香織先輩に彼氏がいたならば【本編完結】   作:お家が恋しい

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そろそろ1期の終わりが見えてきた。
2期の分どうしよう……。


第十九話

あ、ダメだったんだ。階段を他の部員と降りてくる香織の顔を見て直ぐに分かった。

部員たちに迷惑をかけないよう無理に笑顔を見せているが、少なくとも浩介は誤魔化せていない。泣くのを堪えていることが伝わってくる。どうしてだろう、自分のことのように心が痛い。

あえて素知らぬ顔を装い浩介は声を掛けた。

 

 

「香織」

 

「あ、浩介。……うん、じゃあまた明日」

 

 

一緒に階段を降りてきていた部員に挨拶をして浩介の元へとやってくる。まだそばに部員もいる。浩介は何も言わずに香織を連れて校門を出た。

 

 

「聞かないんだね……」

 

 

近くの公園まで来ると香織をベンチに座らせる。夏至にはまだ遠いものの日はだいぶ伸びてきている。

長い昼間が役目を終えて陽も沈みかける。入れ替わるようにやってきた暗闇を照らそうとする街灯の明るさが目立ってきていた。街灯は薄く香織の顔を照らし影を作る。

浩介は近くの自販機で買ったココアを香織に手渡した。

 

 

「雰囲気で何となく分かったからね」

 

「うん……」

 

 

香織は缶を強く握る。缶が凹むことはないが、指の震え、爪が白くなっていた。

 

 

「よく頑張ったよ」

 

 

浩介は香織の頭を撫でる。しかしいつもとは違い、それを直ぐに払いのける。

 

 

「頑張っても意味はなかった」

 

 

地面に水滴が落ちる。一つのシミが消える前に次のシミが落ちる。

 

 

「吹きたいところを吹けないことが……、こんなに辛いなんて思わなかった」

 

 

いつの間にか陽は完全に沈み、明かりは街灯のみとなっていた。香織は体を倒すようにもたれかかると浩介の腰へと手を回した。

ぎゅうと力いっぱいに抱きしめられたことで皮膚が捻れて少し痛みが走る。それでも浩介も何も言わずに受け止める。

押し殺した泣き声が微かに公園に響いていた。

 

時間にして十分も経った頃だろうか、香織は押しつけていた顔を上げた。真っ赤に充血した目は微かに潤んでいた。

 

 

「ごめんね、シャツ汚しちゃって」

 

「大丈夫だよ。これは香織の青春を受け止めた勲章だから」

 

「何それ」

 

 

香織は小さく笑うと浩介の肩に頭を預けた。肩に頭を預ける時、いつも頭を乗せやすい高さに肩を下げてくれる。何気ない浩介の気遣いが好きだった。

 

 

「私……。どうしたら良いかな」

 

「それは香織が決めることだよ」

 

「厳しいんだね」

 

「俺は香織が決めたことで、サポート出来ることがあれば全力で協力するよ」

 

 

––––香織はどうしたい?

 

浩介からの問い掛けに目を閉じる。どうしたいのか。

ここで結果に我儘を言って、まとまりかけている部を乱すことはしたくない。

でも。

少しでも、例え数パーセントでも可能性があるならば諦めたくはない。

 

 

「もちろんみんなに迷惑はかけたくない。でも、私は諦めない」

 

「……そっか」

 

 

相反する気持ちを呑み込むことは、かなり大変なことだ。どちらかの気持ちを捨てざるを得ない状況にならない限り、香織は苦しみ続けることになる。しかし、その時が来るまではきっと諦めることもしないだろう。それだけの決意がその目には込められていた。

 

 

「じゃあ、俺はそんな香織を支え続けるよ」

 

 

浩介に出来ることは香織の納得が出来るまで支え続けること。どちらの気持ちを否定することなく側にいる。

それがサッカーを続ける意味を見出してくれた香織への恩返しになると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浩介は違和感を感じた。オーディションの結果発表から数日が経過した頃だろうか。

晴香や香織、そして優子など吹奏楽部の部員たちは大会に向けて一層練習に取り組まなくてはいけない筈なのに、それ以外の何かに心を取られている。少なくとも浩介の目からはそう見えていた。

 

そして、その理由は昼休みに優子に呼び出された時に判明した。

 

 

「先輩、相談があります」

 

「相談なんて珍しいね、というか初めて?」

 

「先輩は香織先輩と一年生の高坂、どっちがソロを吹くべきだと思いますか?」

 

「相談というより質問?」

 

「答えてください」

 

 

ソロに選出された麗奈と吹奏楽部顧問の滝は旧知の仲であった。つまり今回のオーディションは出来レースだったのではないか。それが大会が近付いているはずの吹奏楽部の現在の関心事になっていた。

 

正直なところ、浩介は馬鹿馬鹿しいとしか思えなかった。香織の周りの人間が話を大きくしていることは予想に難くない––––それが香織を侮辱していることにも気付かずに。

 

 

「香織の彼氏として答えれば良い? それとも一つの部のトップを経験した人間として答えれば良い?」

 

「何ですかそれ……」

 

「つまりそういうことだよ」

 

「進藤先輩なら! ……分かってくれると思っていました」

 

「全国を目指すってそういうことだよ?」

 

「先輩には分からないんです! どれだけ香織先輩が辛い思いをしていたか!」

 

 

両目に涙を滲ませ声を荒げる様子からどれだけ香織を想っているか、痛いほど伝わってきている。目の前の後輩が、滝や麗奈のことを気に入らないだけの他の存在とは違うところ。

大切な香織の後輩だ。

しかし香織の決意に背くようなことは出来ない。

 

 

「そうだな」

 

「信じてた私が馬鹿でした」

 

 

言うことはない、そう判断したのか優子は踵を返し校舎に戻っていく。彼女の尊敬は香織の助けになることもある。ただ、それが暴走しないか心配にもなる。

そして、浩介の懸念はそう遠くない未来に的中することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***********************

 

 

 

 

 

「よし、じゃあ十分休憩したら紅白戦始めるよ」

 

 

七月に入り徐々にグラウンドの暑さが辛くなってくる。太陽は強く地面を照りつけ、地面も応えるように熱を発してくる。まだ夏本番でないのが信じられないほどだ。

 

そんな中、北宇治高校サッカー部のBチームは、放課後を迎え練習を行っていた。

Aチームは大会に参加するため石川県に向かっている。メンバー登録されていない浩介は代表合宿に合流する日まで、Bチームの練習に参加することになっていた。今はAチームがいない分、普段より大きくグラウンドを使うことが出来る。Bチームの練習はいつも以上に熱が入っていた。

 

休憩に入り水分補給をしていると、グラウンド脇のベンチに見慣れた二人がいた。記憶が確かであれば、彼女たちは練習中のはずである。なぜこの時間に、練習している訳でもなく外にいるのだろうか。

首を傾げながら、しかし気配を消しつつ浩介は近づいて行った。

 

 

 

 

「……だから、滝先生が私を贔屓で選ぶなんてありえない」

 

「香織先輩にソロ譲るつもりはないの?」

 

「ない。捻じ伏せる」

 

「よく言った」

 

「ッ?!」

 

 

耳慣れない声での急な相槌に麗奈は飛び起きる。辺りを見渡すと見覚えのある男子が立っていた。麗奈の記憶に該当する人物であるならば、目下敵対中の香織の彼氏であるはずだ。

麗奈は混乱しつつも、ある意味敵の登場に警戒する。

一方で久美子はため息をついていた。

 

 

「またですか?」

 

「黄前ちゃんはもう少し俺に優しくなろう?」

 

「変な誤解受けたくないですし、いいです」

 

 

慣れたやり取りをしている二人に麗奈は拍子抜けする。久美子は自分の味方のはずなのに、何でこの人と仲良さげなのだろうか。

 

 

「久美子……?」

 

「あれ、もしかして麗奈は初めて話すんだっけ? 進藤先輩、香織先輩の彼氏だよ」

 

「それは知ってる。何で久美子はこの人と親しいの?」

 

「そりゃあ、黄前ちゃんの汚点を知っている人間だからね」

 

「つまり弱みを握られていると?」

 

「そんなんじゃないから麗奈落ち着いて? 進藤先輩も適当なこと言わないで下さい」

 

 

より警戒心を強める。この男は敵だ。

睨みつけても飄々としている様子がさらに気に入らない。

麗奈は敢えて一石を投じる。

 

 

「進藤先輩。一つ聞いても良いですか?」

 

「なにかな?」

 

「私と香織先輩、どっちがソロに相応しいと思いますか?」

 

「麗奈!」

 

 

敵意を剥き出しにしている様子を久美子が諌める。喧嘩を売って何かあったらどうするのか。

経験則から浩介なら怒ったりはしないだろうが、万が一はありえる。

 

 

「つい最近同じ質問を受けたな」

 

「え?!」

 

 

香織の彼氏にそんな無謀なことを質問した人間が麗奈以外にいるなんて信じられない。

久美子は驚きを隠せずにいた。

 

 

「実際にどう思っていますか?」

 

「その時も同じこと言ったんだけど、その質問は香織の彼氏として聞いているのか、それとも一つの部のトップを経験した人間に聞いているのか。それで答えは変わるね」

 

「部のトップとして……」

 

 

久美子は浩介がサッカー部の部長であることを思い出す。そして疑問に思う。

 

 

「何で答えが変わるんですか?」

 

「じゃあ、逆に聞くけど––––今の吹奏楽部の目標って何かな?」

 

「……あ、」

 

「そう、目標は全国大会出場だ」

 

「つまり進藤先輩は、自分の彼女より部の目標を優先するということですか?」

 

「上手い人が選ばれることを優先して考える。それが部のトップを務めることの責任だと思ってるよ」

 

 

麗奈は言い返そうとして、しかし口を閉じた。浩介の目が本心であることを伝えていた。

 

 

「俺は高坂さんとちょっと似ていて、言い方が良くないかもしれないけど、一年生で三年生を蹴落としてレギュラーになったからね」

 

「周りは……、周りの人たちは反発しなかったんですか?」

 

「表には出さなかったけど不満に思っている人はいたと思うよ。特に俺の代わりにレギュラー落ちした人とかは」

 

 

でもね、と浩介は続ける。

耳を傾ける麗奈の中に、いつか敵対心は無くなっていた。

 

 

「部の目標が全国大会なんだから仕方ないんだよ。そして、実力を示すことで、目標を達成させるために周りにレギュラーが変わるのは仕方ないと思わせた」

 

 

中途半端な差や目に見えない実力が不満の原因なら、誰にでも理解出来るよう圧倒的な差を見せつける。実際に浩介はそれを実行し、レギュラーを確実なものにした。

低学年でレギュラーになるのであれば、周りを納得させることが出来なければならない。チームの目標を達成するにはどちらが良いのか、全員ではっきりとさせる。

 

 

「きっと今の吹奏楽部の人たちは、二人の実力を知らないんだろうね」

 

「だから不満が出ている?」

 

「俺はそう思うよ」

 

 

だから麗奈の発言を肯定した。久美子は合点が行った。

 

 

「練習に戻ります」

 

「おー、行ってこい。あ、今の発言は他の吹奏楽部員の前ではオフレコでよろしくね?」

 

 

香織の彼氏だから、この発言がバレたらヤバいんだ。

どこかチキンな浩介に少し親近感を覚えるのであった。

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