「進藤先輩、何ですかその格好」
演奏の後、香織と写真を撮ろうとしていた優子は浩介と一緒にいる香織を見つけると駆け寄った。
ジト目はデフォルトである。
「うん? 格好良いだろ?」
「格好良くないですね」
「マジで? 香織は?」
「格好いいよ!」
「ほら格好良いんじゃん」
「何ですか、この茶番」
優子はため息をついた。香織に意見を聞けば、ほぼ間違いなく肯定するに決まっている。それを分かった上で香織に聞いているのだからタチが悪い。
水色のジャージの上下、その胸元には八咫烏のロゴが入っている。何でも日本代表候補の合宿終わりにやってきたのだという。
その格好を見て改めてサッカーやってる人間なのだと優子は再認識する。普段の姿からは体育会系の人間には見えない。それこそ文芸部など静かな部活に所属しているようにすら見えてしまう。
以前、香織に浩介について聞いたことがあった。浩介のどこが好きなのかと。
『うーん、初めて格好良いって思ったのは、友達に誘われてサッカーの試合を観に行った時かな? それまでは一回だけ話したことがある位で、静かな感じの人だなって思ってたの。だけど、試合での浩介のプレーが普段からは全然想像つかなくてビックリしちゃって。まだ入学して少ししか経ってないのに、先輩に対してすごく発言してたの。喧嘩にならないか、こっちがハラハラしちゃうくらいで。でもそれで嫌われてたりするような雰囲気ではなく、ちゃんと認められてやっている(以下略』
三十分以上話が続いたために、少しゲンナリしたのは記憶に新しい。内容を纏めると、普段とのギャップで気になるようになり、サッカーのことであれば上級生であっても厳しく発言するけど、失敗したり落ち込んでる人に対してさり気なくフォローしているところに心を掴まれたらしい。
普段の学校生活では騒ぐ方ではなく、クラスの中心にはいないらしい。かと言って、特に男子からよく頼られているあたり同性人気はある。優子のクラスのサッカー部員も浩介を尊敬していると言っていたことからそれは本当なんだろう。
フォローが出来て同性人気があるところは、香織に似ているかもしれない。失礼を承知で言えば外見では浩介は異性人気はなさそうだが、ある意味似た者同士である。
「それで、格好の良い進藤先輩は、その格好を見せに来たんですか?」
「いや、ね。本当なら一度帰って着替えてから来る予定だったんだけどね。バスが渋滞にはまっちゃって、帰ってたら間に合わないからそのまま来たんだよ」
「そうですか」
「聞いてきた割に冷たい返しやな」
「特に興味がなかったので。早くスマホ貸してください」
「うん? 何で?」
「香織先輩と写真撮るんじゃないんですか?」
香織関係になると察しが良くなる優子。浩介は感謝すると優子にスマホを手渡す。浩介が香織の横に立つと、カメラマンとなった優子から指示が飛ぶ。
「進藤先輩、香織先輩に近過ぎてます。あと五十センチ離れて下さい」
「いや、それツーショットじゃなくなってくるから。たまたま隣にいる人になるから」
「進藤先輩と香織先輩が隣り合わせで写ると見栄えが悪いので諦めて下さい」
「辛辣な後輩だな、おい!」
浩介は優子の指示を無視すると香織の肩に手を回してピースをする。香織が顔を赤くしているが、満更でもなさそうな表情に優子は舌打ちをする。憎しみで人が殺せたなら。
「非常に、すっごく非常に気に入らないですが、仕方ないですね」
「香織を可愛く撮ってくれよ」
「香織先輩はどんな風に撮っても可愛くしかなりません」
「確かに」
「二人とも! 恥ずかしいからやめてよね」
照れながら怒るという器用な香織に頬が緩んだままになってしまう。どうしても弄りたくなってしまうのは仕方ない。
結局肩をくっ付く位の距離で写真を撮った。ハニカム香織の画像をニヤニヤと眺めている浩介に対して、優子はドン引きする。香織が可愛いことは認めるが、これは酷すぎる。
「進藤先輩、キモいので止めてください」
「自覚してるから許して」
「じゃあ次は優子ちゃん、一緒に撮ろっか?」
「はい!」
錯覚だろうけどリボンが動いて見える。犬が尻尾を振っているのと同じ要領だろうか。腕を組んでピースする様子を写真に収め、さっきのマーチングの分と併せて送る。
名残惜しい気持ちはありつつも、浩介はバッグを肩に掛けた。
「そろそろ帰るかな」
「え、もう帰っちゃうの?」
「一応合宿帰りだからね。それなりに疲れ溜まってるし、まだ明日の宿題やってないんだよ」
「そっか。じゃあ気を付けて帰ってね?」
「あいよ。香織もナンパされてもついてっちゃダメだからな」
「先輩お疲れ様です」
浩介は手を振ると公園の出口へと向かった。
翌日。
昨日合宿が終わったばかりであり、別メニューで調整を行う。ランニングをしながら音楽室の方向へ目を向ける。
吹奏楽部も昨日イベントをこなしたばかりだ。今日は軽く流す程度なのだろうか。一応文化系ではあるが、体育会系でもある部活のことは全く想像がつかない。
サッカー部の練習が終わり、待ち合わせ場所に行くと香織が突っ伏していた。また吹奏楽部に何かしらあったのだろう。肩を叩くと暗い表情が顔を上げた。
「また何か問題あったの?」
「うん……」
聞くところによると、今年の吹奏楽コンクールのメンバーはオーディションで決めることになったという。サンフェスを通して部がまとまってきたのに、ギスギスした空気になってしまうのではないか、そのことが心配になっているという。
去年までは実力に関係なく三年生から順に選ばれていた。大会の目標に明確なものもなく、ダラダラとやっているだけの部であったため、表立っての文句はほぼなかった。しかし、オーディションとなれば三年生の中にも出場できない部員は出てくるだろう。理解があれば良いが、間違いなく不満を抱く人は出てくるはずだ。そうなった時のことを考えるだけで胃が痛くなる。項垂れる香織の頭を撫でながら慰める。
「相変わらず難儀だな」
「うん……。せっかく良い雰囲気になってきたのに」
「まあ、でも強豪校になる以上、避けて通れない道ではあるんだよな」
「それは分かるんだけどね」
ハンバーガーに齧り付く香織の顔は暗いままだ。浩介はどうしたものかと思案する。香織も別にアドバイスを求めている訳ではないだろう。とりあえず頬を突いてみる。眉間にしわを寄せる姿が面白くて、ついつい突き続けてしまう。
「なに?」
「特に意味はないよ」
「まったくもう。慰めようとしてるのか違うのか分からないよ」
「ごめんよ」
「ううん。ありがと」
その時はオーディションの結果で問題が起こるのでは、と思っていた。
しかし、現実はオーディション以前に大きな問題が潜んでいた。