香織先輩に彼氏がいたならば【本編完結】   作:お家が恋しい

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第四話

「走り終わった人から試合の準備始めて」

 

 

サッカー部では大会中など体力的に辛い状況での試合を想定し、長距離走の後に紅白戦は行われる。

恒例となった10km走を終えた部員から試合の準備を開始していく。学年に関係なく積極的に準備に取り掛かるところは、無駄に伝統のないサッカー部の長所でもある。

 

走り終えた浩介が汗を拭い息を整えていると、ふと見覚えのある姿が視界に入った。吹奏楽部の一年生三人組のようである。

近付いていくと話し声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「このままで大丈夫なのかな」

 

「分かりませんけど、部長たち頑張ってるみたいですし……」

 

 

葉月の問いかけに力無さげに呟く緑輝。テニス部出身の葉月としては今の吹奏楽部の現状が気に入らなかった。部の目標が全国ならば、全国を目指すために頑張る。それが当たり前だと思っていたが、ここの吹奏楽部はそういう訳ではないらしい。

 

 

「私は、やるなら一生懸命やりたい。せっかく放課後遊ばないで頑張るんだもん」

 

「それはミドリも同じです。ですけど、心の持ち方じゃないでしょうか」

 

 

 

 

 

やはり吹奏楽部の一年生のようだ。香織から今日は練習が休みになることは聞いていたため、サボっているわけではないことは直ぐに分かった。

吹奏楽部の現状に戸惑いが生じている。新しい環境でやる気を持って入部し、現実を目の当たりにする。

このままだと去年の二の舞になる可能性があるのではないか。やる気のある者が端に追いやられ、やる気のない者が残る。社会の縮図のような、そんな理不尽な部活に。

彼女たちにはそうなって欲しくない。

浩介は足を忍ばせながら三人組の後ろに立った。

 

 

 

 

 

 

 

「今みたいにやる気のない人たちにイライラしながら頑張るのって私はなんか……」

 

「うん、間違ってるわな」

 

 

急に後ろから声を掛けられたことに驚く三人組。振り向くと何処かで見たことある男の人が立っていた。

顔は優しそうに笑っているが、葉月は聞かれた内容が褒められたものではないため内心焦っていた。

 

 

「えっと、どちら様ですか?」

 

 

恐る恐る尋ねる緑輝に浩介はああ、と頷く。

 

 

「そういえば初対面なんだったね。俺は、三年の進藤って言うんだ」

 

 

サッカー部で進藤という名前。三人はつい最近その名前を聞いたばかりであった。

 

 

「もしかしてですけど、香織先輩の彼氏さんですか?」

 

「あ、その話は知ってたんだ。そうだよ、いつも香織がお世話になってるね」

 

「いや、むしろお世話になってるのは私たちですから」

 

 

なんかよく分からない人だな。葉月は人知れず感じていた。いや、葉月に限らず他の二人も感じたはずだ。

サッカー部をまとめる人間なら、もっとガツガツしているタイプだと勝手に想像してしていたため、ギャップに拍子が抜けてしまう。

 

 

「イメージしてた人と違う」

 

 

久美子はボソッと呟いた後にハッとなり口を押さえる。

浩介に目をやると、一瞬驚いた表情をしたが、やがて膝を叩いて笑い出した。

 

 

「ククッ……あははは!」

 

 

ヤバい、怒らせたと焦る久美子。

香織に告げ口されたら、香織の取り巻きに知られたら部活の環境的に殺されると怯える葉月。

何が起こっているか分からず混乱している緑輝。

浩介はひと笑いした後、深呼吸をすると三人を落ち着かせた。

 

 

「急に笑い出しちゃってごめんね。うん、やっぱりキミは面白いね」

 

 

怒るどころか笑みを絶やさない浩介に久美子は戸惑っていた。

 

 

「おおよそだけど、キミは香織の彼氏ならもっとイケメンな人だと思ってたんだろうね」

 

 

肩をビクッと跳ねさせる久美子に図星だったんだね、と口角を上げた。久美子はバツの悪そうな表情で下を向く。

あ、いや、別に怒ってる訳じゃないよ。

浩介は慌てて手で制する。

 

 

「俺も、香織ほどの人の彼氏ならイケメンだと思うからね。あながち的外れな発言だとは思わないよ」

 

「はあ……」

 

「俺自身も未だに不思議に思ってるくらいだしね」

 

 

肩をすくめる仕草に久美子は人知れずホッと息をついた。どうやら気分を害してはいないらしい。

部活の先輩の彼氏を怒らせた、なんて話が部内を巡ったら……恐ろしいことになるだろう。その点では優しそうな人で良かった。

安心していると、ふと頭に先ほどの浩介の言葉が浮かんだ。

 

––––やっぱりキミは面白いね

 

 

「あの、忘れてたらすみません。その、進藤先輩は私のことを知ってたんですか?」

 

 

印象に残りやすいかと聞かれると、肯定は出来ない程には浩介はおおよそ平均的な顔である。

しかし流石に挨拶なりをしていれば、自分の記憶力でも覚えているはずだ。必死に思い出そうと唸る久美子に浩介は頷いた。

 

 

「そりゃあ、彼女の演奏を聴きに行ったら、目の前で『ダメだこりゃ』なんて言うんだもん。よく覚えてるよ」

 

「久美子そんなことより言ってたの?!」

 

「え? うーん、そんなこと言った記憶は––––」

 

 

 

あった。

思い出されるのは入学式の吹奏楽部の演奏。そういえば後ろに背の大きな男の人がいたような気がする。

 

 

「もしかして……、入学式の中庭での演奏の時ですか?」

 

 

笑顔で頷く浩介に久美子は終わったと感じた。

彼女の演奏を聴いている目の前で批判するなんて……。知らなかったとはいえ自殺行為でしかない。

その発言もきっと香織の耳に入っていることだろう。あの優しげな笑顔の裏には、彼女を悪く言ったことに対する憎しみがあったのかもしれない。

 

 

「さらば私の高校生活」

 

「何か勘違いしてるみたいだけど、俺は別に香織には言ってないよ?」

 

「へ?」

 

「キミが吹部に入部するかは分からなかったけど。先輩と確執が生まれたりしたら、やり難くなるだろうからね。流石に言ったりはしないよ。––––それとも言ってほしかった、とかかな?」

 

 

悪戯っぽく笑う様子に久美子は勢いよく首を横に振る。首の皮一枚繋がっているようである。

 

 

「ありがとうございます!」

 

「まったく久美子は。そういうところ気を付けないとダメだよ」

 

 

腰に手を当てメッ!と注意する葉月。まだ話すようになってから時間は経っていないが、葉月も久美子のその失言癖が心配になっていた。

 

 

「あ、先輩。ついでって言ったらあれなんですけど、一つ聞いてもいいですか?」

 

 

振り向いた葉月はハイ、と手を挙げた。浩介が頷くと真剣な表情へと変わる。

 

 

「先輩は今の吹部の現状をどう思いますか? どうすれば良いと思いますか?」

 

「現状というと、ゴタゴタのことかな?」

 

「はい。さっき先輩は間違ってると言いました」

 

 

真面目にやっている人が、やる気のない人たちによって練習することが出来ない––––それは間違っていると浩介は答えた。

聞いたところによると、サッカー部は冬の大会で全国大会に出場していたという。

 

 

「私は、やるからには本気で全国を目指したいです。でも今の吹奏楽部ではそれ以前の問題で、何か違うんです」

 

 

––––先輩ならどうしますか?

 

何とも抽象的な質問を投げられたな、と浩介は表情には出さないが戸惑いを感じた。

おおよそ、彼女たちは去年のことを知っているのだろう。

 

 

「そうだな。吹部は今大変な時期にあるのかもしれない。多分だけど、君たちも去年のことを少しは聞いたんだよね? もしかしたら––––いや、可能性は低いだろうけど、去年のようになるかもしれない」

 

 

去年のこと。つまり大量に部員が辞めたことだろう。思わぬ発言に困惑の表情を浮かべる三人を他所に、浩介は言葉を続ける。

 

 

「でも、今年は去年とは違うと思う。まだ滝先生のことはよく知らないけどね。ただ、小笠原と滝先生なら変えてみせる。そんな気がするよ」

 

「あすか先輩ではなくて晴香先輩ですか?」

 

 

やはり一年生の視点からは、晴香よりあすかの方が評価が高いようである。あすかの方がしっかりしており、発言力もある。成績も優秀ときたら誰もがあすかを評価するだろう。

葉月の疑問に浩介は頷く。

 

 

「本当ならば、吹部は去年もっと多くの人が辞めてもおかしくなかったんだよ。でも実際は辞めなかった。その状況を乗り切れたのは、小笠原が部長だったからだと思ってる。あいつは気が弱いし、一般的なリーダーというタイプではないけどね」

 

 

三人とも首を傾げる様子が可笑しくて浩介から笑い声が漏れる。

葉月が笑われたことに抗議の声を挙げようとしたその時––––不意にトランペットの音色が響いてきた。

 

 

「トランペットの音……? 誰だろう」

 

「……高坂さんだよ。高坂さんのトランペットだよ」

 

「新世界より、ですね」

 

「ドヴォルザークがアメリカにいた頃、故郷のボヘミアを想って作った曲なんだって。––––まだ何もない新しい世界で」

 

 

曲の終わりと共に訪れた静寂の中、浩介は満足気に頷いた。

 

 

「答えは出たみたいだね。……吹部は変わっていくと思う。キミたちがこれからどうなっていくか、個人的にも楽しみにしてるよ」

 

 

全員走り終わったし、俺もそろそろ行かないと怒られるかな。

 

浩介は立ち上がると、何度かズボンについた汚れを叩いた。

その仕草を見ていた久美子は何となくではあるが、浩介と香織が付き合っている理由が分かったような気がした。

 

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