香織先輩に彼氏がいたならば【本編完結】   作:お家が恋しい

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書き終わって思った。
香織先輩出てきてない……。


第四話

合宿二日目。

朝食を食べた後、基礎練からその日の練習は始まる。

久美子は若干眠気を感じつつも、それを悟られないようこなしていた。寝不足で練習に支障をきたすなどと判断されては大変なことになる。一度部屋に戻ってから再度顔を洗った。

 

昨日、布団に入り寝たところまでは良かったが、深夜一時過ぎに目が覚め、その後ベンチでみぞれと会話をしていたために結局あまり眠ることが出来なかった。

それでもまだ顔を洗ったくらいで何とかなるくらいに元気があるのは若い証拠なのかもしれない。

今日は昨日より早めに練習は終わり、その後花火を行なうこととなった。合宿からコーチとして参加している新山聡美が花火を差し入れてくれたこともあり、滝も予定より練習の終了時間を早め、花火を行う時間を作った。

こういうことに融通をきかせないと勝手に思っていた。驚いたのは久美子だけではない筈だ。

 

ぬか喜びさせるのではないかと、練習が始まっても若干の疑いはあったが、関西大会の演奏では府大会で吹くことの出来なかったパートを久美子も吹いて良いという滝の言葉にすっかり頭の片隅へと追いやられた。

あの時の悔しさを晴らす機会がくる。それだけで何よりもやる気になる。久美子は強くユーフォニアムを抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特に予定が変わることもなく、花火は行われた。

広場に集まり、各々花火を手に持っている。少し遠くの方では緑輝が着火した花火を振り回して喜んでいるところを葉月に怒られている。

久美子は麗奈と二人で線香花火に火をつけていた。

パチパチと小さく火は灯される。鮮やかな花火も好きだが、線香花火の儚さもまた心に訴えかけるものがある。

 

 

「ほら、行っておいでよ」

 

 

滝と新山のことが気になるが、関係を聞きに行くのが怖い。

麗奈らしからぬ、うじうじ加減に苦笑いしながらも背中を押す。久美子はボーッと二人のやり取りを眺めていたために、橋本が忍び寄ってきていることには気付かなかった。

 

 

 

橋本の失言からの話は、久美子に大きな衝撃を与えた。

確かに、昨日の練習開始前に滝の言っていた、妻も子供もいないという発言に引っかかるものはあった。しかし、まさか亡くなっているとまでは考えは及ばなかった。

 

さらに、夕食後にあすかから語られた希美を吹奏楽部に復帰させない理由。

この一時間のうちに知ってしまった二つの真実に、自身のキャパシティを超えたような気もするが、誰に相談できる訳でもない。久美子は頭を抱えた。

聞いてもらうだけでも良い。ごちゃごちゃしている現状の整理がしたい。

吹奏楽部に利害関係がなく、口が固い人。コミュニティが決して広くない久美子が頼れる人。

 

そんな人がいたら––––

 

 

「あ、」

 

 

一人いるかもしれない。いつも飄々としているが、面倒を見てくれて、それでいて吹奏楽部に利害関係がない人。

時刻は夜の九時を回ったところであり、まだ起きている時間だろう。久美子は人気のない場所を探すため腰を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

『もしもし』

 

「も、もしもし。夜遅くにすみません。黄前です」

 

『こんにちは。黄前ちゃんから電話なんて初めてだね』

 

『急にすみません。……今時間大丈夫ですか?』

 

『えーっと……、うん、まだ午後の練習まで時間あるから大丈夫だよ』

 

 

こんにちは?

午後の練習?

久美子は首を傾げた。日付が変わるまであと三時間を切っている。これから午後の練習が始まるならば、むしろ今の時間まで何をしていたのか。

 

 

「先輩、もう夜の九時ですよ?」

 

『うん? こっちは昼過ぎて二時だよ』

 

「そんなつまらない冗談言わなくて大丈夫ですよ」

 

 

冗談ではないんだけどな。

久美子の冷たいツッコミに浩介は項垂れる。そこでふと思い出す。

 

 

『あー、もしかして黄前ちゃんは、今俺が何処にいるのか知らないのか』

 

「何処って、京都じゃないんですか?」

 

『今、ドイツにいるんだよ』

 

 

全く知らなかった。思い返すと花火大会の後あたりから学校でも全く会っていなかった気はしていたが、まさか日本にいないとは思っていなかった。

そこまで考えて、ふと気付く。今海外電話をしていることになるのだろうか。その場合、通話料が大変なことになり、それに伴い親の顔も大変なことになってしまう。

 

 

「先輩、もしかして今この通話って海外電話扱いになったりしてますか?」

 

『そうならないように、無料通話アプリ越しで掛けてきたんじゃないの?』

 

 

その言葉にそういえば、と納得する。普段でも電話はほとんどアプリを使って行っていたため、通話料はかかっていない。

一安心すると久美子は本題を切り出した。

 

 

 

 

 

『なるほどね』

 

 

話し終えると久美子は一息ついた。そこでふと不安に陥る。誰かに聞いて欲しくて浩介に白羽の矢を立てたが、本当に良かったのだろうか。他人の事情を話すなんてことはせずに、密かに自分の中にしまっておくべき内容だったのではないか。

静かな間に微かに花火を楽しんでいる声が耳に入る。木製の机をそっと撫でた。触ると見た目は滑らかでも、思った以上にザラザラしていることが分かる。

 

 

『アドバイスにはならないと思うんだけど』

 

 

うーん、と唸りながらも浩介は自分の考えを話し始める。聞いている限り繊細な感性の持ち主なのかもしれない。流石に全く知り合いではない人のため、踏み込んだ発言は控える。

 

 

『田中は問題解決に向けて、何かしら考えていそうだよね』

 

「鎧塚先輩から相談受けていますし、現状を一番把握出来ているのはあすか先輩だと思います。ただ––––」

 

『あいつの性格上、自分の演奏に関係ないことはどうでも良いと切り捨てそうだと』

 

「はい……」

 

 

思い出すのは麗奈と香織のオーディションの件である。あの時のどちらがソロを担当しても構わない、興味がないという切り捨てるような発言が脳裏に焼き付いていた。

あすかを知らないが故のものではあるが、結局発言の真意は測りかねており、久美子はため息を吐いた。

 

 

『でも、相談を受けているってことは、解決しようとしているんじゃないかな。関西大会を控えている中で、田中なりにそれは今ではないと考えているのかもね』

 

「そうでしょうか……」

 

『同じパートの後輩に信用されてないね』

 

「だってあすか先輩ですし」

 

 

久美子の耳に電話越しにクスクスと笑い声が聞こえる。それが蔑みを含んでいないことは直ぐに分かった。

浩介は、香織の彼氏ということもあり、吹奏楽部員を何人も知っている。そして、その部員たちが今まであすかに従っているところをそれなりに見てきていた。しかし、久美子はそうではないようだ。

あすかが久美子を気に入る理由は何となく分かる。

 

 

『今、黄前ちゃんに出来ることは、全力で練習に取り組むこと』

 

 

あまりに気になりすぎて練習に身が入らない状態になってはいけない。

そして、と浩介は言葉を続ける。

 

 

『そのオーボエの子を少し気に掛けてあげることだと思う』

 

「気に掛ける、ですか?」

 

『何かあった時に事情を知っている人がいると、直ぐに対応が取れるかもしれない。何も起こらないなら、解決は田中に任せれば良い』

 

 

 

 

大したアドバイスが出来なくてごめんね。

謝る浩介にお礼を言うと、久美子は通話を終了した。秘密を話すというのとは案外緊張する。凝り固まった肩を回すとグッと背伸びをし、一息ついた。結局のところ、解決法は見つからないのだ。

でも、まずはみぞれのことを知ってみるところから始める。少しでもどんな人間か分かれば、解決法が見出せるかもしれない。

希美の想いを叶える為にも、自分に出来ることからやってみよう。スマホをポケットへと突っ込み、笑い声の方へと向かった。

 

 

 

 

消灯まではまだ時間がある。久美子は、早速みぞれと会話するため二年生の部屋へと向かっていた。

昨日、香織と話した自動販売機の近くまで来た時、モコモコの可愛らしいパーカーを着込んだ先輩––––優子の姿が目に入る。オーディションの件から、未だ優子に対し若干の苦手意識はあった。

しかし、優子がみぞれと仲の良いことを思い出す。もしかしたら、間を取り持ってくれるかもしれない。苦手意識から引きつりそうになる顔の筋肉を無理やり動かし、優子に話し掛ける。

 

 

「優子先輩、こんばんは」

 

「ん? ああ、黄前か。こんばんは」

 

「先輩は飲み物を買いに来たんですか?」

 

「まあ、そうだけど」

 

 

会話が続かない。

このままでは飲み物が出てきたら、ハイさようならになってしまう。久美子は意を決して口を開く。

 

 

「あの、今部屋に鎧塚先輩いますか?」

 

「みぞれ? あの子、私が部屋を出る時にはもう布団被ってたわね」

 

 

そこで初めて優子は久美子の方を向いた。その目には、若干の不審が写っている。

 

 

「あの子とあまり関わりなさそうだけど、急にどうしたの?」

 

「いや、あの、何と言いますか。希美先輩の件で––––」

 

「何処でその話聞いたの?」

 

 

希美の名前を出した途端、優子の目は陰険なものとなった。地雷を踏んだ。そう思ったがもう言い逃れは出来ない。近付いてくる優子に生唾を飲み込んだ。

しかし予想に反し、優子は財布から小銭を取り出すと顎で自動販売機を示した。

 

 

「早く選びなさい」

 

「あ、じゃあオレンジジュースで」

 

 

ガコン。優子から手渡されると慌ててお礼を言う。

促されるままベンチに腰掛けると、缶のプルタブを引き上げる。

 

 

 

「で、どこまで知ってるの?」

 

 

そう問い掛ける優子の雰囲気は、先程までとは一転しみぞれを気遣う優しさが垣間見えた。

 

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