定。