香織先輩に彼氏がいたならば【本編完結】   作:お家が恋しい

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2期が始まるということで宇治行ってきた。


第八話

香織によるとサンフェスの練習は順調にスタートしているらしい。

 

合奏することの楽しさに触れた吹奏楽部員は、積極的に練習に取り組むようになっていた。意外に高校生というのは単純らしい。

流されやすい吹奏楽部––––練習に真面目にならなかった淀んだ空気を入れ替えたのは間違いなく滝である。

顧問は初めてであるとのことだが、新しい空気を入れることが出来た今、空気に流されやすい彼女らは加速度的に成長していくはずだ。

 

 

一方でサッカー部は先日の試合で洛秋に大敗を喫した。

5ー0。

弱小と言われていた頃はいざ知らず、ここ一年、負けることはあれどここまで点差をつけられたことは記憶にない。試合後の意気消沈振りは見ていられないほどであり、引きずられるように翌日の練習は内容も酷いものであった。

ここで無理にハードワークをさせてもプラスには働かないであろう。顧問の山田はそう判断し、翌日の練習を休みにすることとした。

代わりにミーティングを開き、部の現状について話し合うことなった。部員同士で話し合い、問題点をぶつけ合う。話し合いでは各々のポジションに批判的な意見が多く出た。

 

『簡単に敵に抜かれ過ぎる』

 

『フォワードが簡単にボールを取られる』

 

『パスミスが多過ぎる』

 

等々……。

試合中に感じていたことを意見させたところ、良い点がなかったのではないかというレベルで欠点が挙げられた。夏の大会までに欠点を改善するための練習メニューを各々で考え、明日から取り入れることとなった。しかし、果たして夏までに間に合うのか、不安は大きい。

誰もが危機感を覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***********************

 

 

 

 

グラウンドには吹奏楽部員が集まっていた。サンフェスに向けマーチングの練習を行うためである。

行進には一歩の距離が決まっており、何度も繰り返し練習を行うことで左右前後ズレることない行進を行うことが可能となる。現段階では、まだ演奏せずに行進しているが、本番では演奏しながらとなるため、より難易度は高くなる。今日も何度も注意を受けながら練習が行われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、これじゃ練習出来ないや」

 

 

吹奏楽部の練習をしている様子を眺め、浩介はため息をついた。練習したかったが、流石にボールが部員や楽器ぶつかったりして怪我をさせたら大変なことになる。むしゃくしゃをボールにぶつけようとしていたが、急にそれを向ける場がなくなってしまった。やるせなさだけが残る。

 

 

 

 

「仕方ないか……」

 

「何が仕方ないんだ?」

 

 

独り言に反応され慌てて振り返ると、吹奏楽部副顧問の松本が立っていた。何かしら用事があったのか、どうやら途中参加のようだ。挨拶をするとしっかり返してくれた。

 

 

「部のミーティングが終わったので、軽く自主練してから帰ろうと思ったんですけど……」

 

「ああ、それはすまない。今日はサッカー部がグラウンドを使わないと聞いてな、せっかくの機会だから使わせてもらっているんだ」

 

「いえいえ! 先生が謝ることではないですよ。僕が勝手に練習したいなと思っただけなので」

 

 

相手が生徒であっても、謝る時は謝る。決して高圧的で傲慢な教員ではない。誠実な対応をすることが、松本を厳しいながらも人気のある教師にしている理由である。

 

 

「そろそろ休憩を挟んでパート毎の練習に分かれるはずだ。そうしたら端の方ならスペースは空くんだが……、それでは申し訳ないな」

 

「あそこのゴールの周りだけでも空くなら嬉しいです」

 

「それくらいなら全く問題ない」

 

 

元々ストレス発散に蹴り込みたかっただけだ。広いスペースは要らない。

 

 

「ありがとうございます!」

 

「では休憩に入ったら自由に使って構わない。こちらこそありがとう」

 

 

軽く頭を下げると松本は集団に向かった。滝に一言二言話している様子が見える。先ほどの件について説明しているのだろう、滝はこちらを見ると笑顔になった。何となしに頭を下げる。

松本はそのまま行進をしている部員の方へと向かい、キリの良いところで手を叩いた。休憩の合図のようだ。

 

浩介はバッグを担ぐとゴールの方へと足を運ぼうとし––––この前の三人組を見つけた。今の吹奏楽部の雰囲気を一年生から聞いてみたい。何となく興味が湧いてきた。

 

 

 

 

 

 

「あーもう! 謎ステップが難し過ぎるよー!」

 

「伝統の謎ステップは確かに見てて難しそうだよね。リズムも独特だし」

 

「あのステップはコツがあるんだよ」

 

 

急に後ろから声を掛けられる。この前もこんな事があった気がする。久美子はデジャブを感じながら振り向くと、予想通り浩介が立っていた。

 

 

「香織先輩はあっちですよ」

 

「黄前ちゃんは俺に厳しいね。香織は小笠原と話してるから遠慮しとくよ」

 

「久美子! 進藤先輩すみません。いつもはこんな子じゃ……、いや、こんな子か」

 

「葉月ちゃん、ボケるの早いですよ」

 

 

いつものノンビリした空気に謎の癒しを感じてしまう。さっきまでお互いを批判し合うという殺伐とした空間にいたからか余計にそう思ってしまう。

 

 

「あれ、進藤先輩じゃないですか。お久しぶりです」

 

「ああ、なっつんか」

 

「そのあだ名で呼ぶと、また香織先輩が拗ねますよ?」

 

「ハッ! 拗ねた香織も可愛いからドンと来いだな」

 

「何ですか、その惚気は」

 

 

呆れて額に手を当てる夏紀。相変わらず面白い後輩である。

 

 

「夏紀先輩も進藤先輩と知り合いだったんですか?」

 

 

葉月のもっともな質問に夏紀は頷く。浩介は低音パートの練習を行っている三年三組の教室に時々やってくるという。つまるところ、浩介のクラスは三年三組である。

 

 

「いつも気怠げに過ごしてた中川が真面目に練習してるって不思議だな」

 

「言わないで下さいよ。自分でもガラじゃないって思ってるんですから」

 

「良いと思うけどな。今の方がイキイキしてるじゃん」

 

 

恥ずかしがる夏紀を見る機会なんて一年生にはない。久美子は改めて不思議な先輩だと思った。話がひと段落つくと、おもむろに浩介はステップを踏んだ。さっきまで葉月が苦労していた謎ステップである。

 

 

「え、進藤先輩! そのステップ出来るんですか?!」

 

「俺も一年生の時に取り組んだからね。余裕だよ」

 

「何で取り組んでるんですか」

 

 

久美子のツッコミをスルーする。先ほどの意向返しだろうか。久美子も気にした様子はなくぼーっと眺めていた。

 

 

「コツってあるんですか?」

 

「カズダンスかな」

 

「はい?」

 

 

今から十年以上前に第一線で活躍していたサッカー選手が、ゴールを決めた後に踊るダンスがあるという。ブラジルのサンバをモチーフにしたかのようなそのステップが謎ステップに似ており、浩介はマスターすることが出来た。

嘘みたいな本当の話に葉月は食いつこうとするが、運悪く休憩終了の声が掛かった。恨めしそうな顔をしながらも小笠原の元へ歩いていく後ろ姿を手を振りながら見送る。そろそろ俺も練習しないとまずいな。松本先生の視線が気になってしまうため急ぎ足でゴールへと向かった。

 

 

 

 

「あ、雰囲気聞くの忘れた」

 

 

しかし、以前のように部活に対して不満を持っているようには見えなかった。きっと部は良い方向に向かっているのだろう。浩介はそう判断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、今日はこれで終わりにします。お疲れ様でした!」

 

 

日はだいぶ傾いており、空には少しずつ星が見えるようになってきていた。

晴香の挨拶を最後に練習は終了した。予定では午後五時までであったが、部員からの積極的な希望により六時前まで練習は続けられた。上達していることを実感し、よりやる気になっている部員たちはさらに意見を出し合いながら取り組んでいる。香織は以前より部内の雰囲気が良くなってきていることを感じていた。

 

楽器の片付けをするために音楽室に戻り、帰宅準備を終えてまたグラウンドに戻ってくる。明かりのついているグラウンドでは、まだ浩介は練習を続けていた。

ゴールの前にフリーキック用の壁を並べ、何度もゴールへと蹴り込んでいる後ろ姿を香織は頬杖をつきながら眺めていた。このままだといつまでも続けていそうな気がしてくる、そう考えるとゴールの方へと歩き始めた。

最近は雨が降っていなかったこともあり、コートの土は乾燥していた。地面に踏み込むたびに僅かではあるが土埃が舞う。普通であれば革靴が汚れてしまうことを気にしてしまうが、香織はこの土を踏む感触が好きだった。

普段では歩くことのない場所を歩くこと。特別な感じがする。変わっている自覚はあるけど、それも浩介と付き合い始めてから知ることが出来た新しい自分の一面である。

 

 

「浩介、お疲れ様」

 

「うん? ああ、もう吹部の練習終わってたのか。ごめん、直ぐ片付けるから」

 

 

制服に着替え、戻ってきている香織に気付き、浩介はボールや道具の片付けを始める。香織も辺りに転がっているボールを籠へと入れていた。マネージャーみたい。内心テンションが上がる。一つ一つボールを運んでいくと、二人でやっていることもあり、あっという間に片付けは終わる。

 

 

「ありがと。一人でやると意外に時間がかかるから助かったよ」

 

「いえいえ。パンケーキで良いよ」

 

「現金だな。したら、今度ライブ行く時に食べに行くか」

 

「やった! 言ってみるもんだね」

 

 

その笑顔が見れるなら安いもんだな。浩介はガッツポーズをする香織を見ながらも帰る準備を進めていた。実際、ライブのチケット代とパンケーキ代は決して安くはない。財布に結構なダメージを与える。それでもついつい財布の紐が緩むのは惚れた弱みと割り切っていた。

 

 

「よし、じゃあ帰ろうか」

 

「うん! ライブも楽しみだし、パンケーキも楽しみ」

 

 

入ったお店のパンケーキの予想以上の値段に顔を青くするのはもう少し先の話になる。

 

 

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