香織先輩に彼氏がいたならば【本編完結】   作:お家が恋しい

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第十四話

何か嫌な予感はしていた。

その日天気は曇り空だった。じっとりとした湿気が肌を湿らせる。

吹奏楽部の練習は今日も行われていた。雨が降っていなかったので、パート練習はいつも通り渡り廊下。合奏では個人的に指名を受けて注意されるほどではなかったけど、いつもより上手く音が乗らない。そう感じていた。

 

朝から天気は良くなく、もしかしたら雨が降るかもしれない。浩介からのメールにも、雨が降るとプレーしにくいから試合が終わるまでは降らないでほしい。そう書いてあった。

 

 

「では、今日の練習はこれまでにします」

 

「ありがとうございました!」

 

 

練習も終わり各々片付けに入る。ガヤガヤした空気も何かいつもと異なるように感じてしまう。どうしてだろうか。香織は答えを見出せないまま荷物をバッグに詰めた。

 

 

この時間だとサッカー部の試合も終わっていて、そろそろバスで学校に戻ってくる頃だろうか。スマホの電源を入れ、新着メッセージの確認をするが浩介からのメールはなかった。

 

––––おかしい

 

いつもならバスの中なりで、顧問に見つからないように何時頃学校に戻るというメールを送ってきているのに今日はまだ着ていない。スマホの電池が切れているのだろうか。とりあえず、サッカー部が戻ってくるのを待とう。そう判断すると香織は音楽室を後にした。

 

 

「香織先輩!」

 

 

階段辺りまで差し掛かったところで、切羽詰まった様子の優子が追いかけてきた。いつもなら笑顔で声を掛けてくるのに、今日はどこか目を合わせ辛そうにしている。気まずそうにする優子の手に持っているスマホは震えていた。恐る恐る差し出してきたスマホを受け取ると画面の文字に目を通す。

 

 

 

 

 

 

『冬の全国大会出場校 北宇治 二回戦で姿を消す

 

 

南宇治 3 ー 2 北宇治 京都府大会予選二回戦

 

 

昨年度、冬の全国大会出場校の北宇治高校が府大会予選二回戦で早くも姿を消した。

 

冬、夏と二大会連続で全国大会出場を狙っていた北宇治は、Uー18日本代表候補にも選ばれている主将の進藤(三年)を中心に、前半から攻撃を仕掛ける。

 

前半二十分。敵陣ゴール前でフリーキックのチャンスを得た北宇治は、キッカーの進藤が直接ネットを揺らし先制する。

 

このままボール支配率が高い北宇治が有利に試合を展開していくと思われたが、アクシデントが北宇治を襲う。同三十分過ぎ、進藤が南宇治GKと接触、そのまま負傷退場する。

突然のアクシデントに浮き足立った北宇治に対し、南宇治は徐々にボールを支配する時間を増やし、前半終了間際に同点ゴールを決め前半を折り返す。

 

後半に入っても南宇治の猛攻は止まず、後半十分、二十三分と立て続けゴールを決め試合を決定付けたかに見えた。

だが、北宇治もそのままでは終わらない。同三十六分。コーナーキックからの競り合いで一点差に詰め寄ると、さらにゴールを狙い続けた。

 

しかし、結局ゴールネットを揺らすことが出来ずに試合終了。金星を挙げた南宇治が三回戦へと駒を進めた。

 

 

試合後、北宇治高校山田監督は……

 

 

 

優子が差し出してきた画面は、今日行われた試合結果についての記事であった。

香織はその中の一文を何度も読み返した。

 

––––進藤が負傷退場

 

もしかして、今日嫌な予感がしていたのはこの事だったのか。無意識に何かを感じ取っていたのかもしれない。

気がつくと香織は体に力が入らなくなっていた。ペタンと座り込んでしまう。遠くから優子の呼ぶ声が聞こえている。今まで隣にいたのにいつの間に遠くに移動していたのだろうか。思考がグルグルとまとまらず、そのまま視界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すこぶる体調は良かった。アップの時からいつも以上にボールを蹴る感触が良く、体も軽く感じていた。

この調子なら今日も問題なく試合に勝てそうだ。

今思えば、それが油断を生んだのかもしれない。

 

 

試合は順調に進んでいた。連携も上手く取れていて、他のメンバーもしっかりプレー出来ている。良い攻撃のリズムから相手のミスを誘いフリーキックを獲得。直接ゴールを狙える位置だ。

浩介の足から放たれたボールは、イメージ通りの軌道を辿りネットを揺らした。ここまでは全て上手くいっていた。

 

その後十分は経った頃だったろうか、相手のゴール前でボールをヘディングしようとしたところで、頭に強い衝撃を受け意識は飛んだ。

 

 

実際に意識が飛んでいたのは五分程度だったらしい。目が覚めると前半が終わっていた。

誰かが話しかけてくるが頭がぐわんぐわんとし内容が頭に入って来ない。その様子にダメだと判断したのだろう、体を支えられながら試合会場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「あれ……、俺何で車の中にいるんですか?」

 

「気がついたか! お前、試合中に相手のキーパーのパンチング受けて倒れたんだよ」

 

「試合……。そうだ! 試合はどうなっているんですか?!」

 

「今後半が始まったところだ。お前は短い間だけど意識が飛んでいたからな、大事をとって病院に向かってるんだ」

 

 

意識がしっかりしてきたことに気がつくと、コーチが運転する車の中にいた。頭に受けた強い衝撃はキーパーのパンチングが原因だったようだ。若干頭が揺れる感覚が残っている。

 

 

「そっか……」

 

 

試合を途中で抜けなくてはいけないことに申し訳なさを感じる。みんなは大丈夫だろうか。いつものプレーが出来れば問題はない筈だけど……。浩介は頭に乗っていた氷を強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、特に問題はないね。検査結果でも障害もないし、後は腫れたところをしっかり冷やしておいてね」

 

「はい、ありがとうございました」

 

 

診察をしてくれた医師にお礼を言い診察室を後にする。たんこぶを作った以外は特に問題はなかった。とりあえずは一安心だ。

浩介は外で待っていたコーチにその事を伝えたが、何故かコーチの顔は曇ったままであった。

 

 

「さっき監督から電話があった」

 

 

高校まで送るから、という言葉に車に乗り込んだ後、気持ちをかみ殺すかのようにコーチは話し出した。

 

 

「ダメだったんですね……?」

 

「知っていたのか」

 

「いや、コーチの表情で何となく察しました。そうですか……」

 

 

浩介は外を眺めた。信号待ちをしている小さい男の子とその両脇には父と母が目に入る。楽しそうに歩いている姿は、信号が変わり車が走り出したことで消えていった。

 

夏が終わった。

あまりにも早すぎる夏の終わり。まだ全国大会まで一ヶ月以上ある。まだまだ練習はあって、試合もあって……。

一気に白紙になってしまった。

まだ感情が追い付かないせいか、そこには悔しさも悲しさもなかった。

 

数十分も経たない内に高校に到着する。既にバスは到着しており、部員は部室にいるようだ。浩介は足元がふらつきながらも部室へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「香織!」

 

 

強い呼び掛けに意識を取り戻す。目の前には涙目の晴香がいた。隣には優子もいる。

 

 

「晴香……? どうしたの?」

 

「どうしたのはこっちのセリフ! 急に座り込んで、話しかけても反応しなかったから心配したのよ?!」

 

「先輩、大丈夫ですか?!」

 

 

優子も目尻に涙を溜めていた。心配させてしまっていたみたいだ。一分と意識は飛んでいなかったみたいだが、あまりの急変に、それこそ救急車を呼ぶべきか悩んだほどであった。

 

 

「ごめんね、ちょっとショックが大きかったみたいで」

 

「先輩……」

 

 

香織は晴香の手を借りて立ち上がると埃をはたいた。昇降口まで降りると校門にはサッカー部が乗っていたであろうバスが停まっていた。もうサッカー部は戻ってきているらしい。まずは浩介が無事なのか確認する。

まだ手は震えているがゆっくりと画面を触り、耳に当てた。

 

 

「あれ、香織?」

 

「もしもし? 声が小さい?」

 

「先輩、電話越しじゃなくて隣にいます」

 

「え?」

 

 

優子に指摘され振り向くと、頭に氷嚢を当てた浩介が立っていた。ちょっと恥ずかしかったが今はその件は置いておく。

 

 

「こ、浩介……? 大丈夫なの?」

 

「うん? ああ、怪我で交代しちゃってね。病院で診てもらったけど、たんこぶが出来てる以外は特に異常はないってさ」

 

 

あっけらかんと笑う浩介に悔しさは見られない。それがむしろ香織を心配させる要因となった。

 

 

「今日はまだ帰れないの?」

 

「父母会の方々への挨拶とかまだ色々残ってるからね。あと大事をとってコーチが家まで送ってくれることになってるんだ」

 

「……そっか。じゃあ、気を付けて帰ってね?」

 

「うん、ありがと。香織たちも気を付けてね」

 

 

浩介は手を振りながら歩いて行く。負けたのにいつもと変わらない様子に優子は釈然としなかったが、何を言えば良いか分からずとりあえず口は挟まずにいた。

浩介がいなくなったことを確認し香織の方を振り向いた。

 

 

「じゃあ香織先輩、帰り––––香織先輩?!」

 

 

香織の目からは涙が溢れていた。

 

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