「最近の吹部は大変そうだな」
練習が終わった後のハンバーガーショップに三人の姿はあった。四人がけのテーブル席に、浩介と香織が隣に座り、その向かいに優子が腰をかける。
晩御飯も近いというのにガツガツとハンバーガーを頬張る優子に、浩介と香織は顔を見合わせ苦笑いした。
「大変なんてもんじゃないですよ! マジムカつく!」
口の周りについたソースを香織に拭いてもらい顔を赤くしていたが、ハッとなり憤慨の表情を浮かべる。
どうやら優子は滝の指導がお気に召さないようである。
「まあまあ、優子ちゃんも落ち着いて。一気に食べると喉に詰まるよ?」
「まあまあ、優子ちゃんも落ち着いて? 怒ると眉間にシワができるよ?」
「進藤先輩は黙って下さい! せっかく香織先輩からお誘い受けたと思ったのに……。なんで進藤先輩がいるんですか」
優子は口を尖らせる––––香織にハンバーガー食べて帰ろうと誘われ有頂天になっていた三十分前の自分を殴りたい気分になる。
浩介に食って掛かることはあるが、別に嫌いなわけではない。むしろ男性で遠慮なく香織の魅力を共有することのできる貴重な人間であり、また自らの性格を知った上で付き合い方を変えない浩介の存在は優子にとって大きいものでもあった。
でも、やっぱり気に入らないのだ。香織先輩の彼氏はイケメンであって欲しかった––––ただそれだけの理由で未だに素直になれずにいた。
「なんでと言われても、香織を誘ったのは俺だしな」
「せっかくだから優子ちゃんも一緒の方が楽しいかなって思って私が誘ったの。説明してなくてごめんね?」
「そんな、香織先輩が謝ることはないです!」
「来週の水曜日の合奏、俺も聴きに行きたいな。松本先生にお願いしたら良いって言うかな」
「話の脈絡何もないですね。絶対に良いなんて言わないですよ。むしろ良いって言っても来ないで下さい」
「吉川は見ないから大丈夫だよ。香織しか見てないから」
惚気とも取れる発言に香織は赤面する。それが優子には面白くないようで、フンと顔を背けポテトを囓る。
「もう! そういうこと言わないの。演奏してる時の優子ちゃんも可愛いんだから」
「香織先輩……!」
「はいはい、ごめんよ。それで––––」
全国大会は本気で目指せそうなの?
浩介の発言に二人は示しを合わせたかのように口を閉じた。
香織は浩介の練習を見ていたことによる気後れから、優子は滝に対する反発から素直に『全国を目指す』とは言えなかった。
数秒、いや数十秒が経過しただろうか、香織はポツリと言葉を繋げる。
「私は……。今頑張っているその先に、全国があれば良いなって思ってる」
香織の告白に優子は唇をかんだ。優子は滝に対し限りなく嫌いに近い感情をもっている。
私たちには私たちなりのやり方がある––––そう反発していたが、その“私たちのやり方”では全国なんていうのは夢のまた夢である。そのことは強く自覚していた。
「私は滝先生が好きじゃないです。やり方も気に食わないです。でも……もし、香織先輩と一緒に全国に行けるなら––––自分のプライドなんて捨ててやります」
優子の強い決意に満ちた目に浩介は驚きを隠せなかった。
香織を慕っていることは十分に理解していた。そしてそれと同じくらいにプライドが高いことも。
その優子が自らのプライドを捨てて全国を目指すと言い切った。
浩介が香織を見ると自然と目が合った。香織の目は微かに潤んでいるようにも見える。
「俺は吉川のことを見誤ってたよ」
「私は香織先輩命なんです」
「これからは敬意を払ってデカリボンちゃんと呼ぶよ」
「死んでください」
容赦ない切り捨てに香織から笑い声が漏れる。
「仲が良いことは嬉しいけど、それはそれで嫉妬しちゃうな」
「か、香織先輩! 全然仲良くなんてないですよ!」
「俺は後藤ちゃんの次に好きだよ?」
「男に負ける私って……。でも全然悔しくないです」
「やっぱり仲良いね。……取っちゃダメだよ?」
「香織先輩……」
香織に泣きつく優子の姿に微笑ましさを感じさせる––––先ほどまでの重い空気はいつの間にか無くなっていた。
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《浩介:試合終わったよ。今から学校戻る》
《香織:分かった。こっちは今休憩中だよ。まだ終わらないから待ってもらうことになるかも……》
《浩介:おけおけ。テキトーに時間潰して待ってるから終わったら連絡よろ〜》
《香織:うん! そろそろ練習戻るね!》
香織へとメッセージを送ると浩介はスマホをバッグに入れた。
初戦、二回戦とは問題なく勝ち、来週行われる残り二試合を勝ち抜けば優勝である。
勝ったことで盛り上がっているバス内で、浩介はぼーっと外を眺めていた。
試合には勝ったものの、その内容は決して良いものではなかった。
相手のミスに助けられての無失点––––堅守を武器にしていた昨年までとは違い、今年は守備に不安がある。前部長の佐藤が抜けた穴は予想以上に大きいものになっていた。
ただ、顧問の山田もその危険性を理解した上で黙っている。いや、部員たちの自主性を伸ばそうとあえて放置しているのだろう。ここが全国を目指す上で超えなくてはいけない壁なのだと。
一方で吹奏楽部は滝への反発をエネルギーにして必死に練習に取り組んでいるらしい。最近の空気は浮ついた雰囲気のサッカー部と逆転しているように思えてくる。
「どっちが本気で全国目指してるのか分からなくなってくるな……」
沈んでいく夕陽が寂しげに心を波立てさせた。