香織先輩に彼氏がいたならば【本編完結】   作:お家が恋しい

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サントラが良すぎて毎日ヘビロテしてます


第十五話

北宇治高校の文化祭の前日は授業は休みになり、一日準備の為に費やされる。香織のクラスは、出し物としてダンスを行うことになっていた。

香織は宣伝隊長として、着ぐるみに身を通し動きを確認する。あくまで宣伝のみで本番の舞台には立たないが、開始前の注意事項などを伝えるために、いくつか動きはあったりする。

ただ、宣伝するために着ぐるみを着ると言った時のクラスメイトの微妙な顔は何故だったのだろう。

実際、いつもと違う自分になれることが楽しく、着ぐるみは自分でも気に入っていた。

 

ダンス発表のリハーサルも終え、一度休憩に入る。練習を始めた頃に比べ、完成度は高く、各々が納得いく出来になってきていた。

香織は持参した水筒の中身が無くなりかけていることに気付き、食堂の自販機で新しい飲み物を買うために財布を持って教室を出た。歩きながら隣の教室をチラリと覗く。他のクラスも一様に準備に追われている。その顔は笑顔であり、多くの生徒が最後の文化祭を楽しもうとしていた。

ある意味体育会系の部活である吹奏楽部に所属している身として、全力で取り組むことは好ましく思っている。だからこそ、ダンス発表も成功させたい。

 

廊下には準備のために用意した段ボールや、教室から出された机など様々な物が散乱している。普段の学校生活ではまず見ることのない光景だ。横たえてある木材を踏まないように跨いで、廊下の角を曲がる。

 

 

「あ、香織先輩!」

 

「優子ちゃん、クラスの方の準備中かな?」

 

「はい!」

 

 

下の階の踊り場に差し掛かり、ちょうど教室から出てきた吹奏楽部の二年生数名と鉢合わせる。香織に気付いた優子は、いち早く駆け寄ってきた。手に持っているそれから分かるように、優子のクラスは喫茶店を行うらしい。

予算が少ないために品数は少ないものの、軽食からデザート系まで幅広くカバーしており、本格的に準備もしている。確かに教室からは、お腹の虫を呼び覚ますような匂いが漂ってきていた。

香織は、どうぞと手渡されたケーキを一口つまむ。甘酸っぱいイチゴと甘さを抑えたチョコレートが程よく口の中で舌に遊ばれる。

流石お菓子作りが得意なだけはある。チョコレート好きな浩介がこの場にいたなら、間違いなく唸っていたことだろう。

 

優子が、クラスでも周りをまとめて、率先して物事に取り組んでいることは他の部員からも聞いている。次期部長候補として、周りを引っ張っていく素質はあるのだろう。晴香やあすかと次期部長の話をする際にも、彼女の名前は挙がっていた。

第一候補である彼女の成長は頼もしく、近くで優子を見ていた先輩として非常に誇らしい気持ちになる。

 

手を振る優子たちと別れ、さらに階段を降りていく。

文化祭を浩介と回りたかった。

初々しく恥ずかしそうに会話する男女の横を通り抜け、渡り廊下へ足を伸ばす。羨ましいと思うことは間違いなのだろうか。香織は目を伏せた。

数日前から浩介は、また学校を休んでいた。十八歳以下の日本代表のメンバーとして、来週に行われる大会に出場するために事前合宿が組まれており、今は静岡の方にいるとのことだ。

選手として着実にステップアップしていることは喜ばしいことではあるし、もちろん応援している。しかし、高校最後の文化祭は一緒に過ごしたかった。

 

 

「でも、もう頼ってちゃダメなんだよね……」

 

 

卒業したら半年に一回くらいしか会えなくなる。たった一週間くらい我慢出来なくては先が思いやられてしまう。悩みを断ち切るように首を振り頰を軽く叩く。

 

––––台風がぶつかるかもしれないんだって

 

––––文化祭大丈夫なのかな

 

途中ですれ違う生徒の会話が耳に入る。今朝テレビで確認したところ、天気予報では、文化祭の翌日あたりに直撃するらしい。台風で学校が休みになると少し嬉しい気持ちになるが、大抵が夜のうちに通過したり、結局逸れたりすることで期待を裏切られる。今回もあまり期待はしないでおこう。

香織は財布から小銭を取り出し、機械へと投入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***********************

 

 

 

 

 

文化祭の二日目は日曜日ということもあり、一般の来校者が多くなる。午前中に最後のダンス発表を終え、無事役目を果たした着ぐるみを脱ぐと香織は教室を出た。

 

吹奏楽部の演奏も既に終わっており、残りは完全に自由時間である。あすかは、クラスの占いの担当が午後まであり、晴香は違うクラスであるけれども、何故か手伝いで参加している。

 

歩いていれば誰かしら一緒に回る人が見つかるかもしれない。淡い期待を持って、教室を出たものの意外と知っている人に会わない。香織は近くのベンチに座りパンフレットを広げた。

演劇系などはあまり見る気にならないし、かと言って一人で食べ歩くのも寂しい。お化け屋敷はもってのほかだ。少し勿体無いけど教室に戻ってだらだらと過ごそうかな。台風が近付いているとはいえ、それを全く悟らせることなく晴れている空を眺めながら、ボーッとしていると不意に声を掛けられた。

 

 

「ねえ、キミ一人?」

 

「え?」

 

 

振り返った先には、一般の来校者であろう若い男性が二人並びこちらを見ていた。

笑顔がわざとらしく、あまり良い印象を持てない雰囲気である。

 

 

「この学校の子でしょ。良かったら俺らを案内してよ」

 

「そうそう。ここ初めて来たから全然分かんないんだよね」

 

「いや、その……」

 

 

ニヤニヤと笑いながら近付いてくる二人から逃げようとするが、急なことに恐怖感から足が動かない。誰かに助けを求めようにも都合が悪いことに、周りに人がいない。一人で寂しそうにしているのを見られることが嫌で、人気のないところに来たのが裏目に出た形になってしまった。

どうしよう。誰か助けて。

 

 

「浩介……」

 

 

ここにいるはずのない彼の名前を呼ぶ。伸ばしてくる手が怖くて思わず目を瞑る。

いつかの浩介の言葉が脳裏に浮かんだ。

 

––––香織が本当に困っている時に、助けを求めている時に隣にいられる人になりたいんだ

 

 

「人の彼女に何しようとしてるのかな?」

 

 

不意にグイッと頭を抱えるように引っ張られる。顔に触れた布の感触は多分制服のものだ。そして、安心する嗅ぎ慣れた匂い。

ゆっくりと目を開け、上を見る。

 

 

「……こう、すけ?」

 

「遅くなってごめんね」

 

 

申し訳なさそうに眉尻を下げるその顔は、何度も見てきた表情だ。

浩介は目つきを鋭くし、二人の男に目を向ける。

 

 

「で、どちら様ですか?」

 

「チッ、彼氏持ちかよ」

 

 

男たちは直ぐに諦める様子はなかったが、遠くから集団で近付いてきている声が聞こえるため、舌打ちをすると踵を返した。

香織は、危険が去ったことに安堵し、ペタンとベンチに腰を落とした。遅れて涙が出てくる。手の震えが止まらない。

 

 

「怖かった……」

 

「もう少し早く来れてたら、香織に怖い思いさせずに済んだよね。ごめんな」

 

 

浩介は肩を抱き寄せ、空いた手で優しく撫でる。文化祭の喧騒から隔離されたように、穏やかな空気が二人を包み込む。

数分もすると香織も落ち着いてくる。そこで現状に気付き、次第に恐怖感より恥ずかしさが勝ってきたのか、慌てて浩介から離れた。

 

 

「も、もう大丈夫だから!」

 

「そう?」

 

「う、うん!」

 

 

それより、どうしてここにいるの?

香織の純粋な疑問である。飛行機でシンガポールに向かう予定のチームに同行している筈である。なのに、何故京都にいるのか。

浩介は顎に手を当て、何処から説明したものかと思案する。いや、実際には深い理由はない。ただ、眠気が残っているために、頭の回転が遅くなっていた。

 

 

「いや、さ。天気予報とかでもやってるけど、今台風が近付いてるでしょ?」

 

「うん」

 

「それで、シンガポール行きの飛行機が欠航してるから、一度解散になったんだよ」

 

 

そういえば、今回の台風は東南アジアを経由していたような気がする。少し変わった進路を通っていることはニュースでもやっていた。

予定では、四日前に現地入りして大会に備えることになっていたが、天候上無理だと判断され、大会前日に現地入りすることになった。

それまで解散し、後日また改めて空港に集まる予定だ。

浩介は香織に会うため、いち早く新幹線に乗り込み、京都へと戻ってきていた。

 

 

「最後の文化祭だからさ、可能なら香織と回りたかったんだ」

 

「うん。私も……」

 

「よし、そうなら早く行かないとね」

 

 

浩介に手を取られ立ち上がる。文化祭の残り時間も多くはない。準備の段階から何処か置いて行かれているような感覚にとらわれていた。一番好きな人がいないから。一番隣にいて欲しい人がいないから。

だけど、今。文化祭に参加している。これから文化祭を楽しむのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

 

浩介と香織は、優子のクラスへとやって来た。満席とは行かないまでも、おおよその席が埋まっており、繁盛していることが分かる。

香織の話では、初めは客が少なかったが、食べた客の口コミが広まり徐々に増えていったらしい。

他のクラスと違い料理に力を入れている分、可愛らしい衣装ではない。確かに何かしら情報がないと教室に入りづらい雰囲気はある。

二人は席へと案内されるとメニューを開いた。二日目の午後ともなると、既に予定分がなくなり販売を終了した物もあるようだ。終了しました、のシールが貼られていないところから適当にケーキと紅茶を選びホール役の生徒に伝える。

 

数分もしないうちに、優子が紅茶とケーキを持って現れた。キッチンを担当していたが、浩介と香織が来たことを知り、やや強引に変わってもらったらしい。シンプルな白いエプロンを身に付けた彼女は、普段の活発そうな雰囲気とはまた異なっており、清楚さを醸し出していた。

 

 

「お待たせしました!」

 

「待ってました」

 

「ありがとう、優子ちゃん」

 

 

優子はそのまま二人と同じテーブルの席に着く。先ほど夏紀のクラスでピサの斜塔のようなケーキを大量に食べたため、優子は紅茶のみであった。ケーキは甘すぎず、男性にも食べやすくなっている。紅茶を口に含みケーキの余韻を楽しむ。

口を休ませることなくケーキを頬張りながら、香織は以前からの疑問を問いかけた。

 

 

「そういえば、優子ちゃんは浩介のこと名前で呼ぶようになったけど、その逆はないよね?」

 

「逆っていうと、俺が吉川を名前で呼ぶってこと?」

 

「うん」

 

「確かに、公平ではない……のかな?」

 

 

浩介は首を傾げる。今までずっと名字で呼んできたため、違和感は全くない。しかし、向かいに座る優子の期待のこもった視線に困惑し、香織に助けを求める。

 

 

「名前で呼んであげたら良いと思うよ」

 

「すると……、優子?」

 

「は、はい!」

 

 

頰を紅潮させながら返事する優子の様子に、香織と二人顔を見合わせ目を細める。こうしていると男子に人気があるのも納得出来る。

そして、初めて出会った時の態度との違いに、浩介にも感慨深いものがある。

 

––––あなたが香織先輩の彼氏なんて認めませんから!

 

去年のことなのに、つい昨日のことのように思い出される。きっと高校生活という物語も終盤に向かっているからだろう。

香織は窓の外に目を向けた。

 




優子の過去話は番外編として書くつもりです。
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