香織先輩に彼氏がいたならば【本編完結】   作:お家が恋しい

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アニメが終わってしまいました。
毎週の楽しみが……。


第十三話

保健室の前まで来てもドアに手を掛けることは出来ずにいた。

 

怖い。

浩介に嫌われてしまうことが。

 

怖い。

浩介がいなくなってしまうことが。

 

 

足がすくみ、手が鉛のように重い。香織は立ち尽くしていた。このままチャイムが鳴れば教室に帰れるのに。そんな考えすら浮かんでくる。

しかし、晴香は香織の内心など知らないとでも言うようにドアを開けた。

 

 

「失礼します」

 

「ちょ、ちょっと! 晴香?!」

 

「あれ、先生いない。お昼かな」

 

 

キョロキョロと室内を見渡すが、誰もいない。音がないことを確認した晴香はそのままベッドの方へと向かう。

香織は慌てて後を追うと、晴香の腕を掴んだ。

 

 

「晴香、ダメだって」

 

「静かにしないと進藤起きちゃうよ?」

 

 

むう、と口を閉じる。いつもは自分から積極的に何かすることなどしないのに、何故今日に限ってどんどん進んで行くのだろうか。恨めしそうに見ても、部長はどこ吹く風である。

掴んでいた腕をほどき、何の躊躇もなくサッとベッドを区切っているカーテンを開ける。

 

 

「進藤起きてる?」

 

「人には起きちゃうよ?とか言っておいて普通に声掛けるの?!」

 

「あ、寝てる」

 

「スルー?!」

 

 

浩介を起こさないように、静かにツッコミを入れる。

ツッコミは晴香の仕事の筈なのに……。

慣れないことをすると疲れる。ただ、いつの間にかあれだけ重く感じた体は動くようになっていた。もしかしたら、わざと自分を動かすために行動したのかもしれない。

 

 

「おーい、進藤起きろー」

 

「せっかく寝ているのに起こそうとしないでよ!」

 

「でも、今仲直りしなかったら、明日まで落ち込み続けるでしょ?」

 

「いや、それは……。そうかも、しれないけど」

 

「じゃあ、早く起こそう」

 

「体調悪くて寝ているのに、無理に起こしたら機嫌悪くなって仲直りどころじゃなくなるよ」

 

「そうだな」

 

 

え、と香織と晴香は首をベッドへ向ける。そこには先ほどまで目を閉じていた浩介がジト目で二人を見ていた。

頰を汗がツーっと通り抜ける。マズい。

そこからの晴香の行動は早かった。

 

 

「あ、私滝先生に呼ばれていたような気がする」

 

「晴香?!」

 

「じゃ、また後でね」

 

 

香織は、応える間も無く保健室を出て行く晴香の後ろ姿を見送るしかできなかった。呆然としていると横からため息が聞こえる。

ビクリと肩が揺れる。寝ている横で騒いで起こしたから、呆れて怒っているに違いない。

 

 

「保健室の外で会話している声が聞こえてたけど、起こすために来たの?」

 

「あ、いや、違うの……」

 

 

香織は唇を噛む。

謝りに来たのに、全く話題に出来そうにない。ただ謝りたいだけなのに。

今は諦めて、また別の機会を設けて謝ろう。浩介を直視出来ずに目を伏せた。

 

 

「香織、」

 

「あ、うん。何?」

 

「ごめん」

 

 

勢いをなくし完全に意気消沈していた。だからだろう、急に浩介が頭を下げたことに、何が起こったのか理解出来ずにいた。

 

 

「え、いや……、え? 何で浩介が謝るの?」

 

「俺が弱気になって、不甲斐ないこと言って。香織が怒るのも無理なかったんだよ」

 

「浩介……」

 

「呆れられても仕方ないよな」

 

「そんなことないよ。私こそ、ごめんなさい」

 

 

お互いが頭を下げていることが可笑しくなって、目を見合わせて二人は共に笑い出す。もう喧嘩はお終いだ。

気がつくと、昼休みも残り僅かになっていた。そろそろ教室に戻らなくては授業に間に合わない。名残惜しさはあるが、香織は腰を上げる。

浩介はキョロキョロと周りを見渡し、誰もいないことを確認し、香織を手招きする。何だろう、首を傾げながら顔を近付ける。

瞬間、唇に柔らかい感触が伝わった。

 

 

「今日はご飯食べられないけど、また明日食べような?」

 

「あ……、うん」

 

 

保健室を出てからも、顔の熱は取れずにいた。このままでは教室に戻ることは出来ない。

 

 

「不意打ちなんて卑怯だよ……」

 

 

香織は自然と頰が緩むのを抑えきれずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***********************

 

 

 

 

 

サッカー部と吹奏楽部の休みが重なることなど、滅多にないことである。

その貴重な休日を、浩介と香織は満喫していた。朝から駅で待ち合わせ、中心街へ向かう。安くなりつつある秋物の洋服を買い、レストランで昼食を済ませ、カラオケでのんびり過ごす。

特別なことはしていない。それでも久しぶりのデートだから、と全力で楽しんでいた。

 

 

「音を外していることは分かってるんだけど、正しい音を出せないのがもどかしい」

 

「そこまで外している訳でもないし、気にするほどでもないよ?」

 

「何事もそうだけど、せっかくなら上手くなりたいじゃん」

 

「晴香なんて吹部の部長なのに、歌下手だよ?」

 

「突然の小笠原への風評被害」

 

 

晴香を引き合いに出されると浩介は何も言えない。一度クラスの打ち上げでカラオケに行った時に、笑ってあげることも出来なかったのは数少ない彼女への後悔である。

 

ひと通り遊んだ後、休憩がてら喫茶店に入る。直ぐに席に案内され、さっそくメニューに目を通す。

適当にドリンクを注文し、香織はバッグから買ってきた雑誌を取り出し、テーブルの上に広げる。

 

 

「あ、浩介いた」

 

 

香織が指を示す先には、先日インタビューを受けた時の記事が写真付きで掲載されていた。

今大会の注目選手へ突撃インタビュー、と題して全国から選手を数人ピックアップした企画の第三弾。他の選手に比較して、知名度は低いことは自覚しているけれども、注目してくれることは今後のことを考える上での参考にはなる。

 

 

「言えば貰えるのに、わざわざ買ったのな」

 

「こういうのは自分で買って、保管しておくのが大事なんだよ」

 

 

いわゆるドヤ顔である。誇らしく思ってくれることは嬉しいけど、その顔はあまり様になっていない。もちろんそのことは口にしない。

タイミング良く、ドリンクを持ってきた店員がテーブルにコーヒーを置く。浩介以外に表情を見られることは想定外だったのか、赤面するあたりが香織らしいと思ってしまう。

クスクスと笑っているところを目敏く見つけ、赤くした頰を膨らます。

 

 

「見られて恥ずかしがるくらいなら、しなければ良いのに」

 

「もう、店員さん来てるなら教えてよ」

 

「俺からは店員が見えてなかったから、わざとじゃないよ」

 

 

ソッポを向いて紅茶を飲む仕草にまた笑いそうになるが、あまりからかい過ぎると拗ねてしまうため自重する。

 

浩介は右手で頬杖をつき、香織を眺める。ゆったりとした音楽が店内を流れる。木材を多く用いている店内は、柔らかい雰囲気に包まれている気持ちにさせる。

 

 

「……どうしたの?」

 

「ううん、何でもないよ」

 

 

今、この時が何よりも愛おしく感じる。ずっと続けば良いのに。

見つめられている本人は、頰を染め気まずそうに目を逸らす。

 

 

「恥ずかしいよ」

 

「ごめん、可愛いなって」

 

「な、何言ってるの!」

 

 

手が届く距離なら、いつも通り頭を撫でていたことだろう。あいにく、今日のテーブルは少し距離があり手は届きそうにない。

香織が好きな気持ちは本物だ。

だから、先へ進むことが大切である。

 

 

「香織、」

 

「う、うん。どうしたの?」

 

 

浩介の真剣な顔に、照れていた香織も姿勢を正す。

 

 

「あれから俺色々考えたんだ。自分がどうしたいか、……何をすべきか」

 

「うん」

 

 

小さい頃の夢。

保育園の短冊に書いたことが、夢を明確にした始まりだった。

 

『プロのサッカー選手になりたい』

 

あの時は、何も考えずに抱いていた夢。なれれば良いなと思っていた十数年後の今、その夢が叶う寸前にまできている。

しかし、直ぐに飛びつくことは出来なかった。夢を叶えるために、諦めなくてはいけない物が多過ぎた。手に入れたものを手放すことが怖くなっていた。

 

 

「でも、一度きりの人生だから。誰もが立てる舞台ではないから。今はそこに挑戦したい気持ちが強いんだ」

 

「うん」

 

「だから、俺はプロに進もうと思う」

 

 

浩介の判断を応援したい。

国内のプロリーグであれば、直ぐに会いに行ける。しかし、海外ともなると、簡単に会いに行くことなど出来ない。それこそ、半年に一回とかになりかねない。それはとても寂しいことだ。

 

––––夢を叶えるために諦めなくちゃいけないこともある

 

浩介はそう言った。

つまり。香織と道を違えるということなのだろう。意味を理解し、目の前が真っ暗になる。

自分でプロになることを応援しておいて、その結果別れることになるなど誰が想像できようか。自業自得極まりない。

 

 

「香織……?」

 

「今日が最後のデートってことだったんだ……」

 

「え? そんな訳ないでしょ」

 

「だって別れるんでしょ?」

 

「誰と誰が?」

 

「私と浩介」

 

 

目尻に涙を浮かべ、でも零さないように堪える。泣いてはいけない。笑顔で見送らなくてはいけないのだ。

 

 

「えーっと、香織何か勘違いしてない?」

 

「だって、さっきプロに行くのに諦めることがあるって言ってたじゃん。それって私と別れるってことでしょ?」

 

「いやいや! 違うよ!」

 

 

ブンブンと首を激しく横に振る。そんなこと有り得るはずがない。

 

 

「確かに、ドイツに行ったら会う機会は減っちゃうけど、だからって香織と別れるなんて万が一も考えてないよ」

 

「そう、なの……?」

 

「当たり前だよ! むしろ寂しい思いをさせちゃうんだけど」

 

「寂しいのを仕方ないとは割り切れないけど、でも夢を叶える浩介が見たい」

 

「うん。だから、香織が大学を卒業するまで。四年間待って欲しい」

 

 

四年間で結果を出すから、そしたら香織をヨーロッパに呼ぶよ。

浩介の強い眼差しに香織は涙を堪えきれなかった。目元を押さえ、コクリと頷く。いつだって浩介は約束を守ってくれた。今度もきっと守ってくれると信じている。

冷めた紅茶は優しい味がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝からスマホの着信が激しい。

久美子は寝ぼけ眼で画面をタップする。朝練も休みであり、いつもならこんな時間に連絡など来るはずもない。

さらに、電話の主が葉月であることを確認し首を傾げる。急に休校になったとかだろうか。とりあえず掛け直せば分かるか。アドレス帳から葉月を選択しスマホを耳に当てる。

 

 

「もしもし、葉月ちゃ––––」

 

『久美子! ヤバイよ! マジで!』

 

 

食い気味に張り上げる声に、思わずスマホを耳から離す。何がヤバイのか、全く伝わってこないが、何かあったのだろう。一つ呼吸をして口を開ける。

 

 

「朝からどうしたの?」

 

『ネットのニュースで良いからスポーツのところ見て!』

 

「いや、今電話してるからちょっと見れないよ」

 

『あ、そっか。じゃあアプリの方に貼るからちょっと見てよ!』

 

「あ、うん。……最初からそうしてれば良かったんじゃ––––」

 

『久美子聞こえてる』

 

 

またやってしまったと思う間も無く、通話が切れてアプリに通知が入る。葉月が四人のグループのトーク欄にスクリーンショットしたであろう画像を貼り付ける。

久美子は画像を拡大するために画面をタップし、目を見開いた。

 

 

––––北宇治高校サッカー部、進藤浩介。ドイツのプロチームに内定。

 

 

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