香織先輩に彼氏がいたならば【本編完結】   作:お家が恋しい

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年内最後の投稿です。



第十一話

ここまで練習に身が入らなかったことは記憶にない。浩介は半ば放心状態で昇降口に立ち尽くしていた。

階段から女子の話し声が聞こえる。多分彼女たちは吹奏楽部員であり、つまり吹奏楽部も練習が終わって解散したようだ。香織の誕生日に、彼女から心配されるような顔をしてはいけない。頰を叩くと気合いを入れる。ちょうど香織が階段を降りて来る姿が見えた。パタパタと上履きから革靴へと履き替え、浩介の元へと小走りで駆け寄ってくる。ヒラリとスカートが揺れた。

 

 

「待たせちゃってごめんね」

 

「俺も今来たところだから大丈夫だよ」

 

「ありがと。お腹空いちゃったし、早く行こっか」

 

 

やや強引に香織は浩介の手を引いて歩き出した。

心なしかいつもより顔が赤く見える。浩介は香織を引き止めると額に手を伸ばし、熱を確認する。風邪をひいている訳ではなさそうだ。

 

 

「熱なんかないよ?」

 

「顔が赤かったからさ、ちょっと心配になって」

 

「そ、そんなに赤い?」

 

 

頰に手を当て動揺している様子に首を傾げる。吹奏楽部で何かあったのだろうか。

何でもないと早歩きで先を進む様子を不思議に思いながらも、悪いことでないなら良いか。そう判断し香織の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、香織先輩はいつ浩介先輩と結婚するんですか?」

 

 

吹奏楽部の練習は予定通り七時に終了した。夏休みの間は授業が休みのため、練習が終わっても机を廊下に出したままにしていたが、新学期が始まったので終了後は授業体形に戻さなくてはいけない。みんなでやった方が早く終わるなら、と香織は率先して一年生の仕事である机の運び出しを手伝い、最後の机を並べる。後輩から慕われる行動を意図的ではなく成せるところが香織の美点であると優子は常々思っている。

 

昇降口で先に部活が終わっている浩介が待っている筈だから、あまり待たせる訳にはいかない。素早く後片付けをし、荷物をバッグに詰めていると優子から爆弾発言が飛び出す。

後輩の予想外の一言に、咳き込んでしまう。

 

 

「ゆ、優子ちゃん。急にどうしたの?」

 

「いえ。この前、関西大会の日に、浩介先輩がプロポーズのようなことを言ってたのを思い出しまして。先輩も三年生ですし、そういう話をするのかなって興味が湧いたんです」

 

「それは、まあ……。それっぽいことは言われたことはあるけど、まだ高校生だし、これからどうなるか分からないからね」

 

 

赤面しながら目線を逸らす様子に、満更でもないことが伝わってくる。照れる顔も天使だ。冗談のつもりであったが、将来について考えていない訳ではないようだ。

たかが高校生が将来のことを考えたところで、妄想にしかとられない。しかし、この二人の先輩なら––––そう考えてしまう。

 

 

「将来といえば、浩介先輩は進路決まってるんですか?」

 

「うーん、まだ決まってないんだよね。なかなか決めかねてるみたい」

 

 

一生に関わることのため、幾多もの選択肢を目の前に浩介は頭を悩ましていた。香織はどの選択肢を選んだとしても応援するつもりである。だからこそ後悔すると分かりきっている選択はしないで欲しい。望むことはそれだけだ。

 

頭を下げる優子に挨拶をし、バッグの持ち手を肩に掛けて音楽室を出る。どの部活も終了しており、暗く静かな廊下に上履きが当たる音が響く。日中の学生で溢れかえる騒々しさが嘘のように、別空間に囚われた感覚に陥りそうになってしまうのは自分だけなのだろうか。小学生の頃からあまり好きになれない空気から逃げるように階段を駆け下りていく。

 

一階にたどり着くと玄関口で惚けている浩介が目に入った。不意に優子の発言が思い出され、顔に熱が集まる。

 

 

「な、何でもないよ!」

 

 

顔の熱が取れるまでは直視出来そうにない。不思議そうに首をかしげる浩介に顔を見られないように先を歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

***********************

 

 

 

 

「いらっしゃい。おや、今日は少し遅かったね」

 

「ごめん、部活が長引いたんだ」

 

 

喫茶店に入りマスターに挨拶する。昼間はある程度席が埋まっている店内も今は閉店の時間が近いせいか、他に客はいない。促されるまま適当な席に座る。

この喫茶店のマスターと話すようになったのは、三回目くらいに来店した時である。時間を選べば、いつでものんびり座って会話が出来る貴重なお店として、二人は何度か利用していた。サッカー好きのマスターは来店の数日前にテレビ放映されていた高校サッカーの試合で見た顔と一致していることに気付いたらしい。

急に名前を呼ばれて驚いたことは記憶に新しい。

 

 

「今サラダ持ってくるから。飲み物はどうする?」

 

「俺はアイスティーで。香織は?」

 

「私もそれで」

 

「あいよ。ちょっと待ってね」

 

 

テーブルに置かれた水で喉を潤し一息つく。

遠くの空がやや赤みが残っているものの、ほとんど黒く染まった空には若干星が散らばっている。この時間にこの店に来たのも久しぶりだ。

 

 

「で、さっきは何でキョドッてたの?」

 

「もう……、それはナイショだよ」

 

「吹部の誰かに何か言われたとか?」

 

「今日は諦めずに突っ込んでくるのね」

 

 

香織はふう、と深く息を吐く。目が爛々と輝いているあたり、話すまでは食いついてきそうである。

別に話すことで何か不利益がある訳ではない。ただ、改めて口にすることが恥ずかしい、意識するとまた顔が熱くなる。

 

 

「優子ちゃんにね、」

 

「吉川に?」

 

「先輩たちは……、い、いつ……、け、結婚するんですかって」

 

「え、」

 

 

頭の先まで体中の血が集まっているのでないか。それほどまでに熱くなる。

おそるおそる浩介の顔を伺うと、浩介もまた赤面していた。恥ずかしいのは自分だけではないようだ。少し安心する。

 

 

「あいつ、そんなこと言ってきたのか」

 

「冗談も含んでいる感じだったんだけどね」

 

 

まったく。

浩介はガシガシと頭をかく。呼び方を変えるようになってから、より香織にも浩介にも懐くようになってきている。しかし、それに伴い冗談に磨きがかかっていることには悩ましさもあった。

頭を抱えている間に、テーブルにプレートが置かれる。

 

 

「はい、サラダお待たせ。今日は生ハムとほうれん草のサラダだよ」

 

「香織の好きなやつだな」

 

「うん」

 

「今日は香織ちゃんの誕生日って聞いたからね、用意させてもらったよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 

香織はトングを持ち小皿に取り分ける。具の偏りがないように器用に盛り付ける姿は手馴れており、サマになっていた。

 

 

「はい」

 

「ありがとう」

 

 

いただきます。二人分の取り分けを終え、さっそくフォークを手に持つ。空腹は最高のスパイスとは言うが、待ちすぎても体に良くはない。

生ハムと野菜とを次々と口に運んでいく。

 

 

「はい。メインのパスタだよ」

 

 

サラダを片付けた頃に、マスターは次のプレートを持ってくる。

浩介は香織と顔を見合わせ笑いあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご馳走さま」

 

「美味しかった〜」

 

 

パスタの後には、マスターからのサービスでケーキも出された。出されてしまったら、食べないなんてことは言える訳もない。部活の後とはいえ、いつもより多めに食べたことでお腹が苦しい。明日の朝ごはんは要らないかもしれない。

ただ、美味しいご飯を満腹になるまで食べられたことの幸せが心を満たしていた。笑顔でお腹をさする香織を他所に、浩介は自分のバッグを漁る。取り出したのは一つのラッピングされた袋である。

 

 

「香織、」

 

「うん?」

 

「改めて……、誕生日おめでとう!」

 

「ありがとう。何だろう、開けて良いかな?」

 

 

浩介の頷きに、ラッピングのリボンを外し箱を開ける。トランペット型のネックレスが香織の目に飛び込んでくる。五ミリほどの小さなトランペットは、近くで見ても精巧に作られていることが分かる。

 

 

「わあ……! ありがとう!」

 

 

香織の顔から上辺だけで言っていないことが伝わってくる。値は張るけど、選んで良かった。浩介は安堵する。

誕生日プレゼントは特別な物である。それも彼女のプレゼントを選ぶことは、一年で最も重要なことと言っても過言でないと浩介は考えている。前日に購入したのもそれだけ悩んでいたからであった。

 

 

「本当に嬉しい……」

 

「喜んでもらえて良かった」

 

「今度遊びに行くときに着けるね?」

 

「うん、楽しみにしてる」

 

 

 

カラン。

喫茶店を出ると、昼間の熱が冷めたように涼しい空気が二人を出迎える。気が付けば秋が近づいていた。

 

 

「もう秋だね」

 

「そうだな」

 

 

街灯が照らす道を二人並んで歩く。久しぶりに横を歩いているような気がする。浩介はどこかこそばゆい気持ちになる。

 

 

「あ、そういえば」

 

「うん?」

 

「放課後に山田先生とあと知らない人と歩いてたけど、OBか誰かだったの?」

 

 

顎に人差し指を当て、思い出したように疑問を口にした。

応接室で話を終えた後、サッカー部の練習を見学したいという山本の言葉に移動しているところを見られていたようだ。

 

 

「ああ。あの人はドイツのクラブチームのスタッフの人だよ。夏の練習会の報告に来てたんだ」

 

「そうなんだ。ドイツのチームでも日本人のスタッフもいるんだね」

 

「結構特殊な例だと思う。ただ、最近は日本とかアジアの市場拡大とか狙って置いてるところもあるみたい」

 

「なるほど」

 

 

浩介は告白するか悩む。自分でもう少し考えをまとめてから話した方が良いのではないか。どうして口にすることを戸惑っているのか、色々なことが浮かんでは消える。

 

 

「どうしたの?」

 

 

黙り込んだ浩介を疑問に思い、顔を覗き込む。やや不安げに見上げられたその瞳に吸い込まれるように、気がつくと勝手に口が開いていた。

 

 

「スタッフの人、山本さんって言うんだけど。うちに来ないかって誘われた」

 

「誘われたって……、もしかして––––」

 

「うん。ドイツで、プレーしてみないかって」

 

 

その言葉に香織は息を呑んだ。

 

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