香織先輩に彼氏がいたならば【本編完結】   作:お家が恋しい

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第二十一話

『点差はつきましたが、両チームともに素晴らしい試合でした。今日の試合のターニングポイントとしてはどこが挙げられますか?』

 

『そうですね。私は、怪我をした進藤選手が戻ってくるまでの間、立華高校の猛攻を耐えきったこと。そして、その直後の進藤選手と岩田選手の連携プレー。これが得点に繋がったことだと思います』

 

 

香織は顔を上げ壁に掛けられた時計を見る。名残惜しくもあるが、そろそろ家を出ないと予備校の授業に間に合いそうにない。

慌てて立ち上がるとバッグに教材を詰め込み、コートに袖を通した。笑顔でチームメイトと話している浩介の姿につられて笑みが溢れる。テレビの電源を切り、部屋の電気を消した。

 

 

「おめでと、浩介」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でもすごかったです。もしかしたら全国に行っちゃうんじゃないでしょうか」

 

「いや、行くでしょ。立華を倒したんだから、もう京都では敵なしだよ」

 

「次が決勝だもんね。すると次も応援行くことになるのかな」

 

「久美子ちゃんは、あまり乗り気じゃなさそうですね。ミドリは今から楽しみです!」

 

「私もいつもと違う感じで楽しかったし、また行きたいけど手が冷たいのと寒いのがね……」

 

 

立華高校との試合の翌日の放課後、吹奏楽部員はいつも通り音楽室で練習のための準備を行っていた。机を運び出して椅子を並べる。練習が始まるまで低音パートの一年生三人は近くの席に座り雑談に勤しんでいた。

久美子は自分の手を開いたり閉じたりする。まだ冬到来というには早いが、昨日の試合は風が冷たく、指先がかなり冷えていた。当然のことではあるが手が悴むと演奏に支障をきたしてしまう。人前で吹く以上は、全国大会に出場した高校という自負を持って演奏にしたい。いつかそんな気持ちが生まれていたことに自分でも驚いていた。

 

黒板の上に掛けられている時計を確認する。もうそろそろ練習の開始時間だ。いつもであれば既に準備を終えているはずの部長––––優子の姿は今日は見えない。部長と言えば晴香が思い当たるあたり、まだ新生吹奏楽部は発足から日が浅かった。

 

ガラガラとドアが開く音が聞こえ、久美子は反応するように振り向く。いつものように頭に黄色いリボンを付けた優子がそこには立っていた。何故かやや呆れたような表情をする彼女は、音楽室に入る前に後ろにいる影に声を掛けた。

 

 

「え、香織いないの?」

 

「いる訳ないですよ」

 

「じゃあ香織がいないバージョンのカンペ持ってくるから待ってて」

 

「なんで香織先輩がいると思ったのか理解に苦しみます。時間ないのでさっさと入ってください」

 

 

あ、進藤先輩だ。久美子は一瞬で理解した。香織信者である優子に対し、香織の話題を出しながら冗談を言い合える人間など一人しかいない。久美子の予想通りに、浩介が優子に続いて音楽室に入ってきた。

サッカー部もこれから部活があるのだろう、緑色のジャージに身を通した浩介は、吹奏楽部員と目が合うと挨拶をして教壇の方へと向かって行った。

 

 

 

 

「今日は練習を始める前に、どうしてもこの先輩がみんなに話したいことがあると煩いので連れてきました」

 

「俺がワガママで吹部の貴重な時間潰してるみたいな言い方だな」

 

「だってそうですから」

 

 

身もふたもない言い方に浩介は頭をかく。椅子に座り楽器を手にしたまま、周りの部員は二人のやり取りから話の流れが読めずに首を傾げていた。副部長の夏紀は手を挙げ許可を得る前に立ち上がる。立つ前にユーフォニアムを床に置くことは忘れない。

副部長は部員の視線を一身に浴びて、その心を代弁するべく口を開ける。

 

 

「つまり進藤先輩は何かうちらに言いたいことがあるってことですか?」

 

「あ、なっつん。そうなんだよ。で、あまり時間をかけてみんなの練習時間なくなるのは申し訳ないので、さっさと済ませちゃうね」

 

 

私は別に良いって言ったのに。

優子の呟きは部員の耳には届くことなく消えていった。唯一近くにいた浩介の耳には入っていたが、聞こえないフリをして一歩前に出た。これはケジメのようなものなのだから。

右から左へ、ぐるりと吹奏楽部員を見渡す。

浩介の知らない様々な楽器が蛍光灯の光に反射する。

 

 

「初めましての方もいると思うので、まず自己紹介からします。三年でサッカー部のキャプテンをしてます、進藤と言います」

 

 

ほぼ全員が頷いている。

流石に吹奏楽部に所属していた香織の彼氏ということで知らない人間はいないようだ。

 

 

「今日はどうしても言いたいことがあって、ここに立たせてもらいました」

 

 

––––昨日の試合、応援ありがとうございました。

 

深く腰を折る動作に一瞬の静寂の後、部員はざわめき始める。直ぐに頭は上げずに、何秒もそのままでいる姿は夏紀を焦らせた。

 

 

「し、進藤先輩! 頭上げて下さい。別に私たちはお礼を言われるようなことはしてませんよ」

 

「そうですよ! みんな戸惑ってますから」

 

 

急に現れたサッカー部のキャプテンが突然頭を下げる。混乱するのに十分な状況であり、部員たちは困惑した顔を見合わせていた。浩介は顔を上げると、少し恥ずかしそうに表情を緩ませる。

 

 

「吹部の応援はとても大きかったと思うんだ。昨日の試合終わった後に、みんなも言ってた。吹部の応援のお陰でいつも以上の力が出せたって。だからどうしてもお礼が言いたくて、滝先生にも話して今日時間をもらったんだ」

 

 

いつの間か雑談する声はなくなり、浩介に視線が集まっていた。ニコリと笑い浩介は言葉を続ける。

 

 

「俺も応援で力が湧いた一人なんだ。怪我をして一時退場してた時に、吹部の演奏が耳に入ってきたんだ。中々血が止まらなくて焦ってたんだけど、それを聞いて気合いが入って……。血がピタリと止まったんだ」

 

 

吹奏楽部が演奏する楽曲を決める中で、浩介は自分の好きな曲を候補曲の中にさり気なく入れていた。優子もそのことには気付いており、先輩のために、と採用していた。浩介を応援するにあたり、あの場面で吹くならその曲しかないと判断し––––そしてそれは正しかった。

 

 

「彼女が吹部だったからとか、そういうんじゃなくて。個人的に吹部のファンだったから、応援してくれてとても嬉しかったです。今週末が最後の試合になりますが、また応援よろしくお願いします」

 

 

静まり返った音楽室で、優子は目頭に手を当て視界がぼやけそうになるのを必死に抑えていた。

表では認めていなかったけれども、一年生の頃から香織と共に尊敬していた先輩。ずっと背中を追いかけていた先輩。少しは彼に恩を返せただろうか。

もちろん、恩を返すために応援をしている訳ではない。しかし、卒業するまでに先輩に何かをしたい。その気持ちは強くあった。

 

 

「次が最後なんて、そんな寂しいこと言わないでくださいよ。次も勝って全国行ってください。私たちも応援に行きますから」

 

「そうです。全国でも最後まで応援に行きますから!」

 

「ありがとう。……でも定期演奏会とかあるのに準備の時間無くなっちゃうんじゃないかな」

 

「それは、」

 

 

優子はチラリとみぞれに目を向ける。物静かそうな少女は向けられた視線に、どうしたのだろうとでも言わんばかりに首を傾げる。彼女が定期演奏会の企画を担っており、みぞれの進行次第で直前の忙しさは変わってくる。

少し抜けている部分はあるものの、真面目でしっかりしている人物である。ただ、人見知りの気があるため懸念はしている。

 

 

「定期演奏会の方にもしっかりサポートを立てて、万全の状態で臨めるようにするので大丈夫です」

 

「気持ちは嬉しいけど、無理はしないでね? 演奏会に支障が出たら部として本末転倒になっちゃうので」

 

「分かってます」

 

 

胸を張って言い切る姿は、一年生の頃から知る浩介からは背伸びした子供のように見える。しかし、部長という立場を任されて以来、しっかりと部をまとめるために努力している姿も知っている。後輩の成長を喜びつつ、浩介は改めて頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***********************

 

 

 

 

『では、以上で終業式を終わります。次に部活動の表彰に移ります』

 

 

本格的に冬の到来を迎え、空気の冷たさに震える十二月。二学期の最終日として終業式が行われていた。

夏は暑く冬は寒い、融通の利かない体育館に全校生徒が集められ、学年ごとに整列をしていた。校長の長い話を乗り越え終業式が終わると、次に各部活動の大会の表彰が始まる。

吹奏楽部からは、前部長の晴香及び副部長のあすかが、壇上で全国大会の賞状を受け取る。二人が壇上を降り、司会は次の部活を読み上げた。

 

 

『続いて、サッカー部』

 

 

名前を呼ばれ、浩介は階段を登る。ステージの中央で校長に向かい頭を下げると、賞状を読み上げる。

おめでとう。校長からの激励の言葉と共に、両手で賞状を受け取り一礼する。若干まばらな拍手の雨の中、階段を降り自分の列へと帰っていく。

 

 

『なお、サッカー部は来週から始まる全国大会に––––』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「浩介、お疲れ様。カッコ良かったよ」

 

「いや、どう考えてもカッコ良くはなかったでしょ。壇上で賞状受け取るだけだし」

 

「堂々として凛々しかったよ」

 

「面倒なのを顔に出さないようにしてただけなんだけどな」

 

「そうやって直ぐ屁理屈言うんだから」

 

 

香織の見え方がおかしいだけなのでは。内心思いつつも口には出さない。終業式は午前中で終わり、成績表を受け取れば、もう冬休みである。

サッカー部は午後から練習を開始するために、この時間で昼食をとる必要がある。浩介は持参した弁当箱を開けて箸をのばす。香織は帰宅してから親と一緒に食べる予定らしい。

食堂は場所のみ開放されており、昼食は弁当などを事前に持ってきていないと校外に買いに行くしかない。午後から練習を控えているであろう部活の学生がちらほらといる以外は、普段と異なり静かな場所になっていた。

 

頬杖をつきながら浩介の顔を見つめる香織の姿は、どこか母性を感じる。屁理屈を返すのも照れ臭いことが理由の大半を占めており、それを悟られたくないために周りを見るフリをして、香織の視線から逃げるように顔を背けた。

しかし、長い付き合いから、浩介が恥ずかしがっていることなどお見通しであり、その様子が可笑しくて香織はクスクスと笑う。

 

 

「あ、そうだ」

 

 

思い出したようにバッグの中を漁り、テーブルに小さい紙袋を置く。ピンク色の紙袋は花のシールで留められており、香織のお手製のようだ。

 

 

「開けてみて?」

 

「うん。……お守り?」

 

「後輩に作り方教えてもらったの。予選の時はこっちも忙しかったから作れなかったけど、全国大会前にどうしても渡したくて」

 

 

青色のお守りに、サッカーボールのワッペンが縫い付けられているそれは手作りの暖かさを感じさせる。裏を返せば、イニシャルの文字が入っていた。

 

 

「本当はミサンガとかにしたかったけど、確か試合中はそういうの身に付けられないでしょ? だからお守りにしようと思ったの」

 

「すごく嬉しいよ。ありがとう」

 

「必勝のお守りなんだから、負けないでね?」

 

「日本一になって帰ってくるよ」

 

 

エナメルバッグに取り付ると、浩介は笑顔で返した。

 

 

 

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