萃香との喧嘩から一月程経過して、幻想郷の季節もうつろい行く。
書類仕事にも慣れ、時に里を見回ることも増えてきた隼人、大分自警団の内情が見えていた。
「成る程……」
博麗神社で話があると、紫からの使いである九尾の狐こと八雲藍から伝えられ、出向いてみれば調査の進捗を知りたいとの事だった。
そして現在、今解っていることのあらましを伝え終えて、隼人は久し振りに霊夢の淹れた茶を啜っている。
「里の治安は変わらずお願い致しますわ」
それが報告を受けた紫の返答。
「うむ、それは良いのですが一つ願いたい事が御座いましてな」
「あら、わざわざ私にという辺り、また結界の類いですの?」
「ほっほ、察しがお早い、実は先日幽香殿と里で会いましてな、その時萃香との喧嘩の話となり……」
終わったことを伝えると、それはそれは向日葵の様に綺麗な笑顔を咲かせ、隼人に告げたのだ『向日葵の畑でお待ちしています』と。
だが、それを聞いた紫は微笑み告げる。
「ならば私に出番は無いかと、太陽の畑に結界を張る程度彼女には容易い事ですわ」
「ほう」
「彼女はこの幻想郷において五指に入る強者、霊夢にも弾幕ごっこに関する勝負以外は挑むなと仕付けている位には……危険な相手」
「残虐性でいえば目の前のスキマとどっこいだっ!?」
そう萃香に言われた紫は、無言で彼女の頭上にスキマを開き金だらいを落とす。
「全く……私がそう言われるのはこの幻想郷に害をもたらす者が居たせいですわ」
さもその者が居なければ優しい妖怪だと言わんばかりの紫ではあるが、流石に隼人には通じはしないだろうと、乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「余計なことしなければ、覗き趣味の妖怪と言うだけですからね」
見かねた霊夢のフォローも苦笑混じりであり、紫はついぞ頬をわざとらしく膨らませて拗ねたふりをする。
その様子を、隼人は笑みを浮かべて眺めていた。
一部の自警団員が起こす事件も、紫の介入が成されることもないまま処罰がなされ、一旦落ち着いてきたのはここ暫くでは、里の者にとって嬉しい知らせと言えるだろう。
とは言え元々が夜と闇の住民が主な世界である幻想郷、夜に一人で出掛けるのはどのみち危険である事に変わりはないが、夜の見廻り自体は減った事もまた事実。
「休暇を取りたい……ですか」
隼人はこの日、一週間程の休みを申請した。
理由は簡単、太陽の畑に向かうつもりでの申請、これを受けて自警団の団長は許可を出す。
「あそこに住む妖怪……風見幽香さんは畑を荒らすことが無ければ優しいと聞いてますが、一方で畑に一歩踏み入れただけで殺害された人も居るとも聞いてます、お気をつけて」
「気遣いついでに聞きたいんじゃが、土産の一つでもと思うてな、何か良いものはあるかね?」
「うぅん……里にある甘味が常套かと」
時折妖怪の女性も食べに来る店が最近出来たのだと団長は言う。
虚実(割合的には虚が多い)天狗の新聞においても、其処の評価は高く、掲載された号は以外と捌けたと訊いている。
「ならば期待も出来ましょうな」
甘味処で数種類を少しずつ包んでもらい、いざと里の外へ出た所で目的地の主と遭遇してしまう。
「あら隼人殿、どちらへ?」
「おお、これは幽香殿、そちらへ伺うところでしてな」
「そうでしたか、ですが生憎と少し里で用事がございまして……良ければ先に向かい家でお待ちいただけます?」
「良いのかね?」
「ええ、鍵を開けていようと我が家に侵入するような者(命知らず)はさして居りませんので」
多少は居た、と言うことだろうか、その辺りは流すことにして隼人は幽香の言う通りに太陽の畑にあると言う幽香の家に向かうのだった。
迷いの竹林で妹紅に出会い、畑迄の案内を頼んだのは正解だったと言える。
人の姿を取らない妖怪、怪異と種族の解らない何かが思った以上に棲んでいる竹林、こういった存在が竹林の浅い領域に顔を見せるのは非常に珍しい。
「ああもうっ!あんたらいつもは奥に居るじゃないか!」
襲ってくるのは、中でも竹林の奥に拠を構えているような、妹紅曰く里に近付く事さえ禁じられている者達ばかりらしく、妹紅も些か困惑の様相を見せる。
そんな妹紅に音無き声で語りかける『異形』の内の一体によれば、何も『強き人』に餓えているのは鬼ばかりではないのだと。
弾幕ごっこなどで潤う渇きではない、欲しいのだ、確かな人の熱が。
「だってさ」
伝えられたことを意訳なく隼人に伝えると、隼人は一つ思案して告げる。
「幽香殿の所からの帰りに此処に寄るのでな、その時で良ければお相手しよう、如何かね?」
だが彼らが見せたのはどこか戸惑うような、心配するかのようなそんな反応。これには流石に面喰らったか、隼人の頭に疑問が過り思わず妹紅を見てしまう。
「あいつの所からの帰りにとか流石に無謀だろって」
「ほっほ、では後日改めるとしようかね、約束は違えぬよ」
「何時でも来てくれとさ」
竹林を抜け妹紅と別れて暫く歩けば、咲き誇る向日葵達に出迎えられ、景色を楽しみながら畑の奥に唯一建つ二階建ての家屋に向かう。
「ふむ……ここがそうかね?」
隣に問い掛けると、其処には里に居る筈の幽香が笑みを湛えてそうだと答えた。
「一応言っておきますが、この私は分体、本体は里に居ります、戻ります迄中でお待ちを……どうぞ」
鍵は掛かっていなかったようだ。