香織先輩に彼氏がいたならば【本編完結】   作:お家が恋しい

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なんとかギリギリ間に合った。
香織先輩誕生日おめでとう!


理想が現実になった日

「香織は最後の夏休み旅行の予定はあるの?」

 

 

蝉の合唱が少しずつ大きくなっているのは、つい先日梅雨も明け今年も夏本番を迎えたからだろう。今朝のテレビのスポーツコーナーでは甲子園出場をかけて日々青春を送る高校生たちがピックアップされていた。

目の前のことに全てを捧げる彼らの表情は、懐かしさと、ほんの少しの寂しさを思い出させてくれる。香織はこの季節が好きだった。

 

最後の前期試験を終え筆記用具をバッグへと仕舞いながら答えを返す。シャツから覗く肌が白く映える。

 

 

「とりあえず前半は高校の友達と小旅行して、九月の頭に海外行く予定かな」

 

「高校の吹奏楽部の友達だっけ? 本当に仲良いね」

 

「毎年の恒例になってるくらいだからね。来年からは社会人になるし、予定を合わせられるか分からないけど」

 

 

脳裏に浮かぶ二人の顔。泣き虫な元部長と赤い眼鏡が特徴の元副部長。高校の三年間を共に過ごした彼女たちとは今でも頻繁に連絡を取っていた。小旅行に出掛けるのも今年で四回目だ。

ここまでくると手慣れたものでホテル、レンタカーの予約から当日のコースまで既にキッチリと計画は立てられており、後は必要な物を買うくらいである。

 

 

「海外は何処に行くの?」

 

「一応、ドイツかな」

 

 

別に悪いことを話そうとしている訳ではないのに、口から出てくる言葉は歯切りの悪いものになってしまった。彼氏に会いに行くという気恥ずかしさがあるためだろう。

 

 

「一応って決まってはいるんでしょ?」

 

「うん、まあ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うわあ。

思わず声が漏れる。以前高校時代に全国大会の応援に行った国立競技場を目の前にした時もかなり大きいと思ったが、これはその時以上に圧倒的な迫力がある。

街からスタジアムへと通じる道は黄色のユニフォームに袖を通したファンで溢れており、多分ドイツ語なのだろう、言葉は分からないもののチャントを歌っている集団もある。街全体がクラブチームを応援していることが伝わってくるそれは、まるでお祭りのようでもあり、香織自身楽しい気持ちになってくる。

 

 

「中世古さん! こっちこっち!」

 

 

チケットが封入されていた手紙に指示された場所へ向かうと一人の男性が手を振ってくる。比較的涼しく過ごしやすくなっているが、まだ夏場でありスーツ姿はやや暑そうである。

アジア地区のスカウトを担当している山本が今日の香織の案内を買って出てくれていた。入団する前にクラブチームと浩介を繋ぐ存在として何度か京都まで来ていたために香織とも面識はあった。正直なところ、部長に昇進している人間をこき使うようなことをして良いのか疑問に思う。

だが、浩介の話では自分から申し出てくれたらしい。

 

 

「今日はよろしくお願いします」

 

「わざわざ遠くからありがとうね」

 

「こちらこそ、お忙しいのにありがとうございます」

 

「じゃあ、早速案内するね」

 

 

観客とは別の入り口––––職員用の入り口からスタジアム内へ入る。スタッフ用通路には試合前のために多くのスタッフが行き来しており、その多くが山本に挨拶をしていく。その後に誰もが後ろにいる香織の方を向きニコリと笑みを浮かべる。

今回は急な話ではなく、元々案内することは決まっているため多分浩介の彼女であることが伝わっているのだろう。恥ずかしさで顔を赤くしつつも会釈して脇を通る。

 

 

「ここが中世古さんの席だよ」

 

 

何度か階段を上がり目の前に広がる緑一色のグラウンド。芝生上では既に選手たちはウォーミングアップを開始しているようだ。

軽快な音楽が流され、観客たちは陽気に笑い合う。日常から切り離された空間がそこにはあった。

 

 

「このスタジアムは収容人数が約十万人。ドイツ最大のスタジアムなんだ」

 

 

山本は音楽や周りの騒音に負けないように大きめの声で解説する。

先月から新しいシーズンが始まり、浩介の所属するクラブチームは開幕からスタートダッシュに成功している。

今日の試合はまだリーグ戦の三試合目であるが、相手は昨シーズンの優勝クラブチーム。前半戦を占う一試合になるとメディアの報道だ。

 

 

「中世古さんも日本でニュースとかは聞いているかもしれないけど、今季の浩介は調子が良いんだ」

 

「ドイツのメディアも評価が高いみたいなことは聞きました」

 

「うん。まだ得点はないけどチャンスは多く作っているね。浩介が起点になってるシーンもあってプレーには監督も満足してる。得点の匂いもあるし、それこそ今日中世古さん来てるから決めてくれるんじゃないかな」

 

 

もちろん生観戦している以上得点シーンは見てみたい。しかし自分の彼氏が活躍する姿を実際に目にすることが出来るだけでも十分満足であることも事実だ。香織はここ数年で伸びた髪を指で遊ばせる。山本は優しく微笑みオーロラビジョンの方向を見るように促す。

 

 

「さて、そろそろ選手入場だね。きっとビックリするよ」

 

 

 

 

 

 

『それでは今日のスターティングメンバーを発表します!』

 

 

香織はドイツ語は分からないため、隣りにいる山本が訳す言葉に耳を傾ける。もちろん、将来のことを考え少しずつ勉強はしていたりもするのだが。

先発する選手はゴールキーパーから順に発表され、選手の名前が呼ばれるたびに拍手が起こり口笛が吹かれる。

 

 

『続いて、フォワード! 背番号14! 進藤浩介!』

 

 

浩介の名前がコールされると歓声は一段と大きくなる。予想以上の地鳴りに香織は驚き周りをキョロキョロと見渡す。

 

 

「これが今の浩介の人気だよ」

 

 

前の方には14番のレプリカのユニフォームを身に着け浩介へと何か叫んで––––多分、応援だろう––––を送る少年が目に入る。いつか浩介が語っていた姿が脳裏に浮かぶ。

 

 

––––おこがましいことだって自覚している。ただ、自分がプロの選手を見てそうだったように、いつか小さい子が俺のことを憧れに思ってサッカーをしてくれればって思うんだ。

 

誰もがサッカーを始めた頃には憧れのサッカー選手がいる。海外の選手であったり、テレビに映った高校サッカーの選手であったり。そして魅力された選手のプレー集を見たり、実際にプレーの真似をしてみたり。

自分も誰かにとってのそんな存在でありたい。浩介は照れ臭そうに頰をかいていたのが印象的だった。

あの日のことは目を瞑れば鮮明に思い出すことが出来る。

 

 

「もう浩介の夢は一つ叶ってるのかな……」

 

「うん?」

 

「いいえ、何でもないです」

 

 

慌てて手を振って否定する。

首を傾げつつもグラウンドに視線を落とす様子にホッと胸をなで下ろす。他人の夢を勝手に誰かに話すのはマナー違反である。いつか浩介自身が話すまでは心に秘めておきたい。

 

 

「でも、こんなに多くの人に応援されて、全く人種の違う人たちと一緒に勝利を目指してプレーをして。何だか浩介が遠い存在になってしまったような気がします」

 

「それは違うよ」

 

 

山本は否定する。

異国の地で日本人が孤独に戦っていたことを知っている。言葉は上手く伝わらず、体格差で負けて吹き飛ばされて危うく怪我をしそうになって。下部組織のチームでもなかなかレギュラーになれないことに悔しがっている姿を何度と目にしてきた。

 

 

「今、浩介があの場に立てているのは中世古さんがいたからだよ。俺が保証する」

 

「そうでしょうか……」

 

「浩介の心の支えになったのは誰でもない、中世古さんなんだ。応援してくれる中世古さんがいる日本まで活躍している声を届けたい。そんな風に強く気持ちをもっていたからトップチームまで這い上がることが出来たんだ」

 

 

確かに浩介は電話越しにその話はしてくれていた。しかし、実際に現地の人たちやチームスタッフがどう考えていたのか、不安に思っていた。彼女の存在が成長の足を引っ張っているのではないか。そんな思いをずっと抱えていた。

 

 

「浩介は中世古さんに見てもらいたいんだ。中世古さんの存在がどれだけ力になっているのか、直接見て欲しいって」

 

「浩介の力に……」

 

 

 

 

 

 

 

試合開始を告げるホイッスルが鳴らされる。

リーグ戦上位チーム同士の戦いともありハイレベルなプレーの応酬で試合は展開される。息をつかせる間も無く攻守は激しく入れ替わり応援もつられるようにヒートアップしていく。

香織は固唾を飲んで浩介を目で追う。攻撃の選手でありながらもコート内を縦横無尽に動き回り、チームの動きに連動性を与えている。得点を挙げることも重要な仕事ではあるが、浩介の貢献度はまた別のところにあるとは山本の言葉だ。

 

浩介がボールに触れる回数が増えることで味方の攻撃の時間は増えていることはサッカーに詳しくない香織の目にも明らかである。

そして、その時はやってきた。

 

相手の守備の一瞬の隙を突き、ディフェンダーを置き去りにしてゴールキーパーとの一対一を躱し冷静にゴールネットを揺らす。浩介のプレーはまるで時が止まったかのようにゆっくりと流れていく。

 

 

『ただいまのゴール! 得点者は……、コースケ!』

 

『シンドー!』

 

 

場内アナウンスに対する観客のレスポンスの大きさに、彼氏がここまでファンを魅了していることが分かる。腕には鳥肌が立ったままだ。

 

これが海外のサッカー。生で観戦するサッカー。

歓声が、空気が胸に強く響く。

ふとグラウンドへと視線を落とすと、浩介がこちらを見ていることに気付く。ライブでアーティストと目が合ったとかあやふやなものではなく確信出来る。

浩介は拳を突き出し、そのまま軽く胸を叩いた。

昔からよく見ていた仕草に何処か安心を覚える。コンクールに向かうバスの中から見た時とその姿は重なって見えた。ふう、と息を吐き山本からの視線を感じその方向に振り向く。

 

 

「私たちだけに分かるサインってやつか。熱いね」

 

「そ、そんなんじゃないですよ!」

 

 

顔に熱を持ち、それを誤魔化すように首を振る。いや、間違ってはいないのだが。

他人に指摘されると嬉しさより恥ずかしさが上回ってしまう。パタパタと顔を手で仰ぐ。これでは試合に集中できなくなってしまう。

しかし杞憂も他所に試合が再開すると自然と口数も少なくなり、選手をボールを目で追うようになる。

 

その後は一進一退の攻防を繰り返し、そのまま試合は終了した。浩介の得点が決勝点となり、オーロラビジョンにも再度得点シーンが流される。

選手たちは立って拍手するファンに挨拶するようにグラウンドを一周し、ベンチ裏へと戻っていく。

通常試合後は、勝利チームからマン・オブ・ザ・マッチ––––いわゆるMVPが選出され、簡単なインタビューが行われる。今日は浩介がそれに該当するようで、オーロラビジョンには通訳を伴いインタビュアーにマイクを向けられる姿が見えた。

 

 

「みなさん! ○○テレビのジェームスです。みなさんは私がコメンテーターを務める番組を見ていますか? 先日、進藤選手が出演された際に、彼は私たちに約束をしてくれました。次の試合でマン・オブ・ザ・マッチに選ばれたらあることを告白すると! 今日はいつものインタビューとは形を変えて、彼の告白を聞きたいと思います!」

 

 

それではどうぞ。

大きくなる歓声に苦笑いしつつ、浩介はマイクを受け取った。

 

 

「今日も力強い応援ありがとうございました。進藤浩介です。僕がドイツに来て四年目に入りました」

 

 

ここまで活躍できたことに対する監督やスタッフ、家族、ファンへの御礼に歓声が上がる。

 

 

「実は、ちょうど四年前、僕はプロのサッカー選手になるか悩んでいました。今でこそ、レギュラーに定着して試合に出ていますが、当時はまだ一高校生。世界でプレーするなんて考えも及びませんでした」

 

 

––––俺には無理だから、諦めて大学に行くよ。

 

四年前の香織の誕生日のことだ。あの時の無理に作った笑顔が香織は嫌いだった。すごい怒ったことも覚えている。それこそ別れてしまっても可笑しくないくらいに冷たいことを言ってしまった。今でも反省することの一つだ。

 

 

「でも。下を向いていた僕の背中を押してくれたのが僕の彼女でした。あの時、彼女が励ましてくれたことが今の成功の鍵だったのだと、強く確信しています」

 

 

いつの間にか、浩介の言葉、息遣いすら聞き取ろうと会場は静まり返っていた。

浩介は一つ息を長く吐いた後、覚悟を決め顔を上げる。

 

 

「そして今日が、その彼女の誕生日です。無理を言って、日本からこの試合を観に来てもらいました」

 

 

浩介の視線の先には香織がいる。香織は心臓が口から出そうになるくらい強い鼓動を感じる。

 

 

––––香織、俺と結婚してください。

 

これからも隣りにいてください。

ドイツに来てほしいとお願いしてきた時の真剣な表情はこのためだったのか。今さらながら理解する。

いつか浩介が遠い場所に行ってしまったと感じていた。別世界の人間になってしまったと思っていた。けど、辛い時は電話で愚痴を聞いてくれて、距離は遠くても心はいつでも寄り添ってくれていた。

浩介はいつも隣りにいてくれた。

堪えきれずに溢れる涙でくしゃくしゃになった顔を隠すように手で覆う。この涙は悲しいからではない。心待ちにしていた言葉、理想が現実になったことの嬉しさがさせているのだ。

周りの観客に促され階段を駆け下り、グラウンドへと向かう。

 

 

「よろこんで!」

 

 

驚きを隠せない浩介の胸へと飛び込む。

二人を祝福するようにスタジアムは歓声に包まれた。

 




後日ネットで拡散されて晴香とあすかに弄られるまでがセットだったり。
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