香織先輩に彼氏がいたならば【本編完結】   作:お家が恋しい

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第十話

九月に入り、新学期が始まる。

約一カ月という夏休みの間会わなかったために、クラスメイト同士の話のネタは尽きることなく、比例するように教室内が騒がしくなっていた。廊下を歩いていても声は聞こえており、どこのクラスも同じようである。

 

浩介は会話には加わらず、手元に置いたノートとにらめっこしていた。眉間に皺が寄っており不機嫌そうな表情にも見え、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。

しかし周りのことを気にする余裕は浩介にはない。彼に一つの重大なイベントが目前に迫っていた。

 

 

 

来たる九月三日。

言わずもがな、彼女である香織の誕生日である。生憎その日はサッカー部、そして吹奏楽部の練習がいつも通りに行われるために、ちゃんとしたお祝いは別の日に予定してあるが、プレゼントだけは当日に渡すつもりである。

高校生活最後の誕生日。出来ることなら形として残る物を渡したい。去年から少しずつ貯金をし、候補を吟味してきた。

しかし、二日前になってもまだプレゼントを絞りきれずにいた。優柔不断のつもりはなくとも、こういうのは考え過ぎると何を選べば良いのか全く分からなくなるものだ。

いっそのことあみだくじで決めようか。

あまりにも混乱し過ぎてトンチンカンな発想に至った時、背後から声を掛けられた。

 

 

「何一人で頭抱えてるの?」

 

「小笠原か。いや、香織の誕生日プレゼントでね」

 

「明後日なのにまだ悩んでるの? もう決めてないと不味くない?」

 

「そうなんだけどさ……」

 

 

言葉少ない浩介を余所に晴香はノートを覗き見る。授業内容を板書してある端のスペースに候補になっているであろう物が何個か書かれ、そのうちのいくつかは候補から外れたのだろう、斜線が引かれている。残っている二つで悩んでいるみたいだ。

 

 

「ネックレスか指輪、ね」

 

「ありきたりだよな」

 

「良いとは思うけど、デザインと値段かな?」

 

「一応考えているのはあるよ」

 

 

香織に渡すまでは誰にも見せないつもりらしい。目の前の男子生徒のセンスは気になるが、見せてくれないのであれば仕方がない。

それにしても、と斜線が引かれた元候補たちに目を向ける。

 

 

「高級さつまいもとか意味が分からないんだけど」

 

「それは値段的に諦めたやつだな」

 

「値段以前の問題だよ」

 

 

センスが皆無だ。晴香はそう確信する。過去二年、どんなプレゼントを渡していたか知らないが、残念ながらロクなものではなさそうである。

 

浩介はお土産のセンスがない。ふと香織の言葉が思い出される。

北海道に行ってきた時のお土産も、キツネとラベンダーという定番を抑えておきながら、その二つが足を引っ張り合う残念なデザインのストラップを買ってきたと愚痴っていた。

 

ネックレスと香織の好物。

さつまいものネックレスを身に付ける香織の姿を想像する。間違っても笑顔ではなさそうだ。晴香はこめかみに手を当てる。

 

 

「どうしても教えてくれないの?」

 

「なんでそんなに気になるんだ? 彼氏いないのに」

 

「彼氏いないのは関係ないし」

 

「彼女目線で語ってきそうだから嫌だな」

 

「誰があんたの彼女になるもんか。……進藤のセンスが心配になったんだよ」

 

 

香織の為だ、茶化してきても怒ってはいけない。そう自分に言い聞かせる。

 

 

「センスが良いとは思わないけど、そんな変な物は贈らないから大丈夫だよ」

 

「信用ならないよね」

 

「ちゃんと香織が身に付けて可愛いと思える物しか買わないし」

 

「それがちゃんと理解出来ているなら良いけど……」

 

 

若干の心配はあるものの、そこまで言われたのならば、信じるしかないのだろう。

頑張って。そう伝えると晴香は自分の席へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***********************

 

 

 

 

 

 

「香織先輩! 誕生日おめでとうございます!」

 

 

学校の最寄り駅で香織を待っていた優子は、香織を見つけると顔を綻ばせた。

誰よりも先に直接祝福の言葉を掛けたい。そのためだけにいつもより早い時間に駅で待ち伏せしていた。サッカー部は朝練があるのか、隣に浩介はいない。

優子はバッグを漁り、この日の為にラッピングされたプレゼントを手渡す。

 

 

「おはよう、優子ちゃん。プレゼントありがとうね」

 

「いえいえ! また先輩が大人っぽくなったような気がします!」

 

「流石にそんなに直ぐには変わらないと思うけど……」

 

「間違いなく大人っぽくなってます! 私の憧れです!」

 

「あ、ありがと」

 

 

早朝の住宅街で騒ぎ立てることは御法度である。香織は興奮する優子を宥め、隣だって通学路を歩く。九月に入ったばかりであり、未だ夏の暑さは翳りが見えない。朝の天気予報で今日も三十度を超えることを知り、若干辟易してしまうのは仕方がないだろう。

学校に到着する頃にはうっすらと額に汗が滲む。

 

グラウンドではサッカー部が朝練を行なっていた。

来月から選手権大会の予選が始まる。先日行われた府大会予選の抽選会が、大会が近づいてきていることを実感させていた。

二年ぶりの全国を目指す立華高校とは準決勝まで当たらない。それはまだチームの完成度が低い北宇治高校サッカー部の一つの安心材料になっていた。

 

 

「練習に気合い入ってますね」

 

「浩介が言うには比較的楽な組み合わせになったらしいけど、夏が散々だったからね」

 

 

絶対に全国へ行く。

それは吹奏楽部が全国大会出場を決めたことも、部員を発奮させていた。自分たちも吹奏楽部に続け。

特に三年生は毎日が最後の練習であるかのように、全力で取り組んでいた。

 

 

「私たちも頑張らないとね」

 

「はい」

 

 

まだ始業時間まで一時間はある。二人は少しでも楽器に触れるべく音楽室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は練習何時に終わりそう?」

 

「予定では七時くらいかな?」

 

「じゃあ同じくらいか」

 

 

昼休み。浩介は香織と机を挟み向かい合っていた。二つのタッパーに入った弁当と、その半分もないであろう小さい二段弁当。机に並べると対照的に映る。

何気なく部活の練習が終わる時間を確認し、晩御飯の約束をする。浩介は晩御飯の時にプレゼントを渡すつもりでいた。

 

 

「ご飯はいつものところで良い?」

 

「うん。また別の日に遊びに行くし、今日は特別でなくて大丈夫」

 

「分かった」

 

 

浩介はバッグに目を向ける。バッグの中には昨日購入したプレゼントが出番を待っている。

喜んで貰えますように。香織が笑顔になることだけを考えて吟味した。きっとどんなプレゼントでも喜んではくれるだろう。しかし、貼り付けたような笑顔ではなく、本当の笑顔が見たい。その気持ちが浩介の中には強くある。

弁当を食べ終わった香織は、ラッピングされた袋を机に置いた。

 

 

「優子ちゃんがくれたの」

 

「クッキー?」

 

「うん。浩介も食べる?」

 

「香織が貰った物だから、俺が食べちゃダメじゃない?」

 

 

その言葉に予想通りと言わんばかりに香織は笑顔になる。

ちょっと待って。

香織はバッグからもう一つ袋を取り出し浩介に手渡す。机に置いてある袋のようなプレゼント用のラッピングはされていないが、中身はおおよそ同じのようである。

透明な袋に緑色のリボンで口を閉めてあり、つまり浩介に渡すつもりの物であるらしい。

 

 

「優子ちゃんが作り過ぎて余ったから浩介にもって」

 

「なるほど。後で御礼言わなくちゃな」

 

 

香織にプレゼントしたクッキーを浩介が遠慮することは想定されていたのだろう。わざわざ浩介の好きな色である緑色のリボンを使っていることからも、あらかじめ用意するつもりであったことが分かる。

後輩の計らいに自然と顔がニヤける。特別な日でなくても、自分の為に用意してくれたことは、とても嬉しいことだ。

 

 

「うん、美味しい!」

 

 

香織は既に袋を開けクッキーを口に運んでいた。口の中に紅茶の香りが広がる。

お店で売っていたものを買ってきたと言われても頷いてしまう程の見栄え、食感、味に浩介も唸る。

 

 

「吉川にこんな特技があるとは思わなかった」

 

「元々お母さんがお菓子作り好きなんだって」

 

「料理とかお菓子とか俺にはよく分からないけど、好きでここまで作れるもんなのか」

 

「みたいだね。私には出来ないかな」

 

 

ふう、と一息つく。全部食べてしまいたい衝動に駆られるが、残りは家で紅茶のお供にいただこう。香織は袋の口を閉め直し、バッグに戻した。

時間を確認すると、昼休みも残り十分ほどだ。名残惜しさはあるものの、そろそろ教室に戻った方が良いだろう。

窓から差し込む陽の誘惑に負けそうな体をグッと伸ばし、席を立つ。

今日は浩介はずっとそわそわしている。きっと私にプレゼントを渡すタイミングを計っているに違いない。いつもの落ち着いている姿とは全く違う様子に思わず笑ってしまう。

首を傾げる浩介に何でもない、と首を振ると教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

 

ドアをノックし、どうぞと声が掛かったためドアノブを回す。部屋の中には、ドイツのクラブチームのスタッフの山本、北宇治高校サッカー部顧問の山田、そして何故か校長が腰を掛けていた。

何処か張り詰めた雰囲気に、逃げ出したい気持ちになるのは仕方がないだろう。浩介は気持ちを顔に出さないようにしつつ、促されるままに席に着く。

山本は全員が揃ったことを確認し、資料をテーブルに置いた。

 

 

「浩介、うちに来るつもりはないか?」

 

 

 

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