香織先輩に彼氏がいたならば【本編完結】   作:お家が恋しい

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第九話

結果発表を待つ会場は、異様な熱気に包まれていた。

浩介は府大会の時と同じく、ホールの外で結果を待つつもりであった。吹奏楽部関係者でない以上様々な人が一喜一憂する場にいることに違和感を覚えてしまう気がする。大人しくホールの外にいようとしたところ、偶然にも吹奏楽部副顧問の松本に会い、せっかくだからという教員のお誘いを断ることは一生徒である浩介には出来なかった。

 

 

「あの……、僕すごい場違いのような気がするんですけど……」

 

「大丈夫ですよ。進藤君も関係者の一員のようなものですから」

 

 

滝は優しく微笑む。それが本音なのか、建前なのか浩介には判断がつかない。

はあ、と曖昧な返事をしつつ、滝の隣にいる二人へと目を向ける。

夏休みの間、特別コーチとして参加していた橋本と新山については香織や名来から聞いていた。北宇治の演奏レベルの向上には滝だけでなく、彼らの与えた影響も大きい。

 

 

「君が、あの中世古さんの彼氏なのか!」

 

 

たいていの場合、香織と付き合っていることを驚かれるのは容姿が不相応だからだと分かっている。嫌味を含んでいる時すらあるくらいだ。

だからか、橋本の発言に嫌味を感じないのは、彼の美徳が成せる技なのかもしれない。

 

 

「僕もね、全国大会の試合観たんだよ! まさか母校が全国大会に出るなんて思わなかったからね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「まさかあの時に十番を着けてた君と会えるとは、しかもその彼女が吹部なんて世間は狭いね!」

 

 

もう直ぐ結果発表を迎えるというのに、いやにテンションが高い。北宇治が全国に行くと確信しているからか、またはその逆か。音楽に疎い浩介には結果は全く想像がつかない。

 

不意にざわめきが大きくなる。観客の視線は一点に集中する。

審査員が壇上へと現れる。各校の代表者は既にステージ上の席に着いている。審査員の一人がマイクを持った。

 

 

 

 

 

『大変お待たせいたしました。これから午後の部の結果を発表します』

 

 

––––十二番、滋賀県代表、日出沢高等学校。銅賞。

 

ついに結果が読み上げられる。事前に聞いている話では、まずここで金賞を受賞しなくてはならない。

そして、午前の部の金賞を受賞した高校と合わせた中から、全国大会に出場する高校が選ばれる。

 

 

 

––––十五番、大阪府代表、明静工科高等学校。ゴールド金賞。

 

関西の三強の一つ、明静は喜びを爆発させるというよりも安堵している様子が見受けられる。これが本当の強豪校の姿なのだろう。

 

––––十六番、京都府代表、北宇治高等学校。ゴールド金賞。

 

会場のざわめきが大きくなる。無名校に近い高校の演奏のレベルの高さ、その結果がやはり今大会では注目を浴びていたようである。

浩介はふう、と息をはく。チラリと隣を見ると、滝は表情を崩すことなく笑顔のままであった。

ここまでは予想通りなのかもしれない。

手のひらに汗が滲んでいる。結果発表はここまで緊張するものなのか。心臓が強く波打つ。喉がカラカラに渇いてきた。

 

二十三番目の高校の結果が発表され、これで金、銀、銅が決まった。午前の部を含め、金賞を受賞した高校は六校。ここからさらに全国大会に出場する高校が発表される。

浩介は北宇治の名前が呼ばれるのを祈るように待つ。

 

 

『この中から全国大会に進む高校を発表します。まず一校目。……三番、大阪府代表、大阪東照高等学校』

 

 

ワッと歓声があがる。予想通り、まず三強の一つ大阪東照が名前を呼ばれる。

 

 

『続いて二校目。……十五番、大阪府代表、明静工科高等学校』

 

 

三校のうちの二つが三強で埋まった。枠はあと一つ。

浩介は目を瞑り、強く手を握りしめた。

静かな空間に鼓動音が響く。隣の人に聞こえてしまうのではないか、そう思ってしまうほどに、会場は静まり返っていた。

 

 

『三校目、これが最後の高校です』

 

 

呼ばれろ。呼ばれてくれ。

心の中で強く願う。

 

 

『……十六番、京都府代表、北宇治高等学校!』

 

 

歓声と悲鳴が爆発する。

吹奏楽部の集まっている方向を向くと、香織は手で顔を覆っていた。その姿を見たからだけではないはずだ。浩介の目から自然と涙が流れる。

香織の努力は報われた。それだけで浩介は満足だった。

 

 

「全国大会出場おめでとうございます」

 

 

浩介は頭を下げる。滝も安堵の表情を浮かべていた。隣では松本がハンカチを目に当て息を殺して泣いている。涙脆いという噂は聞いていたが本当のようだ。わざと見ない振りをした。

 

 

「ありがとうございます」

 

「やったな! 滝君!」

 

 

橋本は喜びを爆発させ滝に抱きつく。

 

 

「ええ。これでやっと––––」

 

 

一瞬憂いを帯びた目で照明を見る。揺らぐその眼差しに浩介は思わず息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おめでとう」

 

 

香織と優子が話しているところへ浩介は足を運ぶ。目尻にはまだ、濡れた跡が残っている。ハンカチを取り出し香織へと手渡す。

 

 

「コンクールの結果発表ってあんなに緊張するんだな。心臓がうるさかったよ」

 

「あの瞬間はいつも怖いですね」

 

 

優子も頷く。心なしかリボンも跳ねて見える。

視界の端では、発表時に吠えるように喜んでいた後藤がその時のことを思い出し赤面し、隣には頰の上気した梨子がニコニコと笑っている。

周りの部の面々を見ていると、本当に全国大会出場が決まったことが実感として湧いてくる。

 

 

「俺も負けてられないな……」

 

「浩介?」

 

「ううん、何でもないよ」

 

 

そろそろ帰るね。

その言葉を聞いた時、香織は無意識に浩介の服の裾を掴んだ。全国大会出場を決めて興奮して熱くなっていた体から、熱が逃げるように不安が襲う。せっかく会えたのに、また目の前から消えてしまうのではないか。

自分勝手で迷惑をかけてしまう。分かっているけれども、手が離せない。

 

 

「大丈夫。前にも言ったけど、俺には香織が必要なんだ。絶対にいなくなったりしないから」

 

「……うん」

 

 

震える手を浩介は優しく包み込む。冷えた体の芯に暖かく沁みていく。

もしかしたら、落ち着かせるための方便かもしれない。それでも信じられる、信じたい。香織はゆっくりと手を離した。

そこにはいつもの浩介がいた。

 

 

「明日からサッカー部の練習にも復帰するからさ。明日は一緒にご飯食べような」

 

「……分かった。約束だよ」

 

 

満足そうに頷き、香織の頭を撫でる。香織はくすぐったそうに目を細めた。

 

 

「先輩たちは無意識にそういうことするんですね……」

 

 

優子は二人のやり取りに赤面する。浩介の台詞は、プロポーズにしか聞こえなかった。そして、それを当たり前のように受け取る香織。

見ていけないものを見てしまったような、恥ずかしい気持ちがこみ上げる。

いつか自分もそんな相手が欲しい。そう思ってしまうのも無理はない光景であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***********************

 

 

 

 

 

 

 

 

表彰式が終わる頃にはもう陽は傾き始めていた。

浩介は駅までの道をゆっくりと歩いていた。北宇治高校吹奏楽部の演奏、結果発表の時の歓声が消えることなく耳に残っている。体が熱をもっているのは気温のせいだけではないだろう。

 

香織はプレッシャーを跳ね除けて全国を勝ち取った。

始めは浩介をサッカーに繫ぎ止めるための宣言だったのかもしれない。しかし、有言実行すべく全力で取り組み、結果をもたらした。そこまで見せられたのならば、サッカー部も恥ずかしい結果を残すことは出来ない。

 

駅の改札を抜けICカードをバッグに入れた時、ポケットに入れていたスマホが振動する。通知には見知らぬ番号が表示されていた。若干不審に思いながらも、スマホを耳に当てた。

 

 

「もしもし」

 

『もしもし、浩介か?』

 

「……もしかして、山本さんですか?」

 

『おう! 急に連絡してごめんな』

 

「いえいえ。大丈夫です。どうしたんですか?」

 

 

電話の主は、数日前までドイツでお世話になっていたチームスタッフの山本であった。大学を卒業した後に、指導者になるべく海外のサッカーを学ぶためにスペインとドイツへ留学。紆余曲折あり、そのままドイツのクラブチームのスタッフになるという変わった経歴の持ち主である。今は日本及びアジア市場拡大のために、スカウト業も兼任している。

クラブチームの練習会への参加も、主に山本の推薦から高校生が集められていたことは現地で聞いていた。

 

 

『今週か来週に浩介の高校に行く予定だから、一応伝えておこうと思ってね』

 

「北宇治に来るんですか?」

 

『ああ。ちょっと監督と話があってね。この前の練習会の件とか報告もあるから』

 

 

なるほど、と頷く。そうなると浩介も話し合いに参加するのだろう。

 

 

「分かりました。またお会いできるの楽しみにしています」

 

『こちらこそ。じゃあまたな!』

 

 

本当にそれだけだったみたいである。あまりにもアッサリしていたことに首を傾げつつ、スマホをバッグに仕舞う。

ちょうど電車が駅に到着することのアナウンスがホームに流れた。

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