他の短編が煮詰まっているので先にこちらを載せることにしました。
来年もよろしくお願いします。
オリンピック代表に選出され、エース中本とともに活躍を期待されている進藤浩介。彼を語る上で避けて通れないエピソードがある。
彼が高校三年生の高校サッカー全国大会決勝戦、奇しくも今回同じく日本代表に選出された中本率いる仙習高校がその相手であった。
超高校級サッカープレイヤー同士の対決に、多くの観客、メディアがスタジアムへと駆けつけ試合開始を待っていた。もちろん、私もその一人であり、青い芝を眼前にキーボードに置いた手が開始前から震えていたことを今でも鮮明に記憶している。
閑話休題。
高校サッカーでは、実力差以上に点差が開いてしまうことが往々にしてよくある。全国大会の決勝でも四、五点差がつくことは決して珍しいことではない。前半で三点でも取ろうものなら試合は決まったものであると観客も理解してしまう。
だからこそ決勝という舞台でこのような展開になるとは誰もが予想出来なかったはずだ。
次世代を担うのは俺だ!より一部抜粋
甲高いファンファーレが鳴り響き、観客が拍手を送る。肌に突き刺さるような冷たい空気の中を、二十二名の選手が芝を踏みしめ歩いていく。
全国に数千とある高校の内に、この舞台に立つことを許されたのは予選から未だに無敗同士の二校のみ。高校サッカー最高峰の戦いがこれから始まろうとしていた。
香織は北宇治高校の応援スペースのなるべく前の方の席に座り、入場してくる選手––––正確には浩介に対し、手の痛みを気にすることなく拍手をし続けていた。キャプテンとしてチームの先頭を歩く浩介は、いつもの雰囲気とは全くもって異なるものであった。凛々しい、彼女目線だからそう見えているのかは分からない。しかし今日の彼氏は一段とカッコ良い––––そんな確信があった。
「でも気負いがある訳じゃなさそう。うん、浩介なら大丈夫」
誰に聞かせるでもなく小さく呟いた。
ホイッスルが鳴りボールがグラウンドを動き始める。数万人の視線がグラウンドへと注がれる。待ちに待った決勝の舞台。
しかし、多くの観客の期待とは裏腹に、試合は一方的な展開になっていった。
常勝軍団とも言える仙習高校と、かたや慣れない緊張感に浮き足立つ北宇治高校。どちらが先に支配権を得るか明白であった。
「ああ……」
誰から漏れた声だろうか。北宇治高校の応援席は一様に表情が暗くなっていた。電光掲示板にはまた一つ数字が追加される。
北宇治 0 ー 3 仙習
オーロラビジョン横にある試合時間を伝える針は四十五を指そうとしていた。高校サッカーは通常、前後半四十分ハーフで行われるが、この決勝戦のみ、プロと同じく四十五分ハーフで行われる。
試合前の熱狂具合はやや収まりつつあり、観客の興味は仙習高校がどれだけ点を奪うかに移っているようにすら思えてくる。香織は顔の前で手を合わせ強く祈るように握っていた。
––––もうダメかな
ハーフタイム、前半が終わり各々トイレに行ったりドリンクを買いに行ったり。騒つくスタンド席から切り離されたように北宇治高校応援席は静まり返っていた。創立以来初の全国大会決勝に学校を挙げての応援、相手は強豪であることから簡単に勝利するとは思っていなかったものの予想以上の圧倒的な実力差に誰もが閉口してしまっていた。
ここまで来れたんだから良いよね。
みんな頑張ったよ。
そんな声すらチラホラと耳に入ってくる状況が優子には許せなかった。これでは吹奏楽部の先輩たちと同じだ。ここまで来れたから、それで良いはずがない。最後は勝っておわるべきだ。
それにまだ試合は終わっていない。まだ半分残っている。相手が三点を取ることが出来たのだから、こっちだって三点を取ることが出来るはずだ。
……自分たちの役目は何だ。
「私たちは落ち込むためにここに来たんじゃない」
「優子先輩……?」
「吹部!」
––––はい!
優子は強く声を張り上げた。気が抜けていた部員たちも脊髄反射的に返事をする。
部員の顔を見渡し、一つ大きく手を叩いた。
「私たちは! サッカー部を応援するためにここにいます。落ち込んで空気を沈ませるのは試合が終わってからでも出来る!」
言葉を区切り、深く息を吐く。
「グラウンドにいる選手は、私たちの演奏に力が貰えると言ってくれました。負けている今こそ、選手を後押しすることが私たちの役目です!」
––––はい!
Secound project!
優子は力強く指揮棒を振り、吹奏楽部員もそれに応えるように空気を震わせた。
ロッカールームにいる選手たちに届くように、その音色は紡ぎ出される。
果たしてその応援が効果をもたらしたのか、後半開始のホイッスルと共に北宇治高校は攻勢に出る。前へ、前へと全体的に押し上げていく選手たちに応援席も熱気を取り戻しつつあった。
筆者が試合の空気を変えたと思った瞬間がある。ハーフタイムに入り、私がデスクに電話を掛けていた時のこと、不意にラッパの音が空気を切り裂いた。
それまで話そうとしていた内容を忘れるくらいに強く深く飛び込んできたその音は、北宇治高校の応援席からスタジアム全体へと、果てにはロッカールームにいるであろう選手たちへと届けられた。
後半を迎えるにあたり入場した選手たちの顔を見て私は確信する––––試合はまだ終わっていない、と。
次世代を担うのは俺たちだ!より一部抜粋
パスっとネットがボールを包み込む。一泊の静寂の後、歓声が挙がる。しかし選手たちは喜ぶことはせずに、ボールを抱えて直ぐにでも試合の再開を目指し自陣へと戻っていく。
北宇治高校が獲得したフリーキックはゴールからやや離れた場所であった。後半五分、攻めに転じた北宇治高校は前半の流れが嘘のようにパスが繋がるようになっていた。
業を煮やした仙習高校の選手がファウルを犯したことで、北宇治高校は後半最初のチャンスを得ることができ、そこから得点へと繋げた。
香織はオーロラビジョンに大きく映される浩介の得点シーンに涙が止まらない。前半圧倒された相手に対しまだ二点差があるのに、浩介たちの顔は決して諦めていないことが伝わってくる。もしかしたら関西大会で演奏している自分を見ていた浩介も同じ気持ちだったのかもしれない。
ハンカチで涙を拭い、彼氏の勇姿を見守り続ける。
『高校サッカーの決勝戦も後半の残り時間が十分を切りました。京都府代表北宇治高校対、千葉県代表仙習高校。前半に仙習高校が三点を奪い試合を有利に進めていましたが、後半は北宇治高校が反撃を開始しついに一点差まで迫りました。まだ時間は十分にあります』
例を見ない展開に実況も自然と熱くなっていく。前半が終了した段階でもはや優勝は決まった。誰もがそう考えていた––––北宇治高校以外は。
『解説の北島さん、誰もが予想していない展開となりましたこの決勝戦。ここまでの展開をどうお考えになりますか』
『前半は仙習高校が三点を取りました。ここまでは仙習のいつもの形のように思います。対し北宇治高校は、』
高校サッカーでは珍しく、司令塔を二人置いている。それが北宇治高校サッカー部の特徴であった。
『全国大会で彼らが今日のような布陣で臨むのは初めてだと思います。司令塔は、吹奏楽やオーケストラでいう指揮者のような存在です。一つの楽曲を奏でるにあたり、二人の指揮者がいては一体感のある演奏は出来ません。サッカーにおいてもレベルの高いプロであるならばともかく、高校サッカーで二人の司令塔を置くことは、一歩間違えればチームが崩壊する。それだけの危険性を伴っているんです』
『しかし北宇治高校はそれを完成させている、ということでしょうか』
『いえ、前半までは機能していなかったことから、ずっと試行錯誤していたのだと思います。それが機能するようになったのは後半から』
『前半の攻撃がチグハグに感じたのはそのせいだと?』
『はい。10番の岩田と14番の進藤。大会のこれまでの試合では、二人のうち主に進藤が司令塔となり攻撃を展開していました。攻撃に入る際にはほぼ必ず進藤が顔を出す。それが北宇治の攻撃の形でした』
『後半からは岩田も加わったということですね。しかし、司令塔が二人もいて上手く機能するのでしょうか』
『先ほども言いましたが指揮者が二人もいては演奏が上手く出来ないように、普通であれば攻撃も中途半端になってしまいます。ところが北宇治高校の場合、片方が司令塔の位置についたらもう一人はチームの駒になっているのです』
『駒になっている?』
『はい。例えば北宇治の一点目のシーンでも、岩田がボールを持った瞬間に進藤はサイドに展開しています。進藤がサイドにいることで仙習高校のディフェンダーもサイドに引きずられ、中央が手薄になったところを攻められたことがファールにつながりました』
『なるほど。それが北宇治高校の後半の猛攻を支えている訳ですね』
『説明は簡単ですがチームとして機能させるには相当な努力が必要となるはずです。北宇治高校も大会以前からこのフォーメーションに取り組んでいたのでしょう』
『詳しい解説ありがとうございます。さあ、北宇治高校がコーナーキックのチャンスを得ました。キッカーは10番の岩田。残り時間も少ないためディフェンスに二人程度残し、全員がゴール前に集まりました』
助走をつけて岩田が蹴り込み……、入ったー!
北宇治高校ついに、ついに同点に追い付きました!
応援席へと集まるグラウンド上の選手たちをより一層大きな歓声で迎え入れる。観客も座ることを忘れて拍手を送る。
––––優勝候補筆頭の仙習高校を大会中にここまで苦しめた存在はいなかった。
圧倒的王者に立ち向かう北宇治高校の姿は多くの人の心を強く揺さぶり会場内をうねる。
その後はこう着状態が続き、後半終了の笛が鳴ると共にため息とどよめきが起こった。
「はあ……」
ベンチへと帰っていく選手たちの中に14番の姿は際立って見える。香織は呼吸することを思い出したように深く息を吐いた。隣にいる晴香に肩を叩かれ振り向けば興奮していたのだろう、その顔はやや上気していた。
「追いついて良かったね」
「うん、まさか追いつくと思わなかったよ」
「進藤もゴール決めたし」
「流石私の彼氏」
「なんだなんだ惚気か?」
「あ、晴香には惚気ること出来ないもんね。ごめんね」
「おい」
配慮が足りずすみませんでした。わざとらしく頭を下げれば軽く叩かれる。顔を上げてお互いに笑い合う。晴香の目はうっすらと潤んでいるように見えた。
まだ試合は終わっていない。最後まで浩介の姿を見届けることが今の自分の役割である。香織は人知れず拳を握りた。
『大変長らくお待たせいたしました。これより表彰式を行います』
試合が終わり混雑を避けるために早めに席を立つ人もチラホラと見受けられるが、それでも多くの観客は未だ敢闘した選手たちに拍手を送っていた。
笑顔が弾けている姿、赤く目を腫らしながらも堂々と胸を張る姿……。一人一人の姿に強く胸を打たれる。
『準優勝校、千葉県代表、仙習高等学校!』
会場から惜しみない拍手を背に、選手たちはメダルを首にかけられた。悔しくない訳がない。しかし決して人前で涙を見せないその中本の姿は、そのエピソードと共に数年後もテレビで見られることとなる。
そして香織は、その瞬間を待っていた。いつかの約束が果たされる時がくる。
––––私が見たことのない景色を見せて欲しい
きっと浩介はこれからも色々な景色を見せてくれることだろう。今日のこの試合は、そのスタートに過ぎないはずだ。
マイスターシャーレを高く掲げる浩介の姿を強く目に焼き付けた。
書いてて思ったけど高校サッカーだとマイスターシャーレはなかったような気がする。