「すっかり暗くなってしまったのう」
紅魔館でフラン相手に遊んでいたら、すっかり夜も更け、最早草木も眠る丑三つ時と言った時間になってしまっていた。
「星でも眺めながら、と思っておったのじゃがなぁ……不粋な輩も居るものじゃ」
夜の闇の向こう、森の木々の奥に隠れながら、それは隼人に狙いを定めていた。
「闇に紛れた私に気が付く……貴方は食べられそうにない人間ね」
現れたのは金色の髪に赤いリボンをあしらった可愛らしい少女、些か物騒な事を口にするものだと思いはしたが、十中八九者の怪の類いであろうは解る。
「お主は……確かチルノちゃんが教えてくれた、闇の妖怪ルーミアじゃったか」
「うんまぁそれでいいよ、でも意外ね、おじいさんとチルノが知り合いだなんて」
「ほっほ、弾幕ごっこで遊ぶ仲じゃよ」
その言葉に意外そうな顔をするが、ならば自分ともとルーミアは闇の領域を解除して距離を取る。
「私とも遊んでくれる?」
「とは言え儂まだ一枚しかスペル宣言出来んが良いかね?」
「それでチルノと遊べたの?」
「何も弾幕ごっこだけが遊びではないしの」
それもそうねとルーミアは笑みを浮かべ、次に森に来る時は私も一緒にと指切りをして去っていった。
弾幕ごっこをするのだと思っていた隼人にとっては些か肩透かしと言ったところか。それでも今自分が口にした事もあり、気を取り直して神社へと急ぐこととして、幻想郷の宵を楽しみながら、再び歩き出す。
朝、隼人は早速自警団員として詰所に顔を出していた、いくら体格が良かろうと、年寄りは年寄りとして事務方の仕事が回されはしたが。
「じい様、茶淹れるがいるかい?」
「おお、すまんね」
茶を勧めてきたのは先に入団していた若い男。
訊ねてみれば、何時もは簡単な見回りの仕事をしているそうだが詰所に寄ると、隼人が居たからと言う理由で、事務方の仕事を回してもらったのだと笑う。
「じじいなんぞの傍に居って面白いかね?」
「そうは言ってもじい様、あんた里でえらく有名なんだぜ?」
そう言われても有名になるような事をした覚えはないと首を傾げる隼人に、男は呆れながら。
「おいおい、霧雨魔理沙に伊吹萃香、藤原妹紅と来てあの風見幽香と歩いてたなんて、話題にするなってのが無理だぜ?」
ともすれば、今は博麗神社に世話になっているなどとは言わない方が良さそうだと思いながら、男との会話を菓子代わりに茶を啜るのであった。
男との会話もそこそこに仕事をこなしていると、詰所に妹紅が顔を出す。
「ほんとーに働いてるねぇ」
目的は勿論隼人である、その手に何やら包みを持って。
突然の来訪者に色めく詰所に対し、隼人は変わらぬ様子で妹紅と軽く会話を行い、包みを渡されるとそれについて訊くのを他のもの達は耳をそばだてるように聴く。
「おべんと、ほんとはお昼くらい奢っても良いんだけど、どうせならおべんとの方が良いだろうって慧音に言われてさ」
にわかにざわめく中に、妹紅手作りかとの声が上がり妹紅の耳に届く。
「ないない、これは慧音の作ったもんだよ」
その一言に詰所は大いに驚いた、上白沢慧音の手作り弁当など、果たしてこの里に食べたことがある者が居るだろうかと。
炊き出ししてるじゃないかと妹紅は言うが、男達にとっては絶対的に違うのだと力説された。
「ほっほ、男のロマンと言うやつじゃな」
昼も過ぎ、妹紅が持ち込んだ喧騒も落ち着いて、詰所には変わらず隼人が書類と格闘していた。
(うーむ、今さらながらに美羽の苦労を知ろうとは……)
梁山泊の運用一切を孫娘に任せきりだったのが、今ツケを払わされる様に反ってきているのではなかろうかと思うほど、書類仕事が多い。
だが昼前のように休憩を申し入れて来るような者は居ない、先程の若者も午後の見回りに出てしまい、今は午後から入った女性の職員と二人きり。
その女性職員も物静かなもので、簡単に挨拶を交わして以降は、職務以外での会話はない。
「すまぬが書類の確認をしてもらえるかね?」
「はい、ではこれらをお願いします」
渡した書類とは違う書類が渡される、今後もきっとこの繰り返しなのだろう。
やがて業務の終わる頃合いには、夜回り組が顔を見せ、交代を済ませていく、その交代に合わせて隼人と女性の今日の職務が終わる。
「お疲れさまでした」
と、女性に声を掛けられ、隼人も同じ言葉を返して、博麗神社への帰路に着いたのだった。
博麗神社に帰った頃にはすっかり暗くなり、虫の声が夜を飾る。
「初出勤でしたが、いかがでした?」
夕飯をいただきながらの会話に、霊夢と隼人以外は居ない。
恐らく昨日までが特殊だったのだろう、ここに住んでいないのであれば、各々に帰る家があるのだから。
「書類仕事が重労働だとは思いもしませんでしたなぁ……」
「あはは……こう言っては失礼ですが見た目通りなんですね」
「ほっほっほ、そうですなぁ」
やはり自分は荒事の方が得意なのだと改めて茶を啜る隼人につられて、霊夢も思わず苦笑いを浮かべていた。
夜の闇に溶ける影、今日の餌を漁る。
里と言えど、妖怪の住まう幻想郷の夜は、決して安全ではない。
今日もまた、影に喰われるだろう餌が居た。
しかし、影はそれを襲わない。
それは餌を誘うための餌、里に現れた強き者を誘う餌。
餌は、不用心にも一人出歩く女を犯して棄てる。
影にも餌にも心地好い悲鳴を聞いて、里に暫しの喧騒が戻るも、直ぐにまた静寂に包まれるだろう。
影は、逃げおせた餌を見届け、里の影に交わり、闇に溶けていた。
「犯人に心当たりはあるかい?」
昨夜の被害者に事情を聴くのは、慧音に請われて妹紅が行っていた。
だが、人相は覆面をしていたからと、似顔絵さえ描けるものではなかったが、それを責めるものは居ない。
「とりあえず永遠亭に連れてってあげるから、そこの薬師に色々相談するといい」
震えながらも頷く被害者の頭を撫でて、妹紅は優しく微笑んだ。
「犯人に関しては、見回りに頼りになるの回してもらうからさ」
こくりと頷いた女性を連れて、妹紅は里を離れるのだった。