今回ちょっとハーマイオニーについてアレなアレが有りますが、別にアンチハーマイオニー小説にするつもりはないのでアレです。ハーマイオニーファンの方は安心していてください。
そういうのが好きな方にはごめんなさい。
汽車は順調に街を走り抜け、丘陵地帯にさしかかる。爽やかな風が吹いていることが窓を開けずとも感じられた。こんなところを全速ですっ飛んだらどんなに気分が良いだろうか。ここ数年はあの鬱陶しい森の中か、気分転換に外に出ても飛べるのは夜中だけだった。魔理沙は夜空ももちろん好きだったが、たまには空の青と草原の緑の間を縫ってみたいこともある。ホグワーツにも広い校庭が有ればいいのだが。
そうやって魔理沙が空想の自分を列車に並走させている間に、ドラコの調子も戻ったようだ。丁度考えていたことを訊いてくる。
「えーっと、君は箒で飛ぶのは好きかい?」
「んー、まぁな」
単純な問いだが、魔理沙は少し答えを選んで曖昧に返した。またしても『こっちの常識が分からない』だ。何も考えずに返答するなら「箒持ってた方が"それっぽい"からな」と言うのだが、どうも少し教科書から読み取った範囲では"箒で飛ぶ"のが当たり前のよう。下手な答え方だと「じゃあもしかして君は箒無しで飛べるのかい!?」と騒がれそうだと思った。
「そうか。じゃあ一年生の箒持ち込み禁止には君もうんざりしただろうね。僕も飛ぶのは好きでさ。あの規則には納得できないよ」
ドラコは不満半分、嘲笑半分という感じに唇を尖らせて愚痴った。角が立っていて意地悪そうで、それでいて子供っぽい部分もある生っ白い顔にはこの表情がよく似合う。
「学校に来て初めて魔法を使いだすヤツも居るんだろ? そんなのが好き勝手にビュンビュン飛んではしゃぎまわってたら鬱陶しいからじゃないか?」
「うーん、確かにそうだね。でもそれを言うなら、もともとそういう家の子を入学させるべきじゃないと僕は思うんだけど。ああ、そうそう。さっき言ったちっぽけな無限小物入れも、箒をこっそり持ち込むためなんだ」
と、ドラコはポケットから筆箱のようなものを取り出した。正確には『箒入れ』だろうか。そこにドラコが手を入れて魔理沙がよく知る箒のそれとは似つかない尖った柄を引き出す様子を、バレないように配慮しつつ全神経を鋭く向けて観察した。
またも"無理やり"だなという感じだ。空間に亀裂が入る感じや転送による魔力の揺らぎは無く、単なる"入れ物"から出したのと変わらない。また、『世界を作る』という手法についてスネイプが驚愕していたから、それではないだろう。もしかして、"この世界の空間を引き伸ばして座標を打ち直した"のだろうか……或いは自分の思いつかないような理論か。それとも『そういうものだからそういうもの』なのだろうか。
ドラコがなにやら自分の箒について講釈を垂れているが魔理沙にとってそんなことはどうでもいい。できればこの小物入れの仕組みを教えて欲しかった。しかしこの子供が知っているとは思えないし、その親も製品を買っただけ。誰でも作れるものでは商売は成り立たないだろうから、この技術を学校で教えるかというと、まあ望み薄だろう。詳しいところはこれを作った職人に訊かなければ分からないということ。
そこまで思い至って、魔理沙の精神は落胆と共に思考の海から帰還した。
「――それで、僕は本当はニンバス2000が良かったんだけど父が『やめておけ』って譲らなかったんだ。どうにも来年にはニンバスのもう一つ新型が出て、その他にも続々と高速箒が出る開発合戦になる様子らしい。2000はニンバスシリーズが単に実験期間や人員をケチるためと、あと他の箒製作会社への牽制のために前倒しで売り出した試作型に過ぎないって。本物の"通"にしてみればニンバス2000に乗ってるのはむしろ恥だって言うんだ」
魔理沙はニンニク200がどうとかの話はほとんど理解しようともしなかったが、どうやらこっちでは箒の質で速さが決まるらしい……つまり生身では飛ぼうとせず飛行の魔法は箒によってのみ行使されるということを聞き取った。
これはちょっと厄介なことだ。魔理沙は箒無しで飛ぶ。いつも飛ぶときは箒をお尻の下に置くが、それは箒に乗って飛んでいるのではなく箒を持って飛んでいるだけに過ぎない(最近は箒が魔力を吸ったのか加速の助けになり始めたが)。言わば、コスプレだ。いつも箒に"ちゃんと"乗っている魔法使いの姿を見ている者にすれば、体重のかかり方や魔力の流れから推し測って、魔理沙が"そう"ではないと気付くのは難しいことではないだろう。ということは、今までの飛行能力とはまた別に箒乗りのセンスが有ることを祈るか、"お披露目"までにどうにかして箒で飛べるように練習するかしなければならない。ならばすぐに思い当たる大きな問題は二つ。『どうやって"飛ぶ箒"を手に入れるか』と『学校側から監視は無いのか』だ。前者は真横に座っている坊ちゃんに頼めばどうにかなるかもしれないが後者は全く未知数。諦めて「ちょっと勘が鈍ったかな?」なんて言って誤魔化すイメージトレーニングをする方が利口かもしれない。
「それにしたって、結局のところ今一番速い箒はニンバス2000なんだから欲しくならないワケ無いよ。『一年生はクィディッチの選手になれない』なんて馬鹿げた規則が無ければ絶対に諦めなかったさ」
『クィディッチ』……確か、魔法生物の教科書かに名前が有った気がする。球として使うために『スニジェット』とかいう丸っこい鳥が乱獲されたとかなんとか。あと魔法史にも同じような話が有ったと記憶している。
「じゃあ二年になったら新型箒でクィディッチするつもりなんだな」
「当たり前じゃないか。『寮の代表選手になれなかったらマルフォイ家として犯罪的だ』って、父と僕との考えは全く同じだよ」
「責任重大だな。私もドラコが選手として活躍するのを期待してるぜ」
魔理沙の言葉に気を良くしたのか少し頬に朱がさす。そして「ふふん。まぁ、僕の腕なら二年に上がる前には声くらいかかってるだろうさ」「ほう? 自身あり気だな。武勇伝でも有るのか?」という具合にドラコの飛行自慢が始まった。
意外かもしれないがドラコの自慢話はなかなか話術的に優れ、且つ興味を惹くものだった。もっとも、それは意図した方向ではなかったが。魔理沙は(飛行技術の高さを言い表すために引き合いに出されたはずの)魔法界やマグルの道具と出来事の方に想像力を掻き立てて目を輝かせた。本題の方ははっきり言って二の次以下。自らを撃ち墜とさんと四方八方に放たれる魔力と呪いの塊や、直線距離にして5メートルも歩けば元居た場所が見えなくなるような鬱蒼とした森を相手に豪速で飛行していたというのに、今更ちょっとターンが上手く行った程度の飛行に心が動こうはずも無い。
しかし哀れなドラコはそれに気付きようも無く、弾む相槌に合わせてどんどん饒舌に自らの経験を吐き出した。それによって目の前の愛らしい少女の好意と尊敬が得られると信じて。
ちなみにクラップとゴイルは「僕が初めて箒に乗ったのは――」の辺りから揃って眠りこけていた。彼らにとってはドラコの飛行自慢など噛み過ぎたガムそのものだ。ベタベタと粘着質なところまでそっくりだと思う。
やがて正午になった頃、魔理沙はお腹が空いてくると同時にドラコの話への興味も失い始めた。エネルギー不足も有るが、なんとなく作り話がかなりの割合になってきた気配がするから。どうもそれは図星だったようで、ヘリコプターにぶつかりかけたという話(これが最後の実話だと踏んでいる)が終わった辺りでだんだん語り口も淀みがちになっていった。最終的には「車内販売ですよ。何かいかが?」と、ふくよかなおばさんが戸をノックした途端に「ああ、君たちもお菓子食べるだろう? 何が良い? 僕がまとめて払うよ」なんて言ってドラコ自ら話を切り変えてしまった。
魔理沙も内心助かったと思いながらお菓子が満載された台車へ目を移す。百味(?)ビーンズ、風船ガム、蛙(?)チョコレート……その他いろいろ面白そうな菓子類は豊富に有ったが、丁度昼食の代わりになりそうなのはかぼちゃパイと大鍋ケーキくらいに見える。後者は大鍋の丸っこいミニチュアのようなかわいらしい見た目で、特に気に入った。
そういうわけで魔理沙は「じゃあ私はこの大鍋ケーキで」と言ったのだが、ドラコの方は「それだけで良いのかい?」と不思議そうな顔をする。ならば、と言葉に甘えてかぼちゃパイも買ってもらった。そうやって魔理沙の分が終わると次は手下二人の番。コイツらときたらお言葉には全力で甘えまくるスタイルらしい。かぼちゃパイと大鍋ケーキは当然の如くそれぞれ三つずつだし、明らかに美味しくなくて持て余しそうな毒々しい色をしたキャンディやガムも次々に注文した。そりゃあ、この強欲とつるんでいたなら『大鍋ケーキ一つ』なんて遠慮も良いところだろう。
ドラコ自身も大食いじみてはいないが細々としたお菓子を多く買って、最終的にはカートの品物を総なめしておまけにもう一舐めしたような買い物になる。その気前の良さに感心し、それ以上にバカだなと思った。
魔理沙がかぼちゃパイの包みを開けて一口めを頬張ろうとしたとき、デブたちはパイとケーキを平らげて蛙チョコに手を伸ばしていた。蓋が開けられた瞬間に当然のように中身が跳び出す。「蛙だもの。そりゃ跳びますよ」という具合だ。開け口からまず真正面にはねる。対処しきれなかったノロマの顔に張り付き、そこから逆方向に大きくジャンプした。
その先には二口めを齧ろうとしている魔理沙。はじめは魔法で叩き落そうと思ったが、よく考えればこの蛙はチョコレート製。「こちらに向かってくるのならそのまま食べてしまえば良い」と、さらに大きく口を開ける。蛙は空中で軌道を変えられず、吸い込まれるように魔理沙の舌の上へ……とはならなかった。魔理沙が直前で避けたのだ。つい一瞬前にクラッブだかゴイルだかの脂っぽい顔に張り付いていたのを思い出したから。全く、日常には思わぬ罠が潜んでいる。
シートの背もたれに張り付いてゲコゲコ鳴いている蛙を摘み、投げ返してやる。ゴイルはそれを握りつぶすような不器用な形ながらしっかりとキャッチして、叩き込むように口に運んだ。代わりにチョコと同封されていたカードが足下に落ちた。ままならないものである。
魔理沙が五角形の紺色のカードに手を伸ばす横で「有名な魔法使いのカードさ」とドラコの説明が入った。ひっくり返すといかにも幸薄そうな男の立体映像が映っている。
「君もコレクションするつもりなら、僕も少し集めてるから今度ダブったのをあげるよ」
「それは助かるな」
高名な魔法使いの顔や情報が知れるのはなかなか有益なことだし、こういうものを集めるのも嫌いではない。くれると言うなら有り難くいただこう。この一枚も向かいの太っちょが何も言わなければ貰ってしまおうか。
もう一度表を返し、銀文字で書かれた説明文を読む。
《 怖がりのフルバート - 家から出ることさえ恐れた臆病者として有名。最後は防衛呪文が逆流し崩れてきた屋根の下敷きになって死亡。 》
魔理沙は何も言わずゴイルにカードを返した。
ドラコと一緒に食べた百味ビーンズも魔理沙は気に入らなかった。全くもって"何でも有り"すぎたのだ。
『味』を10種類思い浮かべてみる。肉、魚、野菜、果物、或いは何かの薬品や血や砂の味。さて、それらの内、ビーンズで食べて美味しいと言えるのは果たしていくつだろうか? 正直言って、果物類くらいなものだろう。それが全体の何割かと言えば……一割二割有るか無いかだ。その(甘く見積もって)二割の当たりに、五割の何とも言い難い味、それに二割のクソ不味い味と残り一割の身体が拒否反応を起こすような化学兵器がズッシリと箱に詰まっているのが『バーティー・ボッツの百味ビーンズ』というお菓子だ。
まぁ、単純に食べ物としてはよろしくない。じゃあ玩具としてはどうか。魔理沙はこっちの利用法でも微妙なものだと思った。こういう"ドッキリ系"は普通に美味しい中に少量のハズレを入れておくものだろう。「いつ出るかな~」なんて笑い合いつつ気分よく食べて、たまに誰かがギャッと悲鳴を上げるから面白いのだ。コレのように基本的に顔をしかめながら口に運んで、たまに舌打ちしつつ吐き出すのは存在自体が罰ゲームだろう。いや、コメントに困る味が半分も占めている時点で罰ゲームにもならない。
とは言え、百味ビーンズは人気商品である。楽しみ方というものは有るのだ。普通に美味しいと思っている稀有な人は置いておいて、代表的なもので言うと『何味か当てる』というものがある。まぁ、魔理沙のように尿味,吐瀉物味,糞味の極悪三連十割コンボを喰らった後で「これが何味か考えよう」なんて思うワケは無いのだけれども。何が悪いって「これはきっと大丈夫だ。レモンと……ライチとチョコだよたぶん」などとほざいて寄越したドラコが悪い。特に上がってもなかった好感度が大幅下落した。
窓の外はいつの間にか暗い森になっていた。魔理沙の心情を映す魔法でもかかっているのだろうか。
そこで同じく暗い表情をした男の子がやって来た。この丸顔は、確かホームでヒキガエルを抱いていた子だ。
「あのー、ヒキガエルが逃げちゃったんだけど、見かけてない?」
ドラコは露骨に嫌な顔をした。今は大事な"お嬢様"が不機嫌になってしまっている。ただでさえお前みたいな冴えないヤツの、しかもヒキガエルなんてブサイクなペットに構う趣味など無いのに、今回は輪をかけてそんなヒマは無いのだ、と。
そんな諸々の思いがこもった悪態が喉元まで出かかったが、それは「うぇえ?」なんていう間抜けな嘆詞に押し退けられることになる。
「見てないが、私も探してやるよ」
そう言って魔理沙が帽子を被って席を立ったのだ。
本人は軽い気分転換のつもりだが、ドラコは肝を冷やした。なにせ、帽子には荷物一式が入っている。何気ない動作だが実は荷物棚からトランクを引き出しているのと同義なのだ。ヒキガエルを探しに出たままどこか別のコンパートメントを気に入って戻って来ないということも十分に考えられる。思わず立ち上がった。
「じゃあ僕も行くよ」
「おう、ちゃっちゃと見つけてやろうぜ」
付いて来るなと言われるかもしれないと悲観していたが、それは杞憂だったようだ。ひとまず胸をなで下ろした視線の端で、何か小太りの男の子がもじもじしている。
「あ、あの……ありがとう」
「勘違いするなよ。お前のためにやるんじゃない」
「どういう……?」
どうも何も、言葉通りの意味であった。
その後、魔理沙の仕切りで小太りの子(ネビルというらしい)が前半分、魔理沙たちが後ろ半分を探すことになった。本当は三等分で分けようと思っていたのだが、ドラコがまるっきり自分に同伴するつもりのようなので別にいいやと思って廃案にした。どうせ気分転換。見つかったら儲けものというくらいで、効率どうこうと文句をつける必要も無い。
列車の中を歩いてみると、紳士的な上級生たちも時々居たが多くは子供らしくバカ騒ぎしていた。廊下を走り回っている生徒も少なくない。デブ二人を見て薄々気が付いていたが『最高の魔法学校』であるホグワーツは、どうにも頭の作りではなく魔力で生徒を選んでいるらしい。こりゃスネイプの皺も増えるわなと納得した。ある一つのコンパートメント(発車前に見た、蜘蛛を飼っている三つ編みの男の子も居た)では車内だというのに花火を炸裂させる始末だ。これは面白い奴だと思ったが、あの中にはネビルの蛙は居ないだろう。もし居たとしても、きっとそれはただの死体だ。あんな"愉快"な連中が蛙のケツに爆竹を捻じ込まないワケが無い。
一つずつコンパートメントを覗いていき、たまに話が通じそうなグループには話を聞いてみる作業が続く。
その途中で魔理沙にとっては別に嬉しくもない再会も有った。
それは一つだけやたら静かなコンパートメントだった。双子らしきそっくり瓜二つな中東系美少女と、その向かいにローブ姿のもじゃもじゃ髪の女の子が座っている。グレンジャーだ。
コンコンとドアをノックして「よぉ、無事だったみたいだな」と声をかけた。その瞬間後悔した。
「メリッサ・ミストウッドね! ええ、もちろん無事だったわ。店に入ったらすぐに杖を渡されたもの。私が持つ前からピカピカ光ってて、オリバンダーさんの話じゃブドウの杖が持ち主を見つけたとき特有の反応なんですって。両親はあなたの言ったことのせいで不安がってたけど、私にはすぐに分かったわ。これ以上ピッタリの杖は無いって。両親にも何度もそう言ったんだけど、洗脳かもしれないって余計に怯えちゃうから困ったものよ。結局、私とマクゴナガル先生とオリバンダーさんの三人で説得してその杖を買ったんだけどね。それに、あとで簡単な呪文を試してみてもちゃんと成功したわ。私の家族には魔法族がだれも居ないから、それでまたちょっとした騒ぎになっちゃったの。でも私、教科書も暗記して危なくないように気を付けていたから事故なんて無かったわ。そもそもオリバンダーさんが危険だって言うのも、あなたに合う杖が全然無かったから変なのを出すしか無かったんじゃないの? あなたは何か呪文が使えるの?」
なんでここだけお通夜状態なのかもっとよく考えるべきだった。双子は「またか」という顔をしている。なにかする度にこの調子の演説を聞かされたのだろう。横丁で見たあの緊張した様子はどこへ行ってしまったのか。あのままの方が周りの人間もグレンジャー自身も幸せに過ごせただろうに。もしこいつが私の故郷に生まれていたら長生きできなかっただろう。喧嘩腰は結構だが自分語りが過ぎる。
呆れる(ショックに近いかもしれない)魔理沙の横でドラコはすっかり腹を立てていた。魔法や魔法界のことをつい最近知ったばかりのくせに偉そうだ。特に、あんなに素晴らしい魔法を使うメリッサに向かって『何か魔法が使えるの?』などと。その喧嘩、代わりに受けてやると前へでようとしたが、他でもない魔理沙が軽く手で遮った。
「いや、あれから教科書は放りっぱなしでな。使えるかどうかは知らん」
大嘘を吐きつつ、さっきのグレンジャーの発言から必要なところを抜き取る。
「教科書を暗記したなんて言ってたが、本当か?」
「ええ! 一言一句間違えないようにね。簡単じゃなかったけど、ホグワーツは最高レベルの学校でしょ? これでも足りるか不安だわ」
「そうかもな」
グレンジャーはますます胸を張ったが、魔理沙は少し残念に思った。教科書を暗記したというのが本当だと仮定して、その記憶力には驚いたものの『一言一句覚よう』なんていう考えじゃ先は暗い。教科書なんて大概余計に難しく書いているもので、その中から要点を押さえることが大事なのだ。載っている術が使えるようになれば良いのだから、文言を覚えるなんて無駄。どうせ学校で習うという考えは別にして、早めにマスターしておこうと思っていたとしても、それなら練習を増やした方が良かっただろう。
記憶容量や計算速度は改造でなんとでもなるが、優先順位判断なんかの精神の"柔らかい"部分はなかなか変わらない(変えたらそれはもう別人だし)。思わぬ曲者の出現かと思ったが、その実『本棚さん』だったワケだ。
もう少し拗れた人物だということが後々分かるのだが、とにかく今はそういう判断。興味を急激に失い、向かいの席のほうに目を移した。
「で、そっちのお二人さんは? 私は、もう言われたけどメリッサ・ミストウッド。こっちはドラコ・マルフォイだ」
「パーバティ・パチルとパドマ・パチルよ。私がパーバティで」
「私がパドマ」
二人は揃ってにこりと笑った。顔が整っているせいか、はたまたグレンジャーとの比較のせいかとても印象が良い。
「私たちは今ネビルってやつのヒキガエルを探してるんだが……一抱えもあるようなデカいやつな。見てないか?」
パーバティが返事をしようと口を開きかけたが、視界の外からグレンジャーが「見てないわ。でもヒキガエルを飼うなんて珍しいわね。触っただけで悪影響が有るような毒を分泌するし、湿ってないといけないし。マクコナガル先生も最近は飼う人が少なくなったっておっしゃってたわ」と長ったらしく上書きした。対してこちらも、ドラコが「君には訊いてないね」と言おうとしたのを魔理沙が先に発言して掻き消す。
「そうか。じゃあ他を当たることにするぜ」
半歩ほどコンパートメントに踏み入れていた足を引っ込める。その途中で一旦停止。魔理沙はパチル姉妹の方だけに視線を向けた。
「よかったら一緒に探してくれるか?」
「うん!」
助かったとばかりに、パーバティはパドマを連れてコンパートメントを出た。居心地が悪そうだったから試しに誘ってみただけだが、こんなに食いつくとは。
「ありがとう。あの子、ずっとあんな調子なの。こっちが1話したら10も12も続けて喋るんだもの」
「話さなくても、身じろぎ一つに8か9は言ってくるし。それに一々『私は』『私は』って、自慢ばっかり」
「それで時々『あなたたちはどうなの?』って訊いてきて。できないとか知らないとか言ったら『それで大丈夫なの?』って嫌味言うのよ」
「どうせ本を読み漁ってたんなら、諺辞典も読めば良かったのに。『沈黙は金、雄弁は銀』って言葉は知らないのかしら」
戸を閉めてしばらく歩いた辺りで、堰を切ったように文句が溢れ出した。ドラコも同調して「確かにアレは生意気だよ」とか「そのうち自分の"格"ってものを思い知るさ」なんて、ついさっきの飛行自慢(話が上手いだけ多少マシだが)を棚に上げてこき下ろしている。双方の論点は少々ずれているようだったが、反グレンジャーという点で一致していてそれなりに噛みあっていた。
一方の魔理沙はちょっと失敗したかなと思っている。自分でこうなるように仕向けておいてなんだが、予想以上のヘイトでこのまま虐めか何かにつながりそうだ。ドンパチ華やかな喧嘩はするのも見るのも嫌いじゃないんだが……。グレンジャーは本棚さんで、それだけに基礎的な魔法は素早く且つ高精度で習得するだろうし、そのことは皆が知る事実になるはずだ。となればアイツに正面から挑もうって気概の有る奴はなかなか出ない。嫌悪の表現は無視か陰口になるだろう。学校が始まってからどうにも孤立しているようなら責任をとって話しかけようか。
そんなことを考えている間にも、新たに美少女二人を仲間に加えて調子付いたドラコ主導でヒキガエル探しは続いていて、そろそろ最後尾近くというところまで来ていた。
「なかなか見つからないわね」
「こっちには来てないとか?」
「そうかもしれないね。蛙の足で、誰にも見つからずに廊下を走り抜けるなんて無理だ」
「居なかったら居なかったで良いじゃねえか。学校に入る前からいろんな奴と知り合えるし」
「それもそうね」
「知り合いたくないタイプの子も居るけどね」
「それって?」
「言わなくても分かるでしょ?」
「当ててみるかい?」
「せーの」
「「グレンジャー!」」
子供特有の残酷さである。"キャラ立ち"した人に、それに不満を持つ子供、そしてその不満を的確かつユーモラスに表現できる饒舌な子供が交われば"ネタ"が生まれるのは時間の問題にすらならない。魔理沙だって「やっちゃったなぁ」と思いながらも三人の揃い具合にちょっと笑ってしまった。
「さあ、まぁ、そうは言っても結構な時間探してるし、次のコンパートメントで終わりにするか」
何度もやった通りにノックし、戸を開ける。
中に居たのは、眼鏡をかけたやせっぽちと、ひょろっとのっぽな赤毛の二人の男の子だった。両方とも、言っちゃ悪いがみすぼらしい服装だ。しかしその割にドラコが買ったのと同じか、それより多いくらいのお菓子とその包みが散らかされている。コンパートメントの中は貧乏なのか裕福なのか分からない変てこりんな空間になっていた。
「デカいヒキガエルを見てないか? ネビルってやつのが逃げたらしいんだが」
「ううん、見てないよ」
二人は揃って首を横に振った。ドラコはその短い動きの間に、眼鏡の方に目を止めた。
「君、マダム・マルキンの店でも会ったよな。その時は気が付かなかったけど、その額……」
そう言われて、眼鏡の子はちょっとだけ嫌そう(少なくとも魔理沙にはそう見えた)に前髪を上げた。
稲妻型の傷。パチル姉妹が目を見開き、赤毛の子は得意げな表情。そしてドラコは身を乗り出した。
「君、ハリー・ポッターか!」
「うん。確かに、僕はハリー・ポッターだよ」
パーバティが小さく歓声を上げつつ自己紹介して握手を求め、もう一度傷跡を見せるよう頼んだ。スターに会ったときのお手本のような動きだ。
「すまんドラコ。ハリーポッターってのは何だ?」
有名人なのか、はたまた何かの称号なのか。魔理沙の目には、そのボサっとした黒い髪の地味さも相まってどうもタダの冴えない少年に見えるのだ。それが聞こえていたらしく、赤毛が「君、ハリー・ポッターを知らないの?」と驚きの声を上げた。
「ああ、私の家は長いこと魔法界から離れて研究に没頭しててな」
魔理沙はお決まりのセリフで誤魔化した。その横でパチル姉妹が説明を始める。
「10年前、すっごく怖い魔法使いが暴れてたの。今でもみんな怖がって『名前を言ってはいけないあの人』って呼んでる……」
「その人に狙われたら最後、有名な魔法使いや魔女も誰も助からなかったんだけど、たった一人生き残って、しかも倒しちゃった男の子がいたらしいの。それがハリー・ポッターなのよ!」
「少なくともヨーロッパの魔法使いなら誰でも知ってると思ってたけど……」
「あいにくな」
流石に不自然かと少し焦りながらも、魔理沙は逆に堂々と言い切った。その反応に、ハリーは親近感と、ある種の安心を感じた。
「でも、僕自身もそのことは全然覚えてないから。覚えてるのは緑の光だけ。だって10年も前だから、そのとき僕はまだほんの赤ん坊だったんだ。何かができるなんてこれっぽっちも思わない。君たちだってそう思うでしょ? でも、みんな僕のことを知ってるし、僕が確かに『生き残った男の子』だって言うんだ。まだ、何か騙されてるんじゃないかって思うもの」
「ふむ……」
『英雄』も色々と大変なんだなぁと思いつつ、魔理沙は傷に手を伸ばした。そして、こいつは確かに"本物"だと確信した。感覚と推察が正しければ、これは単なる"稲妻型"ではなく、荒々しい二つ巴……激しい正と負の魔力の鬩ぎ合いがこの男の子の中で起こったことの証だ。
「僕の父は、例のあの人が襲ったのは魔法界にマグルを引き入れようとする連中だけだって言ってた。メリッサの家にとってはそれこそ対岸の火事だったんだろうさ」
「学校に居る間はそうもいかないけどな」
魔理沙は、赤毛の子が少しムッとしたような顔になったのに気が付いた。確かに聞きようによっては、凶悪な殺人犯だったらしい『あの人』を擁護する風な言い方だ。パトロンと英雄の間にいざこざが起こってはつまらない。文句をつけられる前にフレンドリーな態度を示しておこうじゃないか。
「ま、分からない同士仲良くしようじゃないか、ハリー。……で、いいよな」
「うん。いちいちハリー・ポッターって呼ばれちゃ窮屈でしかたないよ」
魔理沙が差し出した手を、ハリーは快く握った。『生き残った男の子 ハリー・ポッター』ではなくただの魔法界新参者のハリーとして握手を求められたのは初めてだと感じた。……もし今のハリーに読心の魔法が使えたら軽く人間不信になっていただろう。
「だろうぜ。私はメリッサ・ミストウッドだ。こっちもメリッサで良い。特別呼びたければ、メルでもリサでも良いけどな」
「よろしく。えーと、メリッサ」
そこで丁度良く「そろそろ着くらしいぞ」という、上級生のものらしき声が聞こえてきた。それをきっかけに、魔理沙たちは自分のコンパートメントに戻ることにした。
去りがけに赤毛の方の名前を聞いたのだが、どうにもドラコはその名前……ウィーズリーという家名が気に入らないらしい。マグルに擦り寄る魔法族の代表格とかなんとか。他にも、無計画に子供を儲けたせいで本来は名家のはずなのに貧乏暮らしだとも。そういう文句はパチル姉妹と別れたところから始まり、クラッブとゴイルが土足でシートに寝っ転がっているのを見つけるまで続いた。
「結局ネビルの蛙は居なかったな」
「ネビル本人も見当たらないしね。僕らの方の結果を聞きに来てないってことは、見つかったか諦めたんだろう」
「車両点検かなにかで出てきたらラッキーだな。ところで、なんで座らないんだ?」
魔理沙はコンパートメントの入り口の方に目を向けた。ドラコは戻って来てから、行儀の悪い手下二人に小言を言う間もずっとそこに寄りかかって立っている。
「いや、そろそろ着替えなきゃいけないと思うんだけど」
「ああ、そう言えば」と魔理沙は納得した。確かに戻って来る間に黒ローブ姿の生徒を多く見かけた。学校に着くまでに着替えるなら、確かにタイミングはここしかないだろうな。
「僕ら外に出てるから、先に着替えちゃってくれ」
「覗くなよ?」と、手下を引っ張って出ていく背中に追い打ちした。ドラコは何もないところでちょっと躓いた。
戸にかけられたカーテンがなんとなく透けているような、車輪の音に交じって衣擦れが聞こえてくるような、そんな気がする時間は意外にもそう長くは続かず。中から「もう入っていいぞー」と呼ばれたのは、戸の前でドラコがウロウロし始めて二往復もする前だった。
どんな格好をしているか……黒ローブなのは分かっているが、なんとなく緊張しながら戸を開ける。
結果、予想は大外れ。三人はハッと息を飲んだ。
「どうした? 似合ってないか?」
似合っているのは分かっていて、からかっている。そういう言い方だ。
「似合ってる。似合ってるけど………メリッサ……それは?」
「『それは』ってなんだよ。黒ローブだぜ」
「……何色の、何だって?」
「だから、黒色のローブだよ。制服として指定されてるだろ?」
「それ、どう見ても白のドレスだよ」
煌びやかな魅力にノックアウトされかけたドラコだったが、さすがにフリル分八割の羽織りものを黒ローブと言い張ることは許さなかった。
到着まで五分だと告げる車内放送が響く。ホグワーツでの生活が目前に迫っていた。
下ネタが書きたい(禁断症状)