したいです。
ホグワーツからの手紙が届いた次の日。魔理沙はいつもよりそわそわとして落ち着きが無かった。『なんのこった』と思って、実際にそう返事をした入学案内であったが、やはり期待する部分もある。梟媒体だったが何といっても魔法使いの連絡手段。もう相手方についているはずだ。それでどう説明が返ってくるか。見たことも無い原理の魔法を教えているのなら嬉しいものだ。昨日の夜には森の入り口に梟(又はホグワーツの職員)を出迎えるゴーレム(《なにするものぞ?》という看板を持っている)が立てられた。……手紙の言葉遣いに気を悪くして返事がこないという可能性も一瞬頭をよぎったが、その程度で拗ねるような度量の小さい組織なら付き合わないでもいいやと思い直してすぐに不安は忘れた。
しかし、正午を過ぎた頃にはもう落ち着いてきていた。そわそわすることに飽きたという部分もあるし、はしゃいでいるのがなんとなく気恥ずかしくなって意識して引き締めた部分もある。
「ってことで修行だ修行」
気合を入れなおし魔導書を開く。今日からはこの中の魔法からいくつか組み合わせて新技でも作ってみようか。
しかし、組み合わせ相性の良さそうな魔法の選定に入ろうとしたちょうどその時、ゴーレムの視界に森に入ろうとする人影が映った。
その男の特徴をざっと並べると……ちゃんと洗っているのか疑問に思うようなネトっと半端に長い黒髪、骨折か何かでそうなったんじゃないかと思わず邪推するほど急角度の鉤鼻、悪質な病や毒と生命力が今まさにせめぎ合っているという様子の不健康そうな土気色の肌。……まぁ、普通ではない。普通だったとしてもこの見た目のおかげで他人から虐げられてそのうち捩じ曲がるに違いない。お気の毒だ。それに服装。上から下まで真っ黒だ。魔理沙だって黒を基調とした服だがその分大きな白いエプロンが目を引くし、フリルやらリボンやらの"遊び"が有る。森に近づく子供を誑かすためにむしろかわいらし"すぎる"ほどだ。だがこの男の服はどうだ。何かの焼け跡かと言いたくなるほど本当に真っ黒。完全に"私は人付き合いなんて興味有りません"と物語っている。だというのに、その男はずんずんとゴーレムに近づき、「ホグワーツの遣いとして参上した、魔法薬学教授 セブルス・スネイプだ」と名乗った。その言葉の様子もまたぶっきら棒の投げやりで「本当は来たくなかったんだがな」という幻聴が聞こえてきそうなほどだった。
十代の子供にモノを教える先生がそんなんで良いのかという疑問が頭の中で反響する中、「いや、確かに人としてはアレかもしれないが如何にもデキそうな先生じゃないか。うん、アレが地下室か何か薄暗いところで何か臭い液体を弄ってるのを想像してみろ。とっても似合うだろ?」などと長々と自分を説得し、ゴーレムに次の指示を送る。
ぎこちなくお辞儀して手で家の方を指し示し、先だって歩き始めるという一連の動作を確認してから、最小限の防衛だけ残して、魔導書やらその他一切の研究道具を地下室に片付けてついでに居間の大部分を占領していた失敗作やらガラクタやらも押し込んだ。
その作業がなかなかの時間を取ったせいで、ひとまず完了してホッと椅子に座ったときには玄関の呼び鈴が鳴ってしまった。
ため息を一つついて玄関を開ける。ドアのすぐ前にさっき見たよりも更に表情が険しくなったスネイプが立っていた。いったい何だと言うんだこの男は。魔理沙は"いつ何があってもいいように"じんわりと身体に魔力を巡らせ始めた。
「……どうぞ」
「……うむ」
ともあれ、一度話してみなければならない。それにどうせならさっき"準備"した場所で相手をした方が有利だ、そういう判断で居間に通す。
いつもは失敗作の山になっている場所に今日は椅子と机、それにお茶(原料はアレなものだが一応茶の味がする)の用意がしてある。しかしそれは同じ年頃の女の子の中でも小さい方である魔理沙の背丈に合わせた作りであったためにスネイプが座るとひどく窮屈になりそうだ。
「ちょっと失礼するぜ」
これ以上機嫌を悪くさせるのは自分ためにならないと思い、すぐに直す。魔理沙が手を軽く上に挙げると、その動きに合わせてまるで粘土が引き伸ばされるように椅子と机の脚がニュッと細長くなった。これでスネイプも新たに腹を立てるポイントは無いだろう。そこへ座ると今度は魔理沙の足がつかなくなるわけだが。
「さて、ミス・ミストウッド」
「あー、メリッサでいい。ミスミストってなんかマヌケだろ?」
「……ミストウッド、君は……どの程度の魔法を学べるのか――ホグワーツで学ぶことがあるものか……低レベルな授業のせいで貴重な時間を無駄にするのではないかと疑念を持っていると、あの"驚くべき"手紙に記していたが」
「そうやってはっきり言葉にするとめちゃくちゃ感じ悪いけど、確かにそうだ」
「なに、むしろ魔法と聞いて考えも無しに飛びつく方が愚かなもの。当然の疑問だ。特に、君のような……既に杖無し無言呪文をマスターしている"優秀な者"にとっては」
「そりゃあ、どうも」
『杖無し』と『無言』がどの程度凄いことだとされているのか分からないからいまいちピンとこない。
「しかし、ホグワーツでは直接使う魔法以外にも様々なことを教えている。薬草学に魔法生物学、三年から始まる占い学などはまだまだ解明されていない部分も多く、本物の預言者にまみえる機会はそうないはずだ。ホグワーツにはそれが居る」
もっとも、スネイプは預言なんて大嫌いだが。
「まぁ、面白いとは思うが」
面白い"いくつかの"教科のためにワザワザこの森を出るのは気が進まない。師匠から渡された魔導書もまだまだ未解明未収得な部分が多い。ここでやることはいくらでも有る。あと魔理沙は認めないだろうが、外に出るのに少しビビっている。好奇心と戸惑いが半々くらいだ。
「……こうして交渉のまねごとをしているが、根本的な話をすると、基本的に魔法使いの子供は学校に入ることが義務付けられている。少なくとも我々の"世界規模の"魔法コミュニティではな。それこそ、未成年が学校外で意図的に魔法を使うと魔法省から罰せられるのだ。ホグワーツではなくともどこかの学校には入るよう、イギリス魔法界として要請している。その中でホグワーツは最高の魔法学校とされているため、消去法的に、ホグワーツ入学が賢明な判断と言えるわけだ」
「全く知らないが、魔法界ってのは窮屈そうで余計に嫌になったぜ」
「無論、訪ねてくる職員を全てやり過ごすなり返り討ちにするなりすれば君は自由と言えよう。吾輩としても秘境で独自の魔法を極めようという魔法使いをワザワザこちらに引き込むのは気が進まん。余計な世話であろうし、こちらにも面倒を運ぶことになる。この森の魔法が有ればそれも可能だろう。魔法省が総力を上げれば分からんが、そうなる前に諦めるはずだ」
スネイプは小さく「まして今年はハリー・ポッターが入って来る」と付け足したが、魔理沙にはそんなことより気になる一言があった。
「……そっちは森の結界を破ってるんじゃないのか?」
「残念ながら破ってはいない。そうでなければ今頃 魔法生物規制管理部から山のように私有地調査許可申請が届いているだろう」
ここまでの道のりを思い出してスネイプの顔の皺は更に深く、さながらクレバスのようになる。
「大小様々な妖精に小鬼、毒蜘蛛毒蛇闇の生物。植物とて当たり前の雑草のように珍種が群れて生えている。特にキノコなどは目眩がするほど多種多様だ。吾輩の薬棚をひっくり返してもこうまで混沌としたことにはならんだろう」
「ああ。研究には役立ってるぜ」
「であるのに、だ。こちらが手紙を出す前に感知した魔力はただ一度……ミストウッド、君の魔力だけだ。吾輩には何らかの罠に思えて仕方が無いのだがね?」
「私にもその覚えは無いぜ。……でも確かに、単純に結界が揺らいだならその辺のバケモノの魔力も溢れ出すよな」
それでどれが誰の魔力だか分からなくなろうというものだ。だが、結界は魔理沙の魔力だけ鮮明且つピンポイントで通した。罠かどうかはさておき、スネイプの言う通り人為的な物だろう。そしてそんなことができる存在の心当たりは今のところ一人しかいない。
「魅魔様か」
「ミマ?」
「私の師匠だ」
「……ああ、この土地はミマという人物の私有地として届け出が為されている。700年前にな。して、その人物から直接魔法を習ったのかね? 今はどこに居る?」
「確かに直接習った。今どこに居るのかは知らない。届け出ってのは、魔法省にされてたのか?」
「左様」
結界を弄くったのは恐らく魅魔(又は魅魔が予め仕掛けていた術式)。梟を通したのもたぶんそうだ。
そして、魅魔は魔法省や魔法界と関わりが有った……。
「ホグワーツって魔法界ではどのくらい有名なんだ?」
「"マトモな"魔法界の一員ならば知らぬ者はまずいない。それこそ、あの"案内する気のない"入校案内でも支障がない程度にはな」
「気を悪くしたんなら謝るぜ」
「かまわん」
で、ホグワーツのことは皆知ってると。
ということは、魅魔は魔理沙をホグワーツに入れるつもり(だった)ということだ。ホグワーツからどういうふうに入校案内が届くかというのは魅魔も知っていたはずだから。
「じゃあ、入ってみようかな」
行くように仕向けたということは、行った先で学ぶことも有るということだろう。魅魔は割と破天荒な霊(悪霊と呼ばれる程度には)だったが、魔理沙に魔法を教えることについては"マジ"だった。マジ過ぎて何度も死にかけた覚えがある。もしかしたら修行にかこつけて自分の魔法を試していただけかもしれない。……そうだとしても、魔理沙を使って探らせる"何か"が有るということになり、魔理沙はそれを覚え込んでしまえば結局自分の利益になるワケだ。
「……ミマについての話を聞いて、吾輩は俄然ミストウッドの入校に対する不安が高まったのだがな」
対してスネイプは渋い顔。魔法界の歴史に載っていない、少なくとも700年は活動している魔法使いの直接の弟子だ。面倒じゃないはずがない。
「お前に決定権が有るのか?」
「無い。が、言葉遣いの成っていない生徒の成績を低く付けることはできる」
「それは失礼致しましたわ」
ついさっきまでの粗暴さが嘘のように上品に口元を手で隠してウフフとはにかむ。スネイプは不思議な寒気を覚えた。
「……『お前』等の特に強い口調を使わなければ、今まで通りの話し方で構わん」
「いえいえ、言われてみれば、先程までの態度は先生に対するものとして不適切でしたもの。あぁ、お恥ずかしい」
「止めなさい」
「はいはい、分かったぜ」
今度は歯を見せていかにも悪戯っぽくニシシと笑った。用心深いがそれ以上に人懐こい性格である。この頃になると最初の警戒はどこへやら、完全にスネイプのことをからかい甲斐のあるヤツだと思っていた。からかわれる本人の方は魔理沙のことをフェアリーのようだと思っていた(もちろん悪い意味で)。
「それで、入学することは決まったワケだが……結局どうやって行けば良いんだ?」
「そのことも有るが、まずもって君は教材の買い方も分からんだろう。これまで魔法……いや、"我々の"魔法界に触れずに暮らしてきたことだしな。今から吾輩が付き添ってやって買い物に行く。……この分では殆どの備品は元々持っているのだろうが」
「ああ、確かに実験器具は一級品を揃えてる自信が有るぜ。服もなんとでもなる。買わなきゃいけないのは教科書だな。あと、杖もよく分からんし、鍋も……『標準 二型』だったっけ? そっちの規格が分からないから見ることになると思う」
「リストには一応目を通していたのだな。まぁ、その買い物の間に追々説明しようではないか」
「どこで買うんだ?」
「ダイアゴン横丁という場所だ。ロンドンにある。本も杖も他では買えないということはないが、ダイアゴン横町の品揃えには及ばん。これからイギリス魔法界の一員となるにあたって見ておいて損はあるまい」
「ロンドンまで、か。結構遠いな。どうやって行く? そっちの常識じゃ、どうせ私が空を飛んでいくのは"ルール違反"なんだろ?」
「『姿くらまし』を使う」
「姿くらまし? あぁ、隠形の術だな。『バレない反則はテクニック』ってか? "センセイ"の割にはいい考えしてるじゃないか」
「姿くらましは移動手段だ。言うなれば『瞬間移動』……」
と、落ち着いた口調で魔理沙の何やら勝手で不名誉な勘違いを訂正する。が、その言葉を聞いた方は跳び上がらんばかりの勢いで訊き返した。
「瞬間移動!? お前、瞬間移動できるのか!」
「『お前』?」
「……スネイプ 先 生 は瞬間移動ができるのか?」
「如何にも。……難しい部類ではあるが、『姿くらまし・姿現し』は広く知られている魔法だ。君の方では珍しいのかね? 瞬間移動というものは」
「珍しいって言うかまず自分が今居る場所と目的地の座標を 正 確 に 把握する必要が有る。間違えたらその場所に在るか或いはこれから移動する部分が消滅したり崩壊したりする。次に移動物が消えてそして現れた地点の周囲の状況変化に対処しなきゃならない。もと居た場所は身体一つ分の空間が真空になって例えばここから何の対策も無しに跳べば乱気流で家の中がめちゃくちゃになるし逆に行先の方は自分の身体分の真空を確保しておかないと身体を構成する物質と向こうにある物質が強制的に重ね合わされてうっかり新元素を作っちまいかねない。もちろん自分は大怪我どころの騒ぎじゃないぜ。超高精度高難度の計算処理が必要で普通のアタマじゃ結局瞬間で移動なんてとてもできない。もともと"そういう能力"を持っているか魔法を極めて自分に最高級の改造を施した魔法使いじゃないと全くもって実用的じゃない。私も瞬間移動の『し』の字も齧ってない。緊急時には単純な『高速移動』の方が素早いし安全だ。それこそ最"非"優先研究対象だぜ。『扉』を作るタイプだと結界術の知識とやっぱり高速計算が必要だしもとの身体を捨てて魂だけ跳んで行った先で新しく身体を構成し直す『妖精型疑似瞬間移動』もそれはそれで肉体を失った魂の完全な保存がかなり難しくてまず"不滅"になっとかないと寿命を派手に削ることになる……!」
魔理沙は興奮気味の早口で一気に説明した。そのせいでスネイプには殆ど聞き取れず、何か尋常ではないということしか理解できなかった。
「それが……一般的なのか………」
「姿くらましも体が"ばらける"危険はある上に、17歳以上で試験に合格しなければならんが……」
スネイプがフォロー(?)するも、魔理沙は「これは………とんでもないぜ……」などとブツブツ言うばかりで聞こえているか怪しい。
「いつまで呆けているのだ。君はこれからホグワーツでそれを学ぶのだ。さっさと吾輩の腕につかまりたまえ」
「跳ぶのか、今から」
「先ほどからそう言っている。さぁ、つかまりたまえ。途中で離すとどこへ跳ぶか分からんからしっかりとな」
「うん。……じゃあ、よろしく頼むぜ!」
スネイプに続いて立ち上がった魔理沙が、腕にぎゅむっと抱き着いた。スネイプは少々やりにくさを感じながらも、すまし顔で杖を掲げる。
……何も起こらない。
「………どうやら、ここでは姿くらましは使えんらしい」
徒歩で森の外を目指す間、二人は全くの無言だった。
スネイプ先生は意外とよく喋りますがそれにしても喋らせ過ぎたかもしれません。